月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
ゼロ(レプリロイド)様、香坂美幸希様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!
side遊星
「あっ、ルミネさん。こっちです」
昼休みに入った後、僕は別棟からやって来る、ルミネさんを迎える為に別棟に繋がる通路のところで待っていた。
僕の呼びかけに気付いたルミネさんは顔を向け、心から安堵したように僕と一緒に立っているカリンさんのところに歩いて来た。
「ごめんなさい。わざわざ迎えに来て貰って」
「いいえ、これぐらいは何でもありませんから、気にしないで下さい」
合流した僕らは才華さんが待っているサロンに向かう。
「あの、メールで連絡しましたけど」
「朝陽さんも一緒なんですよね。大丈夫ですから、安心してください」
心得ていると言うようにルミネさんは微笑んでくれた。
良かった。幾ら修学旅行で1年生は僕らを除いていないからと言ったって、油断は行けないからね。
人がいないからとは言え、学院で才華さんとして会話をするのは駄目だ。もしかしたら偶然上級生に聞かれてしまう恐れもあるんだから。
一度、僕はそのミスをしてしまっているから、尚更に気を付けないと。
待ち合わせの場所のサロンに辿り着いて、中を開けてみると。
「お待ちしていました」
才華さんが頭を下げて出迎えてくれた。
うぅ……仕方がない事だけど、やっぱりこうして従者の対応を改めてされるとちょっと複雑だ。
「お、お待たせしました、朝陽さん」
「こんにちは朝陽さん」
「こうして直接会うのは久しぶりですね、ルミネお嬢様」
「総合部門の対応の方は、朔莉さんがしてくれてるからね」
本当はルミネさんも才華さん達の事を心配して会いに行きたいんだろうけど、直接会うのは不安を感じるのか会うのは控えてしまっているようだ。
心配し過ぎじゃないかと思わなくもないけど……そうとも言い切れないのが尚更に辛く感じているのかも知れない
そんな事を考えながら僕は席に着き、お弁当の蓋を開けた。
カリンさんとルミネさんも続いてお弁当を開けると、才華さんが少し驚いた顔をした。
「ルミネお嬢様と小倉お嬢様、それにクロンメリンさんのお弁当は同じ物なのですか?」
「はい。一緒のマンションに暮らしているので、朝食は一緒に取っています。夕食の方は都合が合えばですけど」
「都合が合わない時は、朔莉さんと夕食を食べてるから安心して」
「私は小倉お嬢様が趣味と言う事でご用意して貰っています」
「分かりました」
才華さんもお弁当を開けて、食事を始めた。
「それで。総合部門の方は製作が順調だって聞いているけど、実際どうなの?」
「今のところ順調です。無理にお願いした面があるにも関わらず、皆さんとても頑張ってくれてます」
ホッと一安心。参加を断った僕が心配するのもなんだけど、才華さん達の製作は順調そうで何よりだ。
「服飾部門の方の製作も、今のところは順調です……ただ少々厄介な事も幾つか起きています」
「……もしかして、それって文化祭で起きたって言うエストさんのお姉さんが起こしかけた問題?」
「ルミネお嬢様もご存知だったんですね?」
「うん。でも、教えて貰ったのはついこの間。小倉さんが総学院長にその質問をされたって教えられた日だよ」
才華さんの顔が僕に向けられたので、無言で頷いた。
あんまり当事者ではない人達に話したら行けないけど、今回ばかりはエストさんのお姉さんの方が問題を起こしかねないから、ルミネさんにも話させて貰った。
納得してくれたのか才華さんの方も頷いてくれた。ありがとうございます、才華さん。
「はい、その事も問題の一つではあります。ただお嬢様が言うには、今回ばかりはお嬢様のご両親もお怒りになったそうで、お嬢様のお姉さんに関してはパスポートも取り上げられて日本にはもう来れないそうです」
「付け加えるのなら、彼女には個人としてのお金はありません。ご家族が協力しない限り、2度と日本の地は踏めないと思われます」
才華さんの説明を補足してくれるように、カリンさんも話してくれた。
どうやらお父様も相当エストさんのお姉さんには警戒を向けているらしい。この分だと、日本にまたエストさんのお姉さんが来ようとしても、その前にお父様が邪魔をするに違いない。
直接会ってないから、何も言えないけど……才華さんは明らかに安堵の息を吐いている。
ちょっと驚いた。それは僕だけじゃなくてルミネさんも同じなのか、驚いた顔をして才華さんを見ている。
「朝陽さんが、安堵するなんて……もしかしてエストさんのお姉さんが嫌いなの?」
「あまりお嬢様のご家族を悪く思うのはいけないことだと分かっています。ですが、エステル様に関しては個人的に好きになれないお方です……その此方が懇切丁寧に説明しても、お聞きになってくれませんでしたから」
「私も2度と関わりたくない相手です。ご両親が動けば、素直に帰国すると思っていたのですが……無理やり空港に送る以外に手段はありませんでした」
……凄く才華さんとカリンさんが疲れ切った顔をしている。
まさか、才華さんとカリンさんが揃って同じ意見を言うなんて……ちょっと、エステル・グリアン・アーノッツさんのことが怖くなったかも。
ルミネさんも驚いているのか、顔が少し引き攣ってしまっている。
「でも、総学院長の方は小倉さんとカリンさんが説明してくれたみたいだし。日本に来れないんだったら、これ以上の嫌がらせは出来ないと思うよ」
「だと良いのですが……」
理屈では分かってるけど、どうにも不安を感じてしまうと言うところのようだ。
「……聞きますけど、朝陽さんはエストさんのお姉さんがどんな事をして来ると思っているんでしょうか?」
「そうですね……やはり直接的な邪魔をした私に対する嫌がらせでしょうか? クロンメリンさんは大蔵家の使用人だと名乗って連絡したそうなので問題はありませんが、私はあくまでお嬢様が日本で選んだ使用人と言う立場なので、お嬢様の調子が出ないのは私のせいだとご両親に吹き込まれるかも知れません」
う~ん……其処までするのかと疑問に思うけど、確かにエストさんは最近はともかく日本に来た当初から夏休みまではあんまり成績は良くなかったのは事実だから、其処を責められると弱いかも知れない。
「私は音楽部門だから、服飾部門のエストさんの成績は分からないけど……責められるぐらいに成績は不味かったの?」
ルミネさんの質問に僕と才華さんは揃って顔を逸らした。
最近はエストさんも頑張っているんだけど……夏休み前の結果は、アメリカで天才と呼ばれていた人とは思えなかったです。
ジト目でルミネさんは才華さんを見てしまう。
「……朝陽さん。今はかなり後悔しているけど、貴方って私が紹介した相手って事になってるの忘れてないよね?」
「申し訳ありません! ルミネお嬢様!」
深々と才華さんはルミネさんに頭を下げた。
ちょっとコレは流石に僕も庇えない。ルミネさんの紹介でエストさんのメイドに成れたから、何かあったら面目を潰してしまう事になる。
僕もルナ様のメイドだった時は、紹介してくれたりそなに恥をかかせないように頑張ったし。
……初日に遅刻した事は、今は考えないようにしよう、うん。
「それで、エストさんのお姉さんに関しては、今のところ私達は何も出来ないから置いておくとして、他にも何かあるの?」
「はい。実は、此方が本題なのですが……その何と言いますでしょうか……エストお嬢様が桜小路才華様に好意を抱いているみたいなのです」
「……は?」
……えっ?
才華さんの発言に僕とルミネさんは揃って固まってしまった。
エストさんが好意? 誰に? ……才華さんに? それって友情で?
固まる僕とルミネさんの前で、才華さんが話を続ける為に口を開いた。
「どうやら友情としてではなく……その……恋愛としての好意を抱いているようでして、最近その話題が出されます」
「……はあぁぁぁっ!?」
「……ええぇぇぇっ!?」
「……難儀ですね」
僕とルミネさん、そしてカリンさんは声を上げてしまった。
えっ? だって? エストさんが才華さんに好意って……ま、まさか……。
「そ、その……もしかしてバレてしまっているんですか?」
そうじゃないと朝陽さんじゃなくて才華さんに好意を抱く理由がないよね。
だけど、僕の質問に対して才華さんは首を横に振ってくれた。ホッと僕、ルミネさん、カリンさんは安堵の息を吐いた。
良かった。正体がバレた訳じゃないようだ。
でも……それだったらどうして? 僕だけじゃなくてルミネさんも思ったのか質問してくれる。
「だったら、どうしてそんな話になるの? エストさんと才華さんは直接会った事がないし…4月の頃に少し才華さんの話題が出ただけで、かなり嫌っている様子だったよね?」
うん。確かにあの頃のエストさんは明らかに才華さんを嫌っていた。
プールでの件の時に、八十島さんのアドバイスに従って助けてくれた相手に才華さんがいたと知った時は、感謝よりも怒りの方が強かった様子だった。
それなのにどうして?
「仰る通りお嬢様と桜小路才華様は今だ直接の面識はありませんが……実はアメリカ時代から続けていたメールのやり取りは続けていまして」
「……まさか続けてたの? 一緒に生活しているから、もう止めてると思ってたけど」
「あ、あの……どういう事でしょうか?」
事情が分からないので、思わず僕は質問してしまった。
「そう言えば、小倉お嬢様には話していませんでした。実はお嬢様と才華様は……」
聞き終えた僕とカリンさんは絶句してしまった。
才華さんはアメリカに居た頃、当時からデザイナーとしてのライバルだったエストさんとメールでのやり取りをしていたらしく、それを朝陽として過ごすようになってからも続けていた。
かなり危ない橋だ。うっかりメールでのやり取りで得た情報を口にしていたら、知らない筈の朝陽が口にしていたら信頼関係も壊れかねなかったし、正体だって……。
「返す言葉もありませんが、どうにも顔が見える従者の私よりも、顔が見えない才華様の方が相談に乗りやすかったようです。才華様のそのアドバイスが、思ったよりもお嬢様の救いになったらしく、此処数ヶ月のやり取りで才華様の評価は4月の頃から一転して、好ましく思ってくれるようになりました」
「それでどうして恋愛にまで発展するの? 顔も知らないのに?」
「私もそう思うのですが、顔の見えない方が恋する気持ちが盛り上がるのかも知れません。小説などでも文通で恋心が芽生える話も幾つかありますし」
「此処はげんじ……」
あっ、ルミネさんが何かを思い出したように僕を見た。
はい……現実なんですけど……在り得ない僕と言う存在がいるから……小説のように文通で恋心が目覚めてもおかしくないかも知れません。
でも、これは……かなり難しい問題になってしまっている。
恋愛に関しては、僕も世間一般で認められないような恋愛を始めてしまったから良し悪しに関しては何も言えない。だけど……才華さんとエストさんの場合は……。
「……もう一度確認しますが、バレてはいないんですよね?」
無言で才華さんは頷いてくれた。
だけど、今度は僕もルミネさんも、そしてカリンさんも安堵出来ない。寧ろそっちの方が不味いんだから。
「……確認するけど、エストさんとは今年でお別れするのは変わっていないよね?」
「はい。その覚悟は既に出来ていますし、ちゃんと話もするつもりでいます」
「そう……」
複雑そうにルミネさんは溜め息を吐いた。
本当に複雑な状況だ。まさか、エストさんが才華さんに好意を持ってしまうなんて。
……フッと、主従での恋愛と言う事でルナ様と桜小路遊星様の事が脳裏に浮かんだ。
いや、まさか……エストさんが才華さんだけじゃなくて、朝陽さんの方にも好意を抱いているとかはないよね?
……聞いて見たい気持ちはあるけど、聞いたら聞いたでショックを受けそうだから止めよう、うん。
今はそれよりもエストさんへの才華さんに対する好意に関してだ。とは言っても……出来ることと言えば……。
「質問しますけど、朝陽さんは才華さんとエストさんの恋愛に関してはどう思っているんですか?」
これが一番大事だ。変則的な質問の形になってしまうけど、やっぱり才華さんがエストさんに好意を抱いているかが重要だと思う。
ルミネさんも気になるのか、ジッと才華さんの返答を待っている。
やがて考え込むような顔をしていた才華さんが顔を上げて口を開く。
「……お嬢様のお気持ちに才華様は応えられないと思います……才華様はそれだけの事をしてしまいましたし、全てを知ったお嬢様が赦してくれるとは思えないのです」
「朝陽さん……まさか……」
驚いたようにルミネさんが才華さんを見ている。
……もしかして……もしかしてだけど……才華さんもエストさんに恋愛的な意味で好意を抱き始めているのかも知れない。
だけど、才華さんとエストさんが恋愛をするには問題が多い。先ずエストさんが才華さんがしてしまった事を受け入れて許してくれるかどうかが、先ず分からない。事は個人だけではなく身内にまで及ぶ問題になってしまった。
最終的に全部上手く行ったから、それで良かったで済ますには経緯が綱渡り過ぎる。
「一応私も才華さんの後に個人的に謝罪するつもりだけど、どうなるかは分からないと思う。もしかしたら私だってエストさんとは、フィリア・クリスマス・コレクション後に元の関係に戻れないと思ってる」
ルミネさんの方も責任を感じているから、才華さんの擁護は出来ない。
僕も残念ながら擁護できない。同じ事をしている身だから、説得力なんて皆無だ。
お父様達がアーノッツ家に陰で援助している話も、表には出せない話題。それに……。
「仮にですけど……エストさんと上手く和解できたとしても、才華さんはアメリカに帰国してしまいます」
これは今のところ、絶対に変えられない。
桜小路遊星様もフィリア・クリスマス・コレクション後には、才華さんをアメリカに連れて帰るつもりでいる。そうなると恋愛関係に運良くなれたとしても、遠距離恋愛と言うものになってしまう。
いや、もっと不味い恋愛に走っている僕が、他人の、しかも才華さんの恋愛に口を出す資格はないんだけどね。
「……小倉さんの言う通り、これ以上話が深くなるのは不味いと思う。アメリカに帰国する事は変えられないんだから、お互いの為にも、暫くはメールのやり取りは控えた方が良いよ」
「……分かりました。年末が近くなって来ているので、お嬢様には才華様からの返信が以前のように送れなくなると説明します」
2人には申し訳ないけど、今はこうして貰うしかない。
それにしても、まさか才華さんとエストさんが……互いに好意を持っているかも知れないなんて。
出来る事なら応援してあげたいけど、状況的に応援してあげる事は出来ない。う~ん、でも……もし才華さんとエストさんが付き合う事が出来たとしても、ルナ様と桜小路遊星様はともかく、八千代さんが大反対するかも知れない。
八千代さんのルナ様が興した桜小路分家に対する気持ちは、興した本人である、ルナ様よりも強いのは良く分かってる。
今、お父様達が頑張ってアーノッツ家を正道に戻そうとしてくれているけど、一度広まってしまった悪評は簡単には消えないから。エストさんがアーノッツ家から独立すれば……待った。
僕が才華さんとエストさんの恋愛に関して悩んでいる場合じゃない。もうすぐお父様が日本に戻って来られるんだから。
りそなと恋人関係になりましたって報告しないと行けないんだから、他の人の恋愛に気を回してる余裕なんてないよ!
そう思いながら4人での食事は終わり、自分達の教室へと僕らは戻った。
次回は才華sideでパリにいるエストとのやり取りです。
因みに本作では大津賀かぐやのせいでバレることはありません。