月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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少々短いですが、才華sideは一先ず今回で終了です。
遂に次回は遊星sideになります。それとつり乙では短く、またほんの僅かしかやらなかったヒロインsideも行う予定です。

烏瑠様、秋ウサギ様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!


九月中旬(才華side)18

side才華

 

 伯父様が告げた言葉を理解するのに、少し時間が必要だった。

 現に僕だけじゃなくて、アトレやルミねえ、九千代も目を見開いて固まっていた。唯一壱与だけは何の反応も示さずにいる。

 壱与はお父様とずっと一緒に行動していたようだから、もしかしたら事前に聞いていたのかも知れない。

 そして僕らを驚愕させた伯父様と言えば、今はお父様が淹れた紅茶を飲んでいる。

 

「……遊星。久々にお前に紅茶を淹れて貰ったが、相変わらず良い味だ」

 

「ありがとうございます、お兄様」

 

 詳しい話を聞こうとしたところで、お父様が戻って来てしまったので問いただす機会を逃してしまった。

 ……いや、丁度良かったのかも知れない。話される数々の内容に、気がつけば喉が渇いていた。

 気持ちを落ち着ける意味もあるので、僕もお父様が淹れてくれたコーヒーを飲む。

 同じ気持ちだったのかアトレとルミねえも、それぞれ用意された飲み物を飲んでいた。

 やがて、紅茶を飲み終えたのか叔父様はカップを置いた。

 

「さて、気持ちもそれなりに落ち着いた。改めて話を続けるとしよう。先ほど爺を大蔵家の総意として追放すると話したが」

 

「それは衣遠さんだけの考えなのでしょうか?」

 

「叔母殿には申し訳ないが、この考えは俺一人の考えではない。次男家の当主である駿我とその弟であるアンソニーも同意している」

 

 実質、伯父様と共に大蔵家を担っている方々じゃないか。

 

「メリル・リンチは出来れば話し合いで終わらせたいと願っているようだが、あの爺が此方の話を聞くとは思えない……いや、既に爺はやり過ぎた。そのせいで現当主であるりそなは、フィリア学院の理事長としての立場を失い、更には大蔵家当主としての管理能力も方々から疑われている始末だ。最早爺に何らかの処罰を大蔵家内で行なわなければ、大蔵家そのものの土台が揺らぎかねない」

 

「そ、そんな!?」

 

 ルミねえが悲鳴のような声を上げた。

 僕も驚いている。世界に名だたる大財閥の大蔵家が危機的状況に追い込まれた。しかも、その原因がひいお祖父様にある。

 実の娘である、ルミねえからすれば悲鳴を上げるのは仕方がない。

 

「何故そうなってしまったのか。それは爺が自らの権力を悪用し、身内が理事長を務めているからという理由でフィリア学院に好き勝手に干渉を行なっていたのが事の始まりだ。教師の買収から始まり、その他にも爺はフィリア学院に干渉を行ない続けた」

 

「それは……文化祭の一件ですか?」

 

「残念ながらそれだけではない。爺のフィリア学院に関する干渉は、去年から始まっている」

 

「去年から?」

 

 僕の脳裏に山県先輩の件が浮かんだ。

 そうだ。アレだって大変な問題だ。当然ひいお祖父様の身内である総裁殿の立場が危うくなる。

 

「詳細に関しては今の叔母殿の心情を考えて控えるが、爺はそうやって身内がやっているからとフィリア学院に干渉をし続け、その結果理事長の立場にあるりそなが追い込まれて行き、遂には今回逮捕者まで教員から出る始末となった」

 

「……お兄様。一応確認しますが、事前にお爺様を止める事は出来なかったのでしょうか?」

 

「どう止めろと? 俺の言葉などあの爺が聞く筈もなく、りそなが幾度も注意しながらも止まらなかった。今回の演奏会の件にしても、我々が気付いた時には既に取り返しのつかない事態になってしまっていた。『娘が参加する演奏会に知り合いを呼ぶのは不味いのか?』と、りそなが問いただしたらそう答えたそうだ」

 

 幾ら何でも限度があるよ!

 それは僕だってルミねえの演奏会が近くであるなら、友人を誘って見に行きたいと思う。

 だけど、大きなホールの観客席全部が埋まるほどに呼ぶなんて。

 

「っ! ……ごめんなさい、少し席を外します」

 

「ルミねえ……」

 

「ルミねえ様……」

 

 青白い顔をして席から立ち上がったルミねえは、そのまま応接室から出て行った。

 

「九千代。ルミネさんに付いていってくれる?」

 

「は、はい。か、かしこまりました、旦那様」

 

 ルミねえを追って九千代も出て行った。

 正直言って僕が行きたかったけど、まだ話は終わっていない。

 

「伯父様、お父様。何が起きているのかは分かりました……正直言って言葉も出ない気持ちで一杯です。それでも何とか文化祭での出来事を止められなかったのでしょうか?」

 

「先ほども言ったが無理だ。爺は招待という形で呼び出していた。そのような形で呼ばれ、来るつもりになっている相手にやはり来ないでくれと言う事は大蔵家の威信に傷が付く。一つ二つならともかく、会場全ての席を埋めるほどに呼ばれているのだからな。大蔵家が負う傷は深い」

 

「才華の気持ちは分かるけど、僕もどうにも出来ないと思う。これを止めたら、大蔵家が負う被害が大きすぎる」

 

「……ひいお祖父様は何故其処まで……ルミねえ様が知ったらどんな気持ちになるのか考えられなかったのでしょうか?」

 

「叔母殿の気持ちなどあの爺が考える訳があるまい。叔母殿に輝かしい道(・・・・・)を歩ませる。その事だけしか爺の頭には最早考えは無い。その為なら他の血を引く相手に迷惑が掛かろうが気にもすまい。現にりそなは理事長を辞任しなければならない程に追い込まれた」

 

「総裁殿が理事長を辞任!?」

 

 まさか、そんな!?

 

「引継ぎなどの為に、正式に辞めるのは来年になるだろう。今年はそれなりにりそなは功績を挙げていた。調査員を学院内部に送り込んだ事によって見つけた問題の数々。そして創設者であるジャンを再び日本校に招く事に成功した実績。これらによってりそなの理事長としての能力は健在だと示すことが出来ていた。だが、それら全ての功績は学院の教師から逮捕者が出てしまった事で無に帰した」

 

 ……確かに警察まで動いたのだから、理事長である総裁殿に責任が出る。ましてやその元凶は身内だ。

 どうあっても理事長である総裁殿は責任を取らざるを得ない。そうなると、伯父様の言う通り、僕が貰っていたあの特別許可証はもう使えない。いや、それどころかますます総裁殿の立場が悪くなりかねない危険物だ。

 桜の園の部屋に戻ったら、すぐに伯父様の指示通り燃やそう。

 

「お兄様……お爺様を追求するのは分かります。ですが……何とか穏便には出来ないでしょうか?」

 

「……聞くが遊星。それは爺を庇ってのことか?」

 

「いえ……お爺様がそれだけの事をしているのは僕も理解しています。ですが、今はタイミングが悪過ぎます。もし朝日が目覚めて、お兄様達がお爺様を追放させようとしていると知れば……朝日は自分を責めます」

 

 っ! ……そうだ。お父様の言う通り、今はタイミングが悪過ぎる。

 小倉さんはずっと自分がいる事で大蔵家に迷惑が掛かる事を恐れていた。状況的に悪いのは明らかにひいお祖父様だ。

 でも……小倉さんは大蔵家の方々と会って倒れてしまった。そんな状況でひいお祖父様と争う事になったりしたら……小倉さんは自分を責めるに違いない。

 

「……フゥッ、そうだろうな。我が子は間違いなく自分を責めるだろう。最も恐れていた事が起きるのだから」

 

「でしたら!」

 

「だが、遊星。お前は目が覚めた我が子に『大蔵家が大変な事になるから立ち上がれ』などと言うつもりか?」

 

「ッ!? ……そ、それは……」

 

「そのような戯言を口に出来る筈があるまい! 奴は全てを失った! 新たに得た目標も! 我々大蔵家を家族だと思いたい気持ちもだ! そうなったのはあの爺が元凶だ! あの爺が俺に疑いを持つのは当然だ。この身の奥底には大蔵家当主になるという野望があるのだからな」

 

 伯父様が大蔵家の当主の座を狙っているのは、ひいお祖父様以外の大蔵家の人達全員が知っている事。

 そしてルミねえを含めた大蔵家の大半の人が、伯父様が次の当主になる事を認めている。だけど、ひいお祖父様は認めていない。

 

「幼き頃より、母から次期大蔵家の後継者になれと言われ続け、そうなる為に努力をし続けた。大蔵家の当主となる事はこの俺の人生そのものだ。それを投げ出すことは今も不可能だ。だが、あの『血統主義』の爺が大蔵の血を引かぬ俺を次期当主に任命する筈が無い。だから、当時はりそなにその座を明け渡した。何れ爺が天寿を全うした後に、この俺に大蔵家の座を譲ると約束してな」

 

 そんな約束があったなんて知らなかった。でも、ひいお祖父様の恐ろしさを知った今だと納得出来るかもしれない。

 

「それから十数年、当時は敵対していた次男家の連中を含め、次の大蔵家の当主の座はこの俺で良いとまでになった。最早時を待つのみとなった」

 

 ルミねえも前に同じことを言っていた。ひいお祖父様だけが伯父様が大蔵家の当主になる事を認めていない。

 その事実もひいお祖父様は気付いていないとも、ルミねえは言っていた。

 

「……だが、其処までになりながら、俺は一つの事実を知ってしまった。我が子の存在だ」

 

 小倉さん?

 

「爺が天寿を全うすれば、りそなの後を継ぎこの俺は確実に大蔵家の当主に成れる事が出来た。しかし、奴の存在を知った時、俺はたとえ爺に睨まれる事になろうとも、奴を再び前に向かって歩かせると誓った。その為なら爺に不審を抱かれるのも覚悟しての事だ。他の者には任せる事は出来ない。この俺自身が動かなければならなかった」

 

 やっぱり伯父様にとって小倉さんは大切な家族なんだ。

 2人が本当はどういう関係なのか僕には分からないけど、それでも2人は家族になろうとしていた。

 

「……我が子の存在を知った時、俺は2つの選択を迫られた」

 

「選択ですか? どんな選択を伯父様は迫られたんですか?」

 

 選択? なんだろうか?

 

「養子にするか……それとも保護するかだ。保護ならば養子にするよりもリスクは低い」

 

 ……確かにその通りかもしれない。

 小倉さんは大蔵の血を引いているけど、ひいお祖父様が嫌う非嫡出子だ。養子という書類に形が残ってしまう形式よりも、保護ならひいお祖父様の反感も起きない。

 

「だが、八十島や監視させていた部下からの報告を聞き、そして直接会って確認した時点で、俺の中から保護という選択肢は消えた。我が子を再び前に向かせる為には、俺もリスクを背負わなければならないと判断したからだ」

 

「……あの伯父様。口を挟むのは失礼ですが、小倉お姉様を総裁殿に早めに会わせることは出来なかったのですか? 伯父様と同じように総裁殿も小倉お姉様を家族と想われているのですから」

 

「アトレの疑問は尤もだ。だが、駄目だ。俺は奴が捨てた服飾の世界に戻すつもりでいた。もしも当時、ただりそなに会わせていれば、奴は其処で満足し、りそなの従者として一生を終える選択をしていただろう。奴を服飾の世界に戻す為には、残骸となっていた夢を思い出させる切っ掛けが必要だった。その切っ掛けは何れ作るつもりだったが、事を急がねばならない事態が起きた」

 

「……僕とアトレの日本への帰国ですね」

 

「そうだ。その件に関してお前達を責めるつもりはない。離れていた故郷で学びたいと思う気持ちを持つ事は悪い事ではないのだから。だが、才華とアトレの帰国を知った奴は、何の当てもなく桜屋敷を出るつもりでいた。だからこそ、俺も奴を養子とする選択を選んだ。一時的に保護するという選択肢を選ばず、養子を選んだのは、奴は骨の髄まで大蔵家と言う家の恐ろしさを知っている。その恐ろしさを知っている奴からすれば、この俺の下から消えるという選択はない。これによって、最悪の選択を奴から奪う事が出来た」

 

「……やっぱりルナが言っていた通り……朝日は……死ぬつもりだったんですね」

 

 死ぬつもりって? 自殺!?

 お父様の言葉に僕達は驚いたが、出会った当初の頃の小倉さんならあり得ると思えてしまった。そのぐらいあの人は弱っていたから。

 ……そんな人を傷つける言葉を言ってしまっていた自分に苛立ちを覚えてしまう。

 

「それを阻む事は出来た。りそなと過ごさせる事に依って奴は回復していき、本来の奴へと立ち戻っていった。此方の問題でフィリア学院に通う事になってしまった時は多少動揺したが、旨くすれば奴の早期回復を望めた……だが、我々の世代が甘さゆえに見過ごしてしまった大蔵家の闇が我が子に降りかかった。大蔵日懃と言う爺がな」

 

 大蔵家の闇。僕とアトレはその深さを知らない。

 だけど、これまでの経験からそれが凄い深さを持っている事は分かった。そしてそれは……小倉さんに襲い掛かってしまった。

 

「現在の我が子の状態の原因は明らかにあの爺の言動が理由だ……そして目覚めた奴は……もう服飾には戻るまい」

 

 …………はっ?

 服飾には戻らない? えっ? 誰が?

 小倉さんが!? あり得ない! だってあの人の服飾への熱意は本物だ!

 

「伯父様!? それは幾ら何でもあり得ません! 小倉お姉様の服飾に対する想いは、本当に凄いものです! 別の科の私でさえそう思えます!」

 

「僕もアトレと同じ気持ちです! あの小倉さんが服飾をまた捨てる……なん……て…」

 

 言葉が途中で途切れてしまった。

 何故なら言葉の途中で、俯いていくお父様と伯父様の姿が視界に入ってしまったから。

 2人が一緒になってこんな様子を見せるなんて……ま、まさか、本当に?

 

「爺は最も言ってはいけない言葉で我が子を否定した。嘗てお前達の父である遊星は、大蔵家に認められる為に衣装を製作し、その衣装によって大蔵家の誰もが遊星を認めた」

 

 初めて聞く話だ。いや、これまであんまりお父様の過去とかに興味がなかったから、あんまり気にも留めていなかった。

 反抗期の頃の僕は、とにかくお父様を軟弱な人だと決めつけていたから。今は全くそんな事を思ってないけどね。

 

「無論爺もその中にいた。一時期はその影響で自身の家族への想いが歪んでいることを理解したようだが……理解させた遊星が桜小路家に婿入りし、距離が離れた事で元に……いや、叔母殿が産まれたことで更なる歪みを持ってしまった」

 

「……僕が製作したあの衣装じゃ……」

 

「爺の目を覚ます事は出来なかった」

 

 ああ、その言葉で僕はまだお父様には届かないと思い知らされた。

 

「あっ、でも才華。ルミネさんが着ていた衣装は凄く良かったよ」

 

「……ありがとうございます、お父様」

 

 褒めて貰えるのは嬉しい筈なのに、小倉さんに起きてしまった事を考えれば喜べない。それにお父様が製作した衣装は、ひいお祖父様の目を覚まさせる事が出来たんだから。

 これだけでも僕とお父様にはまだまだ差がある事が分かってしまう。

 

「それで伯父様。ひいお祖父様は衣装を見てどのような判断を下したのでしょうか? 先ほどお父様はお爺様は小倉お姉様の養子入りを認めたと申しておりました。なのに何故今のような状況になっているのでしょうか?」

 

「……真似事だ」

 

「……えっ?」

 

「爺はハッキリと衣装を直接見る前は、我が子のしたことを『遊星の真似事(・・・・・・)』としか思っていなかったと口にした」

 

『っ!?』

 

 ……ひ、酷過ぎる。そんな事を直接言われたら、どれだけひいお祖父様は相手が傷つくと思っているんだ。

 ただでさえ小倉さんは精神的な問題で療養中って説明されているのに……なんてことをひいお祖父様は……。

 

「お、お父様……ひいお祖父様は本当にそんな事を?」

 

「……うん。お爺様は言ったよ。それを聞いてお兄様は動こうとしたけど……」

 

「我が子が頭を下げることで阻んだ。その後に認めるような発言をしていたが、そのような言葉には最早何の意味もない。奴を支えていた全ての根幹が失われたのだからな。それだけではなく、奴は自らが誤魔化していた本心まで理解してしまった」

 

「誤魔化していた本心?」

 

「前に才華には話したよね? 朝日が今服飾をやっているのは、僕に勝ちたいからだって」

 

「あっ、はい。確かにそう聞きました。それが何か?」

 

「それは朝日の本当の本心じゃないんだ」

 

 やっぱり。勝ち負けとかに拘るのは、小倉さんらしくないなと思っていたんだ。

 あの人は勝ち負けよりも、お父様やアトレと同じで自分の技術を確かめる人だ。

 

「でも、その誤魔化しがどうしても必要だったんだ。朝日の心の中には、前に仕えていた人への罪悪感があった。その人に迷惑を掛けたのに、服飾に戻って良いのかずっと悩んでいた。その悩みから目を逸らす意味もあって、僕をライバル視していた」

 

「一時的な誤魔化しに過ぎないが、成果は出ていた。無論代償として奴の中には更なる罪悪感が募って行った。だが、それも耐えられる自信さえあれば乗り越えられる筈だった。しかし……爺が最悪の形で指摘した事によって誤魔化していた自分の本心に目を向けてしまった。現に俺が奴をコンペ会場に連れて行こうとしたときに、奴は拒否した」

 

「それでは小倉さんはコンペの会場には……」

 

「行ってはいない。その前に気絶し、俺とりそなが病院に連れて行ったのだからな」

 

 ……小倉さんの復活は絶望的じゃないか。

 たとえ目覚めても、その小倉さんはフィリア学院に元気に通っていた小倉さんじゃなくて……桜屋敷で僕が会った頃の小倉さんに戻ってしまっているに違いない。

 

「こうなった元凶はあの爺にあるが、そのような事は理解しないだろう。我が子にこれ以上無理をさせるのは不可能。来年の『晩餐会』への参加など尚更に不可能だ。そして我が子が出席しないとなれば、爺は間違いなく関心を失い、この俺共々大蔵家から追放するだろう」

 

「そのような事を他の大蔵家の方々がお認めになるのですか?」

 

 伯父様が大蔵家から離れたら、それは大きな大蔵家の損失に繋がるはずだ。

 

「昔の爺ならともかく、今の爺は家よりも叔母殿に輝かしい道を歩ませる以外に興味はない。更に言えば、爺は必ず他の大蔵家の者はこの俺よりも自分に味方すると妄信しているだろうからな」

 

 あ、あり得そう。伯父様の言う通り、『家族主義』のひいお祖父様ならありそうだ。

 

「正月の『晩餐会』で我が子を大蔵家入りさせるのに協力した遊星にしても、今は桜小路の人間だ。影響力があるとはいえ、失態を犯した側となる我々を守れるほどの発言力はない」

 

「どうなんですか、お父様?」

 

「ごめん。お兄様の言う通り、僕には大蔵家内で決まった事に反論は出来ない。それをやったらルナの立場が悪くなるから」

 

「桜小路家は遊星を介して大蔵家を乗っ取ろうとしている。そう思われるのは危険だ」

 

「で、では、事を穏便に終わらせる事は出来ないのですか?」

 

「爺が今までの件を全て謝罪し、今保持している権力を全て捨てて、残り少ない余生を大蔵本邸内だけで過ごすと言うのならばな」

 

 無理だ。どう考えてもひいお祖父様がそんな要求を呑む筈が無い。

 

「既に実害は起きている。これ以上爺を放置すれば、りそなの立場はますます危うくなるだろう。何せ文化祭が終わったばかりだというのに、今度は叔母殿をフィリア・クリスマス・コレクションに参加させる為に教師や役員に賄賂を送り出したぐらいだ」

 

 ……もう、言葉もありません、ひいお祖父様。

 流石にお父様も庇えないのか、顔色を悪くして頭を抱えている。

 

「此処までコケにされて、りそなに更に我慢しろと言うつもりか、遊星?」

 

「……無理です」

 

「元々爺への追及は文化祭後に行なう予定だった。悪いが遊星。今度ばかりは諦めて貰うぞ」

 

 これ以上話すことはないと言うように、伯父様は席から立ち上がった。

 

「才華。最初の約束通り、フィリア・クリスマス・コレクションまではお前を学院に通わせる事は出来る。だが、フィリア・クリスマス・コレクション後は無理だ。たとえエスト・ギャラッハ・アーノッツがお前を受け入れたとしてもだ。先ほど述べたようにりそなから渡された許可書は廃棄しておけ」

 

 伯父様は部屋の出入り口に向かって歩き出した。その背に僕は声を掛けることが……。

 

「お、お待ち下さい、伯父様!」

 

 ア、アトレ!?

 僕の妹が伯父様を呼び止めた。

 

「何だ、アトレ?」

 

「ご事情は良く分かりました。私達桜小路家が介入出来ないという事も……ですが、姪としてお願いがあります。小倉お姉様が以前仕えていた主人のお方。そのお方を呼ぶ事は出来ないのでしょうか?」

 

 っ!? そうだ。その手があった!

 小倉さんの以前の主人! その人に来て貰う事が出来れば!

 

「不可能だ」

 

 だけど、伯父様はアトレの頼みを拒否した。

 

「な、何故ですか!? でしたら、そのお方の名前をお聞かせください!」

 

「アトレ。無理なんだよ」

 

「お父様まで!? 一体何故無理なのですか!?」

 

「……この世にいない人間をどう連れて来いと言うのだ?」

 

『……………………えっ?』

 

 僕とアトレは同時に疑問の声を上げてしまった。

 今、伯父様はなんて言ったのだろうか? この世にいない? それってつまり……まさか……。

 

「我が子が心から謝罪したいと願っている人間は、この世の何処にもいない。奴は……己の罪を謝罪する機会さえも奪われたのだ」




本編でも書きましたが、桜小路遊星では現在の大蔵家に介入出来ません。
また、下手に止めると、りそなの立場がますます悪くなってしまうので。
この状況を何とか出来るのはこの世でただ一人……『大蔵遊星』だけです。
そして遂に才華とアトレは、朝日が謝罪したいと願っている人間が、世界にいないことを知りました。
因みにメリルが朝日に付き添うということは……彼女は遂に十数年前に憧れたあの女性の正体を知りました。

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