月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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何とか2週間以内に更新出来ました。
先ずは前半のやり取りです。

秋ウサギ様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


十一月上旬(才華side)7

side才華

 

 紅葉に総合部門のことで呼び出された僕とエストだけど……明らかに紅葉の様子がおかしいとしか思えなかった。

 再会して数ヶ月だけど、幼少の頃は一緒に過ごしていた相手だ。様子がおかしいのかなんて、すぐに分かる。今の紅葉の顔色は悪いし、酷く焦りを覚えているみたいだし、チラチラと背後を向いて僕とエストと言うか、僕を見ている。

 早朝に小倉さんとカリンも、紅葉が呼びに来たと飯川さんと長さんから教えて貰った。

 ……何か嫌な予感を感じる。

 しかもだ……紅葉が歩く方向には……職員室はない。この先に在るのは、確か……。

 

「あの、樅山先生? 話は職員室でするんじゃないんですか?」

 

 エストも様子がおかしいことに気付いたようだ。

 質問された紅葉は立ち止まり、僕とエストに身体を向けた。

 

「ごめんなさい。私も詳しい事は分からないの。とにかく朝陽さんとエストさんを呼んで来てくれって、総学院長から頼まれただけだから」

 

「総学院長が……私とお嬢様をですか?」

 

 選りにも選って、僕らを本当に呼んでいるのは、紅葉じゃなくて総学院長だって!? もう嫌な予感しかしないじゃないか!?

 彼が直接尋ねに来る事はあったけど、紅葉を介して呼び出すなんて今回が初めてだ。

 これまではプライベートな面が強かったから、総学院長と言う立場を彼は廃して接してくれていた。だけど、今回は明らかに総学院長と言う立場を持って呼び出しが来た。

 それだけ重要な話が、これからされると言う事に他ならない。それなら、小倉さんとカリンが朝から呼び出されたのも頷ける。調査員の関係の話は、立場上僕に教えられる訳がないけど、総学院長はきっと小倉さんとカリンが総裁殿が学院に送り込んだ調査員だって気が付いたんだ。

 気付いたのは文化祭の件が原因に違いない。いや、それよりも何よりも一体総学院長が何に気が付いたのかが重要だ。

 もし僕の性別の事に気付かれてしまったら……おしまいだ。

 チラリとエストに目を向けてみる。

 

「そんな……総学院長が……もしかしてパパが? ……でも、約束をしたはずなのに」

 

 エストもかなり不安そうにしていた。

 推測だけど、今日の朝の時に聞こえたエストの言葉からすると、やっぱり大津賀かぐやが言っていた通り、梅宮伊瀬也がパリのホテルで目撃したと言うエストとその父親の口論の内容は、僕と言うか小倉朝陽の従者解雇に関してだったに違いない。

 思うところはあるけど、最近はともかく一学期の勉学に関しては、エストを従者として支えきれなかったとしか言えない成績だったので、この件に関しては否定できない。

 その上、大蔵家側にはエステル・グリアン・アーノッツが迷惑を掛ける寸前までいった。エストのお父さんが不安を感じないわけがない。

 『小倉朝陽』は大蔵家の人間である、ルミねえの紹介でエストの従者を務めていると言う経緯もある訳だし。

 家が真っ当に立ち直れるかどうかの瀬戸際にあると言うエストのお父さんからすれば、少しでも不安を晴らしたという願いは僕も理解出来る。

 エストもその辺りは理解できているのだろうけど、僕への気持ちとかで父親と口論になったのだろう。そして最終的に『服飾部門と総合部門で結果を出す』という事になったに違いない。

 皮肉にも僕が総裁殿に出された課題と似たようなものが、僕を従者として雇い続けるエストの課題になったに違いない。

 そんな課題を受ける事になっても、僕を従者として傍に置きたいと願ってくれているエストには嬉しいと思う反面、凄く罪悪感を感じてしまうよ。

 

「着きました」

 

 悩んでいる内に目的地に辿り着いてしまった。

 予想通り、僕らが来た場所は総学院長室。一体何を総学院長から言われるのか?

 うっ……久しぶりに胃が痛くなってきた。

 出来れば少し落ち着きたいけど、僕の我儘で相手を待たせたら、それだけ不信感を相手に与えてしまう。

 トントンっと、紅葉は扉をノックして、先に総学院長室に入った。

 

「失礼します。総学院長。頼まれた通り、エストさんと朝陽さんを呼んで来ました」

 

「来ましたか。では、2人を入れて下さい」

 

「はい……」

 

 不安そうな紅葉の声が聞こえる。

 再び、紅葉は扉から出て来て、僕とエストに顔を向けた。

 

「エストさん、朝陽さん、総学院長から許可が出ましたので、どうぞ中に」

 

『失礼します』

 

 僕とエストは揃って頭を下げながら、総学院長室に足を踏み入れた。

 顔を上げてみると、室内には総学院長だけではなく、小倉さんとカリンが紅葉同様に不安そうな顔で僕とエストを見ていた。

 小倉さんとカリンがいた事に驚いたのか、エストが息を呑む声が聞こえるけど、もう1人、この部屋にいた総学院長は構わずにソファーに座りながら頷く。

 

「では、君達も気になるでしょうが、後の事は私に任せて下さい」

 

「……はい。では、私達は部屋の外で待っています」

 

「構いません。私の呼び出しなので、授業に遅れるのは許可しましょう」

 

「……失礼します」

 

 不安そうにしながらも、小倉さんとカリンは揃ってソファーから立ち上がり、僕らの方に向かって歩いて来る。

 一瞬、声を掛けるべきかと悩んだけど、間違いなく小倉さんとカリンは生徒としてではなく、もう1つの役割である調査員としてこの場に呼ばれていた。なら、僕から下手に声を掛けるのは総学院長に不審を小倉さんとカリンに抱かれかねない。

 此処は沈黙でいるべきだ。そう思っていたら、小倉さんが僕の横を通り過ぎたところで……。

 

「……気を付けて下さい」

 

 ……ありがとうございます、小倉さん。

 おかげで、この呼び出しが総合部門関係だけじゃないと、ハッキリと分かりました。

 不審を抱かれかねないのに、それでも小声で忠告してくれた小倉さんに深い感謝の念を抱きながら、僕は背後で扉が閉まる音を聞いた。

 

「急に呼び出して申し訳ない。ですが、幾つか確認しないといけない事が出来てしまったので……少し長くなる話なので、ソファーに座って下さい。樅山教諭は、今度は私の背後に」

 

「は、はい!」

 

 自分も残されるとは思ってなかったのか、紅葉は驚きながらソファーの背を間に挟んで、総学院長の横に移動した。

 僕とエストは促されるまま、総学院長と対面するようにソファーに座る。

 一体どんな事を聞かれるんだろう? もう心臓が不安で高鳴ってしまう。

 それはエストも同じだったのか、僕よりも先に彼女が口を開いた。

 

「あ、あの! 樅山先生から総合部門の件で話があると聞いて来たんですけど……な、何か私達の総合部門の企画に問題でもあったんでしょうか?」

 

「いえ、君達の考えた総合部門の企画に関しては、問題などありません。いえ、寧ろ個人的にはとても素晴らしい企画だと思っていますよ」

 

 どうやら僕らの総合部門の企画は、彼も認めてくれているようだ。

 

「提出されたデザインも全て確認しましたが、どのデザインも非常に素晴らしかった。4()()のデザイナーの才能を、改めて素晴らしいと思いましたよ」

 

 流石だ。1枚だけしかないエストのデザインも、彼はちゃんと目を通している。

 

「コレクション系だけではなく、ストリート系も含まれているのも良い。次にどんな衣装が出て来るのか彼を含めた審査員達や観客達に期待を抱かせる事でしょう。何よりも総合部門で、ファッションショーを行なおうとする試みは称賛に値します。正直に言いますが、個人としては君達のファッションショーを見るのが楽しみで仕方ありません」

 

 大絶賛だった。最初は何を言われるのか警戒していたエストも、今は自分達の企画を誉められて顔がニヤけてしまっている。

 

「そ、そんなに褒められるなんて……考えたのは朝陽ですから」

 

「いえ、確かに始まりは私ですが、此処まで形にする事が出来たのは、主人であるエストを含めた班員となってくれた皆様のおかげです」

 

 僕1人で考えたショーの内容は、穴だらけだったから。

 それが此処まで形に成れたのは、最初に相談に乗ってくれた小倉さん。一緒に企画に関して考えてくれたエスト。準備期間が少ないのに参加してくれたパル子さん達やジャスティーヌ嬢、梅宮伊瀬也、八日堂朔莉、ジュニア氏、山県先輩、ルミねえや他の人達のおかけだ。

 本当に皆には感謝の気持ちしかないよ。

 満足に総学院長は僕とエストを見ながら頷いた。

 

「良い仲間やライバルに巡り合える事は、何よりも価値がある事です。私も彼と学生時代に出会えたことを、何よりも喜ばしいと思っていますからね」

 

 昔を懐かしむように、総学院長は目を閉じながら呟いた。

 このままただ誉め言葉を伝えたかっただけで、終われば良いんだけど……そうならないよね。

 

「だからこそ、どうしても君達に確認しないといけない事があります」

 

 遂に本題が来た!

 膝の上に置いてあった両手を強く握り締める。彼は僕とエストに一体どんな事を尋ねるつもりで呼び出したんだ?

 

「先ず最初に問います。これはあくまで確認に過ぎません。既に信頼出来る人物達によって個人としても総学院長としても納得していますが、こうして機会が訪れたのならば学院を預かる者として直接確認します。アーノッツさん」

 

「は、はい!?」

 

「質問しますが、文化祭で行なわれたコンペの舞台に立ったのは、間違いなく君ですか?」

 

「っ……」

 

 総学院長の問いに、エストは息を呑んだ。

 総裁殿を除けば事実上の学院のトップである総学院長から、エストにとって余り触れられたくない話題が出されるとは思ってなかったようだ。

 でも……やっぱりこの問いが来てしまったか。先月の終わり頃にカリンから忠告と言う形で話を聞いていたから、僕は余り驚かないけど、エストが驚くのは仕方がない。だけど、この問いに対してなら……。

 

「はい、私です。文化祭の舞台には間違いなく私が衣装を着て立ちました。コンペの結果発表に参加しなかったのは、申し訳ありません」

 

 驚きこそすれ、ちゃんとエストは衣装を着て舞台に立ったのだから答えられる。

 ……舞台に立つまでの経緯を聞かれたら不味いけど、流石に其処までは聞かれない筈だ。

 

「結構。あくまで機会が訪れたので確認しただけで、君が舞台に立っていないとは考えていません。衣装と君の魅力と美しさを充分に示していましたからね。他の誰かが着ても、あそこまでの魅力は示せないでしょう」

 

 本当に確認的な意味だったようだ。

 彼の中でも、ちゃんとエストが衣装を着て舞台に立ったと確信してくれていた。

 エストもホッとしたように息を吐くが、すぐに真剣な眼差しを総学院長に向けた。

 

「あ、あの……どうして私以外の人が、衣装を着て舞台に立ったと思われていたのでしょうか?」

 

「気にする事はありません。舞台での君の輝きに嫉妬した人物がいたのですよ。それに駆られた嫌がらせの類がありましてね……卑しい事をする者がいると言う事です。本来ならば気にも留めない話題なのですが、少々今学院側は不正に関して厳しい視線を向けずにはいられないので、確認したまでの事です。この話題については学院側は気にも留めていませんので、安心して構いません」

 

「そうですか……もしかして……お姉ちゃんが……」

 

 家族想いで姉想いのエストだが、流石に真っ先に疑わしいと感じたのは、双子の姉であるエステル・グリアン・アーノッツだったみたいだ。

 班員の皆は、後から謝罪した小倉さんとカリンを含めて文化祭の件は問題無しとしてくれた。他に知っているのは伯父様だけど、エストも伯父様がわざわざ総学院長に連絡するとは思わなかったようだ。

 実際、伯父様ならそんな面倒なやり方はしないに決まってるよ。

 こんな陰湿な嫌がらせは、伯父様が嫌いな事なんだから。何よりもこんな嫌がらせなんかを伯父様がする必要がないからね。

 となれば、自ずと犯人は1人に絞り込まれる。ロンドンから日本にわざわざ来た(来なくていい)のに、目的だった舞台に立てなかった人物。エステル・グリアン・アーノッツしかいないと、エストも直感的に悟ってしまったようだ。

 思うところはあるとしても、やっぱり大切だと思っている双子の姉の嫌がらせに、エストの顔が曇る。

 すぐにでも慰めたいが、今はまだ彼との話が終わっていない。寧ろ此処からが、僕にとっての本番になるに違いない。

 

「しかし、残念ながらどうしても確認しないといけない事を……(ヲレ)は見つけてしまいました」

 

 心の底から残念そうに呟きながら、総学院長は自分が座るソファーの横に手を伸ばした。

 緊張と警戒のし過ぎで気付かなかったけど、雑誌のような物が彼の横に置かれていたようだ。彼の背後にいる紅葉が、恐る恐る彼が手に取ろうとしている物を覗こうとしている。

 

「っ!?」

 

 明らかに紅葉が息を呑んだ!

 何だ? 一体紅葉は何を見たんだ?

 

「この雑誌に2人とも見覚えはありませんか?」

 

「アレ? この雑誌は?」

 

 ……不味い。あの雑誌は不味いよ。

 総学院長が差し出した雑誌を見た僕は、紅葉と同じように息を呑みかけた。

 何とかそれを堪えたけど、もし変な反応をしたら危ないところだった。その証拠にテーブルに雑誌を差し出しながらも、総学院長の目は僕に向けられている。

 僕の反応を見逃さないと言う様子だ。エストも雑誌を見て小首を傾げている。

 当然だ。あの雑誌は、僕とエストに大きな意味がある雑誌なんだから。

 

「覚えがあるようですね。まあ、それは当然でしょう。この雑誌には……()()の作品が載っているのですからね」

 

「……っ」

 

 総学院長の指摘に、エストも肩を震わせた。

 彼は今……僕とエストの作品が載っていると口にした。『小倉朝陽』の名前が一切載っていない筈の雑誌に、僕の作品が載っていると。

 ……彼の言う通り、確かにあの雑誌には僕の作品が載っている。

 『桜小路才華』の名前でだ。

 

「古い雑誌ですが、例の嫌がらせの件の後に、フッと気紛れで見てみたのですよ。以前にも言いましたが、私は若い才能を海外から招くために、コンクールの結果が載っている雑誌には目を通している。改めて君の作品を見て安心しようとしたところで、此方の作品が載っているページが目に入りました」

 

 総学院長が開いた雑誌のページは、5000人の応募者の中で開かれたコンクールで最優秀賞を受賞した人物と作品を紹介するページだった。

 ……つまり、僕。『桜小路才華』の作品が載っている。

 ……冷や汗で背中がグッショリ濡れてしまった。もう間違いない。

 総学院長は、僕に疑いの目を向けている。

 

「さ、さ、才華さんの作品ですよね……そ、その作品がどうかしたんでしょうか?」

 

 エスト。動揺が隠し切れていないよ。

 いや、こんなの動揺しない筈が無いんだけどね!? ど、何処まで彼は僕に疑いの目を向けているんだ?

 まさか、性別の事まで気付かれてしまっているんじゃ!?

 内心で戦々恐々と僕がしていると、彼は今度は1枚のデザイン画を僕達に差し出した。

 ……デザイン画にも見覚えがあった。4月の頃の後半に、僕が授業で描いて紅葉に提出したデザイン画じゃないか。多分、成績の評価の為に学院側がコピーした物なんだろうけど……最悪だ。

 総学院長はデザイン画と雑誌に載っているデザインのページが、僕とエストに良く見えるように指し示した。

 

「4月の頃に君が提出してくれたデザイン画です。似ている……いえ、(ヲレ)にはどう見ても同一人物が描いたデザイン画にしか見えません」

 

 …………バレた。

 エストが一番最初に僕のデザイン画を見た時のように、気付く人がいるかも知れないと思っていた。

 それでも……心の何処かで1年に満たない時間の中ならば、大丈夫だと僕は心の何処かで思っていたんだと、たった今思い知らされた。

 身体の震えが抑えられない。動揺したらいけないのに、動揺を抑える事が出来ない。

 そんな僕を見ながら、総学院長は背後に控えさせていた紅葉に確認した。

 

「樅山教諭。彼女の担任である君の意見を聞かせて下さい。この雑誌に載っているデザイン画と、学院に提出されたデザイン画。君の目から見て、どう思いますか?」

 

「え、えーと……」

 

 困った様子ながらも、確認するように紅葉の目がテーブルに載っている雑誌とデザイン画に向いた。

 この為に紅葉がこの場に残されたのか……ごめん! 紅葉! 

 僕を大切にしてくれている君に、こんな辛い役目を担わせてしまうなんて!?

 

「背後からは良く見えないでしょうから、近づいてくれて構いません。良く確認して下さい」

 

「……わ、分かりました」

 

 僅かに苦悩するような顔をしながら、紅葉は総学院長の背後から移動して雑誌とデザイン画が良く見える位置に移動しようとする。

 駄目だ!? 紅葉は僕の我儘に、立場も顧みないで協力してくれたんだ!

 そんな紅葉に辛い役目や言葉を口になんてさせる訳にはいかない!

 胸の内から沸き上がって来る罪悪感に突き動かされた僕は、ソファーから立ち上がり、総学院長に良く見えるようにしながら床に膝を突き、深々と頭を下げた。

 

「大変申し訳ありませんでした……樅山先生に確認して貰う必要はありません……その雑誌に載っているデザインは……私が描いた物です。私はアメリカに居た頃に、『桜小路才華』様のゴーストを務めていました」

 

 主人であるエストに許可なく頭を下げたのは申し訳ないが、これは『小倉朝陽』個人の詰問の筈だ。ごめん、エスト。

 でも……紅葉に僕の糾弾を担う役割をさせるわけにはいかないんだよ。

 深い溜め息の音が聞こえた。

 

「……やはり、そうでしたか……非常に残念な気持ちを抱かざるを得ません」

 

 本当に残念だというように、総学院長の声が聞こえて来た。

 

「4月の頃から君に目を向けていて良かったと思います。もし5月以降からでは、君がゴーストを務めていたなど疑う事はなかったでしょう」

 

 総学院長の言う通り、僕のデザインは5月から大きく変わった。

 線の描き方とかは変わっていなくても、4月までのデザインより良いデザインを僕は今日まで描いて来た。今の僕のデザインをアメリカの頃から知っている誰かが見ても、ぱっと見じゃ分からない自信がある。

 注意深く見られたら、タッチや線の描き方で怪しまれるかも知れなかったけど、大きくデザインが変化していた事もあるから、デザインで疑われる事はないと思い込んでいた。

 でも……総学院長は入学した当初から、僕に目を向けていた。だから、彼は気付く事が出来てしまった。

 ただ幸いにも、一番知られたら不味い僕の性別に関してはバレていないようだ。それだけがこの場での唯一の救いだ。

 

「……席に戻りなさい。君がフィリア・クリスマス・コレクションに参加できるようになる為にも、総学院長として詳しい話を聞かせて貰わなければなりません」

 

「……はい」

 

 顔を上げて立ち上がり、僕は不安そうにしているエストの隣に戻った。

 エストは心配そうに僕の横顔を見つめてくれているけど、今は不安を晴らし切れない。

 こうして彼が気付いてしまった以上、フィリア・クリスマス・コレクションでのショーを見て、『桜小路才華』の作品に良く似た衣装が、別人の名前で出されて、それを見た人がおかしいと感じてしまう事は在り得る。

 信仰の対象であるジャン・ピエール・スタンレーが審査員として訪れる舞台が穢れる事なんて、『狂信者』の総学院長が赦せる筈がない。

 ……エストに語った『小倉朝陽』のカバーストーリーは全て話そう。

 僕が実は男性で……『桜小路才華』で在る事だけは、絶対に彼に知られる訳にはいかないんだ。

 ……ん? 彼と向き合う為に顔を上げようとしたところで、膝に置いてある手から柔らかな感触が伝わって来た。

 視線を向けてみると、エストの手が僕の手に乗っていた。

 

「……」

 

 不安から震えるのを抑えきれてないけど、それでもエストの暖かさが伝わってくる。

 ……ありがとう、エスト。

 貰った勇気を胸に抱きながら、僕は総学院長の目を真っ直ぐに見つめ、『小倉朝陽』のカバーストーリーを話す為に口を開いた。




次回は遂に才華の正体が!?
どうか後半をお待ちください。
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