月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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再び更新遅れて申し訳ありません。
次回で遊星sideは一旦終わりで、才華sideになります。
アンケートは、今回の更新を持って終了させて頂きます。
結果は『月に寄りそう乙女たち』でした。投票して下さった皆様。本当にありがとうございます!

ちよ祖父様、烏瑠様、秋ウサギ様、獅子満月様、kaizoux様、誤字報告ありがとうございました!


十月上旬(遊星side)2

side遊星

 

 ち、沈黙が痛い。

 感覚的に2、3分ぐらいは経ったと思うんだけど、目の前にいる筈のルミネさんから何の返事も返って来なくて、僕は土下座した体勢のままでいる。

 や、やっぱりいきなり土下座して謝ったのは不味かったかなあ? いや、でも最初に会った時からずっと性別を偽っていたんだから謝罪しないといけないのは変わりはないし。

 メリルさんとアンソニーさんの2人は許してくれたけど……ルミネさんはどうなのか本気で分からない。

 ……桜小路遊星様の『朝日』姿を見ても、自然に対応していた事は今だけは忘れよう。うん、主に僕の精神の為に。

 

「……顔を上げて下さい……えーと、ゆ、『遊星』さん。で、良いのかな?」

 

「混乱を少なくするために、小倉朝日の方でも構いません」

 

 今は髪が長い以外は僕の方が遊星の姿で……桜小路遊星様がメイド服を着て『朝日』になっているけど、急に僕を『大蔵遊星』と認識するよりは混乱は少ないだろうから。

 ……改めて自分の現状を考えると混乱する。当事者の僕だってそうなんだから、過去に『小倉朝日』と会った事ないルミネさんは尚更だと思う。

 何れ才華さんとアトレさんに九千代さんにも話さないといけないと思うと、気が重くなりながら顔を上げた。

 

『っ……!』

 

 顔を見合わせた僕とルミネさんは同時に息を呑んだ。

 ……いや、ルミネさんの視線は僕の顔というよりも……胸元に視線が向いているような気がする。

 だけど、僕にはそれを気にしている余裕がなかった。今僕の前にいるのはルミネさんの筈。

 なのに、文化祭の日に最後に会った時と同じ人だとは思えないぐらいに暗くやつれ細っていた。顔色は化粧品で誤魔化しているようだけど、明らかに最後に会った時よりも悪い。

 何よりも服の上からでも分かる程に、ルミネさんの体型が痩せてしまっている。僕と同じように桜小路遊星様も、相手を見れば大体の体型とサイズが分かる筈。確認するように視線だけで、ルミネさんの背後に居る桜小路遊星様を見ると、沈痛な表情で無言で頷いてくれた。

 ……聞いていた以上にルミネさんの状態は悪いようだ。

 

「……お、お久しぶりです、ル、ルミネさん」

 

「……お久しぶりです……小倉さん……その……何時までも床に膝をついていたら服が汚れます。私は構いませんから、椅子に座って下さい」

 

「は、はい」

 

 言われて床から立ち上がり、ルミネさんと対面するように椅子に座った。

 桜小路遊星様とメリルさんは、最初は見守るつもりなのか、少し距離をおいて椅子に座って僕らを見ている。

 僕も先ずは自分だけでルミネさんと話したいと思っていたので、感謝します。

 

「では改めて名前を名乗らせて頂きたいと思います。既にご存じでしょうが……私の本名は『大蔵遊星』。信じ難い話かも知れませんが、彼方の席に座っている桜小路遊星様とは、同一の人物です。既に養父である大蔵衣遠か、立ち位置的に叔母となる現大蔵家当主の大蔵りそなのどちらかから遺伝子鑑定の結果を見せて貰っていると聞いています」

 

「……正直信じられない気持ちは今もあるんですけど……衣遠さんから見せて貰った鑑定書に嘘はありませんでした。本当に貴方は」

 

「はい。『大蔵遊星』です」

 

 戸惑う事なく、僕は本名を名乗った。

 文化祭前の僕だったら、本名を名乗る事に躊躇いを覚えただろうが、今の僕には躊躇いはない。

 ルミネさんは深く悩むような顔をして考え込んでいる。理屈や常識で考えれば絶対にあり得ない事なんだけど、僕は実際こうして此処に居る。

 本当に何故こうして僕がこの世界にいるのかは、当人の僕でさえ訳が分からないんだから、他の人にとってはもっと分からないに決まってる。

 ……何故か理屈や常識を無視して僕の事を受け入れてくれる人が多いんだけどね。

 

「……取り敢えず、貴方が『遊星』さんだという事は、今日までの日々で何とか納得する事が出来ました。こうして直接会えましたし……ただ確認したいんですけど……その、女性と偽って大蔵家に入ろうとした案は……」

 

「お父様が考えた事です……養子入りの話は才華さんとアトレさんが日本に帰国する数時間前に、お父様から出された提案でした。と言うよりも、1月に『晩餐会』での顛末を聞かされて気絶しかけました」

 

 聞かされた時は本当に気絶しかけた。

 ちゃんと話を聞いていなかった僕も悪いけど、お父様は本当になんて事をしてくれたんだろうか。

 視界の端で『晩餐会』での出来事を思い出したのか、俯いて落ち込んでいる桜小路遊星様を慰めているメリルさんの様子が見えた。

 本当にその件は申し訳ありません! でも……言い訳にしかなりませんが、僕も聞き返すまで本当に知らなかったんです。

 

「……嘘はないみたいですね……じゃあ、本当に……べ、別の世界から此方に?」

 

「荒唐無稽な話ですが……事実です。私は桜小路遊星様とは違い、桜屋敷の主人である桜小路ルナ様と……こ、恋仲になった事はありません」

 

 正直それが一番の驚きだった。

 いや、ルナ様に魅力がないとかじゃなくて、僕なんかがルナ様のお相手とか、正直分不相応としか思ってなかったから。あの厳しくもお優しいルナ様とまさか結ばれるような運命があるなんて、桜屋敷にいた頃は考えたこともなかった。

 

「既にりそなから聞いていると思いますが、私は2年前の7月中旬頃に桜屋敷のメイド長を務めていた山吹メイド長に性別がバレて桜屋敷から追い出されました。追い出された後、途方にくれて街中を歩いていると急に意識が薄れて、気が付けば此方の桜屋敷のメイド長を務めていた八十島さんに保護されたんです」

 

「それは聞いています。その後、小倉さんが翌年の7月過ぎまで桜屋敷の外に出なかった事も聞きました。それはやっぱり?」

 

「お察しのとおりです……私は外に出るのが怖くて、この桜屋敷内での業務に没頭していました。それから1年が過ぎた頃に、才華さん達が日本に帰国なされました。本当なら帰国されたその日の内に、お会いすることなく屋敷を去るつもりでいましたが、お父様に止められて次の日まで屋敷に滞在していました」

 

「……あ、あの……才華さんから聞いたんですけど、帰国した日の夜に小倉さんの事情を少し話したんですか?」

 

 うっ! 余りその話題はこの場では聞かれたくなかった。

 桜小路遊星様が『えっ? どういう事?』という顔されてるし。りそなやお父様にもその話はしていないからなあ。凄く言い難い話だから。

 才華さん。あの話をルミネさんにしていたんですね。

 

「……はい。性別を偽って仕えていたこと以外の、私がした不義理に関しては話しました」

 

「それで次の日に才華さんがフィリア学院に女装して通う提案をした……あの時、小倉さんが大泣きした理由が今なら分かります」

 

 本当に泣くしかなかった。だって、まさか、親子二代で女装して学院に通うなんて……うん、今でも泣きそう。

 

「その時に言いましたが、本当の意味で同じことをした私には才華さんをお止めする資格はありません……ですが、どうしてもあの時のお言葉を認める事は出来ませんでした」

 

 あの時の才華さんだけは、どうしても認められない。

 同じことをした僕が言えた事じゃないのは分かってる。それでも……主人となる人を軽んじるような事だけは認められなかった。

 

「……小倉さんは間違っていなかったと私も思います……正直、私も心の何処かで最後にはお父様やりそなさんに事情説明をすれば納得して貰えると甘えていました……でも、今は違います」

 

 膝に手を置いたルミネさんは、深々と僕に向かって頭をさげた。えっ?

 

「お礼と謝罪を言わせて下さい、小倉さん。今更ですけど、総裁殿、いえ、りそなさんを説得してくれたこと、ありがとうございました。それと……父が貴方に言った言葉は、本当に申し訳ありませんでした!」

 

「あ、頭を上げて下さい、ルミネさん! お爺様がお疑いになるのは仕方のないこ……」

 

「仕方なくなんかありません! 父は一度年始の『晩餐会』で小倉さんの事を家族として認めると、私にも言ったんです……なのに、本心では非嫡出子だから小倉さんを認めていなかった……他の家族が認めているのに」

 

「それは……」

 

 仕方が無いと思ってしまった。

 すると、ルミネさんは顔を俯かせた。

 

「……疑問にも思わないんですね?」

 

「……あっ」

 

 ルミネさんの言う通り、僕は疑問を感じられなかった。

 それは……知っているから。お爺様が非嫡出子を認められない人だという事を……僕は良く知っている。

 桜小路遊星様のように少なからず家族として過ごしている訳でもない。僕が知っているお爺様は……僕を大蔵の一員とは認めてくれなかったから。

 

「りそなさんから改めて、遊星さんが過去に大蔵家からどんな扱いを受けていたのか聞きました……でも、本人から直接聞きたいんです。お父様は……衣遠さんが大蔵の血を引いていないと分かるまで、『大蔵遊星』さんを大蔵の一員として認めていなかったんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 とても言い難い質問が来てしまった。

 思わず桜小路遊星様に視線を向けると、其方も難しい顔をして悩んでいた。多分、この類の質問はルミネさんは桜小路遊星様にはしていなかったようだ。

 僕と違って桜小路遊星様は家こそ違うけど、大蔵家の皆とは数十年以上家族として付き合っていた。対して僕はと言えば……りそなとお兄様以外の大蔵家の皆とは家族として過ごした事がない。

 ルミネさんが今知りたがっているのは、きっと過去の大蔵家だ。その過去の大蔵家からやって来た僕から話を聞きたいのは分かるんだけど……とても言い難いよ。

 

「正直に答えて下さい」

 

 真剣な眼差しだ。これは誤魔化したりしたら、不味いような気がする。

 

「……はい。私は認められていませんでした。実のところを言えば……彼方の世界を含めて、お爺様と直接お会いしたのは文化祭の日が初めてでした」

 

「っ……孫なのにですか?」

 

「私が生まれた時から既にお爺様はご高齢でした。そして生まれてからお兄様に連れられて日本に来るまで、ずっと海外で過ごしていた私にはお爺様と会う機会はありませんでした」

 

 それに僕に『大蔵』の名前を与える事に最も反対したのは、お爺様だとマンチェスターの屋敷に勤めていた使用人の人達が噂していたから。

 

「ご高齢なお爺様がマンチェスターのお屋敷に来るのは無理な事です。ですから、会う機会がなかったのは仕方ない事です」

 

「それでも!?」

 

「ルミネさん。私は別世界から此方の世界に来たんです。此方ではお爺様は桜小路遊星様をお認めになられています。それに疑われるのは覚悟していた事ですし、お爺様には本当の性別を名乗る事は今後も出来ません」

 

 残念な気持ちと罪悪感を感じる。

 お爺様とは今後も『朝日』としてしか付き合って行く事は出来ない。受け入れてくれた皆と同じように、お爺様が僕を受け入れてくれるとは限らない。

 お父様とお爺様の不仲はかなり深刻だから、付け入る隙を与えたりすることは絶対にしてはならない。だから……。

 

「お爺様の実の娘である、ルミネさんは大変ご不快になられるかも知れませんが……貴女のお父様とは今後も偽りの関係で過ごす事になります。申し訳ありません!」

 

 頭を深々と下げた。今、僕に出来るのはコレぐらいしかない。

 罵声を浴びるのも覚悟して、ルミネさんの言葉を僕は待った。

 

「……顔を上げて下さい。文化祭前の私だったら、小倉さんを責めたかも知れませんけど……今は責める事は私には出来ません……お父様がそれだけの事をしていた事を知っていますから……いえ、私にも言う資格がないんです……学院の陰で私も小倉さんに迷惑を掛けていたんですから」

 

 顔を上げてルミネさんに目を向けると、ルナ様や才華さんに劣らないほどに蒼白になっていた。

 

「小倉さんが病院に入院している間に、私は初めて学院の先輩と言い争いになったんです。以前から陰で悪口を言われていたのは知っていました。それでも規則正しい生活を続けていれば周りの目も変わっていくと思っていたんです」

 

 その考えに間違いはないと思う。

 僕も桜屋敷に勤めていた最初の頃は、他のメイドの先輩方と交流を重ねるように努力していたから。

 今話したやり方が、ルミネさんなりの周囲の妬みや嫉妬に対する防衛手段なのだろう。だけど、今回はこれまで彼女が過ごして来た状況と大きく違っていた。

 

「入学式の次の日に私は教師を1人辞めさせました。身体に触れられそうな気配を感じたから、思わず怒りを覚えてした事です。その事を私はずっと間違っていないと思ってました」

 

「今は……違うんですね?」

 

「……先輩方の言い争いの時に言われました。一度やらかした時点で、私の潔白を表明する手段なんて無いって……そのやらかした事と言うのが、教師を辞めさせたことだと分かりました。ピアノ科……いいえ、音楽部門全体の生徒達皆が私に対して距離を取るか……或いは……」

 

「……敵意が向けられているんですね?」

 

「……言い争いをした先輩方に言われました。『目標とかやり甲斐が奪われた』。認めたくなくても認めるしか私にはもうなかった……文化祭での演奏会の会場の様子を見たから」

 

 脳裏にルミネさんの演奏が終わった後の会場の様子が浮かんだ。

 ルミネさんの演奏以外を聞く必要はないと言わんばかりだった観客達。雑談している人達もいれば、会場から外に出た人達もいた。

 あの会場の様子をルミネさんは見てしまったんだ。

 

「もしかしたら私がこれまで参加して来たコンクールでも、同じような光景が広がっていたんじゃないかと考えるだけで吐きそうになるんです」

 

 実際には、吐いてしまっているのかも知れない。

 りそなから聞いた話だと、ルミネさんは学院で保健室に行く回数や過ごす事が増えているそうだから。

 

「それに父が山県先輩にしていた事……実を言えば私は、あの人の事を顔が良いだけなんじゃないかと思っていました。明確な実績もなかったから……5月に行った彼の演奏会も、そんなに技術が高くなかったから見下していました。でも……私が参加した演奏会と彼が個人で開いたリサイタルの会場の様子を見た後だと、私なんかよりもずっと凄いとしか思えなくなったんです」

 

 山県さんの開いたリサイタルは、やって来た観客の殆どが楽しい一時だったと思っていたように見えた。

 対してルミネさんが参加した演奏会は……お爺様に呼ばれたから仕方なく聴きに来たと言わんばかりだった。僕の前の席に座っていた人達なんて、明らかに接待が終わって気が抜けたという様子だったし。

 どちらの方が演奏と言う分野で評価されているのか考えるまでもない。

 その事はルミネさんも分かっているみたいだった。

 

「自分の無知と無神経と見る目の無さが嫌になりそう……だから、私には小倉さんに何かを言う資格はもうないんです。学院でも小倉さんの方が才華さん達を助けています」

 

「……まさか、学院を辞めるつもりなんですか?」

 

 まるでルミネさんの言い方は、以前の僕と同じように自分は居ない方が良いと言わんばかりだったから心配になって質問してみた。

 

「……一時期はそれも考えました。でも、今辞めたら辞めたで、お父様が何をするか分かりませんから」

 

 うっ! ひ、否定したい事柄なのに否定できない自分が悲しくなってしまう。

 桜小路遊星様とメリルさんも、お爺様ならあり得るかもと思ったのか、2人とも顔を曇らせている。

 

「……学院には通うつもりですけど、桜の園は出て……その、小倉さんとりそなさんが今暮らしているマンションに引っ越す予定でいます」

 

「それだったら今後はご近所と言う事になりますね」

 

 りそなと相談して、カリンさんと同じように朝食に誘うようにしよう。場合によったら夕食も誘った方が良いかも知れない。少しでも人との交流をしないと、今のルミネさんはすぐに引き篭もってしまいそうだ。

 かと言って、今のピアノ科の話だと、ルミネさんが受け入れられるのはすぐには無理だ。最悪、本当に最悪な事だけど、卒業するまでずっと変わらないという事もあり得る。

 ルミネさんは僕を家族として受け入れてくれた。これからはご近所になるんだから、出来る事はしよう。

 

「私は貸して貰っている部屋に戻ります。何時までも制服でいる訳にもいかないので」

 

 そう言ってルミネさんは応接室を出て行った。

 ……本当に元気がなかった。

 

「ルミネさんの様子は分かりましたよね?」

 

 桜小路遊星様が近づいて声を掛けて来た。

 

「……はい。本当に危ないと思いました」

 

「これからご近所になるそうなので、どうかルミネさんの事は宜しくお願いします。私もそろそろ一度アメリカに戻らないと行けないので」

 

 確かにアメリカを拠点として桜小路遊星様は活動しているんだから、何時までも日本には居られない。

 今はルナ様と湊が事前に桜小路遊星様が戻って来れなくても、何とか乗り切れるように準備をしていたから大丈夫だと言う話だけど、それは今回のコレクションに関する事だけで、次のコレクションに向けてパタンナーの桜小路遊星様はどうやっても必要。

 ルナ様達の為にも、アメリカに桜小路遊星様は帰国しなければいけない。

 

「朝日さん。私からもお願いします。私もそろそろパリに帰国しないといけませんから……ルミネさんの事をお願いします」

 

「……何処まで力になれるか分かりませんが……頑張ってみます」

 

 難しい問題なのは分かってる。

 現に桜小路遊星様とメリルさんが、頑張っていたみたいだけど、ルミネさんは明らかに元気がなかった。覚悟はしてたけど、この問題も解決には時間が必要になりそうだ。

 ……問題と言えば、僕にもあった。りそなとお父様が聞いたら怒られそうだから、先ずは……ルナ様の夫である桜小路遊星様に相談に乗って貰おう。

 ……個人的に今の『朝日』姿の彼に相談するのは凄く辛いんだけど、今日ぐらいしか聞ける機会は無さそうだから。

 

「あ、あの、桜小路遊星様。少し私の方からもご相談があるんですけど、構いませんか?」

 

「相談ですか? はい、私で良いなら構いませんよ。退院祝いの準備は終わってますから。それでどんなご相談でしょうか?」

 

「じ、実は……アメリカにいる、ルナ様と一つ約束事をしてしまいまして」

 

「ル、ルナ様と約束を!?」

 

 あっ、桜小路遊星様は知らないんですね。電話越しに八千代さんの声が聞こえた気がしたんだけど、流石に言えなかったようだ。

 

「い、一体どんな約束をされてしまったんですか?」

 

「……年末に此方の桜屋敷にお戻りになられた時に……桜屋敷のメイド服姿でお出迎えする約束をしてしまいました」

 

 ビキッと音が聞こえて来そうな勢いで桜小路遊星様は固まってしまった。

 

「……約束した時は、他の皆様も此方に来られるという話で問題ないと思っていたんです……でも、とても大きな問題が出てしまったんです」

 

「ど、どんな問題でしょうか? ま、まさか、私の知らない所で2人きりでメイド姿を披露するとかではありませんよね?」

 

「さ、流石にそんな約束はしていません」

 

 幾らルナ様のお願いでも、アメリカでの一件があるので其処まで聞く事は出来ない。あの時は身の危険を本気で感じたし。

 年末の約束を了承したのは、家の主人の帰国だから八十島さんは必ずこの屋敷にいるし、他の皆も来ると分かっているからだ。

 

「問題と言うのは、私の主人である桜小路ルナ様の手紙に書かれていたお言葉なんです。彼方のルナ様から、此方のルナ様の前では決してメイド服を着てはいけないと……あ、あのどうしたんですか? 急に両手で顔を覆ったりして」

 

「……いえ……其方のルナ様がまともな事を仰られた事に、何故か涙が零れてしまったんです」

 

 ま、まともな事って……。

 でも……こうしてメイド服を自然に着こなしている桜小路遊星様の事を考えると……止めよう。

 これ以上、メイド服の一件を考えるとまた泣きそうになるから。今、大事なのはアメリカに居られる、ルナ様との年末の約束に関してだ。

 

「ええと、お尋ねしますが、事情を説明すればルナ様はご納得されるでしょうか? メイド服以外の服でしたら、別に構わないと思いますので」

 

 流石に女性物セクシーランジェリーとかは無理だけど、コスプレぐらいなら構わないという気持ちで僕は質問した。それに対して桜小路遊星様は……。

 

「無理です」

 

 一瞬の迷いもなく断言されてしまった!

 えっ!? 本当に無理なの!?

 

「貴方は知らないでしょうが、ルナ様の『朝日』のメイド服姿への執着はそれは恐ろしいんです! もう年齢が年齢だから無理だって言っても聞いてくれないんです! アメリカにいる使用人の皆は、八千代さんを除いて『朝日』を知りませんから、洗濯する時は隠れて私がしなければなりませんでしたし」

 

 ………。

 

「もう本当に止めようってお願いしても、『大丈夫だ、朝日は可愛い』って夜にメイド服を片手に迫られるんです!」

 

 …………怒られても良いから、りそなとお父様に先に相談するべきだった。だって、この場には……。

 

「少しルナさんが羨ましいですね。私も『朝日』さんに会いたいなって思った時がありましたから」

 

「……あっ」

 

 メリルさんが聞いているのを忘れていた桜小路遊星様は、気がつくと顔を真っ赤に染めた。

 あああっ! やっぱり、りそなとお父様に先に相談しておくべきだったよ! 僕の馬鹿!

 会話が無くなった僕と桜小路遊星様をメリルさんが心配して声を掛けてくれるまで、僕らは揃って顔を赤く染めながら俯き続けた。

 ……本当にどうしよう? ルナ様とのお約束。




因みにルミネを元気づけるイベントはちゃんとあります。
ただこのルートでは、ヒロインではないので才華と遊星のどちらかに恋心を持つ事はありません。
次回は身内だけの退院祝いと、このルートでのヒロインであるりそなとの関係進展になります。
更新が次回も遅れるかも知れませんが、その時はご容赦下さい。出来るだけ早めの更新を心がけます。
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