月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回は何時もの半分ぐらいになってしまいました。
理由は、この辺りで切りが良かったからです。
これ以上話を進めちゃうと、一月下旬まで才華sideを続けないと行けなくなってしまうので。『晩餐会』の事後までとなりました。
次回からはまた遊星sideに戻ります。

烏瑠様、kcal様、Layer様、Nekuron様、誤字報告ありがとうございました!


一月上旬(才華side)6

side才華

 

「……一体何があったんですか?」

 

 『晩餐会』が終わった後、僕らはお父様とお母様を連れて大蔵本家に用意されていた控室に戻って来た。

 控室の中には、お父様とお母様と共にアメリカからやって来た九千代の叔母である八千代もいた。

 八千代は戻って来たお父様とお母様の姿に、目を見開いて驚いていた。

 ……僕も驚いている。

 小倉さんの写真を見て呻いていたお父様は、何とか我を取り戻せた。

 ……それでもちょっと青い顔をしたままだが。問題はお母様の方だ。

 『晩餐会』の会場では怒りに燃えていたお母様だが、小倉さんの写真を見ている内に様子が変わって行った。

 何時も誇り高く凛としているお母様が、椅子に座り込んで憔悴し切った顔で小倉さんの姿が写っている写真を見つめている。

 

「……朝日。間違いなく朝日だ……だが、私の知っている朝日はこんな暗い顔をした事は無い。一体何があったんだ、朝日」

 

「……ル、ルナ。と、取り敢えずその写真を仕舞おうよ」

 

「……嫌だ。もっと見ていたい……朝日」

 

 顔を蒼くしながら声をかけるお父様に構わず、お母様は大切そうに写真に写っている小倉さんの顔を撫でている。

 ……そんなに小倉さんの顔は、母親である『小倉朝日』さんに似ているのだろうか?

 

「……大蔵君。何て質の悪い冗談を『晩餐会』で行なったんでしょうか? 小倉さんが若いままで姿を現す訳がないのに。だって、あの人は……」

 

 八千代の言う通り。

 『小倉朝日』さんがお母様の傍にいたのは十数年前。どう考えても八千代の言う通り、当時の姿で現れる訳が無いのに。

 ……だけど、お母様は小倉さんを朝日と呼び続けている。

 ……伝える時は今しかないのかも知れない。僕が小倉さんに聞いた話を。

 

「あの……お母様?」

 

「……何だ、才華?」

 

「その人はお母様が知っている小倉朝日さんじゃなくて、娘の小倉さんだと思います」

 

「……娘? 朝日の娘だと?」

 

 お母様はゆっくりと顔を上げて、何故か僕ではなくお父様を睨みつけた。

 後、八千代も何故か険しい視線をお父様に向けた。

 二人に睨まれたお父様は必死になって首を横に振る。

 その姿にお母様と八千代は安堵の息を吐いた。

 ……今のやり取りは何だろう?

 意味が分からなかったけど、僕は話を続ける。

 

「僕とアトレが帰国した当日に小倉さんは桜屋敷にいたんです」

 

「ほ、本当なの、才華? そ、その人は本当に『小倉朝日』って名乗ったの?」

 

「はい。お父様。私もお兄様と同じように聞きました。ちょっと変わっているところがある方でしたけど、良い人でしたよ」

 

「か、変わっているところって、何かな?」

 

「綺麗な人なのに、何故かそれを指摘すると顔を両手で覆って恥ずかしそうにしていたんです」

 

「ルミねえも同じように綺麗な人って言ったら、廊下で倒れたりしていました」

 

「そ、そう……えっ? まさか、本当に」

 

 急にお父様は小声になって考え込んでいる。

 何か今の言葉に引っかかる事でもあったのだろうか?

 気になるけど、今は話を続けないと。

 

「それで話を続けますけど、僕はその日の夜に小倉さんと話をしたんです。その時、小倉さんが言っていたんです。自分は『小倉朝日』の娘だって。訳があって本名が名乗れなくて、母親の名前である『小倉朝日』を名乗っているとも言っていました」

 

「……他に何か言っていたか、その朝日は」

 

「……桜屋敷に来る前に勤めていた屋敷を追い出されたと言っていました。自分には最初からその屋敷に勤める資格は無くて……大切な主人の人生に消えない傷をつけかけた事を後悔していました」

 

「……まさか。いえ、そんな事があり得る筈が」

 

「八千代。私は少なくとも才華とアトレが嘘を言っているとは思えない」

 

 ゆっくりとお母様は椅子から立ち上がり、大切そうに小倉さんの写真を脇に抱える。

 その姿には先ほどまであった憔悴した様子は見えない。お母様は力を取り戻したようだ。

 

「未だ混乱している部分はあるが、少なくとも『小倉朝日』を名乗る何者かが居て、その人物の姿は私が知る『小倉朝日』と瓜二つなのは間違い無いようだ。そしてあの大蔵衣遠は、自分の娘として『大蔵朝日』にしようとしているのは間違いない。そのような事を、私は断じて許しはしない」

 

「い、いやだけど。本当にいるのかな?」

 

「いる。この写真が証拠だ、夫。私は当時の朝日の写真を全て大切に保管しているから分かる」

 

「えっ? そんなの僕は知らなかったけど?」

 

「当然だ。大切な思い出だからな。で、話を戻すが、その写真の中にこんな暗い顔をした朝日の姿は一枚もない。この写真は最近撮られたものに間違いない。今すぐ桜屋敷に戻れば全ての事実を知っているだろう壱与から真相を聞けるのだろうがそんな時間は無い」

 

「お母様? 時間が無いというのは?」

 

 普通に急いで屋敷に戻って壱与から真相を聞けば良い。

 僕らが聞いても教えてくれなかったけど、お母様とお父様が聞けば壱与はきっと教えてくれるだろう。

 だけど、お母様の考えは違った。

 

「何よりも優先すべきなのは、朝日の確保だ。このままでは朝日は『大蔵』などと言う気持ち悪い名字を名乗る事になってしまう。そんなのは絶対に嫌だ」

 

「あの、ルナ。大蔵って僕の実家なんだけど」

 

「夫の名字は桜小路だ……私も甘かった。あの大蔵衣遠こそ、私の不俱戴天の敵だった。そうだ。何故忘れていたんだ。あの男が私や朝日にした事を……今度こそ朝日を渡しはしない」

 

 お母様は何かを決意するように呟いている。

 小声のせいで良く聞こえないけど、お母様はやる気になっている。

 もしかしたら小倉さんにまた会えるかもしれない!

 

「才華?」

 

「は、はい!」

 

「朝日の手掛かりは何かないか? あのお前やアトレに甘い大蔵衣遠の事だ。何か情報を漏らしているかも知れない」

 

「……行先は分かりませんけど、小倉さんは外国にいると思います。伯父様が故郷の国に帰ったと言っていましたから」

 

「故郷? 朝日の故郷? ……そうか。この朝日がそうなら……あの国しかない!」

 

「行先に覚えがあるんですか、お母様!」

 

「恐らくだが、今朝日がいる国はあの国以外にあり得ないだろう。彼女……の母親から故郷を聞いた事がある。よし、運が向いて来たぞ! 八千代!」

 

「は、はい、奥様!」

 

「予定を変更だ! 今すぐイギリスに向かうぞ!」

 

「えっ!? お、奥様! お待ち下さい! 確かご予定ではイギリスに向かうのは、明後日の筈です! 明日は一日家族揃って桜屋敷で過ごすという予定だったではないですか!?」

 

 そうだったのか。

 僕もお母様やお父様と一緒に桜屋敷で過ごしたい。

 ……でもそれ以上に小倉さんに僕は謝りたかった。

 そんな僕の手をアトレがゆっくりと握ってくれて、顔を向けると頷いた。

 

「……お母様。行って下さい」

 

「才華?」

 

「……僕はどうしてもあの人に謝罪したい事があるんです。だから、行先に覚えがあるなら行って構いません」

 

「私もです。小倉さんがお屋敷を出たのは、お兄様を叱ったからですし」

 

「えっ? 才華を叱った?」

 

「はい。お父様。お兄様が無理な事をやろうとしたら、叩くふりまでして屋敷の皆の前で叱ったんですよ。多分小倉さんは叱る時に屋敷を出る覚悟を決めていたんだと思います」

 

「ほう……夫。凄い覚悟を持っているな。才華を叱った朝日は。夫にもそれぐらいの厳しさを持って欲しい。少々夫は才華に対して過保護だと私も思っていた」

 

「うっ……確かにそうかも知れないけど」

 

 困ったようにお父様は呟いた。

 僕自身もお父様は過保護だと感じている。現にフィリア学院に入学出来なかった事を報告した時に、お父様は自分も日本に来ると電話で言ってきた。

 僕の事が大好き過ぎて困った人だ。勿論、日本に滞在されると困るので拒否したが。

 ……思えば僕は余りお父様に強く叱られた事がなかった気がする

 その辺りが小倉さんとお父様の違いかも知れない。

 確かに二人は良く似ているけど、別人だと僕は思えた。

 

「八千代。とにかく急いで車を回せ。あの大蔵衣遠は、『晩餐会』での様子から見て、今日はりそなとの話で余裕がない筈だ。私達がイギリスに行く準備をしていた事を奴は知らない。今しかない。奴を出し抜いて朝日に会うチャンスは!」

 

「ですから、冷静になって下さい、奥様! 常識的に考えて小倉さんがいる筈がありません! 良く似た別人を使って大蔵君が質の悪い冗談を言ったとしか私には思えません! そのような非現実的な話でご予定を変えるなど認められません!!」

 

「なら、何故りそなはあそこまで慌てていた。特に大蔵衣遠が資料を見せた後は、私の様子を何度も伺って来ていたぞ」

 

 そう言えばそうだ。

 総裁殿は伯父様から資料を渡された後、頻りにお母様を警戒するように見ていた。

 破かれてしまった為に資料の内容はもう分からないけれど、きっと総裁殿はお母様に小倉さんの事を知られたくなかったに違いない。

 其処まで考えて僕は思い出した。総裁殿が伯父様に命じて誰かを探していた事を。

 

「お母様。伯父様が言っていました。総裁殿が半年ぐらい前から誰かを探しているって」

 

「半年前? ……夫、そう言えば半年ほど前にりそなが慌てて電話して来た事があったな?」

 

「う、うん。電話に出たら、ちゃんとアメリカに居るって分かって、酷く安堵していたのを覚えているよ。どうしたのって聞いたら、何でもないって言って切られたけど」

 

「……やはり、朝日はいる。この酷く弱っている朝日が間違いなく。八千代。急げ!」

 

「もう!! ハァ~、分かりました、すぐに準備をいたします。才華様とアトレ様に関しては、桜屋敷にいる壱与に迎えに来て貰えるように手配いたします。大蔵君も本当に困った事を」

 

「では、才華、アトレ。急な別れになってしまったが、約束する。必ず朝日を見つけて見せる」

 

「お母様……お願いします」

 

「うん。行くぞ、夫!」

 

「ま、待ってルナ!」

 

 お母様は大切そうに小倉さんの写真を抱えながら、八千代とお父様と一緒に部屋を出て行った。

 どうか二人が小倉さんを見つけてくれる事を、僕はその背に願った。

 ……あっ。お母様に小倉さんの写真を貰うのを忘れた。

 あの写真、綺麗だったから、僕も欲しかったのに。

 後で伯父様に頼んでみよう。

 

 

 

 

 お父様とお母様が八千代と共に出て行った事で予定が変わった僕とアトレは、控室で壱与が桜屋敷から迎えに来るまで待っていた。

 すると、ノックの音が響き、部屋の外で待機していた九千代の声が扉の向こうから聞こえて来た。

 

「若。ルミネお嬢様がお見えになりました」

 

「入って貰って良いよ。九千代も、もう部屋に入って良いから」

 

「分かりました」

 

「失礼します」

 

 部屋の中に九千代とルミねえが入って来た。

 ルミねえは入って来ると部屋の中を見回し、お父様とお母様がいない事に気がつく。

 

「アレ? ルナさんと遊星さんは?」

 

「小倉さんを探しに行ったよ」

 

「えっ? 行先を知っているの?」

 

「ルミねえ様は知らないのですか? 小倉さんの居所を?」

 

「うん。知らない。衣遠さんは其処まで教えてくれなかった」

 

 ちょっと僕は驚いた。

 てっきり伯父様に協力しているみたいだったから、小倉さんの居所をルミねえも知っていると思ったのに。

 だけど、今は。

 

「それよりもルミねえ。酷いよ。小倉さんが大蔵家の人間だって知っていたんでしょう?」

 

「その事を知ったのは、才華さんのやろうとしている事に協力する事にした後。私だって衣遠さんから聞いて驚いたんだから」

 

「そうなの?」

 

「そう。今だって此処に来るまでに、お父様とお母様に小倉さんの事を聞かれていたの。ちゃんと鑑定してあの人が大蔵家の人間だって知った時は、私も言葉が出なかった」

 

「じゃあ、本当に小倉さんは」

 

「……大蔵家の血が流れているのは間違いないよ」

 

 ルミねえの言葉に、僕は声も出せなかった。

 あの小倉さんが大蔵家の人間。でも、それだったら納得出来る部分もある。

 思い出してみれば小倉さんは、お父様だけじゃなく総裁殿にも似ている気がする。ルミねえとも何処か似ている。

 『晩餐会』の様子から大蔵家の方々の様子から見ても、小倉さんの姿を見てから急に養子入りに納得していた人達もいたように思える。

 

「……そう言えば、お母様が言っていたよ。小倉さんのお母さんの『小倉朝日』さんは、元々総裁殿の紹介で桜屋敷にやって来たって」

 

「となると、小倉さんのお母さんは元々大蔵家に仕えていたメイドだったのかもね。才華さんの屋敷を辞めた後に、大蔵家に戻って……それで小倉さんを産んで衣遠さんの話の通りになった……嫌な気分になっちゃった」

 

「でも、それだったら納得出来るような部分が私にはあります……この世は諸行無常と言いますけれど、小倉さんを襲った出来事には言葉もありません」

 

 僕はそんな人の心の傷を踏み躙ってしまった。

 後悔の念が湧いて来て、顔が下に俯いてしまう。

 

「……ちょっと暗い話になっちゃったね。ごめん」

 

「いや、良いよ、ルミねえ」

 

「大丈夫です、若! きっと奥様と旦那様が小倉さんを見つけてくれますよ!」

 

 そうだ。

 僕が信頼する両親が小倉さんを探しに行ってくれたんだ。

 きっと見つけてくれるに違いない。

 ……ただ小倉さんの方はどうなんだろう? 小倉さんはお父様とお母様に会うのを嫌がっていたから。

 出来れば見つけて欲しい。

 

「あっ、そうだ。才華さん。暗い話ばかりじゃなくて、一つ朗報があるわよ」

 

「何、ルミねえ?」

 

「此処じゃ詳しく話せないけど、才華さんの雇用主になれそうな人が見つかったんだ」

 

「えっ、本当?」

 

「うん」

 

「良かったですね、お兄様」

 

 小倉さんの事があるから素直に喜べない部分もあるけれど、僕は嬉しかった

 探し始めてからそれなりに経つけど、中々雇用主になってくれる人は見つからなかった。

 元々家事を任せず。服飾のサポートのみで、僕の外見を認めてくれるお金持ちの服飾生。

 家事に関しては伯父様のおかげで専門家の人が僕らのマンションに来てくれるので、僕がやらなくても問題はないが、それでも厳しい条件だった。

 そんな条件の中でも僕の雇用主になってくれる人を、見つけて来てくれた事に感謝しなければならない。

 

「詳しい話は後日、桜屋敷に行った時に話すから」

 

「ありがとう、ルミねえ」

 

「それで例の衣遠さんが貴方とアトレさんに上げたマンションの名前は決まったの」

 

「うん。良く考えて決めたよ」

 

 僕は考えた上で、伯父様から僕らに与えられたマンションの名前を決めた。

 僕が隠している秘密を晒せる楽園。ありのままの姿で皆と過ごせる場所。

 66階の高層マンションの天空にある桜小路才華の庭園。

 

 『La Cerisaie() dens() Ie() ciel』

 

 此れこそが僕の住む場所となるマンションの名前だ。

 何時かこの場所に家族や小倉さんにも来て欲しいと願っている。




人物紹介

名称:山吹八千代
詳細:桜小路家のメイド長。幼少の頃からルナに付き従っているメイド。ルナに対しては姉のように慈しむ献身で仕えている。フィリア女学院では講師を務めていた。朝日の世界では正体を知り、追い出した人物だが、此方の世界では朝日の正体発覚後も受け入れ、寧ろ積極的に遊星とルナの恋愛を後押ししていた。
現在(一月上旬遊星side終了時点)は朝日の身に起きた事を知り、自分なら確かにそうすると判断しているが、同時にルナの恋愛の縁を潰してしまった事も自覚していて、精神的に悩んでアメリカの桜小路家で療養中。朝日が知ったら、即座にアメリカに向かうだろう。

明日の0時に次話投稿です。

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