月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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またも遅れて本当に申し訳ありません。
今話は遂に才華が……。

烏瑠様、どうぞう様、秋ウサギ様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


十一月上旬8

side遊星

 

『………マジですか?』

 

「はい……ラフォーレさんに最低でも朝陽さんがエストさんに話したゴーストに関わるカバーストーリーまでは、バレてしまったようです」

 

 総学院長室から退出した僕は、カリンさんを入口の扉の前に残してすぐさま総学院長室から一番近い空き教室に移動して、りそなにラフォーレさんとのやり取りを報告していた。誰かに聞かれたら不味いから、小倉朝日として話している。

 電話越しでもりそなが焦っているのが分かる。僕もかなり焦っている。

 一番不味い性別の事はバレていないけど……最低でも『小倉朝陽』が『桜小路才華』さんのゴーストを務めていた事までは話さないといけない。

 そうなると……。

 

『あの甘ったれのデザイナーとしての道は、終わりかねませんね』

 

「うぅ……やっぱり……そうですよね」

 

 ゴーストと言うのは服飾に限らず、様々な方面で発覚したら最後何処までも責められる類の問題だ。

 サブデザイナーなどのちゃんとした職業があるだけに、ゴーストと言う存在は本当に責められてしまう。

 うぅ……まさか、性別の方じゃなくて、才華さんが考えた架空の話でこんな事態になってしまうなんて思ってもいなかった。

 

『……とにかく、かなり不安はありますが、此処は総学院長である彼に任せるしかありません。本当に不安しかありませんけど、今の私には甘ったれを護れるだけの力はありませんし、状況的に調査員として貴方に与えている権限も使えないんですから』

 

「はい、その事は分かっています」

 

 りそなの言う通りだ。僕もカリンさんも調査員としての権限を才華さんに使う事が出来ない。

 ……ジャスティーヌさんが怒ったら、本当に国際問題になってしまう。そうならないようにする為には、才華さんに頑張って貰うしかない。

 

『取り敢えず、甘ったれとその主人、そして総学院長の話が終わるまでは待機でお願いします。事前に相談と言う形で話してくれたんですから、総学院長が貴方を信頼しているのは明らかです。話し合いの顛末も話してくれると言っていたんですよね?』

 

「確かにそう言ってくれました」

 

『だったら、その顛末を報告して下さい……甘ったれがあくまでゴーストまでを話すならば問題はありますが、大事にはならないかも知れませんけど……』

 

 何をりそなが不安に思っているのかは分かる。

 もしかしたら、才華さんが自分の正体を明かしてしまう事をりそなは危惧しているんだ。

 僕も本当の性別がバレたらバレたで不味い事には変わりないけど……学院にはサーシャさんという前例があるので……凄く複雑で悲しくなるけど、その前例に沿っている僕は一応大丈夫らしい。

 ……本当に涙が出そうになるぐらい、自分の事情で泣きそうになるよ。

 

『甘ったれも以前と違って、自分の事情を軽はずみに話さないでしょう。とにかく、其方は何かあったら本当にすぐ報告をお願いします。後、上の兄にも連絡をしておいて下さいね』

 

「分かりました。では、失礼します」

 

 通話を切り、すぐさまお父様に連絡を取る。

 

『俺だが、どうした? まだホームルームが始まる時間では無いとはいえ、こんな時間に連絡をして来たと言う事は何かあったのか?』

 

「実は至急ご報告しないといけないことが出来ましたので、ご連絡させて頂きました。理事長には既にお伝えしてあります」

 

『……時間的に余り余裕はあるまい。手短に要点だけを話せ』

 

 僕は電話に出てくれたお父様に、今起きている事を要点を纏めて手短に話した。

 

『ククッ。なるほど……曇った奴の眼では目の前に現れた才能ばかりに目を向けるものばかりと思っていたが、他に目を向けるようにラフォーレの奴はなっていたと言う事か』

 

 何処となく、お父様の声は嬉しそうだった。

 やっぱりラフォーレさんはお父様にとって、盟友のようだ。でも……喜んでばかりはいられない。

 

「りそなさんからは、朝陽さん達とラフォーレさんの話が終わるまでは待機と言われましたが」

 

『その指示に従え。この件に関しては、才華自身がゴーストと言う偽りの事実を用いた事が招いた結果だ。ラフォーレ自身も才華……いや、学院では小倉朝陽だったな。総合部門に出場が決まり、自身もその才に目を向けている相手を退学には出来まい……尤も、性別に関して明らかになってしまった場合は、話が大きく変わるがな』

 

「………」

 

 本当に性別の事が知られたら大きく変わる。

 ラフォーレさんだけじゃなくて……一緒にいるエストさんに正体が知られたら、2人の関係は大きく変わってしまう。きっと……悪い方向に。

 

『万が一、才華の性別の事がバレたとしても、お前と従者は気付けなかったとラフォーレには伝えろ。現状でこれ以上、学院におけるりそなの立場が危うくなる事だけは何としても避けなければならないのだからな』

 

 ……りそなの事を言われてしまうと、僕はもう何の反論も出来ない。ごめんなさい、才華さん。今回も……味方をする事は出来ません。

 

『お前も知っての通り、俺は日本にいる。何かあれば才華の方から連絡が来るだろう。尤も……以前から言ってる通り、最早俺はフィリア学院に対して何の影響力を持ち合わせてはいないがな。りそな同様に、顛末に関しては報告しろ』

 

「分かりました。では、そろそろ戻りますので」

 

『……気を付けておけ。今のラフォーレは明らかに俺が知っている奴とは違う。過去の功績に目を向けたのが何よりの証拠だ』

 

「ご忠告ありがとうございます」

 

 確りと胸に刻みました、お父様。

 お父様との電話を切った僕は、周囲を警戒しながら空き教室から出た。幸いにもそろそろホームルームが始まる時間が迫っているからなのか、人の姿は見えない。

 カリンさんを待たせている総学院長室に急がないと。もし僕が居ない間に話し合いが終わったらカリンさんから連絡が来るはずなのでまだ来てないと言う事は、話し合いが続いていると言う事だから。

 出来れば最悪な結果にならない事を、僕は少し早く歩いて廊下を歩きながら願った。

 

 

 

 

side才華

 

「……」

 

 僕が最初にエストに会った時に語ったゴーストをしていた事情を聞き終えた総学院長は、難しい顔をして黙っていた。

 『小倉朝陽が桜小路才華のゴーストを務めていた』と確信を抱いている彼に、下手な隠し事はアウトだ。今はともかく、事情を知った当初のエストも怒りを爆発させていた。総学院長と僕との関わりはフィリア学院に入学してからだけど、彼は僕よりもずっと昔から服飾の世界で活躍している人だ。

 『狂信者』で、今は『自分の手でジャン・ピエール・スタンレーを造る』という妄執を目標としているけど、それ以上に服飾に対する熱意は強い筈だ。

 その点を考えると……彼にゴーストの件を知られるのは本当に不味い。でも、最早隠し通すことは出来ない。だから、エストに語った『小倉朝陽は桜小路才華のゴーストを務めていた』と言うカバーストーリーを全て話した。

 ち、沈黙が非常に痛い。エストが握ってくれている暖かさのおかげで胃が痛いと言う事はないけど、心臓はもうドキドキして張り裂けそうになっている。

 手を握ってくれているエストも。総学院長の背後に立っている紅葉も、不安そうにしながら総学院長が口を開くのを待っている。

 

「……話を纏めると、君が『桜小路才華』のゴーストを務めていたのは、互いの合意の上であったと言うことで良いのですね?」

 

「はい。私から才華様に無理を言ってお願いしました」

 

「服飾に限らずにゴーストと言う存在は、決してしてはならない行為だと理解した上で実行したのですか?」

 

「当時の私はゴーストと言うものを何処か軽んじていました。ですが、こうしてゴーストとしてではなく、一個人のデザイナーとして活動するようになってからは、後悔の方が多いと思い知っています」

 

 本当に後悔している。

 もしゴーストと言う立場にいたなんてカバーストーリーが無ければ、日本のコンクールに大手を振って参加できたし、エストの問題にだって積極的に質問できた。

 あっ。でも、エストの問題を知れたのは、こうして『小倉朝陽』になったからだから……かなり複雑だ。

 いや……今はそんな事を考えている時じゃない。目の前の総学院長と言う脅威を何とかしないといけない。

 

「……迂闊な事をしたと言わざるを得ません。現に君は文化祭で行なわれたコンペで最優秀賞を受賞するだけの実力がありながら、過去にゴーストを務めていたという一点だけで学院外のコンクールに参加するのを躊躇わざるを得なかったのですから。言うまでもありませんが、学院は不正を赦すつもりはありません。疑われる事さえ、今の学院の現状では致命的になりかねませんからね」

 

 僕の手を握っているエストの手に力が籠もるのを感じる。

 脅しでは無いと言う事は、学院の現状を少なからず知っている僕には理解出来る。実際、僕だってみんなと一緒に参加しようとしている夢の舞台であるフィリア・クリスマス・コレクションで、不正が起きるなんて赦せない。

 信仰するジャン・ピエール・スタンレーが来るフィリア・クリスマス・コレクションに向けて準備をしている総学院長は、尚更に不正を赦せないに違いない。

 

「とは言え、こうして事前に判明出来た事は本当に良かったと思います。万が一、私のように気付く人物がいても、学院側は君の作品だと示せるのですからね」

 

「……」

 

 ……終わった。僕の……『桜小路才華』としてのデザイナーとしての道は、たった今終わったも同然だった。

 総学院長ほどの服飾の世界の影響を持つ人物に、『桜小路才華はゴーストを使って名声を得ていた』と認識されてしまったのだから、今後『桜小路才華』の名前で描かれたデザインや製作した作品に対する信用と信頼は決定的に失われてしまう。

 エストがいるこの場で、彼に本当の僕の性別を話す事は出来ない。

 調べれば、僕が総裁殿の甥である事はすぐに分かる。学院での立場を失ってしまっているあの人に、これ以上迷惑はかけられない。小倉さんにだって、迷惑が掛かってしまう。

 それだけは駄目だ。何とか立ち上がれて目標に向かっている小倉さんに迷惑をかけられない。

 紅葉が泣きそうな顔で、僕を見ている。『桜小路才華』としてのデザイナーとしての人生が終わりかけている事に、彼女も気付いているようだ。

 ごめん、紅葉。こんな辛い場面に立ち会わせる事になって。

 でも……デザイナーとしての道を諦める覚悟は、もう出来ていたんだ。

 年末にエストに全てを話して、デザイナーを辞めろって言われたら、今の僕は素直に頷けるぐらいに覚悟は出来ていた。

 

「安心して下さい。ゴーストを務めていた事は遺憾ではありますが、既に君はその立場から離れている。アメリカの賞に関しても、私が桜小路才華と言う人物がゴーストを得ていた賞だと示す事は出来ませんからね。ですが……今後に関しては話は別ですね。どのような経緯があるとは言え、ゴーストと言う卑劣なやり方で賞を得て名声を得ていた者を、私は赦せない」

 

 本当に嫌悪感を感じている声を総学院長は出した。

 一度、エストの怒りを目にしているだけに、彼の怒りも理解出来る。

 結構辛い。だけど、これが僕のした事の結果なのだから受け入れるしかない。

 

「桜小路才華と言う者に連絡が取れるのなら伝えて下さい。君のした事を、(ヲレ)はいかなる事情があったとしても認めないと。たとえ、君と桜小路才華の関係が良好なものだったとしても、それはあくまで個人同士。ゴーストと言う行為は、他者からすれば決して赦せない行為でしかない」

 

 本当に……過去の自分の行ないに後悔している。

 当時はそれしかないと思っていたけど、こうして様々な事を経験した今では、本当に迂闊だった。

 だけど、これで良いんだ。少なくとも、これでまだ僕には時間が出来る。

 桜小路才華としてのデザイナー人生を失ったとしても、皆と夢の舞台に立てる。それで……。

 

「待って下さい!」

 

 折り合いがつきそうになっていた僕の思考を遮るように、必死な声が耳に届いた。

 その声の主は、僕の隣に座っている主人であるエスト。彼女は、悲しそうな顔をしていた。

 声に惹かれて総学院長が、エストに顔を向けた。

 

「何か? いや、そう言えば確認していませんでしたね。君は事前にこの事を知っていたのですか?」

 

「……知っていました。朝陽を雇う時に設けた試験で描いて貰ったデザインを見て、すぐにアメリカで私がライバルだと思っていた桜小路才華さんの作品だって気付いたんです」

 

「ほう」

 

 総学院長は、興味深い話を聞けたと言うようにエストを見ている。

 不味い。エストには善意で黙っていて貰ったけど、このままだとゴーストの共犯になってしまう。それだけは駄目だ。

 

「総学院長。お嬢様には私が隠して欲しいとお願いしました。優しいお嬢様は、私の弁解を聞き入れて、今日まで隠してくれていました。非は全て私にあります。お嬢様は巻き込まれただけです」

 

「……良いでしょう。その事は信用しましょう。それで、君は私に何を言いたいのですか?」

 

 試すように総学院長はエストを見つめる。僕も、エストが何を言おうとしているのか分からない。

 

「あ、あの……桜小路才華さんは確かにしてはいけない事をしました。ですが……彼自身もその事を深く反省しています」

 

「君は桜小路才華と直に会っていると?」

 

「直接は会っていません……やり取りはメールだけです」

 

「つまり、文章でしか交流はしていないと言う事ですか。でしたら、本当に彼が反省しているかは分からないと言わざるを得ない。もしかしたら、自分が描いたデザインよりも、彼女のデザインの方が良かったら、また自分のゴーストをしろと言うかも知れません。そのような脅しをしないと胸を張って君は言えますか?」

 

「言えます」

 

 ハッキリとエストは断言した……断言してくれた。いけないのに嬉しさが胸の奥から溢れて来てしまう。

 迷いのない断言に総学院長は僅かに驚いたように目を見開いた。だけど、すぐに驚きは治まったのか、冷静にエストに声を掛けた。

 

「なるほど……どうやら君と桜小路才華には強い信頼関係があるようですね。ゴーストを使っていた相手に、何故其処まで信頼を抱けるのかは疑問ですが、残念ながら君の発言だけで信用できる事ではない。私は桜小路才華と言う人物を直接知らないのですからね……しかし、そうですね。総合部門と服飾部門に提出された君のデザインは素晴らしかった。それならば……」

 

 何か条件を出すつもりだ!?

 まさか、エストを自分の手元に呼び寄せるつもりなんじゃ!? 駄目だ! 僕の事でエストに迷惑はかけられない! 慌てて口を開こうとしたけど、その前に総学院長が話してしまう。

 

「桜小路才華と言う人物を、私の前に連れて来なさい。もし、彼の才能が(ヲレ)の目に適うものだったならば、ゴーストを使っていたという事実は一時の気の迷いだったとしましょう」

 

 ……無理だ。

 総学院長の提案は、破格の条件に近いものだけど……肝心の桜小路才華は……今この場にいる僕なんだから。容姿が不明だから、別人を雇って桜小路才華を演じて貰うなんて出来ない。絶対にエストにも彼にもすぐにバレてしまう。

 この場で僕が正体を明かすのだって無理だ。性別を偽って学院に通っていること自体が、既にアウトなんだから。

 だけど、そんな僕の事情を知らない総学院長は話を進めてしまう。

 

「メールでのやり取りとは言え、連絡は取りあえるのでしょう? ゴーストの件に関してと言えば、彼も来ない訳にはいかない筈です」

 

「……分かりました……彼に連絡してみます」

 

 総学院長の提案をエストは受け入れてしまった。

 ど、どうしよう? 此処で僕が口を挟んで、今の提案を無しにして欲しいなんて言える筈がない。主人であるエストに恥をかかせる訳にはいかないよ。

 思わず紅葉に視線を向けてしまうけど、紅葉もどうすれば良いのか分からないのか泣きそうな顔をしてしまっている。

 

「今月はフィリア・クリスマス・コレクションに向けての調整もあるので、学院に私は殆どいますが、今週中に彼が来なければ、彼に対する敬意を払うつもりはありません。それだけゴーストの件に関してはそれだけ遺憾の意を持っていると思って下さい。では、サリュ!」

 

 話は終わりだと言うように彼は、いつぞやの様に親指とその隣の指を立てて総学院長室の扉を示した。

 僕とエストは頭を下げてソファーから立ち上がり、扉に向かって歩いて行く。

 

「樅山教諭。外で待たせている彼女達に、また入って貰って下さい。此方の話を優先させて貰いましたが、まだ彼女達とも話がありますので。それとそれが終わってからは、ホームルームへ行って構いません。彼女達は私との話で遅れるのですから、遅刻にはしないで下さい」

 

「は、はい」

 

 憔悴しながらも、紅葉は総学院長の指示に従い、僕らと一緒に総学院長室から出た。

 出てみると、小倉さんとカリンが心配そうな顔で廊下に立っていた。

 

「小倉さん、クロンメリンさん。総学院長が話の続きをしたいそうなので、どうぞ中に」

 

「……分かりました」

 

「……はぁ、難儀ですね」

 

 僕らの様子で察したのか、小倉さんとカリンは何も言わずに総学院長室に入った。

 恐らくこれから小倉さんとカリンは、調査員として総学院長から直接事情を聞かされるのだろう。エストは一瞬訝し気な顔をしたが、小倉さんとカリンが僕らを陥れるような事をする筈がないと思ったのか、すぐに真剣な顔に戻った。

 ……ん? 真剣な顔?

 

「樅山先生」

 

「な、何かな、エストさん?」

 

「すみません。ちょっと授業に私と朝陽は遅れます」

 

「えっ?」

 

「行こう、朝陽!」

 

 いきなりエストに手を引かれて、そのまま廊下を走らされた。

 

「エストさん!? 朝陽さん!?」

 

 背後から紅葉が呼びかけているけど、エストは振り返る事無く、僕の手を握ったまま廊下を進んで行く。かなり速いので付いていくのが精一杯だったけど、桜の園に繋がる地下通路に入りかけたところで慌てて口を開く。

 

「お、お嬢様!? お待ちください! これから授業が!?」

 

「今は授業なんて良いの!? それよりも朝陽。桜小路のお屋敷の場所を教えて!?」

 

「ま、まさか、お嬢様!?」

 

 エストが何をしようとしているのか悟った僕は、思わず足を止めてエストの歩みを止めた。

 

「さ、才華様にお会いに……なるつもりなのですか?」

 

「うん、そう……勝手に決めてしまった事だけど、総学院長は直接彼に会って才能を認めてくれれば、ゴーストの件は黙ってくれるって言ってくれたでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

 確かにエストはチャンスを作ってくれた。

 ……でも……そのチャンスは絶対に活かせない。活かしてはいけないチャンスなんだ。

 

「……お嬢様。才華様は先ほどの事情を聞けば、ご自身の事は気にしないで良いと言うと思います」

 

「そんな事は分からないでしょう?」

 

 分かるんだよ、僕には。

 

「でしたら、私から連絡しますので、お嬢様は教室にお戻り下さい」

 

「駄目。戻らない。何時も才華さんの事では朝陽に説得されていたけど、今日だけは無理なの。朝陽がメールでのやり取りしかしてない私よりも、才華さんを理解しているのは分かるよ。本当に才華さんは朝陽の言う通りにするかも知れない。でも……そうなったら私が説得する」

 

 ……エスト。

 

「前にも言ったでしょう。私は……あなた達が好き。服飾の道を進むなら3人で今はやりたいと思っているの。だから、今才華さんの服飾の道が断たれるのは嫌なの。総学院長を説得する事が出来れば、才華さんも服飾の道を進められる。お願い、朝陽……約束よりも前になってしまうけど、才華さんに私を会わせて」

 

 ……もう無理だ。

 今のエストの言葉で、僕が必死に抑えていた彼女への愛おしさが抑えきれなくなった。

 だから……嫌われよう。『小倉朝陽』も『桜小路才華』も。

 皆、ごめん。脳裏に、今日まで僕の我儘に付き合ってくれた人達の姿が浮かびながら、僕は口を開く。

 

「……桜小路家の屋敷に行く必要はないよ、エスト」

 

「……えっ?」

 

 エストの目が大きく見開かれた。それはそうだ。

 だって、僕は今『小倉朝陽』としてではなく、初めてエストに『桜小路才華』として声を掛けたんだから。

 

「『桜小路才華』は此処にいる。僕が……『小倉朝陽』が『桜小路才華』だ」




次回は才華がエストへの事情説明。
2人の関係がどうなるかはお待ちください。
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