月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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再び遅れて申し訳ありません。
予定通り今回は才華sideでモデルたちの顔合わせです。

秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


十月中旬(才華side)13

side才華

 

 夕暮れが照らす教室。

 遂に僕らの総合部門で行なうファッションショーに、モデルとして参加するメンバーが集まった。

 ……集まったんだけど、少々僕にとっても予想外な相手がモデルに選ばれていた事を知って驚いていた。

 

「こんばんは梅宮さん」

 

「お、お久しぶりです、梅宮お嬢様」

 

「えっ、えーと……こんばんは桜小路さん」

 

 梅宮伊瀬也は困惑しながらも、僕の妹であるアトレと、その付き人である九千代に挨拶を返した。

 そしてアトレと九千代を連れて来たジャスティーヌ嬢が、この場に集まった面々に説明する。

 

「この2人が私の選んだモデルの2人だから。もう白い子が提出した総合部門の参加用紙にも、名前が書いてあるから変えられないからね」

 

 本当なのかと梅宮伊瀬也の視線が僕に向けてきたので、黙って頷いた。

 ガクリと梅宮伊瀬也は項垂れた。まあ、明らかに距離を取っていた相手と一緒に総合部門に参加する事になるなんて、彼女も予想していなかっただろう。

 実際、僕だってジャスティーヌ嬢が『本人達の許可は貰っているから』と言って、記入した名前を見せられた時は目を見開いて驚いたよ。しかも、梅宮伊瀬也と大津賀かぐやに知られないように本当にギリギリでだ。

 項垂れていた梅宮伊瀬也は顔を上げて、恨めしそうにジャスティーヌ嬢に目を向ける。

 

「うぅっ……ど、どうして隠してたの?」

 

「だって、いせたん。明らかにアトレの事を避けてたでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

 避けてたよね。

 夏休みの時もアトレがやって来たらさっさと、僕らの前から去って行ったし。あの場にはジャスティーヌ嬢もいたけど、どうやらちゃんとその事は覚えていたようだ。

 

「言っておくけど、私のモデルは、いせたん、カトリーヌ、アトレとその従者の子、そして私の5人って決めてるから今更変えるつもりはないよ。まっ、もう白い子が参加用紙を提出したから変えられないけどね」

 

 うん。ジャスティーヌ嬢の言う通り、もう書類は提出したから変えられない。

 加えて言えば、モデルとなる人を選ぶ権利はデザインするジャスティーヌ嬢が決めて良い事になっているのは、梅宮伊瀬也も了承している事なので文句は言えない。

 

「べ、別に文句は言わないよ……ジャス子がやる気を出して決めた事だし。私もモデルを選ぶ権利については納得した事だしね……で、でも一言ぐらいは言ってくれても」

 

「私が内緒にしておいたことなんだから、文句があるなら私に言えっていせたんの家の人に言えば良いよ」

 

「……えっ?」

 

「事情なんか知らないけど。いせたんの家とアトレの家って、何か仲が悪いんでしょう? それで文句があるんだったら、ラグランジェ家の私が勝手にやった事にすれば良いの」

 

「ジャス子」

 

「ジャスティーヌさん」

 

 ジャスティーヌ嬢! 本当に君はパリの貴族だよ!

 もう最初の頃の暴君の印象なんて本当に吹き飛んだ。君は間違いなく、フランスの旧伯爵家の人間に相応しいよ。

 

「ああー、お嬢様……此処までジャスティーヌ様に気遣われたんですから」

 

「うん。私もお母様が何か言って来ても言い返す覚悟が出来た」

 

 こ、これはもしかして!?

 期待を感じながら僕が梅宮伊瀬也とアトレを見つめていると、梅宮伊瀬也が手を差し出した。

 

「えーと……これから宜しくね、桜小路さん」

 

「はい、此方こそ宜しくお願いします、梅宮さん」

 

 アトレは嬉しそうに笑みを浮かべながら、梅宮伊瀬也が差し出して来た手を握り返して握手を交わした。

 ……やった。遂に梅宮伊瀬也がアトレと向き合ってくれた! まだまだ最初の一歩に過ぎないけど、その一歩を漸く踏み出すことが出来た。

 その一歩を得る機会をくれたジャスティーヌ嬢に、心からの感謝を。

 

「朝陽。何だかとても嬉しそうな顔をしてるね」

 

「はい。お嬢様……桜小路のお嬢様と伊瀬也お嬢様が握手を交わす光景を見られるなんて、今日まで思ってもいませんでした」

 

 これが梅宮伯母様とお母様だったら、お父様が大泣きして喜びそうだ。

 ……まあ、そんな日は多分来ないだろうけどね。梅宮伊瀬也もあくまで個人としてアトレと付き合うだけで、家としての確執はまだ残ってしまっている。

 ジャスティーヌ嬢が投じてくれた一石を無駄にしないかどうかはこれからだ。

 ……いや、待ってよ。この場合……その一石を無駄にしてしまいそうなのって……女装している僕だよね?

 

「こ、今度は急に暗い顔に!? 朝陽どうしたの!? 何だか此処最近急に落ち込んだりする事が増えたよね!?」

 

「だ、大丈夫です、お嬢様」

 

 本当は大丈夫じゃないけどね。

 しかし、こうして改めて考えてみると……身体の体質とか以前に、梅宮伊瀬也が僕の正体を知ったら不味い。

 彼女は家の事とか考えなければ良い人である事は、もう間違いない。相手の方に正当性があるのならば、謝罪できる人だ。

 その反面、相手に非があればそう簡単に認めてくれる人でない事も分かっている。

 もし、小倉朝陽が実は女装男子で、しかもその正体が桜小路才華だと知れば、間違いなく梅宮伊瀬也は僕を追求して来るに違いない。目の前にある梅宮家のお嬢様と、桜小路家のお嬢様が手を取り合っている光景なんて再び殺伐とした光景になってしまいかねない。

 ……1年前に、小倉さんを含めた皆の前で、自信満々に女装して通っても大丈夫だなんて豪語していた自分が恨めしい。

 寧ろ女装がバレたら、フィリア学院に通ってから得られた繋がりが大半消えてしまう事に恐ろしさを今は感じる。

 ……とにかく、梅宮伊瀬也には正体がバレないようにしないと。僕はフィリア・クリスマス・コレクションが終わったらアメリカに帰国してしまうけど、アトレはそのまま日本に残るんだから。

 

「あっ。そう言えば言い忘れてたけど、アトレには総合部門のモデルだけじゃなくて服飾部門のモデルもお願いしてるからね」

 

 ………なんだって?

 流石に聞き逃せなかった話に、僕は顔を上げてアトレを見る。見られている事に気がついたのか、アトレは真っ直ぐな目で僕を見返して来た。この目は……お母様の目に良く似ている。

 

「はい。私は服飾部門の方でも、ジャス子さんにモデルを頼まれています」

 

「正確に言ったら、総合部門の方が後だけどね。9月の初め頃には、もうアトレにモデルを依頼してたし」

 

 僕がジャスティーヌ嬢を勧誘したのは、9月が始まってから少し経った後。

 その時には既にアトレを勧誘してたんだ。僕の後ろにいる事だけを望んでいたアトレが、僕と同じようにフィリア・クリスマス・コレクションの舞台に立つ。

 しかも、ライバルとして。

 

「お姉様とエストさんも、服飾部門の方にも全力で挑むつもりだとお聞きしています。ですが、私も全力でジャス子さんと共に挑むつもりでいます」

 

 ……動揺がない訳じゃない。でも、今僕の胸の内にはそれ以上の興奮を覚えていた。

 思えば、僕とアトレの兄妹喧嘩は、アトレが小倉さんと仲直りした事でうやむやになってしまっていた。踏ん切りをつける場が、フィリア・クリスマス・コレクションなんて最高じゃないか。

 しかも、アトレの衣装のデザインを描くのは、若きパリの天才。

 モデルも直々に選んだ事から考えて、ジャスティーヌ嬢の本気の度合いが窺える。

 武者震いしてしまう。日本での最後の競い合いの場としては、最高じゃないか。

 

「分かりました。私も最高の衣装を製作して挑ませて頂きます、桜小路お嬢様」

 

 互いに妥協しあわない事を誓い合い、僕とアトレの競い合いが決まった。

 頷きあうと僕達は視線を外し、次にパル子さん達の相手をしている八日堂朔莉とルミねえの方に顔を向けた。

 

「どうもどうも、大蔵さんに八日堂さん。お久しぶりです」

 

「お2人とも久しぶりですね」

 

「此方こそ久しぶりです、銀条さんに一丸さん」

 

「私も久しぶり。しかも一緒に総合部門に参加する事になるなんて、最後に会った時は想像もしてなかったわ」

 

 久方ぶりの再会に四人は無難な挨拶を交わしていた。

 そして初対面であるパル子さん達の班の人達と言えば……。

 

「うわっ! 本物のイトウ・サクリだ!」

 

「朝陽っちから聞いていたけど、マジ信じられない。あの有名な大女優があたしらの前にいるなんて」

 

「っていうか、隣の女の人もめちゃ美人じゃん!?」

 

 ルミねえと八日堂朔莉の放つオーラに圧倒されていた。

 そんな中、八日堂朔莉がフッと気になったのかマルキューさんに質問する。

 

「ねえ、マルキューさん。もしかして彼女達って」

 

「ああ、はい。うちのブランドでバイトしてくれてる子達です」

 

「そっ。一応自己紹介しておくわね。初めまして私は八日堂朔莉。で、こっちが」

 

「大蔵ルミネです。一応モデル担当と朔莉さんと一緒に演出担当をやる予定でいます」

 

 八日堂朔莉に促されて、ルミねえが少し元気無さそうに自己紹介をした。

 ……どうやら未だルミねえの調子は戻り切れていないようだ。僕らと一緒に総合部門に挑む目標は持てたけど、やっぱりあの件は簡単に吹っ切れる問題じゃない。

 それと改めてルミねえには別の時に、山県先輩が音楽担当で参加する事が決まった事を説明しておいた。

 教えた時のルミねえは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いていた。やっぱり参加は無しと言われるかなと思ったけど、此方も予想に反して参加の意思は変わらなかった。寧ろ……。

 

『同じチームで参加するなら、彼と直接会話を出来る機会があると思うから……そのね。山県先輩とも一度直接話したいと思っているんだけど……音楽部門の皆からの警戒が厳しくて』

 

 どうやら音楽部門の生徒達は、フィリア・クリスマス・コレクションでピアノの演奏者に選ばれた事もあって、ルミねえに対する警戒が強まっているそうだ。

 そして……残念ながら今の僕には彼らの警戒が理解出来る。音楽部門の生徒達に、山県先輩は良く思われている。それは彼の人柄が成せる事だ。

 僕だって彼と会った回数なんて片手で数えられるぐらいなのに、良い人だと思ってるし、個人的に友人になりたいという気持ちも持っている。僕の女装の件でそれが難しい事なのは一先ずおいておくとして。

 残念ながらルミねえが個人的に山県先輩に会いに行くのは、今のところ難しいと言わざるを得ない。だけど、総合部門のチームとしてなら会う機会は必ずある。

 出来る事なら僕もそれに付き合いたいけど、衣装の製作を考えると多分無理だ。

 一応八日堂朔莉の方から、その時は自分が一緒に付いて行ってくれると教えられたから多分大丈夫だと思う。

 因みにルミねえは正式に桜の園を引き払い、違約金も支払って総裁殿と小倉さん、そしてカリンが暮らしているマンションに引っ越した。違約金なんて支払わなくても構わないんだけど、ルミねえ本人が頑なに支払うと言って聞かなかったので渋々受け取る事になった。

 後、空いた部屋にはジャスティーヌ嬢が入居するつもりらしい。以前エストの部屋が自分の部屋よりも広い事を不満に思っていたからね。作業の事もあってこれ幸いにと言う事なのだろう。

 

「大蔵さん。あんま顔色良くないみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

 パル子さんが心配そうにルミねえに問いかけた。ルミねえの顔色の悪さに気がついて心配してくれるとは、パル子さんは優しいなあ。

 

「ええ、大丈夫です、銀条さん。ちょっと悩んでいる事があるだけですから」

 

「ああ、悩みですか。それなら私も分かります。私も悩み多いんで」

 

「お前の場合、その悩みの大半がどうやって仕事の遅れを言い訳しようかだよね、パル子。今はこっちもあるから良いけど、終わっても変わらなかったら流石に怒るよ」

 

「すんませんすんません」

 

 話を聞いていた僕も申し訳ない気持ちになった。

 パル子さん達は、学生ながらネット注文とは言え『ぱるぱるしるばー』の衣装製作もしている。それに加えて総合部門の方にも参加してくれるんだから、本当に心から感謝するしかない。

 ルミねえは少し心配そうに、マルキューさんに質問する。

 

「大丈夫なんですか?」

 

「あっ、はい。遅れてるって言っても、入学した頃の時よりは全然マシなんで。バイトの子達もいますし。それに今のところ注文数を減らす事で対応してますから」

 

「個人的には、注文数が減るのは少し残念なのよねぇ。文化祭の後からますます『ぱるぱるしるばー』の人気が上がって、個人的に気に入った服があってもすぐに完売して注文出来ずに終わるから」

 

「えっ!? ……もしかしてイトウ・サクリがあたしらが製作した衣装を着てるってこと!?」

 

「嘘!? ちょっとマジ!?」

 

「マジよ。私、本当に個人的に其処にいるパル子さんのデザインの衣装が気に入ってるの。時々ロケ現場に着ていくぐらいだから」

 

「うわぁっ! 信じられない! マジで着てくれてるの!?」

 

 パル子さん達の仲間の3人は興奮しっぱなしだ。

 気持ちは分からなくもない。僕だって、自分の製作した衣装を有名人とかが着ていたら大喜びしてしまうからね。

 

「銀条さん達のお店って凄いよね。私も親戚の子のピエリちゃんが、文化祭で見た銀条さん達の衣装でファンになっちゃってね。服を買えた時は凄く喜んでいたんだって」

 

「まぁ、パル子達が製作した衣装なら当然だと思うけど。私も認めてるし、伯母様も『本物』だって認めてるから」

 

「私もパル子さん達の衣装は個人的に好きです。出来れば和装系のロリ系も出て欲しいなと思っています」

 

 凄いなあ、パル子さん。彼女の才能は僕も認めているけど、既に彼女は僕やエストよりも一歩先に進んでいる印象を覚える。

 

「……こうして認められてるんだ」

 

 少し悩むような声でルミねえが呟いた。

 ルミねえの服の趣味にパル子さんの服が合わないのは分かってる。ただ以前はそれが良い物だと心から納得出来なかった様子だが、今は複雑そうだが認める事が出来ている様子だ。

 僕だって色々経験して成長出来たんだ。きっとルミねえだって成長出来るよ。

 おっと、感慨深い事を考えている場合じゃない。

 

「では、皆様。こうしてショーにモデルとして参加するメンバー全員が集まって顔を見せあう事が出来ました。それに伴い、演出担当の朔莉お嬢様、進行管理担当のマルキューさんと伊瀬也お嬢様と相談して決めたスケジュール表が出来ています。何か都合が悪ければ、この場で先に言ってくれて構いませんので」

 

 僕は事前に用意していたスケジュール表を皆に配って行く。

 

「うわっ! やっぱ覚悟してたけどビッシリ!」

 

「まぁ、仕方ないんじゃないの? あたしらが優先的に製作するのはパル子の5着だけど、他の衣装が遅れてたら参加出来なくなるんだしさ」

 

 この件に関してはもう本当に期待するしかない。

 既に僕が担当する八日堂朔莉、大津賀かぐや、ルミねえ、そして僕自身の衣装と、エストが描いたデザインの型紙も完成しているが、まだ仮縫いにも入れていない。

 対してジャスティーヌ嬢とパル子さん達の方は、既に仮縫いを終えた人達もいる。特にパル子さん達のチームが今のところ一番作業が進んでいる。

 やはり仕事としても活動しているだけに、作業の進み具合が違うと思い知らされた。ジャスティーヌ嬢の方の進み具合が早いのは、同じようにそういう経験をして来たカトリーヌさんが中心になっているからだ。

 此方も流石だと思うしかない。

 

「アレ? このスケジュールを見ると、今週の土日が勉強会ってなってるけど」

 

「あっ、ルミねえ様の言う通りですね。お姉様。これは?」

 

 例の件を知らないルミねえとアトレが質問して来た。この2人以外にも、九千代も首を傾げている。

 

「その日はパリから来られているカトリーヌさんの縫製の先生が、私どもの縫製を見てくれる日なのです。勿論作業も進めますが、主に本場のパリの縫製のやり方を教えてくれるそうなので」

 

「パリの縫製の先生!? もしかして有名な方なのですか!?」

 

「カトリーヌさんの話では、今はアパートメントの大家を務めているそうですが、一昔前はあのジャン・ピエール・スタンレーの縫製のチーフを務めていたほどの方だそうです」

 

「あのジャン・ピエール・スタンレーの縫製のチーフを!? それは凄い方ですね」

 

 うん。本当に凄い話だ。

 一昔前の人だなんて侮ることは出来ない。現にその人から縫製を学んだカトリーヌさんは、僕も知らない縫製のやり方を知っていたから。僅か二日間だけしか教えて貰えないのが残念でならない。

 そう思っていたら、梅宮伊瀬也が何かを思い出したのかパル子さんに顔を向けた。

 

「そう言えば、今日私達の教室に同じようにパリ校から来た先生が挨拶に来たけど、銀条さん達の方にも?」

 

「ええ、まあ、来ましたけど」

 

「凄く固そうな先生で圧倒された」

 

「フランスのイケメンの教師が来ると思っていたのに、残念」

 

「もう、あの先生が教室で挨拶をした時は、軍人? なんて思った」

 

 僕も直接見た時は思わず圧倒されてしまった。

 紅葉も授業に関しては厳しいけど、それでも生徒とのコミュニケーションは取ろうとする。でも、あの先生はそう言う事を一切しなさそうだ。

 そしてこの集まった面々の中でフランスの授業を経験しているジャスティーヌ嬢が忠告する。

 

「言っておくけど、あの先生。本気でパリでの授業と同じ授業をやるつもりでいると思うよ」

 

「ジャスティーヌ様は、あの先生をご存知なのですか?」

 

「詳しくは知らないけどね。確かパリでも指折りの教師で、特に型紙を中心に教えている先生らしいよ」

 

 型紙の先生か。彼の授業が始まる頃には、もう僕らの型紙は完成して……いや、待てよ。

 まだ、僕もエストも服飾部門の方の衣装の型紙は終えていない。エストに目を向けると、彼女も悩むような顔をして考え込んでいた。

 ただでさえギリギリのスケジュールで僕らはやっている。でも、総合部門の方の型紙は完成したが、服飾部門の方の型紙の製作をあの先生の授業が終わった後に回すことが出来る。その分、製作時間がきつくなってしまうが、幸いにも僕はパリ旅行に行かない分、他の生徒達よりも時間がある。

 その分の時間と、あの先生が日本にいる期間を総合部門の方の衣装製作に回せば行けるかもしれない。

 

 

 

 

「ねえ、朝陽。服飾部門の方だけどね。私と一緒の参加でやってみない?」

 

 エストの部屋での本日の業務を終えて、いざ自室に戻って作業を進めようと思っていたところで、いきなり主人が爆弾発言をして来た。

 

「お嬢様? いきなりどうされたのですか? 一緒に私と服飾部門に参加するという事は、もしや以前ジャスティーヌ様が小倉お嬢様と一緒にやろうと言っていた」

 

「うん。あの提案を私達で出来ないかなと思って。ほら、朝陽と私の服飾部門の衣装のコンセプトは同じでしょう?」

 

 僕の衣装のコンセプトは、『誇り高き『大切な人』である主人と共に並び立つ為の衣装』。

 対してエストは、『『大切な人』朝陽の主人として相応しい自分でいる為の衣装』。

 なるほど。互いのコンセプトは一致している。デザインから見ても、一緒にステージに立てば、より衣装も輝くかもしれない。

 しかし……。

 

「何故急にそのような提案を?」

 

「朝陽と二人一緒に舞台に立ちたいと思ったから。ほら、総合部門では私と朝陽が一緒に並んで立つかまだ分からないでしょう?」

 

 エストの言葉に僕は頷いた。

 うーん、しかし、これは悩ましい提案をエストもしてくれる。エストと服飾部門で競い合いたい気持ちもあるし、今の提案を受け入れて主従揃って舞台に立つのも魅力を感じる。

 

「私も朝陽と競い合いたい気持ちはあるけど、今年ぐらいは朝陽への感謝を込めて立ちたいと思って……駄目かな?」

 

 頷きたい気持ちはある。

 僕だって主従2人で揃って舞台に立ってみたい。悩ましい提案をエストはしてくれる。

 

「……返事は少し待って貰っても構わないでしょうか? 実は服飾部門の方の型紙は、パリ校から来られた先生の授業を終えてから引こうと思っていましたので」

 

「私もそう。その分総合部門の方にこの2週間は集中するつもり……でも、朝陽も同じ考えだったなんて」

 

 だから、何故君は顔を赤らめるんだ。

 このまま一緒にいたら、僕の方まで顔を赤くしてしまいそうだから、そうそうに退散させて貰った。

 しかし……本当に悩ましい提案をしてくれるな、エストは。

 さて、どうしたものか? エストとも競い合いたいから、やっぱり1人で服飾部門に挑むか。

 それとも提案を受け入れて、2人で一緒に服飾部門に挑むか。本当に悩む提案をしてくれるよ、エスト。




次回は遂に遊星sideの方であの人が登場します!
果たしてりそなは無事に済むのか!?

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