月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
予定通り嵐の前の静けさになる話です。
秋ウサギ様、どうぞう様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
修学旅行も終わり、本日からまたエストと共に学院へ登校する日々が始まる。
皆パリでの旅行は充分に満喫していたようだ。時差の関係と僕は学院に登校しないといけない身なので、送られてきてすぐには確認出来なかったけど、総合部門に参加するメンバーは当初の予定通り、縫製のプロだったセシルさんのアパートメントに集まって短い時間だけど更に縫製を教えて貰えたようだ。
その時にセシルさんのアパートメントに在るアトリエの写真を撮ったらしく、僕のパソコンに送られていたけど……凄く良いアトリエだった。
服飾に必要な物は大半揃っているみたいだったし、エストの部屋のアトリエよりも良さそうだった。
おかげでエストからは、『朝陽もやっぱりくれば良かったのに』なんてメッセージが添えられていたよ。
でも、こうして日本に残っていたおかげで、僕の作業は大分進んだ。仮縫いだけど、服飾部門の衣装も完成したし、今日の放課後の皆との作業が終わった後に試着して確かめないと。
一応確認の為にカレンダーを見る。残された製作期間と過去の僕の製作時間を照らし合わせて見た。
総合部門の方も。服飾部門の方も。目算では間に合うはずだ。修学旅行に参加しないで製作を進められたおかげで、少しなら他の皆の作業も手伝える。
……でも、実は総合部門の班の中で一番作業が進んでいるのはパル子さん達なんだよね。もう五人全員の仮縫い作業も終わってるし。
「もっと頑張らないと」
製作で優先するのは総合部門と決めているけど、必ず服飾部門の方も間に合わせてみせるぞ!
決意を新たにしながら、支度を整え終えた僕は、部屋を出る前にパソコンの電源を落とそうとして、最後にメールボックスを確認する。
最後に届いているメールは才華宛のエストからのメールだ。内容自体はパリの旅行を話題にした他愛ない話。
そう……他愛ない話なんだけど、問題はこのメールが送られたのが『修学旅行の3日目』で終わっていると言う事だ。
僕の発言で桜小路才華が、自分に対して好意的な感情を持っている事を知ったエストは、修学旅行の初日と二日目にも他愛ない話の内容のメールを送って来た。
朝陽の方には毎日電話とメールで連絡が来ていた。初日にあった一緒に暮らそうと言う話題こそ出なかったけど。
「……問題は4日目に才華の方にメールが無くて、朝陽の方には『出迎えなくて良い』なんてメールが来た事だ」
明らかにおかしい。
今のエストは……認めるが凄く心苦しいけど、朝陽と才華の両方に対して恋愛的な意味での好意を持っている。
初日には一緒に暮らそうなんて話題を出されたし、2日目と3日目はその日にあった事を製作の方もあるから時間を決めて一時間にしたけど、時間ギリギリまで話をしていた。当然帰国して来る4日目には、出迎えてそのまま夜遅くまで修学旅行の話をされるものだと覚悟していた。
「だけど、蓋を開けてみたら帰国してすぐに送られて来たのは『疲れたから休みたい』なんてメールだけ」
状況的に考えると4日目に何かが起きたのかも知れない。
気になって紅葉に連絡しそうになったけど、生徒のプライベートの話題を聞く訳にはいかない。何よりも下手に知って、エストに不審を抱かれるのは不味い。
でも、気になる。とは言え、今からエストの部屋に行くんだし、何かあったら話してくれるに違いない。
本当にメールを送れないほどに疲れていた可能性もあるんだから。
そう思って僕はパソコンの電源を切り、靴を履いて部屋から出ようとしたところで、インターホンの音が鳴った。
『大変! 大変! 朝から朝陽さんにお客様よ!』
「何故朔莉お嬢様が、それをインターホンで教えてくれるのか謎ですね」
数日ぶりに聞く八日堂朔莉の声に、奇妙な懐かしさを感じながら、僕は彼女の言う客を出迎える為に部屋から出た。
「どうも、おはようございますー……」
「大津賀さん!?」
驚いた事に、部屋から出てみると制服姿の大津賀かぐやが立っていた。
インターホンで来客を知らせてくれた八日堂朔莉は、ちょっと距離を置いてくれている。彼女の気遣いに感謝しながら、僕は大津賀かぐやに向き直る。
「おはようございます。こんなに朝早く来られるなんて珍しいですね」
うん、本当に珍しい。
登校途中で偶然会って彼女の主人である梅宮伊瀬也と共に、一緒に教室に行く時は時たまあるけど、こうしてわざわざ僕の部屋を訪ねに来るなんて今日が初めてだ。
一体何が在ったんだろうか?
「ええまあそうですねー。あっ、それと此方がパリでのお土産になりますー……」
パリのお土産が入っていると思わしき、紙袋を渡してくれた。
「ありがとうございます。後で中身は確かめますね」
お礼を告げながら、僕はお土産が入った紙袋を受け取った。
でも、これだけではない筈だ。修学旅行のお土産なんて、学院で渡せば良いんだから、わざわざ朝早くに訪ねに来て渡す必要はない。
僕の予想通り、お土産を渡し終えた後も大津賀かぐやは戻る様子はなく話を始めた。
「伊瀬也お嬢様を部屋で待たせる訳にはいかないので、話をしますね。あの……これは私が勝手に伝えに来ただけで、お嬢様は知りませんのでー」
「分かりました。大津賀さんが善意で何かを伝えに来てくれた事も秘密にします」
ホッと大津賀かぐやが安堵の息を吐いた。
どうやらかなり不味い話題なのかも知れない。どんな話題が出て来るのかと戦々恐々としていると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「実はー、修学旅行の3日目の遅い時間帯の時にお嬢様が偶然見たらしいんです。エストお嬢様とそのお父様らしき人が、ホテルのカフェで口論しているところを―……」
……何だって?
「流石に近づく事は出来なかったようですけど、聞こえて来た声の内容は『今一番家にとって大事な時期』とか、『大蔵家と問題起こしたくない』や『従者を代えてくれ』とかだったそうです」
「……教えていただきありがとうございます」
重要な情報を教えてくれた大津賀かぐやと梅宮伊瀬也には、心から感謝するしかない。
僕は深々と大津賀かぐやに頭を下げた。この状況ではSだとかMだとかは言ってられない。何せ僕の今後の学院生活に影響が出てしまう程の重大事なんだから。
大津賀かぐやも分かっているのか、険しい表情で頷いている。
「お嬢様の話ですと、エストお嬢様はお父様の提案に反対の姿勢を示していたようです。流石に親子の会話ですので、お嬢様も割って入る事は出来ず申し訳ありません」
「いえ、こうしてお伝えして貰えただけで心から感謝しかありません。伊瀬也お嬢様にも、私が感謝しているとお伝え下さい」
「そうさせて貰いますー……じゃあ、私はこれで」
「学院でお会いしましょう」
一礼してエレベーターに乗り込んで去って行った大津賀かぐやを見送る。
……それにしても、危惧していた事が当たってしまったようだ。エステル・グリアン・アーノッツが原因なのか分からないけど、エストのお父さんは僕に対して不審を抱いているみたいだ。
どうしたものかと悩んでいると……。
「何だか深刻そうな話をしていたわね」
離れていた八日堂朔莉が話しかけて来た。
「はい、これ。取り敢えず私の修学旅行先だったロンドンのお土産ね」
言いながら差し出されたお土産の袋を受け取った。大津賀かぐやと同じようにお礼を言おうと思ったら、八日堂朔莉が真剣な眼差しを向けて来た。
「そのお土産ね。ちょっと特殊な保存方法が必要なの。だから、朝陽さんの部屋に入って話がしたいから、中に入っていい?」
常日頃なら断る提案だけど、口調に反して八日堂朔莉の眼差しは真剣だ。
僕は無言で頷き、八日堂朔莉を部屋に招き入れた。
「ちゅっ、ちゅいに! 朝陽さんの部屋に入れたあああああっ!! クンカクンカ! 朝陽さんの香りに満ちる部屋最高おぉぉぉぉっ!!」
うん、ちょっと部屋に入れたのを後悔。
テンションが上がりまくって部屋の匂いを嗅いでいる八日堂朔莉に、注意しようと思ったところで……。
「じゃあ、話をしましょう。あんまりエストさんを待たせると不審に思われるかも知れないし」
一瞬前の狂乱が嘘だったかのように、八日堂朔莉は真剣な顔を僕に向けて来た。
「それで、朔莉お嬢様。何か人に聞かれたくない話があるようでしたが、ロンドンで何かあったのでしょうか?」
「うん、ちょっとね。まあ、言うまでもないけどロンドンの旅行の自由時間は基本的に私1人で行動する寂しい時間だったわ。アレならやっぱり日本に残って、朝陽さんとルミネさんと一緒に過ごしていた方が良かった」
因みに修学旅行期間中は、ずっと僕、小倉さん、ルミねえ、そしてカリンの4人で昼食を取っていた。
流石に初日のようにエストとの恋愛関係の相談はしなかったけど、他愛無い雑談をして結構楽しかったなあ。製作で疲れていた心が癒されていたと思う。
「それでその時に偶然見かけたのよね。エストさんに瓜二つの人を」
「っ!?」
……おかしな事ではない。
アーノッツ家の家が在るのはロンドンだし、エストから聞いた話だとエステル・グリアン・アーノッツはロンドンが好きだそうだから、当然通っている学院もロンドンにあるんだろう。
それを考えれば広いロンドンとは言え、偶然姿を見る事があってもおかしくはない。ましてや容姿と外面だけならば文句が付けられないほどに美人だからね、エステル・グリアン・アーノッツは。
あの容姿だから、それは街中を歩くだけでも男性の目をくぎ付けにする。
「……詳しくその時の事を話して貰えないでしょうか?」
この話を僕に持ち込んで来たと言う事は、八日堂朔莉も大津賀かぐやや梅宮伊瀬也同様に心配なるような事が在ったのかも知れない。
「最初は『アレ? エストさん?』って思ったわよ。ほら、日本からロンドンは無理だけど、パリからロンドンに行くのは無理じゃないし、もしかして先生に許可を貰って里帰りにでも来たのかなって思ったの。でも、よく見れば髪型が違うし、エストさんにしては男性への気安さがあったから、姉妹あたりかなって」
「はい。お嬢様には『エステル・グリアン・アーノッツ』様と言う双子の姉がおります」
「やっぱりそうなのね。で、暇だったから野次馬的に彼女がいたカフェに入って、近くの席に座ったの。そしたらね。『妹が言う事を聞かなくなったの』とか、かなり不満そうな話を一緒に居た相手にしてたのよね」
……やはり、僕は相当『エステル・グリアン・アーノッツ』に嫌われたようだ。
エストの話だと、彼女は『自分は愛される人間だ』と思っているらしい。そんな彼女にとって、明確に邪魔をした僕と言う存在は、ある意味初めて出会う人間だったのだろう。
邪魔をしたと言えばカリンもだけど、あっちには大蔵家と言うアーノッツ家がどうやっても抗う事が出来ない存在が背後に控えている。流石の彼女も相手が悪いと理解できたに違いない。
対して僕はルミねえの紹介があるとは言え、あくまで使用人に過ぎない。大蔵家からの紹介と言う点だけでも、エストのお父さんは不安を感じてしまった。これは不味い。
「あっ、でも朝陽さんを今は辞めさせる訳にはいかないと思うわよ」
「……えっ?」
「いや、だって。今、朝陽さんが辞めたら総合部門の話そのものがなくなるわよね。ルミネさんは隠れて参加しているから、彼女は何も言えないけど。ほら、パリの貴族の御令嬢が参加しているでしょう? 作業も半ばまで進められたのに、それを外部の人間のせいで台無しにされたら、怒るどころの話じゃないわよね」
……そうだ!
八日堂朔莉の言う通り、僕らの班にはジャスティーヌ嬢が居てくれた! 大蔵家も怖いけど、パリの旧伯爵家のラグランジェ家をアーノッツ家が敵に回す事は出来ない。
良かったあ。これで一番不安だったご両親からの解雇通知も一先ずは回避できるよ。
発案者で総合部門の企画のリーダーを務めている僕が居なくなった場合、当然企画の参加資格は失われる。
総合部門にやる気を見せてくれて、既に参加資格も得られたのに、外部からの横槍で企画が台無しになることをジャスティーヌ嬢が赦すはずがない。ありがとう、ジャスティーヌ嬢!
君が誘いを受け入れてくれたことで、僕の首の皮が繋がりそうだよ。
「ただ朝陽さん。気を付けた方が良いと思うわよ。1年のくせに生意気だって思う上級生が出て来るかも知れないから」
「……ご忠告ありがとうございます、朔莉お嬢様」
確かに油断したらいけない。
順調だと思っていたら、実は知らないところで大変な事が起きていたと言う事を僕は今年で何度も思い知らされているんだから。
「それとエストさんには、今の話を朝陽さんから切り出さない方が良いと思う。今の彼女なら何かあったら朝陽さんに相談するでしょうし」
「ためになるご意見本当にありがとうございます」
本当に八日堂朔莉は頼りになる人だ。真面目な話、僕の身近で身内以外に一番頼りになる女性は八日堂朔莉になってしまっている。
小倉さんは余り頼りにしてはいけない立場に居る人だし。アトレとは自分から距離を取ると決めた。
……ルミねえはこれまで頼りにし過ぎたからね。
だけど、僕が部屋を出ようとしても残って部屋の空気を吸おうとするのは見過ごせないので、背中を押して強制的に部屋から出て貰った。
そしてエストの部屋に向かう為にエレベーターに乗り込む。
エストの部屋へ朝訪れるのは、本当に数日ぶりだ。部屋へ入る前に深呼吸をする。
よし。大津賀かぐやの話を聞いた不安は表に出さずに済みそうだし、恋愛関係や引っ越しの話が出ても狼狽えずに済みそうだ。
扉を開けて、エストの部屋に足を踏み入れた。
「おはよう、朝陽」
「おはようございます。修学旅行は楽しんで来られましたか、お嬢様?」
「バッチリ! あっ! 朝陽に頼まれた糸や生地の方は後で宅急便で送られて来るからね」
「ありがとうございます、お嬢様。これで最高の衣装が製作出来ます」
3日目の時にパリの有名な生地屋に訪れたエストから送られて来た生地の画像から、僕のデザインのイメージに合う糸や生地を選んで注文するようにお願いしておいた。
後はその糸と生地が届けば、問題なく本番の製作に入れる。エストには感謝するしかない。
……送られて来た画像の中にメリルさんと班の皆が一緒に並んでいる写真が在ったのは、心から驚かされたけどね。
「すぐに朝食の支度をいたしますね」
「うん! 久しぶりの朝陽の食事。楽しみ!」
……何時もと変わりないエストだ。
大津賀かぐやから聞かされた父親と口論していたという様子は感じられない。
「あっ! そう言えば、朝陽。ごめんね。4日目は簡単なメールで済ませたりして」
「いえ、気にしないで下さい。久々の海外でお疲れになられたのだと思っていましたから」
実際、大津賀かぐやの話を聞くまでは時差の違いもあると思っていたからね。
「うん。まあ、そんなところ。あっ、それと朝陽。初日に電話で連絡した時にした引っ越しの話なんだけどね」
来たか。さて、どう断りの話をすべきか。
「私からした話なんだけど、引っ越しの話はちょっと待って貰いたいの」
……。
「……お嬢様。その話はそもそもまだ了承もしていない話だった筈ですが」
「そ、そうだったね……ごめんなさい」
……今微かに見えた。エストは何かを隠している。
だけど、それをこの場で追及する事は出来ない。
「今朝の朝食は何が良いですか?」
「朝陽の作る物なら何でもいいよ!」
「何でもと言うのは困りますね。では、久々にエスト豚の生姜焼きはいかがですか?」
「ぶひぶひっ!」
わざわざ豚の真似はしなくていいよ。
呆れた風を装いながら、僕はエストに背を向けてキッチンに向かう。背を向けてもエストには注意を払う。だから聞き逃さなかった。
「……必ず総合部門と服飾部門で結果を出さないと」
思いつめたエストの言葉を、僕は聞き逃さずに済んだ。
次回は久々の遊星sideと才華sideの混合になる予定です!
最後の苦難が遂に襲い掛かります!