月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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更新遅れて申し訳ありません。
今話より十月編の始まりです。アンケートに関してはもう大体決まっていますが、もう少し続けたいと思います。
お答え下さった皆様、本当にありがとうございます。

七號様、秋ウサギ様、瀬戸こうへい様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


十月編『りそな&エストルート』
十月上旬(遊星side)1


side遊星

 

「本当にお世話になりました」

 

 病室で僕は主治医の先生に向かって頭を下げた。

 9月を過ぎて10月になると共に、僕は漸く病院を退院する事が出来るようになった。

 健康的には問題無くても、半月近くベッドの上で眠り続けていたせいで、僕の身体は硬直してしまっていた。おかげで日常生活に戻る為にリハビリが必要だった。

 後は……一応大事を取ってカウンセリングも受けていた。先生の話だと奇跡的に回復出来たが、何時また今回のような危険な状態になりかねないので、今後しばらくは定期的にカウンセリングを受けることになる。

 そうじゃないと同じ環境下に戻すのは、医者として認められないと先生に言われてしまった。

 因みに先生には、女装して学院に通う事は話していない。話したりしたら、そのまま入院を継続させられるに決まってるから。寧ろ警察に通報もされるに決まってるから言える訳が無いよ。

 

「朝日君。本当に気を付けるように。一時期は本当に君は危ない状態になっていたんだ。本来ならもう暫くは療養して貰いたいところなんだが……」

 

「我が儘を言ってしまい申し訳ありません……でも、どうしても学院に早く復帰したいんです」

 

 先生が心配して言ってくれることは分かる。

 でも、これ以上学院を休んではいられない。学院でりそなのデザインの型紙を引く担当者を決める審査の応募締め切りは、10月上旬まで。明日から学院に復帰して応募用紙に名前を書かないと間に合わない。

 だから、此方を真摯に考えてくれる先生には悪いけど、僕は学院に復帰する。

 僕の様子から説得は無理だと判断したのか、先生は重い溜め息を吐いた。

 

「決心は固いようだ。分かった。これ以上は言わないが、今後は定期的なカウンセリングは受けて貰うよ」

 

「はい」

 

 それが病院側が早期退院を認めてくれる条件だったので頷いた。

 りそなとお父様からも、今後は受けるように言われたしね。

 

「ところで朝日君。君は……その……手術をするつもりは」

 

「ありません!」

 

 うん。それは絶対にない。

 朝日の名前を君付けで呼ばれる事に違和感を覚えたり、今、着ている男性服が着慣れなかったりしてるけど、僕は男だ。

 先生に別れの挨拶をして、僕は病室から出る。すると……。

 

「あっ、朝日さん」

 

 待合室で待っていてくれたメリルさんが声を掛けてくれた。

 りそなとお父様は仕事があるので、退院の日だけど、病院には来れなかった。その代わりに日本に残っているメリルさんが今日も来てくれた。

 ……メリルさんもパリのお店を休んでいるので、申し訳なく思ってしまう。因みに身体が動くようになったら、真っ先にメリルさんに土下座で謝罪した。そんな事をしなくて良いと言われたが、性別を騙していたのは事実だから謝罪しないといけない。

 改めて、許してくれたメリルさんに内心で感謝しながら返事をする。

 

「お待たせしました、メリルさん」

 

「そんなに待っていませんから。それで先生からは?」

 

「今後は定期的なカウンセリングを受ける事で、退院の許可は貰えました」

 

「良かった……でも、先生の言う通り気を付けて下さいね?」

 

「はい」

 

 気を付けないといけないのは良く分かっている。

 ルナ様と皆からの手紙のおかげで、文化祭前よりも気持ち的には軽くなっている。でも、それ以外にも悩みは残ってる。

 お父様が言っていた僕の作品が桜小路遊星様に近づいてしまっている事。その後にメリルさんに聞いてみたけど、アトレさんの為に僕が製作したあの衣装から桜小路遊星様の作品に近い印象を感じたそうだ。

 ……お父様の話から覚悟はしてたけど、聞いた時は少なからずショックを受けた。ただ近い印象を感じただけで、そのままの作品ではないとも言ってくれた。

 桜小路遊星様の作品に更に近づくのか、それとも違う道を進むのかはこれからの僕次第だ。でも、意識し過ぎるのも危ないので暫くは僕のやりたいようにやろう。じゃないとりそなの作品を製作する時に大きな失敗をしてしまうかも知れないから。

 それから荷物を持って、僕とメリルさんは病院を出て待っていた車に乗り込んだ。

 今日は僕の退院祝いと、もう1人謝罪しないといけないお方がいるので、約一年ぶりに……こっちの桜屋敷にこれから向かう。

 桜小路遊星様が料理を振舞ってくれるそうだ。りそなとお父様も、仕事が終わってから桜屋敷に来る予定。

 因みに駿我さんとアンソニーさんは、仕事の関係で一時アメリカに戻っている。

 アメリカに戻る前に2人ともわざわざ僕の病室にお見舞いに来てくれた。退院するまで日本にいられない事を申し訳なさそうにしていたけど、そんな事は気にしていません。お仕事を頑張って来て下さい。

 ところで……。

 

「えーと、メリルさん」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「その……ルミネさんの様子はどうですか?」

 

 桜屋敷には桜小路遊星様と八十島さんの他に、今はルミネさんが住んでいる。

 近い内に僕らが住んでいるマンションの別室に引っ越すそうだけど、今はまだ桜屋敷で過ごしている。ただ、ルミネさんの状態は前にもりそなから教えて貰ったが、依然悪いままらしい。

 その時から日数が経過している。だからどうなったのかと疑問に思って聞いてみたけど……。

 

「ルミネさんですか? ……その、あまり元気はないようです」

 

 まだ悪いままのようだ。

 

「私も会いに行ってはいるんですけど、信じていた父親であるお爺ちゃんがまさか、陰であんな事をしていたなんてルミネさんにとっては相当ショックだったらしくて。私も遊星さんもどう励ましたら良いのか分からなくて困っています」

 

 桜小路遊星様とメリルさんが揃っていても駄目だなんて。

 でも、確かに今回の件をフォローするのは難しい。それに『規則主義』のルミネさんにとって今回の件は相当ショックな筈だ。

 自分にも他人にも厳しく『規則』を重んじるようにルミネさんはして来たに違いない。例外は才華さんの女装の件ぐらいだろう。

 なのに自分の知らない所で重んじていた『規則』が破られていた。しかも破っていたのは実の父親であるお爺様。桜小路遊星様もメリルさんも、血の繋がった身内が関わっているだけにフォローするのが難しい。

 ……実害も起きてるし。本当に僕もお爺様にはフォローが出来ない。

 間接的に関わってしまっている、ルミネさんは尚更だ。

 

「……ルミネさんは文化祭の後にお爺様には?」

 

「会っていないようです。お爺ちゃんは会いたがっているんですけど、ルミネさんの方が拒否していて。暫くは距離をおきたいそうなんです。私もルミネさんの様子を見て今は会わない方が良いと思っています」

 

 家族想いのメリルさんまで会わない方が良いと思うだなんて。

 これは僕も会うのは相当覚悟が必要だ。

 

「それに……」

 

「えっ? あの……まだ他にも何かあるんですか?」

 

「はい……朝日さんに聞きますけど、以前アトレちゃんに酷い事を言われた事はありますか?」

 

「アトレさんにですか?」

 

 酷い事?

 ……もしかしてルナ様に謝罪していない事を責められた事かな? いや、でもアレはアトレさんの言う通りだと僕自身も思っているから別に酷い事じゃないよね?

 でも、それ以外に思い浮かぶ事はない。

 ……『お姉様』と呼ばれている事は、辛くは感じても、女性と偽っている立場だから認めたくないけど……認めるしかない自分がとても悲しい。

 

「どっ! どうしたんですか!? 急に顔を手で覆ったりして! やっぱりアトレちゃんに何か酷い事を言われたんですか!?」

 

「い、いえ……改めて自分が性別を偽っている事を思い出してしまって……申し訳なさを感じたからです」

 

 しかも、これからも事情を知っている人以外には女性として過ごさないといけない。

 本当の意味で僕が『大蔵遊星』として過ごせるようになるのは何時なんだろう? 早く女装を止めたい。

 その後、車の中でメリルさんに慰められながらアトレさんの事情を改めて聞き直してみたところ……やっぱり4月に起きた件が原因だった。

 

「正直言って、此方でも私も遊星さんもどうアトレちゃんを慰めたら良いのか悩んでいます。朝日さんに言ってしまった事は悪い事だと私も思います。でもその件はもう朝日さんとアトレちゃんの間で和解が済んでいるんですよね?」

 

「はい。もうあの件に関しては和解は済んでいます」

 

 頷いた。あの件に関しては、和解は間違いなく済んでいる。

 僕からすれば言われても仕方ない事をしているだけに、アトレさんの言い分は尤もなお言葉だ。でも、改めて事情を知り、もしかしたらあの時に今回みたいに僕が倒れてしまったらとアトレさんは想像してしまったらしい。

 そうならなかったと心から言う事が出来ない。現にあの日はりそなに隣で寝て貰ったから……いや、それはあの日からずっとなんだけど。

 とにかく、ルミネさんほどではないけど、アトレさんも落ち込んでしまっているらしい。

 

「……分かりました。明日学院が終わった後の放課後に会いに行ってみます」

 

「お願いします。内容が内容なだけに、後から知った私や遊星さんよりも、当事者の朝日さんが話した方が良いと思うんです。病み上がりの朝日さんに頼むのは心苦しいんですが」

 

「気にしないで下さい。これは僕が話さないといけない事です」

 

 そう、僕が話さないといけない。

 明日の話の流れ次第だけど……もしかしたらアトレさんには話さないといけないかも知れない。『小倉朝日』を名乗っていた僕の真実を。

 

 

 

 

「お2人とも、ご到着いたしました」

 

 りそなが雇ってくれている運転手の人の言葉に頷いて、僕とメリルさんは懐かしさを感じる桜屋敷の駐車場で車から降りた。

 目を向けた先には、此方の世界に来てから一年以上過ごし、僕を護ってくれていた桜屋敷。

 ……懐かしさは感じても帰って来たという郷愁の気持ちは感じなかった。それを少し寂しく感じながらも、胸を張って僕はメリルさんと一緒に桜屋敷の入口に向かって歩く。

 もう後ろ向きな気持ちにはならない。胸を張って屋敷に入ろう。

 入口の前に辿り着くと、メリルさんがインターホンを押した。

 

『はい。どちら様でしょうか?』

 

 ……アレ?

 

「メリルです、遊星さん」

 

『メリルさん!? 随分と早いんですね』

 

 何だろうか? インターホンから聞こえて来る声は間違いなく桜小路遊星様なのに……少し声が違うような?

 僕らの声ってインターホンとか機械を通すとこんな風に聞こえるんだったっけ? 何故か久々に嫌な予感を感じる。

 

『今、扉を開けるので少し待っていて下さい』

 

 今、桜屋敷に勤めているメイドは八十島さんだけだ。

 僕が辞めた後に、新しく桜屋敷を管理する人を雇ったという話は聞いていない。

 現在の桜屋敷の主である桜小路遊星様がインターホンに応対したところを見ると、今八十島さんは外出中か、或いは桜の園の方で忙しいのかも知れない。

 うん。他の雇った使用人がいないんだから桜小路遊星様が応対するのはおかしくない。

 ……おかしくない筈なのに、何故僕はこんなにも嫌な予感を感じているのだろうか?

 前にもこんな事があったような気がする。アレは確か………いや、まさかね。

 脳裏に過ぎった推測が外れる事を願いながら待っていると、遂に桜屋敷の扉が開いた。

 

「当家にようこそおいで下さいました、メリル・リンチ様。それに……えっ!?」

 

 …………。

 

「こんにちは『遊星さん』」

 

 ……………ハッ!?

 一瞬、完全に意識が飛んでいた。メリルさんに呼びかけられて意識が取り戻せ……こんにちは?

 はて? 何故メリルさんは今更僕にそんな挨拶をしたのだろうか? いや、違うよね。

 メリルさんは僕の事はまだ朝日って呼ぶから、視線の先にいるのは桜小路遊星様の筈。なのに。

 

「え、えーと、その……こ、これは、その……」

 

 …………………。

 

「朝日さん、どうしました?」

 

「……いえ、その……すみません……なんて答えたら良いのか分からなくて……」

 

 桜小路遊星様が桜屋敷にいるのは最初から分かっていた。

 だけど……応対した彼の姿にはショックを受けた。うん、夏休みに京都で才華さんがアメリカに居た頃から女装をしていたかも知れない事実を知った時以上の衝撃を受けた。

 だって、目の前にいる桜小路遊星様は……僕と同じぐらいの長さの髪(多分ウィッグ)が腰まで届いている。

 その頭の頭頂部に載っているのは見覚えがあるカチューシャ。男性なのに何故か膨らんでいる胸元(間違いなくパッド)。

 そして何よりもその身に纏っているのは、見覚えがあり過ぎる大衆的なメイド服。と言うか、僕とりそなが住んでいるマンションにも置いてある八千代さんがデザインした、大切な桜屋敷のメイド服だ。

 ………此処まで来たらもう認めよう。つまり、桜小路遊星様は……女装して『小倉朝日』になっている。

 

「…………」

 

「あ、朝日さん? 大丈夫ですか?」

 

 メリルさんが心配して声を掛けてくれるけど……すみません、全然大丈夫じゃありません。

 

「あ、あのコレにはちょっとした理由が」

 

「……もう良いです」

 

「えっ? あのもう良いって、何が?」

 

「……自分の未来には希望がないと今分かりました。この先、僕はずっと女性としか見られないんだと覚悟しました」

 

「い、いや、そんな事はないと思いますよ! ほら、私はもう無理ですけど、貴方には違った未来がきっとあると思います!」

 

 動揺して口調が『朝日』になっていますよ、桜小路遊星様。

 いや、それよりも僕の方が『遊星』の口調になっている。ああ、何だろう?

 何だか文化祭の時と違った意味で、目から涙が零れてしまう。

 

「ヒック………ふえぇぇぇぇぇん!」

 

「あ、朝日さん!? 急に泣き出してどうしたんですか!? もしかして何処か痛いんですか!?」

 

 はい、とても痛いです。心が痛くて仕方ありません。

 泣き続ける僕は、メリルさんと……『小倉朝日』になった桜小路遊星様に宥められながら桜屋敷に入った。

 こんな形で桜屋敷に再び足を踏み入れたくなかった。本当に。

 

 

 

 

「……それで何で桜小路遊星様は、『朝日』になっているんですか?」

 

 桜屋敷の応接室で何とか落ち着いた僕は、桜小路遊星様に厳しい声で詰問した。

 彼の事は尊敬していたり、嫉妬していたりと色々と複雑な気持ちで一杯だが、これだけは厳しく質問するしかない。だって、ルナ様もいないんだから『小倉朝日』になる必要はないよね?

 

「そんなに疑問に思う事なのでしょうか? 私は瑞穂さんが此方の屋敷に滞在している時に見ましたけど」

 

 ……瑞穂さんが此方に居る時から『朝日』はいたんですね。

 病院にいる時に聞かなくて良かった。もし聞いてたら、ショックで入院が長引いていたかも知れないから。

 首を傾げているメリルさんはともかく、桜小路遊星様は分かっているのか、顔を俯かせながら事情を話してくれた。

 

「そ、その……最初に『朝日』になったのはりそながルミネさんに事情を説明する為だったんだけど」

 

 『論より証拠』。僕の事情を説明する為には、確かに『小倉朝日』の事も説明しないといけないから、りそなが桜小路遊星様に『朝日』になって貰うように頼むのは分かる。複雑な気持ちで一杯だけど……分かる。

 

「それでルミネさんに事情を説明した後に、りそながこの姿の僕の写真を瑞穂さんに送って」

 

 写真に関してはもう散々撮られてしまっているので、今更ショックは受けない。

 ……ショックを受けない事に一抹の寂しさを感じる。人間って慣れる生き物なのは知っていたけど、慣れたくない事も慣れてしまうんだ。また、悲しくなって来た。

 

「送られて来た写真を見た瑞穂さんはすぐにりそなに連絡して……色々あって瑞穂さんと北斗さんが屋敷に滞在している間は、『朝日』で過ごす事になったんだよ……その世間体とかが、ね」

 

 ……確かに学生時代でも問題はあったけど、既婚者の桜小路遊星様と妙齢な女性である瑞穂さんと北斗さんが一つの屋敷の下で一緒に過ごすのは世間体が悪い。

 アメリカにいるルナ様の御許可があっても、桜小路本家の人が知ったりしたらあらぬ噂が流れてしまうかも知れない。そうなると……屋敷内で『朝日』として過ごすのは悪い事ではないように思える。

 ……いや、女装男子と過ごすのはやっぱり問題なんじゃないだろうか?

 

「……話は分かりました。でも……何で瑞穂さんと北斗さんは京都に帰ったのに、今も『朝日』の姿でいたんですか?」

 

「うっ!」

 

 瑞穂さんと北斗さんは、もう僕は大丈夫だと安心して9月の末に京都に帰っている。

 12月のフィリア・クリスマス・コレクションか、また何かが起きない限り、2人が此方に来る事はない。今日の僕の退院祝いも、身内だけのささやかな催しだ。

 だから、桜小路遊星様が進んで『朝日』になる必要性はない筈。その筈なんだけど、こうして『朝日』の姿で待っていた。多分、りそなかお父様が、僕は2人のどちらかと一緒に来ると教えていたに違いない。

 それでメリルさんと一緒に来るとは思ってなかったから、『朝日』で対応してしまったと……うん、全く『朝日』でいる理由が分からないよ。

 問い質すように厳しい視線を向け続けると、やがて諦めたのか桜小路遊星様は顔を俯かせながら口を開いた。

 

「……久々に自分で家事が出来るのが楽しくて……アメリカだと八千代さんや他のメイドの人達がいるから、才華達が日本に帰国した後はルナ様が言われた時ぐらいしか料理を作る機会がなくなって、アトリエの掃除はすぐに終わるから、こうして桜屋敷に戻って来れて『朝日』になったら家事をしたくて仕方がなくなったんです」

 

 家の主の1人が進んで家事をやるのは……八千代さんが怒りそうだ。

 以前、駿我さんがそんな事を言っていたし。

 

「いよいよも遊星の姿の時は止めたんだけど、『朝日』の姿だと仲良く家事をやらしてくれたから……そのまま自然と『朝日』の姿で家事をやるようになって」

 

 ……凄く桜小路遊星様の説明に納得できた自分が恨めしく思ってしまう。

 僕も家で帰宅したらメイド服に着替えていたから。りそなに指摘されるまで、その事に深く意識もしていなかったし……やっぱり女装って怖い。

 

「……話は分かりました。僕も家で家事を率先してやってるので気持ちは分かります」

 

「そうですよね! よ、良かったあ。この気持ちを理解して貰えて!」

 

「……自然にその姿だとルナ様の事を『ルナ様』と呼んでいましたね、桜小路遊星様」

 

「……あっ」

 

 もう分かり切っていた事だけど、やっぱりこっちでも『朝日』は消えていなかったんですね。

 それを息子である才華様が見てしまったと……富士の樹海に行く為のルートを改めて検索しよう。場合によったら……いや、絶対に必要になりそうだから。

 そのまま僕と桜小路遊星様は暫く揃って落ち込んでいた。見かねたメリルさんが淹れてくれた紅茶の温かさに涙が零れそうだった。

 

「えーと、それで学院にはこのまま通われるんですよね?」

 

 『朝日』の口調で桜小路遊星様が質問して来た。それに少なからずショックを受けつつも質問に答えた。

 

「はい。どうしてもフィリア学院でやりたい事があるんです。その目標を叶える為にフィリア学院に僕は戻ります。これがいけない事だというのは分かっています。でも、この目標が僕が今一番叶えたい目標なんです」

 

「私には何も言えません。息子が同じことをしている立場ですし……こうして今も女装している身なので。ただ頑張って下さい」

 

「私もその件に関しては何も言わないつもりです。ですが、もしも他の誰かに知られてしまった時は、真摯にその相手と向き合って欲しいと思います」

 

 お2人ともありがとうございます。

 ただその為に向き合わないといけない最初の人がこの屋敷に、もうすぐ帰って来る。

 そう思ったと同時に『ピンポーン』とインターホンの音が鳴った。これは……。

 確かめるように桜小路遊星様に視線を向けると、頷いた。桜屋敷に来たのは昼過ぎぐらいだったけど、話している間に、もう夕方近くの時間帯になっていた。

 この時間に桜小路家に帰って来る人は、1人しかいない。

 桜小路遊星様は部屋に備わっているインターホンに近寄って、ボタンを押した。

 

「はい」

 

『あっ、遊星さんですか。ルミネです。今帰りました』

 

 インターホン越しに聞こえて来た声は、間違いなくルミネさんだ。

 ただ前に聞いた時よりも、明らかに元気が無さそうだった。それは僕だけじゃなくてメリルさんも感じたのか、不安そうにしていた。

 遂にこの時が来たと思っていると、桜小路遊星様が此方を向いて頷いてくれた。

 

「ルミネさんが帰って来ましたけど、先ずは私が応対しますね。いきなり会うのは、今のルミネさんにはちょっと不味いので」

 

 女性だと思っていた僕が実は男性だと改めて認識する訳だから、衝撃を覚えるのは当然だ。

 今、僕は髪が長いこと以外は男性物の服を着てるし、パッド付きのブラジャーを付けていないから胸も膨らんでいない。……何だか意識すると胸元が寂しいな。

 いやいや、何を考えているんだろうか僕は…。

 本気で自分の男性としての思考回路がおかしくなっている。僕は『大蔵遊星』という男子なんだから。

 これからも小倉朝日でいないといけないけど、意識的に『大蔵遊星』である事を心がけよう。差し当たって先ずは、以前りそなにも言われたように家でメイド服に着替えないようにしないと。

 ルナ様からの手紙にだって、わざわざメイド服に関して注意が書かれて……うん?

 

 ルナ様とメイド服?

 

 確かその2つに関して何か重要な事があったような?

 

『その時に懐かしき桜屋敷のメイド服で出迎えてくれ』

 

『其方の私に君のメイド服姿を絶対に見せるな。君の身の安全の為にも。見せたら君のした事を決して許さない』

 

「……あっ! ああああああああああ!」

 

「ど、どうしたんですか!? 朝日さん! 急に叫んだりして!?」

 

 メリルさんが心配して声を掛けてくれたけど、それどころじゃない!

 忘れてた! そうだ! 7月の初め頃に年末頃にアメリカに居る、ルナ様が日本に帰国したら桜屋敷でメイド服姿で出迎えるって約束してしまっていた!

 しかも、僕の主人である、ルナ様から絶対にメイド服の姿を此方のルナ様に見せるなって、手紙に書かれていた。

 その上……見せたりしたら、僕がした事を許さないとまで書かれている

 

「………」

 

「本当にどうしたんですか!? 急に顔色が悪くなってますよ!」

 

 む、無理。

 彼方のルナ様に許されないというのは、本当に辛過ぎて耐えられない。

 また夢の世界に旅立ちそう。でも……本当にどうしよう?

 事情を話したら、此方のルナ様が納得してくれるかなあ? 電話越しだったけど、かなり本気で言っていたような気がしたし。

 ……取り敢えず後で、桜小路遊星様と皆に相談しよう。今は、それよりも……。

 

「……お、応接室にいるんですか?」

 

「います。どうしますか? 会うのは後にしますか?」

 

 扉越しから桜小路遊星様とルミネさんの会話が聞こえる。

 覚悟を決めた僕は立ち上がる。ルミネさんに会って最初にしなければいけない事は決まってるから。

 

「……いえ、今会います。私も直接会って話したいことがありますから」

 

「じゃあ、開けますね」

 

 扉がゆっくりと開かれて行く。

 心臓がバクバクと音を立てている。そして扉が開いた先に、立つルミネさんの姿を視界で確認した瞬間。

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

 全身全霊で僕は床に膝と頭をつけて土下座した。




遂に次回はルミネと話し合う事になります。
本来のルミネなら色々と追及されますが、今のルミネは。
次話をお待ちください。

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