月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回で九月の遊星sideは終わりです。
アンケートの結果の通り、次回は『続々・りそなの日記』となります。
その後は九月の才華sideです。

秋ウサギ様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!


九月下旬(遊星side)26

side遊星

 

「家族になりたいです。貴方だけじゃなくて、皆とも。そして……貴方をこれからも……父と呼んで良いでしょうか?」

 

 偽りのない本当の気持ちを僕は口にしよう。

 

「此方の旦那様にお会いした時に思ったんです。僕はもうあの人を父と呼ぶ事は出来ないと」

 

 元々旦那様とは親子としての会話をした事がなかったのもあったと思う。

 それにあの人には桜小路遊星様と言う立派な息子がいる。でも、それ以上に僕は……。

 

「貴方と出会ってからの一年以上、僕はずっととても暖かな気持ちに包まれていたのを、文化祭の日に実感しました。それはボーヌから日本に来た時も感じた気持ちです。だから……僕は、その暖かさを与えてくれた兄の期待に応えられない自分が悔しかった」

 

「……それに関しては其方の俺やこの俺にも責任がある」

 

「えっ? ……」

 

「昔、まだ我が弟の才能を認める前の話だが、桜小路の奴に言われた。我が弟やお前の才能が目覚めるのが遅いのではなく、この俺にお前達の才能を見る目がなかったのだとな」

 

 ル、ルナ様……この人にそんな事を言い切れるなんて、流石です。

 

「実際桜小路の言い分は尤もだと今は認めるしかない。やる気があったとは言え、実力が落ち切っていながらも学び直すようになってからの僅か半年ほどでお前はクアルツ賞の最優秀賞を飾れるほどの衣装を製作した。無論、デザインの方の良さもあったが、本来のモデル以外の人間に合わせて製作出来たのは間違いなくお前の才能に因るものだ。才能が無いなどと言ったのは誤りだった……遊星。間違いなくお前は、大蔵家の人間であり……この俺の子と認めよう」

 

「……お父様」

 

「あの時は気絶しかけていてよく聞こえなかっただろうから、もう一度言おう。お前はこの俺の子だ。この大蔵衣遠の子だ。誰が何と言おうと、お前こそが俺の子だ。今日まで良く頑張った。俺はお前を誇りに思うぞ」

 

「ありがとうございます……これからも、努力いたします」

 

 嬉しくて涙が止まらなかった。この人を父とこれからも呼ぶ事が出来る。

 それが何よりも嬉しくて仕方がなかった。

 

「……全く、涙脆くなっているところがお前の悪いところではあるな。まあ、今日ぐらいは許してやろう……そうだ。気を紛らわせるために少し昔話をしてやろう」

 

「昔話ですか?」

 

「ああ……昔、この俺に勝利したある女の話だ」

 

「お父様に勝利した……女性の方ですか?」

 

 心から驚いた。お父様に勝つ事が出来た女性の人がいるなんて。一体誰だろうか?

 僕は気になってお父様の話を聞き逃さない為に集中した。

 

「……俺は、大蔵家の人間でないと知った時に、全身の血が噴き出しそうなほどに苦しんだ」

 

「あ、はい……当事者であるお父様以外に分からないほどの苦悩だったと思います」

 

 大蔵家の使用人として育てられていた僕だって、本当に毎日が厳しくて辛かったんだから、奥様から大蔵家当主になるように言われ続けていたお父様に掛けられていた重圧は相当なものだったに違いない。

 それが血の繋がりが無いという一点の問題だけで、全てが無意味だと知った時のお父様の気持ちは、本当に想像する事も出来ない。

 

「俺には元から大蔵家内でも抜きんでた力があった。唯一の当主争いの対抗馬と言えた駿我にしても、奴の方針を考えれば、大きな失態でもないかぎり、大蔵家の嫡男として、次の当主の座に就く事は決まっていた。しかし、それが幻想でしかなかった事を知った時、俺は後を継ぐ者から大蔵家のあらゆるものを奪う側に回った。特に父親代わりのあの男に対しては、その思いが強かった」

 

 言われてみると、僕の記憶の中でもお兄様と旦那様が親し気に会話をしていたことはなかった。

 表面上は親し気な会話をしていた事はあっても、客人が来ていた時ぐらいだった。今の話からすると、僕やお母様がいないところでもしていなかったようだ。

 

「だがこの俺が全てを奪う行動をする前にあの男は自滅した。おかげでこの俺があの男の権力、財力、その所有物、取り返しのつかない失態から挽回が不可能だと見限りを付けた母、そして自由すらも奪っても、一番厄介な相手だった爺は動かなかった」

 

「その失態と言うのは? もしかしてメリルさんのお父様に関する事でしょうか?」

 

 僕が知る中で一番昔のお爺様が怒りそうな事と言えば、メリルさんのお父様である山弌叔父様の死に関する事だ。確か、りそなが話してくれた時に他に影響があったとか言っていたから。

 

「りそなから聞いたか……そうだ。メリル・リンチの父親である山弌殿の件だ。失脚する前のあの男と富士夫殿は共謀して、山弌殿からの爺への連絡を取りつがないように当時の大蔵本邸に勤めていた使用人達に言い聞かせていた。そのせいで山弌殿が死んだ事に爺は腹を立てて、二人は次期大蔵家当主候補から外された」

 

 『家族主義』であるお爺様からすれば、家族が死ぬ原因となった旦那様と富士夫叔父様を許せないのは分かる。

 言われてみると、昔から周囲にいた大蔵家の誰もがお父様が次の大蔵家当主候補だと言っていて、旦那様が当主候補だと呼ばれていた事はなかった。

 どうやら山弌叔父様に関する一件は、日本から遠く離れたマンチェスターにまで届いていたようだ。

 

「爺もこの俺が軟禁のような生活を過ごさせている事は気付いていただろうが、それよりも山弌殿に関する事の怒りが勝っていたのだろうな。何も言わなかった。尤も、この俺の正体を知った時は内心で己の目の曇りを悔い、怒りを堪えていただろうが」

 

 その頃の事を思い出したのか、お父様は悪そうな笑い声を発した。

 

「ところがマンチェスターの別邸に数年閉じ込めている内に、俺の知り得ぬ変化が起こっていた」

 

 ……あれ? この話って、お父様に勝利した女性の話だった筈なんじゃ?

 疑問に思ったけど、気になる話だったから僕は口を挟まなかった。

 

「たかだか使用人一人あの男の判断で雇った程度の事だったので、この俺も関知することは出来なかった。その雇った女使用人と、あの男が密通をしている事実は、子供の妊娠が発覚するまで、あの屋敷内の誰もが気付いていなかった……この俺が知った時には既に子は生まれていた。あの頃の俺にとっては不覚と言って良かっただろう。己に敵対する可能性がある人間が増えるのをみすみす見逃したのだからな……尤も最終的には、俺にとって大した問題ではないと考えた。それすらも奪ってやれば良いと思っていたが……あの女は不思議と俺に靡かなかった」

 

 椅子に座っているお父様は、昔を思い出すかのように何処か遠い目をしていた。

 

「生活の為に愛人となった女だ。贅沢を餌にすればすぐあの男から離れるだろうと思ったが、東京への移住を何度も拒んだ……それほどあの男に情が移っていたのかと思ったが、そういう訳でも無かった」

 

 お父様の言う通り、絵に描いたような幸薄い人生を過ごされたお母様だけど、熱烈な愛情を向けていた旦那様と違ってお母様自身は旦那様に愛情を抱いているようには息子の僕からも見えなかった。

 

「その内心を悟る為の試みにあの母がいる場に同席させてみても、脅えるだけで、妬心や、己がその座に代わろうという野心も見えなかった。では何故あの女が、俺の提案を受け入れようとしないのか……理由はただ一つ、息子の側を離れるつもりがなかったからだ」

 

「っ……」

 

「もし俺の提案に乗って、その最愛の息子も連れて東京へ移住したとしても、己の栄華の障害となる存在を正妻である母が放っておくはずがない。他にも、当時は余り考慮していなかったが爺の事もある」

 

 脳裏に山県さんの事が浮かんだ。

 確かに、もし僕とお母様が日本にやって来ていたら、お爺様が何かして来たかも知れない。いや、山県さんにしていることを考えてみると、間違いなくしてくるに違いない。

 そう考えると……辛くても、あのマンチェスターの屋根裏で過ごしていた方が良いと思えてしまう。

 

「あの女は大蔵家の政争に巻き込まれれば、お前は無事では済まないと考え、あの屋根裏部屋での暮らしの方がマシだと考えていたのだろう」

 

 不思議と僕は幼き日に良く母から聞かされていたアイルランドの子守唄と、それを歌う母の温もりを思い出していた。我ながらこの歳になっても、母離れ出来ていないのかと疑問に思う。

 でも……何故か眠っている間、お母様の温もりを感じていたような……そんなあり得ない事を、何故か実感していた。

 

「だが俺がデザイナーとして忙しかった時期に事は起き、その隙を突かれて、母の手によってボーヌにあの女の息子は異動させられた。危惧していた通りの事態になったという事だ……唯一守ろうとした子を奪われ、離れてからの一年であの女は、心痛のためか病弱だった身体を更に弱らせ、やがて重体となった」

 

 ……此処までくれば分かる。お父様は……お母様の最期を看取ってくれたに違いない。

 僕が知らないお母様の最期。それを聞き逃すまいと、僕はお父様の言葉を待つ。

 

「……その事を知った時、俺は焦った。このままでは、あの女をあの男から奪う機会を永遠に失する事になる。あの女は今際の際に俺から全てを奪った男を拒否しなくてはいけない。そうしなければ、俺の苦しみと釣り合わない。あの女を最後まで奪えなければ、それがあの男の支えとなる………だが現実は俺が考えているよりも遥かに滑稽だった」

 

 僅かにお父様の口調に怒りが混ざったように感じた。

 

「あの男は、その愛するという女がいよいよだと知りながら、その最期を孤独にするべく日本へ呼び出した己の正妻に逆らえず、同じ屋敷の中にすらいなかった……滑稽な話だ。この俺が奪うまでもなく、あの男は自ら放棄したのだからな……そして屋敷に着いた俺は、誰にも看取られず、部屋で横たわるあの女を見て笑った。なんと無様な死に方だと。俺の下へ来ていれば、こんなことにはならなかったのだと。今からでも遅くはない。俺のものになれば、お前の愛する息子は俺が飼ってやると告げた」

 

 ……出来るだけ冷静で、淡々と話そうとお父様はしている。

 でも……僕は気がついた。お父様の唇が、震えている事に。

 

「……だがあの女は何を血迷ったのか、今際の際に俺にこう告げた。『どうかあの子を兄弟として愛して欲しい』と……最後の最後まで、己よりも我が子を優先した。知らない事とは言え、本当の兄弟ではない、血の繋がりなどないこの俺に、己の命が尽きようとする最後の最後まで、だ……この俺の人生にとって最大の敗北だ。あの女には……最後の最後まで勝てなかった」

 

「お父様……」

 

 ……ありがとうございます。

 ずっと母の最期が気になっていた。あの屋敷で、僕と母を気遣ってくれる人はいなかったから。

 母は一人寂しく、誰からも看取られずに世を去ってしまったのではないかと思っていた。でも、違った。

 どんな理由でも、看取ってくれる人が一人いてくれた。最期の母の言葉も伝えてくれた。感謝の気持ちしか僕にはなかった。

 

「……其方の俺もお前を引き取ったのならば、同じ言葉をあの女から言われていただろう。尤も、この俺自身の目の無さがあったが故に、我が弟やお前の『支える才能』は桜小路と関わって漸く発揮された。この俺や其方の俺にとっては一生の不覚だ……さて、これで俺に勝利した女の話は終わりだ」

 

「……話を聞かせて貰って嬉しかったです、ありがとうございます、お父様」

 

「フン、別に礼を言われる事では無い……それで今後お前はどうする?」

 

 答えは決まっている。僕はもう諦めない。

 

「服飾を続けます」

 

 ルナ様のお言葉もあるけど……やっぱり僕は服飾が大好きだ。

 以前のように誤魔化さずに、今度はちゃんと向き合っていきたい。ただ……フィリア学院にこれからも通い続けるのは無理だよね。

 まだ触りの部分しか聞いていないけど、お爺様がしたことで以前よりもりそなの理事長としての立場が悪化しているそうだから……出来る事なら今度こそ年末のフィリア・クリスマス・コレクションに参加したかったな。

 

「服飾を続けるという事に俺も異議はない。また、フィリア学院にお前が通い続ける事にもだ」

 

「えっ!? ……よ、宜しいのですか? 男性である僕が通っている事がバレたら、りそなの立場がますます危なくなってしまうのではないでしょうか?」

 

「本来ならばその通りだが……学院内の調査員に関してはこのまま継続する方針で学院側は考えている。提案こそしたのは理事長であるりそなだが、実績に関してはお前とその従者によるものだ。今回の爺の件は防げなかったが、従者を務めているクロンメリンは迅速に動き、情報を漏洩した教師を即座に発見した」

 

「カリンさんが……」

 

 どうやら僕が気絶しても、カリンさんは調査員として頑張って動いてくれていたようだ。今度あったらお礼を言わないと。

 

「理事長であるりそなが不利になるにも関わらず、偽りなく奴が事の次第を報告したことによって、役員達も調査員に関しては不正をしない事を理解した。他にもお前が提出した服飾部門のレポートで、りそなが望んでいた共学化の可能性が無いと示した事も良かった」

 

 りそなに申し訳ないと思ったけど、ちゃんと報告しておいて良かったあ。

 

「何よりも総学院長であるラフォーレの後押しが大きかった」

 

「ラフォーレさんが後押しをしてくれたんですか?」

 

 彼にとっても調査員と言う存在は目障りだと思っていたのに……いや、もしかしてラフォーレさんは……。

 

「もしかしてラフォーレさんは、僕とカリンさんが調査員だという事に気付いていたのでしょうか?」

 

「恐らくは気付いているだろう。爺のやらかしに協力した者を迅速に見つける為に、クロンメリンもそれなりに大きく動いた。ラフォーレならば其処から気付いてもおかしくはない……だが、奴が調査員続行を後押ししたのは、何もお前に目を掛けているだけが理由ではない」

 

「と言いますと?」

 

「文化祭でこのような事があったのだ。ならば、フィリア・クリスマス・コレクションでも同様の事が起きかねないと奴は危惧した。実際、今は中断しているが爺は文化祭が終わってすぐにフィリア・クリスマス・コレクションに向けて動き出していた」

 

 お、お爺様……。

 しかも中断という事は、お爺様はまだ諦めていないと言う事だ。流石にフォローできません。

 

「ジャンが審査をする舞台で不正が行なわれるなど、ラフォーレにとっては何よりも我慢できない事だ。また、お前達以外に調査員を入れるのは今からでは難しい。ならば多少の不審はあったとしても、実績を持っているお前達に継続させた方が良いと他の役員達も考えたようだ。尤も、性別がバレたら不味い事に変わりはない。もしフィリア学院に通い続けるつもりならば、以前よりも更に注意を払うようにしろ」

 

「は、はい……」

 

 うーん、フィリア学院に通い続けられる可能性があるのは嬉しいけど、失敗するとりそなに迷惑が掛かる。一度りそなに相談してから答えよう。

 

「それと……もう一つお前が通う事に問題がある」

 

「えっ? まだ他にも何か問題があるのですか?」

 

「そうだ。重要な問題がある。これに関してはお前自身の将来にも関わる問題だ」

 

「……それは何でしょうか?」

 

 僅かにお父様は言い淀むような様子を見せた。これだけでも本当に重大な事なのだと分かる。

 

「……この問題に関しては、俺やりそなも関わっている。迂闊にもお前を……我が弟から服飾の技術を学んだ樅山のクラスに入れてしまった」

 

「っ……!」

 

 ……樅山さんに服飾を教えたのが桜小路遊星様。

 それは……つまり……僕は間接的に一番習ってはいけない人の技術を学んでいた?

 ショックがないとは言えないけど、不思議とストンと何かが嵌まったような気もした。

 

「その様子では俺の言葉の意味を理解しているようだな」

 

「……はい……僕の服飾の技術は、桜小路遊星様に近づいてしまっているんですね」

 

 服飾の技術が思っていたよりも、ずっと早く取り戻せていた事にも納得出来てしまった。

 間接的だから分かり難かったけど、早期に技術を取り戻せる方法として桜小路遊星様から学ぶという事を僕は知らず知らずの内に実践していた。

 勿論、樅山さんと桜小路遊星様は別人だから、そのものの技術とは言い難いけど、根本的な部分で桜小路遊星様の技術が樅山さんの教えに残っているなら……僕にこれ以上に無いほどに合ってしまう。

 

「この件に関しても俺のミスだ。我が弟の劣化コピーを赦せないと言いながら、お前に知らず知らずの内にその道を歩ませてしまった……我が弟を知る者達は、クアルツ賞で製作したアトレの衣装を見た印象は……誰もが遊星に近い作品だと言っていた」

 

 ………そう言われるのを覚悟はしていても、やっぱり僕はショックを感じた。その評価は、一番言われたくない評価だったから。

 

「今、お前は瀬戸際にいる。このまま樅山から服飾を学び続ければ、それはより我が弟に近づくという事に他ならない。無論、我が弟自身から学ぶわけではないから違いは出て来るだろうが……そもそものお前の目的の一つだった我が弟を超えられる可能性は限りなく低くなる。或いは……茨の道を進む事になるやも知れん。それらを踏まえて確認する……フィリア学院に通い続ける意思はあるか?」

 

 目を閉じた。

 お父様の言う通り、このまま樅山さんからの教えを受けるのは今後の僕の服飾人生に大きく影響を及ぼす。

 絶対にそうなるとは限らないけど……可能性が高いのも事実だから楽観視できない。でも……脳裏にルナ様の手紙と、僕が製作した衣装を見た皆の感想が浮かんだ。

 ……うん、僕の答えは決まった。

 

「……りそなと話してから正式に決めるつもりですけど……僕個人としては通いたいと思います」

 

「……」

 

「お父様の危惧しておられることは、僕も分かっています。それでも……僕はあの夢の舞台でりそなが描いたデザインの衣装を製作したいんです」

 

 やっぱり……僕はどうしてもあの夢の舞台であるフィリア・クリスマス・コレクションでりそなの作品を製作したかった。

 此方に来て、漸く見つける事が出来た本心から自分のやりたい事。それを僕はどうしてもやり遂げたい。

 お父様は考え込むような顔をし、やがて考えが纏まったのか僕に顔を向けた。

 

「あえて困難かつ苦難の茨の道を進もうとするか。それでこそ我が子と言いたいところだが……その道を進もうとするなら一歩間違えばこの俺も敵となりかねない道だと分かって言っているのだろうな?」

 

「はい……お父様が桜小路遊星様の劣化したコピーを認めない事は分かっています」

 

 これから僕が進もうとしている道は、その危険性を秘めている。

 実力を早期に取り戻せるメリットを超えるデメリットがあるのも理解している。

 ……それでもこの道を進む事に、もう迷いはなかった。

 

「どうかお願いします」

 

「……其処まで決心が固いのならば、最早何も言うまい。それに……考えようによってはお前が我が弟を超えられる第一歩となる可能性でもある」

 

「えっ?」

 

「嘗てこの俺が我が弟への認識を改めたのは、桜小路の為に奴が製作した衣装を見てだ。その衣装を俺と共に審査した友がいる」

 

「あっ……」

 

 誰の事を言っているのかすぐに分かった。ジャンの事だ。

 そうだ。桜小路遊星様が製作したあのルナ様の衣装の審査に、彼が関わっていない訳が無い。

 

「ジャンは我が弟が製作したあの衣装を『神服』と評した」

 

 うぅっ、羨ましいと思ったらいけないけど、ジャンの其処までの評価を貰えた桜小路遊星様が羨ましい。

 

「だが、りそなの衣装には同じ評価をしなかった」

 

「……えっ?」

 

「無論、この俺の目から見ても我が弟がりそなの為に製作した衣装は素晴らしいものだった。ジャン本人もパリでのショーの大成功はりそなの衣装があったからだと思っただろう。だが、奴の目にはりそなの衣装は『神服』と表現するに至らなかったようだ」

 

 つまり……。

 

「嘗てのパリでのショーの規模と同じ規模のショーを行なう事は不可能だが、少なくともお前が製作したりそなの衣装を『神服』とジャンが評すれば、それは紛れもなく我が弟を超えられる可能性がある事を示すことに他ならない」

 

「あっ……はい!」

 

 漠然としていた目標に、明確な形が与えられた。

 ありがとうございます、お父様!

 

「りそなの説得はやはり必要だがな」

 

「そ、そうですね」

 

 それを忘れたらいけない。今のりそなの立場の問題もあるからちゃんと話し合わないと。

 

「お前のこれからに期待しているぞ、遊星」

 

「はい、お父様!」

 

 貴方の期待にも応えられるように頑張ります。

 やるべき事は決まった。別世界のルナ様や皆。僕はこれからも頑張っていきます!




原作で予想する限り、間違いなく衣遠は遊星の母親に惚れていたと思います。
年月を経て、漸く自身の敗北を衣遠は受け入れました。
朝日の学院復帰は10月頃からになります。色々と検査も必要ですから。
最も学院復帰の前に、桜屋敷には行く予定です。

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