月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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十二月編が始まります。
先ずは最後の追い込みとなる上旬です。

烏瑠様、秋ウサギ様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


十二月編『りそな&エストルート』
十二月上旬(才華side)1


side才華

 

「とにかく学生時代から自由な人でね。(ヲレ)のような常識人なんて後を追うだけで苦労しましたよ。提出期限まであと数日と言う時に突然姿を消して居なくなった事もありました」

 

 ……一体僕は、何で彼の信仰対象の昔話を聞かされているんだろうか?

 

「それでどうなったんですか?」

 

 しかも隣に座っている主人は彼の話を興味深そうに聞きながら、差し出されたスイーツを食べている。

 今、僕とエストは学院から離れた場所に在る日本での総学院長の住居の一室。ジャン・ピエール・スタンレーのアトリエを寸分違わずに模した(最初に来た時に自慢げに語られた)彼のアトリエに僕とエストはいる。

 訪れた理由は彼の条件に出された僕らの服飾部門の衣装の点検の為。

 迂闊だった。まさか、衣装の点検をする場所が学院じゃなくて彼の住居でされるなんて思っても見なかった。

 変な噂が流れると忠告したかったけど、一度条件を変えて貰った手前、これ以上彼の心証を悪くする事は出来ない。点検の時が訪れたら、僕とエストはこうして彼のアトリエに案内されて、彼の信仰の対象の話を聞かされる羽目になってしまった。

 本心では衣装を渡したらさっさとお暇したい。でも、何故かエストが『少しぐらいは話を聞きましょう』と言ったのでこうして用意された椅子に座ってジャン・ピエール・スタンレーの歴史を聞かされている。

 ……それにしても、彼の言い分が正しければ、今僕らがいるアトリエはジャン・ピエール・スタンレーのアトリエを模している。しかし、部屋の広さは十畳にも満たない。いや、広さとかは関係ないか。

 アトリエはそれぞれの世界なんだし。見る人が見れば部屋の中の調度品や道具の類が高価な物だって分かる。

 

「何処に行ったのだとチームの全員が心配しながら作業を続けていたと言うのに、やがてぶらりと戻ってきたなと思ったら『良い布を見つけた』ですよ」

 

「それは……流石に不平不満が出たのではないでしょうか?」

 

「ええ、最初こそ此方も文句を言ったのですがね。後で自分が凡人だったと思わされましたよ。事前にチームで選んだ生地よりも、彼が見付けて来た生地で袖を作り直しただけで、衣装が見違えるくらい立派になるんです」

 

「そんなにハッキリと違いが出るなんて……凄いですね」

 

 うん、本当に凄い話だ。

 学生時代の話だとすれば、もしかしたら彼のチームには伯父様もいたかも知れない。もしも伯父様も違いをハッキリと認めたとしたら……いや、きっと認めたに違いない。

 どうやらジャン・ピエール・スタンレーは、デザインだけじゃなくて服飾のあらゆる分野で優れた人物のようだ。お父様と伯父様が揃って凄いと口にする理由の一端が分かった。

 そんな人物がもうすぐ日本にやって来て、僕らの衣装を審査してくれる。

 目の前の彼の影響を受けた訳じゃないけど、大変名誉なことに思えた。

 

「その点で言えば君達も流石と言うべきでしょうね。2つの衣装に使われている糸と生地はデザインのイメージに合っています。これらは君がパリに行った時に買った物ですか?」

 

 総学院長の目がエストに向けられた。

 僕が修学旅行に行かなかった事は、彼の立場をもってすればすぐに分かる事だ。でも、まさかパリで買った物だって事も見抜くなんて。

 伯父様の言っていた通り、彼が日本校の総学院長を務めているだけじゃなくて、ジャン・ピエール・スタンレーの会社の副社長を長年務めているだけはある。

 

「はい、私がパリに行った時に買った物です。でも、買う時に画像を送って朝陽と相談してから選んで購入しました」

 

「なるほど」

 

 口元が微笑んでいる。目利きの面でも、どうやら僕らは彼の目に適ってしまったようだ。

 危ない状況に進んでいるのは自覚出来ている。だけど、彼の不興を買う訳にもいかないから困る。

 

「しかし、こうして君達の衣装を点検できる立場に成れたことは私にとってとても素晴らしい事だと改めて実感します。点検をする度により良くなっていく衣装。何よりも君達は、私が学院の生徒達に望んでいた事を実践してくれているのですからね」

 

 ん? 僕達が実践している?

 一体何をだろうか?

 

「あのどういう意味でしょうか?」

 

「君達は知らないと思いますが、私は学院内での特別編成クラスの生徒と一般クラスの生徒の対立を煽っていました」

 

「っ……」

 

 知っている。

 伯父様から総学院長が学院内での生徒達の対立を煽っている話は聞かされていたし、僕自身通っていて実感した。

 エストは少し驚いたようだけど、今は真顔となって彼の顔を見ている。パル子さん達の事で思うところはあるだろうが、先ずは彼の話を聞こうとしているようだ。僕も両手を膝の上に置いて、彼の話を聞く姿勢をする。

 以前から彼がパル子さん達の件で抱いた気持ちを知りたかった。こうして語られる機会が巡って来たのなら聞かせて貰おう。彼の胸の内を。

 

「何故対立を煽ったのですか?」

 

「私個人としては非常に残念な事ですが、フィリア学院の服飾部門全体の服飾に対する意欲が無くなって来ていた事が発端でした。現に理事長も私も頑張っていましたが、残念な事に服飾部門の男子部の存続を諦めるしかないのが学院の現状です」

 

 本当に残念だ。

 せめて後1年ぐらいは募集をかけて貰いたかったと今でも思ってしまう。

 ……いや、でもそうなっていたらいたで、今ほどに自分が成長できたかなと疑問に思うから悩ましい。それにエストと両想いに成れたかも分からないよね。

 アメリカの時同様に、一緒の学院に通うライバルで関係は終わっていたかも知れないか。そうなるとやっぱり悩んでしまう。

 

「ですが、煽り過ぎてしまったと思わざるを得ない事が起きてしまいました。幸いにもその件は理事長が動いてくれたので大事にならずに済みましたが、私のミスだと認めるしかありませんでした」

 

 そう言う総学院長の顔には、明らかに後悔が浮かんでいた。

 パル子さんの件は、どうやら彼にとっても予想外の出来事だったみたいだ。エストも彼の様子から偽りなく本心を口にしていると思ったのか、責めるような言葉は口にせずジッと総学院長を見ている。

 エストは正義感が強いから、何の後悔も総学院長が抱いていなかったら、責めなくても彼に対して好意的な感情は2度と持たなかったかも。

 

「そんな出来事があって、学院内では私が望む形での対立は起きないのではないかと思っていました」

 

「望む形での対立とは、具体的にどのようなものでしょうか?」

 

 少なくとも僕とエストは対立していない。でも、彼の目から見ると僕とエストは望む形での対立を成し遂げているらしい。

 訳が分からずエストと一緒に首を傾げる。

 

「対立と言う言葉を口にしましたが、私が望んでいたのは互いにライバル心を抱き、切磋琢磨して競いあう関係を特別編成クラスと一般クラスには望んでいました」

 

 納得出来た。正しく僕とエストの服飾の関係は、正にそれだ。

 なるほど。総学院長が学院に望んでいたのは、僕らのような関係だったのか。だけど……彼が望むような形にはならなかった。

 特別編成クラスと一般クラスの溝は深まり続けて、危うくパル子さん達がその犠牲になりかけた。彼が望んでいた事ではなかった事にホッとしながらも、友人であるパル子さん達に襲い掛かった出来事を知っているだけに憤りを覚える。

 

「その中で君達が学院に提出した特別編成クラスと一般クラスの生徒による総合部門の企画は、とても素晴らしいものでした。選考の時には迷わず一票を入れさせて貰いましたよ」

 

『ありがとうございます』

 

 思うところはあっても、彼が本心から褒めてくれているのは分かったのでお礼を言う。

 

「他にも君達の班には驚いたことがあります。まさか、彼女(・・)があそこまでやる気を見せるとは心から驚かされました」

 

 誰の事なのかは、何となく分かった。

 彼が知っていて、僕らの班員の中で普段は明らかにやる気を見せない人物は1人しかいない。

 

「留学生のジャスティーヌ様の事でしょうか?」

 

「ええ。彼女の事はパリにいた頃から知っていました。一度だけ私の下で学ばないかと誘った事もあります」

 

 そう言えば以前、ジャスティーヌ嬢がパリにいた頃に総学院長から誘われたなんて話をしていた。

 まあ、あっさりと誘いは断ったらしい。と言うよりも、彼女の性格を考えれば、目の前の彼の教えを受けるよりも我が道を進むに決まっているよね。

 

「ジャス子さ……じゃなくてジャスティーヌさんは誘いは断ったと言っていましたけど」

 

「彼女の言う通り、その場で断られてしまいました。彼女の才能は間違いなく同年代と比べても、君達に勝るとも劣らないものですが、精神的に未熟な面が強いと感じざるをえませんでした」

 

 確かに付き合いが長くないと、ジャスティーヌ嬢が旧伯爵家に相応しい貴族としての面は分からないよね。

 僕だって最初に出会った時は、とんでもない暴君がいるとしか思えなかったし。気分屋なのも事実だ。

 だけど、ジャスティーヌ嬢は間違いなく貴族に相応しい精神も持っている。カトリーヌさんの件だけじゃなくて、僕とエストが夏休みの課題で失敗した時も不満は持っても、良い物だと認めて我慢して受け入れてくれていた。

 

「そんな彼女を知っているだけに、君達と総合部門に参加していても手を抜いたり、或いは服飾部門のショーでは適当な衣装を出すだけで終わると私は思っていたのです。ですが、蓋を開けてみれば総合部門と服飾部門に提出された彼女のデザインは素晴らしいの言葉しかありませんでした。彼女が本気で日本のショーに参加しようとしていると実感させられました」

 

「はい。ジャスティーヌ様は2つの部門ともに本気で参加されています。総合部門に参加してくれたのは、本当に心から感謝するしかありません」

 

 うん。本当にジャスティーヌ嬢にも感謝しかない。

 服飾部門ではモデルのアトレを含めて間違いなくライバルの1人。他にもパル子さんや文化祭時に見たけど上級生の先輩達の中にはかなり良い衣装を製作していた人達も居た。

 目の前の狂信者である彼が信仰しているジャン・ピエール・スタンレーを始めとして、有名デザイナーのユルシュールさんや瑞穂さん。お母様のブランドの営業部長を務めている柳ヶ瀬さん。そしてもう1人。ジャン・ピエール・スタンレーが連れて来ると言う誰か。

 服飾に明るい人が選ばれるのは間違いないから、色々とあるけど、僕のフィリア学院での最後を飾るにこれ以上にない舞台で楽しみだ。

 

「やはり審査員の立場を辞めたのは良かったと心から思いました。こうして君達の作品が作られる過程を見られるだけではなく、服飾部門はともかく総合部門に関しては迷わず君達の舞台に一票を入れてしまうでしょうからね」

 

「ご期待に応えられるように、これからも朝陽と一緒に頑張ります」

 

「期待していますよ……おっと、そろそろ時間ですね」

 

 彼との話が始まってから1時間近く経っていた。

 製作時間と此処までの移動時間を考えると、点検が終わったらすぐに。或いは最低でも30分ぐらいで話が終わって貰いたい。でも……どう言う訳か隣に座っているエストが『もう少しぐらいは良いでしょう?』なんて言う。

 製作の時間が残り少ないのは、エストだって分かっている筈。

 一体何が目的なのか?

 疑問に思いながらも椅子から立ち上がろうとしたところで、僕は以前にはなかったデザイン用紙が10枚ぐらい束になって置かれているのに気が付いた。

 

「あの? 彼方の用紙はもしや?」

 

「ああ、それですか。私が描いたデザインです。尤もサブデザイナーの仕事として描いたデザインではなく、息抜きのつもりで描いたデザインですが」

 

「でしたら、見ても構わないでしょうか?」

 

「私も興味があります」

 

 エストも興味があったのか僕と一緒にお願いしてくれた。

 もしあのデザインの束に描かれているものが、彼本来のデザインだとしたら是非見てみたい。ジャン・ピエール・スタンレーのサブデザイナーとしての総学院長の評価は高くない。

 だけど、総学院長本来のデザインは伯父様も認めるほどに素晴らしいものらしい。

 他にも伯父様から小倉さんが総学院長本来のデザインを貰ったことも聞いている。息抜きで描いたデザインだとすれば、彼本来のデザインの可能性が高い。

 彼の返答を待っていると、頷いてくれた。

 

「構いませんよ。私の話に付き合ってくれているせめてものお礼です」

 

「それでは見させて貰います。お嬢様。見させて貰いましょう」

 

「うん。どんなデザインかな」

 

 プロのデザイナーの作品を見られる機会に、エストもワクワクしているのか。僕と一緒にすぐにデザインの束に手を伸ばした。

 

『………』

 

 言葉が出なかった。

 彼の年齢を考えれば、一昔前のデザイナーと言われてもおかしくないのに革新的としか思えないデザイン。色彩の組み合わせも、緻密でいて、その上に今の流行も捉えている。

 これがデザイナーとしては全く評価されなかった人のデザイン?

 信じられない。でも、現に総学院長はデザイナーとしては評価されていない。

 ジャン・ピエール・スタンレーを意識して総学院長が描いたデザインを見れば、その評価も分かるかも知れない。だけど、少なくともこのデザインは本当に良い物だ。

 気が付いたら僕とエストは、10枚あった彼のデザインを全て見ていてしまった。

 

「大変素晴らしいデザインを見せて頂きありがとうございました」

 

「本当に良いデザインでした」

 

「……そうですか。君達のような才能溢れる生徒2人に評価して貰えて、私も喜ばしく思います」

 

 嬉しいと言いながらも、総学院長の顔は何処か思い悩むような顔をしていた。

 此処で彼の機嫌を取るべきかと一瞬思ったけど……止めておこう。

 デザインの悩みって、誰かに言われても受け入れ難いんだよね。今ではお父様の指摘は正しいと受け入れているけど、言われた時は『ただの抽象論』でしかないと思ったし。下手に口にして、僕らに対する彼の対応を変えられる訳にはいかない。

 なので、エストと一緒に扉の方に移動した。

 

「では、失礼いたします」

 

「次の点検の時を楽しみにしています。では、また」

 

 彼の家から出て、僕とエストは返された衣装を持ってすぐさま待ってくれた壱与が運転する車に乗り込んだ。

 

「総学院長のデザイン。本当に凄かったね、才華さん」

 

 ……才華の方と話したい訳か。

 車を運転しているのは壱与だし、もう出発もしたから良いか。

 

「うん。以前伯父様から総学院長の本当のデザインに関しては聞いていたけど、実物は僕の想像以上に凄かったよ」

 

「大蔵衣遠さんはどんな評価をしていたの?」

 

「デザインは革新的で、色彩の組み合わせの時は緻密な理論の下に計算を行なって描いていたそうだよ。他にも自分達の世代では頭一つ抜けていたなんて評価もしていた。実際にこの目で彼本来のデザインを見て、彼はデザイナーとしても優れているって、実感したよ」

 

「私も。学院の教材でプロの人が描いたデザインを見た事はあるけど、総学院長のデザインはそれに勝るとも劣らないデザインだと思った……でも、そんな人でも評価されない事があるなんて」

 

「それに関しては、彼がジャン・ピエール・スタンレーのデザインを意識し過ぎているからだって伯父様が言っていたよ」

 

「なるほど……才華さんの言う通り、諦められないんだね」

 

 彼の人生の目標になっているからね。

 小倉さんのおかげでマシになったらしいけど、それでもやっぱり彼が時々僕らに向けてくる目からは狂気的なものを感じる。

 フィリア・クリスマス・コレクションまでもう少しなんだ。笑顔で日本を去る為にも頑張ろう!




原作と違って才華は父親の教えを受けいれているのと、エストと一緒に製作しているので衣装に問題は今のところありません。
ラフォーレはあと一歩のところまで来ていますが、その一歩が強固です。

次回は遊星sideの製作状況の予定です。
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