月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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予定通り中旬に移行しました。
そして今回、ある女性が才華との関係に一区切りを入れます。

獅子満月様、佐藤浩様、七號様、コルネリア様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!

そして久々にアンケートを行ないます。
内容は後書きで期間は12月20日の24時までです


十一月中旬(才華side)16

side才華

 

「おはよー」

 

「おはようございます、朔莉お嬢様。無気力気味のご挨拶、ありがとうございます」

 

 朝早くに部屋を踏み出せば必ずいて挨拶してくれる八日堂朔莉を見ると、安堵の気持ちが胸の内で広がった。

 昨日の件で、彼女ともこんなやり取りは2度と出来ないかも知れないと思っていたからね。改めてまだこうして日常になったと思える日々が続くと思うと、いけない事なのに嬉しさを感じてしまう。

 

「なんだか今日の朝陽さんは一段と綺麗ね。抱きたくなっちゃう」

 

「朔莉お嬢様は今日もお美しいですね」

 

「やだのっけから朝陽さんが私を誉めてくれるなんて嬉しい舐めたい。なにこれどんな奇跡? 今日はもしかして大安?」

 

 言いながらにじり寄って来る八日堂朔莉を手で制止する。

 散髪した髪の毛を渡すぐらいは良いけど、流石に本当に髪の毛を舐められるのは困るよ。

 一応、『恋人』とはまだ言い切れないけど……エストとは両想い的な関係になったからね。なので八日堂朔莉の過度のセクハラは受け入れられない。

 そう思って手を翳していたら、八日堂朔莉は口に指を当てつつ、神妙な顔で僕に告げた。

 

「残念。もう本当に脈はないみたいね。エストさんとは男女的な意味合いで一線も越えたの?」

 

 即座に僕の方が八日堂朔莉の肩を掴み、返す刀の勢いで自室に連れ込んだ。

 

「うひょおぉぉぉぉっ!! ま、またああああああっ! 貴方の部屋に入れて貰えるなんて! ひっ、ひかもおぉぉぉぉぉっ! ちゅっ、ちゅれこんでくれるなんひぇぇぇぇぇっ!」

 

 以前と同じように過剰なほどに八日堂朔莉は喜びながら、部屋の匂いを嗅いでいるけど、それどころじゃない。

 うっかり連れ込んでしまった。普段のように冗談として聞き流せば良かったのに、昨日の件もあってそれが出来なかった。

 ……いや……今回ばかりは聞き流しも出来なかったと思う。どう考えても八日堂朔莉は、僕の正体を知っている。それも多分……以前から。

 

「……何時からお気付きだったんですか?」

 

「出会ってすぐに。精神的に追い込まれている割には上手く演技出来ていたと思うわよ。でも、私から見たらまだまだ素人の域だったわ。あっ、でも私が子供の頃に出会った相手だと確証を得たのは2度目に屋上の庭園で会った時のやり取りのおかげ」

 

 つまり、彼女はもう何ヶ月も前から僕が男性である事に気付いていた?

 しかも……彼女の初恋の相手である事も確信していた? えっ? じゃあ、何で今日まで隠してくれていたんだろうか?

 もう僕の頭の中は疑問符で一杯だよ。それでも混乱しながら僕は八日堂朔莉に問いかけた。

 

「なぜ……?」

 

「やだ流石の朝陽さんも混乱して普段のキレがない。普段だったら『今まで同性ならギリ許されたことでも、異性になればセクハラで訴える事が出来ますね』くらい言ってくれるのに」

 

 確かに言うけど……今は正直無理だ。

 だって、正直言って彼女が僕の事を隠してくれる理由がない。今は友人と呼べる関係だけど、出会った当初は本当に初対面だった。彼女からすれば人生に多大な影響を及ぼす出来事だったみたいだが、僕からすれば嫌な思い出しかないし、幼い頃の彼女とも顔を合わせていない。

 なのに……どうして今日まで僕の正体を隠してくれていたばかりか、学院生活の中で何度も無償に近い方で助けてくれていたんだろう?

 

「これまで協力してくれていたのは、何か見返りを求めてのこと?」

 

「やだその話し方本物ぽくて素敵。さよなら朝陽さん。初めまして桜小路さん。それと貴方が今考えているような見返りは結構。これまで陰ながら協力していたのは本当に善意。これも以前に言ったと思うけど、今更初恋を叶えたいだなんて夢物語に興味ない。そんな大それた思い上がりは大概不愉快。でもその初恋が私が演技をする最初の目的になったのは事実。だから、そのお礼。恩返し」

 

 恩返しって……寧ろ僕の方が君には助けられてきたよ。

 これまで八日堂朔莉に助けられた出来事や相談を思えば、過剰なほどに恩は返されている。

 

「……ありがとうございました」

 

「M奴隷志望なら飼ってあげる! 全然! もう全然管弦楽! 大歓迎!」

 

「心に決めた人がいるので、その提案は受け入れられないな。髪の毛なら何本でも」

 

「じゃあ思い出に。一本」

 

 頼まれたので一本だけ髪を切って差し出した。

 彼女はそれを舐めずに、丁寧にハンカチで包んで鞄の中へしまった。大切な髪の毛なので、其処まで大切に扱われるのは悪い気はしない。

 

「あっ。因みにルミネさんには先月の内に私が陰から貴方の事を助けているのは話してあるから」

 

「はあっ!?」

 

 えっ? ルミねえは知っているの!?

 

「いやだって、ルミネさんかなり追い込まれていたでしょう? そっちの事情もあるから仕方ないけど、これまでのように傍に居られないとなったら不安に思う事も増えるだろうから話す事にしたの」

 

 あっ! 確かにそうだ。

 桜の園に居る時は、何かあったらすぐに来れる。でも、ルミねえは桜の園を出たから何かあってもすぐには来れない。

 ルミねえ本人の意思で桜の園から出たとはいえ、八日堂朔莉の言う通り不安を抱いてしまう。それが分かって行動してくれていたなんて……

 

「……恩返しだとしても此方が貰い過ぎだよ」

 

「そうでもないわよ。私、今かなり貴方達と参加する総合部門の舞台が楽しみで仕方がないもの。演劇じゃないけど、初恋の相手や友人の皆と舞台に立てるなんて入学した頃は想像もしていなかったからね。しかも、その演出を私が考えられる。だから、こんな楽しい企画は絶対に成功させたい」

 

 なるほど。

 総合部門の舞台の成功。元からそれだけは絶対に達成する事は決めていたけど、それの成功で貰い過ぎた恩を僅かでも八日堂朔莉に返せるなら尚更頑張らないと。

 改めて総合部門の成功への意欲を得られた。ありがとう、八日堂朔莉。

 エストとは違った意味で、日本で君と出会えた事に心から感謝するよ。

 

「で、何か出来ることは? 金銭面でも融通は利かせられるけど」

 

「いや、そう言う類の協力は必要ないよ。必要なのは、()を納得させられるだけの交渉と才能だから」

 

 八日堂朔莉の気持ちは本当に嬉しいけど、今回必要なのは金銭の類じゃない。

 何せ交渉するべき相手である総学院長『ラフォーレ・ハンデルスバンケン』は、金銭の類には靡かない人だ。寧ろ此処で金銭の類を提示したら、不愉快に思うに違いない。

 

「そっ。まぁ、朝陽さんに考えがあるんだったら良い。じゃあ、これままかりと演出の練習日の日程の予定表ね。他の皆にも渡しておいて」

 

 後者はともかく……ままかりはいらないよ。まだまだエストの部屋に沢山あるから。

 でも、渡されてしまった手前返す事も出来ないから部屋の中に置いて僕と八日堂朔莉は一緒に部屋を出た。

 

「この失恋の痛みは、ルミネさんに癒やして貰う。最近私達良い感じ。白髪じゃなくてもルミネさんなら良いなって思えるように成ってきた。私は両性愛者。彼女の耳を舐めたい」

 

 ……冗談だよね?

 思わず問い質したくなったけど、問い質す前に八日堂朔莉が乗っていたエレベーターの扉が閉じて行き、最後に僕に意味深な笑みを浮かべて階下に去って行った。

 ……大丈夫だよね、ルミねえ? まさか、ルミねえまでそっちの道に入ったりしないよね?

 在り得ないと信じたいが、身近にそっちの道に入りかけている妹がいるだけに一抹の不安を感じながら、僕は後からやって来たエレベーターに乗り込んでエストが待つ65階に昇った。

 

「お、おはよう……え~と、才華さん」

 

 部屋に入ると顔を赤くしているエストに挨拶された。

 男性で恋心を抱いていた桜小路才華だと知ったから、その反応は分かるけど……。

 

「おはようございます、お嬢様」

 

 これから学院に向かうんだから従者として僕は仕えなければいけない。

 朝から才華としてエストと過ごしていたら、うっかり学院でミスをしかねない。なので、エストには申し訳ないけど、業務時間中は『小倉朝陽』でいる事をこれまで通り徹底させて貰う。

 事情を察してくれたのかエストはハッとした顔をした後に、神妙な顔をして頷いてくれた。

 

「うん……確かに業務中は『朝陽』の方が良いよね」

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、お嬢様」

 

「ううん、良いの。うっかり学院で『才華さん』って呼んだら大変だからね」

 

 うん。本当に大変だ。

 特に梅宮伊瀬也に『桜小路才華』の名前を聞かれたりしたら、その場で問い質されるに違いない。そうなったら総学院長との交渉も何もない。

 即日、学院を辞めて荷物を纏めて部屋から退去するしかないよ。

 納得したエストをリビングで待たせながら、僕は朝食の準備を始める。こうしてまたエストと日常を過ごせることに嬉しさを感じながら、僕は朝食を作り終えて椅子に座った。

 

「それで朝陽。今日は学院に着いたら、そのまま昨日と同じように総学院長室に行くの?」

 

「はい。そのつもりです。総学院長からは数日時間を与えられていますが、やはり早めに対応しておいた方が良いと思います。もうすぐ本格的な舞台の練習も始まりますから」

 

「あっ。そうだよね。それもあったんだよね」

 

 舞台芸術として企画したんだから、やはり舞台演出の練習をしないといけない。

 音楽に合わせたウォーキングの練習や演出。モデルとして舞台に立つんだから、この手の練習はちゃんとしておかないと。

 一先ずの安心を心から得る為にも、早い内に総学院長とは交渉しないといけない。

 

「……でも、本当に昨日話した内容で、総学院長に交渉に挑むつもりなの?」

 

「それしかありません。非が此方側にある以上、相手側に譲歩を願い出るには何かしらのリスクは必要なのですから」

 

 理事長である総裁殿の協力は無理だし、伯父様も今回は動けない。

 そもそも伯父様と総学院長の関係は温厚とは言い難い関係のようだからね。此処で伯父様が動いたりしたら、尚更総学院長に不審を疑われてしまう。

 そう考えると総裁殿が関われないと言ったのも分かる。此処で更なる介入が起きたら、問題が大きくなるのは明らかだ。

 

「元々私が『ゴースト』に関する認識の甘さが招いた事です。なら、この問題は私が解決しないといけません」

 

 小倉さんにも頼れない。

 あの人もあの人でフィリア・クリスマス・コレクションに向けての作業で忙しい筈だ。なら、やっぱり僕が頑張らないと。

 僕の様子にエストは心配そうにしていたけど、やがて納得してくれたのか頷いてくれた。

 

「うん。分かった。朝陽が其処まで覚悟を決めているんだったら、私はもう何も言わない。でも……出来れば朝陽とはこれからも一緒に服飾を続けて行きたい。私はそう思っているから」

 

「ありがとうございます、心優しいエストお嬢様」

 

 本当に君は僕には過ぎた主人だよ、エスト。

 僕だって出来ればエストと一緒に服飾を続けたい。パタンナーや縫製のスタッフとしてだけじゃなくて、デザイナーとしても。

 その為なら危ない橋だって渡る覚悟はもう出来ている。やるだけの事は全力でやってみよう。

 

「総学院長は朝陽との交渉に応じてくれるかな?」

 

「こればかりは、やはり交渉次第です。相手側は既に破格の条件を提示してくれているのですから、更なる譲歩を引き出すには此方も覚悟を決めなければなりません」

 

 その破格の条件が僕にとって更なる致命的なものだっただけだ。

 普通だったら僕だって受け入れていたからね。文句は本当に言えないよ。

 

「それでは学院に行きましょうか、エストお嬢様?」

 

「うん。あっ、そうだ、朝陽。昨日言い忘れていたけど、パリで頼まれていた生地と糸は2、3日中に貴方の部屋に届くからね」

 

「ありがとうございます! お嬢様!」

 

 そうだ!

 僕も忘れてたけど、エストに頼んで注文して貰った生地と糸があったんだ! 本場のパリの専門店に置かれている生地と糸。

 これが無いと服飾部門でエストに着て貰う予定の衣装の製作に本格的に入れない。早く届かないかな!?

 総学院長と交渉する前だけど、少し気分が良くなった僕は、大切な主人であるエストと一緒に学院に向かった。

 

 

 

 

「おはようございます、2人とも」

 

 学院に着くと僕とエストは急いで職員室に向かった。

 うかうかしていたら、昨日のように僕とエストのファンが集まって来て学院内を歩くのも一苦労になってしまう。出来るだけ早い時間帯に学院に来たから、もしかしたらいないかも知れないと思ったけど、既に職員室に来ていた紅葉に確認したら彼は既に学院に来ていた。

 また紅葉に案内して貰った総学院長室に訪れると、彼は嫌な顔一つせずに出迎えてくれた。

 

「お、おはようございます!」

 

「おはようございます、総学院長。こんなに朝早く訪ねに来て申し訳ありません」

 

「気にしなくて結構。才能ある2人の若者との会話は私も楽しいですからね。出来る事ならば、君達とも()に関して語りたいと思っていますよ」

 

 総学院長の言う()が誰なのかはすぐに分かった。

 でも、僕は残念ながら彼ことジャン・ピエール・スタンレーの熱烈なファンではないのでご遠慮願いたい。きっと総学院長がジャン・ピエール・スタンレーを語り出したら凄く長くなりそうだ。

 ……そう言えば以前、小倉さんに何れジャン・ピエール・スタンレーに関して語るとか言っていたけど、アレって結局どうなったんだろう? まさか、本当に熱中して聞いたんだろうか、小倉さんは?

 疑問に思うけど、今はそれどころではないので後で余裕があったら小倉さんに確認してみようと思いながら、僕とエストは昨日と同じように総学院長と対面するようにソファーに座った。

 

「それでこうして訪ねに来たと言う事は、昨日の条件として提示した『桜小路才華』と会える日程が決まったと思って良いのでしょうか? 私としても早く会えるのならばそれに越した事はないと思っています。才能ある君達ならばともかく、違法を行なっていた彼に対しては余り時間を取りたくないのでね」

 

 や、やっぱり相当『桜小路才華』を総学院長は嫌っている。

 自分で蒔いた種だから何も言えないけど……僕をこうして嫌っている相手がいると言うのはかなりショックだ。

 これが元々嫌われているのが分かっている梅宮伯母様や桜小路家のお爺様達なら仕方ないと思える。でも、総学院長の場合はそうじゃないから、心に響くよ、グスッ。

 とは言え、悲しんでばかりも居られない。エストに一緒に来て貰ったけど、交渉を行なうのは僕なんだからしっかりしないと。

 

「はい。昨日の内に桜小路才華様とは連絡を取る事が出来ました。それは此方にいる主人であるお嬢様も一緒です」

 

 嘘は言っていない。本当にエストは昨日『桜小路才華』と会ったからね。

 確認するように総学院長の目がエストに向けられ、エストは真っ直ぐに見返して頷いてくれた。

 

「朝陽の言う通りです。私は昨日、『桜小路才華』さんと会いました」

 

「そうですか。それで事情を知った彼は、私が告げた条件に頷いてくれたのですか?」

 

 質問に答える前に深呼吸をする。

 此処からだ。此処からの交渉次第で僕のこれからの人生が決まる。

 緊張で身体が震える。フッとテーブルの下にある僕の手に温もりを感じた。誰の温もりなのかは考える必要もない。

 心から敬愛して、1人の女性として愛情を抱いているエストの温もりだ。その温もりに更なる勇気を貰った僕は、真っ直ぐに総学院長の顔を見つめながら口を開いた。




と言う訳で朔莉との関係に一区切り入れました。
りそなとの関係は流石に話しません。

因みにラフォーレは朝日にジャンの事を語りまくっているので、原作よりも熱中して聞いてくれる相手に話す方の喜びに目覚めています。

アンケート内容。
1:りそなの日記ファイナル
2:対談続編(アンケート追加あり)
3:もしもあの時(十一月上旬11話)に、カリンが来なかったら(R-18)
4:本編
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