月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回も少し短めです。
お気に入りが遂に2000件越え。本当に皆様ありがとうございます!

秋ウサギ様、どうぞう様、獅子満月様、あいのる様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


十月中旬(遊星side)15

side遊星

 

 放課後。

 僕はフィリア・クリスマス・コレクションで製作されるりそなのデザインの衣装を製作する人を決める審査が行なわれる会場のホールを目指して、学院の廊下を歩いていた。

 遂に、この日が来たと心臓がドキドキと高鳴って緊張している。今日までやれる事はやったつもりだけど、どうなるか分からない。

 1年生はともかく、2、3年生の生徒はかなり応募しているという話だし。でも、審査されるのはデザインじゃなくて型紙や縫製ならいけると思う。

 ……そう思いたい。審査に受からなかったら、お父様に学院を辞めさせられてしまうし、何よりもりそなに『遊星』って名前を呼んで貰う切っ掛けがなくなってしまう。

 期待と不安に苛まれながら、審査会場となるホールの入口に辿り着いた。入口の所には受付だと思われる女性の先生が立っていた。

 

「はい、此方に名前とクラスを記入してください」

 

 言われて僕は名前とクラスを記入用紙に書く。

 書き終わると受付の先生が番号札を差し出して来た。

 

「その番号札はちゃんと持っていてね。審査に提出する物を出す時は、名前じゃなくてその番号を書いて出す事になるから。それとその番号札は私が適当に出したものだから、順番って言う訳じゃないよ」

 

 なるほど。この審査では提出物には自分の名前を書かないんだ。代わりに今、僕の手にある番号札の数字を書いて提出。

 きっと出来るだけ不正が無い事を示したいと言う事なのだろう。

 ……一度、どんな経緯にしても教師が明確な不正をしてしまった事には変わりはない。だから、ラフォーレさんは色々な手を使ってフィリア・クリスマス・コレクションでは不正が起きないようにしたいようだ。

 ……彼本人が暴走しない事を願いたい。

 ホールに入ってみると、既に来ている生徒が結構いる。どうやら3年の生徒のようだ。調査員として活動していた時に見た事がある。

 僕も座って待っていようと、並べられていた椅子に座った。

 渡された番号札を確認してみると、『327』番だった。

 『327』……ルナ様の誕生日は3月27日。うん! とても良い番号を貰えた!

 神様仏様、そして何よりもルナ様! どうか僕にお力を!

 

「ねえ、アレって?」

 

「えっ? あの人って確か理事長の身内の小倉朝日さんよね? あの人も受けるの?」

 

「それってつまり、この審査が通る人が決まっているってこと?」

 

「いや、そうとは決まっていないんじゃない? ほら、名前は記入したけど受付の先生は提出物には渡された番号札の番号を書いて提出するって話だしさ」

 

「適当に番号札は渡したって、言ってたもんね。私の番号札『34』番よ」

 

「私は『205』番……じゃあ問題無いんじゃない? 審査員の人達って、1人は総学院長で後一人はあの厳ついパリの先生でしょう……2人とも不正とかしなさそうだよね」

 

「他にも審査員の人達がいるそうだから。ちゃんと公平に審査はしてくれるでしょう」

 

 ……ラフォーレさんに今は心から感謝したい。

 懸念していた身内だから選ばれたという疑いは、ラフォーレさんが考えた審査のやり方のおかげで疑惑が薄れそうだ。

 尤も、僕が選ばれた事が知られたら疑惑は再燃してしまいそうだけど、そうなってもならなくても名前は出さない事に決めている。僕は名誉が欲しくてりそなの作品を作りたいんじゃない。

 ただ製作してみたいんだ。りそなが描いたデザインの作品を。

 ……いや、ジャンに『神服』って言って貰いたいし、審査をしてくれる瑞穂さんやユーシェさん、そして湊には高評価を貰いたい気持ちはあるかも。

 

「審査に関しての説明会。開始5分前です。参加する生徒は椅子に座って待っていて下さい」

 

 受付を担当していた先生の呼びかけに、雑談をしていた生徒達も用意されていた椅子に座って行く。

 

「こんばんは、諸君」

 

 開始時間が訪れると共に壇上にラフォーレさんが現れた。

 同時に席に座っている女子生徒の中から歓声が上がった。ラフォーレさんはかっこいい人だから仕方ないよね。

 そのラフォーレさんの後ろの方ではパリから来られたあの先生にセシルさん、それと確か1年の型紙科を担当している先生に……樅山さんとケメ子先生が立っている。

 ……あれ? もしかしてこれって……。

 

「さて、諸君。既に時間は放課後なので、話を進めさせて貰おう。今日此処に集まった生徒達は既に理解しているだろうが、本日はフィリア・クリスマス・コレクションの服飾部門で行なわれるファッションショーの一般来客される方々にショーの流れを説明する為の衣装の製作者を決める為の課題に関しての説明をさせて貰う」

 

 歓声を上げていた女子生徒達の声が静まった。

 皆、真剣な顔をしてラフォーレさんの話を聞こうとしている。

 

「先ず言うまでもない事だが、君達の中でイベントの衣装を製作する人物は1人だけだ。特別編成クラスの生徒は付き添いのメイドの力も借りていいが、その場合は製作者発表の時に2人分の名前が発表される事を注意して貰いたい」

 

 参加している特別編成クラスの生徒達から安堵の息が漏れるのが聞こえた。

 逆に一般クラスの生徒達は不満そうな顔を、檀上に立つラフォーレさんに向けていた。そんな彼女達を安心させるようにラフォーレさんは微笑む。

 

「しかし、これでは一般クラスで選ばれた生徒が不利になってしまう。公平性を保つために、一般クラスの生徒が選ばれた場合でもアシスタント役が1人就く事を許可しましょう。これで特別編成クラスと一般クラスの生徒どちらが選ばれても公平に作業が進められる。勿論、1人で製作したいというのならばそれで構わない」

 

 一般クラスの生徒達からも安堵の息が吐かれた。

 でも、これは……あくまで審査に合格した場合の生徒の話だ。

 

「しかし、今の話は審査に合格した生徒の話です。これから私達が出す課題は君達1人でやって貰います。不正を行なっている事が発覚した場合は、それなりの処罰を与えるつもりでいるので注意するように」

 

 不正をする人なんて出来れば出ないで欲しいなあ。

 

「次に審査員達に関して説明しよう。既にこの場に居る生徒は知っていると思うが、パリ校から日本校の視察に来てくれた先生がその一人だ」

 

 ラフォーレさんの紹介に、ケス先生が前に出て来て話し出す。

 

「諸君、私は日本校の総学院長からこの度の審査員をするように言われている。君達の実力のほどを楽しみにしているつもりだ」

 

 話が終わると、すぐにケス先生は元の立ち位置に戻って行った。

 本当に無駄話はしない人なようだ。その分、審査に関しては一切の手を抜かないという安心感を感じる。頑張って彼に認められるような作品を製作しよう。

 次に出て来たのはセシルさんだった。横に並ぶとラフォーレさんが紹介を始めた。

 

「次の審査員はフィリアとは無関係な一般人だが、その実力は私が保証しよう。何故ならば彼女は嘗て私と共に君達も良く知っているジャン・ピエール・スタンレーの創業期を共に乗り越えた人物だ」

 

 生徒達の中からざわめきが出た。

 皆、ジャンの知名度は知っているから当然だ。中には『もしかして、『伝説の7人』の1人なの?』なんて声も聞こえて来る。

 セシルさんは日本語が出来ないので、難しい顔をしながら頷くだけで元の場所に戻って行った。審査の時にはちゃんと通訳の人が付くよね?

 

「そして他にも学院側の教師から3名の教師を選抜した」

 

 ラフォーレさんの言葉に従って、樅山さん、ケメ子先生、そして1年の型紙科の教師が前に出て来た。

 

「君達は知っているだろうが、彼らはそれぞれ1年生を担当している教師達だ。何故彼らが審査員に選ばれたのか疑問に思う生徒達もいるだろうから先に説明しておこう。それは……彼らがこの場に集まった審査への参加を希望する生徒達がいるクラスの中で、最も参加人数が少なかったクラスの教師達だからだ」

 

 言われて他の生徒達も周囲を見回した。

 この場に集まっている生徒の大半は、2、3年生だ。僕のように1年生で参加している人は両手で数えられるぐらいしか見える範囲でいない。因みに僕のクラスでの参加者は僕1人だ。

 カリンさんも今は一緒にいない。参加すると勘違いされたら困るので、今頃は何処かで休憩を取っていると思う。

 

「納得したようだね。では、審査員の紹介も終わったので、審査の内容に関して説明しよう」

 

 来た! 此処からが僕にとっての本題だ。

 デザインはりそなが描いたものを使うんだから、当然審査されるのは……。

 

「最初の審査は型紙。君達には此方で用意したデザインを使って、5日以内に完成した型紙を学院に提出して貰う」

 

 やっぱり最初の審査は型紙だった。そうなると、用意されたデザインはゴスロリ系の物に違いない。

 

「そして次の審査は縫製。一次審査で引いた型紙を使って作業して貰う。これらの審査で選ばれた人物が、フィリア・クリスマス・コレクションで行なわれるイベントの為に用意される理事長が描いたデザインの製作者になる」

 

 ホール内の熱気が上がったような気がする。

 皆、フィリア・クリスマス・コレクションで行なわれるイベントに隠された意味を理解しているようだ。あくまで説明の為に使われる衣装だから、服飾部門の審査で評価される事はない。だけど、デザインを描くのはプロとして活躍していて、ブランドも開いているりそなだ。

 もしかしたらそのままりそなのブランドに雇われるかも知れないという希望がある。

 実際、当日には以前会ったりそなのブランドのフロアマネージャーを務めていた人が来るそうだ。彼女に認められて、りそなも了承すれば晴れてブランドの製作陣に入れる。

 服飾と言う狭き門の扉が開くかも知れないんだ。その辺りを理解している2、3年生がやる気に満ちるのは当然だと思う。

 だけど……負けない。僕は必ず選ばれて見せる。

 

「では、順番に会場から出て行き、出入り口の所にいる教師からデザインを受け取り給え。君達の頑張りを期待してるよ」

 

 ラフォーレさんが言い終わると共に生徒達が椅子から立ち上がり、出入り口に向かって歩いていく。僕もその列に並んで順番が来るのを待った。

 

「はい、此方が課題のデザインです」

 

 受付の先生から渡されたデザインをすぐに確認する。

 うん……やっぱりゴスロリ系のデザインだった。しかも良く見れば、このデザインを描いたのがりそなだと言う事が僕には分かった。一緒に暮らして、殆ど毎日デザインを見て来たから分かる。

 どうやって引こうかなと頭の中で思い浮かべながら、僕はカリンさんと合流する為に廊下を進んだ。

 

 

 

 

「それじゃあ、今日から本格的な審査が始まったんですね」

 

 マンションに戻り、夕食の時間に訪ねて来たルミネさんに今日の事を話した。

 同じマンションにルミネさんが引っ越しして来てから、何か用事がない限りルミネさんも加えて僕らは食事を取るようにしていた。朝食の時にも来て貰って、カリンさんも加えた4人での食事だけど、何だか桜屋敷にいた頃を思い出せて嬉しく感じている。

 最初こそルミネさんは、『其処までお世話になるのは……』って拒否されたけど、1人分ぐらいの食事が増えても何の苦も感じない。寧ろこうして家族のように食事を取れる事に嬉しさを感じている。

 

「はい。食事が終わったら、また作業に戻るつもりでいます」

 

「……遂に始まったんですね……下の兄。本当に頑張って下さいよ。でないと、私の衣装の製作以前に審査に落ちたら上の兄に学院を退学させられるんですから」

 

「うん。分かってるよ」

 

 絶対に合格して見せるからね、りそな。

 

「……慣れって本当に怖い。もうこうして小倉さんが男性口調で話して、しかもりそなさんが小倉さんの事を兄って呼ぶのにも違和感を感じなくなって来てる」

 

 僕とりそなの様子を複雑そうに、悩むような表情をしながらルミネさんが呟いていた。

 ごめんなさい。でも、流石に家の中でも朝日の口調で話していると、本当に僕の中の『遊星』が薄れてしまうんです。なので、赦して下さい。

 

「そう言えば、ルミネさんの方は彼女と旨くやれていますか?」

 

「朔莉さんですか? はい、まあ、それなりにやれてると思います……ただ朔莉さん。最初から知っていたんですね……その……才華さんの事を……」

 

 八日堂さんが才華さんの正体を知っている事は、僕とりそなから引っ越しを終えたその日にルミネさんに話した。

 これから一緒に行動する事も多くなるだろうから、話しておいた方が良いと思ったからだ。事前に八日堂さんにも確認して了承を貰っている。

 ただ九千代さんとアトレさん、そして才華さんにはまだ内緒にしておいて欲しいと言われた。その3人にはフィリア・クリスマス・コレクションが終わった後に、自分から告白したいと八日堂さんは言っている。

 僕もりそなも彼女の意思を尊重して、才華さん達には話さない事にした。八日堂さんには本当に才華さんの事で助けて貰っているから。

 

「毎日朝早くに才華さんの部屋の前にいたのは、身嗜みをチェックする為だったなんて……聞いた時は開いた口が塞がらなかった……」

 

 本当に毎日八日堂さんが才華さんの部屋の前に来ていたと知った時は、僕も驚いた。

 流石に休みの日や夏休み中は来れない日もあったそうだけど、学院がある日は必ず来てくれていたそうだ。才華さん本人にも悟られずに、やり遂げていた八日堂さんは流石は世界的な女優だと思う。

 ……でも……どうして僕の女装には気付いてくれないんだろう? ルミネさんに、もしかして八日堂さんは僕の事も気付いてますかって確認したら……。

 

『その……朔莉さんは本当に、小倉さんの事は……女性だと思っているみたいです』

 

 少しと言うか……本気で泣きたくなった。

 りそなに『女優顔負け』なんて言われてるぐらいに女装が馴染んでいるのは僕も分かってるけど……それでもやっぱり泣きたい。

 

「いや、何を急に泣きそうな顔をしてるんですか?」

 

「……ちょっと自分の性別についてね」

 

 りそなとルミネさんは揃って、ああっと納得したかのように頷いた。

 出来れば頷かないで欲しかった。これ以上女装で悩むのは、本当に止めよう。作業に支障が出てしまいそうで怖い。

 

「そ、そう言えば……その……小倉さんが桜屋敷に居た時は身嗜みのチェックとかはどうしていたんですか?」

 

「身嗜みですか? 朝起きて自分で確認してから着替えて、そのままメイドの仕事をしていました。学院でのルナ様のサポートがメインですけど、それ以外にも桜屋敷の業務も割り当てられていましたし。きちんとした身嗜みを整えるのは使用人として基本中の基本ですから。主人である、ルナ様に恥はかかせられません」

 

「意識のレベルが才華さんや私達と違い過ぎる……才華さんも小倉さんの言葉を聞いてから使用人としての勉強を八十島さんと頑張っているって言ってたけど」

 

 それは無理もないと思う。

 僕と才華さん達じゃそもそも育った環境が違う。最初から大蔵家の使用人となるように僕は育てられた。そのおかげでルナ様と言う掛け替えのないお方に出会えた。

 桜小路遊星様のように僕にはルナ様に恋愛感情はないけど、やっぱり、りそなやお父様と同じぐらい大切なお方には違いない。

 

「……そう言えば下の兄。本当にどうするつもりなんですか? 年末にこっちのルナちょむと私がいないところでしていた『年末に桜屋敷でメイド服を着て出迎える』とかいう約束を」

 

「うっ……ど、どうしよう」

 

 未だにその件に関しては明確な解決策が出来ていない。

 こっちのルナ様との約束だから叶えたいという気持ちはあるけど……僕の主人である、ルナ様のお言葉は絶対に守らないといけない。だ、だけど……断りの連絡なんて入れたらこっちのルナ様が悲しんでしまうかも

 ……本当にどうしよう。桜小路遊星様は絶対にルナ様は約束を守らせようとするって言ってたし。

 

「いや、あの……本当にルナさんがそんな事を小倉さんに言ったんですか?」

 

「ルミネさん。普段のルナちょむならともかく、『朝日』が関わる時のルナちょむの執念は冗談抜きで恐ろしいんです。あの義姉は年末に楽しみにしているに違いない。こっちの下の兄が朝日としてメイド服姿で出迎えるのを諦める姿を私は想像出来ません」

 

「……桜小路家にも私の知らない事が沢山あったんですね……正直知りたくなかったです」

 

 僕も知りたくなかったです。

 と言うよりも……桜小路遊星様が陰で『朝日』を続けていた事を考えると……もしかしてこっちのルナ様。

 年末に僕と桜小路遊星様を揃って『朝日』にしようとしていたんじゃ……これ以上考えるのはよそう。耐えきれなくなって大泣きしてしまいそうだから。

 

「それじゃあ僕はそろそろ作業に戻るね。あっ、ルミネさん。使った食器は流し台に置いといて構いませんから」

 

「あっ、いえ。私が洗っておきます。食事を作ってくれるんですから、それぐらいはやらせて下さい」

 

「じゃあ、お願いします」

 

「下の兄。頑張って下さいね」

 

 りそなの激励を背中に受けながら、僕はアトリエに入って今日渡されたデザインの型紙を引く。

 服飾に戻ってから学んできた事を思い出しながら、僕は作業に没頭した。




因みにりそなの誕生日は5月15日で、ルナ様とどちらの番号札にするか悩みました。
次回は才華sideでセシルとの出会いの予定です。

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