月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回で長かった九月編は終了。
次回は遊星sideからで10月編となります。
また本編に関してアンケートを取りたいと思います。
出来ればお答えいただけると嬉しいです。

三角関数様、秋ウサギ様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!


九月下旬(才華side)28(終)

side才華

 

「それで黒い子について、何があったのか分かったの?」

 

 エストと共に教室にやって来ると、即座に先に教室に来ていたジャスティーヌ嬢が問い質して来た。

 続くように梅宮伊瀬也と大津賀かぐやの主従も此方にやって来る。夏休みの間、一緒に作業した間柄だけに、やっぱり彼女達も小倉さんの事が気になっているようだ。当たり前だけどね。

 注意深く周りを見ると、クラスメイト達も此方の話が気になるのか聞き耳を立てている。このクラスで小倉さんを嫌っている人は誰もいない。

 クラスメイト全員から小倉さんは慕われていた。

 その安否を心配するのは当然なんだけど……。

 

「申し訳ありません。私も詳しい事はやはり分かりませんでした」

 

 大勢に聞かせられる内容ではないので、心苦しいが嘘をついた。

 エストも理解してくれているので、険しい視線を向けて確認して来るジャスティーヌ嬢に頷いてくれた。

 小倉さんの話が聞けないと分かったジャスティーヌ嬢は、肩を落とす。

 

「ジャス子、元気出してよ。ほら、小倉さんなら大丈夫だと思うよ」

 

 そんなジャスティーヌ嬢を慰めるように梅宮伊瀬也が声を掛けた。

 僕も出来る事なら梅宮伊瀬也の考えに同意したいんだけど、伯父様から小倉さんの現状を聞いているだけに素直に同意する事が出来ないよ。

 

「……そう言えば、ジャス子って桜小路の子と仲が良いんだよね? その子に聞いて見たら? 確かお父様が大蔵家の出らしいし。そうだよね、大津賀さん?」

 

「ええ、まあー、そうだったはずですー……」

 

 距離は取っているけど、桜小路分家の内情はちゃんと梅宮伊瀬也は知っていたようだ。

 

「そのアトレとも昨日から連絡が取れないの」

 

「えっ? そうなの?」

 

「昨日部屋に戻ったらすぐに電話したんだけど、用があったのか携帯の電源は切れていて、内線の方も繋がらなくて……まあ、朝は繋がったんだけどね。従者の子しか出なくて、今日は学院も休むんだって」

 

「そ、そうなんだ」

 

 何処か戸惑った様子で梅宮伊瀬也の目が泳いだ。

 心配したい気持ちがあっても、相手がアトレなだけに心から心配することは出来ないという様子だ。早く彼女と桜小路家の関係が良くなる日が来て欲しいなあ。

 ……梅宮の伯母様は無理だろうけど。

 おっと、そう言えばこの場にはもう1人、小倉さんの所在を知りそうな人がいた。

 小倉さんに付き添っているらしいメリルさんの親友であるカトリーヌさんだ。彼女ならもしかしてと一縷の望みを持って目を向けてみると、カトリーヌさんは困った顔をしていた。

 

「どうされました、カトリーヌさん?」

 

「あっ、いえ……カリンさんも、その……来ないなと思ってましたます」

 

 うん、どうやらカトリーヌさんも小倉さんの所在は知らないようだ。でも、一応……。

 

「そう言えば、カトリーヌさんは文化祭の日にフランスからご友人が来るとお聞きしていましたが、お会いになられましたか?」

 

「メリルの事ですか? ……いえ、その……メリルの方で急な用事が入ってみたいで、会えませんました。代わりに電話で何度も謝ってくれたます」

 

 心から残念そうにカトリーヌさんは息を吐いた。

 あのお父様と同じぐらい人が良いメリルさんが親友だというカトリーヌさんに会いに来ないなんて……伯父様の言う通り小倉さんは相当危ない状態のようだ。

 他にも大蔵家の関係者という事で、朝、登校中に会うジュニア氏にも聞いて見たが……。

 

『悪いがハニー。俺も姉御の事に関しては何も知らないんだ。昨日姉御が休学したって話を聞いて、親父に連絡して見たんだが、その親父も何時になく真剣な声で『暫く待ってくれ』って言われた。あんな真剣な親父の声を聞くのは、俺が初めて会いに行った時以来だ』

 

 あの大蔵家のムードメーカーのアンソニーさんまで本気で動いている。

 伯父様の言う通り、大蔵家全体でひいお祖父様の対処に動き出している。悔しいけど、部外者の僕らが介入出来る余地はない。出来る事と言えば……。

 

「皆様。小倉お嬢様の現状に関しては分かりませんが、桜小路お嬢様の従者の方に、お見舞いの品だけでも届けられないかどうかを、桜小路の旦那様に確認して頂いています」

 

「私と朝陽は許可が貰えたら、小倉さんへのお見舞いの品を用意するつもりでいます。皆さんもどうでしょうか?」

 

「あ、えーと……小倉さんへのお見舞いの品なんだから大丈夫だよね。ねっ? 大津賀さん」

 

「そうですねー。小倉お嬢様には私もお嬢様も班の活動の時に助けられてますから……今回は仕方ないと思います。まあ、相手の桜小路の旦那様がご了承してくれるかに依りますけどー」

 

「それは大丈夫だと思う。直接会ったのはもう随分昔だけど、桜小路の叔父さんは優しそうな人だったから」

 

 少し驚いた。お父様と梅宮伊瀬也は会った事があるんだ。

 いや、驚く事ではないかも知れない。僕は幼い頃に参加した『観桜会』であった出来事以降は、桜小路本家の催しに参加しなくなったけど、お父様は確か参加していた筈だ。

 その催しの時に梅宮伊瀬也はお父様と顔を合わせたのかも知れない。梅宮の伯母様は参加しなくても、梅宮の伯父様は参加していただろうから。

 

「カトリーヌ。日本のお見舞い品って何が良い?」

 

「え、えーと……分かりませんます……後で親友に確認してみます」

 

 ジャスティーヌ嬢もどうやら小倉さんにお見舞いの品を贈るつもりのようだ。

 ……他にも、僕達の会話を聞いていたクラスメイトの何人かがソワソワした様子で、僕とエストを見ている。

 彼女達も小倉さんにお見舞いの品を贈りたいようだ。

 小倉さん。貴女は本当に皆から慕われているんです。だから、どうか元気になって、このクラスに戻って来て下さい。

 

「皆! そろそろホームルームを始めるから席に戻ってね!」

 

 何時の間にか紅葉が来ていた。

 僕らは自分達の席に急いで座った。フッと、ジャスティーヌ嬢の席の方に視線を向ける。

 其処に空いている2人分の空白を見ると、言いようのない寂しさを僕は感じた。

 

「こんな時に何だけどね? 総合部門に小倉さんとクロンメリンさんを誘うのはどうするの?」

 

 昼休み。僕らは特別編成クラス用の食堂で食事をしながら、総合部門の事で話し合っていた。

 本当ならパル子さん達も加えて話したいんだけど、以前ジャスティーヌ嬢に連れられてやって来たパル子さんとマルキューさんはともかく、他の3人の方が特別編成クラス用の食堂に行くのに難色を示したらしく、彼女達とは放課後のサロンで会う予定でいる。

 少々面倒に思うけど、よくよく考えて見ると、総合部門では他の部門の生徒達も協力する事があるんだから当たり前の事だよね。

 

「参加申し込み期限まではまだあるけど、小倉さんとクロンメリンさんが何時学院に復帰するのか分からないよね。だから、そのね」

 

 梅宮伊瀬也の言いたい事は分かる。

 小倉さんとカリンの総合部門への参加を待っている余裕は、もう僕らにはない。

 総合部門への参加申し込み期限が10月上旬と差し迫っている現状で、学院に復帰するのかどうかも分からない小倉さんとカリンを待っている事は無理だ。

 

「残念ですが、小倉お嬢様とクロンメリンさんの総合部門への参加は見送るしかありません」

 

「朝陽の言う通り、個人的にはとても残念ですが、他の皆さんに迷惑が掛かるなら諦めるしかないと思います」

 

「そう……だよね。あっ、でもジャス子は良いの?」

 

「個人的には黒い子にも手伝って欲しいけど、無理なんてさせられないでしょう? だったら、諦めるよ」

 

 既にジャスティーヌ嬢からは小倉さんが参加しなくても参加する旨を聞いていたけど、こうして改めて聞くとホッとした。

 ……いや、問題はあるか。戦力の1人として是非加わって欲しかった小倉さんが参加しないんだから。この大きな損失は、そう簡単には埋める事が出来ない。

 必死の更に必死で製作にあたらないといけない。

 

「それで朝陽さん。朝陽さんのデザインの残り2枚分のモデルはどうするの?」

 

 そっちの問題もあったか。

 

「一応他にモデルになってくれる方を探してみるつもりでいます。ただ探した結果、この方だと思える人がいなかった場合は、余っている2人分のデザインに関しては諦める事になるかも知れません」

 

 やっぱり今回のような大規模な企画なんだから、文化祭の次の日にエストに見せたデザインのように心からこのデザインしかないと思えるような自信に満ち溢れたデザインで挑みたい。

 それに、もしかしたら1人は、今夜にでも決まるかも知れないし。

 

「朝陽の余っているモデルの権利に関してはそれで良いとして……残る決めないといけない事と言えば、やっぱりショーで重要な演出担当と音楽担当の方も探さないといけない事ですね」

 

「はい。お嬢様の言う通り、これだと思える方がいなくて此方も困っています。時間的な問題もありますから。2、3年生も含めて探しているのですが」

 

「演劇部門の1年生は止めておいた方が良いんじゃない? 私は見てないけど、文化祭の日に来てた伯母様の友人が演劇を見たらしいんだけどね。あんまり良い感想はなかったよ」

 

「ジャス子の言う通りだと思う。私も直接は見てないけど、うちのクラスの子の中には『イトウサクリ』が演劇に出るから見に行った子がいて、その子に聞いたら『イトウサクリ』の演技は良かったそうなんだけど……そのね。劇の内容が酷かったんだって」

 

 酷かったって……もしかして夏休みに八日堂朔莉から見せて貰ったあの台本の劇をやったんだろうか?

 もしそうだったら、ジャスティーヌ嬢と梅宮伊瀬也の話に間違いはないだろう。本当に酷かったからね、あの台本の内容は。

 エストも台本の内容を思い出しているのか、少し顔色が悪くなっているよ。

 

「……そうだ! 朝陽! 音楽担当の人にあの人は頼めないかな? ほら、前に朝陽が聞きに行ったリサイタルを開いた人」

 

 山県先輩か。

 ……確かにショーという企画を考えるなら、是が非でも彼に協力を依頼したいんだけど……。

 

「お嬢様。私も彼の事は頭に浮かびましたが……多分、彼は彼で既に他の方に総合部門の参加を依頼されているでしょう。樅山先生の話では、彼は去年の総合部門の最優秀賞作品に参加していたそうですので」

 

「あっ」

 

 気付いたのか、エストは残念そうに顔を俯かせた。

 それは僕だって出来る事なら山県先輩に参加を依頼したい。あんな楽しそうなリサイタルを開いた人だ。

 きっとショーでも素晴らしい演奏をしてくれるに違いない。でも、彼は音楽部門に人気がある。

 教師受けが悪くても、そんな事を気にしない他の生徒達が勧誘するだろう。

 総合部門への参加は、規則として参加する生徒1人に対して一つの企画にしか参加できない。他の企画に参加するであろう山県先輩を、今から僕らの企画に参加するようにして貰うのは流石に無理だ。

 ……他に思い浮かぶとしたら、やっぱりルミねえだけど……今のルミねえに無理はさせられない。

 演出担当と音楽担当の人を探すのも急務だ。

 

「……他に何か必要だと思える事はありますか?」

 

 この件に関しては放課後に落ち合うパル子さん達に確認するつもりだ。でも、今の内に何か気になる事があるんだったら、言って貰えると嬉しい。

 

「あ、じゃあね。気になっていたんだけど、私達のショーのタイトルってどうする?」

 

「タイトルですか?」

 

「うん、そう。全体のテーマは『大切な人』だけど、何か別の、こう綺麗なタイトルが欲しいよね。ただのファッションショーをやるって申請書に書くだけじゃなくて、綺麗なタイトルとかあった方が良いと思うの」

 

 なるほど。

 梅宮伊瀬也の意見は尤もだ。企画の内容には自信があるけど、総合部門の審査がどんな風にされるのか分からない。なら、ほんの少しでも審査を通る可能性が上がるのならするべきだ。

 

「伊瀬也お嬢様のご意見は尤もです。この件も放課後にパル子さん達と相談して、私達のショーに相応しいタイトルを考えましょう」

 

 どんなタイトルが良いかな? 小倉さんやルミねえの現状を考えると不謹慎なのかも知れないが、僕は僕でもう立ち止まっている余裕は無い。

 協力してくれる皆の為にも、僕は僕で出来る事をやらないと!

 

 

 

 

 放課後の集まりも終えた僕は、エストと別れて八日堂朔莉の部屋に向かった。

 パル子さんの方も何枚かデザインは描き終えていた。残念ながら今日見せて貰ったデザインで決まったのは1枚だけだったが、それでも素晴らしいデザインだった。

 マルキューさんなんて、『こんなにやる気のあるパル子なんて、あの映画の時以来』と驚いていたよ。

 デザインの事に関しては厳しいジャスティーヌ嬢も、パル子さんのデザインを見てからは機嫌良さそうにしていた。そのジャスティーヌ嬢も何時もの教室でのやる気の無さからは考えられないぐらいに、ちゃんと描いて来たデザインを見せてくれた。

 描いたデザインのモデルは梅宮伊瀬也と、今日は会えなかったジャスティーヌ嬢がモデルに選んだ誰かのデザインの2枚。

 此方は僕、パル子さん、エスト、マルキューさんと揃って問題無しと言うしかなかった。

 やる気のある時のジャスティーヌ嬢の実力は本当に凄いと言うしかない。総合部門では味方だから心強いけど、服飾部門ではライバル。身震いしてしまう。競う相手として、エストに勝るとも劣らない人だ。

 梅宮伊瀬也の方も自分が着る事になる衣装のデザインを見て、凄く嬉しそうだった。

 まだ始まったばかりだけど、このチームなら最優秀賞も夢じゃない!

 

 そんな事を考えている内に八日堂朔莉の部屋の前まで辿り着き、インターホンを押すと、待ち構えていたかのようにドアが開き、彼女自らが出迎えて僕を中に入れてくれた。

 

「早めに来てくれてありがとう。でも、大丈夫? 総合部門の方の準備で忙しいんじゃないの?」

 

「確かに忙しいですが、他ならぬ朔莉お嬢様に総合部門の事で呼ばれたとなれば、何においても此方を優先いたします」

 

 エストが許可してくれたらだけどね。

 

「やだ。とても嬉しい言葉! ……でも、私の現状を考えると素直に喜びきれないことが残念」

 

「何かあったんですか?」

 

「うん。私のクラスの担任、警察に捕まった」

 

 思いっきり大事じゃないか!?

 教師が警察に逮捕って……いや、ちょっと待って欲しい。似たような話を僕は昨日の夜に聞いた。

 ま、まさか、小倉さんの事をひいお祖父様にお金を貰って知らせた教師って!?

 

「何でも学院の生徒の情報を外部に漏らしたんだって」

 

 ……怒りを面に出さないようにきっと今の僕の顔は無表情になっていると思う。

 内心では怒りでどうにかなりそうだ。まさか、それなりに仲が良い八日堂朔莉の担任が、小倉さんの情報を流した犯人だったなんて。

 ……いや、以前から夜のお茶会の時に八日堂朔莉本人が自分の担任の先生の愚痴を良く溢していた。それを考えるとおかしくはないか。

 

「何時か何かやらかすんじゃないかと思ってたけど、まさか教師が一番したらいけない事をやらかすなんて驚いて言葉も出なかった。因みに普通に学院に来たところを逮捕されたそうよ」

 

 自分のした事を理解していなかったのだろうか、その教師は…

 最悪の場合は、情報を売った側の大蔵家の方が助けると思っていたんだろうが、その大蔵家の大半の人達がお怒りだよ。勿論僕も。

 

「馬鹿な教師だったけど、問題は其処じゃなくて、私のクラスの担任がどんな事情があっても急に辞める事になってしまったという事」

 

 当たり前だけど、警察に捕まるような事をした教師が、何食わぬ顔で明日から学院に来れる筈が無いよね。

 

「そうなると新しい担任の方が来られるのですか?」

 

「一応その予定だけど、その人が来るまでの間、私のクラスは何も出来ないの。他のクラスの担任が、私のクラスの担任になれる訳がないし」

 

 御尤もだ。

 

「何より問題は、よりにもよって文化祭が終わってすぐにこんな問題が起きてしまった事なの……本当に文化祭の演劇は酷くて」

 

「ですが、朔莉お嬢様も演劇で金賞を受賞されたとお聞きしましたが」

 

「金賞は確かに受賞したんだけどね。正しくは『イトウ・サクリが出演した舞台』だから金賞を受賞してしまったという事なの。演劇の方ではね。小さなアンケート用紙が用意されていて、舞台の感想はどうだったかが書かれるんだけど、今回の文化祭での舞台の感想は過去に類を見ないほど沢山の感想が書かれていて……大半が批判」

 

 あの台本の舞台じゃそれも仕方ないと思う。僕だって、直接見て感想を書けと言われたら、『この脚本は、この世で最もいらないもの』と書きそうだ。

 

「かなり沢山の批判が書かれていて、中には口に出せないほどの酷い言葉もあった。小さなアンケート用紙に、びっしりと長文で批判を書いた感想もあったし、他にも外国の人が書いたと思うんだけど、フランス語で書かれたものまであった。因みに翻訳したらやっぱり批判の内容」

 

「それはまた……」

 

 一見すれば成功したように思えたけど、八日堂朔莉が参加した演劇は残念ながら本当に『イトウ・サクリが出演した舞台』としか評価されてない舞台。

 それは文化祭の日の夜に会った時に、渋い顔もしたくなる。

 

「特に先生が、怒りの興奮を隠せていなくて、目が血走ってた。演劇が始まる前の上機嫌な様子なんて影も形もなくなってた」

 

「その上機嫌だった理由は一先ずおいておきましょう。それで現在の朔莉お嬢様のクラスの方達はどんな様子なのですか?」

 

「うん。それが本題。文化祭で慣れていない批判があったところで、教師が逮捕でしょ? もう皆完全にやる気がなくなっているの。新しい担任の先生が来ても、心機一転で演劇やろうっていう雰囲気でもない。このまま年末のフィリア・クリスマス・コレクションに向けての新しい演劇をやっても、評価はまた『イトウ・サクリが出演した舞台』になりそう」

 

「朔莉お嬢様が望んでいた実績としては……」

 

「残念ながら最悪の実績になりそう。このまま実績を得ても、全部演劇を習ってる最中の私任せにしそうなのよね、うちのクラスメイト」

 

 酷いな。僕らの班の皆とは正反対じゃないか。

 皆年末に向けてやる気を見せてるよ。まあ、少々不純が混じっている人達もいるけど、彼女達は彼女達でやるとなったら手を抜きそうにない人達だ。

 素人ながらも頑張ろうとしている梅宮伊瀬也と大津賀かぐやを見習ってほしいよ。

 

「それでね。新しい先生が来たとしても、その先生がどんな先生なのか分からないから、もう先に別の方面で実績を作ることにしようと思うの」

 

 こ、これはやっぱり!

 内心で期待感を感じながら、八日堂朔莉が次に発する言葉を僕は待つ。

 

「……」

 

 しかし、少し待っても中々八日堂朔莉は口を開いてくれない。くっ! 焦らしてくれる。

 いや、Sな彼女の気持ちは理解出来る。僕だって、状況が状況だったらやるだろうから。やがて焦れる僕の様子に満足したのか八日堂朔莉は口を開いた。

 

「一度断っておいて恥ずかしいのだけど……朝陽さんが企画した総合部門の演出関係者の枠ってまだ空いている?」

 

「はい……八日堂様から断られた後に、私の方でも探してはいたのですが、残念ながらこの方だと思える人は見つかりませんでした。それは1年生だけではなく、2、3年生の先輩方も含めてです」

 

 僕が探した時にはもしかしたら既に有能な先輩方は、他の総合部門の参加者達にスカウトされた後だったのかも知れない。

 やっぱり僕達は総合部門への参加は出遅れている。

 

「私の方からも改めてお願いいたします。朔莉お嬢様。どうか私が総合部門で企画したショーに参加していただけませんでしょうか?」

 

「此方こそ……一度断っておきながら、こうして参加を許してくれてありがとう」

 

 良し! これで演出関係の問題は解決出来そうだ。

 あっ! そうだ! せっかくだから、これまでのお礼も兼ねて聞いて見よう。

 

「ところで朔莉お嬢様はモデルの方もやりたいと思いますか?」

 

「えっ? モデルの方の枠も空いてるの? 私てっきりモデルの方は全部埋まってると思ってたけど」

 

「朔莉お嬢様が絶賛されていたパル子さんの枠は全て埋まっています」

 

「ギリギリ……あの子の服は気に入っているだけにショック」

 

「クワルツ賞を最優秀賞で受賞したジャスティーヌ様の方の枠も残念ですが」

 

「実績も充分だから枠も埋まるのは仕方ない」

 

「私の枠は残り2つ空いています」

 

「是非その枠の1つを私で埋めて! と言うか朝陽さんの心の穴を……」

 

「分かりました。朔莉お嬢様に似合う素敵な衣装をデザインして差し上げます」

 

 危ない発言をしようとする八日堂朔莉を無視して、僕はモデルの件を了承した。

 

「そう言えば、ルミネさんって学院には来てるの?」

 

 無視された事で少し落ち込みながら紅茶を飲んでいた八日堂朔莉は、フッと思い出したかのように質問して来た。

 

「えっ? あっ、はい。学院には何とか通うそうです」

 

 本当なら通うのも辛い状態なんだろうけど、ルミねえが学院に来ていない事をひいお祖父様が知ったら、大変な事になるからと通うらしい。

 話を聞いた八日堂朔莉は苦い顔をした。彼女はルミねえの置かれている環境を知っている人だ。

 ルミねえ本人の行動もあるけど、音楽部門に通い続けるのはかなりキツイ筈だ。以前と違って、今のルミねえはひいお祖父様のやらかしと、自分がそう思われても仕方ない立場にいる事を理解しているし。

 いっそ他の学院に転校……なんてこともルミねえは出来ない。クラスを替えるにしても、音楽部門全体でルミねえは嫌われているからクラス替えの意味もない。

 ……改めて考えて見ると、凄くルミねえの状況は悪い。悪過ぎるよ。

 かと言って……僕も音楽部門に行っている余裕がない。それに……入れ違いにもなりそうだ。どうしたものかと悩んでいると……。

 

「明日行ってみようかな、ピアノ科に」

 

 八日堂朔莉が手を上げてくれた。

 

「宜しいのですか? あのお仕事とかでお忙しいのでは?」

 

「前にも言ったけど、日本の年末は忙しいでしょう? だから事前にスケジュールは決めてあるの。それで明日はオフ。本当なら年末のフィリア・クリスマス・コレクションに向けて空けておいた時間なんだけどね。朝陽さんの方もまだデザインを描き始めたばかりでしょう?」

 

「はい」

 

「演出に関してはやっぱり全てのデザインを描き終えてから考えたいんだけど、どうかしら?」

 

 尤もな意見なので僕は同意する為に頷いた。

 ショーのメインとなる衣装を輝かせる演出だ。一枚一枚完成してから考えるよりも、全部のデザインを描き終えてから決めた方が良いに決まってる。

 他の皆も同意してくれるだろうから、この件は問題は無い。

 

「それでピアノ科にルミネさんを見に行く話だけど、これに関しては朝陽さんは気にしないでね。私が数少ない友人に会いに行きたいだけだから」

 

「いいえ、感謝いたします、朔莉お嬢様」

 

 今のルミねえじゃ、学院で僕には会ってくれないだろうから。

 ピアノ科の生徒達には、既に僕とルミねえが知り合いだって知られているから今更の話だ。でも……それでも今は学院では僕と会ってくれないだろう。

 

「ルミネさんの心情的に朝陽さんと学院で会うのは嫌がるでしょうけど、私なら問題はない。私が親しい人達は朝陽さんを含めて事情を大体知っているでしょう? 自分で言っておいてなんだけど、私、演劇部門の方では親しい人はいないから。そっちは何とも思わない」

 

「朔莉お嬢様……どうか宜しくお願いします」

 

 深々と僕は八日堂朔莉に向かって頭を下げた。

 本当に彼女とも出会う事が出来て心から良かったと思う。このお礼は、今僕が持てる全てを込めて描いた君に似合う最高の衣装のデザインを描くことでさせて貰うよ。

 まだ不安は多いけど、何とか乗り越えられるように頑張ろう!




アンケートの内容は、『総合部門』でのショーのタイトルに関してです。
因みに朔莉が一度断っておきながら総合部門に参加する事になった経緯は。
1、文化祭の演劇で『金賞』を受賞したが、『イトウ・サクリの舞台』での評価なので教師を含めたクラスメイト全員から白い目で見られた。
2、爺のやらかしで担任の教師が逮捕。
3、詳しい事情を知らないクラスメイト達からもしかしたらと疑いの目を向けられた。
4、そんな中で年末のフィリア・クリスマス・コレクションで実績を得られるのは無理。
5、それならいっそ演劇を諦めて、恥ずかしいけど朝陽の総合部門に参加する。

そんな経緯が八日堂朔莉に起きてしまいました。
原作のように文化祭で何か役に立つような事をした訳でもなく、あの教師じゃなくて新しい教師が朔莉の考えた台本を使ってくれる訳でもないので。
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