月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

20 / 234
『芸術家たる者、表現は過剰だと言われるぐらいでいい。我々は普段の立ち振る舞いも、作品相応のものでなくてはならない!』
そう宣言した方がメインの話になりました。

Nekuron様、烏瑠様、kcal様、wanwanwan様、誤字報告ありがとうございました!


一月上旬(才華side)5

side才華

 

 会食の時間が漸く訪れ、僕らは『晩餐会』に参加していた。

 今回の食事の用意は衣遠伯父様が手配したらしく、僕ら桜小路家と大蔵家の面々は思い思いに食事を楽しんでいる。

 そんな中、仕立ての良い黒いスーツを着た男性が僕に近寄って来た。

 

「やぁ、才華君。久しぶりだね」

 

「駿我さん、お久しぶりです」

 

 僕に挨拶に来てくれたのは大蔵駿我さんだった。

 大蔵グループ米国支部の管理者で、米国という事で僕ら桜小路家によく遊びに来てくれていた。

 ……何故か駿我さんが来る時は、お母様がちょっと警戒心を抱いていたような気がする。

 僕やアトレには良くしてくれている良い人だけど。

 

「アトレさんも元気そうで良かったよ。二人とも日本の学校を受験するんだったっけ?」

 

「はい。ただお兄様は一年浪人する事になりそうで」

 

「浪人?」

 

「はい。僕が通うつもりだったフィリア学院男子部の募集が昨年度を以て募集しない事になったんです。其処しか候補を考えてなかったので、今年は伯父様に面倒を見て貰いながら浪人する予定です」

 

「……そうか。日本の学院の事だったから知らなかったよ。しかし、男子部廃止か。少々残念ではあるね」

 

「アレ? 駿我さんもフィリア学院に思い出があるんですか?」

 

「あぁ、昔ちょっとね」

 

 何かを懐かしむような顔を駿我さんはしている。

 そう言えば、この人は未だ独身だ。衣遠伯父様もだけど。

 駿我さんの弟である大蔵アンソニーさんには、息子がいるらしい。

 会った事はないけれど。

 

「駿我さんはご結婚とかしないんですか?」

 

「……結婚か。一時は考えた事もあったけれど、どうにも見合いとかで会う女性を、初恋の女性と比べてしまうんだ。その初恋の女性の事が忘れられなくてね」

 

 ……驚いた。

 この人にも好きな人がいたらしい。何となく聞いてみただけだったんだけど。

 僕だけじゃなくて、横で聞いていたアトレも驚いたように、駿我さんを見ている。

 

「もう十数年も昔の話だ。今だにその失恋を引き摺っているせいで、女性に縁がない。俺自身としては一生独り身でも構わないと考えているから、今後も結婚をする事はないだろう」

 

「……一途にその人の事が好きなんですね。素晴らしいですよ」

 

「フッ、女々しいだけさ……彼女は俺にとって救いだったから」

 

「何の話をしているんですか?」

 

 急にお母様がやって来て、話に割り込んで来た。

 ……何だかお母様の顔が険しい。駿我さんを睨むように見ている。

 

「少々昔の話をしていただけさ。君と僕との共通の相手である彼女の話をね」

 

「……悪いですけど、たとえ駿我さんでも昔言ったように渡しませんよ」

 

「あぁ、分かっているさ。彼女が選んだのが君で良かったと今も思っている。しかし、それでも俺は何処かで彼女の姿を追ってしまっているのさ」

 

「相変わらず気持ち悪いな、大蔵家」

 

「お母様!?」

 

 いきなりの無礼な発言に僕は思わず叫んだ。

 だけど、言われた当人である駿我さんは気にした様子も見せずに笑みを浮かべた。

 

「ハハハッ、才華君。気にしてないから大丈夫だよ……ただ大蔵の血を引いている君とアトレさんに一つ忠告をしておくよ」

 

「何でしょうか?」

 

「これは俺なりの考えだが、大蔵の人間は誰かを心の底から愛するとその相手以外に異性としての興味を覚え難くなってしまう」

 

 ……えっ?

 

「弟のアンソニーや俺の親父のように複数の女性に手を出す者もいるが、此方は此方で問題だ。だが、本当に問題があるのは俺や総裁殿の方だ。今でも俺や総裁殿は愛した相手を忘れられずにいる。それこそ他の相手との恋愛など考えたくもないぐらいにね」

 

 ……駿我さんの言葉に僕は覚えがあった。

 現に僕がそうだ。僕はあの日のお父様の顔が忘れられずにいる。

 唯一の例外は今のところ良く似ている小倉さんだけ。それ以外の女性には、性的興奮を覚えた事は一度も無い。

 成長して綺麗になったルミねえも含めて。

 

「だから、君達も好きな相手が出来た時は気をつけた方が良い。まぁ、俺の考えが間違っているかも知れないが」

 

「いや、今の駿我さんの意見には同感させて頂く。何故なら夫がそうだからな。私の夫は私以外の女性に興味がない」

 

「フッ、羨ましいね。惚れた相手と歩めるというのは」

 

 お母様と駿我さんは楽し気に会話をしている。

 ……何となく疎外感を感じた。やっぱりこういう場では、昔話がある方が良いと分かる。

 現に今も、離れた場所ではアンソニーさんとお父様が楽しそうに笑いあっている。

 

「こうして久方ぶりに会うが、やはり遊星君達家族は仲が良くて良いな。俺も息子と仲良くしたいのだが」

 

「やっぱりまだ壁がありますか?」

 

「うむ。何とか話をしようと色々としているんだが、『晩餐会』に呼んでも来てくれないんだ。だが、俺は諦めないぞ! 何時か遊星君達家族のような関係を息子と築いて見せる!」

 

「応援しています!」

 

 あちらはあちらで楽しそうだ。

 出来れば僕もルミねえやメリルさんと会話したいけど、今は二人ともひいお祖父様と大奥様の話し相手をしている。

 伯父様ならと思って周りを見回してみる。

 

「……アレ?」

 

「どうされました、お兄様?」

 

「伯父様の姿が何処にもない?」

 

「えっ? ……あっ、本当ですね。何時の間にいなくなったんでしょう?」

 

 アトレも気がついたように、会場内を見回すが、伯父様の姿は何処にもなかった。

 総裁殿は、真星お爺様と金子お婆様と会話をしているようだ。

 駿我さんとアンソニーさんの父親である富士夫おじ様は一人で黙々と食事をしている。

 僕とアトレが探している衣遠伯父様の姿は、『晩餐会』の会場の何処にもなかった。

 ……可笑しい。家族を大事にする伯父様なら、あまり会えないお父様との会話を楽しむと思っていたのに。

 

「本当に何処に行ったんだろう?」

 

「お父様に聞いて来ますか?」

 

「……いや、良いよ、アトレ。伯父様がいないのは寂しいけど、あの人は今回の『晩餐会』の準備をしていた筈だから、きっと忙しいのさ」

 

 正直に言えば、伯父様と楽しく会話したかったが、居ないのならしょうがない。

 僕とアトレは伯父様が用意した『晩餐会』の食事を楽しむ事にした。

 あっ! 美味しい!

 流石は伯父様! 食事がとても美味しいです!

 そのまま僕らは食事を楽しんだり、時には手が空いた人と交流して『晩餐会』を楽しんだ。

 

「では、食事もそろそろ終わりましたし」

 

 楽しい時間が過ぎるのは早かった。

 『晩餐会』に未だ姿を見せない伯父様を除いて参加した全員が用意された席に着席し、総裁殿が『晩餐会』の終わりを宣言しようとする。

 ……結局、伯父様は『晩餐会』が終わるまで戻って来なかった。

 本当に今日はどうしたんだろう?

 

「本年度初めての『晩餐会』はこれにて終了と……」

 

「お待ち下さい、総裁殿」

 

「えっ?」

 

 総裁殿が『晩餐会』の終わりを告げようとした瞬間、右脇に何かの資料と白い布に包まれた四角い何かを持った伯父様が姿を現した。

 今まで何処に行っていたんだろう?

 僕と同じ事を会場内に誰もが思ったのか、全員の視線が衣遠伯父様に向いている。

 ……いや、良く見てみれば、お父様とルミねえだけは何かを決意しているかのような顔をしている。

 そう言えば、伯父様は『晩餐会』前に二人と一緒に何かを話していた。もしかしたらこれからソレが始まるのかも知れない。

 

「『晩餐会』の終了宣言を暫しお待ちいただきたい総裁殿」

 

「いきなりなんですか? と言うか、今まで何処に行っていたんです?」

 

「ククッ、少々頼んでいた物の準備に手間取ってしまったので。本日は是非とも大蔵家、そして桜小路家の方々にお伝えしたい事があるのです」

 

「一体なんじゃ衣遠よ? 『晩餐会』が終わる直前に告げる事などあるのか?」

 

「あります、前当主殿。これよりこの大蔵衣遠が報告する事は、大蔵家の方々に不快感を与えてしまいかねない為、『晩餐会』を楽しみにしていた方々の為にこうして終わりまで待っていたのです」

 

「何じゃと?」

 

 うわっ! ひい祖父様の目が険しくなった。

 やっぱりこの人は一線から離れても、大蔵家を築き上げた人だと分かるぐらいに迫力があった。

 だけど、ソレを相手にしようとしている伯父様は、平然と立っている。

 

「……衣遠よ。下らぬ事で我ら大蔵家にとっての大事である『晩餐会』を台無しにすると言うなら、覚悟はあるのだろうな?」

 

「フフッ、前当主殿。残念ながら下らぬ事ではありません。事は大蔵家全員に関わる事なのですから」

 

 伯父様の発言に大蔵家の方々全員が困惑した。

 いや、やっぱり、お父様とルミねえだけは困惑していない。つまり、二人はこの伯父様の行動を事前に知っていたに違いない。

 僕の隣に座っているお母様は、予想外の事態に最初は驚いていたようだけど、今はこのやり取りを楽し気に見ている。

 流石は僕のお母様! その誇りと余裕が素晴らしいです!

 

「……衣遠君? 聞き捨てならない言葉が出たね? 我ら大蔵家全員に関わる事とは一体何なのだね?」

 

「今説明します、富士夫殿」

 

 伯父様は会場内にいる全員の視線を受けながら、堂々と総裁殿の横に立った。

 

「では、大蔵家、そしてこの『晩餐会』に来てくれた桜小路家の方々に宣言させて頂きます。この大蔵衣遠! 先日養子を取らせて頂きました!」

 

 誇るように伯父様は僕ら全員に宣言した。

 その宣言に、会場内にいる誰もが固まった。

 ……えっ? 今伯父様はなんて?

 養子を取った? 伯父様が!?

 

「なっ!? 何じゃと!?」

 

 いち早く伯父様の発言に我を取り戻したのは、『家族主義』のひい祖父様だ。

 だけど、その顔は烈火に染まったが如く、真っ赤になっていた。

 ひい祖父様は確かに家族主義だが、その『家族』に対してねじ曲がった考えを持っている方!

 そんな方の前で、養子なんて発言をしたら伯父様は!

 

「血迷ったか! 衣遠! 養子を取るなどと!?」

 

「正確には違います、前当主殿。養子を取った(・・・)です。既に書類関係は全て終え、この大蔵衣遠には子供がいる事に書類上はなっています」

 

「なななななななっ!? 何じゃと!? 貴様!!」

 

 ひい祖父様は怒りに満ちた声を上げながら立ち上がり、伯父様を睨んでいた。

 ……僕は正直ひい祖父様の姿が怖かった。

 ルミねえに頼んで、こんなに怖い人の手を借りようとしていたのかと後悔している。

 だけど、怒りを向けられている伯父様は余裕に満ちた顔をして立っていた。

 

「衣遠! やはり貴様には『家族』の大切さが分かっていないようだな! 十数年前は見逃したが、今回の件! 覚悟は出来ているのだろうな! 大蔵の血を引かぬ者に大蔵の名を与えるなど断じて認めんぞ! 儂の力で即刻そんな決定は取り消し! 貴様を破滅させてやる!」

 

 此れは本気でひい祖父様は怒ってる。

 このままじゃ伯父様が!?

 僕は心配になって伯父様に顔を向けるが、伯父様は余裕に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「ククッ、前当主殿。落ち着いて下さい。貴方は今言いましたね? 『大蔵の血を引かぬ者に大蔵の名を与えるなど断じて認めんぞ』と」

 

「そうだ! なのに貴様は大蔵の血を引かぬ者に大蔵の名を!」

 

「早合点しないで頂きたい。私が何時大蔵の血を引かぬ者を養子にしたと言いましたか?」

 

「……何? ど、どういう事じゃ? ま、まさか……」

 

「私が養子にした相手は血を引いています。大蔵の血を確かに!」

 

「なっ!?」

 

 伯父様の発言に、会場内にいる大蔵家の面々だけではなくお母様も驚いた。

 僕も驚いている。伯父様が養子を取った事にも驚いたが、その相手が大蔵の血を引く相手だったなんて!?

 

「信じられないでしょうが、これは事実です。私が養子にした相手との鑑定は、前当主殿。貴方の娘であるルミネ殿に協力をして頂きました」

 

「お父様。衣遠さんの言葉は本当です。私も鑑定の際に同席し……確かに親族関係だと鑑定の結果が出ました」

 

「ル、ルミネ……事実なのか?」

 

「はい。間違いなく、衣遠さんが養子にした相手は、私と同じ、大蔵の血を引いています」

 

 ルミねえの同意の発言に、会場内が静まり返った。

 これが他の大蔵家の人だったら、ひい祖父様は疑ったかも知れないが、規則至上主義で愛娘であるルミねえの発言では疑う事は出来ない。

 そうか。伯父様はこの為にルミねえと一緒に『晩餐会』前に行動していたんだ!

 

「会場内にいる方々には突然に新たに大蔵家の血を引く者がいると知って驚きでしょう。ですが、当然です。その相手は誰にも知られる事なく産まれてしまった大蔵家の人間。ある大蔵家の人間が使用人に手を出し、産ませてしまった子なのですから」

 

 お母様が僅かに不快そうに眉を顰めた。

 僕もちょっと気分が悪い。愛されて産まれた僕と違い、その人物は恐らく妾の子として産まれたんだろう。

 だけど、伯父様は僕の想像以上の事を語り出した。

 

「産まれたその子は、親に認知される事なく育てられ、母と共に使用人となるように育てられていたのです」

 

「……衣遠。事実なのか?」

 

「まさか、そんな!?」

 

 真星お爺様と金子お婆様は、何かを苦悩するように伯父様に質問した。

 伯父様は深く頷き、二人は顔を蒼褪めさせる。

 

「しかし、事の発覚を恐れた父親は、その者の母の死後に家から子供を追放。そのまま子供は居場所も無く転々と場所を変える生活を営んでいました。唯一受け入れてくれたと思われたとある屋敷からも、隠していた秘密が露見し追い出されたとの事です」

 

「……そんな酷い事が…。衣遠さん、その方は無事なのですか?」

 

「ご心配なくメリル殿。確かに精神状態は悪いですが、今は私が依頼した護衛役と共に過ごしています」

 

「良かった……衣遠さん。その方には居場所が必要なのですね? 自分がいると思える居場所が…。だから、貴方はその人を養子に取ったという事でしょう?」

 

「その通りです。大蔵家の方々には事後報告になってしまったのは申し訳なく思いますが……一刻の猶予もないとこの大蔵衣遠は判断しました。あのまま居場所も無いままでいれば……最悪自殺するほどに精神が追い込まれていましたので」

 

「ッ!? ……其処まで追い詰められているなんて」

 

 メリルさんは辛そうに顔を歪め、両手でそのまま顔を覆ってしまった。

 ……僕も悲しくなって来た。自殺したくなるほどに追い込まれている人がいるなんて事実が。

 現に僕の横にいるアトレが、涙を流しそうになっている。

 優しく僕はアトレを撫でた。

 すると、お父様が椅子から立ち上がり、ひい祖父様に声を掛ける。

 

「前当主様。どうか衣遠兄様の養子を御認め下さいませんでしょうか?」

 

「遊星。しかし」

 

「僕も似たような生まれです。前当主様はご不快に感じるでしょうが、大蔵の血を引くならば僕らは家族となれます」

 

「前当主殿。事後報告になってしまった事は深くお詫びいたします。ですが、どうか我が娘となる者の為にもお願いいたします」

 

「む、娘じゃと!?」

 

 娘と聞いたひい祖父様は動揺したように、頭を深く下げている衣遠伯父様を見つめた。

 ……そうか。衣遠伯父様の養子の相手は娘なんだ。

 どんな人なんだろうと僕が考えていると、黙って話を聞いていた駿我さんが伯父様に顔を向けた。

 

「衣遠。お前はどうやって養子の相手の素性を知った? 今の話が事実なら、その相手の素性はそう簡単に分からない筈だが?」

 

「それは全て総裁殿のおかげ」

 

「はっ? ……えっ? 私?」

 

 いきなり自分が関わっていると言われた総裁殿は、困惑したように衣遠伯父様に顔を向けた。

 伯父様はゆっくりと右脇に抱えていた資料を手に取り、総裁殿の前に置いた。

 

「報告が遅れて申し訳ありませんでした、総裁殿……件の人物、発見いたしました」

 

「……えっ? えっ? ええ? えええええええええええええっ!?」

 

 突然、総裁殿が悲鳴を上げて資料と衣遠伯父様の顔を何度も見比べた。

 

「まっ! まっ!? まさか!?」

 

「鑑定の結果も一致しています。総裁殿。ご報告するのが遅れて申し訳ありません」

 

「みぎゃあああああああああああああああっ!?」

 

 会場内に総裁殿の悲鳴が木霊した。

 今まで僕が一度も聞いた事がない悲鳴。その相手は目の前にある資料を慌てて抱き締めると、伯父様を睨みつける。

 

「か、隠していましたね!」

 

「隠すなど。ただ私は大蔵家の為に最善の方法を取っただけです」

 

「よ、選りにも選ってこんな場所で、しかも!?」

 

 何だろう?

 突然総裁殿はお母様に視線を向けた。

 件のお母様は慌てる総裁殿を楽し気に見ている。

 僕もちょっと嬉しかった。こんなに慌てる総裁殿は見た事が無いから。

 

「総裁殿。何を慌てているのですか? さぁ、その資料を大蔵家の方々に御見せして私の養子の件の正当性を示させて頂きたい」

 

「いやいや! 駄目です!! これだけは絶対に見せられません!」

 

「ふぅ、それは困る。このままでは我が身だけではなく娘までもが前当主殿に破滅させられてしまう」

 

「現当主として宣言します! 件の人物を大蔵衣遠の養子として認めます! はい! 『晩餐会』終了! 今すぐ全員退出です!!」

 

「待ってくれ、りそなさん。流石にそんなのでは納得出来ない。俺にも見せてくれないかな。その資料を」

 

「俺も俺も! それには衣遠の娘になる子が載っているんだろう? 見せてくれよ、従兄弟殿」

 

「あっ、僕もお願い、りそな。お兄様の子ってどんな子かな!」

 

「私も是非拝見したいです!」

 

 大蔵家の方々は総裁殿に語り掛ける。

 だけど、総裁殿は断固として資料を見せないと言わんばかりに強く抱き締める。

 

「ぜ、絶対駄目です! こ、この資料だけは見せません」

 

「総裁殿。どうかお願いする。このままでは私と娘が破滅してしまう。ククッ!」

 

「こ、この兄!? に、憎しみで人が殺せたら!」

 

「おやおや。では資料が駄目なら私の口からその相手の名を告げるとしましょう!」

 

「なっ!?」

 

「我が子の名は!」

 

「ひぎゃああああああああああっ!!! 止めて止めて!! この場でだけはお願いしますから、止めて下さい! お兄様!!」

 

 あっ、遂に総裁殿に泣きが入って来た。

 何時も僕に嫌味を言って来るので、困っている総裁殿を見ているだけで胸がスッとして来る。

 こんな光景を見れる日が来るなんて!

 ありがとうございます、大好きな伯父様!

 

「おい、りそな。大蔵家の面々が駄目なら私ならどうだ? 夫の親戚に加わる相手の顔が見たい」

 

「絶対駄目! こ、こんな資料があるから!!」

 

 総裁殿は突然資料を抱くのを止めて、紙を破き始めた。

 ビリビリと資料を破いて行き、紙くずが床に落ちる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、これでもう誰にも見られません」

 

「クククッ!!」

 

「この上の兄は!? 後で覚悟しておくんですね!」

 

「……フフッ、見ての通り資料は総裁殿が駄目にしてしまいました。申し訳ありません、前当主殿。ですが、我が娘の顔だけでも見ていただきたい!」

 

「……えっ?」

 

 伯父様の発言に総裁殿の顔が青ざめた。

 だけど、伯父様は構わずに右脇に抱えていた白い布で覆われた四角い何かを、テーブルの上に置いて皆に見えるようにした。

 

「さぁ! どうぞ! 我が娘の顔を! 御覧……」

 

「さ、させません!!」

 

 すぐ傍にいた総裁殿が伯父様の手から白い布に覆われた物を奪った。

 そのまま総裁殿は奪った物を大切そうに抱き締める。

 

「ぜ、絶対にさせません!! この場でだけは絶対に見せる訳にはいかないんです!」

 

「おやおや。では最終手段を取らせて頂こう。総裁殿。貴女は忘れている。今日の会場の準備を誰がしたのかを。その写真ならば、傷は少なかっただろうに……俺だ。やれ」

 

 スーツの上着から携帯を取り出した伯父様は、手早く何処かに連絡を取った。

 同時に会場の扉が開き、メイドが二名入って来て壁際に移動を始めた。

 伯父様は一体何をやるつもりなのだろう?

 ワクワクする気持ちで僕が待っていると、壁際に移動した二人のメイドが其処にあった紐を引き、何かが下に向かって広がった。

 

「ご覧ください! 大蔵の名を得た事で得た名は、『大蔵朝日』!! これぞ我が娘の姿!!」

 

 会場内にいる全員に見えるように、その光景は広がった。

 寂しげな顔をしながら左手で髪を押さえ、枯れ葉が茂っている木を見上げるメイド服を着た黒髪の女性。

 一つの芸術が僕らの前に広がった。憂いと悲しさで満ち溢れたその顔を僕は忘れない。

 この人は!?

 

「ほげえええええええっ!?」

 

 突然総裁殿が絶望に満ちた悲鳴を上げ、そのまま背後に椅子ごと倒れ伏した。

 同時に僕のすぐ傍で勢いよく何かがぶつかる音が響いた。

 僕とアトレが顔を向けてみると、お父様が顔をテーブルに叩きつけていた。

 他の大蔵家の面々も、呆然と壁に広がった女性が写っている写真を見つめている。

 

「ま……さ……か」

 

「……おいおい。この子は確か?」

 

「……朝日さん? えっ? この人が衣遠さんの養子?」

 

 ……今メリルさんは確かに朝日さんって言った?

 じゃあ、やっぱりこの写真に写っているのは!?

 

「小倉さん!?」

 

「お兄様! 確かに小倉さんです!! 何であの人の写真が!?」

 

 僕とアトレは驚いた。

 それと共にまたすぐ傍でぶつかる音が響いた。

 一体何事かと見てみると、お父様が今度は背後に椅子ごと倒れて転がっていた。

 

「お父様!!」

 

「大丈夫ですか、お父様!?」

 

「……お……兄様……こ、これは……どういう……事ですか?」

 

 小さな声でお父様は何かを呻いている。

 もしかして頭をぶつけてしまったのかと心配になり、アトレと二人で介抱する。

 ……そう言えば、お母様は?

 

「………」

 

 呆然と。それこそこれまで一度も見た事が無いような顔をして、お母様は壁一面に広がる小倉さんが写っている写真を見ていた。

 魂が抜け落ちたような顔をして、お父様が倒れた事にも気がつかずに、ただジッと小倉さんの写真を見ている。

 

「……衣遠よ」

 

「何でしょうか、前当主殿?」

 

「この娘が大蔵の血を引くのは間違いないのか?」

 

「はい。先ほど述べましたが、ルミネ殿との鑑定結果が一致したのは……彼女です! 前当主殿! どうか彼女の大蔵家の入りをお願いします!」

 

「ま、待ちたまえ! い、衣遠君! 勝手に話を進められては!」

 

「黙れ、親父」

 

「ヒィ! す、駿我?」

 

 一度も聞いた事のない怖い声を駿我さんが出した。

 その声を聞いた富士夫おじ様は悲鳴のような声を上げて、縮こまった。

 駿我さんは実の父親の様子になど構わず、腕を顔の前で組みながら衣遠伯父様を睨みつけている。

 その目は偽証は許さないという意思が込められているのが、離れている僕にも分かるぐらいに鋭かった。

 

「……衣遠。質の悪い冗談だったら潰すぞ?」

 

「ククッ、冗談? この『晩餐会』でその様な事が出来る訳があるまい」

 

「なら……本当に?」

 

「いる。間違いなく我が娘はいる。『大蔵朝日』。いや、旧名『小倉朝日』は実在している」

 

 真剣なやり取りをしている二人の姿を僕が見ていると、叩く音が僕の耳に聞こえて来た。

 音の方を見てみると、お母様が何かを堪えるように何度も両手でテーブルを叩いていた。

 

「お、お母様?」

 

「大蔵衣遠!! 良くも! 良くも朝日の名を! 大蔵などに!?」

 

 ……こんなお母様を見るのは初めてだった。

 怒りを発散するかのようにテーブルを叩いている。

 お父様はまだ呻いているし、どうしたら良いのかと悩んでいると、伯父様が僕に声をかけて来た。

 

「才華」

 

「は、はい、伯父様!?」

 

「お前は会っただろう? 小倉朝日と」

 

「……はい。僕らが帰国した次の日まで桜屋敷に小倉朝日さんはいました」

 

『なっ!?』

 

 僕の証言にお母様と何とか立ち上がろうとしていた総裁殿が愕然とした顔をした。

 伯父様はその二人に勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「ククッ、これで分かっただろう、駿我。小倉、いや、我が娘である『大蔵朝日』は実在している。何だったら、今護衛役をしている相手に、写真を撮って送って貰うとするか?」

 

「……いや、必要ない。才華君の証言だけで充分だ。そうか、いるのか。彼女が」

 

 駿我さんは何かを確かめるように呟いている。

 ……小倉さんを知っているのだろうか?

 いや、もしかして駿我さんが知っているのは、小倉さんのお母さん。『小倉朝日』さんの方なのかも知れないけど。

 ゆっくりと駿我さんは組んでいた腕を解き、伯父様に何時もの顔を向けた。

 

「分かった。大蔵家の次男家は、小倉……いや、大蔵朝日さんのお前への養子入りを認めよう。良いな、アンソニー」

 

「う~む。正直俺は戸惑っているが、兄上がそういうなら俺も賛成だ」

 

「私もです。これも神が与えた運命。あの朝日さんに似た人が苦しんでいるのなら、私は助けたい。これからは私達が彼女の家族です」

 

「ククッ、感謝する」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、伯父様は頭を下げた。

 その伯父様に今度は金子お婆様が話しかける。

    

「……衣遠。この方はいるのですね?」

 

「はい、母上。嘗ての遊星のような境遇にあります」

 

「……これで私がした事が赦されるとは思えませんが、良いでしょう。この大蔵金子も養子入りに賛成します」

 

「私もだ衣遠。彼女とは何れ会ってみたい」

 

「必ずや会わせる事を約束しましょう」

 

 これで大蔵家の大半が小倉さんの養子入りを納得した。

 後の問題は、ひい祖父様だけ。

 

「……此処まで他の者が彼女の家族入りを認め、どのような形にしても現当主であるりそなも認めているのならば、認めざるをえないか」

 

「では」

 

「だが、その件の彼女がこの場には来ていない。これから家族となると言うのに」

 

「それに関しては今は療養中と説明した筈ですが」

 

「分かっておる。お前への養子入りは儂も認めよう。だが、大蔵の名を名乗る事を赦すのは直に会って確かめてからだ」

 

「……では、一年後の『晩餐会』までお待ち下さい」

 

「良かろう。一年後の楽しみが出来た。では、りそな」

 

「……は、はい。それでは……『晩餐会』を終了といたします。もう休みたい。何もかも忘れて」

 

 今まで見た事が無いぐらいに総裁殿は、憔悴しながら会場を出て行った。

 僕らも呻いているお父様を連れて出ようとするが、その前に伯父様が床に落ちていた白い布が巻かれている四角い物を拾い上げ、いまだに椅子に座ったままのお母様に近づく。

 

「桜小路。今年は良く来てくれた。ククッ」

 

「大蔵衣遠! 一度ならず二度までも、私から朝日を!?」

 

「ククッ、流石は桜小路。貴様にはやはり分かるようだ。だが、本人が会いたくないと言っていたのでな」

 

「なっ!? そ、そんな……朝日が私に会いたくないなどと……あ、あり得る筈が……」

 

「クハハハハッ! また、来年も来るが良い! その時は正式に『大蔵朝日』となった我が娘に会わせてやろう! これは餞別だ!」

 

 伯父様は勝ち誇りながら白い布を取り払い、額縁に飾られた小倉さんの写真をお母様の目の前に置いた。

 

「では、俺は総裁殿に話があるので失礼する。桜小路。今日は楽しかったぞ。クハハッ!!!」

 

 伯父様は笑いながら部屋を出て行った。

 僕はアトレと共にその背を見送り、もう一度お母様に顔を向け、すぐに目を逸らした。

 お母様の顔は今まで見た事が無いぐらいに怒りに染まり、小倉さんの写真が入った額縁を握りつぶさんばかりに持っていた。

 ……小倉さん。貴女は一体何者なのでしょうか。

 僕はいますぐに貴女の事が知りたいです。




因みに展示された朝日の写真のイメージは、『乙女理論とその周辺』のパッケージで出てる朝日を憂いを帯びた表情にして鞄無しで、横から撮っている感じです。
取ったのは衣遠の部下(写真家志望)で、朝日を監視していた時に撮ったものです。
今回の正確な顛末を朝日が知ったら、多分数日間罪悪感で寝込んでアメリカに行って土下座をやるでしょう。

人物紹介

名称;大蔵駿我(するが)
詳細:『乙女理論とその周辺』で出て来る大蔵家の次男家の長男。大蔵グループ米国支部を管轄する管理主義者。嘗ては衣遠を相手に当主争いを繰り広げていたが、今は悠々自適に暮らしている。実の父親である富士夫が妾に産ませた子を引き取って育てているが、本人は独身。今だに十数年前にパリで出会ったとある女性の事が忘れられないでいる。米国の担当者なので、才華達とはそれなりの付き合いをしていた。

名称:大蔵アンソニー
詳細:駿我の異母弟。大蔵家のムードメーカー。二年前に息子を認知したが、その息子との関係は旨く行っていない。何とか息子と和解出来ないかと悩んでいる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。