月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
次回の遊星sideが終わってからは十一月編となります。
佐藤浩様、秋ウサギ様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
「流石に旅行前は、作業が鈍るね」
「皆様、修学旅行前の準備がありますから。それに行き先はパリです。パリ本校の見学もスケジュールに組み込まれていますし。日本で服飾を学ぶ者としては、ファッションの中心地で恥をかくわけにはいきません。それに全員モチベーションは保っているのですから、準備が終われば作業に集中できると思います」
しかし、総合部門の参加者達の熱意は凄まじい。
敵情視察と言う訳ではないが、聞いた話では、昨年の覇者である動画部門では、3日連続の泊まり込みを敢行しているらしい。参加者が男子だからできる荒業。シャワーぐらいは浴びていると信じたいけれど、最悪僕らもアトリエから出ないで泊まり込む事が在るかも知れないから人の事は言えない。
他にもアニメ部門や映画部門も相当気合いが入っているみたいだし、音楽部門でも毎日放課後に残っている生徒達がいるとか。
……ただでさえ出遅れている僕らは、尚更に頑張らないといけない。八日堂朔莉が中心となって演出は考えてくれているから、僕らは衣装をよりよくする事に集中しよう。彼女の協力が得られて本当に良かった。尤も彼女個人には感謝しても、協力してくれる切っ掛けを作った人達には欠片も感謝しないけどね。
「『コクラアサヒ倶楽部』は出場しないのかな?」
「『コクラアサヒ倶楽部』は、所属人数は多くても学院の非公認団体ですから。それに何か特定の創作を目的としている訳ではありませんので、無理です」
第一部長のアトレが僕達の総合部門に参加してくれているんだから、尚更に無理だよ。
「桜小路さんは私達の総合部門に参加するしね……そう言えばパティシエ科もパリへ旅行するんだよね? 偶然だなあ~」
……随分とわざとらしい前振りだね。いや、最初から修学旅行の話題に持って行きたかったと言う事なのだろう。
今日の昼食の時に口にしていた話が、今来たと言う訳だね、エスト。
「朝陽と一緒にパリへ行けるのなら、桜小路さんも、もしかしたら力に……」
「それは小倉お嬢様の方ですね。私と距離を置く事は既に桜小路のお嬢様もご了承していますし」
うん、アトレが嘆き悲しむとしたら小倉さんの方だ。きっと小倉さんが戻って来て仲直り出来てからは、パリで一緒に街を歩く事を想像していただろうし。クラスのファンの子達と同じように嘆くと思う。
「う、うちのクラスのファンの子達も、朝陽と小倉さんがパリに行かないと知って、嘆きに嘆いていたもんね」
「そうですね。今日は落ち着かれていましたが、最初に話した時は本当に泣き出してしまうとは思いませんでした。お2人だけではなく、伊瀬也お嬢様や他の皆様も残念だと言ってくれて、お優しい同級生の方々には感謝を……」
「よ、夜に出て、向こうにも夜中に着く飛行機なら朝陽も行けたりしないかなあ……」
くっ! 会話を打ち切るつもりだったのに割り込まれてしまった。
確かにエストが言った方法ならば僕もパリに行ける。行けるが……行くわけにはいかない。なので、現実的な話をして諦めて貰おう。
「航空機のチケットを今から取るとなると割引もありませんし、それなりの金額になります。他にも泊まる場所の問題があります」
パリに多くのホテルがあるからと言ったって、エスト達が泊まる予定のホテルに今から泊まれる予約が取れる筈がない。
他のホテルの予約が取れたとしても、皆が泊まるホテルから離れていれば結局1人旅行と変わらない。自由時間が移動だけで削れてしまうのは、寧ろ僕が申し訳なく思ってしまうよ。
「と、泊まる場所に関しては、ほら、皆が行く予定のセシルさんのアパートメントに泊まらせて貰えば良いでしょう」
うっ! ……思わず心が惹かれてしまった。そ、その手が在った。
クラスの皆とは行動できないけど、セシルさんのアパートメントに尋ねに来る総合部門の皆と一緒に縫製を教えて貰える。いや、寧ろ学院に修学旅行参加者じゃないから、その分だけセシルさんに縫製を……って!? 駄目だよ!
危ない危ない。危うく頷いてしまいそうだった。
「アパートメントに泊まるとしても、そう都合よく部屋が空いているとは限りません」
「セシルさんに確認したら、丁度部屋は空いているって」
既に確認済みか。
「私の一年に一度だけの贅沢ってことで、駄目、かな?」
エストのお金の使い方はお嬢様としては慎ましい。服飾の勉強も兼ねてるから洋服にはそれなりのお金を掛けたり、お嬢様らしい生活ではあるものの、教室内のお嬢様方と比べれば荒くない。
それこそ、同じように当日券同然のチケットで日本に訪れた挙句、プレジデンシャルスイートに泊まり、食事代もそれなりにかけた双子の姉と比べれば、妹であるエストのお小遣いとしては慎ましいだろう。
此処まで僕と一緒に修学旅行に行こうとしてくれるのは光栄に思うけど……。
「この上なくありがたい話なので、お言葉に甘えたい気持ちはあるのですが、使用人の為に其処までの金額を使えば、ご実家が黙ってはいないと思います」
しかも僕は名目上だけのアーノッツ家の使用人だし。エストのご両親やその家族達と約1名を除いて顔を合わせた事が無い。
「名目上は私の遊興費。ちょっぴり派手な旅行として、ええと、ピトケアン島へ行ってきたの」
「一発バレだと思いますが」
そんな日本から遠くの場所に行く時間はないよね。行けるとしたら冬休みぐらいだよ。どう考えても調べられたらバレるに決まってる。
「バレないよ。私の個人的な貯金を使って、その後で埋め合わせするの。パパに領収書忘れたと言えば『お小遣い欲しかったんだな』と思うよ。お姉ちゃんなんてよくやってる」
「……因みにそのお姉様は今は如何されているんでしょうか?」
「うっ………文化祭の件でパパとママが本気で怒って、これまで見逃されていたけど、これからは許さないと言われているみたい」
ほら、やっぱり。僕も最近お父様に本気で怒られたからね。第一……。
「お嬢様の為に使うのならともかく、私の為に其処まで大きなお金は使えません」
「一度だけ。お願い。来年からは別の対策を考える」
思わず『来年はない』と口にしそうになってしまった。話したらますます話がこじれていたから良かった。
「今回使ったお金は、何時か必ず実家へ返すつもり。だから朝陽は行きたいか、行きたくないかだけ答えて」
「では、申します。行きたくありません」
凄く落ち込まれた顔をされた。これで話は終わりだと言うように僕は作業に戻ろうとするが……。
「一度だけ! 一度だけ! 暫く我儘言わない! 今年のコートは一着で我慢するし、欲しかった新作の靴も買わない!」
縋られても困る。先ずご実家に相談してくれ。相談してOKが出ても、身体の事情を盾にするけどね。
「寧ろ服飾生なので新しい服の方にお金をかけて頂きたいです」
「私のデザインの技術を伸ばしてくれた朝陽の働きを考えれば、ボーナスが出て然るべきだと思うの。でもそれは芸術性の問題で、両親に説明しても分からないだろうし、2月と今のデザインの違いも理解して貰えないと思う」
エストのご両親が服飾に明るくないのは、過去のモデルの入れ替わりの件でも明らかだ。
加えて最近は一段と良いデザインを描けているけど、学院の成績は余り良くないからね。其処を突かれたらボーナスなんて無理だよ、エスト。
「それに精神的にも助けて貰ってるし、身体的にも助けて貰ったし……」
後半は声が小さくて、何を言っているのか分からなかったけど、救命行為の出来事でも思い出したのか。気を失っていた筈なのに。
「何より、大切な人だから」
うっ! ……ズ、ズルい。
そうハッキリと口にされてしまうと、顔が赤くなってしまいそうだ。このままエストのペースに乗せられるのは危険だ。
「そう言って頂けるのは大変光栄ですが、やはり修学旅行に……いえ、パリに行くつもりはありません。代わりに何かありませんか? 此処まで私の為に手を尽くそうとしてくれているお嬢様を放置するのは気が引けますので」
うん。この流れなら修学旅行の話は終わりに出来る。幾らエストでもこれ以上蒸し返せない筈だ。
「じゃあ、聞きたい事があるの」
ん? 何故かエストが耳まで顔を赤くし出した。しかも胸に手を当てて深呼吸までしている。もしかして何か僕はミスをしたんじゃ?
「朝陽は桜小路才華さんの事をどう思っているの?」
やられた!? 一番今はされたくない話になってしまいそうだ。
だけど、変に狼狽えたら勘違いされそうだから、此処は平然を装って……。
「元の主人です。嘘偽りなく申し上げますが、恋愛感情はありません。お嬢様こそ惚れていませんよね?」
「まだ会った事が無いから、好きまでは言えない」
よし! 此処で終わらせよう!
そう思って口を開こうとしたら、エストが頬を赤くしながら先に口を開いた。
「でも、初めて男性として気になっている人。お家的にも、桜小路家がお相手なら、両親は全力で後押ししてくれると思う。もしお付き合いすることになれば、泣いて喜ぶかもしれない」
いや、その前に君が桜小路才華に怒り狂う姿が浮かぶんだけどね。
「聞けば大蔵家と縁があるみたいだし」
お願い! 大蔵家の事は切り離して考えて欲しい!
僕も頼りすぎて、総裁殿に大変ご迷惑をかけているから!
「ロンドンでも力のあるあの家なら、此処最近調子が良いアーノッツ家を更に早く正常な道へ戻してくれるかもね。言ってしまえば玉の輿だと思うの。あっ、勿論、そう言う不純な気持ちとか関係なく彼の事は気になってるよ」
「そ、そこまで考えておられたのですか?」
「う、うん……でもあの人が、私に対して友情より上の感情を抱いてるなんて、余りに都合よすぎる望み出し、まだ一度も直接会えてないのに、期待し過ぎているのかも知れない」
「才華様は」
此処で口にすべきなのは、桜小路才華が抱いている感情はあくまで友情だと告げるべきだ。それでこの話は終わり。後2か月後にエストの心の傷を深くさせずに済む。
それなのに……。
「………才華様は、お嬢様に好意を抱いています」
「えっ?」
僕の口から出たのは、決して口にしたらいけない感情だった。
「まだ確かな感情ではありませんが、僅かながら……でも確かに好意と呼べる気持ちが生まれていると思います。私がそう、言われました」
「本当……嬉しい」
両手で口を覆う仕草は、何ヶ月も生活していながらまだ僕が見た事が無いエストの乙女と言える部分だった。
「でも」
「はい」
「まだ先の話が過ぎるけれど。卒業して、その先の話なのだけど……もし私と才華さんが結ばれたら、朝陽も一緒にいてくれる? 傍に居て欲しい。大切な人。朝陽は私の事も、才華さんの事も知ってるし。3人で話したい……あなた達が好きなの」
……僕は一生のミスを犯してしまった。才華としての気持ちを語るべきじゃなかった。
だって、蕾のようなエストの乙女らしき部分が、たった今は確かに開き、その瞬間を目にしてしまったんだから。
これは不味い。エストの開花に釣られてしまいそうだ。花は隣の蕾が開けば、春の空気が訪れたのだと思い、己の花弁も開いてしまう。
非常に不味いのは、エストの恋と同時に変化した僕の感情だ。かなり自分の衝動を抑えるのに苦労している。抑えきれなくなったら、今すぐにエストに駆け寄り、彼女を自分の腕の中へ収めてしまいそうだ。
だけど、それは出来ない。僕には彼女に恋をする資格なんて……ないんだから。
「朝陽」
ドクンとエストの声に胸が高鳴ってしまった。
「どうして顔が赤いの?」
うぅっ……八日堂朔莉にも散々指摘された問題が此処でも響いた。まさか、一番不味い時に感情を晒す手段になってしまうなんて。
このままでは不味いと思った瞬間、ブゥブゥッと作業台に乗せていた僕の携帯が振動した。天の助けだと思って、僕は携帯を手に取った。相手は……カリン?
珍しい相手からの連絡に戸惑いながらも、エストに顔を向ける。
「お嬢様。クロンメリンさんからの連絡なので、少し出て来ます」
「クロンメリンさんから? ……うん、仕方ないね」
エストもカリンからの連絡に戸惑っていたが、珍しい相手だけに受け入れてくれた。
そそくさと直前までのやり取りなどなかったように装いながら、僕はアトリエを出る。
「……意気地なし」
アトリエの扉が閉まる直前に、微かに聞こえたエストの言葉がやけに耳に残った。
……意気地なしって言われても仕方がない。でも、君の気持ちに小倉朝陽も桜小路才華も応える資格はないんだよ。
おっと、気分を変えるためにもカリンからの連絡に出ないと。
「はい、朝陽です」
『夜分遅くに申し訳ありません』
いや、寧ろ助かったよ。
「お気になさらないで下さい。それでクロンメリンさんがわざわざ連絡して来られたのは何故でしょうか?」
『少々厄介な事がありましたので、ご忠告の連絡です』
「忠告?」
訝し気な気持ちになって携帯から聞こえて来るカリンからの忠告に耳を傾ける。
「………」
聞き終えた僕は唖然として固まってしまった。また、やらかしてくれたのか。
あの僕が人生で初めて心から嫌いになった女性。『エステル・グリアン・アーノッツ』は!?
『と言う訳で迂闊な行動はお控え下さい。エスト様に絆されて危険を冒してまで、パリに行こうとされないように。既に八十島壱与にも連絡しておきましたので』
「ご忠告ありがとうございました」
あ、危なかった。もしエストの提案に乗ったりしていたら、虎の尾を踏むどころの騒ぎじゃ済まなかったよ。
それにしても……全然反省していないのか、エステル・グリアン・アーノッツ。いや、あんまり反省していないだろうなとは思っていたけど、こうして改めて話を聞くとやっぱりと思ってしまうよ。
日本語が出来ないからわざわざ総学院長に直接連絡したみたいだけど、相変わらず変なところで行動力がある女性だ。しかし、これは本当に困ったぞ。
エステル・グリアン・アーノッツのせいでエストにあらぬ疑いが……いや、ロンドンにいた頃はエストも率先して協力していたからあらぬ疑いではないか。
『では、失礼します』
「はい、此方こそ本当にありがとうございました」
電話を切る。
それにしても不味いことになった。エストが過去にモデルの入れ替わりをやっていたのは事実だ。
恐らくエステル・グリアン・アーノッツが今回のような行動をしたのは、生意気になったと感じた妹への嫌がらせだと思う。……もしかしたら、本気で舞台に立つべきだったのは自分だったと思っていそうだけど、本当に困ったぞ。
選りにも選って、あの総学院長に疑われてしまったんだから。今学院側は不正などに対してはかなり厳しい目を向けている。下手な事をして僕の性別の事がバレたりしたら、大惨事じゃ済まない。
高揚していた気持ちが冷や水を掛けられたように落ち着いて行く。
これでエストに対して普通に接する事が出来そうだ。
「だけど、これは不味いかも知れない」
色々とやらかした事がバレて来ているエステル・グリアン・アーノッツだが、両親からの信頼はまだ残っている筈だ。
そして僕は彼女からすれば、自分の邪魔をした生意気なエストの使用人として見られている筈。そうなると、エストのご両親にある事ない事を吹き込まれる可能性もある。
そうなると、やっぱり複雑な気持ちはあってもエストの提案に乗らなくて良かった。
「……」
アトリエに戻る前に一度深呼吸する。大丈夫。
これまで通りの普段の僕で居られる筈だ。エストに抱いてしまった気持ちは、心の奥底に押し込めて固く蓋をする。だって……この気持ちのまま残り2ヶ月をエストと一緒に過ごすのなんて無理なんだから。
次回の遊星sideでは遂にりそなが!?
となる予定です。