月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
その後はアンケートの結果通り、『続々・りそなの日記』を投稿して九月下旬の才華sideの話になります。
秋ウサギ様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!
side遊星
「え、えーと……」
今僕は非常に困惑していた。それと言うのも……。
「良かった! 本当に朝日が起きてくれて!」
「瑞穂様。嬉しいのは分かりますが、此処は病院ですのでどうかお気持ちを落ち着けて下さい」
涙を流しながら喜んでくれている瑞穂さんに、それを落ち着かせようとしている北斗さん。
りそなの話では2人は倒れた僕が心配で、わざわざ京都から駆け付けてくれたそうだ。その気持ちはとても嬉しく涙が出そうです。
「私もとても嬉しいです! 朝日さんが起きてくれた事を心から神に感謝します」
瑞穂さんと同じように嬉しくて目に涙まで浮かべてくれているメリルさん。
文化祭で気絶した日からずっと僕の看病をしてくれていたばかりか、僕の正体を知っても受け入れてくれた彼女には感謝しかない。身体が動くようになったら先ず性別を偽っていた事を土下座して謝罪しよう。
「此方の遊星君が起きてくれた事は大変喜ばしい! やはり俺の言った通り彼のこれからの人生は幸福に満ち溢れた運命に違いない! アハハハッ!」
「アンソニー。嬉しいのは分かるが、余り病室で大声を上げるな」
「す、すまない兄上」
「それと遊星君が二人いる時は、今まで通り小倉さんと呼ぶようにしろ。いまだに諦めていない爺の事もある。事情を知らない相手に聞かれたら不味いからな」
「そ、そうだな兄上。これからは以前のように朝日ちゃんと呼ぶようにしなければ」
メリルさんと同じように僕の事情を知っても受け入れてくれたアンソニーさんにも感謝だ。
駿我さんの僕の安全を考えてのご注意をありがとうございます。
「良かったあああっ!! 本当に! 私! 今度こそ本当に駄目ではないかと心配してえええっ!」
「い、いよいよ。嬉しいのは分かるけど、此処は病院だからね」
「いや、旦那様。私も壱与の気持ち分かりますって」
「ほんと。許可貰ってこの病室に入れさせて貰って朝日を見た時は、心臓が止まりそうなぐらいショックを皆受けたんですから」
八十島さん、桜小路遊星様、そして此方の桜屋敷での先輩方。
僕の事を心配してくれてとても感謝いたします。
そういう感謝の念で一杯の僕だけど、面会時間が訪れると共に広がった目の前の光景にはやっぱり困惑してしまう。
昨夜、りそなのおかげで目覚めて僕の主人である、ルナ様や彼方の皆からの手紙を読み終えた後は、すぐに駆け付けてくれた担当医からの検査を受けた。
何せ、文化祭があった日から9月も後数日で終わるという今日まで僕は眠り続けていたんだから。
本当に自分でも聞かされた時は驚いた。身体の調子からかなり長い間眠っていたのは分かっていたけど、9月の中旬に行なわれた文化祭からそんなに時間が経過しているとは思っていなかったから。
担当医の先生の話では衰えた筋力さえ回復すれば、すぐにでも退院できるそうなので9月中はリハビリを頑張るつもりでいる。
それでりそなが皆に連絡してくれて、面会時間が訪れると共に皆が一斉にやって来てくれた。
こんなにも僕を心配してくれている人達がいてくれたことに嬉しい反面、まさか広い病室内が一瞬で埋まるなんて思ってなくて少し困惑してしまった。
「ルナやユーシェ、湊も朝日が起きたって連絡したら凄く喜んでくれたのよ」
「本当にご心配をおかけしてしまってすみませんでした」
「いや、君が謝る必要はないよ、朝日。寧ろ私は改めて大蔵日懃という老人に恐ろしさを感じた」
「そうね……北斗の言う通り、私も怖く感じたわ。まさか、学院のホール席全部が埋まるように関係者に招待状を送るなんて。しかも学院側のイベントである文化祭でそんな事をするなんて」
瑞穂さんと北斗さんも、お爺様の行いには呆れて言葉もないという様子だった。
実際、会場にいた僕もお爺様のしたことには怒りと悲しみを覚えたので擁護できない。更にりそなから教えて貰ったけど、あの会場の様子をルミネさんは見たらしく、そのショックで引き篭もり寸前の精神状態にまで追い込まれているらしい。
大丈夫かな、ルミネさん…
「爺のやらかしに関しては此方でも今後より一層警戒するつもりだ。呆れたことに、『家族会議』の席で現当主であるりそなさんから糾弾されたのにも関わらず、あの爺はまだ諦めていない様子だからね」
心から呆れたという様子の駿我さんの話に、病室にいた誰もが溜め息を吐いてしまった。
流石にこれは僕と桜小路遊星様も擁護できない。
「おじいちゃんには困りました。一体どう説得すれば納得してくれるのか。私にも分かりません」
メリルさんも両手を合わせて神に祈るような姿勢だ。
「一応言っておくけど、爺の件は小倉さんは気に病む事はない。事前にりそなさんから文化祭後に爺の追及をすることは聞いていたんだろう?」
「は、はい……確かにりそなから聞かされていました」
「今回の件はあくまで予定した事に、君の問題が加わっただけに過ぎない。寧ろあの場で不味いのは爺の発言の方だ。だから、難しいかも知れないが本当に気に病まないでくれ」
「……ありがとうございます、駿我さん」
気遣ってくれる駿我さんには感謝しかありません。
でも、やっぱり自分がいなかったらと心の何処かで考えてしまっている。ルナ様と皆からの手紙のおかげで、以前よりはマシになっているけど……これは今後僕が自分の力で乗り越えないといけない問題だ。
その為にも……。
「失礼するぞ」
「遅れてすみません」
病室の扉が開き……あの人とりそなが入って来た。
「あっ、お兄様、りそな」
「衣遠じゃないか。お前来るのが遅いぞ。仮にも朝日ちゃんの親を名乗るのならば……」
「黙れ、アンソニー。遅れたのは医者から容態を聞いていたからだ。本人が目覚めたとはいえ、それなりの期間寝続けていたのだから、今後の方針について話し合っていた」
「そ、そうか。俺が悪かった。すまない」
あの人は溜め息を一つ吐くと、ベッドに横になっている僕に顔を向けた。
「……すまないが2人だけで話がしたい。心配なのは分かるが、少し席を外してくれ」
「……僕からもお願いします。2人で話がしたいんです」
見舞いに来てくれたりそなを含めた誰もが、不安そうに僕とあの人を見た。
……正直に言えば、僕はとても怖い。これから話す内容次第で、僕と父だと思えるようになってきた人との関係が決まってしまうに違いないから。
でも、話をせずに放置しておくことも出来ない。今だけは、りそなに傍にいて貰うことも駄目だ。
僕一人で正面からこの人と話すことで、本当の意味でこの人と向き合えるんだから。
やがて心配そうにしながらも皆病室から出て行ってくれた。りそなと桜小路遊星様も不安そうだったけど、僕達を信じてくれたのか病室を出て行った。
「……さて、それでは先ずは何処から話したものか」
ベッドの横に置かれていた椅子に座った。
本当なら僕も起きて話がしたいけど、起きて話すのもまだ少し辛いのでこのまま横になって聞くしかない。
聞きたいことは沢山あって、僕もどれから聞くべきなのか悩んでしまう。でも……やっぱり一番気になっているのは……。
「……あ、あの……大蔵の血を引いていないというお話は……」
「……やはり其処から話していくべきか。そうだ。あの時、爺が言っていた通り、この身には大蔵の血は流れていない。母である大蔵金子が大蔵家に嫁ぐ前に働いた不義の種によって生まれたのがこの俺。衣遠だ」
「っ……」
……改めて聞かされるとショックだった。
「……やはり涙を流すか」
「はいっ……出来れば、違っていることを望んでいました。でも、今のお言葉で事実だと認めるしかないと分かり、最後の淡い希望も失われて悲しまずにはいられません」
兄だと思っていた人が、父だと思いたいと願った人との血の繋がりが無い。
それを気にしないでいたいのに、どうしても気にしないでいることが出来ない。それが悲しくて涙が流れてしまいます。
「……桜小路遊星様も、やはりこの話を聞かされた時は……」
「ショックを受けていた。昔の俺は心の何処かでそれを疑っていたが、今ではそのような気持ちはない。順を追って説明するが、事は我が弟と桜小路の婚約を桜小路本家に認めさせた後、次は大蔵家に我が弟の桜小路への婿入りを認めさせる段階となった時に起きた」
「あ、あのー、確認したいんですけど、僕と桜小路遊星様って実は恋愛相手の自由も……」
「ククッ、当時のお前達にそんなものがあると思うか?」
なかったんですね。
知らないところでされていたラグランジェ家との婚約話や、湊の話で覚悟はしていました。
「お前には話していなかったが、お前と我が弟が小倉朝日として桜屋敷に奉公に出た年の8月に行なわれた『晩餐会』の席で、爺は急に我が弟に会いたいと口にした」
「それは……もしかして、お爺様はその時点で?」
「この俺に大蔵の血が流れていない事を知っていたのだろう。だが、大蔵遊星が『小倉朝日』となった事でその消息が不明となっていた。そのせいで爺は俺を大蔵家から追放する訳にはいかなくなった。直前まで遊星を養っていたのはこの俺だったのだから、居場所も知っていると思っていたのだろう。だが、次に爺が遊星の居場所を把握した時には、既に桜小路との婚約が進んでいた。婿入りとしてな」
……どうやら僕や桜小路遊星様が女装してフィリア女学院に通っていた事は、全く知らない所でも影響を与えていたらしい。
「爺としてはどうあっても我が弟を大蔵の人間として迎え入れたかった。大蔵の血を引いていないこの俺を真星一家から追放した後の後釜として」
「そ、それは……」
無理だ。僕や桜小路遊星様に、この人やお兄様の代わりを務められる筈が無い。
「……お爺様はルナ様と桜小路遊星様のご婚約にも反対だったのですか?」
「桜小路には才能はあったが、問題はその血筋の方だ。身体の事や遺伝の問題もあったが、それよりも何よりも『血統』という点は爺にとっては何よりも重要な要素だ。それはお前も理解している筈だ」
頷くしかなかった。
実際、この人や僕がお爺様に認められなかったのは、『血筋』の問題があったからだ。
「花乃宮やジャンメール家ならばともかく、桜小路家は血統という点においては先の二家よりも劣っている。この俺からすれば考慮するに値しないが、爺はそれもあって桜小路と我が弟との婚約破棄を願っていた。無論、我が弟は反対し、この俺を大蔵家に残し、自分も桜小路家に婿入りする為の道を考えた。父から爺が真実に気がついていると知らされ、残り少ない時間を使って考え抜いた結果、我々はりそなを当主に据えるという方法を思いついた」
「りそなを……当主にですか?」
何故其処でりそながと思ったけど、すぐに気がついた。
大蔵真星一家の中で本当の意味で正当な血を受け継いでいると言えるのは、りそなだけだ。表向きは正当な血を引くりそなを立てるという形にすれば、大蔵の血を引いていないこの人が大蔵家に残れる。
ずっと何故この人が大蔵家当主の座をりそなに譲ったのか疑問だったけど、これで納得出来た。いや、それだけじゃなくて……。
「その……今の話だと、旦那様も血の繋がりがないことに気づいておられたのですか?」
「気付いていた。その気付いていた理由が、まさかこの俺自身が鑑定した鑑定書を見たからだと分かった時は笑うしかなかった」
「……何故血縁鑑定を為さろうとしたのですか?」
少なくとも、僕が知る限りお兄様は大蔵家の嫡男として相応しい功績を挙げていた人だ。今だって凄い人だと憧れている。
そんな人が何故血縁鑑定を自分からしようと思い立ったのか気になって質問してみた。
「……鑑定する前は確実に大蔵家当主の座に就ける保証が欲しかったからだ。俺からすれば愚かとしか思えない判断材料だが、爺の中で次の当主を選ぶ判断材料の中で最も重要なのは大蔵の血を引いているか否かだ。鑑定する前は問題なかろうと思った点が、まさかこの俺の人生をひっくり返すものだと知った時は愕然とするしかなかった」
気持ちは分かります。
ボーヌから日本にやって来てからは、近くでお兄様を見て来たので、大蔵家当主の座を本気で目指しているのは知っていましたから。
それがまさか能力と関係ない部分で台無しになっていると知った時の彼の気持ちは、僕には想像する事も出来ない。
「当時からすでに高齢だったあの爺が遠からずくたばるだろうと一族の誰もが思っていたのだが……まさか、くたばらずに十数年以上も生き続け、更に新しい妻を娶り、娘まで生まれるとは流石に我々も度肝を抜かされた」
……気持ちはとても分かります。僕もルミネさんがお爺様の娘だと聞かされた時は、心から驚かされたので。
「話は戻すが、爺がくたばった後に大蔵家当主の座を俺に譲るという契約を我が弟とりそなと交わし、それに合わせて我々は動き始めた。だが、一時危うい状況に追い込まれる事になった」
「それは何故でしょうか? 聞く限りでは問題らしい問題はないと思います。僕というか、桜小路遊星様は当時は奥様に嫌われていましたが、りそなを当主の座に就けるとなれば奥様も協力してくれたのでは?」
「残念ながら母の協力は無理だ。あの頃の母はお前も知っているように、我が弟を心の底から疎んでいたからな。りそなを当主の座に就けるための協力者の中に我が弟がいるだけでもヒステリックを起こしていただろう」
「……あり得そうですね」
本気で僕は奥様に嫌われていた。
だからこそ、文化祭で会話した時は辛かったし、戸惑う事になった。あんなに優しい眼差しや言葉を掛けられたのは、文化祭の日が本当に初めてだ。
そうなる前の奥様だったら、言う通り僕が関わっているだけで騒ぐのは間違いないと思う。
「父の方は問題はなかったが、残念ながらこの俺が真星一家の力を全て取り込んでいたので何の力もない立場だった。出来る事といえば、『晩餐会』での席で俺達を擁護するぐらいだ。それでもりそなを当主候補に立てれば勝算はあった。だが、俺と我が弟はミスを犯した」
「お二人がミスをですか? それは一体?」
「当主候補にりそなを上げるまでは問題無かった。だが、肝心のりそながいきなり圧し掛かった重圧に潰れる寸前になってしまったのだ」
「っ……!」
そうだ。僕が知るりそなは元々大蔵家の人間という事で周囲から向けられる期待や視線に耐えきれず、引き篭もりになってしまっていた。
そんな中で一家の将来を左右するような重責に耐えられる筈が無い。
「我が弟の将来の為にと頑張ろうとはしたが、やはりこの俺が学院長を務めていた事もあってりそなの素性は早い段階で同じクラスの連中にバレてしまった、結果、再び引き篭もりに戻ってしまった」
「……桜小路遊星様は支えきれなかったんですね」
「奴は奴で桜小路との時間が大切だったからな。りそな自身も二人の時間を自らの事で奪いたくはなかった。これに関してはりそなの責任ではなく、我が弟と俺のミスだ。余りにも急にりそなに重しを付けさせてしまった。引き篭もりから抜け出したばかりの奴には早すぎた……だが、りそなも諦めなかった。奴は『あと一年時間が欲しい』と我々に望み、日本校を辞め、パリ校に入学する道を選んだ。この決断をしたのは5月頃だ」
な、なるほど。此処でりそながパリ校に入学する話に繋がるんだ。
確かパリ校のショーであるパリコレが行なわれるのは、丁度5月。時期的にも合う。
「そして8月にりそなはパリに向かった。夏休みという事で我が弟も『小倉朝日』に扮して学院が始まる9月まで傍に付き添っていた」
「あ、あの……何故『小倉朝日』になる必要があったのでしょうか? 普通に大蔵遊星で問題はないと思うんですけど」
「ククッ、残念ながら当時から既に我が弟の事を次男家の連中が捜索していたのでな。現にりそながパリに向かったのならもしかしてと考えた駿我が、現地で『小倉朝日』と出会っている」
ああ、なるほど。これでカリンさんの説明に納得出来ました。
カリンさんの話だと8月に『小倉朝日』はパリで駿我さんと会ったという話だったから、僕はてっきりそのまま新年までパリ校に通っていたりそなの付き人を『小倉朝日』になった桜小路遊星様が務めていたと思っていたけど、9月には日本に一度戻っていたんですね。
……少しというよりも……かなり複雑な気持ちが心の中で荒れ狂っている。
家族の為とはいえ、りそなに其処までして貰った桜小路遊星様に嫉妬を覚えます。いけない事だけど、どうしてもりそな関連で嫉妬を覚えるのはこれからも止められなさそうだ。ごめんなさい、桜小路遊星様。
「それで1月から桜小路遊星様が『小倉朝日』に扮して、パリに戻って来られたのですね?」
「そうだ。少々事件があったのでな。りそなには今しばらく我が弟が傍に必要だと思う事が起きた」
きっとそれは……以前りそなから聞いた桜小路遊星様が贈ったマフラーを駄目にされたという件に繋がっているのだろう。うぅっ、嫉妬を感じたらいけないのに嫉妬を感じてしまう。
……あれ? そう言えば?
「元々りそなには付き人はいなかったのですか?」
「一応最初の頃は当時の俺の会社でパタンナーを務めていた者を宛がっていたが、学院の規則として『企業での実務経験が二年以上』ある者はショーに参加出来ないという決まりがある」
ああ、そういえば確かにそういう規則があった。
「だが、当時の我が弟は日本校で二年目に行なわれたショーで最優秀賞に選ばれた人間という事もあって、あくまで自分はりそなのサポートという事を心がけていたようだ」
うっ……二年目も最優秀賞を取っていたんですね、桜小路遊星様は。
「我が弟が補佐を務めることによって、りそなも精神的に安定し、5月のショーは問題なく過ごせると思っていたが、当時敵対していた次男家が遂に動き出した。しかも本来なら敵対関係にある筈の母まで巻き込んでだ」
「お、奥様まで手を貸したんですか!?」
「そうだ。りそなが我が弟に本気で手を貸していると分かったのか。あの母はとにかく我が弟を排除する事に専念し、次男家と共謀してこの俺を日本に抑え込み、その間に我が弟とりそなを確保しようとした。愚かな事だ。次男家が勝てば我々に未来はないというのに……だが、奴らも時期を見誤った。丁度その頃は日本では春休み頃だったからな。それを利用した桜小路達が駆け付けたことで難を逃れることに成功した」
「ルナ様が……海外に」
心から驚いた。身体の事もあるから、外出される事さえ稀なあのルナ様がパリにまで来られるなんて。
でも、恋人を心配するのは当然だと思うから、此方は嫉妬する事はなかった。寧ろ二人の絆を素晴らしいと思った。
「其処から更に問題は起きたが、それによって我が弟も本気を出す気持ちになり、結果その年に行なわれたパリコレで最優秀賞を獲得したと言う訳だ。しかも此方にとって都合の良い事に、その年のショーはジャンの思い付きのおかげで我々の予想を超える盛大なパレードとなった」
「あの凱旋門を舞台にしたショーが行なわれたと聞いています」
「ククッ、まさにジャンらしい思いつきだった。おかげでショーを見た爺も母も手のひらを返し、桜小路家の婿入りを認め、母もこれまでの行ないを反省し後悔した」
……話を聞く限り、僕は凄いとしか思えなかった。
同じことが僕に出来ただなんて自惚れるつもりはない。桜小路遊星様は本当に苦労と努力の末に、夢を叶え、今の大蔵家を作り上げる一役を買ったのだと理解しました。
「我が弟の家族を思う献身を目にして目が覚めた筈だったが……年月を経て爺は以前に戻ってしまうどころかさらに悪化していたと言う訳だ。十数年前なら家を危険に晒す行為は控えたが、今の爺はとにかくルミネ殿に己が考える輝かしい道を歩ませることしか考えてはいまい」
「……」
脳裏に文化祭で開かれたピアノの演奏会の光景が思い浮かんだ。
ホールの席を埋め尽くす程の人の数には凄いと思ったけど、ルミネさんの演奏が終わった直後に空いた席の数々を思えば、どうしてもあの出来事を肯定できない。ううん、したらいけない。
だって、事実を知ればルミネさんも傷つく。現に今傷ついて、あの自信に満ち溢れていたルミネさんが信じられない事に引き篭もる寸前にまで追い込まれているそうだから。
「今回の件で大蔵家が荒れるとしても、それはお前がいたからではない。我々の怠惰と爺が引き起こしてしまった事だ。気に病む事はない」
「……ありがとうございます」
「それに……お前がいなければ危うく文化祭で国際問題が起きていたかも知れんからな」
「……は? えっ? 国際問題ですか?」
えっ? 本当に何でそんな問題が?
「お前の性格上誰かを疑うという行為をするのは無理を強いるので話さずにいたが、お前達の班の一員であるエスト・ギャラッハ・アーノッツがモデルの入れ替わりを仕掛けていた」
「エ、エストさんがモデルの入れ替わりを!? そんなまさか!?」
「事実だ。エスト・ギャラッハ・アーノッツはアメリカに渡る前のロンドン時代の頃に、双子の姉と共にモデルの入れ替わりを行なっていた。これに関しては状況証拠しかないが、本人が才華に認めたらしい」
「……驚きました。まさか、エストさんがモデルの入れ替わりなんてしていたなんて……それは本人の意思でなんですか?」
「ロンドン時代はそうらしいが、今回の文化祭でモデルの入れ替わりを頼んだのは双子の姉だ。この双子の姉に関しては、悪いが詳しく評する気はない。脳裏に浮かぶだけでも、この俺に嫌悪感を抱かせる人間だからな」
詳しく聞きたい気持ちがあるけど、尋ねる勇気を僕は持てなかった。
言葉からだけでも、本当に嫌っているという雰囲気を察することが出来たから。後でりそなに聞こう。
「尋ねるが、お前達の班が製作した衣装を、エスト・ギャラッハ・アーノッツ以外の人間が着て似合うと思うか?」
「……いえ、無理です。あの衣装はエストさんにしか似合いません。たとえ瓜二つの人が着ても、内面の部分で違いがあるなら似合わないと思います」
そうなると、確かにお父様の言う通り国際問題が起きかねない。
僕らの班のメンバーにはジャスティーヌさんがいるから。あの衣装の製作の時のジャスティーヌさんは、何時ものやる気のなさから考えられないほどに集中して製作していた。
想い入れのある衣装が駄目にされるなんて我慢できるはずがない。本当に国際問題が起きていたかも知れない。
「ですが、何事もなく衣装コンペの方は終えられたんですよね?」
「事前に情報を掴んでいたのでな。才華に伝えて見張らせていた。本来は『観測者』の立場にいる身だが、お前の従者を任せていた者からエスト・ギャラッハ・アーノッツに関する不審な報告が届いて来たので、調べてみれば出て来たというわけだ」
エストさんの不審?
それって……デザインに関する事かな? 少し気になるけど、今はそっちを気にしている訳にはいかないので後にしよう。
「……さて、これでお前に隠していた我が弟の功績は話し、この俺が大蔵の血を引いていない事も明かした。それらを踏まえて改めてお前に問おう。この俺と今後も家族として付き合っていくのかどうかをな」
「僕は……」
答えは既に出ている。
でも、その答えに対する不安がある。だから改めて自分の中で答えを確実なものとするために、僕は目を一度閉じた。
……うん。やっぱり僕の中での答えは変わらない。伝えよう。この人に。
僕の本心からの想いを。本当の家族になる為に。閉じていた目を開け、僕は真っ直ぐに決して目を逸らさないと心に誓いながら彼を見据えた。
次回、遂に転移後の世界の衣遠と遊星の関係が本当の意味で決まります。
まあ、遊星が出す答えは決まっているんですけどね。でも、やはりこれは重要な話なので頑張って書きます!