月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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遅れてるのに短めです。申し訳ありません。

秋ウサギ様、烏瑠様、どうぞう様、誤字報告ありがとうございました!


十月下旬(才華side)19

side才華

 

 朝起きるとエストから才華宛へのメールが来ていた。

 僕は昨日と言うか、今日の午前2時過ぎまで起きて服飾部門の方の衣装製作を進めていた。寝る前にメールをチェックした時にはエストからのメールはなかった。と言う事は、このメールは僕が寝た後に送られて来たと言う事になる。

 昨晩、別れる時にエストは午前1時まで総合部門の方での僕の衣装の製作を進めると言っていた。と言う事は、予定時間を超えて作業していたという事だ。嬉しい反面、身体は大丈夫なのかと心配してしまう。

 ……あくまで従者としての立場での心配だからね、うん。

 これでエストの部屋を訪れた時に朝の支度が完璧に済んでいたら、もう従者の立場としては言う事なしだ。

 ただメールの内容には相変わらず悩まされてしまう。『一度、会いたいですね』。『電話で話すのはお嫌いですか?』。『朝陽とはどんな会話をしていたのですか?』。

 ……残念だけど、フィリア・クリスマス・コレクションが終わるまでは会えないし、声も聞かせる訳にはいかない。

 他にも才華としての僕を気にしつつ、朝陽としての僕に嫉妬しないでくれ。

 なんとも名状しがたい感情を感じながらも、気持ち良く朝の支度を済ませた。気持ち良く朝の支度が済ませられるのも、総合部門と服飾部門両方の作業が順調だからだ。

 カトリーヌさんの縫製の先生であるセシルさんに教えて貰えたし、短い期間だったけどパリの服飾の授業を経験出来た。まあ、あのパリから来られた先生の授業について来れたのは、僕を含めてクラスで数えられるぐらいだったけどね。エストも最初はついて行けなかったぐらいだし。

 

「……エストの事をどうしよう?」

 

 そのエストの事で此処最近は悩まされている。

 自惚れではないが、エストは間違いなく桜小路才華に好意を持っている。

 メールでのやり取りだけでとは思わなくもないけど、とにかく事実として好意を持っているのは間違いない。だけど、その好意も僕がしてしまった事を全て知れば怒りに変わってしまうに違いない。

 百年の好意が冷めるどころじゃないからね、僕のしてしまったことは。

 そうなった時の事を考えると、心が落ち込んでしまう。第一、エストと恋人関係になるなんて想像できない。ドラマとかである甘い会話なんて出来ないし、愛の囁きなんてすれば、お互いに笑ってしまうだろう。

 顔を直視してのキスなんて絶対に出来そうに……そう言えばしていた。

 僕の脳裏に入学式の日に、プールでしてしまったキスが浮かぶ。

 いや! アレは救命行為だ! 後で調べたら人工呼吸のやり方じゃなかったけど、当時の僕にとっては救命行為だった!

 ……はぁー、どうにも最近エスト関連では情緒不安定気味だ。今の気持ちでエストに会えば、おかしな態度を取ってしまいそう。何か気分転換になりそうな事はないかなと思いながら部屋を出た。

 

「おはよう」

 

 そうだ! 彼女がいたじゃないか!

 エストの事から気を逸らせつつ、ショーに関しても話せる相手が! 何時になく歓迎の意を示しつつ、八日堂朔莉に感謝しながら挨拶をする。

 

「おはようございます。今朝は一段とお綺麗ですね。好きになってしまいそうです」

 

「それは大変、浮気になっちゃう。此処最近は、毎日充実してるって感じだけど、ショーのこと以外でも嬉しい事が在った? 例えば好きな人でも出来たとか?」

 

 嫌な勘の鋭さをしている。

 

「ご冗談を。メイドの身では、出会いなどそうそうありません」

 

 加えて言えば、僕が通っているクラスは女子しかいないしね。

 ……アレ? おかしくないのか? いやいや、学院での僕は小倉朝陽としての女性だから、出会いはないと言う事にしよう。

 

「では私の知る範囲で該当者がいると言う事。朝陽さんの知り合いなら大体会った事あるものね」

 

「先に申しておきますが、ジュニアさんを始め、彼の紹介で知り合った方々とはショーの協力者としての関係だけで、不純な関係に発展する事はありません。それに私が恋愛などすると思えますか?」

 

「『えー……スト』ーブはもう用意した? そろそろ寒くなってきたものね」

 

 変な言い方をしないで欲しい。

 

「このマンションの空調は快適です。ストーブなど用意する必要がありません」

 

「『えー……スト』レスは溜まっていない? 衣装製作で忙しいんでしょう?」

 

 だから、何が言いたいんだ君は。いや、何となく言いたいことが伝わってくるから少し腹立たしい。

 その話題から気を紛らわせたかったのに、これでは逆効果じゃないか。

 

「朔莉お嬢様は、私の毎日が楽しそうだと仰られました。それは衣装製作が充実している為かも知れませんね」

 

「『えー……」

 

「それはもう良いです。私は同性愛者ではありませんし、お嬢様とは健全です。不純な関係は求めません。これでこの話題は終わりです。それで朔莉お嬢様の方はジュニア氏と山県先輩との打ち合わせはどうだったんですか?」

 

「ああ、そっちね。取り敢えず、何の問題もなく打ち合わせ出来たわ。山県さんが連れて来た音楽部門の人達とも、何事もなく打ち合わせは終わったから安心して」

 

 ホッと一先ず安心。その打ち合わせには八日堂朔莉以外にもう1人。ルミねえが参加していた。

 本当だったら僕もその打ち合わせに参加したかったけど、ルミねえから衣装製作の方を優先してと言われてしまったので参加出来なかった。

 

「それでルミネお嬢様と山県先輩の方は?」

 

「詳しい話は出来ないけど、取り敢えずこれからはショーの為に一緒に頑張ろうって事になったみたい。ルミネさんも少しは肩の荷が下りたと思う。ほんの少しだけどね」

 

 確かにルミねえが今背負ってしまった負債は本当に多い。それでも少しだけでも減ってくれたことに嬉しさを感じる。

 

「はぁっ、ルミネさんが白髪でないのがとても残念」

 

 不穏な話題を出さないでくれ。

 

「ところでハーレムってどう思う?」

 

 最近その話題はエストからも出たよ。実は盗聴器とか仕込んでいると思ってしまいそうなぐらいに、分かってやっているんじゃないだろうか?

 

「そういう方面ではプライドが高い自覚はあるので、他の女性と掛け持ちだなんて、耐えられないと思います」

 

「逆、逆。朝陽さんの方が掛け持ちする側」

 

「まだ恋をしたことがないので分かりません。ただ倫理的には反対です」

 

「ふっ、倫理だって」

 

 何がおかしい。

 いや、まあ倫理的に反する行動をしているのは自覚しているけど、僕の正体を八日堂朔莉は知らないよね?

 そう思っていたら、何時もなら僕を必ず見送るのに、エレベーターの『↑』ボタンを八日堂朔莉は押していた。

 

「悲しくなったから今日は部屋へ戻る。でも最悪の朝って嫌いじゃない」

 

「多分に芝居掛かったお言葉ですね」

 

 今日はそう言うキャラなのかと思っていたら、本当に八日堂朔莉はエレベーターに乗って去ってしまった。

 少し申し訳ない気持ちになる。恋愛はやっぱり楽しいことばかりではないと改めて実感した。だというのに、エストの部屋に来てみると……。

 

「朝陽はもし親友と同じ人を好きになって、その子が『私は第2夫人でも良いよ』と言ったとしたら許せる?」

 

 僕の主人もおかしなことを言い始めた。

 

「お嬢様。余りにも話が具体的過ぎて、もう名前を出した方が早いのではないかというレベルなのですが……端的に言えばぼかす意味が全く見当たりません」

 

「違うの、例え話なの」

 

 例え話になってないよ。だって君の言葉を要約すれば……。

 

「使用人の私が正妻、貴族であるお嬢様が第2夫人など、どう考えてもおかしいでしょう」

 

 そう、エストは貴族。対して僕は遠縁では大蔵家の親戚ってなっているけど、一使用人の身分だ。それなのに立場が上になるのはどう考えてもおかしい。それに何よりも……。

 

「そもそも現代において一夫多妻と言う考えが現実的とは思えません」

 

「あるにはあるよね?」

 

 少なくとも日本と君の祖国は認めてないよ。

 

「残念ですが、お嬢様の祖国と日本では認められていません。アメリカもです」

 

「日本では内縁の妻や事実婚というものがあるよね」

 

「お嬢様はそれで良いのですか?」

 

「暫く悩んだら、案外すんなりと」

 

「受け入れてしまったのですか?」

 

 恋愛とは熱をあげると、そこまでに至ってしまうのだろうか?

 ……深く考えないようにしよう。脳裏に僕のトラウマになったお母様とお父様のいけない睦事が浮かびそうだから。

 しかし、不味いような気がする。何せ話がジョークで紛らわせながらも具体的になって来ている。

 寧ろ、ジョークを装えば、何を言っても良いと思っているんじゃないかエストは…。

 ……そろそろ厳しく意見を言うべきなのかも知れない。何故なら僕にはエストの恋心が一瞬で冷めてしまうだけのやらかしがあるんだから。そう思って口を開こうとするんだけど……。

 

「毎日が楽しい」

 

 この幸せそうなエストの顔を見ると、言わなければならないのに言えなくなってしまう。決して惚れた弱みとかじゃない。幸せそうにしている主人を悲しませたくないという従者としての気持ちだ、うん。

 

「……不純な関係は良くないと思うのですが」

 

「男女なら不純ではないよ」

 

「では才華様に惚れているのですか?」

 

「例え話だよ」

 

 くっ! 少し前だったらこの話題を出せば、明らかに動揺したのに平然と返した。

 ちょっと悔しさのようなものを感じながら話を進める。

 

「では私と才華様のどちらか1人を選べと言われたらどうするのですか?」

 

「2人とも大事」

 

 くぅっ 曖昧な表現で躱された。しかも切り返しが出来ない。

 此処で『恋愛の意味で』と尋ねたら『朝陽は女性同士で恋愛が出来る人なの? そんな発想まるでなかった』と、僕が恥ずかしい思いをさせられるだけ。

 不味い。本当に不味い。エストからすれば戯れのようなじゃれ合い的なものなのかも知れないけど、僕は朝陽でなくなった時の未来を想像してしまう。全てを話さなければと考えてしまいそうで自分が怖くなる。

 僕が何も口にしない様子から戯れは終わりと思ってくれたのか、エストは別の話題を出してくれた。

 

「そうだ朝陽、服飾部門の方の型紙、今日中に仕上がるかも」

 

「楽しみです」

 

 そう。一番健全な服飾の話をしよう。この話題ならエストも喜んでくれるからね。

 

「それで真面目な話だけど、朝陽。ジャスティーヌさんは私達と同じで服飾部門でもやっぱり本気で来ると思う?」

 

「間違いなく来ます。その証拠として、最近は余りやる気がなかった樅山先生の授業も真剣に受けています。パリから来られた先生の時は、お嬢様でさえついて行けなかった授業に最後までついて行けていました」

 

 総合部門では強力な味方だけど、服飾部門においてはジャスティーヌ嬢は間違いなく最大のライバルだ。

 学院での決まりで、全面的に企業経験をしているカトリーヌさんの支援を本格的に受けられないとしても、今のジャスティーヌ嬢ならそのハンデを超えて最高の衣装を製作してもおかしくない。

 加えてモデルは自ら選んだ相手であるアトレ。やる気と目標を持った今のジャスティーヌ嬢にはそう簡単に勝てない。

 

「やっぱりそうだよね……朝陽。それでそろそろ貴女の答えを聞きたいの」

 

 内容は聞くまでもない。

 以前、エストから誘われた『服飾部門に一緒に参加しないか』という返答だ。

 パリ校から来日された先生が帰国した今、僕はエストにその返事を返さなければならない。そして悩んだ末に僕が出す答えは……。

 

「お嬢様の提案をお受けしようと思います」

 

「本当!?」

 

「はい、どうぞ宜しくお願いいたします」

 

 僕はエストの提案を受け入れる事にした。

 受け入れる事を決意したのは、エストとの最後の関係になる前に楽しい思い出を作りたかったからだ。最後の競い合いにも心が惹かれない訳でもないけど、それよりも従者と主人が互いの衣装を協力して製作して舞台に立ちたいという気持ちが勝った。

 まさか、こんな形になるとは去年の僕は想像もしていなかった。でも、後悔はない。

 ルミねえ同様、日本を去る前にエストとは輝かしい思い出を作りたい。

 ……真実を話した時にエストが怒りで興奮して僕に向かって叫ぶ姿を想像するのは止めよう、うん。

 何せ今は……。

 

「此方こそ宜しくね、朝陽!」

 

 とても幸せそうな笑顔をエストは浮かべてくれているんだから。

 

「では、今日学院に着いたら、担任の樅山先生に私達の方針をお伝えしましょう」

 

 事前に通達しておかないと、2人で舞台に立つ事は許されないからね。

 

「では、お嬢様。服飾部門の方の型紙も私が引いて宜しいでしょうか?」

 

「うん、良いよ。じゃあ朝陽の方も私の衣装の型紙をお願いね」

 

「勿論です」

 

 服飾部門でもエストの衣装を製作出来るなんて、とても楽しみだ。

 

「……これで朝陽も修学旅行に来てくれたら言う事なしなんだけど」

 

 うっ!

 そ、それは言わないで貰いたい。僕だって日本での最後の学生生活の思い出として、修学旅行に行きたい気持ちはあるけれど……正体がバレる危険性を冒す訳にはいかない。

 正体がバレたら総合部門の参加自体なかった事にされてしまう。そんな危険性は冒せないので諦めるしかないんだよ、エスト。




そろそろ十月編も終わりに近づいています。
十一月編は最後の山場の始まりで行こうと思います

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