月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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クリスマス投稿です。
今回でラフォーレとの交渉は一先ず終わりです。
そしてアンケートの結果、元旦投稿の特別編は『りそなの日記ファイナル』に決定しました!
応募してくれた皆様。本当にありがとうございます!

烏瑠様、AYM様、誤字報告ありがとうございました!


十一月中旬(才華side)17

side才華

 

「才華様と昨日お会いし、『ゴースト』の件がお嬢様だけではなく、総学院長にも気づかれた事はお話しました。その時に『ゴースト』に関わる一件を見逃して貰える条件に関してもお伝えいたしました」

 

「それで彼は何と答えましたか?」

 

 問いかけた彼の声は、僕とエストに話していた時と違って明らかに興味がないと言わんばかりの冷めた声音だった。

 当然だ。彼にとって『桜小路才華』に与えた温情としか言えない破格の条件は、あくまで僕とエストの為。

 今のところ『桜小路才華』に対しては、本当にマイナス印象しか持っていないに違いない。

 これから口にする言葉で尚更にマイナス印象は深まる。でも……それをしなければ僕とエストが望む未来に辿り着けない。

 重なるように置かれているエストの手から伝わってくる温もりに勇気を貰いながら……僕は後戻りできない言葉を口にする。

 

「才華様と話し合いましたところ……出来ればフィリア・クリスマス・コレクションまで会うのは待って貰いたいそうです」

 

「……」

 

 呆れて言葉もないと言うように、総学院長は深い溜め息を溢した。分かり切っていた反応だけど、やっぱり不快な思いは抱かれるよね。

 

「疑う訳ではありませんが、彼にはちゃんと説明したのでしょうか? 私は今週中にと言った筈です。なのに、フィリア・クリスマス・コレクションまで? まさか、今度は君ではなく別のゴーストとなる相手を探している訳ではありませんよね?」

 

「尤もな疑いですが、そうではありません。フィリア・クリスマス・コレクションまでの1ヶ月以内に才華様は衣装を製作します。その衣装を見て貰いたいんです」

 

「……なるほど。デザインに自信がないので、他の型紙や縫製の面を評価して貰いたいと言う事ですか」

 

「はい」

 

 総学院長にデザインの疑いを抱かれてしまった今、たとえ僕が描き方を変えたデザインを『桜小路才華』のデザインだと言って持って来ても、面接の時にエストにすぐに見抜かれたように気付かれてしまうに違いない。

 なら、デザイン以外で『桜小路才華』を評価して貰う。その為に、まだ本格的な製作に入っていない服飾部門のエストの衣装を僕が1人で製作し、フィリア・クリスマス・コレクション後に総学院長に話す。

 僕が性別を偽って学院に通っていた事が彼に知られてしまうが、フィリア・クリスマス・コレクション後には僕はエストの従者も学院も辞める。正体が知られて被害が一番少ない時は、その時しかない。

 それに総裁殿が教えてくれたんだ。

 彼が全てを納得できるような功績を上げて、最高の衣装を魅せる。その為にエストには、服飾部門のコンテストでエストが着る予定の衣装の製作を全部僕に任せて貰うようにお願いした。

 聞かされた時のエストは驚いたけど、それしかないと思ってくれたのか了承してくれた。代わりに僕が服飾部門のコンテストで着る予定の衣装の製作は全部任せる事になってしまったけどね。

 

「アメリカに参加していたコンクールの幾つかはクワルツ賞と同じで複数の人間が製作を行なっても、デザインを描いた人物しか評価されない規定がありました。その中で才華様には型紙や縫製をお願いしました」

 

 少し誤魔化しているけど、アメリカのコンクールで賞を取った衣装は本当に『桜小路才華』が1人で製作した。

 

「それは本当なのでしょうか? 君はデザインだけではなく、型紙も縫製も学院の生徒の中で優秀です。実はアメリカのコンクールに出した衣装も君1人で製作し、今の説明は『桜小路才華』を庇っての発言なのではありませんか?」

 

「お疑いになられるのは仕方ないと思います。私と才華様は許されざる不義を働いた身なのですから……ですが、どうかフィリア・クリスマス・コレクションまでに製作した衣装を見て判断して頂きたいのです」

 

「……やはり分かりませんね。君の隣に彼女も、何故其処まで桜小路才華を庇うのかが……」

 

「疑問に思われるは仕方ないと思います。世間一般からすれば、総学院長の判断の方が正しいのですから。ですが、私は桜小路才華様が居たおかげで自信を持つ事が出来ました」

 

「異常としか私には思えませんが……時に天才は我々凡人には想像も出来ない事から何かを生み出す事があるのは確かですからね」

 

 えっ? 今の言葉はどういう意味だろうか?

 意味が分からずに僕とエストは思わず揃って首を傾げてしまった。

 

「失敬。彼を、ジャンの事を知らない君達には分からない話でしたね。ジャンも我々凡人には想像もつかない異常な行動をすることがあるのですよ。例えば、3ヶ月程度、アゼルバイジャンで遊牧民になって暮らしているのを知った時に、どうすれば良いのか対応に悩んだものです」

 

 それは異常と言うよりも変人では? 確か伯父様の話だと総学院長はジャン・ピエール・スタンレーの会社の副社長を務めているそうだから……あなたも苦労しているんですね。

 

「ちなみにどう対応したのでしょうか?」

 

「彼のすることですから。私もしばらく遊牧民として暮らしました」

 

 貴方も大概だ。流石は狂信者。

 

「ですが、今回の件とジャンの話は別です。ジャンは遊牧民として暮らした経験を活かして素晴らしいデザインを描き上げました。対して桜小路才華は決して認められない事をしている。君達の異常な熱意に関しては分かる部分は理解出来る面はあっても、私は納得出来ません。私の前に来て、デザインをたったの一枚描くだけの条件を変える必要性はないと思います」

 

 やっぱりそう来るよね。分かり切っていた事だ。

 立場的に僕と言うか桜小路才華の方が弱いのに、破格の条件を更に変えて貰うんだから。

 

「では、学院ではなくプライベートの時間で才華様にお会いすることは出来ますでしょうか?」

 

「生憎とプライベートの時間を彼の為に割くつもりはありません」

 

 その言葉が欲しかった!

 内心で遂に欲しかった言葉を彼が口にした事に喜びながら、僕は口を開く。

 

「学院ではどうしても才華様はお会い出来ません」

 

「それは何故でしょうか?」

 

「才華様は……大蔵家の親類です」

 

「っ……」

 

 明らかに総学院長の目が見開かれて動揺するのが分かった。

 この反応が出るのは分かっていた。『大蔵家』。世界名だたる大財閥のその家は、今フィリア学院にとって爆弾に等しい家だ。

 昨日、総裁殿は最後に『大蔵家は関われませんからね』と僕に告げた。

 それは僕を助ける手助けだけじゃなくて、フィリア学院そのものに大蔵家は関われない事を示してくれていた。そして桜小路才華は大蔵家の親類。しかも現総裁の甥だ。

 

「私は桜小路家の遠縁にあたる身ですが、桜小路才華様は大蔵家総裁である『大蔵里想奈』様の甥にあたるお方です」

 

「……その情報は確かなものなのですか?」

 

「はい。そして桜小路才華様は……大蔵家の前当主様に嫌われています」

 

「っ!?」

 

「そんな才華様が、フィリア・クリスマス・コレクションのような大きなイベントでもないのに今のフィリア学院に訪ねられるのは大変不味い事になってしまいます」

 

「……君は現在のフィリア学院に置かれている状況を知っているのですか?」

 

「才華様にお聞きしました。他にも大蔵ルミネお嬢様が私とお嬢様が暮らしているマンションから引っ越したのもあります」

 

 もしかしたら同じクラスに居る小倉さんとカリンが情報を流したと思われてしまうかも知れない……その事に関しては後で小倉さんとカリンに謝罪するしかない。2人とも、ごめんなさい。

 話を聞いた総学院長は、先ほどまでの余裕がある様子と違って悩むように眉根を寄せていた。

 彼はその立場なら、文化祭の時に起きた出来事は全て把握している筈だ。

 総裁殿が表立ってひいお爺様と対立を始めた事も知っているに違いない。

 ジャン・ピエール・スタンレーが来るフィリア・クリスマス・コレクションが、後一月半後に迫っている中で厄介ごとを引き入れたくはない筈だ。

 『大蔵家の親類で、前当主であるひいお爺様に嫌われている桜小路才華』なんて厄介な相手を。

 加えて言えば、同じようにひいお爺様から嫌われている山県先輩の件も彼は把握している筈だ。

 

「……なるほど。確かに学院の現状では彼に今来られるのは不味いと言う他にありませんね。しかし、まさか桜小路才華が理事長の甥だったとは……君の件を理事長が知ればさぞ怒るでしょうね」

 

 はい、もう怒られていて課題をクリアできなかったら2度と顔を見たくないと言われてます。

 

「此方の事情ばかりですが、どうか桜小路才華様とお会いになるのはフィリア・クリスマス・コレクションまで待っていただけませんでしょうか?」

 

「私からもお願いします」

 

 僕とエストは揃って頭を深々と下げた。此処でもしかしたらやっぱり最初の条件は無しと言われかねないけど、これまでの印象では総学院長はそうしない筈だ。寧ろ……。

 

「……良いでしょう。ですが、君達が出した条件を此方が呑むのならば、逆に此方の新たな条件を呑んで貰う事が条件の1つです」

 

 やった! 先ずは最初の関門だった『条件を変えて貰える』は成功した!

 

「御尤もなご意見です……それで新しい条件と言うのは何でしょうか?」

 

「先ずは……そうですね。君達が参加する予定の総合部門の衣装に関して聞きますが、此方の衣装は班員全員で製作しているのでしょうか?」

 

「正確に言えば、モデルとして舞台に立つ服飾生全員で製作に当たっています。ですので、此方の衣装は私とお嬢様の衣装にも他の班員の手を借ります。そうしなければ間に合わない可能性がありますから」

 

「結構。では、服飾部門に関しては? 確か君達は事前に樅山教諭を通じて2人でのグループ参加を申請していましたね」

 

 確りとその辺りの事も把握されてしまっている。やっぱり僕とエストに目を向けているのは間違いないようだ。

 

「仰る通り私とお嬢様は一緒に服飾部門の舞台に立つつもりでいます」

 

「私と朝陽の衣装の『大切な人』のテーマは同じなんです。私は『大切な従者』である朝陽に相応しい自分でいる為の衣装を」

 

「私は誇り高き『大切な人』である主人と共に並び立つ為の衣装です」

 

「素晴らしいテーマですね。ちゃんと学院が提示したテーマである『大切な人』と言う部分も満たしている。総学院長の立場なので、君達が提出したデザインは確認していましたが、今の話を聞いて更に強い関心を持ちました」

 

 彼に関心を持たれるのは危険な面はあるけど、今はその関心が必要でもあるから仕方ない。

 

「それで肝心の製作に関しては、どのようにするつもりでいるのでしょうか?」

 

 予想通りの質問が来た。深呼吸を一度してから僕は質問に答える。

 

「お嬢様のデザインの衣装の製作を私が全て行ないます」

 

「朝陽のデザインの衣装は私が」

 

「なるほど。互いのデザインからそれぞれ衣装を製作するという訳ですか。互いを信頼しあえている素晴らしい主従関係ですね」

 

 褒めてくれているけど、それに油断をしたらいけない。

 表面上はともかく、きっと彼は『桜小路才華』が製作して持って来る予定の衣装を、実は僕が製作した衣装なのではと疑いを持っている筈だ。それだけ疑われる事を『桜小路才華』がしてしまった事になっているんだから、その疑いを持たれるのは仕方がない。

 だから、僕とエストには『桜小路才華』が持ってくる衣装を製作している余裕が無い事を先ずは知って貰わないといけない。

 そして当然その後に彼が行なうのは……。

 

「では、こうしましょう。総合部門の衣装の方はこのまま樅山教諭が点検を行ないますが、服飾部門の衣装に関しては、俺が点検しましょう」

 

「っ……分かりました。ですが、樅山先生と違い、総学院長はフィリア・クリスマス・コレクションで審査員を務めるのではなかったでしょうか?」

 

「私と朝陽の衣装の点検を行なっている事が他の皆に知られたら、貴方の立場的に不味いと思います」

 

 本当は僕らの目的の為に彼に衣装を点検して貰いたい。

 だけど、彼はフィリア・クリスマス・コレクションで公正でいるべき審査員の1人だ。他の生徒に僕らの衣装を特別に点検しているなんて知られたら、不正を疑われる。

 その辺りの問題はどうするんだろうかと思っていたら……。

 

「その件に関しては問題はありません。私は今回のショーの審査には参加しない事にしましたので」

 

 ……えっ!?

 予想を超える彼の返答に、僕とエストは揃って目を見開いた。

 

「さ、参加されないのですか?」

 

「ええ……勿論最初は例年通りに審査には参加するつもりでした。ジャンが来るのですから、一緒に審査したいと思っていましたよ。ですが……フッとしたきっかけで自分を見つめ直す出来事があって、今の俺では生徒に対して公正な審査を行なえる自信がないのです……ジャンが票を入れた相手に釣られて票を入れてしまうかも知れない。無論、ジャンが票を入れた相手ならば俺も必ず入れるでしょうが、それは果たして衣装の良さを認めてなのか……或いは……」

 

 これは……伯父様の言っていた通りだ。

 今、目の前にいる『ラフォーレ・ハンデルスバンケン』は、明らかに入学式の次の日に食堂で話した時よりも狂信的な部分が薄れている。正確にはジャン・ピエール・スタンレーへの信仰は失ってはいない。

 でも……その信仰の盲目的な部分は明らかに薄れているように僕は感じた。

 これが小倉さんの影響なら本当にあの人は凄い。

 伯父様やジャン・ピエール・スタンレー本人ですら、どうすることも出来なかった彼に強い影響を与えているんだから。

 

「ですが、私は桜小路才華に対して温情を与えた訳ではありません。此方が提示した条件を拒否し、君達をメッセンジャーとして扱うなど、彼に対する不快感は更に増しました。半端な衣装をもし持ってくるのならば、相応に覚悟して貰いましょう」

 

 うっ……自分で作った流れだけど……ますます『桜小路才華』に対する彼の不信感が増してしまった。

 エストのデザインで半端な衣装なんて製作するつもりなんて全くないが、彼の審査が厳しいものになるのは覚悟しておこう。

 

「それともう1つ。君達にはフィリア・クリスマス・コレクションが終わった後に私と改めて話をして頂きます。今後の君達の将来に繋がる重要な話です」

 

 彼はそれ以上口にせず、そろそろホームルームの時間が迫っていると言う事で話は終わった。

 

「……え~と、総学院長が言っていた話ってもしかして」

 

「はい……恐らくですが、パリで学ぶ話だと思います」

 

 正確に言えば、パリに行って彼の信仰を学び、彼が望む新たな『ジャン・ピエール・スタンレー』になる為の話に違いない。

 ……覚悟はしていたけど、僕だけじゃなくてエストも彼の目に適ってしまったようだ。弱みを見せなければ大丈夫だと伯父様は忠告してくれていたのに……僕は彼に弱みを見せてしまった。

 

「お嬢様……」

 

「良いの、朝陽。謝らないで」

 

「ですが!?」

 

「この話は私も了承した事だから。それに弱みって言うなら、私だって危ない話はあるから」

 

 言われてハッとした。

 確かにエストも弱みがある。過去にコンクールで姉と一緒になってモデルの入れ替わりを何度かしてしまったと言う強い弱みが。

 

「大蔵衣遠さんが気付いたのに、まだあの人は気付ていないよね? 総学院長先生なら気付いてもおかしくないのに……それはきっと朝陽のところで止まったからだと思うの」

 

「……分かりました。謝罪はいたしません。ですから、代わりに感謝の言葉を述べさせて頂きます。誇り高き主人エスト。ありがとうございます」

 

 本当に僕はエストに従者として仕える事が出来た事を誇りに思う。

 無理だと言うのは分かってる。でも……出来れば僕もエストが卒業するまで学院で過ごしたい。

 そんな……どうやっても無理な願いが僕の中で湧いて来るのを感じながら、エストと一緒に教室に向かった。




現在のところラフォーレは才華とエストに狙いを定めていますが、それ以上に朝日の言葉もあって先ずは現在の信仰対象であるジャンを驚かせる事に集中しています。
なので、フィリア・クリスマス・コレクションが終わるまでは積極的な勧誘はしません。終わった後に弱みを握られまくっている才華はマジでヤバいですが……フィリア・クリスマス・コレクションで最高の成績を示さないと大変です。

次回は遊星side。あの問題の対処とエストへの謝罪ですね。
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