月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
詳細は本編で。
秋ウサギ様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!
「……ど、どういう事なの? な、なんで……貴方の失敗が、私の家にまで及ぶの?」
訳が分からないと言うように、エストは混乱している。
彼女の反応はおかしくない。寧ろ彼女の反応は当たり前だ。
「順を追って話すよ。と言うよりも、此処からは本当に順を追って話さないと混乱するから」
話しても混乱してしまいそうだけど、僕には分かりやすく順を追って話す以外にない。
「……皆を説得して何とか今年のフィリア・クリスマス・コレクションまで女装して通う事を決めた僕だけど、当然ながら女装なんて普通なら無理だ。一般クラスにしても特別編成クラスにしても、書類提出の時点でバレてしまう。だけど、1ヵ所だけ穴があった。それが特別編成クラスの生徒に付く付き人の立場」
「確か、学院側は付き人の人の書類提出を求めていないよね。私も朝陽の書類なんて提出していないし」
「そう。だから、その穴を僕は利用しようとした。でも、実は最初から僕らの行動は暗礁に乗りかけていた……付き人として雇ってくれる主人の人が見つからなかったんだ」
今こうして学院に通う事になった身として気付いたけど、やっぱり親としては信頼出来る相手が娘の傍に居てくれた方が安心できると言う事なのだろう。
「確認だけど、梅宮さんはどうなの? 彼女が貴方の提案に乗るとは思えないけど、そんなに見つからなかったんだったら、親戚と言うことで駄目もとでも聞いて見なかったの?」
親戚である、ルミねえや伯父様が協力しているならとエストは考えたんだろうけど……無理だ。
「これは家の事情なんだけど、僕達の家である桜小路分家と本家の仲は良くないんだ……その事もあって彼女の家である梅宮家との仲も余り良くないんだよ」
正確に言えば僕らの家を嫌っているのは梅宮伯母様だ。
梅宮伊瀬也も今はジャスティーヌ嬢がお膳立てをしてくれていたからアトレと付き合えるようになったけど、そうなる前は近づくだけですぐにその場から去ってしまった。
エストも思い出したのか、納得したように頷いている。
「それに梅宮伊瀬也がフィリア学院に、しかも服飾部門のデザイナー科に通うなんて知ったのは3月になってからだったからね。もうその時点だと特別編成クラスへの締め切りは終わっているからね。そんな状況の中で唯一可能性が有ったのは……エスト。君だけだったんだ。ルミねえが君を見つけてくれて、僕は君と面接する事にした」
「私が貴方のデザインから気付くとは思わなかったの?」
「それは思ったよ。だから、『小倉朝陽は桜小路才華のゴーストだった』なんてカバーストーリーを考えて実行した」
「……私は、それで貴方に共感を覚えて、親しくなってしまったのに」
「……ごめん。謝罪する事しか僕には出来ない」
でも……これだけは言っておかないといけない。
「だけど、エスト。信じて貰えないかも知れない。確かに僕のゴーストの話は作り話だけど、『小倉朝陽』がゴーストの立場から解放されて経験した不自由さは本当のものなんだ……『桜小路才華』がゴーストを使っていた事を知られないために、コンクールにも出る事が出来なかったし……不自由も僕の想像以上に多かった。何よりも君がゴーストになろうとしていると知った時に……僕は本当は君を止めたかったのに、止める言葉を口に出来なかった」
もうエストから嫌われるのは決まっているから、僕は本心を告げる。
エストの言った通り、『ゴーストを務めていた』と言う身分から僕らは親しくなってしまったのは事実だ。
それでも……エストがあの双子の姉のゴーストになろうとしているのなら……僕はやっぱり止めたい。
「……話はまだ終わっていないよね?」
「分かってる」
彼女が意見を言うのは全てを聞き終えてから。そして僕はまだ一番重要な部分を話していない。
「君を見つけてくれたルミねえに面接のセッティングを頼んで、僕は従者としての勉強を頑張っていた。そして遂に面接日の当日を迎えた……出会った瞬間に、まさかあんなことが起きるなんて思ってもみなかったけどね」
罪の意識は充分にあったから、エストには一切触れないし、肌も見ない誓約を自分に課していた筈だったんだけど……出会って一瞬で僕の誓約は破られた。
「うぅ……そう言えば、全裸の私を抱えてくれたんだよね……朝、裸で寝ているところも学院が始まるまでは毎日見られていた」
前者は緊急処置だし、後者の件に関しては殆ど毎日服を着て寝るようにお願いした筈だ。
尤も僕が男性と言う時点で、全部此方が悪くなる。ちょっと理不尽だと思うけど、仕方がない。顔を真っ赤にしているエストに正座をしながら頭を下げる。
「本当にすまない。それで話を続けるけど……」
「あっ、待って。初日の事で思い出したけど、確か貴方は面接の時に『フィリア・クリスマス・コレクション』で最優秀賞を取りたいのです。ある人の事を知る為に』って言ってたよね。そのある人の事は小倉さんだって事はもう知っているけど、アレはどうして?」
「ああ、それ。実は僕にやる気と言うか、今思えば真剣みを与える為に小倉さんの養父で、僕の伯父の衣遠伯父様が、フィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を取って理事長に認めて貰えれば、小倉さんの過去を教えてくれることになっていたんだよ」
実際、小倉さんの過去は未だに謎だらけだし。気になっていない訳じゃないけど……今の僕には聞く資格がない。
「でも、この約束は無かったことにして貰うように僕から伯父様にお願いした」
「そうなんだ……アレ? そう言えば小倉さんってどういう立場なの? やっぱりルミネさんやアトレさんのように貴方に協力してくれているの?」
その辺りの事はちゃんと説明しないといけない。
「小倉さんは僕らの協力者じゃないよ。理事長と同じように黙認と言う立場なんだ……あの人がフィリア学院のデザイナー科に通う事になってしまったのも、僕のせいなんだ」
「……どういう事なの? 本当に? さっきは私の家族が関わって、今度は小倉さんまでなんて」
「混乱するのは仕方ないと思う……でも、現に僕は君の家族にまで類が及ぼす事態を引き起こしかけたんだ……そもそもの間違いは、僕がルミねえやアトレに頼り過ぎていたから起きてしまった……主人となる人が見つからないことに焦っていたのは僕だけじゃなかった……だから、君をみつけてくれたルミねえは、アーノッツ家をデータ上でしか確認しないで……裏社会と繋がっている事を知らなかったんだ」
「っ……」
ごめん エスト!
実家の事を気にしている君に辛いことを口にして! でも……此処を話さないと何故僕の行為がエストの家にまで被害を及ぼすのか説明できない。
だから、全てを話し終えた後で嫌われる事と殴られる覚悟を決めて僕は話を続ける。
「ルミねえのお父様……僕にとってはひいお祖父様なんだけど……」
「えっ? ちょっと待って。何度も口を挟んでごめんなさい。でも、今ルミネさんのお父さんが、貴方にとってひいお祖父様って聞こえたんだけど?」
ああ、そう言えばエストにはあくまで親戚としてしか言ってなくて、ルミねえと僕の本当の血縁上の関係は話してなかった。
本当の血縁上の関係を知ったら言葉を失うだろうなあ。実際、ルミねえのお母様がひいお祖父様と結婚してルミねえが出来た時は、大蔵家中が大騒ぎになったそうだし。
「うん。驚くと思うけど、ルミねえのお父様は僕にとってはひいお祖父様。つまり、ルミねえは僕にとって血縁関係だと大叔母様に当たるんだよ」
「…………おーぅ……マイガー……」
僕が男性だと知った時と同じぐらいエストは驚き、頭を抱えて項垂れた。
そりゃ驚くよね。何せ僕のひい祖父様となれば、少し考えなくてもご高齢だってことはすぐに分かる。そしてルミねえはエストと同い年……うん、常識的に考えて驚くしかない。
「……話を続けて」
悩んだ末にエストはひいお祖父様の年齢に関しては考えないことにしてくれたようだ。ありがとう、エスト。
「大蔵家の人は、それぞれ主義を持つ人なんだ。例えばルミねえは『規則主義』で、伯父様は『才能主義』。他にも『管理主義』や『運命主義』って人もいる。そしてひいお祖父様は『血統主義』で『家族主義』」
「『家族主義』の人だったら、貴方もひ孫にあたるから大丈夫なんじゃ?」
「いや、そう言う訳じゃないんだよ。僕は確かに大蔵家の人間であるお父様の血を引いている。でも、お父様は『桜小路家』に婿入りした。ひいお祖父様にとって僕は大蔵家のひ孫じゃなくて、『桜小路家に婿入りしたお父様の子供』でしかないんだ」
「それって……」
「そう……僕はひいお祖父様に好まれていない。子供の頃に、僕の事でルミねえが初めてお爺様の言葉を聞かなくなった事があって、それが今でも続いているから……ひ孫って言う認識よりも自分の大切な娘に近寄るお邪魔虫と思ってるかもしれない」
「…………」
流石のエストも言葉が無いと言うように、呆然と固まってしまった。
でも、実際ひいお祖父様の中での僕って、そんな認識だと思う。以前はただ好かれていないだけだと思ったけど、今はあの人の『家族』の中に僕は入っていないのが分かる。
「そんなひいお祖父様に、大切な娘である、ルミねえが裏社会と繋がりのある家の娘と接触してしまった事を知られてしまった」
「っ!?」
身体をエストは震わせた。ひいお祖父様の『家族主義』が危険なものだと言う事は、彼女も理解出来たようだ。
「あくまで接触したのが娘だったから、ひいお祖父様もいきなり直接的な事はしなかったんだと思う。でも、どちらにしてもルミねえが普通なら関わらないような家である裏社会と繋がりのあるアーノッツ家に接触を図ろうとしたこと自体をひいお祖父様は問題視して、フィリア学院の理事長である総裁殿に連絡を入れたんだ……そして元々決まってたフィリア学院への調査員派遣の優先対象が君の通うデザイナー科に決まった」
「調査員? そんな人が学院に……私達のクラスにいるの?」
「いる。ただこの調査員の派遣自体は、事前に学院の理事会で決まっていた事らしいんだ……その理由は学院内で対立が強まり過ぎている特別編成クラスと一般クラスへの警戒」
「……もしかしてパル子さん達に起きたような事を恐れて?」
「そうらしいよ。他にも学院内での問題が判明したら、調査員から理事長に直接連絡が送られて対処する筈だったんだけど……」
入学式の次の日にルミねえが引き起こした教師の依願退職で、総裁殿は思うように問題を対処できなくなってしまった。
まさか、世界に名だたる大蔵家の総裁でも身動きが取れない状況があるなんて、帰国した頃の僕は夢にも思ってなかったよ。
「……ひいお祖父様はルミねえが共学のフィリア学院に通うからって事で、理事長が学生に扮した調査員を送り込もうという情報を掴んでいたんだ。過保護なひいお祖父様だけど、直接ルミねえに事情を聞くのは干渉し過ぎだと思われて嫌われるのを恐れたから、理事長を経由して情報を得ようとした。実際、理事長も話を聞いた時は驚いたそうだよ」
「それでどうなったの?」
「本当だったら、その時点で僕らの行ないは最悪な形で露見し兼ねなかった。学院に入学してすぐに僕が男性だとバレて、大騒ぎになっていたと思う。でも、そうならずに済んだ……理事長のすぐ傍には、その時事態を推測できる人がいてくれたから」
「その人って、もしかして?」
「うん……小倉さんだよ。小倉さんは当時、理事長と一緒に過ごしていて話を聞いて大変な事になりかけていると知ってしまった……それで桜屋敷での出来事を話して、理事長を説得してくれた……途中で止める事は、何処にひいお祖父様の目があるか分からない状況では危ないから、結局黙認する以外になかったけどね」
「……大蔵家……怖い」
うん。本当に怖いんだよ、大蔵家は。
音楽部門の教師陣とひいお祖父様が繋がっていたり、他の部門の教師にお金を渡して学院内の機密事項を流させたりとか……本当に僕は甘く見ていたよ。
今日までの日々が首の皮1枚で過ごせていた事を実感して、背筋が震えるのを押さえられない。
「じゃあ、学院にいる調査員って」
「小倉さんとその従者のカリンなんだ」
「え~と、もしかして私が地下のカフェで小倉さんと最初に会ったのは?」
「それは本当に偶然らしいよ。海外から帰国した小倉さんは、そのまま桜の園に今はコンシェルジュとして勤めている壱与に会いに来たんだ。だけど、会いに来た時、運悪く壱与がロビーにいなくて、少し待つつもりで地下カフェでお茶をしていたんだって……と言うよりも、偶然地下カフェで無料で食事をする為に必要なルームキーを忘れて困っているところを助けて貰えるなんて状況を予測できる筈がないよ」
「うっ……そうだね……本当に偶然だったんだ……恥ずかしい……あっ、でも小倉さんとクロンメリンさんが調査員だって何時知ったの?」
「入学式の日……伯父様も調査員の事まで教えてくれたけど、その調査員が小倉さんだって事は教えてくれなくて、2月と3月は毎日緊張と不安で一杯だったよ」
「ああ……だから、2月に私と貴方が出会って少し経ってから、いきなりデザインが上手く描けなくなったんだ」
「そう……自業自得だよ……僕は自分の目的の為だけに無関係な君を巻き込んだ上に、今日まで女性である『小倉朝陽』と偽って接して来た……最低な人間だ」
再び三つ指を床について、エストに深々と土下座をした。
本当だったらフィリア・クリスマス・コレクションが終わった後にするつもりだったけど、もう逃げられない状況になってしまった。だから、自己満足かも知れないが、エストに謝罪する。
「これが僕が君に隠していた最大の秘密です……本当に……申し訳ありませんでした」
果たして今、エストはどんな顔をしているのだろうか?
裏切られた事に対する悲しみだろうか……或いは怒りで顔を真っ赤にして、拳を構えているのかも知れない。
……でも、どんな返答が待っていても、唯一つハッキリしている事がある。
僕とエストの関係は終わった。
真実を話した今、それだけは明らかだ。
『小倉朝陽』と言う女性は最初から存在せず、いたのは女装して性別を偽り、主人と家族を身勝手な考えで騙していた『桜小路才華』。
総合部門の舞台も、一緒に服飾部門の舞台に参加すると言う話もきっと無くなる。
参加してくれることに頷いてくれた皆に対しても、申し訳ない気持ちと情けない気持ちを感じながら、僕はエストの許可が出るまで土下座を続ける。
「……顔を上げて、私の目を見て。目を逸らしたりするのは許さない」
指示が出たので、僕は目を伏せてゆっくりと顔を上げる。
きっと顔を上げた先には、怒りに満ちたエストが居るはずだ。或いは今日まで騙されていた事を知って、裏切られた悲しみに満ちた顔をしているかも知れない。
……正直に言えば、どちらのエストの顔も見たくない。
でも、僕はどんな結末が待っていても、それを受け入れないといけないんだ。
脳裏に今日までエストと一緒に過ごした日々が浮かびながら、僕は顔を上げ終えると共に、主人であった女性の顔を見る為に目を開けた。
次回は遂に真実を明かした才華とエストの決着編です。