月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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更新です。
今回は才華side。果たして彼はヒロインの攻めに何時まで護り切れるのか?

秋ウサギ様、百面相様、烏瑠様、香坂美幸希様、姫奈月華様、誤字報告ありがとうございました!



十一月上旬(才華side)3

side才華

 

「はぁ~」

 

 学院から桜の園へと帰る途中で、僕は溜め息を溢してしまった。

 その原因は言うまでもなく、昼食の時に小倉さんとルミねえにしたエストとの恋愛関係の相談。

 予想はしていたけど、やっぱり小倉さんとルミねえもエストとの恋愛は難しいと思っているようだ。

 まあ、実際当事者の僕だってどう考えてもエストとの恋愛は現実的に無理だと思っているから当然だけど。でも、もう少しぐらい大丈夫と言う意見が個人的には聞きたかった。

 

 ……素直に認めよう。

 

 僕は、桜小路才華は間違いなくエスト・ギャラッハ・アーノッツに対して淡い恋心を持ってしまっている。恋愛は惚れたら負けと言うけど、この場合僕とエストは互いに好意を持ってしまっているから、どっちの負けなのかな?

 だけど、その好意を表に出すのには、僕とエストとの関係が複雑になり過ぎてしまっている。

 いや、其処まで複雑にしたのは僕なんだけど。

 まさか、去年の僕はアメリカでライバルだったエストに自分が恋愛感情を抱くなんて夢にも思ってなかったから。しかも、女装姿の小倉朝陽の方にまでエストが好意を向けてくれるなんてね。

 尤も流石に朝陽の方にまでエストに恋愛感情があることは、小倉さんとルミねえには話せなかった。信じて貰えなかっただろうし。

 でも……本当にこれからどうすべきなのか?

 理屈ではどうやってもエストの気持ちに応えられない。

 感情が幾らエストに恋心を抱いて、相手も抱いてくれているとしても、僕はその恋心を失ってしまうような事をエストにしでかしているんだから。

 ……此処は小倉さんとルミねえの言う通り、エストとは暫く才華としてメールを控えよう。

 その分、朝陽の方に質問が来るかもしれないけど、こうするのが今は一番だ。

 少々暗い気持ちになりながら、壱与に挨拶する為にエントランスに来てみると。

 

「あっ、どうも」

 

「大津賀さん!? まだ此方に居られたのですか!?」

 

 もう空港に出発しているとばかり思っていた大津賀かぐやが、エントランスにいた。

 放課後も結構長く学院で作業していたから、もう日も暮れてしまっている。だからもう、空港に向かったものとばかり思っていたんだけど。

 

「大津賀様が取れた便が遅い便でしたので、まだ此方に残られていたんです」

 

「いやー、早めの便を探したんですけど、当日でしたから良い便が見つからなくて」

 

「そうでしたか」

 

 まあ、確かに難しいよね。

 そもそも熱を出して旅行を諦める事になりかけたところを、主人である梅宮伊瀬也の力添えがあってパリに行けるんだから、贅沢は言えない。

 

「ところでー、何だか元気無さそうでしたけど、作業の方で何か問題があったんですかー……?」

 

「いえ、作業の方は問題はありませんでした」

 

 問題があるのはプライベートの方だから、流石にそれは話せない。

 

「だったら良いんですけどー……余り無理はなさらない方が良いですよ。熱を出してしまった私が言えた事ではありませんが―……」

 

「いえ、とても嬉しく思います」

 

 心配してくれるその気持ちは本当に嬉しいよ。

 

「どうか私の分まで花の都を満喫して来て下さい」

 

「そうさせて貰いますー……あの何か今日の作業で必要な物とかありましたかー……?」

 

「いえ、大丈夫です。もう少ししたらお嬢様から連絡が来る事になっていますので」

 

 初日だからお店とかは見れていないだろうけど、その時に必要な物があったら伝える事になっている。あっ! そうだ!

 

「その時に連絡で、お嬢様から伊瀬也お嬢様に大津賀さんが日本を発ったとお伝えするようにお願いしておきますね」

 

「ああっ……じゃあ、お願いしますー……そろそろ時間なんで失礼します」

 

「いってらっしゃいませ」

 

 そのまま僕は、大津賀かぐやが壱与が手配したタクシーに乗るまで見送った。

 

「……朝陽さんも罪作りな……少々、大津賀さんがかわいそうに思えました」

 

「えっ!?」

 

 一緒に見送った壱与から、ちょっと驚きの発言を貰った。

 罪作りってどういう事? 疑問に思ったけど、壱与はすぐに仕事に戻っていってしまった。

 本当にどういう意味だったんだろう? 疑問が募るけど、其方ばかり気にしてはいられない。作業の事もあるけど、もうすぐエストから連絡が来てしまう。

 自室に戻り、制服から私服に着替える。そろそろかなと思っていたら。

 

「……掛かって来た」

 

 受話器の音が鳴ったので相手を確かめてみると、予想通りエストからだった。

 

「はい、朝陽です」

 

『あっ! 朝陽! 私!』

 

「元気そうな声を聞く限り、どうやら無事にパリにはお着きになられたのですね」

 

 不慮の事故とかが起きなくて本当に良かった。

 

『うん! 着いたよ! 初日だからまだ滞在先のホテルだけしか来ていないけど』

 

 確か明日はパリ校の見学だったかな?

 あの怖いけど、本当に為になる授業をしてくれた先生もいるだろうからエストには気を付けて行動して貰いたい。まあ、今のエストは最初の頃に比べて、貴族としての振る舞いも確りしているから大丈夫だと思うね。

 

『そうそう。ホテルに着いたらすぐにね。カトリーヌさんの友人の人達が来たの。誰が来たと思う?』

 

「お嬢様達が向かわれる予定のお店の方ですか?」

 

 どうやらメリルさんは、カトリーヌさんが帰国して早々に会いに来たようだ。

 文化祭の時に会う約束をしていたそうだけど、メリルさん側で不測の事態が起きてしまったから、今回はその埋め合わせも兼ねているのかも知れない。

 

『うん、そうだけどね。その人だけじゃなくて、もう1人。ジャス子さんと同じ、パリの旧貴族家のプランケット家の現当主の人が来てくれたんだよ』

 

「プランケット家の現当主様がですか?」

 

 ちょっと驚いた。メリルさんの事は知っていたけど、まさかパリの旧貴族の顔みたいな家であるプランケット家の現当主とも友人だったなんて。

 プランケット家と言えば、ジャスティーヌ嬢の家であるラグランジェ旧伯爵家よりも格上の旧侯爵家の家だ。

 最初からそれを教室の皆に言っていれば、カトリーヌさんが陰で『お母さん』なんてあだ名を言われるようなことはなかったかも知れない。だけど、遠いパリの地にいる友人を頼るのは不味いし、自分が仕えているのとは別の家の名前を頼れば、主人の面目を潰す形になってしまう。

 ……そう言えば、思いっきり僕はそれをやりかけてしまったかも知れない。

 脳裏に浮かぶのは、入学式の次の日にあったピアノ科の先輩達からの呼び出しの時の出来事。

 あの時は深く考えずに、伯父様の名前を出せばなんて思ってしまっていた。

 うん。話に割って入ってくれた総学院長と、僕に忠告してくれた小倉さんに深く感謝するしかない。

 

『それでジャスティーヌさんとカトリーヌさんは、夕食が終わった後に出掛けているの。だから、私もこれからパル子さんとマルキューさんと一緒に出掛けようと思って』

 

「もう夕食は終わったんですよね?」

 

 じゃあ夜だよね? いや、パリにはサマータイムと言うものがあるからまだ明るいのかな?

 

「余り夜の外出は感心いたしません」

 

 確か基本的に生徒の夜の外出は厳禁だ。担任の紅葉に見つかったら青春だからと言って、ホテルの廊下で正座させられたりするのは止めて貰いたい。

 そういうのも傍に今はいないとはいえ、従者である僕の監督不行き届きになってしまうんだから。

 

『大丈夫。見つからないようにするから。知ってる? パリにとんかつ屋があったんだよ!』

 

 何故パリに行ってまで君は和食を食べに行く? いや、君が和食が好きで、その中でもとんかつが好きなのは知っているけど、パリに行ってまで食べたいの?

 有名ホテルの食事や量は、お上品だったんだろうか? 今連絡したら、エスト達の外出がバレてしまうから後で紅葉に確認してみよう。

 

「……本当に見つからないようにして下さいね、お嬢様」

 

 その場にいるなら状況を考えて必死に止めただろうけど、今はエストがいるのは遠い異国の地である花の都パリだ。残念ながら諦めるしかない。

 紅葉も流石に見逃してくれないだろうから、本当に気を付けてね、エスト。あっ! そうだ! 忘れるところだった。

 

「お嬢様。お出かけになられる前に伊瀬也お嬢様に、大津賀さんがパリに向かわれたとお伝えして貰って良いですか?」

 

『大津賀さんが!? そっか。今朝バスに乗った後にいせたんさんから大津賀さんが熱を出したって聞いていたから心配していたんだけど、パリに来れるんだ』

 

「はい。体調の方は先ほどロビーで見た限りでは、大丈夫そうでした。そのままタクシーに乗られて空港に向かわれましたので、明日には其方に着くと思います」

 

『じゃあ、いせたんさんに伝えておくね! きっと喜ぶよ!』

 

 梅宮伊瀬也なら喜ぶだろうね。

 せっかくのパリなんだから、僕の分まで楽しんで来て貰いたい。

 

『……大津賀さんが当日便が取れたんだったら、朝陽も大丈夫だったのに』

 

 うっ! ……しまった。

 この話題が来る事を覚悟すべきだったかも知れない。

 当日便は高くつくから止めておこうと言ったのに、大津賀かぐやは当日便でパリに行ってしまった。これじゃあ、僕が使っていた言い訳の1つが無意味になってしまったのも同じだ。

 

「お嬢様。大津賀さんと私では事情が異なります。最初から行くつもりがなかった私と違い、大津賀さんは修学旅行に参加なされる事が決まっていたのですから」

 

 僕と違って彼女には身体的問題もないし、ただ旅費が高くつくだけで途中で合流しても問題は起きない。

 

「そう言う訳ですから、諦めて他の皆様方とご旅行を楽しんで来て下さい」

 

 小倉さんとルミねえに言われた桜小路才華が、フィリア・クリスマス・コレクションまで君とのメールを控えるつもりだという話は、旅行が終わってからで良いよね。

 せっかくの旅行なんだから、気分が落ち込むような話題は避けた方が良い。さて、これで一先ずエストとの今日の会話は終わりにしよう。これ以上時間を与えたらまたとんでもない話題が……。

 

『……ねえ、朝陽。そのね』

 

 くっ! 間に合わなかった!

 どうしてこの主人は僕の機先を制する事が出来るんだろうか? 的確に僕が話題を終わらせようとする度に繋げられるんだろうか?

 そんなに僕が話題を終わらせようとするのは、分かりやすいのかな?

 ……とにかく、さっさと話を終わらせよう。エストだってパル子さん達と待ち合わせをしているんだし、そんなに長くは会話できない筈だ。何を言われても動揺しないようにしよう。

 

『以前に……どころか朝陽が面接に来た日のことなんだけど。私からお願いした事を覚えてる?』

 

「お嬢様から?」

 

 はて? エストからお願いされた事?

 もう八ヵ月以上も前の事だからすぐには思い出せない。と言うよりも、その面接の日に色々あり過ぎて思い出せない。

 アトレが僕の女装姿を見て壊れたり(因みにアレは振りだった)。

 面接の時間に連絡したらエストにエントランスで待たされたり(因みにエストは全然準備を終えていなかった)。

 止めに部屋に訪れたらエストが頭を打って、全裸で床に倒れていたよね。

 

「……」

 

『朝陽。どうしたの?』

 

「申し訳ありません、お嬢様。面接の日の会話の全ては、すぐに思い出せません……思えば余りにも面接の日には起き過ぎていましたから」

 

『うっ!』

 

 エストも思い出したのか、電話の向こう側で呻いている。

 本当に面接の日から起きていたからね。もう八ヵ月以上前の出来事だけど。

 ……八ヵ月か。もう僕がエストとこうして仲良くしていられるのは、後二ヵ月を切ってしまった。

 まさか、あの頃はこうしてエストに対する感情が大きく変化してしまうとは夢にも思っていなかったよ。

 エストの方は話題の出し方を間違えたと思ったのか、ちょっと電話の向こう側で慌てている。

 

『うん、そうだよね……ちょっと面接の日は色々あったよね……朝陽に私、裸も見られていたんだよね』

 

 ……きっと今、エストは電話の向こう側で顔を赤くしているに違いない。

 因みに裸に関しては本当に今更だよ。君、学院が始まる当日まで朝は全裸で寝ていたからね。キスはともかく、全裸を指摘されても変な感情が湧かないのは黙っていよう。

 

『そ、それでね……私が言ってるのは、私が住んでいるフロアの空いている部屋へ入って欲しいという話』

 

 そう言えばお願いされた気がする。とは言っても、その話は正体の露見を危惧したのと、僕の身体の事情もあるので、お断りしたはずだ。

 

『……そのね……修学旅行が終わったら詳しい話はするつもりだけど、朝陽に私の部屋へ引っ越してくれないかなあって思ったの』

 

 ………とんでもない話題を出されてしまった。

 実際のところ、エストと僕が別に過ごしている時間なんて、一日の半分にも満たない。総合部門と服飾部門の為に衣装製作が始まってからは尚更だ。

 そうなる前も、日中は休日でも用がなければ、一緒にデザインをしていた。

 今のエストの提案を受ける変化と言えば、エレベーターの乗り降りがなくなり、バスルームとキッチンを共同で使う事になる程度だ。

 だけど、その共同生活をする時点で僕はアウトだ。バスルームに入る時に鍵を確りかけたつもりでも、うっかり忘れたりしていたら即座に性別がバレてしまう。

 以前の僕ならそんなうっかりはしないと言い切れたが、今は言い切れない。実際、もうかなり前だけど八日堂朔莉から明らかに変だと朝に指摘されたこともあったしね。

 それに今僕は、プロの人でも後半からキツくなると指摘された作業をしている。そんな状況で他の事にまで神経を使える筈がない。

 此処はその辺りも含めてエストの提案を断るしかない。いや、断らないといけないんだ。

 

『朝陽の身体の事情は理解しているし、朝の光は、私が寝室で一人で浴びればいいの。休日に走ったり、散歩したりもしているじゃない。遅くまで2人でデザインをしていることや、これから衣装製作でやりとりする時間を考えても、同じ部屋の方が便利でしょ? 私と朝陽は一緒に服飾部門に挑むのもあるし』

 

 隙が無い的確な意見だ。僕の本当の性別と言う事情がなければ、エストの提案を受けるのは自然だと思えてしまう。だけど……エストと一緒の部屋では暮らせない。

 

「申し訳ありません。やはりお嬢様を、私の事情に巻き込む事は出来ません。あくまで私は従者の立場にある身です。ご迷惑をおかけしてしまえば、ご両親の方から注意されるかも知れませんので」

 

 エストは確かに僕の事情を理解してくれて受け入れてくれている。だけど、エストの両親までがそうとは限らない。

 少し前ならともかく、今はエストの両親はエステル・グリアン・アーノッツの件で心配になっている筈だ。しかも、エストが通っている日本校にはラグランジェ家と大蔵家の令嬢が通っているのはもう知られているんだから。

 

『パパとママが何か言ってきたら、私が大丈夫だって言うよ。それに、そう言う事情も含めて朝陽と私は一緒が良いの』

 

「いけません。日光だけではなく、私は明るすぎる光も駄目なのです。もし誰の責任でもない、私の目が痛む事故があった場合に、お嬢様が私の身体に負担をかけたと気にしてしまう事を恐れます」

 

 そんな主人に負担ばかりかける従者は駄目だと、エストのご両親に言われたら言い返すのは難しい。

 僕のせいでエストが両親と仲が悪くなったりしたら、ますます申し訳ないよ。

 

「一緒に暮らすと言う話は……」

 

『あっ! ごめん! 朝陽! パル子さん達が来たからこの話は一旦終わりね! じゃあ、また明日連絡するから!』

 

「お待ち下さい! まだお話は終わって!」

 

 電話が切られた。

 

「……やられた」

 

 まんまとエストに逃げられた。

 多分、最初からエストは僕が一緒に暮らすと言う話を提案しても断ると見抜いていたに違いない。断る材料を知る為に、電話越しで話をして来たんだ。

 

「本命は日本に帰国してからの話の方だ」

 

 あの様子だと両親の方にも事情を説明して、説得に掛かってくるかもしれない。そうなると断る材料が本当に無くなってしまう。

 

「……だけど、駄目だ」

 

 一緒に暮らす事になったりしたら、多分僕は自分の気持ちが抑えられなくなってしまう。

 そんな資格なんてないのに、エストと恋人関係になりたいと願ってしまう。

 

「……本当にどうしたら良いんだろう?」

 

 真実を明かす事は出来ない。

 だって、そうしたらエストと僕の関係がギクシャクして、総合部門の衣装製作に悪影響が出てしまう。

 服飾部門の方もだけど、そっちは僕とエストへの影響だけで済む。でも、総合部門は違う。

 協力してくれている皆の頑張りを駄目にしない為にも、フィリア・クリスマス・コレクションが終わるまでは話せない。

 

「……とにかく、エストと一緒に暮らす話は何があっても断らないと」

 

 これだけは絶対だ。

 悩み事が更に増えたと思いながら、僕は気分を変えるために服飾部門の方の衣装を製作する為の準備を始めた。




次回は遊星sideであの方が久々にご登場します!
ちゃんと報告しないといけませんからね
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