月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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悲しみの気持ちは出し尽くしました。此処から始まるのは喜劇を交えた再起への物語です。

烏瑠様、エーテルはりねずみ様、(ry様、Nekuron様、かにさん様、誤字報告ありがとうございました!


一月上旬(遊星side)2

side遊星

 

 お母様が眠る墓地から、僕とサーシャさんは元々泊まっていたロンドンのホテルに戻って来た。

 夕食も二人で食べ終え、僕は元々泊まっていた部屋に。

 サーシャさんは衣遠父様が用意していた部屋に向かって行った。

 どうやらサーシャさんは明日、僕が空港に向かうまで護衛をしてくれるらしい。

 

『イオンの奴から次の行先は聞いているから、明日教えるわね』

 

 『晩餐会』が終わったら日本に戻ると僕は思っていたが、どうやら今度は別の国に行くようだ。

 今度は一体何処の国に向かうのか部屋の中で考えていると、衣遠父様から電話が掛かって来た。

 

「はい」

 

『クハハッ!! 俺だ』

 

 電話の先にいる衣遠父様は、声を聞くだけで分かるほどに上機嫌だった。

 

『ククッ! お前にも見せてやりたかったぞ! 大蔵家の人間が、俺の報告を聞く度に動揺し、顔を怒りに染め、最後には養子の件を納得して行く様は、正に最高だった! 何れ俺が大蔵家の総裁となった時に広がる光景を先取りした気分だったぞ!』

 

 よっぽどその時の出来事が嬉しかったんだろう。

 今の衣遠父様は、僕が知っている衣遠兄様に戻ったように感じる。

 ……ちょっとこの方に対して畏怖と恐怖が戻ったように感じた。

 

『特に我が妹である総裁殿は、俺の報告に悲鳴を上げ、桜小路にバレないように言葉を遮ろうと泣き叫んでいたぞ!』

 

 どうやらりそなは相当酷い目にあったらしい。

 ……会った時に僕は無事で済むのだろうか?

 

『だが、その努力も最後には無駄となった。何せ貴様の姿を写した写真を、大蔵家の人間全員に見せたのだからな! 我が妹はその写真が出た瞬間、椅子から転がり落ちたぞ! 今までの努力が全て無駄だったと分かった瞬間のりそなの絶望に満ちた顔は、内心で笑いを堪えるのが大変だった。ククッ』

 

「……えっ?」

 

 今この父は何と言ったのだろうか?

 僕の写真を大蔵家の人達に見せた?

 えっ?

 

「ええええええええっ!?」

 

『喚くな。騒々しいぞ』

 

「ま、待って下さい! ぼ、僕の写真を見せたって! どう言う事ですか!?」

 

 大蔵遊星と言う存在を隠すという話だったのに、何故衣遠父様は大蔵家に明かしてしまったのだろう?

 方針が変わったのだろうか?

 それとも、何か不測の事態が起きたのかと不安になった。

 

『正確に言えば、お前の写真ではなく、『小倉朝日』の写真だ』

 

「……ハアッ!?」

 

 一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。

 えっ? 小倉朝日の写真? つまり僕の女装姿を大蔵家の方々に見られた?

 思わず気絶しそうになってしまうが、冷静な衣遠父様の声が僕を現実に引き戻す。

 

『最初に会った時に言っておいたはずだが? 表向きには女性と言う事にしておくとな』

 

 そ、そう言えば言っていたような気がする。

 あの時は衣遠父様への畏怖と恐怖のせいで良く聞いていなかった。

 

「あ、あの……僕は男ですけど」

 

『正確に言えば、前当主殿が亡くなるまでの話だ。あの爺は血の繋がった娘の類は特に甘い。現に奴が当主の座に就いていた時は、大蔵家の殆どが手を焼いていたが、ルミネ殿が生まれたら即座に引退した。総裁殿やメリル・リンチにも奴は甘い』

 

 知らない人の名前が出て来た。

 『メリル・リンチ』さん? 一体どんな人なんだろう?

 何だか父がその名を告げる時に誇らしげだった様子だから、きっと凄い才能の持ち主なのかも知れない。

 

『奴は新たな血の繋がった女がいるかも知れないと分かった途端、不機嫌さが僅かに薄れた。そして『小倉朝日』の写真を見せたら、僅かに顔が緩んでいたぞ』

 

「……全然嬉しくないです」

 

 本当に全く嬉しくない。

 大蔵遊星だった時は強固に反対したのに、『小倉朝日』だったら赦すとか、一体日懃お爺様と言う人はどんな人なんだろう?

 

『他の大蔵家の人間達も大半が、『小倉朝日』の写真を見たら、お前の養子入りに賛成した』

 

「……えっ? た、大半がですか!?」

 

 本気で驚いた。

 絶対に反対が家族内で出て揉めると思っていたのに、僕の写真を、と言うか『小倉朝日』の写真を見せたら納得って。

 一体どうなっているんだろう?

 

『才華には内緒でルミネ殿にはお前の養子の件を説明しておいた。大蔵の血を引く者だが、正確な素性を明かしてしまえば一族内での混乱が発生するので隠していたとな。最初は驚いていたが、お前の様子を覚えていたから納得してくれた。『晩餐会』での様子から更に納得出来たのか、俺の養子入りに彼女も賛成した』

 

 喜んで良いのか分からない。

 ルミネ様は短い間でも分かるほどに規則を大事にする方だ。

 そんなお方が知らない内に、本当は男なのに、女だと偽った僕を大蔵家に入れる事に協力してしまった。

 ……衣遠父様の努力を無駄に出来ないので真実を伝えられない。

 日懃お爺様にはルミネ様の為には長生きして貰いたい。何れ真実を伝え、誠心誠意謝るしかない。

 申し訳ありません、ルミネ様。

 

『大蔵家の次男家の方も問題無しだ。富士夫殿だけは反対していたが、あの男には何の力もない。実権を握っている大蔵駿我が了承した事で次男家は納得した……奴には気を付けろ』

 

「は、はぁ? よ、良く分かりませんが、分かりました」

 

 何だか意味が良く分からないが、急に父様の警戒心が上がったように感じたので頷いた。

 と言うか、衣遠父様。僕は大蔵家の人達の顔も知らないのですけど。

 

『父も母も了承した。お前の顔は、お前の母と瓜二つだからな。嘗てと違い母もあの女には寛容になっている。寧ろ罪悪感を感じたのか、積極的に俺に協力する気になってくれた』

 

「……それも桜小路遊星……様のおかげですか?」

 

 僕が知っている奥様は、僕と母の事を目の敵にしていた。

 だけど、僕はあの人への恨みと言う感情は無い。何時か和解したいと願っていた。

 その願いまでも桜小路遊星は叶えている。

 ……こんな感情を抱いちゃ行けないのに、抱きたくなってしまう。

 嫉妬と言う醜い感情を。

 

『メリル・リンチも新しい家族が増える事に喜んで了承していた。だが、一つだけ予想外があった。養子の件は納得したが、今回の『晩餐会』に当事者であるお前が来ていなかったのが不満だったのか。大蔵の名を名乗るのは認めないと前当主が騒いだ。本人の精神状態が悪いのでと説明したが会うまで認めんの一点張りだ。悪いが来年の『晩餐会』には参加して貰うしかない』

 

「……分かりました」

 

 こればかりは仕方がない。

 大蔵家の人間にはどうやっても顔を見せるしかない。

 ただ気になるのは。

 

「あの、やっぱり姿は?」

 

『クク、小倉朝日以外にあるまい』

 

「……で、ですよね」

 

 名高い大蔵家の方々に、女装姿を見せなければならない事実に涙が零れて来る。

 今日のサーシャさんとの件で、もう女装は止めようと思っていたのに今後も続けなければならなくなった。

 しかも今度は自分だけではなく衣遠父様の人生まで背負って。

 実は僕は男だと大蔵家の方々にバレてしまえば、日懃お爺様を始めとした大蔵家の方々はきっとお怒りになる。

 ……何で僕の女装はこんな重すぎるものを背負う事になったんだろう。

 と言うか、男に戻りたい。

 

「あ、あのせめて髪の毛だけは切らして貰って良いでしょうか? 今度からはウィッグを付けますから」

 

『駄目だ。正体がバレる可能性は出来るだけ下げなければならない。髪の毛はそのままだ』

 

「そ、そんな!?」

 

 この長い髪さえ切れば、少しでも大蔵遊星に戻れる時間が出来るのに!?

 ……こんな事になるんだったら、髪の毛なんて伸ばさなければ良かった。

 床に膝を突きながら、伸ばそうと思ってしまった過去の自分を恨む。

 

『それで話は戻すが、桜小路家の方だが』

 

 ……あっ!

 そう言えば自分の女装姿の写真で忘れていたが、今回の『晩餐会』には桜小路遊星様とルナ様も参加されているのだった。

 つまり、桜小路遊星様にとっては。

 

『我が弟遊星は俺が養子を取る事に対して最初は驚いていたが、俺が本気だと分かったのか協力すると言っていた。クク、だが小倉朝日の写真が出された瞬間、目の前の机に顔を思いっきり叩きつけてしまったぞ』

 

「……申し訳ありません! 桜小路遊星様!!」

 

 この場にいないのに、僕は桜小路遊星に謝った。

 僕にとっては現在だが、彼にとっては過去の出来事。女装なんて普通に考えて黒歴史の類だ。

 そんな写真を才華様やアトレ様を含めた大蔵家全員の前で晒された。

 彼の心労が僕には痛いほど分かる。

 桜小路遊星に対して抱いていた嫉妬心とか複雑な気持ちが、全部吹き飛んだ。今はただ申し訳なさしかない。

 

『才華達が驚いて『小倉さん!?』と叫んだ時は、床にりそなと同じように椅子から転がり落ちてしまっていたぞ。クク、久々に心が震えた』

 

 もう彼に会ったら謝る以外の選択肢が僕には無い。

 本当に申し訳ありません!

 

『桜小路の奴も痛快だった! 俺がりそなを慌てさせていた時は楽しんで眺めていたが、小倉朝日の写真を見た瞬間、理解が追い付かなかったのか呆然としていたぞ。だが、話を進めて行く内に理解して来たのか、苦虫を噛み潰したような顔をして机を何度も叩き、俺を睨んでいた』

 

 ……お願いです、お父様。

 これ以上僕を追い詰めないで下さい。

 もう罪悪感で胸が一杯です。

 

『才華達から自分達が帰国した次の日まで、確かにいたという証言も出た時は、りそなと揃って愕然とした顔をしていた。奴のあんな表情が見れるとは思って無かった。これもお前のおかげだ、遊星。いや、我が娘! 『大蔵朝日』よ!』

 

「こっちは全然嬉しくありません!! 何て事をしているんですか!? 後、まだ大蔵の名を名乗るのは認められていないから小倉朝日で……ハッ!?」

 

 今、自分が自然に口にした名前が何だったのか気がついた僕は電話を落として両手を床に突いてしまった。

 えっ? 此処まで朝日が自然になっていたの?

 僕の名前は大蔵遊星。大切な母に貰った名前。

 ……桜屋敷で生活していた時に、自分の名前を捨てて小倉朝日で居たいという想いがあった事はおいといて。

 少なくとも日懃お爺様が生きている間は小倉朝日。

 名前を名乗る事が認められれば大蔵朝日。……僕は何時大蔵遊星に戻れるんだろう?

 

『『晩餐会』が終わった後、俺は体調が悪くなったりそなの介抱で離れる事で、桜小路達の追及を逃れた。今頃は八十島や才華達に事情を聞いているだろう。故郷の国に戻った事が知られたとしても、すぐにイギリスに行ける準備は出来まい。そして明日にはお前は別の国に向かう事になる。奴にはもうお前を見つける手段はないという事だ!』

 

 勝ち誇った父の声が床に落ちた電話から聞こえて来る。

 僕は力を振り絞って電話を取り、再び耳に当てた。

 

『では、話は終わるぞ。これから怒り心頭の総裁殿と話をしなければならんからな』

 

「……失礼します」

 

 最後の気力を振り絞って僕は電話を切った。

 

「……もう寝よう」

 

 居場所が出来たのは嬉しいが、もう心労で限界だった。

 不貞寝する勢いで僕はベッドに飛び込み、深い眠りについた。

 

 

 

 

 翌朝、昨晩グッスリ眠れたおかげで気力が多少回復した僕はベッドの上に置いた二つの服を前に悩んでいた。

 片方は男性物の服。もう片方は朝日として使って来た女性物の服だ。

 

「って、悩む必要なんて無い」

 

 思わず、自分に対してツッコんだ。

 そう悩む必要なんて無いんだ。日本では今後、朝日として過ごさなければならないから女性物の服を着なければならないが、此処はイギリス。

 外国にいる間、ずっと男物の服を着て男としての自分を取り戻さなければならない。

 僕は男物の服を手に取り、着替えをする。

 

「朝日! 大変よ!」

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 いきなり部屋の扉が開き、僕は思わず服を抱いて胸を隠した。

 直後、自分の行動と上げた悲鳴に気がつき、暗くなった。

 だけど、部屋に入って来た相手であるサーシャさんは笑顔を浮かべながら親指を僕に立てた。

 

「グッドよ、朝日。悲鳴から仕草まで完璧に女性にしか見えなかったわ。もう私が教えられることは何も無いわね」

 

「……う、嬉しく……ないです……後、何も教えられた事は……ありませんよ」

 

 本当に嬉しくない。

 それどころか、悲しさしか湧き上がって来ない。

 前に八千代さんに似たような事をやられた時は、まだ男性的な悲鳴だったのに!?

 ……考えるのは止めよう。いよいよ本当に男として僕が死にそうだ。

 それよりも!

 

「い、いきなりどうしたんですか!? へ、部屋に入って来るなら、ノックぐらいはして下さい!」

 

「そんな事を言ってられないのよ! 今さっきイオンの奴から急ぎの連絡が届いて、昨日の夜の内に桜小路家の奥様と旦那様がやっちーを伴って、イギリスに向かったらしいのよ!」

 

「え? ええええええっ!?」

 

 ルナ様と桜小路遊星様、それに八千代さんがイギリスに!?

 一体どうして!? 衣遠父様はすぐには向かえないって言っていたのに!?

 

「どうも、桜小路家の奥様と旦那様は元々イギリスに来る予定だったらしいわ。多分目的は朝日と同じで貴方のお母様へのお墓参り」

 

「あっ」

 

 そうだ。

 桜小路遊星様のお母様は僕と同じ。

 ルナ様も一緒にアメリカから出るなら、これを機会にお母様のお墓に来ても可笑しくない。

 

「それでも本来の予定だったら、日本にお子さん達と一日ぐらいは一緒に過ごす予定だったみたいなの。だけど、そのお子さん達も『小倉さんに謝りたい事があるから、居場所に覚えがあるなら僕達の事は構わずに行って』って言ったみたいで、『晩餐会』が終わってすぐに日本を発ったらしいわ」

 

 才華様! ちゃんと僕の言葉は届いていたんですね!

 って、喜んでいる場合じゃない! この世界のルナ様と桜小路遊星様がイギリスに向かって来ているんだから。

 

「イオンの奴は大蔵家の総裁を宥めていて、今朝知ったみたいなの」

 

「ど、どうしましょう!?」

 

 たとえ世界が違ってもルナ様に会えるのは嬉しいけど、心の準備が出来ていない。

 ……それに会ったら、今の僕じゃ縋ってしまいそうで怖い。

 僕が敬愛するルナ様の代わりとして、この世界のルナ様を見るなんて最低では済まない。

 そんな行為は侮辱でしかない。

 

「とにかく着替えてイギリスから逃げるわよ! 幾ら桜小路家でも、事前に用意していたイギリスならともかく、別の国にはすぐに追えないわ! あっちは仕事もあるし、此処さえ乗り切れば良いのよ!」

 

「わ、分かりました!」

 

 僕はすぐに着替えを始める。

 そうだ。先ずは服を着ないと。

 

「ところで朝日。相変わらず可愛い顔をしているのに、貴方、大きいわね」

 

「何処を見ているんですか!? って言うよりも、見た事があるんですか!?」

 

 

 

 

 着替えを終えた僕はサーシャさんを伴ってエレベーターに乗ってロビーに向かっていた。

 ……一分一秒も無駄に出来ないと思って、着慣れてしまった女性物の服を選んだ自分が憎い。

 でも、サーシャさんが言うには、多分あっちは僕が男性物の服を着て行動をしていると考えているだろうから、良い目くらましになるかも知れないらしい。

 一応サングラスを付けて、顔もマスクで隠し、厚手のコートを着て正体がバレないように変装している。

 ……どう見ても今の僕は怪しい。しかもコートの下の服は女性物の服。

 ……変態としか僕には思えなかった。

 

「……」

 

「そう落ち込まないの。車にさえ乗れば変装は解いても大丈夫だから」

 

「……はい」

 

「それじゃ私がチェックアウトを済ませて来るわ」

 

 ロビーに着くと僕の部屋の鍵も受け取って、サーシャさんはフロントに向かって行った。

 早く戻ってきて欲しい。出来るだけ人目につかないように見え難い場所に立っているが、それでもこの格好では何時警備員が来ても可笑しくない。

 どうか早く終わってと僕が願っていると……。

 

「よし。急いでホテルのフロントに向かうぞ!」

 

「ル、ルナ! 落ち着いてよ! そんなに急いだら危ないよ!」

 

 ……駐車場へ向かう通路の方から敬愛するあの方に似た声と、僕に良く似た声が聞こえて来た。

 まさかという思いで覗いてみると。

 

「悠長にしている暇はない! もう一晩経った! 日本にいる総裁秘書も私達がイギリスに向かった事に気がついている筈だ! 早くしなければ朝日が遠退いてしまう!」

 

 ルナ様あぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 あぁ、歳を経ても美しいお姿は変わらずに。いや、僕が知っているルナ様のお姿よりも美しくなられて。

 で、でも、僕にとってのルナ様は学生のままで。

 って、そんな事を考えている場合じゃないよ!

 何でルナ様が此処に!? それにその隣にいるのは、もしかして!?

 

「ほ、本当にこの国にいるか分からないでしょう?」

 

 気が高ぶっているルナ様を落ちつけようと声を掛けている男性。

 間違いなく、あの方こそこの世界の僕。桜小路遊星様に違いない。

 彼の容姿を思わず確認し、落ち込んだ。

 髪は昔の僕と同じぐらいの長さ。十数年の年月を経て歳を感じさせるが……やっぱり女性よりの顔立ちのままだった。

 成長すれば変わると思っていたのに。衣遠父様の言葉も実は冗談だったと思いたかった。

 

「いや、居る筈だ。昨晩飛行機に乗る前にユーシェに確認したら、サーシャは今イギリスのロンドンで休暇を取っていると言っていたんだ。このタイミングでサーシャがロンドンにいるなど、朝日と関わりがあるとしか考えられん!」

 

「で、でも、物語じゃないんだから本当にいるとは僕には思えないよ。実は衣遠兄様の冗談で、朝日に似た容姿の人に朝日を名乗らせただけなんじゃないのかな?」

 

「大蔵家の『晩餐会』で、そんな質の悪い冗談を言ったらどうなるか、夫にも良く分かっている筈だ。第一才華達も会ったと言っているんだぞ。夫は才華達が嘘をついていると思うのか!?」

 

「そ、それは……才華達が嘘なんてつくとは思えないけど」

 

「ならば、間違いなくいる。第一あの写真は最近撮られた物だ。夫は気がついていないが、あの朝日は危険だ。何時自殺しても可笑しくないほどに追いつめられているぞ」

 

「自、自殺って、まさか!?」

 

「私には分かる! 何故なら私は朝日の恋人だからだ!」

 

「いや、それは違うよね!」

 

 ……ル、ルナ様。

 世界が違っても優しさは変わっていない。

 こんな僕を心配して来てくれてイギリスまで急いで来てくれたんですね。

 ……でも、僕はルナ様の恋人になった記憶はありません。そんな恐れ多い立場には僕はいられません。

 そのお気持ちは、お隣にいる桜小路遊星様にお向け下さい。

 

「朝日」

 

 何時の間にかチェックアウトを終えたのか、サーシャさんが僕の傍に寄って来た。

 

「このまま二人がフロントに向かったら、私達は駐車場に急いで向かうわよ」

 

 僕は無言で頷いた。

 ルナ様の優しさは嬉しい。だからこそ、今は会えない。

 今の僕では貴女の優しさに縋ってしまうから。

 二人がフロントに向かうのを確認した僕は、サーシャさんに促されて駐車場に向かう。

 

「ハァ~、疲れた。奥様もいきなりイギリスに向かうなんて言うから、良く眠れなかったわ」

 

 ……。

 

「最近肌がカサカサになって来たし。夜は確りケアして眠りたいのに」

 

 ………。

 

「大蔵君も質の悪い冗談をしてくれるわ。旦那様がこの世界に二人いるなんて。しかも片方は若い頃の姿でとか。そんな夢物語ある訳ないのに」

 

 ……駄目だ。

 僕は我慢する事が出来ない。だって、もしもこの人に会えたら必ず謝ろうと誓っていた。

 向こうからすれば、何を言っているんだと怒鳴るかも知れないけど。

 

「って、サーシャさん! 良かった。やっぱりこのホテルに泊まっていたんですね。サーシャさん、聞いて下さい。家の奥様が小倉さんがいるとか言って、予定を無視してイギリスに来る事に」

 

「す、すみませんでした!!!」

 

「えっ!?」

 

 いきなり通路で土下座した僕に、山吹八千代さんが目を白黒させた。

 だけど、僕は構わずに土下座したままサングラスとマスクを外して顔を見せる。

 

「山吹メイド長からすれば今更何を言っているんだと思われるでしょうが、本当にその節は申し訳ありませんでした!」

 

「……こ、小倉さん? えっ? う、嘘? 本物!」

 

 八千代さんは僕の顔に困惑したように目を瞬かせた。

 あちらからすれば意味が分からないかもしれないが、僕にとっては重大だった。

 たとえ世界は違っても、この人だけには会う事があったら必ず謝罪しようと誓っていたんだから。

 だけど、そのせいで背後から今は会いたくないお方の声が聞こえて来た。

 

「今のは朝日の声だ! やはり居たか!」

 

「朝日! 逃げるわよ!!」

 

 背後の通路から聞こえて来た声に、サーシャさんは僕の腕を掴んで引っ張った。

 そのまま昨日乗った車まで移動し、後部座席に放り込まれ、サーシャさんは運転席に入り込みエンジンをかけた。

 

「朝日!!」

 

 車が発進する前にルナ様の声が聞こえたが、僕は後部座席に顔を埋めた。

 あの人の顔を面と向かって見るのは無理だ。今の僕では耐えられない。

 

 

 

 

 イギリスの街中でサーシャさんが運転する車と八千代さんの運転する車との間で、長い時間追いかけっこをしていた。

 まるで映画の中に入り込んだみたいな出来事だった。何度僕は悲鳴を上げたか分からない。

 きっと八千代さんが運転する車の中で、桜小路遊星様も悲鳴を上げていただろう。

 ……ルナ様は寧ろもっとスピードを出せとか言っていそうな気がする。

 どうかお体に害がない事を祈るしか僕には出来ない。

 そして八千代さん達を撒いた僕達は、ロンドンの空港にいた。

 

「フフッ、やっちーとの追いかけっこなんて初めてだったけど、楽しかったわ。何時かまたやりたいものね」

 

「僕はもうこりごりですよ」

 

「そう、残念ね。で、此れが行先の空港チケットよ」

 

「あっ、はい」

 

 サーシャさんから受け取ったチケットを見てみる。

 チケットを見てみると、行先はフランスのパリになっていた。

 

「それともう一つ。こっちは行くかどうか自分で決めなさい」

 

「……ファッションショーの参加チケットですか」

 

 渡されたチケットは、今の僕には辛いものだった。

 服飾に関わるつもりは無いのに、何でこんなチケットを渡したんだろう?

 

「そのチケットのショーだけどね。貴方の妹さんの最新作が出るそうよ」

 

「りそなの……最新作……」

 

 りそながゴスロリのブランドを作った事は聞いていた。

 その最新作が発表されるショーを、このチケットがあれば見ることが出来る。

 ……でも、それは今の僕にとっては辛い。

 

「朝日。アンタが服飾に関わりたくないって思っているのは分かるわ。でも、きっと妹さんは貴方に見て貰いたいと思ってると思う」

 

「……パリに着くまでには決めます」

 

 今の僕に出せる答えはこれが限界だった。

 りそなの頑張りを見てみたい。だけど、僕なんかが見て良いのかとも思ってしまう。

 思い悩んでいると、空港のアナウンスが鳴り響き、僕が乗る飛行機の搭乗時間が告げられた。

 

「それじゃ朝日。また、何時か会いましょう」

 

「サーシャさんもお元気で……今はまだ無理ですけど、次に会う時までには前を向けるようになってみます」

 

「何時か、私が覚えている朝日の。あのひだまりのような笑顔が見られる事を願っているわね」

 

 無言で僕はサーシャさんに向かって頭を下げた。

 サーシャさんは僕に手を振って去って行った。

 次に向かう先は花の都。芸術の都『パリ』。

 其処できっと僕は再会する。大蔵家で唯一の僕の理解者だった僕の妹。

 大蔵りそなと。




因みに朝日と別れた後、サーシャは空港にやって来た八千代に捕まって、怒り心頭のルナに朝日の行先以外の全てを白状させられました。
何とか行先を聞き出そうとしたら、事前に呼んでいたユルシュールがやって来てサーシャを放免せざるえなくなり、時間切れでアメリカに帰りました。

今回は人物紹介はお休みです。
本格的に朝日と出会った時に、ルナと桜小路遊星、八千代の紹介は書きます。
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