月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
最も才華達が望むような援護は在り得ません。
烏瑠様、秋ウサギ様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
「此方の応接室の中で、既に総裁殿はお待ちになっています」
カリンの案内で駐車場から僕らがやって来たのは、桜屋敷の応接室。
この部屋の中に僕の叔母であり、現大蔵家の総裁殿が待っている。
「り、理事長が、こ、この部屋に……」
僕の隣にいるエストも緊張でガチガチになっている。
……仕方ないよね。本来ならエストの身分だと、文字通り天と地ほどの差がある人なんだから。いや、それよりも僕は会って問題はないんだろうか?
総裁殿から出されていた課題を僕は終えていない。4月に会った時には、ハッキリと顔も見たくないって言われているし。
「今回は特例だそうです」
……顔に出ていたのか、カリンが教えてくれた。
会って良い事が分かって嬉しいけど……絶対総裁殿は怒っている。エストに正体を明かした時とは違う恐怖で、思わず身体が震えてしまう。
因みに壱与は長い話になるのが決まっているから、キッチンに紅茶を淹れに行ってくれている。
ん? そう言えば……。
「あ、あの? 小倉さんも中にいるんですか?」
「いいえ、小倉様は教室にお戻りになりました。本来ならば今日は授業がある日です」
うっ!
そうだよね。僕とエストって、今日はズル休みしたようなもの。もしかしたら今頃は、ジャスティーヌ嬢や梅宮伊瀬也から、僕らと同じように呼び出された事になっている小倉さんは質問攻めにされてるかも?
うわああああっ!! 凄く罪悪感を感じる!
「あうぅぅぅっ!!」
エストも気付いたのか、恥ずかしさと申し訳なさで顔を赤くして頭を抱えてしまってる。
ごめんなさい! 小倉さん! このお詫びは何時か必ずします!
「お2人には総裁殿との話が終わったら教室までお連れ致しますので、その事は予めご了承して頂きます」
『はいっ!』
僕とエストは揃ってカリンに頷いた。
うん。話が終わったら真っ直ぐに教室に戻ろう……それに、もう
僕とエストの様子に満足したのか、カリンは頷いて応接室の扉をノックした。
「失礼します。ご指示通り、お2人をお連れしました」
「……入って貰って構いませんよ」
……扉越しから聞こえてきた声だけでも、総裁殿が本当に機嫌が悪い事が分かった。
でも、逃げる事なんて出来ないから、僕とエストはカリンが開けてくれた扉を通って応接室に入った。
「良く来てくれましたね」
応接室に入ると総裁殿は普通に応対してくれた。
でも……叔母と甥と言う関係と、これまでずっと弄られていた僕だから分かる。今総裁殿は入学式の日の時のように、内心では凄く怒ってる!
「取り敢えず2人とも、立ったまま話せる話ではないので椅子に座って下さい」
「わ、分かりました……エスト、そっちの席に」
「う、うん」
エストの従者として対応すべきなのか一瞬悩んだけど、此処は桜小路才華として話した方が良い。
そう思いながら、僕とエストは総裁殿と向き合うようにそれぞれ応接室の椅子に座った。
「……ふぅー……どうやら性別に関しては話したみたいですね」
流石と言うべきか。総裁殿は僅かなやり取りで、此方の事情を察したようだ。
「はい……既に小倉さんとカリンから連絡を受けていると思いますが……エストには僕の本当の性別と学院に女装して通うまでの経緯……そして……僕がした行為で彼女の家が大変危険な事態になってしまった事に加えて……小倉さんとカリンが生徒に扮した調査員であることまで話しました」
「そうですか……アーノッツさん」
「は、はい!」
「この度は甥と姪、そして叔母が大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
総裁殿は言い終えると共に頭を……って!?
「ええええっ!?」
大声を上げてしまった! だって、あの総裁殿が!?
大蔵家の現当主で、『最も華やかな道を歩んでいる』とまで言われている女性が……エストに向かって深々と頭を下げてる。
「あ、あの……その……」
エストもまさか、大蔵家の総裁から頭を下げられるなんて思ってもみなかったのか戸惑っている。僕も戸惑っているけどね!
「こうして甥の正体が明らかになった今、後で朝日からも謝罪を受けると思います」
ぐふっ!
……小倉さんまで謝罪する事になるなんて……物凄く罪悪感を感じて胸が痛い。
「それと今は日本にいないので無理ですが、後日、日本に帰国した際、其処の甥の両親である義姉と兄も、貴女に直接会って謝罪すると言う旨を伝えられています」
お母様とお父様までエストに謝罪を!?
……いや……僕のしてしまった事を考えれば……当然だよ。申し訳なさと罪悪感で顔を上げられない。
「黙認と言う形とは言え、私も甥と姪、そして叔母の行為を見過ごしていた立場です。本来なら出来るだけの釈明はしたいところですが……何分今は私も何も貴女に対しては出来ません。協力していた立場にいる私の秘書である上の兄もです」
「い、いえ……その……うぅっ、アサヒィィ~」
まさか、大蔵家現当主に頭を下げられるとは思っていなかった僕の主人は、どうしたら良いのか分からずに涙目になってしまった。
期待されるのは嬉しいけど……ごめん。僕も総裁殿が頭を下げるとは思ってなかったから、どうしたら良いのか分からないよ。
「紅茶をお持ちしました」
丁度良いタイミングで壱与が紅茶を持って来てくれた! ありがとう、壱与!
これで一先ずは一息つけると思った僕とエストは、揃って運ばれてきた紅茶に手を伸ばした。
紅茶を運び終えた壱与は、カリンと共に応接室の壁際に待機している。
「……それで其処にいる甥の正体を其方は知った訳ですが、アーノッツさんが何もしていないと言う事は……赦してくれたと言う事ですか?」
「……正直言って、今も才華さんが私にした行為に関しては複雑な気持ちで一杯です。勿論怒ってもいます」
「まあ、そうでしょうね」
「でも……私は才華さんのおかげで、デザイナーとしてちゃんと自立する切っ掛けを得る事が出来ました。他にも彼が居たからこそ、ちゃんと理解出来た事も沢山あります……それで理事長に質問があります」
「出来るだけ答えますが……答えられない事もあります。それでも構いませんか?」
「構いません……今日、総学院長と話していた時に聞かれたんです。『文化祭のコンペに参加したのは私なのかどうか』って」
……エスト。
「それですか」
質問に対して総裁殿は僅かに眉を顰めている。
もう殆ど理事長としての権限は無いようだけど、調査員である小倉さんとカリンから報告を受けているに違いない。わざわざ総学院長に連絡して、エストに嫌がらせをしようとした相手の事を。
「総学院長は誰かから話を聞いたような事を言っていました……その相手は誰ですか?」
「……余り言いたくはありませんが、その連絡をしたのは、どうやら貴女の姉のようです。甥から聞いているようですが、今壁際で待機しているカリンさんと学院にいる朝日は、私が生徒に扮して送り込んだ調査員です。2人はこれまで調査員として実績を上げていたので、総学院長も相談と言う形で話してくれたそうです。連絡してきた相手は、貴女の双子の姉、『エステル・グリアン・アーノッツ』だと彼は告げたと言われたらしいです」
「やっぱり……お姉ちゃん」
ギュッとエストが両膝の上に置いている両手を握ったのが分かった。
ある程度、覚悟はしていたんだろう。でも、どんな形にしても慕っていた双子の姉に裏切られたと言う気持ちはあるに違いない。
出来る事なら、エストの手を握ってあげたい。でも……この場でそれをやるのは流石に不味い。
「……」
壁際にいるカリンも、無言で面倒を起こすなと言う意志を目で僕に伝えてきている。はい、これ以上の問題は起こしません。
やがて考えが纏まったのか、エストは頷くと顔を上げた。
「教えて貰って、ありがとうございます……それでその理事長も……私とお姉ちゃんが過去にしていた事を……」
「アメリカで活動する前の、ロンドンに居た頃にモデルの入れ替わりをしていたという話は知っています。ですが、その件に関しては私は何も言いませんし、貴女の今後の服飾活動に対しても何もしない事を此処で約束します」
ほっとしたようにエストは僅かに安堵の息を吐いた。
ただ昔の事とは言え、やっぱりエストが姉と共謀してモデルの入れ替わりを複数回コンクールで実行していたのは事実だから、伯父様や今回の僕に起きたように過去の記録を見て気付く人は、もしかしたら今後も出て来るかも知れない。
……或いは考えたくもないけど、あの姉がまた問題を引き起こすとかもありそうで怖い。
「ただ私もブランドを営んでいる身ですから言いますが……この道に限らず不正に関しては有名になれば有名になるほどに敏感になっていきます。貴女が本格的に服飾の道を進むつもりなら、双子のお姉さんとは決着をつけておいた方が良いでしょう」
「はい……冬休みになったら実家に帰って、お姉ちゃんにハッキリ言います」
良かった。
どうやら、エストはもう本当にあの双子の姉のデザイナーとしてのゴーストになるつもりはないようだ。目を見れば分かる。
場違いなのは分かるけど、それでも心から嬉しいよ、エスト。
「あ、あのそれで理事長……今回の才華さんの件に関しては……」
もしかしたら総学院長の説得に協力してくれるんじゃないかと、エストは期待に満ちた目を総裁殿に向けている。
……でも、僕には分かってる。総裁殿が此処に呼んだのは……僕を助けてくれる為じゃない。きっと、呼びだした理由は……。
「ああ、その件に関してですが……甥」
「はい」
総裁殿はエストの時と違い、明らかに声の声音に怒りが滲んでいる。やっぱり、此処にエストだけじゃなくて僕を呼んだのは……。
「今回の問題に関しては、私と上の兄は一切貴方に対して協力しません。自分で蒔いた種が芽吹いたんですから、自分で何とかしなさい」
っ!?
……覚悟はしていたけど、こうして直接ハッキリと言われるとショックを感じずにはいられない。
心の何処かで……もしかしたら助けてくれるかもしれないと言う甘えが僕の中に残っていたのもある。だけど、今ハッキリと言われてしまった。総裁殿も伯父様も……『大蔵家は僕を助けない』と告げられてしまった。
いや……正確に言えば助けられないんだ。
「分かりました」
「ま、待って才華さん! あの、せめて総学院長の説得だけでも!」
「出来ません。今、私は身内の不祥事の数々で下手な動きが取れない立場に追い込まれています。理事長の席も、もう既に形だけで、今の私にはフィリア学院における権限を一切行使できない立場にまで追い込まれてしまっています」
「っ!?」
信じられないと言うように、エストは目を見開いて僕に確かめるように目を向けていた。
無言で僕は頷く。総裁殿は、本当にもう理事長としての立場が持つ筈の権限も力も失ってしまっている事を知っているから。
「ど、どうしてそんな事に? ……あの、もしかして才華さんが性別を偽って学院に通ったからですか?」
落ち込んでしまう。エストの知る情報からすれば、それが一番総裁殿に被害が及ぶ話には違いない。
まさか、僕の件以外でも問題が起きているなんて思ってもみないよね。
「甥の件とは別件ですよ。尤も其処の甥の件が表沙汰になったら、もう本当に私は形だけの理事長の席も失い、今年中に理事長を解任されるでしょう。其処まで私は追い込まれています」
「……じゃあ、本当に総学院長の説得は……」
「無理です」
少なからずの擁護があるかも知れないと期待していたのか、エストはかなり落ち込んでいる。
「まあ、このまま行けば甥のデザイナーとしての人生は終わるでしょうが、パタンナーや縫製のスタッフとしてはやっていけますしね」
それで良いでしょうと言うように、総裁殿は僕に顔を向けた。
確かに……まだエストからハッキリとした赦しは貰えてないけど、デザイナーとしては無理でもパタンナーや縫製のスタッフとしては今後も服飾に関われるかも知れない。
……これからもどんな形でもエストと一緒に服飾を出来るなら、それも良いかな?
「そ、それじゃ駄目なんです!」
「エスト!?」
納得しかけた僕と違い、エストは納得出来なかったみたいだ。
「わ、私は才華さんとこれからも服飾を続けたいんです。パタンナーや縫製のスタッフとしてだけじゃなくて……デザイナーとしても」
……ありがとう、エスト。
立場の差なんて関係なく、総裁殿に真っ向から意見を言った君は……本当に誇り高い貴族だ。
「この反応……えっ? まさか……そっちでも同じ? ……代で同じ事が……」
何だろう? 何だか総裁殿が思ったよりも動揺しているような? 僕の気のせいかな?
「……き、気持ちは分かりますが、一体どうするつもりですか? まさか、総学院長である彼に、実は自分の従者が『桜小路才華』本人だと教えるつもりなんですか?」
「そ、それは……」
「……以前、伯父様が話してくれましたが、総学院長は才能あるならば性別の事は認めてくれるという話がありました」
「じゃ、じゃあ!?」
「だけど……それはあくまで問題が起きていない時の話で、今の状況じゃ無理だと思う」
確かめるように総裁殿に目を向けると、僅かに頷いてくれた。
「其処の甥の言う通りです……それに弱みを見つけた彼が、どんな行動に出るかも分かりませんしね」
後半の方は小声で良く聞こえなかったけど、総裁殿が危惧している事は分かる。
小倉さんの影響で、総学院長に変化が起きているらしいけど、彼がそう簡単に人生の目標として定めている『新しいジャン・ピエール・スタンレーを創る』と言う考えを捨てられるとは思えない。
カバーストーリーで認めたゴーストの話がでまかせだと明らかになったとしても、性別を偽って学院に通っていたという言い逃れができない弱みが彼に握られてしまう。
「それともう1つ。この問題を潜り抜けたとしても、其処の甥はフィリア・クリスマス・コレクションが終わって数日以内にアメリカに戻る事が決まっています」
「えっ!?」
本当なのと問うようにエストは僕に顔を向けた。
「……総裁殿の言う通り、僕が日本に居られるのは今年のフィリア・クリスマス・コレクションが終わるまで。それはもうどうやっても変える事が出来ないんだ……本当だったら、課題を終えないでこうして総裁殿に会う事もなかった事だから」
「ええ、そうですよ。私も課題を終えず、そして失敗したら、もう一生其処の甥の顔を見るつもりはありませんでしたからね」
こ、怖い。やっぱり、総裁殿は怒ったままだ。
エストも言葉から滲み出ている総裁殿の怒りを感じたのか、身体を僅かに震わせてるよ。
「……まあ、もし可能性があるとすれば、彼が納得出来るだけの功績を示す事ですね」
……えっ? 今のって。
総裁殿が口にした事に思わず僕は顔を向けるけど、話はもう終わったと言うように椅子から立ち上がってしまっていた。
「話す事は終わりです……甥。後は自分の力で何とかしなさい……大蔵家は関われませんからね」
総裁殿は言い終えると、そのまま応接室から出て行ってしまった。
「……才華さん……その……」
「大丈夫。総裁殿から協力が得られないのは分かっていた事だから」
それに……総裁殿からハッキリと言われた事で覚悟が決まった。
何よりもあの人は、応接室に来てから一度も僕の事を何時も呼び時に使っている『甘ったれ』とは呼ばなかった。エストが一緒にいたからかも知れないけど……僕の成長を認めてくれたような嬉しさを感じる。
そして……やるべき事も示してくれた。
「……お嬢様。一先ず教室に戻りましょう。ジャスティーヌ様と伊瀬也お嬢様が不安になっているでしょうから」
「う、うん……そうだね」
急に朝陽に戻った事に戸惑っているようだけど、これ以上遅れると小倉さんに更に迷惑が掛かってしまうとエストも分かってくれているのか頷いて立ち上がってくれた。
「では、お2人を学院の駐車場までお連れ致します」
「私が一緒にいるのは、樅山教諭からお願いされたからと言う事にしますので」
僕とエストは頷き、揃って応接室から出て桜屋敷の駐車場に向かった。
作中でも書きましたが、りそなも衣遠も現状では動けません。
元々衣遠は学院内の決まりごとに干渉は出来ませんし、りそなも今では名ばかりの理事等なので。
序でに言えば、裏社会と繋がりのあるアーノッツ家に関わっている事が前当主に露見すると本当に不味いです。なので、陰ながらアーノッツ家に支援している事も才華とエストが知るとすれば、フィリア・クリスマス・コレクションが終わった後になります。
大蔵家はアーノッツ家に関われません。