月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
先ずは遊星sideの方からになります。
烏瑠様、秋ウサギ様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!
side遊星
「以上が彼女から聞いた話となります……非常に残念な事ですが、やはり彼女はアメリカに居た頃に『桜小路才華』と言う男性のゴーストを務めていたと自ら認めてくれました」
「そ、そうですか……」
予想出来ていたけど、やっぱり才華さんはゴーストの件をラフォーレさんに明らかにしたんだ。
でも……これはもう仕方がない。ラフォーレさんは僕とカリンさんに話題を出した時点で確信していた。樅山さんを同席させたのが証拠だ。
下手に誤魔化したりしたら、寧ろ尚更話が拗れていた。だから、才華さんがゴーストの件を認めるのは仕方がない事なんだけど……不味い事には変わりないよ。
「それでこの件に関して、貴方はどのような対処をしたのでしょうか?」
カリンさんに心から感謝したい。
背中を冷や汗でびっしょり濡らしながら動揺して硬くなっている僕と違って、冷静にラフォーレさんに問いかけてくれた。本当に助けられた。
そうだ。少なくとも、ラフォーレさんは何らかの対処をしたはずだ。それをまず知らないと。
少し冷静さを取り戻せた僕は真っ直ぐに顔を向けて、カリンさんの質問に対するラフォーレさんの答えを待つ。
「先に言っておきますが、彼女を責めるような事はしません。確かにアメリカに居た頃に『ゴースト』を務めていたと言うのは、非常に問題がある行為です」
ラフォーレさんの言う通りなので、僕もカリンさんも此処は頷くしかない。
「ですが、確認したところ、もう彼女はゴーストに戻るつもりはないようなので事を荒立てるようなことはしません……いや、彼女の総合部門の班員の事を考えると出来ないと言うのが正しいでしょう」
「……ですね」
カリンさんがラフォーレさんに同意を示し、僕も静かに頷いた。
才華さん達が参加する総合部門の班には……ジャスティーヌさんがいる。しかも凄くやる気だ。
もしもそんなやる気のジャスティーヌさんが、総合部門に参加出来なくなったらと知ったら……考えるだけでも怖い。
「元々この件に関しては確認の意味合いが強かった。もし彼女の作品を見て、似たような作品をアメリカで見たと連絡が来ても、学院側はハッキリと『小倉朝陽』の作品だと告げられます」
……それはそれで不味い。
ラフォーレさんはもう、今の才華さんのデザインを『小倉朝陽』のデザインだと認識してしまっている。もし才華さんがエストさんに真実を話してデザイナーを続けられても……りそなが言っていたようにデザイナーとして活躍するのは無理だ。
だって、ラフォーレさんはこれからも世界中の服飾雑誌に目を通す。その中で『桜小路才華』の名前が出た作品を見れば、当然それが『小倉朝陽』の作品だと気づく。そうなったら、未だにゴーストを『小倉朝陽』にやらせていると思って大事になりかねないよ。
「そ、それで……朝陽さんに……ゴーストをやらせていたという『桜小路才華』さんと言う人に関しては……その……どうされるつもりなのでしょうか?」
これが一番重要な話だ。今後の僕とカリンさんの行動に関わる事だから。
「それに関してですが、私は勿論『桜小路才華』と言う少年に関しては強い憤りを覚えています。服飾の道を歩んでいる個人として、そして……デザイナーとしてもゴーストと言う行為はやはり許し難い行為ですから……ですが、どうやらエスト・ギャラッハ・アーノッツは彼に対して期待しているようなところがあるようです」
「エストさんがですか?」
「私が『桜小路才華』の行為に対して強い憤りを示した時に、強い反論を彼女は示しました。なので、彼女の意思を尊重して条件を提示し、それが出来れば彼のゴーストの件は一時の気の迷いだったとする事にしました」
これは……かなりの好条件だ。
世間一般のゴーストを使った人に対しては、破格の温情と言って良い。もしかして才華さんがデザイナーとして活躍できるかも知れないと、僕は僅かに期待したけど……。
「条件は、『今週中に桜小路才華を私の前に連れて来て、彼が描くデザインを見せる』事です。そして私の目に適う才能を示す事ですね」
無理です!
思わず心の中で叫んでしまった。でも……うん。どうやっても無理だ。
提示された条件が凄く破格なものだという事は分かる。でも……そもそも才華さんがラフォーレさんに会うこと自体が無理。もし会ったりすれば、ゴーストよりも不味い事実が明らかになってしまう。
……性別を偽って学院に通っている事がバレてしまう。
いや、性別を偽っているのは僕も何だけどね。とにかく、此処はラフォーレさんの出した条件に対して答えないと……。
「……は、破格の条件ですね」
「ええ、私自身もそう思います。しかし、彼女の主人であるエスト・ギャラッハ・アーノッツが桜小路才華と言う少年に対して強い信頼関係を示したから。もしかしたらそれだけの才能があるのかも知れないと思ったのです」
「な、なるほど」
其処まで才華さんを信頼してくれているエストさんに感謝したいけど……提示されてしまった条件を達成するのは本当に無理だ。
『小倉朝陽』の正体が桜小路才華さんという
「……状況は分かりました。では、私とカリンさんが今回の件を理事長に報告するのは構わないでしょうか? 勿論、ラフォーレさんが適切な対処をしたと報告します」
「ええ、それでお願いします……では、長々と仕事の話をしてしまい申し訳ない。此処からは学生として授業を受けて来て下さい」
「はい……では、失礼します」
僕とカリンさんはソファーから立ち上がり、ラフォーレさんに頭を下げて、そのまま総学院長室から出た。
ラフォーレさんもこれ以上僕らを引き留めるつもりはないのか、軽く頭を下げるだけで終わった。
扉が閉まると、僕とカリンさんは揃って溜め息を吐いてしまった。
「非常に難儀ですね」
「はい。難儀です……とにかく、りそなさんとお父様に報告しないといけません」
時間を確認すると、ホームルームが終わる時間になっていた。
2人に連絡していたら、一限目の授業にも遅れてしまいそうだ。
「私の方から連絡しておきましょうか?」
「……いえ、私から連絡します」
事前に2人に連絡してちゃんと僕から報告するって伝えていた。
授業に遅れるのは大変申し訳ないが、今は才華さん達の方が重要だ。この時間だったら絶対に使われていないサロンで連絡しよう。そう思ってサロンに向かって移動していたら……。
「小倉さぁぁぁん!! クロンメリンさぁぁぁん!!」
「えっ!? も、樅山さん!?」
「はぁ……どうやら難儀な事は他にもあるようですね」
僕らを見つけて慌てて樅山さんが駆けて来た。
かなり追い詰められた様子だ。……カリンさんの言う通り、本当に難儀な事が起きてそうだ。
「た、大変なんです!?」
「お、落ち着いて下さい。あ、あの、取り敢えずサロンで話しましょう」
今、僕らがいる場所は廊下。もうすぐ授業が始まるけど、油断したらいけない。
一瞬の気の緩みが、これまでの全部を台無しにしてしまう事を僕は嫌と言う程に思い知らされた。
樅山さんも分かってくれたのか、一先ず落ち着いてくれて僕らは一緒にサロンに入った。それで何があったのか聞いて見たら……。
「実は小倉さんとクロンメリンさんが総学院長室に入った後、エストさんが教室に戻らずに朝陽さんを連れて何処かに行ってしまったんです」
「ほ、本当ですか!?」
「はい……引き留める間もなく、エストさんは朝陽さんを連れて走って行って……授業には遅れるってエストさんは言っていたんですけど……あの様子だと遅れるだけじゃすまないと思います。追いかけようにも、ホームルームの時間が迫っていて追いかける事も出来ませんでした。ごめんなさい!」
……不味い。忘れていたけど、エストさんは時々予想だにしない行動力を発揮する人だった。
多分……ラフォーレさんが言っていた条件を果たす為に、『桜小路才華』さんを探しに行ったんだ。そうなると……。
「未だに戻って来ていないのですね?」
「はい……少なくともホームルームの最中に2人は戻って来ませんでした」
「あ、あの……カリンさん……やっぱりこれは?」
「恐らく今頃はエスト・ギャラッハ・アーノッツに、自分の正体を話しているかも知れません……桜小路の若君は」
「そ、そんな!?」
カリンさんの予測に、樅山さんは床に膝を突いて座り込んでしまった。
僕もカリンさんの予測は当たっていると思う。だって……エストさんは才華さんに……こ、好意を寄せているそうだから。
好意を寄せている人の将来がかかっている話が出たら、居ても立っても居られない。他の事なんか構わずに飛び出したくなる気持ちは、僕も少なからず分かる。でも……とんでもなく事態が悪化している!?
だ、だって、真実を話すって事は、才華さんが性別の事とエストさんの家にしてしまいかけた事も話さないといけないんだから!
「と、取り敢えずりそなさんに連絡します!」
事態はもう僕らだけじゃ対処し切れない!
急いでりそなとお父様に連絡しないと、どんどん状況が悪くなってしまう!
「……あっ! りそなさんですか! じ、実はラフォーレさんと朝陽さん達の話し合いの結果なんですが……」
手に持つ携帯の通話が繋がったのを確認し、僕はりそなに状況を説明した。
『………』
言葉も無いようだ。
通話越しに、りそなが机に手を突いて頭を抱えているのが分かる。
「小倉様。今、桜の園にいる八十島壱与に確認したところ、エストお嬢様と桜小路の若君はどうやら桜の園の2階にいる可能性が高いようです。事前に八十島壱与には地下から上がって来るエレベーターの動きを見張るように指示をお願いしていましたので」
流石はカリンさん。
僕が総学院長室から離れている間に、彼女も打てる手は打っていたようだ。
『……カリンさんに携帯を代わって下さい』
「分かりました……カリンさん。りそなさんが話があるようです」
差し出した携帯をカリンさんは受け取ると、すぐに耳に当ててりそなと話し出した。
「はい……分かりました。では、そのようにいたします」
どんな指示をりそなは出したんだろうか?
気になっていると、カリンさんは僕に携帯を返してくれて、そのまま頭を下げるとサロンを出て行ってしまった。
「あ、あのりそなさん……カリンさんはどちらに?」
『本当だったら顔なんて見たくもありませんでしたが、こうして予定よりも早く正体がバレてしまう恐れが出てしまったので、カリンさんは迎えに行かせました』
「それは……まさか?」
『えぇ……本当に顔を見たくないんですけど、甘ったれの正体がバレていた場合、私からも事情を説明しましょう』
「……私も同席した方が良いでしょうか?」
『いえ、貴方は上の兄に連絡した後、教室に戻って構いません。甘ったれが何処まで主人である彼女に話すのか分かりませんし。調査員である貴方の事を隠していたら、同席すると余計ややこしくなりかねませんからね』
「分かりました」
出来れば同席したかったけど、りそなの言い分は分かるので納得出来た。そう思っていたら、恐る恐る樅山さんが片手を上げた。
「あ、あの……出来れば小倉さんには教室に戻って欲しいです。さっきホームルームが終わっても、戻ってこない小倉さん達に教室の皆は心配していました。特に朝陽さんとエストさんと一緒に総合部門を目指している梅宮さんとジャスティーヌさんは、かなり不安そうにしていたんです」
どうやら僕の方もりそな達の話し合いの席に同席する余裕はないようだ。これはかなり覚悟して教室に戻らないといけない。きっと、質問攻めにされるだろうから。
『そっちもそっちで大変でしょうが、頑張って下さい』
「りそなさんも気を付けて。あっ! そう言えば話はやっぱり理事長室でするんでしょうか?」
『私の執務室は内容的に色々と不味いですからね……桜屋敷でする事にします」
さ、桜屋敷!?
あっ! でも、確かにあそこなら、急に誰かが訪ねて来る事も今はないから安心して話せる。話の内容的に誰かに聞かれるのは本当に不味いし……才華さんが正体をエストさんに教えていたら尚更に誰かに聞かれないようにしないといけない。
……心配した梅宮さんとジャスティーヌさんが、2人の部屋に向かわないとも限らないしね。
『じゃあ、そろそろ私も移動しないといけませんから』
フィリア学院から桜屋敷まで歩いて5分。
才華さんは身体の事もあるから、きっと八十島さんが運転する車でエストさんと一緒に向かう事になると思う。
「其方の事はお願いします」
『出来るだけやってみます……ああっ、見たくもない顔を見る事になると気が重いです』
そう言いながらも、何だかんだで助けてあげるりそなが僕は好きだよ。樅山さんがいるから口に出来ないけど。
りそなとの通話を切った僕は、今度はお父様に連絡を入れる為に携帯を操作する。
「お父様ですか? はい、話し合いの方は終わりましたのでご報告します」
通話に出てくれたお父様に報告しながら、僕はどうかこれ以上問題が起きないよう強く願った。
side才華
とても痛ましく重い空気が僕らが乗る車の車内に満ちていた。
運転してくれている壱与は、バックミラー越しに僕とエストの様子を視線で見ている。事前にカリンから大体の事情は聞いていたんだと思う。心配させてごめん、壱与。
助手席に座っているカリンは無言だけど、話しかけないでくれと言う空気を纏っている。
そして僕と一緒に後部座席に座っているエストと言えば……。
「………」
両手で顔を覆って俯きながら真っ赤になっている。
うん。とっても気持ちが分かる。だって、僕も白い肌を赤くして同じように俯いているからね。
あああっ! 思い出すだけで本当に恥ずかしいよ!
だ、だって、僕とエストはこれから一線を越えるところをカリンに見られたんだから! いや、僕よりもエストの方が恥ずかしい。あの時の僕は目を閉じていたし、エストにソファーの上で馬乗りにされていた。
目を開けたのは、慌ててエストが僕の上から飛び降りてからだ。その分、僕の方が感じている羞恥心は少ない。
……と、取り敢えず総裁殿が待っている桜屋敷に僕らは移動する事になった。今も続いている重苦しい空気で。
「……あ、あの?」
「何でしょうか? 小倉朝陽様?」
こ、怖い。
カリンが元々僕に素っ気ないのは知っているけど、何時もよりも更に素っ気ないように感じるのは気のせいじゃない。
だって、バックミラー越しに僕達の様子を見ている壱与も視線で『一体何をされたんですか?』と問いかけているから。
ごめん! 壱与!
あの出来事は僕もエストも、墓に入るまで誰にも話したくないんだ! だけど、この空気を少しでも変えたいから、気になっていた事をカリンに質問する。
「ど、どうして、私の部屋の鍵を?」
確かに僕は部屋の鍵を掛けた筈だ。
話す内容が内容だけに、急に誰かが訪ねて来て扉を開けられたら大変だ。主に僕らが戻って来ない事に痺れを切らしたジャスティーヌ嬢とか、心配で我慢出来なくなった梅宮伊瀬也も来るかもしれない。
勿論、不埒な事は……エストからされそうになった。
思い出してまた顔が赤くなっている僕に、やっぱり素っ気ない声でカリンが答えてくれた。
「貴方の日本での保護者から、緊急時には桜の園のフロントキーを使用して構わないと許可を頂いています。因みに日本での保護者の方だけではなく、アメリカにいるご両親からも許可は貰っていますので不法侵入になりません」
伯父様、お父様、お母様の3人から許可を貰っているんじゃ何も言えないよ!
「……あ、あにょ……どのぐらいで目的地に着くんでしょうか?」
羞恥心で顔を真っ赤に染めながらエストがカリンに問いかけているけど……ごめん、エスト。
「もう着きました」
「……えっ?」
うん、君が羞恥心で固まっている間に到着していたんだよ。僕の生家である桜屋敷に。
「……あ、朝陽? さ、桜小路家のお屋敷って遠いんじゃ?」
「申し訳ありません、お嬢様。私の家は、フィリア学院から歩いて5分。桜の園から歩いても5分で辿り着けるこの屋敷です」
「……こ、こんな気持ちで、心の準備も出来ていないのに、これから理事長に会うなんて」
「あ、あの? 本当に何があったんですか?」
「気にしないで下さい。私も出来る事ならば見なかった事にしたいので」
僕もなかった事にしたいよ。本当に。
先に降りた壱与に車のドアを開けられて、僕とエストは恥ずかしさで顔を俯かせながら外に出た。
桜屋敷の駐車場には、屋根があるので日傘を差さなくても降りられるし、そのまま屋敷内に入れる。
先を歩くカリンに続いて、僕らは総裁殿が待っている応接室に向かった。
次回はりそなと才華、エストの対面ですが、言うまでもなく大蔵家の力は使えません。
才華達は自力で現状を何とかしないといけません。