月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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次回で上旬は終わりで、中旬に入ります。
ルミネが出す答えをどうぞ。

佐藤浩様、秋ウサギ様、烏瑠様、どうぞう様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


十月上旬10

side遊星

 

「……そんな話は初耳ですよ」

 

 心の底から驚いたように、りそなは目を見開きながら呟いた。

 今日のホームルームで樅山さんが話してくれたパリ校から教師がやって来る件を、遅めの夕食を取っている時に聞いてみたんだけど……案の定、りそなはその件を知らなかった。

 これは、やっぱり……。

 

「ラフォーレさんの独断かな?」

 

「まあ、そうでしょうね。基本的な学院内での事は総学院長である彼が取り仕切りますし、フィリア・クリスマス・コレクションが関連する事は役員会議で全面的に彼に任せる事が決まりましたから」

 

「えっ? そうなの? 他の役員の人達は何も言わないの?」

 

 今年のフィリア・クリスマス・コレクションの注目度は、例年よりも間違いなく上がってる。

 ジャンや皆がフィリア・クリスマス・コレクションに来るだけじゃなくて、クワルツ賞を受賞したジャスティーヌさんに、文化祭で行なわれたコンペの実績もある。僕はコンペを見に行けなかったから動画でしか見てないけど、見に来た観客の人達は大いに盛り上がったらしい。

 ……音楽部門の方は例のピアノの演奏以外では盛り上がったらしいとカリンさんから聞かされた。

 とにかくそういう背景もあるから、ラフォーレさんだけじゃなくて他の役員の人達も何か意見を言うんじゃないだろうか?

 

「他の役員達も意見は言いたいんでしょうけど、下手に自分が意見を言えると知られるのが怖いんじゃないんですかね。お爺様が自分達を伝手に使って干渉し始めるんじゃないかって」

 

「ええと……お爺様。やれるの?」

 

 りそなやお父様、それに駿我さんにも睨まれてるのに。

 

「まだ、確実に出来ないと言い切れませんよ。私達が睨んでいるとはいえ、お爺様はまだ個人での資産や繋がりを保持しています。文化祭での一件を知っている役員達からすれば、それを破棄したという情報が無い限り安心出来ないんでしょう。妹も同感です。文化祭での観客の呼び寄せだって、まさかのやり方をされて遅れを取ったんですからね」

 

 りそなの言う通りだ。

 山県さんの事もあってりそな達はお爺様を警戒していたのに、文化祭での出来事を止められなかった。

 お父様や駿我さんが担当する欧州やアメリカなら話は別なんだろうけど、日本国内ではお爺様の方が影響力は強い。

 睨んでいるからと言って安心出来ない事に、少し悲しさを感じた。だって、その事を知って苦しむのはルミネさんだ。

 

「でも、具体的にお爺様が出来る事ってあるのかな?」

 

 輝かせたいと思っているルミネさんがあの様子だし。

 

「下の兄の言う通りですよ。ぶっちゃけ幾らお爺様がルミネさんを輝かせるために場を作っても、当人である、ルミネさんは間違いなく拒否します。ですが、お爺様の事ですからルミネさんに願えば参加してくれるに決まってると思っているんでしょう。そんな事がある訳ないのに。多分、お爺様の事ですから、ルミネさんと直接会ったら先ず、『審査には介入していない』と言い訳するんじゃないんですかね」

 

「ええ……」

 

 流石に僕もフォロー出来ません、お爺様。

 ……アレ? そう言えば?

 

「そうだ。ルミネさんのお母様の方はどうなの?」

 

「ああ、其方は個人的に私の方に連絡が来て、『娘をどうかお願いします』って頼まれました。本当だったら自分も協力したいと言いたかったのかも知れませんが、そうなった場合、お爺様が心労でそのままポックリ逝きかねませんから、彼女には取り敢えずお爺様の傍にいて貰っています」

 

 元気だけど、お爺様はご高齢だからね。こんな喧嘩している状況で、逝かれてしまったらますますルミネさんが追い込まれる。どうか、自重して下さい、お爺様。

 それにしてもやっぱり、りそなはパリ校から教師が来る話は知らなかったんだ。この分だと元々審査に関わらない方針だったとしても、僕が参加するりそなの衣装の製作者の審査員になる人達も知らされないに違いない。

 現にセシルさんという人が審査の為にやって来る事も知らされていなかった。

 りそなが省かれているようで少し気分が悪いけど……そうされてしまうのも分かるので暗い気持ちになった。

 

「まあ、妹的にはもう私が理事長で無くても問題は無さそうなので気持ちが少し楽になってますよ」

 

「……ありがとう、りそな」

 

 僕の気持ちを察してフォローしてくれたりそなの様子に、内心で僕は自分に苛立ちを覚えた。

 これじゃ駄目だ。りそなに心配を掛けさせるんじゃなくて、僕がりそなを支えられるようになりたい。

 自分がまだまだりそなに支えられて貰っている立場と言う事は、分かってる。だけど、もう何時までも支えられているつもりはない。

 これからは桜小路遊星様じゃなくて、僕がりそなを支えていくんだから。

 その為にも絶対に審査には受かって見せる! 

 

「アレ? 電話ですね」

 

 改めて僕が固く決意を固めていると、りそなの携帯が鳴った。こんな時間に誰だろうか?

 

「相手は……えっ? ルミネさん?」

 

「ルミネさん?」

 

 こんな時間にどうしたんだろうか?

 ……いや、そう言えば今日の朝にお父様から才華さんがルミネさんを総合部門のショーに誘おうとしているって教えて貰った。総合部門への応募期限は、そろそろ期日が迫っている筈だ。

 そうなるとその件の相談をする為に電話を掛けて来たのかも知れない。

 りそなは電話に出る前に、僕に向かって口の前に指を当てた。どうやら僕にもルミネさんとの電話を聞かせるつもりのようだ。

 僕が聞いて良いのかな? ルミネさんはりそなにだけ相談するつもりなのかも知れないのに。

 

「はい、私ですけど、どうしました、ルミネさん?」

 

 悩んでいる間に、りそなは電話に出てしまった。

 

『夜分遅くにすみません。相談したいことがあって。それで……出来れば一緒にいる小倉さんにも聞いて貰って良いですか?』

 

 ルミネさんの方から許可が貰えた。

 

「分かりました。丁度こっちの下の兄も目の前に居ますから……それで今日はどうしたんですか?」

 

『はい……りそなさん達はもしかしたら衣遠さんから聞いているかもしれませんけど、才華さんから総合部門にモデルとして参加しないかって誘われて……そのどうしたら良いんでしょうか?』

 

「どうしたらって……好きにすれば良いと思いますよ?」

 

『えっ? でも……』

 

「自分があの甘ったれの考える総合部門に参加したら迷惑が掛かるのを心配しているんでしょうが、お爺様の方は私達が睨んでいますから別に気に掛ける必要はありません。あんまり気にし過ぎたら、それこそ本当に気が滅入りますよ?」

 

 そう言うりそなの顔は、『もう気が滅入っていますけどね』と僕に語っていた。

 そのまま僕に向かって顎を動かして来た。えーと、これは僕も何か言えと言う事だろうか?

 りそなはそうだと言うように頷いた。

 

「……話の途中失礼しますが、私の意見を言っても良いでしょうか?」

 

『あっ、はい。小倉さんの意見も聞きたいと思っていましたから。それで小倉さんはどうしたら良いと思いますか?』

 

「やはり、此処で一番大切なのはルミネさんがどうしたいのかだと思います」

 

 状況は違うけど、ルミネさんの悩みもジャスティーヌさんにモデルに誘われて引き受けるかどうか悩んでいたアトレさんと同じだ。

 やっぱりこういう場合は、自分の意思がどうなのかが大切なんだと思う。僕も自分の意思で最初の一歩を踏み出せた。……その結果がどうなってしまったのかは一先ず置いておくとして、あくまで才華さんがルミネさんに提案したのは最初の一歩を踏み出す為の切っ掛けだ。

 その切っ掛けに足を踏み入れるかどうかを決めるのは、ルミネさん本人しかいない。

 

「実は私も昨日才華さんが集めている総合部門の参加メンバーの一人に、参加しないかと誘われました」

 

『それで小倉さんはなんて答えたんですか?』

 

「参加を断りました。私が……いえ、僕がフィリア学院に戻りたいと願ったのは別の目標の為だからです」

 

 話を聞いていたりそなが嬉しそうにしている。うん、きっとりそなの衣装をフィリア・クリスマス・コレクションで製作して見せるよ。だから、そうなった時は名前で呼んでね。

 

「文化祭の事があってルミネさんが悩んでしまうのは仕方がないと思います。でも、今度のフィリア・クリスマス・コレクションに関しては文化祭の時と状況が大きく違っています」

 

 何よりもルミネさんが現状を認識している。

 りそなやお父様、駿我さん、そして学院側も警戒を強めてくれている。絶対とは言い切れないけど、お爺様でも手を出すのは難しい筈だ。

 それに今朝も思ったけど、才華さんの提案は良いと思う。

 服飾に関しては厳しい意見を持っているあのジャスティーヌさんが参加する事を決めたんだから、間違いなく僕に相談した時よりも現実的に可能性がある内容になっている筈だ。

 それだったら……。

 

「参加してみたらいかがでしょうか? それでお爺様に見せるのも悪くないと思います。『私はもう自分で輝ける』と、お爺様にお伝えするんです」

 

『…………ありがとうございます、小倉……いえ、遊星さん』

 

「まあ、甘ったれが関わってるので私は直接手を貸しませんが、お爺様にルミネさんがやろうとしている事は知られないように此方も動きます。だから、参加するんでしたら頑張って下さい。この前も言いましたが、相談には乗りますよ」

 

『りそなさんもありがとうございます。おかげで、答えは決まりました。2人とも相談に乗ってくれて本当に嬉しかったです。じゃあ、失礼します』

 

 電話が切れた。良かった。

 声の様子からすると少し元気になってくれたようだ。

 参加するのかしないのか気になるけど、その答えを最初に聞くべきなのは僕らじゃない。

 

「どうやら甘ったれは順調に総合部門に向けての準備を進めているようですね。思いついたのが夏休みの終わり頃なのに、よくもまあ準備を進められるものですね」

 

「それだけ才華さんも頑張っているって事だよ、りそな」

 

 だけど、僕も負けてられないなあ。才華さんと違って、僕はまだスタート位置にすら立っていないんだし。

 

「よし! 夕食が終わったら服飾の勉強を頑張ろう!」

 

「頑張って下さい、下の兄」

 

「うん。りそなに名前で呼んで貰いたいし」

 

「こふっ!」

 

 りそながテーブルに倒れて悶えた。

 

「……さ、さらりととんでもない事を言ってくれますね、この下の兄は……四捨五入すれば四十になる女性の心をときめかせてくれますよ。本当にもう」

 

「駄目なの?」

 

「ぐほっ! な、何ですか、本当にもう? 何だか退院してからの貴方はやけに積極的と言うか。もう妹の心は毎日揺さぶられまくりですよ。ああ、素っ気ない態度を取って逆に寂しい思いをさせたかったのに、私ばかり揺さぶられまくりじゃないですか」

 

 そう言われても、結構僕も内心ではドキドキしてるんだよ。

 うぅ、まさか、自分でもこんなに変わってしまうなんて思っても見なかった。名前で呼んで欲しいのは本心だけど、呼ばれたらどうなるのか自分でも分からない。

 だけど……それでもやっぱり『遊星』って呼んで貰いたいんだよ、りそな。

 

 

 

 

side才華

 

「うーん……まだ掛かって来ない」

 

 早朝の朝早く。日本に帰って来てから、僕の欠点の1つだった朝が弱いが解消された事にちょっと喜びを感じながら、制服に着替え終えた僕はルミねえからの連絡を待っていた。

 昨日話した時に今日の朝に返事をするって言っていたから、間違いなく電話で連絡して来ると思っていたんだけど……幾ら待っていても掛かって来ない。

 まさか……悩み過ぎて体調が悪くなったとか? ……昨日のルミねえの様子だとあり得そうで怖い。

 いや、それだったらお父様が連絡してくれるか。じゃあ本当にどうしたんだろうか?

 悩んでいる僕の耳に、インターホンの音が聞こえて来た。誰かなと首を傾げる。

 八日堂朔莉は毎日部屋の前で待機してるけど、彼女がインターホンを鳴らした事がないから、多分違う人だろう。じゃあ、誰かな? と思いながら応対する。

 

「はい、小倉朝陽です」

 

『あっ! 朝陽さん! 大変大変!』

 

「以前にもお聞きしましたが、大変態の略でしょうか?」

 

 相手は八日堂朔莉だった。ないだろうと思っていた相手だった事に、少し驚いた。

 

『いや、冗談じゃなくて本当に大変なの。すぐに出て来て!』

 

 訳が分からないが、声の調子からするとふざけた様子はないので、鞄と携帯を持って外に出る。

 

「おはようございます、朔莉お嬢様。それで一体何がたい…へん…だ…と……」

 

 途中で言葉が途切れた。なるほど、確かに八日堂朔莉の言う通りこれは大変だ。

 

「おはよう、朝陽さん」

 

 文化祭の日から桜の園を離れたルミねえが目の前にいるんだから。

 

「急にやって来てごめんね」

 

「いえ、それは別に構いません。ただ電話で連絡して来るものばかりだと思っていて」

 

「返事を待っていて貰ったんだから、電話じゃなくてやっぱり直接伝えないとね」

 

「それで、ルミネお嬢様の御返答は?」

 

「うん……私も参加させて貰うね。勿論名前は出さずに」

 

 や、やったあああああ!

 八日堂朔莉がいるから声は出せないから内心で喜びの声を上げた。今声を出したりしたら、間違いなく素の声を出してしまう。一先ず深呼吸をする。

 

「……参加を了承して頂き、ありがとうございます、ルミネお嬢様」

 

「これから宜しくね、ルミネさん。私もルミネさんが一緒に参加してくれて嬉しいと思っているから」

 

 あっ! 不味い。まだ八日堂朔莉と口裏を合わせる段取りをしていなかった。

 今のルミねえが直接言いに来るとは思ってなかったから油断した。ど、どうしよう。

 

「朔莉さんも参加するんでしたね……聞きますけど、今年の演劇部門の裏方に回るようにしたのは、何か理由があるんですか?」

 

 一番不味い質問が!

 

「えっ? 理由? 入学式の前にも言ったけど、私は演劇を学びに学院に通っているんだから、舞台に立つだけが演劇の仕事じゃないでしょう? 目標である自分のやりたい劇の為にもちゃんと裏方を学びたいと思ったの。有名な人達が来るのは分かってるけど、そっちは愛しの朝陽さんとの総合部門で顔を見せれば良い事だしね」

 

「……そうなんだ」

 

 た、助かった。ありがとう、八日堂朔莉! お礼に後で抱き着かれても良いよ!

 若干疑いが残っているような顔をしながらも、八日堂朔莉の説明にルミねえは頷いた。

 まあ、此処で実は八日堂朔莉が演劇を諦めることになった一端には、ひいお祖父様が遠縁で関わっている事を知られるのは不味い。

 八日堂朔莉も同じ事を考えてくれたのか、今度は彼女の方から話題を振った。

 

「そういうルミネさんも大丈夫なの? 調子が悪いのは知ってるけど、教師の方からフィリア・クリスマス・コレクションに参加しろって言われてない? 確か教師からの推薦で選ばれるんでしょう? ピアノの演奏は?」

 

「文化祭が終わって授業が始まった日から成績不振が続いているから、今年のフィリア・クリスマス・コレクションでの演奏者には選ばれなかった。選ばれても辞退してたけどね。どんなに頑張っても、今年中には以前のように弾けそうにないもの」

 

 僕も八日堂朔莉も思わず、心配そうな顔をしてしまった。

 でも……確かに今のルミねえに文化祭の日までのような自信に満ちた演奏をしろというのは無理だ。自分のピアノの演奏の問題に気がつき、文化祭での光景がトラウマになりかけている。

 こんな心境でフィリア・クリスマス・コレクションでピアノの演奏をしろだなんて無理な話だ。

 

「そんなに心配そうな顔をしないで……今の私が言っても信用無いけど、大丈夫だから。それに、目標みたいなものはあるの」

 

「目標ですか?」

 

 どんな目標だろうか? 内容次第では出来るだけ僕も協力するよ、ルミねえ。

 

「うん。楽しい思い出を作りたいって言ってくれた朝陽さんの考えには同感だけど、他にも私は『自分がもう自分で歩ける』って示したいの」

 

 ……良い考えじゃないか。今のルミねえの精神状態じゃピアノを演奏するのは無理だ。

 だけど、僕が考えた総合部門の内容で舞台に立ち、輝かんばかりの姿を見ればひいお祖父様も考えを変える切っ掛けになるかも知れない。

 現に伯父様の話では、昔お父様が製作した衣装を見てひいお祖父様は考えを変えた事があったそうだし。残念ながら文化祭の時の衣装では、ひいお祖父様の考えを変える事は出来なかった。

 ……総合部門のショー用に描いたルミねえの衣装のデザインの出来は、文化祭の時のデザインよりも個人的には上だと思う。文化祭の時のは、ルミねえに昔を思い出して貰いたいと思いながら描いたデザイン。

 今度の総合部門のショーのデザインは、ルミねえを輝かせる為のデザインだ。可能性は……あると思う。

 

「勿論お父様には当日まで絶対に話さないつもり。当日の朝にお母様に連絡して、動画で見て貰おうと思ってる」

 

 本人は気にしないだろうけど、ひいお祖父様のやらかしはかなり知れ渡っているからね。

 と言うか、今更だけど、山県先輩に対してやらかしてるのに普通に音楽部門にやって来れたひいお祖父様の面の皮の厚さには驚く。

 ルミねえの意見に同意するように僕は頷き、八日堂朔莉も頷いてくれた。

 

「良いんじゃないかしら。私だって朝陽さんの総合部門に参加する目的には、学院での実績を積みたいってのがあるしね」

 

「私も勿論問題ありません。寧ろルミネお嬢様と一緒の舞台に立てることを、心から喜ばしく思います」

 

「……2人ともありがとう」

 

 お礼を言われるようなことじゃないよ、ルミねえ。

 一緒にフィリア・クリスマス・コレクションの舞台に立とうね。

 

「それじゃあ、ルミネさん。私と一緒に演出担当をやらない?」

 

「はっ? ……演出担当? 朔莉さんと私が?」

 

「そっ。私、モデル以外にも演出を考える担当もやってるの。ルミネさん。会社の関係でそう言うの少しは分かるでしょう?」

 

「……確かに朔莉さんの言う通り、そういう案件を会社で確認した事はある。だけど、私が確認する前に担当者の人達が確認して、それを了承するだけだったし……演出を考えたりしたことは無いよ」

 

 お飾り……って訳じゃないんだろうけど、ルミねえなら確かに担当者に任せて、自分は了承するだけで終わりそうだ。

 これじゃあせっかくの八日堂朔莉のお誘いにも頷いては……。

 

「じゃあ、これを機会に私とやってみない?」

 

「いや、その……」

 

「素人なのは分かるけど、私だってファッションショーの演出とか初めて。此処最近、学院に戻ってからは演劇の勉強の傍ら、畠山さんにお願いして用意して貰ったファッションショーの映像を見て流れや雰囲気を勉強してるの」

 

 ……八日堂朔莉には本当に感謝するしかない。変態なのを差し引いても、日本で彼女と出会えたのは僕にとって掛け替えのないものになった。

 そんな彼女にこれまでの借りを返し切れずに、日本を去る事になるのは胸が痛い。

 ……いや、初恋の男性が女装して学院に通ってやらかしまくったなんて言えないけどね。八日堂朔莉なら受け入れてくれそうだが、僕の方が恥ずかしさでどうにかなりそうだ。

 ルミねえは八日堂朔莉の提案に悩むような顔をしていた。

 

「何事も経験は必要よ、ルミネさん」

 

「私も朔莉お嬢様の意見に賛成します。そもそもこの企画自体、見切り発車な部分が多い企画です。それに今となっては総合部門で最優秀賞を取る事よりも、参加する皆様と楽しい思い出を作る事を目標にしていますので」

 

 勿論、最大の目標は最優秀賞受賞だけど、皆で楽しくこの企画をやりたい。

 ……総裁殿に赦される方法は別に考えよう。うん。

 やがてルミねえは考えが纏まったのか頷くと、八日堂朔莉に目を向けた。

 

「お誘いに乗らせて貰います、朔莉さん」

 

「やだ。今のルミネさんの殊勝な姿に、ちょっと胸が震えた。白髪だったら、襲いたくなってたかも」

 

「襲われたりしたら流石に怒ります。判決、鞭打ち」

 

 あっ! 久しぶりにルミねえが判決を下した!

 本当に久しぶりで何だかとても嬉しいよ。どうやら少し調子が戻って来たようだ。

 出来る事ならもう少しこのまま話をしたいけど、そろそろエストの部屋に向かわないと行けない。残念に思いながら、エレベーターに乗ろうとする。

 

「あっ……そう言えば朝陽さん」

 

「何でしょうか、ルミネお嬢様?」

 

「朝陽さんには直接関係ないけど、一度一緒にリサイタルに行った相手だから話しておくね。フィリア・クリスマス・コレクションでのピアノの演奏会の1人に山県先輩が選ばれてたよ」

 

「えっ!?」

 

 今なんてルミねえは言った? 山県先輩が……フィリア・クリスマス・コレクションでのピアノの演奏者に……選ばれた?

 

「ほ、ほんと何ですか? その話は?」

 

「うん。本当。昨日音楽部門棟にある掲示板にピアノの演奏者の名前が張り出されてたから」

 

 ……冗談ではないようだ。いや、今のルミねえが冗談を、ましてや山県先輩に関して言う訳がない。

 彼がフィリア・クリスマス・コレクションで行なわれるピアノの演奏者に選ばれたのは個人的には喜ぶべき事なんだけど……これで山県先輩の参加は絶望的になってしまった。

 話を聞いていて、何となく事情を察したのか。八日堂朔莉は諦めたように溜め息を吐いている。

 ……ファッションショーの音楽は……録音されているもので我慢しよう。

 せっかくの気分の良さが、少し憂鬱なものになってしまった事を残念に思いながら、僕はエストがいる65階に向かう為にエレベーターに乗り込んだ。




因みに今回の提案がルミネの最後の温情です。
もし爺の考えが変わらなかった場合、りそなに頼んで日本から離れる為に留学するつもりでいます。
山県先輩が演奏者の1人に選ばれたのは、爺の干渉が無くなった事と、また去年みたいな騒ぎは困るので教師陣が取り敢えず認める方向になったからです。彼の自由な演奏に思うところはあっても、それが評価される事もあると分かってるので。

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