月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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予定では遊星sideでしたが、その前に入れなければならない話があった事を思い出したので才華sideとなりました。

秋ウサギ様、どうぞう様、えりのる様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


十月上旬(才華side)6

side才華

 

「漸く完成したね」

 

「ええ、漸く完成しました、お嬢様」

 

 時刻はもうすぐ深夜になる頃、僕とエストはアトリエの中でショーに向けて製作していた大津賀かぐやと八日堂朔莉の衣装の型紙を前に疲労しながらも満足感を感じていた。

 

「それでは一休みしてから今日は上がらせて貰います」

 

「うん、じゃあリビングでお茶をしようか」

 

 この後、自分の部屋に戻っても作業するつもりだけど、その前に一休みぐらいは良いだろう。

 しかし、やっぱりショーに出せるレベルの衣装を複数作るのはかなり神経を使う。アメリカに居た頃はコンペに参加しても、出す衣装一つで済んだけど、今回は複数だ。

 改めて僕は自分の思い上がりを思い知った。正直言って、小倉さんに最初に相談したショーの内容だと大半の衣装のレベルが釣り合わなかったに違いない。

 そうなると、服飾の専門家が多数審査員となる今回の総合部門では減点対象にされていただろう。危ないところだった。本当に感謝します、小倉さん。

 

「でも、今日は朝陽も調子が良さそうだったね」

 

「作業の途中でアトレお嬢様から、小倉お嬢様とは仲直り出来たとメールが届きましたから」

 

 アトレの事はずっと僕も心配していた。

 だけど、寧ろ僕の方がアトレよりも小倉さんにはしてしまったし、助けて貰っている立場なので何も言う事が出来ない。下手な事を言ったらアトレが傷つくし、最悪今度はアトレの方が僕と距離を置きかねない。何時も助けてくれるお父様だって、助けきれなかったんだから。

 その問題も小倉さんと話し合った事で漸く解決出来た。

 改めて話し合うという事の大切さを学ばされた。

 

「……そうだ。私も後で小倉さんに謝らないと」

 

「えっ? お嬢様が小倉お嬢様にですか?」

 

「うん。ほら、文化祭での時の事をね」

 

 ああ、そう言えばエストにも小倉さんに謝らないといけない事が確かにあった。

 

「いせたんさん、ジャス子さん、大津賀さん、カトリーヌさんには謝ったのに、小倉さんとクロンメリンさんにはまだ謝っていなかったから」

 

 その通りだ。

 小倉さんとカリンは残念ながら文化祭でのコンペを見てなかったらしいが、それでも僕らと一緒にエストの衣装を製作してくれた。

 それに小倉さんには間違いを教えて貰ったし、カリンもあの姉を止めてくれたという恩がある。

 エストの言う通り、小倉さんとカリンには謝罪とお礼をしておかないといけない。

 それと……良い機会だから、あの後、『エステル・グリアン・アーノッツ』がどうなったかをエストに聞いてみよう。

 余り、主人の双子の姉の事を悪く言いたくなくて、これまであの姉に関する話題は避けていたが、最悪また年末のショーの時にやって来かねない。

 駄目だ。想像してしまったら、ますます不安になって来た。エストには悪いが、僕の中でエステル・グリアン・アーノッツは要警戒人物になっているから。

 

「……お嬢様」

 

「ど、どうしたの、朝陽? 急に真剣な顔をして」

 

「……個人的に話題にしたくなかったのですが、この際お聞きします。エストお嬢様の双子の姉であるエステル・グリアン・アーノッツ様はアレからどうなったのですか?」

 

「……」

 

 エストも僕の心配を察してくれたのか神妙な顔をした。

 

「……うん。エステルと直接会った朝陽が心配に思うのは仕方ないね」

 

「申し訳ありません」

 

「謝らなくて良いよ。文化祭の時の事や私とエステルの過去の事を知っていたら、朝陽が不安に思うのは仕方が無いから」

 

「一つ訂正させて頂きます。私はお嬢様がフィリア・クリスマス・コレクションでの舞台に立たない事を心配している訳ではありません」

 

 心配なのは、文化祭の時のように勝手にやって来て、身勝手な意見を言いかねないエステル・グリアン・アーノッツだ。

 

「ありがとう……それで朝陽が気になっているお姉ちゃんの事だけど、文化祭が終わった後に両親から私に電話が来たの。丁度、お姉ちゃんが飛行機に乗っている時にね。聞かれたのは、本当にお姉ちゃんが日本に来たのは、私と入れ替わってモデルをやろうとしていたか」

 

「お嬢様は何とお答えしたのですか?」

 

「正直に答えたよ。『エステルはいきなりやって来て、私と入れ替わってモデルをやろうとした』って。電話越しだったけど、パパもママもかなり慌てていたみたい。と言うよりも、ママはもしかしたら倒れてたかも」

 

 それは倒れたくなるよ。

 何せ、世界に名を馳せる大財閥の大蔵家とフランスの旧伯爵家のラグランジェ家の不興を買いかねなかったんだから。大蔵家の方は伯父様が見逃すって言ってくれてたけど、直接アーノッツ家に連絡したのは大蔵家のメイドを名乗っているカリンだ。

 連絡を受けた時のエストのご両親の心中を察すると、流石に同情してしまう。

 

「『問題無く終わったよ』って伝えたら、パパは大喜びしてた。その時はそれで一先ず終わったんだけど、後からもう一度パパから連絡が来てね。私が卒業するまでは、『エステルは絶対に日本に行かせない』って確約してくれたの。パスポートも取り上げたって言ってたよ」

 

「そのお話を聞いて心から安心いたしました」

 

 エストの話では、エステル・グリアン・アーノッツが日本に来る為にはご両親の協力が必要なはずだ。

 日本語も本人は話せないんだから恐らく文字でも無理だろう。ホテルの予約とかはともかく、通訳をしてくれる人を雇ったりは彼女には出来ない。

 今回それら全ての手配をしてくれたのは、エストと彼女のご両親だったそうだから、彼女個人で日本に行く為の準備が出来るとは思えない。

 他に可能性があるとすれば……エステル・グリアン・アーノッツの容姿と外面の良さに騙された男性とかが協力する事だが、パスポートを取り上げられているなら大丈夫だと思う。

 しかし、エステル・グリアン・アーノッツは悪い意味で行動力がある人物だ。警戒だけはしておかないといけない。

 

「とにかく、エステルはもう日本には来れないと思う。パパも今回は本気で怒っているらしくて、妹も含めて家族総出でエステルを見張っているそうだから」

 

「針の筵のような状況ですね。しかし、以前のお話ではご両親はお姉様に甘いとお聞きしていましたが?」

 

「私も聞いた時は驚いたんだけどね。何でも最近、家自体の景気が良いらしいの。この分だったら、悪い事に手を出さずに済むかも知れない瀬戸際まで来ているらしくて、パパもこのチャンスは逃さないつもりみたいだから」

 

 興味深い話だ。

 以前、僕は伯父様に頼んでアーノッツ家の正常化を依頼した事があったけど、あの話は確かひいお祖父様が動いた事でご破算になった筈。

 悪名がそれなりに広まっているアーノッツ家の正常化に、伯父様が関わっているとひいお爺様が知ったら不味いのはもう分かり切っている。と言う事は、アーノッツ家に運が向いて来た?

 ……気になるが、この件に今は僕は関わるべきではないように思う。下手に介入してややこしい事態に発展するのは、現状ではごめんなので一先ず気にしない事にした。

 エストもこの話題は余り続けたくないのか、これで話は終わりと言うように僕が淹れた紅茶を飲んでいる。

 

「……これでエステルの話は終わりね。今度は朝陽に私が質問して良いかな?」

 

「答えられる事でしたらお答えいたします」

 

 また、桜小路才華の話題かなと僅かに警戒しながらエストの言葉を待つ。

 

「今日のお昼に皆に朝陽が見せたデザインのモデルの人って、ルミネさんだよね?」

 

 ……気づかれたか。

 

「……何故そう思われたのでしょうか?」

 

「うーん、あのデザインを見て、頭の中で一番似合いそうなのは誰なのか考えたの。それと朝陽が話してくれた事情に合う人も考えて、デザインに一番合いそうな人はルミネさんかなって思ったから」

 

 文化祭と言うか、デザイナーとしてのゴーストを務めないと心に決めたエストは、やっぱり実力が上がっている。以前のエストならデザインを見ただけでモデルに選んだ人を見抜くことは出来なかった筈だ。

 彼女も僕と同じように、デザイナーとしての殻を破ったと見て間違いないようだ。

 

「……仰る通り、あのデザインのモデルとして思い浮かんでいたのは、ルミネお嬢様です」

 

 今日、皆に見せたデザインは八日堂朔莉が着る予定の衣装のデザインを描き終えた後に描いたデザイン。

 それと言うのも、僕の代わりにルミねえの様子を見に行ってくれた八日堂朔莉から恐れていた報告がされてしまったからだ。

 遂に本格的にルミねえとピアノ科の生徒がぶつかりあってしまった。その結果も、僕が予想していた通りルミねえは……負けた。

 何時かはぶつかり合う時が来るとは覚悟してたけど、よりにもよってルミねえがひいお祖父様のやらかしで落ち込んでいる時に訪れてしまうなんて最悪としか言えない。

 その後は、八日堂朔莉が手を貸して、ルミねえは今住んでいる桜屋敷に帰ったそうだ。その話が頭から離れず、気がつけば僕はルミねえの為の衣装をデザインしていた。

 

「……ルミネさんにはまだ話してないんだよね?」

 

「はい。お昼に説明した通り話してはいません。直接会えない事もありますが、現状のルミネお嬢様にモデルを頼む事を躊躇う気持ちもあります」

 

 トラウマを負いかねない光景を目にして、しかもピアノ科の生徒とぶつかり合って、心がボロボロのルミねえに総合部門というフィリア・クリスマス・コレクションの中でも一番注目が集まっている部門の舞台に立って欲しいと頼むのは正直気が引ける。

 直接会った八日堂朔莉から教えて貰ったところ、ルミねえは明らかに弱っているらしい。寧ろ良く学院に通えていると思ったそうだ。

 何とか通えているのはきっと一緒に暮らしているお父様のケアと、学院を急に休んだ事をひいお祖父様が知ったら何をするか分からない恐れがあるからだ。

 だけど、何時までもお父様は日本には居られない。アメリカではお母様達が頑張っているだろうけど、お父様が抜けた穴は何時までも耐えられないと思う。

 現に先日お父様から近い内にアメリカに戻ると連絡が来ている。

 小倉さんが学院に復帰したなら尚更に、お父様のアメリカへの帰国は近い筈だ。そうなれば、ルミねえは1人になってしまう。もしかしたら総裁殿や小倉さんが支えてくれるかも知れないけど、僕だってルミねえの力になりたい。

 そんな気持ちもあって完成したあのデザインは、他のデザインに劣らないほどに素晴らしい描き上がりだった。

 だけど、問題は多い。

 

「朝陽。正直言ってあのデザインは素晴らしいと思う。でも、ルミネさんに無理をさせてはいけないとも思うの。私は詳しい事情を知らないからあんまり強くは言えないけど、急にこの桜の園から引っ越ししようとするなんて、よっぽどの事情があるんだって事は分かる。それに……あんなに仲が良かった朝陽がすぐに頼みにも行けないんだから……本当にルミネさんは危ない状況にいるんだよね?」

 

「……その通りです、お嬢様。これはルミネお嬢様の様子を見に行って下さった朔莉お嬢様から聞いたお話なのですが、遂にルミネお嬢様とピアノ科の生徒達がぶつかり合ってしまったそうなのです」

 

「それでどうなったの!?」

 

「……私達が恐れていた通り、ルミネお嬢様は負けてしまったそうです」

 

「そんな……」

 

 正しい正義感を持っているエストでも、ある程度ルミねえを取り巻く現状を知っているだけに、親しい友人が傷ついた事への怒りよりも悲しみの方が大きいようだ。

 友人が傷つけられたとなれば、エストは助けになろうとする誇り高い貴族だ。

 ……だけど、今回の問題はルミねえ本人にも問題があるし、何よりも彼女の父親が問題の始まりだ。

 その問題に関しては、もしルミねえが関わっていなかったら、僕だってピアノ科の生徒達に味方してしまいそうなぐらいに理不尽な出来事だ。

 

「……それで朝陽はどうしてルミネさんをモデルにしようと思ったの?」

 

 真剣さに満ちた目でエストは僕を見て来た。

 ルミねえの現状を少なからず知っただけに、ちゃんとした理由がなければ納得出来ないというところか。勿論、僕だってルミねえをモデルに選んだのには理由がある。

 

「……ルミネお嬢様に自分の立場など関係ない舞台に立って貰いたいからです」

 

「立場なんか関係のない舞台? それがルミネさんに必要なの?」

 

「はい。ルミネお嬢様に必要な事の1つだと私は思っています」

 

「でも、それって可能なの? ルミネさんって、その……良くも悪くも有名な人だから」

 

 エストの気遣いに嬉しさを感じるよ。

 学院外ではともかく、学院内では正直悪い方で有名だからね、ルミねえは。

 僕が言った事が可能なのか疑問に思うのは仕方ない。だけど、その問題に関しては解決策を既に見つけている。

 

「樅山先生に総合部門に関する事項を改めて確認したところ、殆ど使われる事はないようですが、『匿名希望』での参加も出来るそうです……私の立場では少々言い難いのですが、お嬢様もご存じの通り本来私達特別編成クラスの付き人の立場にあるメイドには、幾つかの制限があります」

 

 夏休みの課題に成績が良くてもデザインを使って貰えなかったり、主人を差し置いて直接メイドに衣装製作を依頼してはいけないとかだ。

 その分、授業に関しての制限が緩い面もあるけど、締めるところはきっちりと締められていて、僕に味方をしてくれる紅葉でも制限を緩めることは出来ない。

 だけど、学院側も対外的に救済措置を施してくれている。その中の1つが『匿名希望』だ。

 本来、総合部門と言う大舞台で実力があるのに、やむにやまれぬ事情があって名を出せない相手に依頼したい時に使われる制度。この制度を使えば、ルミねえの名前を出さずに済む。

 ……一度、その件で失敗してしまっているから改めて紅葉に確認したら……。

 

『実は若。小倉さんの一件は教師達の方でも大問題だと分かっていますので、もしフィリア・クリスマス・コレクションで『匿名希望』を使用する人が出た場合は、参加希望の用紙を提出された教師と、その用紙を受け取る事になっている総学院長のみ『匿名希望』の相手の名前を知るようにされたんです。ですから、もし若が為さろうとしている総合部門のショーで名を出したくない人がいたら『匿名希望』と書いて提出して下さい』

 

 と言われた。

 本来だったらあんまり好まれるやり方ではない筈だが、学院側もこれ以上問題を起こしたくないから苦肉の策のようだ。ひいお祖父様がしてしまった傷は大きい。

 しかも、今度は事実上2人しか名前を知らないとなれば、どちらか片方が情報を流したということがすぐに分かる。そして僕が用紙を提出する相手は紅葉だからルミねえが参加することは漏れない。

 小倉さんの事が漏れたのは、他の部門の教師が立場を利用して盗み見たからだ。

 そしてもう一人知る事になる総学院長事ラフォーレ氏は、尚更に安全だ。

 彼はジャン・ピエール・スタンレーの『狂信者』だ。信仰する彼が見に来る舞台を穢すような行為をする筈が無い。

 以前よりも情報に関しては安全になっていると思って間違いは無い。

 

「つまり、朝陽が望む形でルミネさんは参加できるという事で良いんだよね?」

 

「その通りです。丁度この話題が出ましたので、お嬢様にお願いがあります。明日、班の皆様との作業が終わった後にルミネお嬢様にお会いして来ても宜しいでしょうか?」

 

「うん、良いよ。私だってルミネさんには元気になって貰いたいから。頑張ってね、朝陽」

 

 良かったあ。ルミねえ、やっぱりエストは友人だよ。

 

「それと、音楽部門の話が出て思い出したんだけど、ショーで流れる音楽に関してはどうなっているの?」

 

 ……実は其方でも困った事が起きてるんだよ。いや、前にある程度は覚悟していたところはあったんだけど、それに加えて予想外の件まで絡んで来て本当に困ってる。

 

「……一応何名か候補者を見つけて勧誘しに行ったのですが……全て断られてしまいました」

 

「断られたって? もしかして他の総合部門の参加者に勧誘されていたの?」

 

「いえ、そういう訳では無いようです……以前、お嬢様にも話しましたが、私が音楽部門の王子様に興味を持たれているらしいのです」

 

「………そう言えば、あったね。そんな話」

 

 おや? 何だかエストの機嫌が悪くなったような?

 ……もしかして男性に興味を持たれている僕に嫉妬してる? この場合どっち……って!?

 一体何を考えているんだ僕は!? エストが嫉妬した事に嬉しさを感じるなんて、どうかしてる。

 昼間の件がまだ尾を引いているのかなと疑問に思いながらも、話を続ける。

 

「その件でどうにも音楽部門の女生徒達から警戒されているようでして」

 

 彼女達の王子様事、山県先輩とは本当に何にもないよ。

 一度リサイタルに招待されたから行っただけだし、夏のリサイタルには行かなかったんだから。

 いや、可能なら彼を総合部門に勧誘したい気持ちは勿論ある。去年の総合部門の参加者で最優秀受賞作品にも関わっている彼の力は借りたい。

 だけど、どう考えても、もう他の参加者に勧誘されているに決まっている。勧誘に失敗すると分かっている相手を勧誘している余裕はないから、もう諦めているよ。

 でも、音楽部門の女生徒達は違うのか、あからさまに僕が行くと警戒されてしまう。残念ながら音楽部門の生徒には『コクラアサヒ倶楽部』の会員はいないようだ。いても、他の女生徒の手前、表立って僕には協力出来ないのかも知れない

 なら男子生徒でと思ったんだけど……此方も此方で、女生徒の目があるからなのか、あまり芳しくない。或いは既に音楽部門全体で僕がルミねえの関係者だと知られているのかも知れない。

 ……ルミねえと一緒に山県先輩のリサイタルに行ったからなあ。それに僕は美しいから目立つし。

 

「最悪、音楽に関しては演出担当の朔莉お嬢様と協議して、既存の楽曲を流すことになるかも知れません」

 

 此処まで舞台準備が揃ってきて、音楽が既存の楽曲と言う事に残念さを感じるけど諦めるしかない。

 

「……ねえ、朝陽? 一度山県さんに聞いてみたらどうかな?」

 

「お嬢様。それは無理だと思います。彼の実力なら既に勧誘はされているに違いありません」

 

「そうかも知れないけど、聞く前から諦めないで聞いてみようよ」

 

 ……確かにエストの言う通り、一理ある。

 どうせこのままでは音楽に関しては妥協する事になるんだから、最後の最後で彼を誘ってみよう。となると、場所のセッティングだ。

 後先考えずに音楽部門棟に行っても彼に会えるか分からないし、ピアノ科の彼のファンの女生徒達の妨害もあり得る。そうなると会うのは誰かに仲介して貰った方が良いかも知れない。

 幸いにも僕は、山県先輩と友人であるジュニア氏と一緒にフィリア・クリスマス・コレクションに挑もうとしている。ジュニア氏に頼んで、山県先輩と会える機会を作って貰おう。

 

「色々と相談に乗って頂き、ありがとうございました、お嬢様」

 

「気にしないで。私も総合部門と服飾部門を本気で頑張ろうと思っているから。こんな気持ちに成れたのは朝陽のおかげだよ。また、明日ね」

 

「はい、また明日の朝。失礼します」

 

 エストの部屋を出て、僕はすぐにエレベーターに乗り込み、自分の部屋がある2階に辿り着いた。

 相談した事で、ルミねえを総合部門に誘う決意を固める事が出来た。だけど、ルミねえの前に相談しておかないといけない人がいる。

 もう0時を過ぎているけど、電話に出てくれるかな? ちょっと、というか、かなり不安と恐怖を感じながら、部屋に戻った僕はすぐに電話を掛けた。

 

『俺だが、こんな時間に何の用だ?』

 

「お、伯父様。じ、実は少しご相談がありまして」

 

『今は日本にまだお前の父親が残っている。以前のように父親に対する不信もなくなっているのだろう? ならば、悪いが此方も色々と忙しい身だ。相談事ならお前の父親の方に……』

 

「いえ、この件はお父様ではなく伯父様からすべきだと思ったんです。相談事と言うのは、ルミねえに関してです」

 

『……詳しく話せ』

 

 何とか話を聞いて貰えた。僕は伯父様にルミねえを総合部門に誘いたい旨を伝えた。

 

『なるほど、叔母殿をお前が企画する総合部門に参加させたいという事か。確かにこの件は、遊星よりも俺に相談すべき事だな』

 

 どうやら、僕の判断は間違っていなかったようだ。

 

『話は分かった。叔母殿が了承し、書類の方には『匿名希望』と申請するのならば問題はあるまい』

 

「ありがとうございます、伯父様」

 

『だが、才華。叔母殿の説得には骨が折れるかも知れんぞ。何せ我が弟とメリル・リンチの双方が頑張っても、引き篭もりを防ぐのが精一杯なのだからな』

 

「ル、ルミねえが引き篭もりですか!?」

 

 信じられないような話だけど……先月最後に会った時の様子を考えると……あり得そうだ。

 順風満帆だった人生の中で初めて味わう挫折の重さは、僕も良く知っている。一時期僕だって危なかったんだから。ルミねえなら大丈夫だなんて言えないよ。

 

『実際、今の叔母殿には何かに打ち込む事も必要な事だ。だが、ピアノに関しては文化祭の1件以降まともに弾けず、会社の方も総裁殿の指示で長期休暇させられた』

 

「会社の方は休んでいるんですか?」

 

『今の叔母殿の精神状態ではまともに業務をこなせる筈があるまい。本来なら自分から長期休暇を申請すると思っていたが、爺がどんな動きをするか怖かったのか、総裁殿が指示するまでは働いていたそうだ』

 

 それって……危ないよね?

 僕は会社とかに務めている訳じゃないけど、お母様とお父様の仕事の忙しさは知っている。ルミねえの会社の大きさを考えると、少しのミスが大惨事になりかねない。

 総裁殿がルミねえを長期休暇させたのは間違っていない。

 

「ルミねえの現状を教えて貰ってありがとうございます、伯父様」

 

『それぐらいは構わない。だが、才華。叔母殿の説得はお前自身の力で成し遂げろ。爺の相手で忙しいのでな』

 

「勿論です。ルミねえの説得には僕だけの力で挑むつもりです」

 

 もう何時までもルミねえに頼る僕じゃないんだ。今度こそ、ちゃんとした形でルミねえを助けたい。

 

『ククッ、我が子と言いお前と言い、やはり苦難を乗り越えた後の成長は素晴らしいものだ』

 

 あっ! そう言えば……。

 

「あ、あの伯父様? 小倉さんはもう大丈夫なんですか? 今日会った限りでは大丈夫に思えましたが、以前のように表面だけと言う事は?」

 

『安心しろ。奴は不確かだった己を完全に取り戻せた。最早奴が折れる事はない』

 

 ほっ。伯父様の自信に満ちた言葉で心から安堵した。

 本当に小倉さんはもう大丈夫なようだ。

 

『だが、大丈夫だからと言って奴を当てにすることは許さん』

 

「は、はい」

 

 そんなつもりは最初からないけど、釘を刺されてしまった。

 伯父様との会話はそれで終わった。でも……これで問題なくルミねえを総合部門に誘う事が出来る。

 難しいけど、大好きな姉に元気を取り戻して貰う為に僕は頑張るぞ!




今更ですが、このルートでの総合部門は、全ヒロイン参加を目指しています。
フィリア・クリスマス・コレクションではつり乙1、2と乙りろのヒロイン達が全員集合します!
フランス貴族ヒロインの彼女もフィコレには来ます!

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