月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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予告通り、今回で十月編は終わりです。
そして遂に遊星とりそなが……。

秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


十月下旬(遊星side)22(終)

side遊星

 

「と言う事を、今日ラフォーレさんに会いに行った時に言われたんだよ」

 

「いや、アホですか、その姉は」

 

 夕食を食べ終えた後、ラフォーレさんから聞かされた話をりそなに報告すると、心底呆れたという様子で溜め息を溢していた。

 

「……あ、あの……今の話、本当なんですか? そ、その……エストさんのお姉さんが文化祭でモデルの入れ替わりを要求したって言うのは?」

 

 一緒に夕食を食べ終えて、話を聞いていたルミネさんが信じられないと言うように、目を見開いて驚いている。

 文化祭後はルミネさんも色々とあったから、どうやら例の一件は知らなかったようだ……それどころじゃなかったから当然だけど。

 困惑している、ルミネさんに、僕よりも事情を知っているりそなが溜め息を溢す。

 

「事実ですよ。文化祭の時には下の兄に話していませんでしたが、大体文化祭の一週間ぐらい前に、上の兄から緊急の報告が私と上の従兄弟、それとカリンさんに届いたんです。聞いた時は、唖然としましたよ。甘ったれの主人のエスト・ギャラッハ・アーノッツがアメリカに渡る前のロンドン時代に、姉と一緒にモデルの入れ替わりをしていたと聞かされたんですから」

 

 どうやら僕が知るずっと前から、りそな達は知っていたようだ。

 

「因みに下の兄を蔑ろにしたわけじゃありませんからね」

 

「うん、それは分かるから安心して」

 

 文化祭と言えば、桜小路遊星様に色々と明かさないといけなかったからそっちばかりに気を取られていた。

 正直言ってエストさんの事を言われても、かなり困ったと思う。でも、今でもあんまり信じたくない。

 まさか、エストさんがアメリカに渡る前のロンドン時代に参加していたコンクールでモデルの入れ替わりを行なっていたなんて。

 

「そんなにエストさんとそのお姉さんは似てるの?」

 

「ええ、まあ。一卵性の双子ですからね。今は手元に写真はありませんが、髪型を同じにして、量産品の服を着たら見分けるのはかなり難しいです」

 

 りそなが其処まで言うなんて。

 

「……あ、あの……もしそのエストさんのお姉さんが舞台に立っていたらどうなっていたんですか? 勿論、不正なのは明らかですけど」

 

「立たれていたら、そのまま国際問題に発展していたでしょうね」

 

 呆気に取られたようにルミネさんは口と目を開けて驚いた。

 でも……確かにそうなってしまうかも知れない。だって、僕らの班には……。

 

「下の兄の班にはラグランジェ家の娘がいますから。彼女は今回の文化祭のコンクールに関しては、かなりの力を入れて製作していたんですよね、下の兄?」

 

「うん。ジャスティーヌさんは、本気で製作に取り組んでいたよ」

 

 最初の頃はともかく、エストさんの型紙が完成してやることが出来たら率先して製作を行なってくれていた。

 大好きな伯母様に見て貰うんだと、張り切っていたジャスティーヌさんが衣装を台無しにするようなことをされて怒らない筈がない。

 それこそ本当に国際問題を起こして、エストさんの実家であるアーノッツ家にまで累を及ぼすと思う。服飾に関しては本当に誠実かつ厳しい人だから、ジャスティーヌさんは。

 

「その事をエストさんのお姉さんは分からなかったんですか? エストさん、本人も拒否していたそうですし?」

 

「カリンさんが甘ったれの後に懇切丁寧に説明したそうですが、幾ら説明しても過去に上手く行ったんだから、今回も上手くいくに決まってるの一点張りだったそうです。最終的にはマンションの警備員を呼んで、無理やりタクシーに乗せて強制的に空港に送り返したそうです」

 

 ……エストさんのお姉さんって、本当にどんな人なんだろう?

 何だか会うのが怖く感じるような人だよ。流石のルミネさんも絶句してしまっている。

 

「……文化祭でそんな事が起きていたんですね……それでそのお姉さんが、衣遠さんも警戒している総学院長に電話して来たんですよね?」

 

「そうらしいです。詳しい事までは話してくれませんでしたが、エストさんのお姉さんから連絡が来て、文化祭の舞台に立つのは妹のエストさんじゃなくて、自分だったと主張しているそうです」

 

「完全に嫌がらせじゃないですか。ちゃんと学園側には甘ったれの主人がモデル役と提出されているんですよ」

 

 うん。どう考えてもエストさんのお姉さんの行為は嫌がらせだ。ただ、そんなにエストさんとそっくりだとすると……本当は文化祭のコンペに出たのはお姉さんの方だと疑う人が出て来るかも知れない。

 勿論、事情を知っている僕らは大丈夫だけど、何も知らない人の中には疑う人が出てしまうかも。でも、幸いなことに……。

 

「そのエストさんのお姉さんって、カリンさんから教えて貰ったけど日本語が出来ないんだよね?」

 

「ええ、そうらしいですよ。まぁ、日本語が出来ないからわざわざ総学院長の彼に連絡したんでしょうが」

 

「……あんまり今は人の事を悪く言えないんですけど……その……かなり問題がある人なんですね、エストさんのお姉さんって」

 

「上の兄曰く、『あの女が才華の主人だったら、アーノッツ家を潰してでも引き離していた』というぐらいですよ。しかも、その時は本気の声音でした」

 

 こ、怖い。

 其処までお父様が言うなんて……うん、エストさんのお姉さんの話題はお父様の前ではしないようにしよう。

 そう思っていると、何処となく不安そうにしていたルミネさんが、恐る恐るりそなに質問した。

 

「あ、あの……まさかと思いますけど……お父様は何もしていませんよね?」

 

 うっ……もう1人、と言うよりも僕らの方が危ない人がいた。

 ルミネさんの父親であるお爺様だ。僕とルミネさんの事を気遣ってくれているのか、りそなもあんまりお爺様の話題は、家ではしない。

 時々訪ねに来る駿我さんも、僕らの前で話すべきではないと思ってくれているのか、話す時はりそなと別室で話している。一体今、お爺様はどうしているんだろうと思いながら、僕もルミネさんと一緒にりそなに顔を向けた。

 

「お爺様は今のところ本当に動けませんよ。先日上の従兄弟が筆頭になって、大蔵家本邸の使用人全員別の仕事場に移しましたからね」

 

「ぜ、全員……其処までしたんだ」

 

「ええ、しましたよ。其処までしないともう私も上の兄達も安心出来ませんからね」

 

 りそなの中からお爺様に対する信用と信頼は失われたようだ。

 

「一応言っておきますが、私の中でお爺様への信用と信頼が無くなったのは下の兄のせいじゃありませんよ。大瑛の件から始まって、去年の狼藉。それで今年の文化祭でのやらかしですよ。これであの人を信用しろなんて本当に無理ですよ」

 

「……肯定したら行けない筈なのに、肯定します……お父様」

 

 辛そうにルミネさんは顔を俯かせた。

 ……僕も残念ながら、お爺様の擁護は出来ない。文化祭で言われたのが理由じゃなくて……あのピアノの演奏会の光景がどうしても浮かんでしまうから。

 

「暫くは大人しくしてほしいですが、お爺様は何とかルミネさんと和解したいとばかり考えているみたいなんです。暫く距離を置くという考えはないみたいですね」

 

「……まさかと思いますけど、私が総合部門に参加する事は?」

 

「ああ、それは安心して下さい。絶対に漏れないように情報封鎖はしていますし。学院側の書類にも。ルミネさんの名前じゃなくて匿名希望と言う事になっていますから」

 

「良かった」

 

 心から安堵したようにルミネさんは息を吐いた。

 僕も安堵した。疑いたくないけど、疑ってしまう事に悲しさは感じるけど、相手が相手だけに警戒はしないと行けない。

 気分転換に新しく紅茶を淹れなおして、3人で飲む。何か別の話題はないかなと考えていると……。

 

「あっ、ところで、今更ですけど小倉さんは修学旅行はどうするんですか?」

 

「修学旅行に関しては、参加しないという旨を樅山さんに伝えています」

 

 参加しないってクラスの皆が知った時は、本当に大変だった。

 飯川さんと長さんなんて、僕と才華さんが揃って修学旅行に行かないって知ったら泣き出してしまったし、後でアトレさんからも電話越しに確認されて、やっぱり泣かれた。

 パティシェ科の修学旅行の行先もパリだったから、自由時間の時にでも合流しようと考えていたのかも知れない。宥めるのがちょっと大変だったなあ。でも、どうやっても……。

 

「流石に一緒に行動していたら、空港で大変な事になってしまいますから」

 

「ああ、そうですよね。検査の時に性別がバレますね」

 

 はい、バレます。なので最初から僕の中で修学旅行への参加はありませんでした。

 でも……空港での検査。僕の脳裏に浮かぶのは、空港で検査してくれた人達の反応。

 ……うん。思い出したくもない。だって、皆、本当に男性なのかと疑いの視線を向けて来るから。

 

「ル、ルミネさんはどうするんですか? 確か音楽部門の行き先はウィーンでしたよね?」

 

「……楽しみにしていたんですけど、参加しない事を先月の内に担任の先生に伝えておきました。多分、行っても楽しめないと思いますから」

 

 うぅ……フォローしたくても音楽部門の現状を考えると、ちょっとフォローは難しいよ。

 りそなもフォロー出来ないのか、口元が引きつってしまっている。

 

「取り敢えず、修学旅行中は学院に行ってピアノの練習をしています。小倉さんも学院で作業するんですよね?」

 

「はい。今日総学院長からデザインを渡されましたから、先ずは型紙から引こうと考えています」

 

「型紙を引くと言う事は、もうモデルの相手は決めたんですね?」

 

 決めたよ。

 ただ、その相手にはこれから交渉するつもりだ。頑張って説得しないと。

 

「それじゃあ今日もありがとうございました」

 

「また、明日来て下さい」

 

 玄関でルミネさんを見送る。最近は前よりも元気そうで良かった。

 

「じゃあ、私達も今日はもう寝ましょうか、下の兄」

 

「……りそな。その前にお願いがあるから話をしよう」

 

「えっ? ……下の兄が私にこのタイミングでお願い? ……あ、あの……まさかと思いますけど」

 

「うん。フィリア・クリスマス・コレクションでの、僕が製作した衣装のモデルをりそなにお願いしたいんだ」

 

「やっぱりぃぃぃぃーーー!?」

 

 思いっきり頭を抱えられた。

 

「あなた本当に何を考えているんですか? 私は言いたくないですけど、もう30後半ですよ? それであのデザインの衣装を着たら馬鹿みたいじゃないですか?」

 

 リビングに移動してりそなは落ち着くと共に、拒否の意思を示した。

 確かにりそなが描いたあのデザインはコレクション系寄りではあるけど、やっぱり得意なゴスロリ分野が混じっている。いや、もしかしたらだけど、自分がモデルに選ばれないようにゴスロリ系も混じらせたのかも知れない。

 

「幾ら今年度辞めるからと言って、流石にあの衣装を着て舞台には立ちたくありません……下の兄が製作してくれた衣装だとしてもです」

 

「うん。りそなは拒否すると思っていたよ。でも、其処を曲げてお願いしたいんだ。僕が製作した衣装を着て欲しい」

 

「うっ……真っ直ぐな眼差しをされても駄目です……第一私に似合うはずが」

 

「それを合わせるのがパタンナーの役割だよね。僕はあのデザインをりそなに合わせて製作したい。そして着て欲しいんだ」

 

 偽りのない本心を込めて僕は口にした。

 思いが通じたのか、りそなは困ったように視線を逸らせる。

 

「な、なんで……私なんですか? 学院最後の思い出作りを妹としたいからですか?」

 

「……だから」

 

「えっ?」

 

「好きだから」

 

 呆気に取られたようにりそなは僕を見ている。

 妹だと想っていた人。でも……蓋はもう開いていて、本当の僕の妹からの想いが籠もった言葉を見てから、妹と思えなくなってしまった。

 僕は……この世界の『大蔵りそな』を、1人の女性として好きになってしまった。

 

「気の迷いとか説得の為とかじゃないよ……僕は……大蔵りそなが……好きです。1人の女性として」

 

「……私も……貴方が好きです。アメリカの下の兄の代わりとかじゃありません……だって、私は今、人生で二度目の恋をしているんですから」

 

「ありがとう、りそな」

 

 テーブルの上で手を伸ばすと、りそなも手を伸ばして来てくれて固く握りあった。

 温かい手。この手に僕は救われた。だから……。

 

「絶対にりそなに恥なんて掻かせないよ。寧ろ、ショーを見に来てくれた皆の心に残る最高の衣装を製作するつもり」

 

「評価されないんですよ? 貴方の衣装が製作した衣装は…」

 

「形が残る評価じゃなくて良いんだ。見た人の心に残れればね」

 

「全く……良いでしょう。貴方の提案に乗りますよ。私と貴方で、フィリア・クリスマス・コレクションに来た観客達を驚かせてあげましょう」

 

「ありがとう、りそな」

 

 感謝の念と共に心の内側から愛おしさが溢れてしまう。

 ごめんなさい、お父様。貴方の息子は、大変な変態でした。

 桜小路遊星様も、申し訳ありません。僕は近親婚賛成派になります。

 

「このままキスしたいけど」

 

「ふぐぅぅぅぅーーー!! い、いや、あの、ちょっと待って下さい! 私、今実は胸の内が幸福で一杯で……キスなんてされたら気絶してしまいそうです」

 

「気絶は困るね」

 

 僕としても、今は女装姿だからちょっと躊躇いを覚える。

 だって、このままだと『小倉朝日』がりそなとキスするみたいなものだし。やっぱり最初のキスは『大蔵遊星』としてキスしたい。

 いや、何よりも桜小路遊星様みたいに女装姿でするのが自然にならないようにしないと。

 残念だけど、今日は想いを伝え合えた事で我慢しよう。

 

「でも……私としては嬉しいんですけど……上の兄になんて言うつもりなんですか?」

 

「うっ……やっぱりショックを受けるかな?」

 

「私がアメリカの下の兄に『抱かれたい』と口にした時は……」

 

「抱かれたの!? 桜小路遊星様に!?」

 

 もしそうだったら、胸の内に溢れる幸福な気持ちが全部嫉妬と怒りに変わってしまうかも。

 幸い、りそなは首を横に振ってくれた。ホッと心から安堵する。

 

「いやいや、私、この歳になってもまだ処女ですからね……自分で言っていて悲しくなりましたが……とにかく、流石の上の兄もその時は紅茶を何杯か飲む羽目になりました」

 

 や、やっぱりそうなるよね。

 でも……この気持ちにもう嘘は吐けない。

 

「ちゃんと話して納得して貰うよ。最悪、もう肉体関係があるって言えば、お父様も納得してくれると思う」

 

「おお……さらりと凄い事を言いますね……その肉体関係になる相手の私が置いてけぼりですよ」

 

 もう覚悟は決めてるからね。それに……僕にとって重要なのは此処からだ。

 

「えーと……りそな。こうして想いを通じ合わせたんだから……約束の事もあるよね」

 

 そう。僕にとって重要なのは、名前で呼んでくれる事だ。

 『下の兄』という呼称じゃなくて、僕の本当の名前でりそなにはこれから呼んで貰いたい。

 

「ふぐっ! ……うぅ……わ、分かりました……そ、それじゃあ、呼びますよ」

 

 深呼吸をりそなは何度もして、顔を真っ赤にしながらも気持ちを落ち着かせようとしている。僕はりそなが落ち着くまで待った。

 

「……ゆ……ゆう……遊星……遊星さん」

 

「っ……」

 

 呼んでくれた。

 りそなが僕の名前を……兄としてではなく、1人の男性として僕の名前を呼んでくれたんだ。

 頬を涙が伝うのを感じる。ああ……そうか。

 僕は何時の頃からりそなに呼んで欲しかったんだ。僕の本当の名前。大好きなお母様が僕に与えてくれた『遊星』の名前を。

 

「あ、ありがとう、りそな。これからも……宜しくね」

 

「ええ……宜しくお願いします……私の大切な人……遊星さん」

 

 世間的には認められない関係だとしても、今の僕には悔いはなかった。

 だって……もう僕の中で一番大切な人は1人だけ。

 目の前で幸せそうに顔を綻ばせている大蔵りそなだけなんだから。




りそなの遊星の呼び方は『遊星さん』に決まりました。
あだ名呼びで『ゆうちょ』も考えましたが、今回はなしにして『遊星さん』で行きます。
ただこの呼び方は人前ではしませんので、他の人がいる時は変わらずに『下の兄』です。

次回から十一月編となります。
更新速度は低下していますが、最後まで頑張ります!
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