月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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次回で中旬は終わり、フィレコレに向けて本格的にスタートします。

秋ウサギ様、獅子満月様、AYM様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


十一月中旬20

side遊星

 

 授業が終わった放課後。

 僕は教室でフィリア・クリスマス・コレクションでりそなが着る衣装の仮縫いをしていた。家のアトリエの方が道具は揃っているけど、学院だってお願いすれば道具を貸してくれるから作業には問題ない。

 放課後に教室に残っているクラスの人達もいるけど、僕が作業している時は声を掛けて来る事は無いので問題なく作業に集中できている。

 因みに才華さん達は主に学院から許可を貰ってサロンで作業をしている。才華さん達の班にはパル子さんやマルキューさんの他にも一般クラスの人達が居るから、特別編成クラスの教室で一緒に作業は難しい。逆に一般クラスの教室でも難しい。

 だから、樅山さんが製作の為にサロンの使用許可を出したそうだ。出来ることなら才華さん達の舞台を見て、特別編成クラスの人達も一般クラスの人達も印象が変わると良いなあ。

 

「小倉様。そろそろお時間です」

 

 作業に没頭していたらカリンさんが声を掛けてくれた。

 教室にある時計を見てみると、8時30分を示している。

 

「ありがとうございます、カリンさん。じゃあ片づけをしますね」

 

「学院から借りた器具に関しては私が片付けて来ます。私は小倉様付きのメイドなので」

 

 使った僕が片付けても良いけど、一応カリンさんは学院では付き人となっているから此処は任せよう。

 最初の頃は自分でやろうとしていたのに、今ではカリンさんに頼めるんだから僕も慣れたなあ。

 

「失礼します」

 

 丁度仮縫いしている衣装を仕舞い終えたら、教室の扉が開きアトレさんが顔を覗かせて来た。迎えに来てくれたのかな?

 

「小倉お姉様。お迎えに上がりました」

 

「ありがとうございます、アトレさん。ただもう少し待って貰って良いですか? カリンさんが器具を片付けて戻って来ますから」

 

「はい、分かりました」

 

 一先ずは教室の外で待っていようと思ってアトレさんと一緒に出た。そしたら……。

 

「こ、小倉様」

 

 顔を俯かせている九千代さんがいた。もう見ただけで元気がないのが分かる。

 ……これはもしかしなくても……。

 

「ええと、九千代さん……顔色が悪いようですが、何かありましたか?」

 

「……はい……実は私の伯母であるアメリカの桜小路家のメイド長を務めている山吹八千代からフィリア・クリスマス・コレクションが行なわれる数日前に帰国するから、桜屋敷に御来客される皆様を出迎える準備を手伝うように連絡がありました」

 

 ああっ、やっぱり。

 九千代さんはアトレさんの付き人をしながら学生をしているけど、それと同時に桜小路家に仕える使用人。今、日本で桜小路家に仕えている使用人は八十島さんだけだから九千代さんに声が掛かるのは当然の事だ。

 ……そうなんだけど、八千代さんの事だから間違いなく日本での生活に関して聞く。そして知ったら間違いなく八千代さんは……。

 

「日本で起きた事が知られたら、伯母がどれだけ怒り狂うのか……想像するだけで怖くて」

 

 気持ちは痛いほど分かる。

 普段は優しくて厳しい八千代さん。でも、あの人が本気で怒った姿を知っているだけに……。

 

「あ、あの小倉お姉様? 急に顔色が悪くなられましたが、大丈夫なのでしょうか?」

 

「い、いえ……その、や、山吹メイド長の事は、は、母から聞いていますので……少し私も怖く感じてしまい」

 

 本当は凄く怖くて仕方ないけど、アトレさんと九千代さんは僕が八千代さんと一緒に過ごしたのはアメリカにいた僅かな間だけだと思っているだろうから控えめに表現した。

 なるほどと言うようにアトレさんと九千代さんは頷いてくれた。良かった。不審には思われていないようだ。

 

「確かに八千代は今回の事を知ったら怒るでしょう……フィリア・クリスマス・コレクションの数日前は、ショーの最終調整もありますから九千代には、其方を優先するように私の方から連絡はするつもりです。知られるのは仕方ないことですが、何とか其方を盾に本格的なお叱りは遅らせて貰うように願います」

 

「確かにそれなら山吹メイド長も、待ってくれるかも知れませんね」

 

 アトレさんが参加するショーにはラグランジェ家のジャスティーヌさんや、桜小路家の親戚の梅宮さんもいるし。でも……時間をおいても八千代さんの怒りは治まらないよね。

 寧ろ後から明かされる内容を考えると……ますます怒りが募って倒れてしまうかも……主に『才華さんが女装を始める切っ掛け』や『小倉朝日』の件で。

 ……八千代さん。倒れてそのまま入院なんて事にならないと良いなあ。倒れて入院した僕が言っても、説得力ないけど。

 改めて訪れる日に気が重くなりながら、アトレさん達と一緒に桜の園に繋がる地下通路の入口を目指して学院内を歩いて行く。

 

「あっ、小倉さんにアトレさん」

 

 入口の前ではルミネさんが待っていた。

 

「ルミねえ様? 此方で待っていてくれていたのですか? 桜の園のホールの方でお待ちになっていると思っていたのですが」

 

「うん、まあ……その……誰かと一緒に桜の園に行くのなら問題無いんだけど……1人で行こうとするとまだ少し怖くて」

 

 そう言うルミネさんは少し肩が震えていた。

 桜の園を出た頃に比べたらルミネさんは元気を取り戻せている。最近では八日堂さんと一緒に桜の園に出入りしているって聞いていたから大丈夫かなと思っていた。でも、やっぱり一度抱いてしまった恐怖心は拭えていない。僕も経験しているから良く分かる。

 まだまだルミネさんが抱いてしまった恐怖が消えるのには、時間が掛かる。

 事情を察したのかアトレさんと九千代さんも暗い顔をした。2人もルミネさんの事情を知っているから、気休めの言葉を言う事は出来ない。

 りそなとお父様、そして駿我さんが頑張ってくれているみたいだけど、それで安心できないのは僕の件で明らかになっている。

 

「……とにかく何時までも学院に居る訳にはいきませんから、桜の園に向かいましょう」

 

「そうですね。ルミねえ様。参りましょう」

 

「……ええ」

 

 僕達は揃って桜の園に繋がる地下通路を歩いて行く。

 

「あっ。そうでした。小倉お姉様」

 

「何でしょうか、アトレさん?」

 

「はい。実はお願いがありまして。これからエストさんに謝罪しに参りますが、先ずは私とルミねえ様、そして九千代から謝罪しても構いませんでしょうか?」

 

「えっ? そ、それは構いませんが、何故でしょうか?」

 

「それは小倉お姉様とクロンメリンさんとでは、私達と立場が違うからです。小倉お姉様とクロンメリンさんは黙認ですが、九千代とルミねえ様、そして私はお兄様の協力者です。友人となられたエストさんを偽っていた側です」

 

 偽っていたのは僕も同じだけど、アトレさんは謝罪するなら自分達からしたいと思っているみたいだ。

 ルミネさんの方に顔を向けると、アトレさんの意見に賛成のようで頷いている。

 

「私もアトレさんと同じです。小倉さんには悪いかも知れませんが、先ずは私達からしても良いでしょうか?」

 

「……分かりました。では、アトレさん達の方が終わるまでは私とカリンさんはエストさんの部屋の外で待っています」

 

 2人に揃ってお願いされたんだからそうしよう。

 カリンさんにも確認の意味で目を向けて見た。

 

「皆様の意見に従います」

 

 問題は無いようだ。

 まあ、カリンさんは立場上で知っただけだから、本当はエストさんの謝罪に参加しなくても良いんだけど、『小倉様の従者なので』と言ってくれた。優しいカリンさんに心から感謝します。

 ……あっ! そう言えば!

 

「ルミネさん。ルミネさん」

 

「何ですか、小倉さん?」

 

 アトレさんと九千代さんから少し離れて、僕はルミネさんに小声で質問する。

 

「八日堂さんの事はアトレさんには?」

 

「ああ、朔莉さんの事はアトレさんにまだ話していません。一応今日の謝罪の件は説明していたんですけど、朔莉さんは『アトレさんとエストさんには私から話すから』って言われました」

 

「分かりました。では、私もそうします」

 

 八日堂さんには本当に陰ながら助けて貰っているから、その意見を尊重しよう。

 そのまま僕らは地下通路を進み、桜の園に繋がるエレベーターに乗ってエストさんの部屋がある64階に向かった。

 

 

 

 

side才華

 

 エストの部屋のリビングに備えつけられている時計を見てみると、時刻はもうすぐ9時を示そうとしていた。

 もうすぐこの部屋に小倉さん、ルミねえ、アトレ、九千代、そしてカリンがやって来るんだけど……。

 

「うぅ……な、何だか緊張するね」

 

 僕の主人で、皆がこの部屋にやって来る理由である筈のエストは緊張して椅子に座っていた。何で謝罪される相手である君が緊張しているんだろうか?

 

「お嬢様? 何をそんなに緊張されているのですか?」

 

 一応まだ終業時間は終わっていないから従者としての立場で質問してみた。

 

「今回の件は私が一番悪い事には変わりはありませんが、お嬢様には全く非がないのです。ですから、そんなに緊張される事はないのです」

 

「分かってはいるんだけどね……そのね。私って謝罪するのには慣れているんだけど、謝罪されることなんてこれまで殆どなかったから」

 

 何で謝罪するのに慣れているのかは一先ず置いておこう。どうせ僕が嫌いなあのエステル・グリアン・アーノッツが関わっているに決まっているから。

 

「それに日本で親しくなった人達の殆どが関わっている問題でもあるから」

 

「申し訳ありません」

 

 其処を指摘されたら、僕の方が頭を下げるしかないよ。

 

「あっ、来たみたいだね」

 

 頭を下げていたらインターホンの音が聞こえて来た。

 応対しようとしたらエストが立ち上がろうとしたので……。

 

「お待ちください」

 

 慌てて肩を押さえて椅子に座り直して貰った。

 

「お嬢様は今日は謝罪される側なのですから、出迎えるのは従者の私の役目です。このまま此処で座ってお待ちください」

 

「う、うん。そうだよね。じゃあ、朝陽。皆を案内して来て」

 

 本当にエストは謝罪されるのに慣れていないんだなあ。

 総裁殿に頭を下げられて謝罪された時も、謝罪された側なのに涙目に成って混乱していたし。いや、まあアレはエストと比べたら明らかに立場が上の総裁殿に謝罪されたからなのもあるけどね。

 僕だってあの時は心の底から驚いたもの。

 玄関に辿り着いた僕は扉を開けた。

 

「ただいま参りました、お姉様」

 

「夜分遅くにごめんなさい、朝陽さん」

 

「こんばんは、朝陽さん」

 

 僕の妹とルミねえ、そして小倉さんが玄関の外で待っていた。その後ろには九千代にカリンもいる。

 

「皆様お待ちしていました。お嬢様はリビングの方でお待ちになっていますので、どうぞ中に」

 

「それなのですが、お姉様。先ずは私とルミねえ様、そして九千代の3人で中に入っても宜しいでしょうか?」

 

 えっ? なんで? 小倉さんとカリンは?

 僕の様子から察したのか、アトレが事情を説明してくれている。

 

「小倉お姉様とクロンメリンさんと私達では立場が異なりますので、先に私どもから謝罪したいのです」

 

 なるほど。言われてみればそうだ。

 フィリア・クリスマス・コレクションが終わった後に全てを話すつもりで僕らはエストを騙していたけど、小倉さんとカリンは僕のミスで黙認と言う立場にいるしかない状況になってしまった。

 その事を考えるとアトレの提案は間違っていない。確認の意味を込めてルミねえと九千代に目を向けてみると、2人ともアトレと同じ意見なのか頷いた。そうすると残るは……。

 

「小倉お嬢様はそれで宜しいのでしょうか?」

 

「はい。私とカリンさんは、アトレさん達が終わるまで外で待っています」

 

 いや、それはそれで申し訳ない。

 幾ら桜の園の空調が優れているからって、もう11月なんだから寒くなってきている。

 

「それでしたら小倉お嬢様とクロンメリンさんは此方でお待ち下さい」

 

 少し僕らの話し声が聞こえてしまうかも知れないけど、まだ玄関で待って貰っていた方が良い。

 アトレとルミねえもそれで良いのか頷いてくれた。小倉さんとカリンは顔を見合わせると、僕に顔を向けた。

 

「では、此方でまたせて貰います」

 

「分かりました。では、桜小路お嬢様、ルミネ様に九千代さん。此方にどうぞ」

 

 案内する為に先に行く僕に従ってアトレ、ルミねえ、九千代が靴を脱いで後を付いて来る。

 

「……正体が知られてもちゃんと従者は続けているんだね」

 

「はい。そう言う契約ですから」

 

 それに迂闊に才華として話したりしたら油断が生まれる。

 今はその油断が命取りになりかねない状況なんだから、少なくとも仕事の時間中は小倉朝陽として過ごさないと。

 ……ほんの僅かな時だけ才華としてエストと話すのは皆に秘密にしておこう。

 

「お嬢様。皆様が参りました」

 

「うん。入って貰って」

 

 エストの許可が貰えたので、3人にリビングに入って貰った。

 

「あれ? 小倉さんとクロンメリンさんは?」

 

 来ると聞いていたのに、姿が見えない2人にエストは首を傾げた。

 

「小倉お嬢様とクロンメリンさんは玄関の方でお待ちになっています。先に此方の御三方から謝罪を述べたいと頼まれましたので」

 

「そうなんだ」

 

 納得してくれたのかエストが頷く。

 すると、先ずは僕の妹であるアトレがエストの前で床に正座した。

 

「エストさん。この度は私どもの行ないに巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

「私も……何を言われても仕方ないと思います。謝罪なんて自己満足かも知れませんが、本当に巻き込んでしまい申し訳ありません」

 

「従者の身でありながら、若をお止め出来ず、他家の御令嬢であるアーノッツ様にご迷惑をおかけしてしまった事。本当に申し訳ありません!」

 

 ……目の前の光景を見て、僕は改めて自分の認識の甘さを痛感させられた。

 妹であるアトレだけじゃなくて、姉のように慕っている、ルミねえ。幼少の頃からずっと傍にいて仕えてくれていた九千代。

 3人が揃って床に正座をしてエストに向かって深々と頭を下げている。

 自分の認識の甘さと3人に頭を下げさせた事への申し訳なさで、涙が出そうだ。

 

「……顔を上げて下さい」

 

 エストから許可が出たので3人は顔を上げた。

 

「確かに朝陽が実は男性で、しかも『桜小路才華』さんだったと知った時は驚いて戸惑いました。その上、私の家族にまで累が及ぶ事になっていたなんて知った時は怒りも覚えました……日本に来て最初に親しくなった人達が私を騙していた……本当だったら赦してはいけないのかも知れません」

 

 エストの言う通り……僕らは赦されない事をした。事情があるから事を荒立てられないだけだ。

 

「でも、皆さんと一緒に過ごした日々は本当に楽しかった……正直言って異国の日本に来た最初の年で楽しい毎日を過ごせるなんて思っていなかったから」

 

「……エストさん」

 

「他にも朝陽や皆さんがいたおかげで大切な事も教えられた。今は私も朝陽……才華さんの事をクラスの皆に隠す側なのもあるし」

 

 うぐっ……その事を指摘されるとやっぱり胸が痛い。

 

「謝罪は受け取りました。もしそれで納得できないのでしたら、年末のフィリア・クリスマス・コレクションの総合部門を絶対に成功させる事が私の願いです」

 

「……本当にエストさんには感謝します」

 

「赦してくれて……ありがとうございました」

 

 アトレ、ルミねえ、九千代は涙を流している。

 良かった。これでアトレ達の方は一段落だ。後残るは……。

 

「それじゃあ、朝陽。小倉さんとクロンメリンさんを呼んで来てくれる?」

 

「畏まりました」

 

 指示に従い、僕は部屋を出て玄関で待っている小倉さんとカリンを呼びに行った。




と言う訳でアトレ、ルミネ、九千代も一段落しました。
既にエストも男性である才華を女性として学院に通わせていますが、やはりこの辺りはけじめとしてちゃんとしておかなければいけませんから。

次回は立場が違う朝日とカリンの謝罪。そしてエストが抱いた新しい願いの確認になると思います。
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