月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回で中旬が終わり、次回より下旬です。
下旬は二話ぐらい。或いは一話で終わりますので、もうすぐ十二月編に入ります。

烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


十一月中旬21

side遊星

 

「この度はエストさんに大変なご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

 才華さんにリビングに案内された僕とカリンさんは、揃って床に正座をして椅子に座っているエストさんに頭を下げた。

 リビングには既に謝罪を終えたアトレさん、ルミネさん、九千代さんもいる。才華さんはエストさんの傍で僕とカリンさんに申し訳なさそうな顔をしてくれているけど、僕らは黙認していた。りそなも既にエストさんに謝罪しているんだから、僕がしない訳にはいかない。

 

「い、いえその……小倉さんには学院で色々と助けて貰ったし……才華さん達とは違う立場みたいですから」

 

「立場は違うかも知れませんが、エストさん本人とお家の方に迷惑を掛けたのは事実です。本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

 

 謝罪されてエストさんは戸惑っているみたいだ。

 でも……やっぱり謝罪はしないといけない。それで全てが許されるとは思えないけど、僕には謝罪する事しか出来ないから。

 少しの間エストさんは戸惑っていたけど、やがて僕とカリンさんに声を掛けてくれた。

 

「アトレさん達と同じで謝罪を受け入れます。これからもクラスメイトとして宜しくお願い、小倉さん、クロンメリンさん」

 

「ありがとうございます、エストさん」

 

 エストさんは本当に良い人だ。思ったら駄目なのかも知れないけど、この人が才華さんの主人で良かった。今、心からそう思える。

 ……ただ、だからこそ才華さんとエストさんには伝えておかないといけない。

 

「エストさんのお気持ちは嬉しく思います……ですが、残念ながら私とカリンさんはこれまでのようにお2人の力になる事は出来ません」

 

『っ!?』

 

 才華さんとエストさんだけじゃなくてアトレさんと九千代さんも驚いて僕とカリンさんを見て来た。

 ルミネさんだけは、僕らの事情を知っているので驚く事無く顔を俯かせた。驚く皆に僕は事情を説明する。

 

「その理由を今説明します。先ず確認しますが、エストさんは私とカリンさんが普通の学生の立場にいない事はもう知っていますか?」

 

「才華さんから聞きました。小倉さんとカリンさんは学生としてではなく、学院の問題を理事長に報告する調査員でもあるって」

 

「その通りです。私とカリンさんは理事長である大蔵りそなさんに学院内での問題を調査する為に学生として、学院に入りました。本来ならば理事長直轄なので、総学院長であるラフォーレさんも私達が調査員である事は知りません。ですが、今は違います」

 

「既に総学院長であるラフォーレ氏にも、私達が調査員である事は知られています。その為に彼にも問題を報告する義務が出来ました」

 

 本当はりそなの理事長としての立場が、看板でしかなくなってしまったから、学院内で一番偉いラフォーレさんに報告する事になった。

 

「そして彼から既にお2人がどのような交渉を行なったのかもお聞きしています」

 

「も、もしかして……それで?」

 

「はい……『桜小路才華』が大蔵家の身内という事実がラフォーレさんに知られてしまった以上……私が才華さんとエストさんに協力するような事をすれば、『やっぱり大蔵家は身内を庇うのか?』とラフォーレさんに思われて、才華さんとエストさんがした交渉自体が無かった事にされてしまう恐れがあります」

 

 慌てて才華さんとエストさんは顔を見合わせた。

 でも……そうなってしまう恐れは間違いなくある。今のラフォーレさんの本心は良く分からないけど、以前のように新しいジャンを造り出すと言う想いを無くしていないのなら、ほんの僅かな油断が命取りになりかねない。

 

「小倉お嬢様は『桜小路才華』様と面識がないと説明し、理事長からもお2人の件は全面的に総学院長に任せるとも伝えました」

 

「そう言った事情があるので、私とカリンさんは才華さんとエストさんに今後は力を貸す事は出来ません」

 

 巻き込んでしまったエストさんには、出来る事なら力を貸したい。

 だけど、現状で僕とカリンさんが才華さん達に積極的に力を貸すような事をすれば、ラフォーレさんに疑いの目を向けられてしまう。

 たとえジャスティーヌさんが間に入ってくれても、協力したと言う事実だけで交渉が無かった事にされてしまうかも知れない。

 

「朝陽」

 

「……分かりました。小倉さん。僕とエストは自分達の力で今回の事を乗り切って見せます」

 

 才華さんの言葉からは力強さが感じられた。

 何でだろう? 才華さん達が置かれている現状は良く分かってる筈なのに……不思議と安心感のようなものを感じる。

 今の才華さんならきっとやり遂げられる。頑張ってください、才華さん。

 これで伝えることは終わったと思ったら……。

 

「……あの……それじゃあ、小倉さんとクロンメリンさん。3人だけでアトリエで少し話をしても構いませんか?」

 

「お嬢様?」

 

「朝陽。お願い。立場が違うって言う小倉さんとクロンメリンさんだから聞きたい事があるの。良いですか、小倉さん?」

 

「私は構いません」

 

 聞きたい事って何かな? まさか、僕の本当の性別の事とかじゃないよね?

 

「じゃあ、こっちで」

 

 僕とカリンさんは床から立ち上がって、エストさんと一緒にアトリエの部屋に入った。

 エストさんは入ると共に、アトリエの鍵も閉めた。どうやら才華さん達には聞かれたくない内容のようだ。どんな質問が来るのかと内心で身構えていると、エストさんが口を開いた。

 

「率直に聞かせて欲しいの。もしかして私の家、アーノッツ家の景気が良くなった事に、小倉さん達が関わっているのかどうかを」

 

「……何故そう思われたのでしょうか?」

 

「小倉さん達も知っていると思うけど、私の家。アーノッツ家は裏社会と繋がりがある家。入学式の日にジャスティーヌさんが言っていたように、詐欺や恐喝にも関わってる。そうしなければ家族皆でやっていくことが出来ない事も分かってる。だから、そんな家だからそう簡単に景気が良くなる事なんてない筈なのに、私が日本に来てから徐々に景気が良くなった事をパパから聞かされて。朝陽に……才華さんにも話したけど、その時は本当に私の家の景気が良くなっている事を知らなかったみたい。だから、立場が違うって言う小倉さんとクロンメリンさんだったら何か知っているんじゃないかなって思って」

 

 確認するようにカリンさんに視線を向ける。

 問題無いと言うようにカリンさんは頷いてくれた。話しても良いようだ。才華さん達も知らないあの事を。

 

「……分かりました。お話します。ですが、どうかこの事は才華さん達には内密でお願いします」

 

 エストさんは頷いてくれた。

 少しアトリエの奥の方に来て貰う。アトリエの部屋の鍵は閉まってるし、この桜の園は防音は完璧だそうだけど、もしかしたらの可能性はある。まだ、才華さん達には内緒にしておいた方が良い。

 そしてドアから充分に距離を取った僕は、小声でエストさんに説明する。

 

「仰る通り、かなり遠回しではありますが、私の養父である大蔵衣遠お父様とその従兄弟にあたる大蔵駿我さんがアーノッツ家が正道に戻れるように支援しています」

 

「やっぱり」

 

 ある程度確信を持っていたのかエストさんは驚く事無く頷いた。

 

「ただこの事実を才華さん達は知りません」

 

「皆様が知れば、やっぱり最後には助けて貰えると甘い気持ちを抱くでしょう。ですが、此方側としては今回の件は本当にギリギリのところで間に合った状況です。その上、現状は未だ薄氷の上に置かれています。ですから、アトリエの外に居られる皆様にはまだお話出来ません」

 

 お父様達皆からも才華さん達には言うなって言われている。エストさんは気付いたから話したけど、やっぱり才華さん達にはまだその件を話せない。

 

「朝陽や皆には内緒にしておくのは良いけど……え~と……参考として聞くけど、もし間に合っていなかったらどうなって」

 

 僕とカリンさんは揃って顔を横に向けた。

 想像するだけでも大変な事になっていたのは、明らかだから。口にするのは怖い。カリンさんも同じ気持ちなのか目を伏せている。

 エストさんは僕らの様子に察したのか、身体を震わせて顔を青褪めた。

 

「い、今の質問はやっぱり無しで」

 

 無言で頷いた。知らない方が良い事が沢山ある。

 ……僕はそれを嫌と言う程に思い知らされました。うん。本当に知りたくなかった。思い出すだけで泣きそうな気持ちになってしまう数々の事を思い出す。

 

「あ、あの小倉さん……何だか顔色が」

 

 顔に出てしまったみたいだ。気を付けないと。

 

「ご質問は以上でしょうか?」

 

 マイペースなカリンさんには本当に救われる。ありがとうございます、カリンさん。

 

「あっ、いえ。まだ質問はあって……寧ろこっちの方が個人的には大切で……その朝陽……じゃなくて才華さんがフィリア・クリスマス・コレクションが終わった後も、私の従者を続ける事は出来るかなって……」

 

「それは……無理です」

 

 僕の答えにエストさんは落ち込んで俯いた。

 

「やっぱり……駄目なんだ」

 

 この様子だと僕らに質問する前に、才華さんにも確認したみたいだ。だけど、エストさんがどれだけ望んでも才華さんがフィリア・クリスマス・コレクション後にフィリア学院に通うのは無理だ。

 いや、それどころか日本にいるのも危ない。

 

「ご迷惑をおかけした此方としては出来るだけエストさんの願いを叶えたい気持ちはあります。ですが、才華さんがフィリア学院に通えるのは、フィリア・クリスマス・コレクションまでです」

 

 それは僕もだけど、その辺りの事までエストさんに話さなくて良いよね。

 

「あの。つかぬ事を聞きますが、エストさんは才華さんとこれからもフィリア学院に一緒に通いたいんですか?」

 

「そう。私はこれからも才華さんに朝陽として一緒にフィリア学院に通って貰いたい。才華さんや小倉さんが言うように無理だって言うのは分かってる。でも……男性だと知る前は、今の楽しい日々がずっと続くと思っていたから。それが急に残り1カ月半ぐらいしかないって聞かされて」

 

 た、確かに、エストさんの言う通り戸惑うよね。

 才華さんの予定だと事実を知ったらエストさんに嫌われると思っていたようだけど、今は隠すのに協力してくれてる。しかも、りそなの話だとエストさんは才華さんに恋愛感情を抱いているらしい。

 まさか、こんなことになるなんて思ってなかった。

 ……だけど、やっぱり才華さんをこのまま日本に居させるのは危ない。

 

「……エストさんの気持ちは分かりました。ですが、才華さんが日本にいるのはかなり危ないんです」

 

「既に桜小路のご子息からお聞きになっているかも知れませんが、彼は大蔵家の前当主様で大蔵ルミネお嬢様の御父上である大蔵日懃様に嫌われています。大蔵日懃様のルミネお嬢様への溺愛ぶりは常軌を逸し、ご本人である大蔵ルミネ様のお気持ちも考えずに前当主様は行動されます。そんなお方に現状の事を知られれば……想像するだけで恐ろしい事が起きるでしょう」

 

 何時もは自分のペースを変えないカリンさんだけど、本当に恐ろしいと感じているのか最後の方は言葉が震えていた。

 でも……そうなってもおかしくないと僕も思ってしまう程にお爺様ならやりかねない。内緒にしていた文化祭での衣装製作の製作者が僕だって事実も、違法な方法で調べた事も知っているだけに楽観視はもう出来ない。

 迷惑を掛けたエストさんの願いを叶えたいと思っても……僕らにはその願いを叶える事は無理だ。それに……。

 

「難題を乗り越えて通い続けることが出来たとしても、今後も才華さんが『小倉朝陽』として過ごすなら外部のデザインのコンクールに出る事は出来ないと思います」

 

「あっ……」

 

 気が付いたのかエストさんは顔を俯かせた。

 今だって才華さんはデザインのコンクールに作品を出していない。才華さんの実力なら、充分に入賞出来るのにだ。

 その理由はもうエストさんだって知っているはず。

 

「加えて申しますが、今後誰かに桜小路才華様の正体が露見した場合、後ろ盾として守ってくれる存在がフィリア学院には居りません」

 

「それって……」

 

「……大蔵りそなさんは今年度を以て理事長を退職します」

 

 目を見開いてエストさんは驚いた。

 

「そう言った事情もあるので、本当に心苦しいのですが、才華さんを学院に通わせる訳にはいかないんです」

 

 お父様も、才華さんを日本に居させるのはフィリア・クリスマス・コレクションが終わるまでともう決めている。

 エストさんの望みを叶えるのは無理だ。ごめんなさい、エストさん。

 

「……分かりました。相談に乗ってくれてありがとうございます」

 

「お力に成れずにすみません」

 

 心から僕はエストさんに詫びた。これで諦めて貰えると良いんだけど。

 

「……学院内での……後ろ盾」

 

 

 

 

side才華

 

 エストと小倉さん、そしてカリンがアトリエに入って行くのを僕は見送る。

 正直言えば、エストが小倉さんとカリンにどんな話をするのか気になる。……もしかしてフィリア・クリスマス・コレクション後にも僕が学院に通えるかどうかじゃないよね?

 僕が桜小路才華だと分かってからも、エストは僕と一緒に学院に通いたいって言っていたからあり得そうだ。

 立場が違う小倉さんとカリンからなら可能性のある話が聞けると思ったのかも知れない。

 でも……多分無理だ。小倉さんとカリンは総裁殿に迷惑がかかるなら、エストに申し訳ない気持ちはあっても協力するとは思えない。

 ……アレ? そう言えば、小倉さんとカリンは今後も学院に通い続けるのかな?

 幾らお金を支払えば、入学試験を免除出来る特別編成クラスに通っているとは言え、2人が学院に通っていたのは総裁殿の意向があるから。小倉さんの服飾へのやる気を考えると、今後も通い続けそうだけど、どうなるんだろう?

 

「本当に自分の行ないに後悔しかない」

 

 慌てて僕が顔を向けてみると、ルミねえは心から沈んだ顔をしていた。その隣にいるアトレと九千代も同様に落ち込んでいる。

 

「ルミねえ。僕が言っても説得力ないけど、落ち込まないで欲しい。一番悪いのは僕なんだし」

 

「たとえそうだとしても、才華さんの考えに同意した時点で私にも責任はあるよ。実際、本当に巻き込まれた小倉さんなんて、最初からエストさんには謝罪するつもりでいたみたいだし」

 

「えっ? そうなの?」

 

 僕の疑問にルミねえだけじゃなくて、アトレと九千代も頷いた。

 うわぁぁぁ! 本当に小倉さんにはもう頭が上がらないよ! 小倉さんが忠告してくれていた事は全部正しかったし。

 

「あの……お兄様? それで総学院長の方は?」

 

「あっ。そっちは大丈夫だから安心して欲しい」

 

 小倉さんが僕らに力を貸せない理由も納得出来た。

 確かに『桜小路才華』を大蔵家の親類として説明してしまった今、大蔵家の親類である小倉さんは僕らに力を貸せない。

 ……いや、それよりも小倉さんとカリンに事前に交渉する内容をメールで伝えておくべきだった。急に『桜小路才華』に関して、総学院長から尋ねられたら小倉さんとカリンだって慌てるよね。完全に僕のミスだ。

 はぁっ……本当に僕はまだまだだな。

 

「才華さんの言葉を信じるけど、本当に気を付けてね」

 

「分かってる」

 

 そうだ。交渉が上手く行ったからと言ったって油断したらいけない。

 寧ろ総学院長に注目されているんだから、より警戒心をもって行動しないと。フィリア・クリスマス・コレクションまで残り1ヶ月半。

 その間に総合部門の衣装と服飾部門の衣装を完成させないといけないんだから、今まで以上に頑張らないと。日本で最高の思い出を皆で作って、大切な人となったエストに僕が製作した最高の衣装を着て貰って舞台に立って貰う。その目標の為に明日からも頑張るぞ!

 誓いを新たにしながら、僕は一先ずルミねえ、アトレ、九千代に少しでも気を楽にして貰うつもりで紅茶を淹れにキッチンの方へと歩いて行った。




謝罪が終わり、それぞれがフィリア・クリスマス・コレクションに向けて頑張って行きます。

エストが家の事を気付けたのは、才華と違って怖い衣遠と会っていないからです。
会っていたら間違いなく助けてくれないと確信していました。
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