月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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またも短めになってすみません。
取り敢えず、最初の遊星の審査結果発表となります。

秋ウサギ様、獅子満月様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


十月中旬(遊星side)17

side遊星

 

「では、本日よりの1週間。事前に伝えていた通り、私も君達の授業を行なわせて貰う」

 

 遂にこの日が来た。

 僕だけじゃなくて、教室内の多くの生徒が真剣な顔をしてパリから来られた教壇に立つケス先生を見ている。

 予定通り、本日からケス先生の授業が始まる。他のクラスでも授業をするから、全部の授業と言う訳じゃないけど、この日を心待ちにしていた。

 いきなり型紙の授業から始まるのかと期待していたけど、ケス先生は先ず教壇に置かれていたデザイン用紙の束から一枚の用紙を取った

 

「先ず君達に、先週の最後の方で描いて貰ったデザインを返却する。この採点は樅山教諭ではなく、私が行なわせて貰った。名前の順番で此方に来てくれたまえ」

 

 名前の順となるとエストさんだ。

 文化祭以降は、彼女本来のデザインを描いているはず。果たして本場パリの先生からはエストさんのデザインはどう見られるんだろうか?

 

「優」

 

 高評価だった。告げられたエストさんも驚きで目を見張っている。

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「勿論だ。君の描いたデザインは、プロフェッショナルとまでは言わないが、それに準ずる実力を身に付けている。学生としては抜きん出た才能だ。今後もこのデザインを伸ばす事に集中する事をお勧めする」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 心から嬉しそうにしながらエストさんは意気揚々と才華さんが待つ席に戻って行った。

 エストさんが大丈夫なら自分達もと言う雰囲気が教室内で生まれたけど……。

 

「不可。人体のバランスがなっていない。不可。最低限の技術を身に付けてから個性を求めたまえ。不可。こんなものはデザインと呼べない」

 

 容赦なく次々とエストさんに続いたクラスメイトが、言葉の刃を振り下ろされていく。

 その言葉を通訳している樅山先生は、躊躇の無いケス先生に涙目を向けていた。樅山先生も厳しいけど、ケス先生はそれ以上に厳しい。

 だけど、これはある意味仕方がない。パリ校の求めている基準と日本校の基準では大きく違うんだから。

 日本で高評価でも、本場のパリで通じるとは限らないから……ルナ様だったら間違いなく通じると思うけどね 

 

「やっぱりこうなったね」

 

 次々と酷評を受けて涙目になっているクラスメイト達の様子を見ていたジャスティーヌさんが、当然だと言うように頷いていた。因みに何時もは余り授業でデザインを描くのにやる気がないジャスティーヌさんだけど、今回は事前にケス先生が審査すると伝えていたので、本気のデザインを描いて提出していた。

 僕もとても素晴らしいデザインだと思っていたので、間違いなくエストさん同様に『優』かそれ以上の評価を貰えると思う。

 やがて僕の順番が回って来たので、席から立ち上がりケス先生の下に向かう。

 ……正直言って自信は殆どない。最初の頃に比べればマシになったと思うけど、デザインに関してはクラスで評価は低いままだから。

 

「不可」

 

 ……やっぱり。覚悟はしてたけど、『不可』の評価はショックを受けた。

 お父様はもうデザインに関しては諦めているから、どんな評価を受けても気にしないと言ってるけど……それはそれで悲しい。

 

「人体のバランスが非常に良く取れて、線も美しい。その点においては描き方を直す必要は特にない。だが、残念ながら其処までだ。独創性がデザイン自体に全くない。もう少し枚数をこなし、研究を重ねたまえ。今季の流行を学べていれば、『可』の評価を与える事が出来ていた」

 

 ……とても為になるお言葉なのですが……それをお父様が知ったらまた、あの地獄が待っていそう。

 あの……着せ替え地獄が。僕の脳裏に流行を学ぶ為に、主に女性物の服を着せられた日々が蘇った。

 

「何故、泣きそうな顔をしているのかね?」

 

「……聞かないで下さい」

 

 厳しいケス先生が心配して声をかけてくるほどに、僕は追い込まれた顔をしているようだ。

 返されたデザインを手に持って落ち込みながら、席に戻る。いや、落ち込んでばかりもいられない。

 次は、才華さんの番だ。どんな結果が告げられるのかと顔を向けてみたら……。

 

「優良」

 

 最高の評価を貰っていた。

 

「素晴らしい。今後の君の活躍を直に見れない事が少々惜しい」

 

「ありがとうございます」

 

 才華さんは淡々とした様子でお礼を述べているけど、返されたデザインを持つ手が少し震えている事に僕は気が付いた。

 おめでとうございます、才華さん。貴方の才能は、日本やアメリカだけじゃなくて芸術のパリでも通用する輝かしい才能だと証明されました。

 席に戻るとエストさんと嬉しそうに笑いあっている……戻って来てから何度も思うけど、才華さんとエストさんの距離が以前よりも明らかに近い気がする。まさかと思うけど……ないよね?

 僕の疑問を他所にケス先生はデザイン画を返していく。残念ながら才華さんに続いて高評価を貰えるクラスメイトはいなかった。何とかクラス内で樅山さんが高評価を出していた生徒で『可』の評価が出されたぐらいだ。

 ……分かっていた事だけど、やっぱり改めて服飾の道に進む険しさを実感させられる。

 そしてそんなパリでさえも天才と言われている人の番が、遂にやって来た。結果は……。

 

「優良」

 

 才華さんと同じく、最高の評価がジャスティーヌさんに言い渡された。

 本人は当然の評価だと言わんばかりに胸を張って、ケス先生からデザインを受け取っている。

 

「実に素晴らしい。パリで君が参加していたコンクールでの作品にも目を通していたが、その頃に比べて更に洗練されていた。どうやら日本校に留学した事は良かったようだ。君の今後の活躍を楽しみにしている」

 

「まっ、言われなくても頑張るけどね。先ずは今年の終わりに行なわれるショーを頑張るつもりだから」

 

「日本校のショーは私も動画で見るつもりだ。期待している」

 

 ケス先生はジャスティーヌさんに厳しい顔ながらも激励の言葉を送った。

 全員のデザインが返却されたけど、大半のクラスメイトは落ち込んでしまった。服飾を学び始めてから約半年。彼女達なりに自信がついていたのかも知れないけど、本場のパリ校で教鞭を執っているケス先生からの酷評は堪えたようだ。

 嬉しそうにしているのは、高評価を貰ったエストさん、ジャスティーヌさん、そして才華さんの3人だけ。

 デザインに関しては諦めがついてるけど……やっぱり僕も少しショックを受けた。

 

「では、次に型紙の授業に移る」

 

 遂に来た!

 落ち込んでいる僕らに構わずに、ケス先生はチョークを握り、背を向けて黒板に身体を向ける。

 慌てて皆はノートの準備を始めるけど、前置きもなくケス先生は黒板にチョークの線を引いた。

 

「基本となる型紙の説明をする。先ずは後身頃。縮尺は1/4。中心線は2㎝伸ばして肩線を修正する。α線の中心を取り、此処を通る直線を肩から裾まで引く。これはA線」

 

 教室の大半の生徒が驚いているに違いない。事前にりそなから聞いていたけど、本当にケス先生の言葉には無駄が一切ない。

 しかも本当に僕達の顔すら見ない。相手などいないかのように黒板にチョークで書き進め、一方的に説明していく。

 樅山先生の授業も厳しいけど、ケス先生の授業はそれ以上だ。クラスメイトの皆が学んで来た事を数段階突破して、授業が進められて行く。やがて耐えきれなくなったクラスメイトの1人が手を挙げた。

 

「あ、あの先生! 少し待って下さい!」

 

「授業中に質問は受け付けない。私が間違っていた時のみ指摘したまえ。アームホールとα線が交わる点を4㎝下げる」

 

 生徒の声を無視して授業は進行する。しかも声を出している間にも、手が一切止まっていない。

 簡単な計算でも、幾つもの数が重なり、しかも線を引きながらだと、簡単なミスに繋がる。直している間に数字を一つ聞き逃せば、それだけでついていけなくなってしまう。無理にでもついていかなければ、置いて行かれてしまうスピードだ。

 きっとこれがケス先生が経験した現場での速さなのだと感じながら、僕はノートに書いていく。

 樅山先生が授業中には質問は聞かないようにしていたので、クラスメイトの皆は一心不乱にノートに書き込んで行く。

 

「裾線にA線と脇の中心点を取る。いま取った裾の点と、先ほど4㎝下げたアームホールの点を結ぶ。この線は曲線を描くため自然な線にすること。アームホールの一番内側から1㎝はみ出したら線を引き直し」

 

 本当にケス先生は手を一切止めない。さっき思わず止めようとした生徒に返答していたのも、黒板に線を引いていて、型紙の説明がない時だった。

 全く妥協する気配をケス先生は見せてくれない。だけど、このクラスの生徒全員がケス先生の速さについていける生徒ばかりじゃない。

 

「ま、待って下さい、先生! まだ描き終えて!」

 

「では、後で描き終えている者に見せて貰いたまえ。私の授業はあくまで、君達にパリ校の授業がどんなものなのかを経験させる為のものなのだから。後身頃はこれで完成、次は前身頃」

 

「先生、授業が速くて全ての声が通訳し切れてません! せめてもう少し遅くしてください!」

 

 自分達じゃ駄目だと思った生徒が、通訳している樅山さんを盾に攻めてみた。でも……。

 

「樅山教諭の通訳に何の問題もない。聞こえないと言うなら、補聴器を着けたまえ。袖を1.5㎝」

 

 樅山さんの通訳には本当に何の問題もない。

 苦肉の策だったんだろうけど……後で樅山さんに謝罪して欲しい。

 そんな感じでケス先生の授業は進み、やがて昼食の時間を告げるチャイムが鳴った。

 

「本日の私の授業は此処までだ。諸君らに改めて言っておくが、パリ校では今のような授業が行なわれている。君達が本当に服飾の道を進もうとしているのならば、今の授業の速さが、パリの一流メゾンでは日夜行なわれている事を肝に銘じておいた方が良いだろう。では、失礼する」

 

 疲れ切って死屍累々としている教室からケス先生は樅山先生を伴って出て行った。

 樅山先生も通訳お疲れさまでした。

 

「すこぶる疲れた」

 

「おそらく、大袈裟に言っているものばかりだと思っていたのに、ジャス子の話は本当だったよ」

 

「うぅ……樅山先生の授業が天国に見えた」

 

「メイドの私も、ついていくのが精一杯でしたー……」

 

 クラスの委員長である伊瀬也さんも疲れ切っていた。

 特別編成クラスの生徒には補佐としてメイドが付いているからマシだけど、一般クラスの春心さん達は大丈夫かな?

 

「朝陽……」

 

「後でノートを見せますので、安心して下さい、お嬢様」

 

 どうやらエストさんは途中でついていけなかったようだ。

 そして僕の隣に座っているジャスティーヌさんはと言えば……。

 

「カトリーヌどう?」

 

「は、はい……ちゃんとノートは取れてます、ジャスティーヌ様」

 

 自身が描いたノートとカトリーヌさんが描いたノートを見比べていた。

 常日頃日本の授業にはやる気を見せないジャスティーヌさんだけど、ケス先生の授業は別だったようだ。

 

「黒い子もちゃんとノートを取ってたね」

 

「ジャスティーヌさんの方も大丈夫みたいですね」

 

「だって、伯母様が言うには、あの先生の授業についていければパリの一流メゾンにもついていけるらしいからね。疲れたけど、自信には繋がりそうだから」

 

 どうやら事前にジャスティーヌさんに、やる気を出させるように彼女の伯母様が手を打っていたようだ。

 道理で今日は朝からつまらなさそうな顔をせずに、真剣な顔をしていたのかが分かった。

 

「そう言えば、確か今日だったよね、黒い子が受けている審査の一次発表って」

 

「はい。今日の放課後にホールに合格者の番号が張り出される事になっています。ジャスティーヌさんが参加する総合部門の審査の方は確か……」

 

「今日の朝に白い子から私達のショーが総合部門への参加を認められたってメールが来たよ」

 

「おめでとうございます!」

 

 そうか。才華さんの考えたショーが、先生達に認められたんだ。

 僕も負けてはいられない。自分に今できる最高の型紙を引いたけど、それが審査員の人達に認めて貰えるかは今日の放課後にホールに張り出される紙に書かれている。

 期待と不安を感じながら、僕はカリンさんを伴って昼食を取る為に教室を出た。

 

 

 

 

 放課後。ホームルームを終えた後、僕はすぐに教室から出てホールを目指していた。

 緊張で心臓がバクバクと音が鳴っているのを感じる。今日の結果次第では、僕がフィリア学院に来れるのは最後となってしまう。

 いや、それよりもりそなの作品を製作出来る機会を失ってしまう事に、何よりも不安を感じている。結果はどうなんだろうと思いながらホールにやって来てみると、既に僕と同じように今回の審査に参加した生徒達が集まって来ていた。

 喜んでいる生徒も居れば、顔に手を当てて泣いている生徒も居る。今回の審査は旨くすれば、狭き道である服飾の世界に一歩近づける道が隠されている。それを理解して参加していた生徒も多かったに違いない。

 泣いている生徒は、夢破れてしまったのかも知れないと、少し気が重くなる。

 でも、気が重くなっていたりしたら駄目だ。気にしていたら、りそなの作品に手が届かなくなってしまうんだから。

 カリンさんを伴い、合格者の番号が張り出されている場所に近づく。

 遠目で見た限り、合格者の人数はかなり少ないようだ。審査員の面々を知っているだけに、かなり厳しく審査したに違いない。僕の受験番号は『327』。

 張り出されている紙にその番号は…………あった!

 

「おめでとうございます」

 

 僕の隣で同じく張り出された紙を見ていたカリンさんが、小声で祝いの言葉をくれた。

 落ちてしまった生徒も居る場所で、りそなの身内の僕が合格した事を知られるのは不味い。その事にも気遣ってくれて、ありがとうございます、カリンさん。

 ……それにしても……。

 

「……」

 

 改めて合格者の番号が張り出されている紙を見てみると、合格したのは僕を含めて二十名程しかいない。

 受験番号自体は適当に配られたものだから、その人数だけ参加している訳じゃないけど、それでも説明会の時には百人以上の人が集まっていた。

 なのに、二十人。ラフォーレさん達は相当厳しい目で審査したに違いない。逆に言えば、僕以外に審査を通った生徒達は、それだけラフォーレさん達が認めるだけの実力を持っていると言う事だ。

 次の審査は今回提出した型紙を使っての衣装の製作。張り出されている紙を見てみると、合格した生徒は明日中に書かれている教室に向かって其処にいる先生に受験番号を言えば、提出した型紙を返して貰えると記載されていた。

 もう見るべきものはないと思い、カリンさんを伴って駐車場に向かう。

 

「合格出来て、何よりでしたね」

 

 ホールから出て、他の生徒達がいなくなると、カリンさんが話しかけて来てくれた。

 

「いえ、まだ一次審査を突破しただけですから。それにあの審査員の人達が認めるだけの型紙を、他にも引いた人達がいます。楽観はできません」

 

 そう。楽観視は出来ない。寧ろこれからが本番だ。

 次は製作。型紙以上に厳しい審査が待っているのは確実だ。それに僕は1人で全部やるつもりでいるから、時間は2人でやろうとしている生徒よりも時間が掛かってしまう。

 その事にも注意しながら頑張らないと。差し当たってしないといけないのは……。

 

「りそなさんとお父様には、一次審査合格の連絡を送っておきましょう」

 

 特にお父様には連絡しておかないと、また怒られてしまう。

 すぐに僕は携帯を取り出して、お父様とりそなに、一次審査に受かった事をメールで伝えた。2人とも喜んでくれると良いなあ。




次回は最後の審査結果発表となります。
また遅れ気味になるかも知れませんが、待っていてくれると嬉しいです。
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