月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
才華の方はまだですが、此方の二人は既に大きな苦難を乗り越えたので。
秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!
side遊星
つ、遂にこの日が来てしまった。
今日は……ロンドンから帰国されたお父様が来る日。お爺様の件とかエストさんのお姉さんの件とか色々あるけど、僕とりそなにとって何よりも一番重要な報告……恋人関係になった事を伝えないといけないんだ。
ああっ! 覚悟は決めていたけど、こうしてこの日が来てしまうとやっぱり緊張する!
ちゃんと男性物の服は着ているし、何時もは背中に広げている髪も今日ばかりは結んで纏めた。
……鏡で見た時に、やっぱり才華さんに似ているなと思ったのは仕方がないよね、うん。
「私は凄く複雑なんですけどね。まるで甘ったれが恋人報告するみたいで、凄く嫌なんですけど」
「そう言われても、少しでも遊星に戻る為にはこうするしかないんだよ」
一番簡単なのは長く伸ばしてしまった髪の毛を切る事だけど……お父様が絶対に許してくれないに決まってるから。
勝手に切ったりしてウィッグにしたりしたらどうなるか考えるだけで怖い。下手したら本当に即日にモロッコに送られかねない。せっかくりそなと恋人になれたんだから、世間的には女子だけど肉体的には男性のままでいたいよ。
不満を口にしたりそなだけど、諦めがついているのか溜め息を吐いている。
「……せっかくこれから
「だって、凄く嬉しくて」
兄としてではなく、恋人としてりそなが僕を呼んでくれるのは、本当に胸の内から幸せが溢れて仕方がないよ。
「……因みに聞きますけど、もし上の兄が私と引き離すと言ったりしたらどうするつもりでいるんですか?」
「絶対に反対する。お父様にはハッキリと僕は一生りそなの傍にいるって言うよ」
「こ、この人は……私が口にするのも苦労しそうな愛の告白めいた事を」
「めいたじゃなくて告白だよ」
あっ、言ったらりそなは顔を真っ赤にして俯いた。
「うわあああっ!! 何なんですかこれは!? 遊星さんと恋愛関係になれたのは、それはもう天にも昇れるほど嬉しくて仕方ないですよ! でも、そうなる前に何時も袖に私はされていたのに!? 恋人関係になれたら、逆に今度は私が焦らしてやろうと思っていたのに!? 全然無理じゃないですか!?」
「う~ん。焦らされたりしたら、僕の方が泣きそうになるかも」
自分でも正直言って驚きだけど、どうやら僕はこうして好きな相手が出来ると、その相手に夢中になってしまうようだ。
今なら桜小路遊星様がルナ様の為に内緒で『小倉朝日』を続けていた事も理解出来そう。
……夜な夜な内緒で『小倉朝日』の姿でルナ様といかがわしい事をしていたかも知れない事は、絶対に理解出来ないけどね。と言うよりも、本当にどんな夜を2人で過ごしていたんだろうか?
何れ話して貰える日が来る事が恐怖しかないよ。
「こうなったら、何としても遊星さんを恥ずかしくて仕方がない目にあわせてやりましょう。でも、下手にやり過ぎてアメリカの下の兄のように道を踏み外されるのも困りますし」
何だか恐ろしい事をりそなは、企んでいないだろうか?
ちょっと嫌な予感を感じるから、話題を変えようと思ったところで……。
「あっ……来たみたいだ」
インターホンの音が僕とりそなの耳に届いた。
時間を確認して見れば、お父様が来られる時間になっていた。
「じゃあ、出迎えて来るね」
「ええ」
僕もりそなも同時に深呼吸をして覚悟を決める。
必ずお父様に僕達の関係を認めて貰わないと。説得できる自信は、実はあんまりない。
お父様も桜小路遊星様の件は本当に動揺していたからなあ。いや、あっちは一応行為的な問題はあっても、健全な恋愛関係なのに対して、僕とりそなは世間的には不味い関係だから。
……こっちの方が呆れられてしまうかも。
うぅ。凄く不安な気持ちになりながら、僕は玄関に向かう。
「久しぶりだな、我が子よ」
玄関を開けると其処にはやっぱりお父様がいた。
「お帰りなさい、お父様。りそなも待っていますよ」
「分かった。上がらせて貰うとしよう」
「ご夕食の方は?」
「今日は済ませて来た。アメリカに戻る前に駿我との引継ぎについて話があったのでな」
やっぱり、その話ってお爺様関連なんだろうなあ。
リビングに着くとりそなが緊張しながら席に座っていた。顔を見合わせて頷きあう。
先ずはお父様に紅茶をご用意しないと。追加で淹れられるようにポットに多めに用意してテーブルに置く。
「ふぅっ……さて、明日からは駿我に代わって、この俺が爺の見張りをする訳だが、学院の方は何事も起きていないだろうな?」
「今のところは大丈夫だと思います。ラフォーレさんも、無理やり才華さんに手を出そうと言う様子はありませんでした」
「待ちの姿勢に変化はないと言う事か。それならば今後問題を起こさなければ、フィリア・クリスマス・コレクションまで何かが起こる事はないだろう」
「いや、それがですね、上の兄。ちょっと彼の方ではなく、甘ったれの主人の方に問題がありましてね」
「何? 詳しく話せ」
「はい。実は……」
僕はお父様にエストさんのお姉さんであるエステル・グリアン・アーノッツさんが、ラフォーレさんに話した内容を説明した。
聞き終えたお父様は紅茶を一回口にして息を深く吐いた。
「……やはり唾棄すべき人間か」
こ、怖い! 僕に向けられている訳じゃないけど、今お父様は本気で怒っている。
隣をチラリと見てみると、りそなも身体を僕と同じように震わせていた。うん、やっぱり優しくなったけど、お父様の怖い部分は変わっていないよね。
「事情は分かった。本来ならば即座にアーノッツ家の対処をしておきたいところだが、あの家には此方が掛けた迷惑もある以上、今回ばかりは諦めるしかあるまい」
ホッと一息吐く。良かった。
取り敢えず、お父様がアーノッツ家に対して何かをすることはないようだ。
……でも、それは逆に。
「つまり、上の兄。アーノッツ家が甘ったれに対して何かしようとしても、此方は何も出来ないと言う事ですね?」
「その通りだ、りそな。爺の目は最早潰したと言い切れる状態だが、完全に権力を手放していない以上、油断は出来ん。もし万が一、俺達が把握し切れていない目が残っていて此方の弱みを握られでもしたら何をするか分からんからな。才華には悪いが、この俺の力で奴を護る事は出来ない。尤も、今のフィリア学院に対して何の影響力も最初からこの俺は持っていないのだから、もしアーノッツ家が娘のメイドである『小倉朝陽』に対して、何か学院側に願い出ても対処は無理だ。無論、それは……」
「私もですね。今のところはまだ理事長と言う肩書きはありますけど、学院内への影響力は皆無です」
りそなとお父様でも、やっぱり無理なんだ。
僕もラフォーレさんに調査員と知られてしまったから、これ以上積極的に介入するのは難しい。いや……そもそもこれは主人と従者の問題だから、元々部外者と言う立場にいる僕らが介入できる問題じゃない。
……才華さんに頑張って貰うしかないんだ。
「これ以上は紅茶が不味くなるので話題を変えるとしよう。遊星。改めてフィリア・クリスマス・コレクションにりそなの衣装の製作者として選ばれた事。良くやったと誉めよう」
「あ、ありがとうございます! お父様!」
「随分とあっさり……し、下の兄を誉めますね?」
「今回ばかりは褒めるしかあるまい。実力が底辺に落ちながらも、僅か数ヶ月で問題はあるとしても実力を取り戻し、多くの上級生達が参加しながらも選ばれたのだからな」
問題と言うのは、やっぱり僕が桜小路遊星様に近づいて来てしまっている事だ。
でも、それとは関係なく、お父様に褒めて貰えたことが何よりも嬉しい!!
「それでだ。お前が選んだモデルは一体誰だ? やはり学院の人間から選んだのか? それとも外部の人間か? 外部の人間で交渉が終わっていないのならば、力を貸すつもりでいる」
きた! 落ち着こう。
ちゃんと説明しないと、お父様を納得させる事が出来ない。
一度深呼吸をして心を落ち着かせて、改めてお父様の顔を見ながら僕は答える。
僕がフィリア・クリスマス・コレクションに向けて製作する衣装のモデルとなってくれる人を。
「もう決めています……りそなです」
お父様は紅茶を一口飲んだ。
「……ふぅ~、一つ聞く気が遊星。それはどういう意図で選んだ。事前にりそなから相談もされていたので、フィリア・クリスマス・コレクションに出すりそなの衣装のデザインを俺は知っている。学生が着るならばともかく、見た目はこの俺同様に若く見えても妹が着るには少々問題があるぞ」
「見た目が若いとか言わないで貰えますか。私だって気にしているんですからね」
「ん? まさかと思うが、りそな。お前はモデルとなる事を了承したのか?」
「ええ、了承しました。それは私だって最初は拒否しましたよ。と言うよりも、モデルに選ばれないようにするためにゴスロリの部分も混ぜたんですけど……ゆ、遊星さんがどうしても……私にモデルをして欲しいと頼まれて……」
「遊星さん……だと? ……まさか、おまえたちは?」
「お父様!? 本当に申し訳ありません! 子供として認められた身でありながら……ぼ、僕は……此方の大蔵りそなさんと一生を過ごしたいと思っています」
頭を下げながら、僕はハッキリとお父様にりそなと付き合っている事を告白した。
隣に座っているりそなが顔を真っ赤にしながら伏せた。照れや恥じらいもあるかも知れないけど、家族であるお父様に世間一般では不道徳な事をしている申し訳なさの方が強いかも知れない。
僕の言葉とりそなの反応を見たお父様は、落ち着いた顔をしながら紅茶を飲んでいる。
ちょっと困る反応だ。み、認めてくれるかな?
お父様の答えが返って来るのを、僕は心臓が張り裂けそうな気持ちで待つ。
「……フー……遊星。やはりお前はアメリカの我が弟と同一人物だ。以前ならば、今の発言を聞けば環境の差と思えたが、彼方は彼方で桜小路と信じ難い行ないをしている疑いがあるのだからな」
そ、そういう事で同一人物だとは思って欲しくありませんでした。
いや、でも、この場合、僕も桜小路遊星様もとんでもない事をしているから否定できない。
「……まぁ、構わん」
「……えっ?」
「……はっ?」
意外なお父様からの了承に、僕とりそなは思わず声を上げてしまった。
驚いている僕らにお父様は足を組みながら話を進める。
「無論、お前達の関係は世間一般には認められん関係だ。故に事実婚と言う形になる。りそなが産む子も私生児となるが、我が家の子供として認めよう」
「いやいや! 何いきなり話が飛躍しているんですか!?」
うん、不義の付き合いをしますって言った僕が言うのも何だけど……どうしていきなり子供の話まで!?
「何だ、りそな? まさか、我が子に不満でもあるのか?」
「不満なんて全然ありませんよ! こっちは告白された時には天にも昇る気持ちになって、即日異母兄妹の結婚を認めた判例があるスウェーデン国籍を入手しようかと思ったぐらいなんですから!?」
「ならば、問題はあるまい。出来るだけ早く子を成せ」
「あ、あの、お父様……」
ちょっと流石に困惑が隠せません。
と言うよりも、今ハッキリと『子を成せ』と仰られましたよね? 交際を認めてくれるのは本当に嬉しいけど……こ、子供はまだ早いですよ。
「お前達の関係が子を成せると言うならば認めよう」
「だから! 何でそうなるんですか!? それは私だって遊星さんの子供は欲しいですけど! い、いきなり子供を作れと言われても……そ、その……心の準備がですね」
「お前はもう四十近いのだから心の準備とか言っている余裕はあるまい」
「ぶっ飛ばしますよ!」
テーブルを思いっきり、りそなは叩きながらお父様に詰め寄った。
慌てて落ち着くように頼んで、椅子に戻って貰った。
「あ、あのそれで……何故子供の話にまで飛躍したのでしょうか?」
「簡単な事だ。このままでは大蔵真星一家存続の危機だからだ」
……意味が分かりません、お父様。
「先ず我が真星一家で正当な血筋を引いているのは、現大蔵家総裁であるりそなのみだ。アメリカの我が弟は桜小路家に婿入りし、既に他家の者だ。そしてこの俺は言うまでもなく、大蔵の血を引いていない。故に下手に誰かを娶る事は、爺の反感を起こさせるので控えていた」
うっ……確かにお爺様ならお父様の結婚を反対しそうだ。
大蔵の血を引いていると証明されていた僕も、心の中では認めてくれていなかったみたいだし。
「当然現大蔵家総裁と言う事もあり、りそなにはお前が此方にやって来るまで数多くの縁談話があったのだが……この妹はそれを全て拒否し続けていた。いずれ桜小路が世を去った時に、アメリカの我が弟の傍に居る為にな」
…………凄く……凄く複雑だ。
でも、実際にこうしてりそなに対して恋心を持ってしまう前までは、心の中で婚期は大丈夫なのかなって心配していたから本当は何も言えないんだけどね。
だけど、りそながこれまで結婚しなかったのは桜小路遊星様の傍に居る為だと聞くと……どうしても嫉妬を覚えてしまう。
「流石の俺も大蔵家総裁であるりそなの意志である以上、婚約の話を持ち出す事は出来ない。故に真星一家の存続に関しては、父も母も諦めかけているところがあった。もしもの時は爺が亡くなった後に、俺が誰かと結ばれて出来た子に継がせれば良いとも考えている」
隣に座っているりそなが申し訳なさそうな顔をして俯いた。
その辺りは、りそなも申し訳ないと感じていたようだ。
「そのような事情もある故に、どのような形であれりそなに子が出来たとなれば、2人も喜ぶだろう。真星一家の存続も決まり、この俺には孫であり甥か或いは姪が新たに出来る。ククッ、こうして考えてみるとお前達2人が結ばれるのは良い事ばかりだ。何よりも桜小路の奴がお前達の関係を知った時に浮かべる顔を考えると、笑いが込み上げて来るぞ」
とても嬉しそうにしていますね、お父様。
僕はもう何が何だか分からなくなってきています。いや、でも……これはつまり……。
「あの~、では僕とりそなの関係については?」
「肉体関係を結べること前提で認めよう。もしそれが出来ないと言うのならば認めん」
喜んで良いのか、恥ずかしがるべきなのか、とても複雑で自分でも分からない。
「孫の名前は何が良いか? アトレの名は桜小路に決められてしまったが、今度こそ俺が再び名を付けなければな」
しかも、お父様の中では自分が既に名付け親になるつもりでいるようだ。
僕とりそなの子の名前は、僕が付けたいんだけど……このままだと条件に付け足されそうだから今は何も言わずに黙っておこう。
「さて、お前達の関係については一先ず此処までとしよう。話は戻すが、遊星。お前はりそなをモデルとしてフィリア・クリスマス・コレクションに参加する……この意志を変えるつもりはないのだな?」
「はい……どうしてもりそなに僕はフィリア・クリスマス・コレクションに向けて製作した衣装を着て貰いたいんです」
真っ直ぐにお父様の目を見ながら、僕は心の底から本心を告げた。
やがて、お父様は深い溜め息を吐いて、紅茶を一口飲む。
「……決心は固いと言う事か。本来ならば止めるべきところだが……お前には以前ジャスティーヌ・アメリ・ラグランジェが女装した才華に合わせたデザインを、アトレに合わせて衣装を製作したと言う功績がある。その功績がある以上、お前の提案は無下に無謀とは言えん」
ジャスティーヌさんに心から感謝します。
最初に言われた時は急な提案で驚くしかなかったけど、それがこうしてお父様が認めてくれる要因の一つになってくれたんだから。本当に感謝するしかない。
「……悩ましい部分はあるが、敢えて困難に挑むと言うならば……認めるしかあるまい」
「ありがとうございます!」
「無論、不出来な衣装を製作して我が妹に恥をかかせたのならば、相応の覚悟はしておく事だ」
絶対にそうはなりませんから、安心して下さい、お父様。
あのデザインをりそなに合わせて衣装を製作して、見た人の心に残って、審査をしてくれるジャンを始めとした皆から『神服』の評価を貰って見せます!
それからお父様は衣装を楽しみにしている事とラフォーレさんには注意するようにと僕とりそなに告げると、部屋から立ち去って行った。
「はぁ~……凄くどっと疲れました。いや、まあ、遊星さんとの関係を上の兄が認めてくれたのは嬉しいですけど……何ですかアレは? 思いっきり私達の子供の名付け親になるつもりじゃないですか」
「やっぱり、りそなもそう思った?」
「アレだけあからさまに態度に示していましたからね……もうこうなったら私が妊娠した時に、大蔵家総裁の座を押し付けて名付け親になるのを防ぎましょうかね……いえ、もしかしたら上の従兄弟とト兄様まで自分がとか言って来そうなんですけど」
「はははっ、ま、まさか……」
思わず乾いた笑い声が出てしまった。そんな事は起きないと良いなあ。
「……と、ところで……どうします? 肉体関係?」
「さ、流石に今はしないよ。いずれ状況が落ち着いたらしよう」
「おおおおおおお……」
その場面を想像したのか、りそなは顔を真っ赤にして椅子に座り込んでしまう。そんな妹に僕はゆっくりと近づく。
「だけどね。キスだけはしたい」
「っ……」
りそなは目蓋を閉じて、受け入れる姿勢を示してくれた。
僕が知っている妹よりも、大きく成長して素敵な女性となった大蔵りそな。世間一般では絶対に認められない関係。
だけど……この気持ちをもう抑える事は出来ない。
この素敵な女性に捧げよう。僕の永遠の恋情を。その誓いを示す為に、僕は目の前の女性の唇に自分の唇を当てて口づけした。
「……!」
これで僕とりそなは本当の意味で恋人になった。
誰に正常を咎められようと、胸を張って今なら言える。この人を……大蔵りそなを愛していると。
少しして唇を離す。すると、目蓋を開いたりそなと目が合った。
「……私、今、胸が幸せで一杯です」
「僕もだよ」
僕達は互いに額を合わせながら微笑みあった。胸が幸せ一杯で仕方がないよ。
この気持ちが在れば、これから頑張っていける。だからこそ、フィリア・クリスマス・コレクションに向けて頑張ろう!
次回は才華sideで波乱の前の静けさになると思います。