月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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評価、お気に入りありがとうございました!
これからも頑張って書いていこうと思っています!

秋ウサギ様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!


十月上旬(才華side)8

side才華

 

「ヘイ、ハニー! 漸く朝に会う事が出来たぜ! 何せ此処最近はハニーとのそのご主人のファンの子達で賑わっていたから、ハニー達に朝の挨拶も出来なかったからな」

 

「おはようございます、ジュニアさん。確かにこうして朝に顔を合わせるのは久しぶりですね」

 

 学院のホールでジュニア氏に会えるのは久々だ。

 此処暫くは、僕とエストを一目見ようとホールに沢山の学生達が集まっていた。エストは大喜びしていたし、僕も少なからず嬉しかったけど、ジュニア氏と会える機会が少なくなっていたのは困っていた。

 勿論総合部門関係の相談が出来ない事でだ。

 だけど、今日はホールには昨日までいた沢山の学生達の姿がない。まあ、その理由はおおよそ分かっている。きっと今頃、その学生達は……。

 

「ホールは空いているけど、駐車場の入口の方の通路は凄かったぜ、ハニー。アレは姉御を一目見ようとしてるんだろうぜ」

 

 やっぱり、今日は小倉さんの方に学生達は集まっているようだ。昨日は教室でクラスの子達の相手をしていたしね。

 

「うぅ……クラブエストの夢が」

 

 結局本人が関わる事はないんだからファンクラブは諦めなよ、エスト。

 別にエストの人気が下がった訳じゃない。少しの間休学していた小倉さんが元気になった姿を、皆見たいだけだから。落ち着けば、また人気者に戻れるよ。

 それにこうしてホールに集まる人の姿が減ったおかげで、ジュニア氏と相談が出来る。

 今日は飯川さんと長さんもいないようだし。2人は小倉さんと同じで自動車通勤だからね。今頃は姿が見えない『コクラアサヒ倶楽部』の部長であるアトレと一緒に頑張っている頃だろう。

 総合部門の相談をするなら今しかない。

 

「ジュニアさん。丁度良い機会ですから、総合部門の件でご相談が」

 

「俺もそのつもりで来たぜ、ハニー。メールで衣装のデザインは終わったって書かれていたから、そろそろ一度俺達とハニー達の顔合わせをしておきたくてね」

 

「ありがとうございます。ですが、その件以外でもジュニアさんにはご相談したい事がありまして」

 

「相談? 何だい、ハニー?」

 

「実はショーで流す予定の音楽の事で少々困った事になりまして」

 

「どうやら朝陽がピアノ科の王子様と言う方に興味を持たれているらしくて。そのせいで音楽部門の女子から警戒されているそうなんです」

 

「ピアノ科の王子? ……ああ、なるほど大瑛君ね。確かに彼はハニーに興味を持っているようだ」

 

「……そうですか」

 

 あれ? てっきりこの話題が出たら、エストはからかい混じりの笑みを向けて来ると思ってたのに、何だか少し不機嫌そうにしてる。

 何で? 君が興味を持っているのは、桜小路才華の方で小倉朝陽じゃないよね?

 ……昨日のサロンでの一件と言い、少し気になるが、今は相談の方が大事だ。沢山の人で来るのが遅れるだろうけど、小倉さんが来たらホールは人で一杯になってしまう。

 

「その山県先輩に私達のショーでの音楽担当者になって貰う事を頼めないでしょうか?」

 

「大瑛君をハニー達のショーに!?」

 

「はい。直接のお誘いは勿論私がします。ジュニアさんには彼と会う場を整えて頂きたいのです。何分、私は彼が通っているピアノ科の女生徒達から警戒されてしまっていますので」

 

「ああ、確かにハニーが大瑛君に直接会って誘うのは危険だな。女性の嫉妬は怖いからね。冗談抜きで炎上しかねない」

 

 本当に彼と僕が恋愛関係に発展するとかありえない。でも、ピアノ科の女生徒は幾ら言葉で言っても納得してくれないに決まってるよね。

 女性の『小倉朝陽』じゃなくて、男性の『桜小路才華』なら会うのには問題はないんだけど……彼と桜小路才華には面識がない。と言うよりも、今更だが、将来的に桜小路才華として山県先輩と会う時にどんな顔をしたら良いんだろうか? それと目の前にいるジュニア氏にもだ。

 僕は目立つ容姿をしているだけに、桜小路才華として彼らと会ったら即座に『小倉朝陽』だという事がバレてしまう。

 

「ど、どうしたの、朝陽? 何だか顔色が悪くなってる?」

 

「本当だ! ハニー! 安心してくれ! 俺も大瑛君と一緒に総合部門参加とか興味があるからさ! 話の仲介はしてみるよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 どうやらジュニア氏は僕の顔色が悪くなった理由を勘違いしたようだ。

 何だか心の中の罪悪感がますます募って行く。これはもう……僕の人生では絶対にする事はないと思っていた土下座をする日が来るかもしれない。エストには年末にするつもりだけどね。

 

「ただこうしてお頼みしている身としては申し訳ないのですが、本日は他に予定があるのでお会い出来るのは明日以降になってしまいます」

 

「それは構わないと思う。大瑛君もすぐには……いや、ハニーからの誘いが来たって言えば、もしかしたらすぐに動いてくれるかも知れないか」

 

 あんまり怖い事を言わないで欲しい。

 申し訳なさで胸が痛いから。

 

「………朝陽、やっぱり此処は彼への迷惑を考えて他の人に……」

 

 そして何故君は意見を翻す、エスト。彼を駄目もとで誘うと意見して来たのは君だよね?

 主人であるエストの言葉には出来るだけ従いたいが、今回ばかりは無視させて貰うしかない。何せ他の班員の皆にも関わる事なんだから。

 

「それじゃあ大瑛君の方は誘ってみるよ。会う時は俺達との……いや、総合部門の受付期限はもうすぐだから明日には会えないか聞いて見るさ」

 

「お願いします」

 

 ジュニア氏と別れて僕とエストは教室に向かった。

 これで後はルミねえと山県先輩の勧誘の結果で色々と変わる事もあるけど、それさえ終われば製作に集中できる。そうなったら寝る暇も削って頑張らないと、と思いながら、教室に辿り着いた。

 

「来週の土曜日と日曜日。時間を空けておいて。出来れば製作班全員で」

 

 教室に入ったら、いきなりジャスティーヌ嬢に呼び出されて予定を告げられた。

 えっ? 本当にいきなり何で? 隣にいるエストも驚いて目を丸くしてるし、近寄ってきた梅宮伊瀬也と大津賀かぐやも困惑してるよ。

 

「えっ? 急にどうしたの、ジャス子? 来週の土日は休日だから、皆で集まって学院で作業する予定だよね、朝陽さん?」

 

「はい。予定ではそうなっています」

 

 進行管理の予定表は全員に配ってあるから、ジャスティーヌ嬢も知っている筈だ。なのに、何でその予定を崩すような事をいきなり?

 まさか、久々の暴君ぶりが起きたのではないかと思わず警戒する。

 総合部門のショーのリーダーは僕だ。幾ら実力があるジャスティーヌ嬢の意見だからとは言え、作業に支障が出る提案にはおいそれと頷けない。

 言い争いになることも危惧しながら、ジャスティーヌ嬢と向き合う。

 

「私だって予定は知ってるよ。だけど、来週、カトリーヌに縫製を教えた人が日本に来るの」

 

 ……何だって?

 ジャスティーヌ嬢が告げた事実に、一瞬思考が停止してしまった。脳裏に浮かんでいたジャスティーヌ嬢を説得する言葉の数々が消え去った。

 横を見ればエストも固まってしまっている。それはそうだ。

 ジャスティーヌ嬢が告げたことは、決めていた予定を変えても構わないと思えるぐらいに魅力がある事だ。

 ただ、理由が分かる僕とエストと違い、服飾に関してはまだ素人の域を出ない梅宮伊瀬也と大津賀かぐやは首を傾げていた。

 

「えーと……カトリーヌさんの先生が日本に来るのは分かったよ。でも、わざわざ私達が会う必要はあるの?」

 

「ただ会うだけじゃないに決まってるでしょう。縫製のやり方を教えて貰えるの」

 

「あっ、なるほどね……えっ!? ちょっと待って! 前にカトリーヌさんが話してた時に、その先生って確かあのジャン・ピエール・スタンレーの元縫製チーフだった人だよね! その人が私達に縫製を教えてくれるの! それって凄いよね! うん、凄い事だよね!」

 

 どうやら梅宮伊瀬也も事の重大さを理解したようだ。

 カトリーヌさんの縫製の実力は、僕も含めて班員全員が認めている。パル子さん達にも一度見て貰って、その腕前を誉めて貰えた。

 そのカトリーヌさんの縫製の先生が日本に来て、僕らに短い時間だけど縫製を教えてくれる。元とは言え、あのジャン・ピエール・スタンレーの縫製チーフを務めて、その教え子のカトリーヌさんの実力は誰もが認めるところだ。間違いなく僕らの為になる。

 2日間だけだから無意味だと言い切れないほどに、ジャスティーヌ嬢が告げた提案は魅力が溢れていた。

 しかし、どうして急にこんな話が?

 

「カトリーヌ、説明お願い」

 

「は、はい、分かりましたます。実は昨日の夜に大家……じゃなくて先生から急に連絡が掛かってきたます。私も久しぶりで驚きましたますけど、来週用があって日本に来るそうで、時間が空いているんだったら会えないかって聞かれました。でも、ショーの準備がありますから会うのは無理だって断ろうとしたます」

 

 主人であるジャスティーヌ嬢の為もあるだろうが、それでもショーの方を優先して考えてくれたカトリーヌさんには感謝します!

 

「そしたら先生が、『それだったらあんたの班の連中の縫製を少し見てあげるよ』って言ってくれたます。私の一存では決められないますから、先ずはジャスティーヌ様に話して」

 

「それで今、リーダーの白い子に話したの。それでどうなの?」

 

 ……本音を言えば、ジャスティーヌ嬢の提案にすぐにでも頷きたい。

 皆頑張ってくれているけど、縫製で戸惑ってしまう事はある。プロだった人の意見を聞ければ、縫製でのミスを回避できるし、僕らの知らないより良い効率の良いやり方を教えて貰えるかもしれない。現にカトリーヌさんは、僕の知らない技術を持っていた。この提案を受けるのは、間違いなく僕らにとってプラスになる筈だ。

 ……だけど、此処にいる面々で決めて良い事じゃない。一般クラスのマルキューさんとパル子さん達の意見も聞いてからだ。

 

「ジャスティーヌ様のご提案は確かに受けても良い提案です。寧ろ個人的にはすぐにでも頷きたいほどにありがたいお話ですが、マルキューさん達の意見も聞いた方が良いと思います」

 

「朝陽の言う通り、皆の為になるからこそパル子さん達も加えて決めた方が良いと思う」

 

 エストも僕の意見に同意のようだ。

 梅宮伊瀬也と大津賀かぐやも頷いてくれた。ジャスティーヌ嬢もそれで構わないというように満足そうに頷いた。

 それにしてもとても嬉しい話が来てくれた。カトリーヌさんの先生で、あのジャン・ピエール・スタンレーの元縫製のチーフと言う事は結構年輩の人なのだろうけど、そんな事は気にならないぐらいにきっと僕らの為になる筈だ。

 ……まあ、パル子さん達が駄目だって言ったら考え直さないといけないが。確りと説明すればきっと頷いてくれると思う。

 ……何だか上手くジャスティーヌ嬢にのせられてしまったような気がする。別に僕がちょろい訳じゃないよ。

 

「ま、間に合いました……覚悟してましたけど、あんなに通路に人が集まっているなんて」

 

「はい。学院に来るだけで難儀させられるとは思ってもいませんでした」

 

「うぅ、お力に成れずに申し訳ありませんでした、小倉お姉様」

 

「まさか、部長を始めとした『コクラアサヒ倶楽部』幹部全員で頑張っても抑えきれないとは思っていませんでした。ですが! 明日は今日のミスをいたしません!」

 

「そうです! 部長も明日は絶対に小倉お姉様の道を阻ませないと言っていました!」

 

「い、いえあの……お気持ちだけで本当に嬉しいので、私の事は気にせずに教室に向かって下さい」

 

 ……どうやら相当小倉さん達は大変な目にあったようだ。

 話が聞こえていたエストも、流石に顔を青くしている。僕らの場合は地下通路を通って直接広いホールに出るから人が集まっていても動けるけど、通路とかだと本当に危ない。

 下手に動いて倒れでもしたら怪我しかねないよ。こう考えるとあんまりチヤホヤされるのも考えものなのかもしれない。

 尤も今日のような事はこれからはなくなると思う。今日はあくまで小倉さんが学院に復帰した事を確かめたい生徒が多かったからだと思うし。

 僕だって状況が違っていたら、確かめに向かっていた。

 

「皆! おはよう!」

 

 紅葉もやって来て朝のホームルームが始まった。とは言っても今更何か重要な報告は無いと……。

 

「今日は皆に急ですけど大切なご報告があります」

 

 ……あったようだ。今度は何かな?

 また、総学院長の思い付きだろうか?

 

「来週から2週間ほどフランスのパリ校から先生が来る事になりました」

 

 何だって……?

 思わず小倉さんとカリンの方を見てみると、2人とも驚いた顔をしている。どうやら2人とも今の紅葉の話は知らなかったようだ。

 復帰したばかりだから、まだ情報の伝達が終わっていないのかな? ……或いは本格的に学院の理事長である総裁殿を無視して学院側が動き出したとか。

 ……あり得そうだ。ひいお祖父様の件があるだけに、理事長に情報が伝わるのは不味いと思われても仕方がない。

 小倉さんも同じ事を考えてるのか少し顔色が悪くなっている。

 

「パリ校から来る先生ってどんな人かな? すこぶる気になる」

 

「おそらく、総学院長と同じでイケメンの教師じゃないかしら?」

 

 クラスの皆はパリ校から来る教師に興味津々な様子だ。

 ……だけど、そんなに気を緩めていたらきっと痛い目にあうよ。これは昔お父様から聞いた話だが、パリ校の授業は本当に厳しいらしい。

 創設者のジャン・ピエール・スタンレーが主に活動している地域なだけに、服飾への力の入れ具合は日本を含めた他の国よりも強いそうだ。

 パリ校では僅か3年と言う期間で一流の服飾職人を育てる事を目的としているそうだから、授業についていけない相手は特別編成クラスも一般クラスも関係なく留年させられてしまう。反抗期だった頃の僕は大袈裟に言っているだけだろうなと思っていた。だって、日本人の総裁殿がクラスで主席だったとも聞いていたからね。

 だけど、総裁殿が学生時代に得た栄光を知った今では大きく考えも変わっているし、お父様の話も素直に受け入れる事が出来るから。

 

「最初の一週間は私達の授業を見学するそうです。勿論、このクラスだけじゃなくて他のクラスも見るから何時もいる訳じゃないよ」

 

 名目上は見学と言う扱いか。個人的に質問したりする事が出来るか知りたいなあ。

 服飾の本場のパリ校の教師が、僕のデザインや型紙にどんな評価を下すかとても気になる。

 

「そして残りの一週間はその先生に直接授業をして貰います。先生はその通訳をする事になるので、パリ校の先生が他のクラスの授業をしている時は、このクラスに他の先生が来るので皆頑張ってね」

 

「えっ? 先生ってフランス語出来たんですか?」

 

「出来ます」

 

 一部を除いたクラスの皆は驚いて顔を見合わせている。

 紅葉は長年フィリア学院に務めている教師だよ。修学旅行の行先はパリなんだから、教師としてある程度のフランス語は出来ないと色々と大変だ。

 それにしてもワクワクして来た。総学院長が危険な人物である事は分かってるけど、彼がしてくれる事は個人的に楽しそうな事が多い。純粋に楽しめないのは、僕の方の状況が悪いからだ。

 でも、今回は純粋に楽しめそうだ。パリから来日してくる教師。カトリーヌさんの縫製の先生と同じぐらい会うのが楽しみ。

 

 

 

 

「それではお嬢様」

 

「うん、ルミネさんに宜しくね」

 

 パル子さん達との放課後の製作作業も終えた僕は、予定通り桜屋敷に向かう為に桜の園のホールでエストと別れた。今日も充実した製作作業だった。

 因みにパル子さん達にカトリーヌさんの縫製の先生の事を話したら受け入れてくれた。どうやら縫製で少し悩んでいるところがあったらしく、本当の専門家と言える人の意見を聞きたいと言ってくれた。

 パル子さん達の進行管理役を担っているマルキューさんも、滅多にない機会だからと賛成してくれた。ただやけにカトリーヌさんにどんな先生なのか聞いていたような。

 気になるけど、それは後でマルキューさんに確認すれば良い。今はルミねえの説得だ。

 乗ってきたエレベーターに戻って駐車場に向かう。もう日も暮れて夜だから外を歩いて桜屋敷に向かっても良いかなと思わなくもないんだけど、今桜屋敷には僕に対して過保護なお父様がいるからなあ。

 最近は落ち着いてくれたのか、アメリカに居た頃に比べて過保護じゃないけど、僕が外を歩いて桜屋敷に帰って来たりしたら、お父様の過保護が戻ってしまうかもしれない。

 今更反抗期に戻る気はないけど、それはそれで恥ずかしい。なので待っていてくれた壱与が運転する車に乗り込む。

 

「宜しくね、壱与」

 

「はい、若。無事に桜屋敷にお送りいたします」

 

 徒歩だったら5分も掛からない場所なんだけどね。

 

「それで壱与から見てもルミねえの様子はかなり悪いの?」

 

「……正直申しまして、悪いとしか今のルミネお嬢様の事は言えません。若も今のルミネお嬢様にお会いしたら驚くと思います」

 

 最後にルミねえに会ったのは先月の中旬頃。

 それから半月近く。そんなに変わる筈が……あるんだよね。他ならぬ僕自身が2月頃に経験させられた。

 壱与以外から聞いた話でも、今のルミねえは危ないと聞かされている。そのルミねえをどうやって説得したものか…

 ……『お願い』は絶対に使わない。今のルミねえに『お願い』は駄目だ。『お願い』を使えば、ルミねえなら受けてくれるだろう。だけど、それは傷ついた心の古傷を抉るような行為だ。

 華々しい輝きに満ちた舞台の上、ルミねえには最高の笑顔で歩いて貰いたい。

 説得の難しさは分かっている。それでも必ず説得してみると誓いながら、僕は壱与が運転する車で桜屋敷に到着した。

 

「只今戻りました、お父様」

 

「お帰り才華。待ってたよ」

 

 桜屋敷に辿り着くとお父様が出迎えてくれた。すぐにでもルミねえと話をと思ったんだけど……。

 

「ごめんね、才華。そ、その……今ルミネさんはお風呂に入っていて」

 

 ……そう言えば、桜の園から出たらお父様に電話を入れるつもりだったのに忘れてた。

 放課後の製作作業もあるから、事前に何時頃向かえるとハッキリと言っていなかったから、これは僕のミスだ。

 

「い、いえ、僕も連絡しないですみません……あのお父様。ルミねえと話が出来ないのなら、デザインの方を見て貰っても良いですか?」

 

「うん。良いよ。じゃあいよいよ。ルミネさんが上がったら才華が来たって伝えてくれるかな?」

 

「かしこまりました、旦那様。どうか親子の時間をお過ごしください」

 

 壱与と別れた僕らは応接室に向かった。

 対面するように椅子に座り、僕は持って来た5枚のデザイン画をお父様に差し出した。

 

「服飾部門と総合部門のショーで使う予定のデザインです。此方の4枚のデザインは班の皆からOKを貰い、残りの服飾部門のデザインはエストからも素晴らしいデザインだと言われました」

 

「ちょっと見せて貰うね」

 

 お父様はデザイン画を手にとって吟味するように眺める。

 き、緊張する。思えばこうしてデザイン画を直接お父様に見て貰うのは久しぶりだ。以前ならお父様の意見はあまり気にしなかった。僕自身の考えと才能で何時かお父様を認めさせてみせると思っていたんだけど……日本に帰国してから色々と経験した今ではお父様のお言葉は間違っていなかったと思い知らされた。

 こうしてお父様にデザイン画を見られていると、緊張で心臓がドキドキして治まらない。何を言われるのかと戦々恐々としながらお父様の評価を待つ。

 

「……才華」

 

「は、はい」

 

「本当に良いデザインを描けるようになったね。アメリカに居た頃に見せて貰ったデザインは、どうしても誰が着るのか想像できなかったけど、今のこのデザインからは想像出来るよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 心から嬉しさが溢れた。

 心の奥で認めて欲しいと願っていたお父様に認めて貰えた! 喜んでばかりいたら駄目なのは分かってるけど、今だけはこの喜びに浸ろう。

 

「……そう言えば、このデザインのモデルの人って僕が知っている人なの?」

 

「1人を除いてお父様が知っている相手です。此方のデザインはお父様も直接お会いした八日堂朔莉がモデルになってくれます」

 

「ああ、八日堂さんか。一度しか会ってないけど、面倒見が良さそうな人だったね」

 

 落ち込んでいる、ルミねえをわざわざタクシーまで呼んで送ってくれたりしてくれたからね。

 ただお父様。彼女は面倒見が良くて良い人ですが、同時に白髪フェチの変態なんです。もしお父様じゃなくて、お母様が出迎えたりしていたら、きっと暴走していたに違いない。

 

「それで此方が梅宮伊瀬也の従者である大津賀かぐやさんの衣装のデザインです」

 

「梅宮家の……学院では仲良く出来てる?」

 

「はい。彼女と主人である梅宮伊瀬也とも学院では仲良くしています……『小倉朝陽』としてですけど」

 

 桜小路才華としては残念ながら今後も会えない。元々桜小路家には複雑な思いがあるところに、その長男が女装して学院に通っている訳だから。

 彼女の性格を考えると間違いなく怒るに決まっているから。

 小倉さんへのお見舞いの品をお父様経由で届けられたのは、あくまで小倉さんが大蔵家の関係者だからだ。

 お父様も難しそうな顔をしている。

 

「やっぱりお父様も梅宮伯母様とは……」

 

「一度も会った事がないんだ。ルナもルナで、『向こうが会う気がないのだから、会う必要などない』だからね」

 

 お母様ならそう言うに決まっているか。

 

「ただ梅宮の義兄さんとは普通に挨拶はした事があるよ。その時に伊瀬也さんとも会った」

 

 やっぱり会った事があるんだ。まあ、桜小路本家関連の話題はお母様が不機嫌になるから、アメリカでは控えておくのは間違ってない。

 

「それで此方がルミねえの衣装です」

 

 少し声を小さくした。もしかしたら丁度ルミねえが扉の前に来ているかも知れないからだ。

 まるでルミねえが参加する事が前提になって話していたら、今のルミねえには辛いに決まってる。幸いにも未だ扉が開く気配はない。

 お父様も分かってくれているのか、ルミねえの衣装に関しての質問はしないでくれた。ありがとうございます、お父様。

 

「それで残りの2枚のデザインのモデルは誰なの?」

 

 うーん、実は僕ですと言って良いのかな?

 女装して学院に通っている事はもうバレてしまっているけど、お父様には年末のフィリア・クリスマス・コレクションの舞台に立つ事を目標にしていることは話していない。

 小倉さんも総裁殿も、そして伯父様も内緒にしてくれているみたいだし。

 ……よし、このまま内緒にしておこう。

 

「そのデザインは主人であるエストに着て貰います。彼女にはずっと世話になりましたので」

 

「それは良い考えだと思うよ。だけど、アーノッツさんがこの衣装を着るの?」

 

 うっ。さ、流石はお父様。他のデザインと違って、残り2枚のデザインの衣装をエストが着ることに疑問を覚えたようだ。

 衣装の型紙はエストが引いてくれるけど、実際に着るのは僕だ。やっぱり素直に話すしかないかなと思っていたら……。

 

「遊星さん。才華君が来てるって八十島さんから聞いたんですけど?」

 

「あっ、はい! 才華はいますよ!」

 

 お父様が応対している間に、僕はデザインを片付ける。

 まだ、ルミねえに見せるのは早い。このデザインを見せるのは、ルミねえがショーへの参加を了承してからだ。

 確認するようにお父様が僕に顔を向けた。

 覚悟は既に決まっているので頷く。お父様も頷き返して、扉に手を掛ける。

 久方ぶりに会う敬愛する姉。その姿が僕の視界に映った。




因みに遊星の服装はちゃんと男性物です。流石にまだ『小倉朝日』の姿を息子に見せる勇気はありません。
そして才華は普通にフィリア学院の女子制服姿です。
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