月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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予定通り上旬は今回を持って終わりです。
次回からは中旬となります。

烏瑠様、秋ウサギ様、獅子満月様、えりのる様、七號様、誤字報告ありがとうございました!


十一月上旬15

side遊星

 

「……なるほど」

 

 学院が終わり、家に戻ると既にお父様がリビングでりそなと一緒に待っていた。

 訪れた理由はすぐに察せたので、僕は改めて今日の顛末を説明した。聞き終えたお父様は少しの間、目を閉じて考え込んでいる。因みにルミネさんはいない。

 アトレさん達には内緒にしている桜屋敷には来れなかったもう1人の協力者である八日堂さんに、ルミネさんは説明をしに行っている。僕とカリンさんも一緒に説明にと思ったけど、ルミネさんが『朔莉さんへの説明は私だけでします』と言われてしまったので、説明の方はそのままお願いした。

 やがて考えが纏まったのか、お父様は目を開けると共に口を開いた。

 

「お前とりそなから電話である程度事情は聞いていたが、こうして改めて直接聞いてもラフォーレの対応には問題は無い……これで自分の下で服飾の作業を行なえと提示していれば付け入れる隙はあったかも知れないが、そのような対応をせず、あくまで『桜小路才華』と直接会い、デザインを見せろと条件を提示しただけなのだろう?」

 

「はい、その通りです。僕から見てもラフォーレさんが提示した条件は破格としか思えなくて、条件を変える意見は出せませんでした」

 

「それに関しては、俺も何も意見を言う事は出来ない。ラフォーレが提示した条件は、確かに破格のものだ。寧ろ条件を変える話を出した場合の方が、此方に疑いを持たれてしまう。お前の判断は間違っていないぞ、遊星」

 

「どの業界でも『ゴースト』を使っていたなんて知られたらアウトですからね。下の兄が何も言えないのは仕方ありませんよ。一応聞きますけど、上の兄? 貴方は最初から甘ったれが『ゴースト』をやっていたと言うカバーストーリーを使うって聞いていたんですか?」

 

「そのカバーストーリーに関して知ったのは、改めて才華達と連絡が取れるようになってからだ」

 

 つまり、りそなが帰国した2月上旬辺り。流石のお父様でも、あの時期は本当に才華様達と連絡は取れなかったようだ。

 

「無論、知った時はどうすべきかと悩んだが、既にその時点でエスト・ギャラッハ・アーノッツとの雇用まで話が進んでしまっていた。俺が口を出せる時を逸していた以上、改めて才華にゴーストの件を持ち出す事は出来なかったと言う事だ」

 

「まあ、そうですね」

 

「しかし、まさか、ラフォーレが其処まで気付くとはな」

 

 心から驚いたと言うようにお父様は呟いた。思わず僕が疑問の視線を向けてみると……。

 

「お前にも説明したが、ラフォーレは己の人生全てを賭けて『新たなジャンを人工的に創り上げる』と言う愚かな研究に没頭し続けていた。その事はこの俺だけではなく、ジャンを含めた他の『伝説の七人』が知る事だ」

 

「セシルさんやケス先生もですか?」

 

 確かセシルさんやケス先生もジャンを支えた『伝説の七人』だった筈。

 

「その通りだ。セシルはともかく、ケスがパリのフィリア本校に今も在籍している理由の一端には、ラフォーレの愚かな研究に才能ある生徒が犠牲にならないようにする為でもある」

 

「そ、そんな事情が……」

 

「現に後で確認したが、セシルとケスが今回の審査員の話をラフォーレから引き受けたのは、一番の優秀な生徒を己の手元に引き込む為なのではないかと疑いを抱いていたのもある……2人は最後には驚いていたぞ。ラフォーレがちゃんと審査で終わらせていた事を」

 

 まさか、セシルさんとケス先生にそんな思惑があったなんて。サーシャさんもだけど、本当に以前のラフォーレさんは知っている人達から警戒されていたようだ。

 

「話は戻すが、決して実る事など無い愚かな研究に没頭し続ける故に、過去の記録になど奴が目を向ける事はなかった。無論、流行の類の確認の為に雑誌などには目を通す事はあるだろうが、古い雑誌に目を通す事はないと思っていた。だが、奴は目を通した。これは以前のラフォーレには在り得ない事だ」

 

()の件が無ければ、私は良い変化だと思いますよ」

 

 アレ? 今、りそな?

 才華さんの事を何時ものように『甘ったれ』とは呼ばなくて、『()』って呼んだ?

 お父様も僅かに驚いたように目を向けていると、ちょっと不機嫌そうにりそなは口を開く。

 

「何ですか、2人とも? そんなに私があの甥の事を『甘ったれ』と呼ばないのがおかしいんですか?」

 

「ククッ、長年、才華のことを『甘ったれ』としか呼ばなかったのだ。この俺とて驚く。しかし、呼び方を本格的に変えたと言う事は、それだけの変化を才華がお前に示したと言う事だろう、りそな?」

 

「……かなり癪ですけどね。今日会った時に、もし私に僅かでも縋るような目を向けていたら、主人である彼女の前でも『甘ったれ』と呼んでいました」

 

 でも呼び方を変えたと言う事は……りそなは怒りながらも才華さんを認めてるって事だよね……何だかちょっと嬉しいよ。

 

「いや、アメリカの下の兄が嬉しそうにするのは分かりますけど、何で遊星さんが呼び方を変えた事を喜ぶんですか? 言っておきますけど、甥への怒りは治まっていませんからね」

 

「う、うん。それは分かってるよ。でも、りそなが才華さんの事を認めてくれたのが、何だか嬉しくて」

 

「……何だか、凄く複雑です」

 

「ククッ、そう思うのだったら早くお前も子を成せ、りそな。既に男子でも女子でも相応しき名を幾つか思い浮かんでいるのだからな」

 

 本気で僕とりそなの子供の名付け親になるつもりですね、お父様。

 ちょっと恥ずかしく感じて、りそなと一緒に顔を赤くしてしまった。

 

「さて、話は戻すが、りそなの言う通り、今回の件に我々大蔵家が関わる事は出来ん。このまま才華に任せるしかあるまい。遊星。才華の力になりたいと思うだろうが、介入せずにいろ」

 

「……はい、分かりました」

 

 やっぱり、才華さんに任せるしかないよね。

 

「ラフォーレの件は一先ず保留として、才華の性別と正体を知ったエスト・ギャラッハ・アーノッツの方はどんな様子だ?」

 

「ああ、その件なんですけどね、上の兄。どうにも、甥の主人である彼女なんですけど……本気で甥の事が好きになってしまっているみたいですよ。正体を知っても、親愛じゃなくて恋愛感情として」

 

「……何?」

 

 本当に予想外の話を聞いたと言うように、お父様は目を見開いて驚いた。

 僕も驚いている。えっ? 本当に? それは確かに才華さんからエストさんから好意を抱かれていると言う話は聞いていたけど、正体を知った後もエストさんは才華さんに好意を持ち続けてる?

 驚く僕とお父様に、りそなは思案するような顔をしながら口を開いた。

 

「桜屋敷で会った時に、私はデザイナーとしては甥は今後は難しくても、パタンナーや縫製のスタッフとして頑張ればいいと案を出して見たんですが、それに対して彼女は強く反発して来ました。甥と今後も一緒に服飾を続けたいとハッキリと口にしました」

 

「ほう……」

 

「……え~と、じゃあ、本当にエストさんは正体を知った今でも才華さんの事が」

 

「好きみたいですよ。こんなところまで親子二代で似るなんて、思ってもみませんでしたよ」

 

 ……凄くりそなの気持ちが分かる。

 個人的にはエストさんが才華さんのことを好きでいてくれる事は嬉しくて仕方ないんだけど……状況的に考えると……りそなの言う通り、まるで此方のルナ様と桜小路遊星様みたいで……うん、とても複雑な気持ちになるよ。

 

「まさか、そのような経緯まであの頃と同じになるとはな」

 

 紅茶を飲みながらお父様が呟いている。お父様も流石に動揺を隠せないようだ。あっ、そう言えば……。

 

「あの、お父様は才華さんとエストさんの恋愛関係に反対するのでしょうか?」

 

 甥姪コンのお父様なら、才華様の恋愛にも口を出すんじゃないかな?

 

「エスト・ギャラッハ・アーノッツには、アメリカ時代に才華と競い合えるだけの才能がある。それが才華の成長に繋がるのならば、家柄には興味はない。重要なのは才能だ」

 

 流石はお父様。良かった。どうやら少なくとも2人が恋人同士になっても、お父様は反対する気は無いようだ。

 

「尤もこの俺が反対しなくても、強固に反対する相手が確実に1人いる」

 

「うっ! ……や、八千代さんの事ですか?」

 

「その通りだ」

 

 やっぱり……うぅ、僕も思ったけど、ルナ様の桜小路家を大切に想っている八千代さんなら、黒い噂があるアーノッツ家の出であるエストさんとの婚約は本気で反対しそう。

 

「桜小路と我が弟の方は問題は無いだろう。寧ろ今の経緯を聞けば、桜小路の奴は『面白そうだ』と思いそうだ」

 

「あの義姉からすれば、自分と同じような相手ですからね。本気で言いそうですよ」

 

「そ、そうなのかな?」

 

 流石にそれはないと思いたいけど……此方のルナ様の行動を思い出すとありえそうと思ってしまう。申し訳ありません、ルナ様。

 

「……そうだ。桜小路で思い出したが、遊星。そろそろ桜小路がお前に頼んだ件は、どうするつもりだ?」

 

「うっ! そ、それは……」

 

 お父様の指摘に僕は顔を俯かせてしまった。

 今だに僕は此方のルナ様に頼まれた『年末に桜小路家のメイド服で、桜屋敷で出迎える』と言う提案にどうすれば良いのか分からずに悩んでいた。

 引き受けた時は、一回ぐらいなら大丈夫かなと軽い気持ちで引き受けてしまったけど……その後に見つかった僕の本当の元主人であるルナ様から出された……。

 

『其方の私に君のメイド服姿を絶対に見せるな。君の身の安全の為にも。見せたら君のした事を決して許さない』

 

 と言うご指示がある以上、此方のルナ様にメイド服の着た姿を見せる訳にはいかない。

 ……男性の僕がメイド服を着る事自体が異常であることは一先ずおいておくとして……夫である桜小路遊星様は絶対に此方のルナ様が意見を翻さないと断言されていたし……本当にどうしよう!?

 どういう状況なのか分からないけど、彼方のルナ様が此方の事情を把握しているんだから、内緒で着るとは難しいかも知れない。

 …………もし指示を破ってしまった事が彼方のルナ様にバレて……また奇跡的に手紙が届いてその中に、僕の事を絶対に許さないとか書かれていたら……またベッドの上で眠ってしまうに違いないよ。

 

「うぅ……本当にどうすれば良いのでしょうか、お父様、りそな?」

 

「ククッ、まぁ、お前が桜小路の提案を拒否出来ないのは仕方あるまい」

 

「ちょっと複雑ですけど、遊星さんですからね。上の兄、そろそろ助けてあげたらどうですか?」

 

「……分かった。もう少し悩ませるつもりだったが、それで衣装の製作に影響が出るのは困る」

 

「な、何か方法があるのでしょうか!?」

 

 もう藁にも縋る思いでお父様を見つめた。そんな僕にお父様は……。

 

「この世で唯一桜小路に意見できる相手に相談すれば良い事だ」

 

「……」

 

 お父様の言う相手が誰なのかすぐに分かった。だって、聞いただけで脳裏にあの女性の姿がすぐに浮かんだから。

 でも……その人に頭が上がらないのは僕も一緒です、お父様。

 

 

 

 

side才華

 

「やっぱり今日は製作の進行が何時もより遅かったね」

 

「申し訳ありません、お嬢様」

 

「別に謝らなくても良いよ。朝陽……ううん。才華さんのせいだけじゃないから。私もちょっと製作に集中し切れていなかったから」

 

 修学旅行の前のように、今日も放課後にパル子さん達と集まって僕らは総合部門に向けての製作を行なった。だけど、やっぱり雑念みたいなものがあったのか、今日は修学旅行前に比べると製作の進行が遅れている。

 本来なら修学旅行に参加しなかった僕が一番気を引き締めないといけないのに。

 そして放課後の作業が終わった後に、僕とエストは、エストの部屋のアトリエで作業を今までしていた。男性だと知られてしまったから、もうエストの部屋には入れて貰えないと思っていたんだけど、エストは何時ものように迎え入れてくれた。

 エスト本人は、『服飾部門では一緒に参加するんだから、一緒に作業するのは当然でしょう?』と言って、僕を迎え入れてくれた。

 正直言って喜んだらいけないのは分かってるけど、凄く嬉しかった。

 作業を一先ず終えて、何時ものようにエストに紅茶を淹れていると……。

 

「あっ、そうだ。ねえ、朝陽。聞いて良いかな?」

 

「何でしょうか、お嬢様?」

 

 朝陽と呼ばれたので従者としての対応をしながら、エストの質問を待つ。

 

「どうして、お姉ちゃん。エステルの写真を貴方が持っていたの?」

 

 それか。エストが言いたい事はすぐに分かった。

 今日の放課後の集まりの時に、ジャスティーヌ嬢から件のエステル・グリアン・アーノッツの写真はないのかと聞かれた。

 そんなに自分の方が似合うのなら見定めてやろうと思ったに違いない。だけど、肝心のエステル・グリアン・アーノッツの写真をエストは持っていなかった。以前、写真を見せられたと聞いたけど、その後に送られてきた写真の画像は、文化祭前に消してしまったらしい。

 後日、改めてと思ったところで、僕は思い出した。自室にあるパソコンのフォルダの中に、伯父様から送られてきたエステル・グリアン・アーノッツの画像が残っている事を。 

 

「それについてはお嬢様にもお話した大蔵衣遠様から送られて来たものです。あの頃はお嬢様が一卵性双生児とは知りませんでしたから、論より証拠と送られてきたものですよ、お嬢様」

 

「……隠していて、ごめんなさい……でも、終わった後に消していなかったのはなんで?」

 

 何だか少し疑り深いような? でも、写真の件は本当に他意なんてない。だって……。

 

「そもそもジャスティーヌ様に言われるまで、写真の事は忘れていました」

 

「ほんと?」

 

 だから、何でそんな問い質すような目を君は僕に向ける?

 本当に忘れていただけだよ。第一、僕はエステル・グリアン・アーノッツの事が本気で嫌いなんだよ。

 

「写真を残していたので疑われるのは仕方ないかも知れませんが、本当に他意はありません。そもそもお嬢様は何故私に他意があると思ったのでしょうか?」

 

「朝陽はお姉ちゃんと相性が良いと思っていたから」

 

 冗談でも止めて欲しい……いや、そう思われても仕方がないか。

 以前の僕は愛を『与えたい』人間だった。対してエステル・グリアン・アーノッツは『愛されたい』人間。相性は良いと思われても仕方ない。

 だけど、今は本当に大変気分が悪い。

 

「お嬢様。この際ハッキリ申して良いでしょうか?」

 

「う、うん、良いよ」

 

「私はエステル・グリアン・アーノッツ様が……嫌いです」

 

 ポカンっと、心底驚いたと言うようにエストは目を丸くした。

 僕がハッキリと誰かを嫌いだと口にするとは思ってもいなかったようだ。だけど、この気持ちが変わる事は今のところない。

 

「お嬢様が相性が良いと思われるのは仕方ないと思います。自分でも、以前の私ならば彼女の行動も肯定していたと思います。ですが、様々な経験を経た私は、どうしても彼女を好きになれません……私が……僕が女性として好きなのは、エスト。君だけだよ」

 

 告白を聞かされたエストは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 ズルいやり方をしてしまったと自分でも思う。従者である『小倉朝陽』との会話をエストは望んでいたのに、不意打ちで『桜小路才華』で告白したんだから。

 

「ほ、本当にズルくて悪い従者……でも、私も貴方が好き」

 

 きっと僕の顔も真っ赤になってしまった。恥ずかしさと嬉しさでどうにかなりそうだ。

 

「お姉様の写真は、ジャスティーヌ様達に見せた後に消しましたからご安心ください」

 

 散々な評価だったけどね。

 ジャスティーヌ嬢は写真を見た瞬間、『全然似合わないよ』って駄目出しをしたし。

 パル子さんとマルキューさんにも見て貰ったけど、2人とも『エストさんっぽくない』って評価だったからね。

 消すところはエストも見ていたので、安堵したように頷いてくれた。あらぬ疑いは解けたので、すっかり冷めた紅茶を僕が淹れなおす。

 

「……あ、あのね、才華さん? ……本当に貴方はフィリア・クリスマス・コレクションが終わった後に……」

 

「数日ぐらいは猶予は与えられるかも知れないけど、アメリカに帰国する事は決まってるよ」

 

 その数日の猶予も、服飾部門と総合部門の両方で最優秀賞を得られなければ与えて貰えないかも知れない。

 エストは今度は顔を暗くして俯いてしまった。僕だって悲しい。

 幾ら心の中で望んでも得られないと思っていた。でも、こうしてエストと気持ちを通じ合わせる事が出来たのに僕らが一緒に過ごせる時間はもう残り少ない。正体を知られる前よりも、ずっと辛い気持ちで一杯だ。

 だけど、こればかりは最初から決まっていた事だし、現状(・・)ではどうすることも出来ない。

 

「エストが僕と一緒に服飾をしたいって言ってくれたのは、本当に嬉しいよ……でも、これ以上僕の周囲の人達に迷惑をかけたくないんだ」

 

「今までのように『朝陽』として通う事は出来ないの? 私が貴方の正体を知ったのだって、かなり偶然が重なったからのもあるよね? ……いけない事だけど、このまま私が隠していれば」

 

 その提案に頷きたくなってしまう気持ちを、グッと堪える。

 実際にこの半年間、大半の時間を一緒に過ごしたエストも、僕の正体を知ったのは直接話したからだ。今後はこれまで通り警戒を忘れないで、エストの協力があれば尚更僕が本当は男性である事を隠せると思う。

 でも……それは無理だ。

 

「本当に君の気持ちは嬉しい。でも、それを総裁殿や伯父様が許してくれるとは思えない。2人ともあくまで僕が通うのは、フィリア・クリスマス・コレクションまでで納得してくれているから」

 

「……駄目なんだね……そ、そう言えば、もし私以外に正体がバレていたらどうなっていたの?」

 

 うっ。

 そうなっていた時の事を思い浮かべて、背筋が震えてしまった。

 

「そ、そうなっていたら、総裁殿が特別に僕だけの特別教室を用意してくれる事になっていたよ。因みに担任は樅山先生だから、殆ど自習になっていたと思う」

 

「……こ、怖い」

 

 1人だけの教室で黙々服飾の勉強をやる。

 デザインの時間が取れるなんて甘い考えは無理だ。何せその時は、僕の正体が学園中に知れ渡っているだろうからね。親しくなっていた皆の目も大きく変わって、針の筵になっているに違いない。

 ……うん。想像するだけで背筋が凍るよ。

 この話題は止めよう。何よりもフィリア・クリスマス・コレクション後の話の前に、目の前に差し迫った問題を僕は何とかしないといけないんだから。

 

「フィリア・クリスマス・コレクションの後よりも、今は先ず総学院長から出された条件をどうすれば良いのか考えないと」

 

「あっ。そうだよね……才華さんが直接会うのは無理だから」

 

 うん。無理。

 破格の条件だけど、直接会うの一点で無理だ。

 

「でも、才華さんの才能を見せれば、もしかしたらはあるんじゃ? ほら、総学院長は朝陽の事は認めてくれてるし」

 

「……彼に弱みを見せるのが怖いんだよ。下手したら、僕はパリの彼の会社に強制的に入社させられて、彼の教えを学ばされる事になりかねない」

 

「えっ? どういう事?」

 

 僕はエストに、総学院長の人生の目標となっている研究内容を話した。

 

「そ、そそんなに怖い人だったの、総学院長って」

 

「実際、彼と直接話した時に、その片鱗は見えたし。彼の言葉には信仰対象であるジャン・ピエール・スタンレーの言葉が多く使われているんだ。今は年末にその信仰対象であるジャン・ピエール・スタンレーが、フィリア学院に来る事と小倉さんのおかげで彼の狂気は薄れていると思う」

 

 ただ此処で僕と言う彼の研究対象に相応しい才能を持つ相手が、どうやっても誤魔化せない弱みを見せたらどうなるか本当に分からない。最悪の場合、フィリア・クリスマス・コレクション後にアメリカじゃなくてパリに連行なんて事になるかも。

 

「小倉さんのおかげって?」

 

 あっ。その話もしないとね。

 

「小倉さんとカリンは学院の生徒や教師だけじゃなくて、総学院長の事も警戒していたんだよ。僕に総学院長は気を付けろって教えてくれたのは伯父様だから。義理の娘である小倉さんにも伝えられていて、相手をする事で僕への注意を逸らしてくれていたんだ」

 

 多分、そうだと思う。

 ……でも、結構小倉さんも会うのを楽しみにしていたような気がする。あの人もジャン・ピエール・スタンレーの大ファンらしいから。

 

「……小倉さんって本当に良い人だよね。ジャス子さん達にも出来るだけの説明をしてくれていたもの」

 

 本当に小倉さんには頭が上がらないよ。あの人と対等になれる日が来るんだろうか?

 

「でも、このままじゃ才華さんはデザイナーとして」

 

 不義を働いていたのに、僕の将来を心配してくれているエストにも頭が上がらなくなりそう。

 だけど、1つだけ僕は総裁殿の言葉で可能性を見つけていた……小さな光でしかないけど、確かな可能性がある。

 

「1つだけもしかしたらの可能性があるよ」

 

「どんな!?」

 

「失敗すれば、本当に僕のデザイナーとしての人生は終わると思う。でも……1つだけ方法を見つけられた」

 

 どの道、このまま行けば『桜小路才華』のデザイナーとしての人生は終わる。

 なら……デザイナーとしても一緒に服飾をやりたいと言ってくれたエストの気持ちに応える為に賭けに出よう。

 僕はそう思いながら可能性があると知って喜んでいるエストに思いついた考えを話し……。

 

「ボトルネック!!」

 

 目を見開かせて驚かせた。




因みにこの会話の後、普通に才華は自室に戻りました。
そんな気分でないのと、先ずはラフォーレを何とかしないと不安が晴れないからです。
そして遂にルナ様の要求を何とか出来る人。あの人の久しぶりの登場も近いですね。

中旬編は先ず才華達のラフォーレへの対処と、そして朝日達のエストへの謝罪の予定です。
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