月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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申し訳ありません。
今回で遊星が目覚める前で行きたかったのですが、タイミング的にもう少し後の方が良い判断したので今回は目覚めません。
そして今回も少しギャグ回です。次回からは……ですが。

秋ウサギ様、烏瑠様、えりのる様、禍霊夢様、エーテルはりねずみ様、誤字報告ありがとうございました!


九月下旬(里想奈(りそな)side)22

side里想奈(りそな)

 

「はっ、あれ? 此処は桜屋敷で私が使わせて貰っている部屋。どうして私……」

 

「あの、大丈夫ですか、ルミネさん」

 

「その声、遊星さん。良かった。実はとても信じられないような悪夢を見て……メイド服着てる!?」

 

 目の前で行なわれているコントのようなやり取りを、私は悪そうに笑いながら眺めていました。

 

「えっ? じゃあ、さっきの会話は……」

 

「全部事実ですよ、ルミネさん」

 

「り、りそなさん……じゃあ、本当に小倉さんは……」

 

「『大蔵遊星』。いる筈が無いのにいるんですよ、この世界には下の兄が2人。何だったら2人の遺伝子検査の結果を見ますか? 科学的に2人は同一人物だと証明されてますよ」

 

「……頭がとても痛いです。私の中の常識が崩れていくようで……何よりも……その……小倉さんが男性だと言う事が一番驚きです」

 

「いや、あの……えっ? 本当に其処が一番驚きなんですか?」

 

 桜屋敷のメイド服を着て、『小倉朝日』になっている下の兄が信じられないというように疑問の声を上げた。

 

「その……とても遊星さんには言い難いんですけど……私の知る限り、一番女性らしい女性は小倉さんだったんです」

 

 グサッとルミネさんの言葉が突き刺さったのか、アメリカの下の兄が仰け反った。

 

「スタイルも良くて、お化粧をした顔も輝いていて、もし本人さえ良ければ私の会社の化粧品のモデルとして雇いたいなと少し考えてました」

 

「け、化粧品会社のモデル……」

 

「一度だけ小倉さんが作ってくれたケーキはとても美味しかったですし。こうして遊星さんが……その『小倉朝日』さんの姿になってくれなかったら、やっぱり小倉さんは女性としか思えなかったです」

 

 グサグサッとルミネさんの言葉の刃が、次々とアメリカの下の兄に突き刺さっていますね。もう今にも泣きだしそうな顔です。

 でも……相変わらずあっちの下の兄と同じように……女性が今にも泣き出しそうな顔にしか見えませんよ。

 

「実はやっぱりこれはドッキリで、『小倉朝日』さんは実は生きていたとかじゃ……」

 

「いや、此処にいるのはアメリカの下の兄です。ほら」

 

 私は背後からアメリカの下の兄が付けていたウィッグを引っ張って外しました。

 

「うわぁっ! い、いきなりウィッグを引っ張らないで!」

 

 慌ててアメリカの下の兄は、ウィッグを付け直した。

 瞬時に付け直す方に動いたという事は……やっぱりアメリカの下の兄の中でも『小倉朝日』は消えていないという証拠ですね。

 色々と深く追求したいところですが……それはまた何れ。その時は覚悟しておいて下さい、アメリカの下の兄。

 

「ああ、あああぁ……」

 

 これが現実だと理解したルミネさんは、再び頭を抱えました。

 私とアメリカの下の兄は、取り敢えずルミネさんが落ち着くまで待った。

 

「……と、とても納得出来ることじゃないのに……目の前に広がる光景を見ると……受け入れるしかないんですね……じゃあ、あの小倉さんの長い髪も実はウィッグだったんですか?」

 

「いえ、あっちは一時期自棄を起こして本気で髪を伸ばしていたんで、地毛ですよ」

 

「地毛っ!? えっ? 男性なのにあんなにサラサラの髪を!?」

 

「あ、あのルミネさん……出来れば、あんまり男性であることが信じられないっていう風に言わないで貰えると嬉しいんですけど、僕も彼も」

 

 そうは言いますが、アメリカの下の兄。

 妹の目から見ても、あっちの下の兄も貴方も……十分に女性としてやっていける容姿をしてますよ。

 口に出すと話が進まないので言いませんが。

 

「……取り敢えず、一から説明して欲しいです。その本当に小倉さんの本名は……」

 

「先ほども言いましたが、『大蔵遊星』です。先ずは彼を一番最初に保護した彼女に説明して貰いましょう」

 

 私が促すと、壁際に待機していた巨人のメイドが近寄って来てくれた。

 

「僭越ながら私がご説明します。アレはもう2年ほど前になります。その年の七月中旬頃の事でした。ルミネお嬢様もご存じの通り、その頃はもうこの桜屋敷に務めているメイドは私だけでした」

 

 アメリカの下の兄が、少し申し訳なさそうな顔をした。

 巨人のメイドが桜屋敷を大切にしていた事は嬉しいが、この広い桜屋敷の管理を1人に任せっきりにしてしまった事には、申し訳ない気持ちもありますからね。

 上の兄は日本に来た時は、時々立ち寄っていたそうですが、それだって年にあるかないかでしたし。

 私は下の兄達がアメリカに渡ってからは今日まで来ませんでした。

 

「何時ものように庭の掃き掃除から始めようとしたところで、庭先に誰かが倒れていたのを見つけました。最初は泥棒かと思って注意をしながら近づいてみると……その方は……若き日の旦那様と瓜二つのお姿をしておられたのです。まさかと信じられない気持ちでしたが、気絶されておられていたので一度屋敷の中にお連れすることにいたしました」

 

「警察には連絡しなかったんですか? もしかしたら良く似た人による泥棒の疑いもありますよね?」

 

「勿論最初はそれも考えました……ただその方の傍に落ちていた鞄を目にしてしまい、泥棒では無いと思ったのです。その鞄は……旦那様がアメリカに行く時にちゃんと持っていった筈の旦那様のお母様の形見だと申されていた鞄でしたので」

 

 それは私も確認している。あっちの下の兄が此方に来る時に、持って来れた数少ない物。

 ……尤も、その中に入っていた筈の服飾関係の物は……私が中身を見せて貰った時には全て無くなっていた。

 

「ああ、あの大きめの鞄」

 

 ルミネさんも見た事があるのか頷いていた。

 アメリカの下の兄は、今でもあの鞄を大切に使っていますからね。もしかしたら、今この桜屋敷にあるかも知れません。

 

「気絶されている間に中身も確認させて頂きました。中には……着替え用の服と……服飾関係の物が入っていました。それも……あり得る筈が無い十数年前にフィリア学院で使われていた教科書が新品に近い形で……」

 

「それじゃあ本当にあの人は……『大蔵遊星』さんで……その、常識的に考えたらあり得る筈が無い……タイムスリップして来たと?」

 

「いえ……あの方は『時』を超えたのではないのです……『世界』を超えて来られたのです」

 

「……はっ?」

 

「以前にルミネお嬢様には若達と共に、小倉さんに関してご説明いたしましたね。アレには偽りはありません」

 

「其処からは私が説明します」

 

 半身半疑ながらもルミネさんが、あっちの下の兄を『大蔵遊星』だと認めてくれたのなら、此処からは私が説明した方が良いでしょう。

 

「先ず混乱を少なくするためにあっちの下の兄の事は、これまで通り朝日と呼びますが、構いませんか?」

 

「はい……そうして貰えると助かります。正直言って、気になっていた小倉さんの過去を聞けると思った方が落ち着いて聞けますから」

 

「じゃあ、話を進めますが、先ず朝日はこっちの下の兄と違って、7月中旬頃に正体が途中でバレて、桜屋敷のメイド長から追い出されました」

 

「つまり、小倉さんを追い出したのは九千代さんの伯母の山吹さんだったんですね?」

 

「ええ、そうです」

 

 私が頷くと、ルミネさんは難しい顔をしました。

 

「……あの……その……とても聞き難いんですけど、そもそもどうして遊星さんも女装なんかしてフィリア学院に通おうとしたんですか?」

 

「そ、それは……どうしても僕はフィリア学院に通いたかったんです。でも、開校したばかりのフィリア学院は、今年からのフィリア学院のように女学院だったから」

 

「女装して入学しようとしたと……才華君と同じ……」

 

「一応言っておきますが、甘ったれと違って、当時の下の兄には望んだ学院に通う自由なんてありませんでしたよ。というか、ハウススクーリングで習っていた服飾の勉強全部止められて、私の使用人身分でした」

 

「はっ!?」

 

 驚きますよね、それは。でも、事実です。

 

「今では想像し辛いでしょうが、当時の下の兄は『大蔵』を名乗る事こそ許されていましたが、家族の一員とは決して認めないと宣言されていました、お爺様に」

 

「お、お父様……」

 

「其処に加えて、上の兄が『才能ない』と断じて習っていた服飾の勉強を止められてしまい、勝手に服飾の学校に通う事も無理だった訳です。後、大蔵遊星が日本にいると母に知られたらどうなるか分かりませんでしたし。だから日本での習い事は全てハウススクーリングでした」

 

「い、衣遠さんに金子義姉様……」

 

「そんな中、私が下の兄の憧れのジャン・ピエール・スタンレーが日本で服飾学校を開校する事を話し、下の兄は女装して通う決意を固めました」

 

「何でそうなるんですか!? 遊星さん!」

 

「い、いや……あの頃はその……お兄様に見限られて、それぐらいしか方法が思い浮かばなくて……その……初年度ならジャンも必ず挨拶に来るかなって思って……」

 

「不純かつミーハーな理由……私の中の遊星さんのイメージが更に崩れました」

 

 本気で頭痛そうにルミネさんは頭を押さえた。

 このまま話を進めれば、もう一人確実にイメージが崩れる相手がいますよ、ルミネさん。

 

「話を続けますが、フィリア女学院に通う為に日々女装訓練を続けていた下の兄でしたが、其処に凶報が届きました。フィリア女学院の出資者の一人に上の兄の名前が載っていたんです」

 

「それは……不味いですよね。才華君の時も、私はてっきり衣遠さんは止める側に回ってくれると思っていましたから」

 

「其処で新たに考えた方法が、今、甘ったれが使っている方法でした」

 

「『特別編成クラスに女性のメイドとしてフィリア学院に入学する』……才華君がその提案を私達にした時に、小倉さんが大泣きしていた訳が今分かりました」

 

 それは泣きたくなるでしょうね。

 あっちは甘ったれ達の事は親戚の子供ぐらいと認識していても、血の繋がった相手が自分と同じように女装して学院に通うなんて目の前で言われたんですから。

 実の父親であるこっちの下の兄は、部屋の隅に何時の間にか移動して顔を俯かせながら落ち込んでいます……メイド服を着たまま。

 

「一応言っておきますが、その気になればフィリア学院以外に通えた甘ったれと違い、下の兄はそれこそ別人にでもならない限り、学院に通う事も出来ませんでした」

 

「……『昔の大蔵家』が凄く怖い。私、今の大蔵家で生まれて本当に良かった」

 

「甘ったれと同じようにメイドとしてフィリア女学院に通う立場を得る為に、下の兄は『小倉朝日』を名乗り、主人となる、ルナちょむの屋敷に奉公に行きました。此処からは手短に話しますが、色々とあって最終的に此方の下の兄は主人である、ルナちょむと結ばれ幸せになった訳です」

 

「じゃあ、ルナさんは遊星さんが女装していた事を許したわけですね?」

 

「許すどころか、『小倉朝日』を好きになってしまい、私に付き合う事になったと2人で報告しに来ましたよ。因みに、その時点ではまだ本当の性別がバレていませんでしたけどね」

 

「……ルナさんのイメージも崩れました……本当に才華君とアトレさんの親なんだと確信したくないのに確信出来ました」

 

 まあ、ぶっちゃけ妹である私も言葉を失いましたからね。

 まさか、あの頃の提案が次の世代にまで影響を及ぼすなんて、当時の私は想像もしていませんでしたよ。

 ……しかも、兄と義姉が夜中になんて……尚更に想像もしたくありませんでした。

 いえ、今はそれは一先ず置いておくとして、話を進めましょう。

 気分を入れ替える為に私はため息を一つ吐いた。

 

「……話はまだ続く部分もありますが、此方の『小倉朝日』に関しては、大体そんな流れでした……問題は、あっちの朝日です。桜屋敷から追い出された後、あっちの朝日は当てもなく夜の街を彷徨い歩いていたそうです」

 

「あっちのりそなさんに連絡は入れなかったんですか?」

 

「入れられなかったそうです。桜屋敷から貸与されていた携帯は当然没収され、元々持っていた携帯は運悪く充電が切れてしまい、あっちの私にも連絡が取れず、加えて下の兄は元々の生活環境の影響でお金はあんまり直接持たないようにしていたので、彷徨い歩くしかなかった。更に言えば、追い出されたショックも受けていましたから、冷静に物事を判断するのは無理だったと思います……其処で終わっていたらある意味良かったかも知れません」

 

 これは私が上の兄と予想しあった事だが、当時から既に上の兄は密かに桜屋敷に監視の目を向けていた。

 あっちの下の兄が追い出されれば、すぐに監視していた部下から上の兄に連絡が届き、下の兄を確保する為に動いたはず。

 ……ですが、残酷な事に、あっちの下の兄はあっちの上の兄が確保する前に、此方に来てしまった。

 

「本人から確認したところ、本当に来た時の事は、何も覚えていないそうです。ただ当てもなく夜の街を歩いていたら、急に意識が遠退いて、気がついたらこっちの桜屋敷にあるベットの上で目覚めた。それが朝日の認識でした」

 

「……正直説明されても信じられないような話ですけど……小倉さんがいるのが何よりの証拠ですよね」

 

 私は頷いた。

 荒唐無稽。あり得ない出来事。普通なら信じられないような話だが、れっきとした証拠がある。

 あっちの下の兄という生きた証拠が。

 

「私があっちの下の兄を確認出来たのは、本当に偶然でした。基本的にあっちの下の兄は此方に来てからの最初の頃は、この桜屋敷の門から外に出る事もなかったらしいので」

 

 確認するように巨人のメイドに顔を向けると、彼女は頷いた。

 

「はい。りそな様のご説明通り、小倉さんが桜屋敷から外に出るようになったのは、私が保護してから1年程経った後からです。それまでは買い出しなどは私がやっていました。その代わりに、桜屋敷内の清掃や管理に関しては鬼気迫る勢いでしてくれていたのです……少しでも服飾を忘れようと必死に他の事に集中していたのだと改めて思います」

 

「……遊星さんが服飾を捨てる……想像も出来ませんね」

 

 本当に想像も出来ない事です。ルミネさんもアメリカに下の兄達が渡る前は、甘ったれ達とこの屋敷で仲良く過ごしていました。

 当然、アメリカの下の兄の服飾に対する熱意や仕事ぶり、何よりも服飾という職業そのものが好きだと子供心に理解していた筈です。

 ですが、現にあっちの下の兄は……大好きだった服飾を捨てようとしていました。

 

「……あの……どうして小倉朝日をあの人は名乗っていたんですか? わざわざ女装を続けてまで」

 

「一種の精神防御ですね。今のルミネさんなら分かるでしょうが、人の目が朝日も怖くなっていたんです。『桜小路遊星と大蔵遊星としての自分を比べられたくない』。だから、小倉朝日に成りきる事で逃げていたんです」

 

「…………少し気持ちが分かります。じゃあ、私を含めた大蔵家に女性だと嘘をついたのはどうしてですか?」

 

「上の兄に聞いたところ、男性だと絶対にお爺様が反対するに決まっていますから、女性なら可能性があると判断したらしいですよ」

 

「……お父様」

 

 反論したくても、大瑛の件を知っただけに反論出来ずにルミネさんは俯いた。

 他にもルミネさんに協力して貰う為には、女性である必要もありました。男性をルミネさんが大蔵家入りさせる為に協力する。

 ……私達の言葉なんて無視して、問答無用で上の兄とあっちの下の兄を大蔵家から追い出すお爺様が目に浮かぶ。

 

「加えて言えば、あっちの下の兄の事情は本当に空想のような出来事ですし……それにお爺様なら証拠を見せても最悪、本人の目の前で『遊星の偽物』とか発言しそうなので」

 

 あっちの下の兄がルミネさんの衣装を製作した事実を知った時に、『遊星の真似事』だと思ったと私達の目の前でハッキリと言いましたからね、お爺様ならあり得ます。

 そんな事を言われたら、今度こそあっちの下の兄の精神は崩壊していたでしょう。思うところはあったとしても、上の兄が『娘』として養子にしたのは苦肉の策ですが正解でした。養子入りするあっちの下の兄の気持ちはともかくとして……。

 

「……お父様なら確かに……えーと、一応聞きますけど、小倉さんからフィリア学院に通いたいと言った訳じゃないんですよね?」

 

「ええ、違いますよ。私があっちの下の兄に提案しました。服飾部門の一般生徒と特別編成クラスの対立や、お爺様のやらかしや、他にも学院内で問題はあったので、調査員の派遣自体は決まっていた事です。その枠にあっちの下の兄と調査関係のエキスパートのカリンさんを学院に入れたんです。最初は拒否してましたよ。フィリア学院に女装してまた通うのは、今度はちゃんとした立場があるにしても、同じことを繰り返すことになる訳ですから。其方がミスしてなければ、あっちの下の兄はそのままパリに残って、メリルさんの店の手伝いをしていたと思います」

 

 この現状を思えば、そっちの方が良かったかもしれないと今の私は思ってしまう。

 

「……小倉さんが本当に頑張っていた事が良く分かりました……まだ、色々と聞きたいですけど……今日はもう良いです」

 

 引き篭もり寸前のルミネさんに、一度に全部話すのは確かに精神的に良くないので、私は頷いた。

 

「先ほど食堂で頼まれたマンションの方は何とかしますので、安心して下さい」

 

「……お願いします」

 

 色々と考え込んでいる、ルミネさんを残して私達は部屋の外に出た。

 

「と言う訳で、近い内にルミネさんは桜の園の部屋を引き払う事が決まったので、引っ越しの準備をお願いします」

 

「分かりました。業者の方には手配を依頼しておきます。ただ……ピアノはどういたしましょうか?」

 

「其方の方も運び出す方向でお願いします。続けるにしても、続けないにしても桜の園に置いておく訳には行きませんから」

 

 お爺様の件が終わるまでどれぐらいかかるか分かりませんし……何よりもあの様子では桜の園に戻るつもりはないでしょう。

 巨人のメイドは頷くと、私とアメリカの下の兄に背を向けて歩いて行った。

 ルミネさんが暮らしていた部屋の階層は64階だった筈ですから、大きな荷物を運び出すにはかなり手間が掛かりますから、業者への依頼は早い方が良い。

 

「えーと、それじゃありそな……こんな時に何だけど、今日はどうする? 何だったら泊まっていく?」

 

 確かにもう夜も遅いですし、アメリカの下の兄の提案は助かりますが……。

 

「私は家に帰ります」

 

 私が帰る場所はもう決まっています。

 アメリカの下の兄は少し驚いた顔をしましたが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべて頷いてくれました。

 

「うん! じゃあ、夕食を持ち帰れるようにするね」

 

「それでお願いします……ああ、後、ちょっとこっちを向いてくれますか?」

 

「えっ? 何かな?」

 

 カシャッと小さな音が鳴り、即座に私は携帯を操作して送信ボタンを押しました。

 

「……り、りそな……今、一体何をしたの?」

 

「フッ、写真を撮ってちょっと送らせて貰いました」

 

「誰に!? と言うか写真撮らないでよ!? こんな似合わない姿を!?」

 

「いや、ぶっちゃけ全然まだいけますよ。流石に歳を取ったら無理じゃないかなと思っていましたが……若々しいあっちの下の兄と違って、齢を重ねた魅力がありますね」

 

「止めて……凄いショックだから……何でルナもりそなも、この歳になって似合うって言うのかな」

 

 実際、本当に似合っているから困るんです。

 あっちの下の兄と並べても、間違いなく親子に見られるんじゃないんですかね……母と娘として。

 そんな風に複雑な気持ちを私が抱いていると、携帯が鳴りました。

 流石に早いですね。表示を見てみると……『京都の人』と表示されていました。

 

「もしもし」

 

『あっ! りそなさん! 今送られて来た写真を見たんだけど、も、もしかして其処にこっちの『朝日』がいるの!?』

 

「ええ、今目の前にいますよ」

 

 視線を向けると、アメリカの下の兄は一瞬怯んだ。

 どうやら電話の相手が私が写真を送った相手だと気がつき、その相手が誰なのかも予想出来たようですね。

 まあ、女装姿のアメリカの下の兄の写真を送って即座に電話をかけて来る相手となれば……1人しかいませんからすぐに分かるのは当たり前ですけどね。

 

『ああ、そんな状況じゃないと分かってるのに、こっちの『朝日』がいるなんて夢みたい』

 

「何でしたら私から、明日『朝日』として出迎えるように頼みますか?」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ、りそな!? 幾ら何でもそれは!?」

 

『本当! 是非お願い!』

 

 悲鳴のような声を上げるアメリカの下の兄と違い、京都の人は電話越しでも分かるぐらいに心から嬉しそうでした。

 

「と言う訳でアメリカの下の兄。いえ、こっちの朝日。明日からはこの屋敷では『小倉朝日』でいて下さい」

 

「何でそうなるの!? 嫌だよ!?」

 

「ルナちょむから許可が出ているとはいえ、既婚者の男性が、妻がいない屋敷に妙齢の女性と寝泊まりとか在らぬ噂が広がりかねません」

 

「うっ!」

 

「巨人のメイドも桜の園のコンシェルジュとしての仕事もあるんですから、何時もこの屋敷に居られません。其処に別の女性メイドが桜屋敷に勤めているとなれば、京都の人の相手はそのメイドが主にしていたとなります」

 

「い、いや、りそな。結局それって、僕が数名の女性と一緒に暮らしてるって事になるんじゃないかな?」

 

 まあ、そうも見られてしまうかも知れませんが……この桜屋敷に住んでいた頃から、男性は下の兄と甘ったれだけだったんですから、どちらにしても今更ですね。

 

「じゃあ、甘ったれ達とルミネさんに貴方が夜中にルナちょむとちょめちょめする為に女装していた事を……」

 

「それだけは本当に止めて下さい!! ……分かりました……明日からはこの屋敷では……『小倉朝日』でいます!」

 

 こうしてアメリカの下の兄は、快く私の説得に応じてくれました。

 この屋敷に再び『小倉朝日』が戻った。……あっちの下の兄が知ったらきっと……大泣きするでしょうね。




『小倉朝日』が再び現れる本来の条件は、『どうにもならない状況に追い込まれる』ですので、『小倉朝日』復活です。
因みにもう一人の朝日が見たら、間違いなく大泣きします。
尚、本来一番喜ぶ人物は遠いアメリカの地にいるので会えませんが。


暫らくは才華sideは休みで、遊星sideと里想奈(りそな)sideで進みます。
十月上旬までには復帰させないといけないので。
次回は爺の追及開始です。その後は……漸くあの伏線を回収します。
残酷ではない奇跡は、既に起きていました。
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