月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

213 / 235
予定通り遊星sideの話となりました。

烏瑠様、えりのる様、秋ウサギ様、佐藤浩様、誤字報告ありがとうございました!


十二月上旬(遊星side)2

side遊星

 

 フィリア・クリスマス・コレクションまで期間が残り少なくなった。

 学院でも授業の合間や作業に使っていいと言われている時間を全て使っているけど、1人で製作しているので完成はギリギリになってしまいそうだ。いや、違う。

 時間ギリギリまで思考を重ねて作業に専念する。大切な人で、これからの人生を共に歩むと誓った人が着る衣装なんだから。

 

「だからってアトリエで寝るのは控えて下さいよ。いや、まあ私も学生時代にやらかしましたけど」

 

「ははっ、やったんだ」

 

 セシルさんがやっているアパートメントの地下には、メリルさんのお店のアトリエに負けないぐらいの共同のアトリエがあるそうだから其処でかな?

 椅子に座って丸くなっていた背を伸ばして解す。男だから体力には自信はあるけど、ちゃんと解しておかないと筋肉痛になってしまいそうだ。解しながら、気分転換もかねてりそなに質問する。

 

「それで、やっぱりアトリエで過ごす事になりそうになったのは例のパリコレの時なの?」

 

「そうですよ。今でもあの時の事は忘れられません。『小倉朝日』に扮していたアメリカの下の兄に1学年上だった班員の2人も合わせて、4人で大家さんのアトリエで作業をしていました」

 

 ……ちょっと、いや、かなり嫉妬を覚える。

 もう桜小路遊星様に対して複雑な感情は殆どないけど、どうしてもりそなと一緒に作業出来た事には嫉妬を感じてしまう。

 うん。この悔しさを忘れる為にも、フィリア・クリスマス・コレクションでは最高の衣装をりそなに着て貰おう。

 

「あの衣装の製作は色々と大変でした。ちょっと事情があって準備期間が少ないこともありましたが、何よりも妨害なんかありましたしね」

 

「えっ? 妨害?」

 

 ちょっと聞き捨てならないような事を言われた。気分転換も兼ねて聞かせて貰おう。

 

「妨害って穏やかじゃないよね。何が有ったの?」

 

「以前少し話したと思いますが、遊星さんのクラスにいるラグランジェ家の娘の伯母とパリでいざこざがあったと話した事は覚えていますか?」

 

 そう言えば、前にそんな話を聞かされた。

 確か桜小路遊星様がりそなに贈ったマフラーを台無しにしたとか言う話だった筈。どうやら他にもりそなとジャスティーヌさんの伯母だと言う人の間には何かあったようだ。

 覚えている事を示すように頷くと、りそなは話を続けてくれた。

 

「過去に大蔵家とラグランジェ家は本当に色々とありましてね。その怨恨が、当時一緒の学院に通う事になった私と真心の人の間で爆発してしまったんですよ。まあ、これに関しては多分に大蔵家側に問題があったんですけどね」

 

「大蔵家が何かしたの?」

 

「それがですね。何とお爺様が密かにアメリカの下の兄と真心の人の縁談を進めていたんですよ」

 

「え、縁談を進めてた? えっ、でも、桜小路遊星様にはその時にはもうルナ様って言う恋人がいたんだよね?」

 

「上の兄から聞いていませんか? お爺様はルナちょむとアメリカの下の兄との縁談に反対だったって」

 

 確かにお父様が教えてくれた。

 

「じゃあ、お爺様が桜小路遊星様の婚約相手に選んでいたのは?」

 

「真心の人でした。因みに妹も、そんな婚約話があった事は知りませんでしたよ。真心の人が教えてくれたおかげで知ったんです。まあ、当然当人であるアメリカの下の兄も知らない話でして、ラグランジェ家との婚約話はご破算になった訳です」

 

 知らないところで当事者にされていた桜小路遊星様も知らないんじゃ、それは確かにご破算になるよね。

 

「真心の人は少なからず婚約話に乗り気だったみたいですが、ボイコットされたも当然なので怒りを覚えるのは仕方ありません」

 

「それは……爆発してもおかしくないね」

 

 しかも、りそなは妹だから尚更に怒りが向く。

 

「結果、真心の人は私達に牙を向きました。例えば、此方のミスもありますが当時製作していた衣装に使っていた珍しい色の糸が製作途中で使い切ってしまった出来事があって、大抵の物が揃っている大家さんのアトリエでも、流石に珍しい色の糸までは常備されていなかったんです。因みにその糸はメインの1つとして使っていました」

 

「かなり不味いね」

 

 生地にこれだと合わせて選んだ糸は、別の色を使うと想像以上に目立つ。たとえメジャー黒系統の色だとしても、良く見れば違いが目立って違和感が募る。

 服飾の道に明るい人ならば尚更に、のどに刺さった骨のように苛立ちを覚えて減点対象になってしまう。使っていた糸がなくなってしまったので、代用の糸を使用しましたなんて言い訳は通用しない。

 お父様なら、それを見ただけで不合格にしてしまう。

 

「此処からが問題でした。その珍しい糸が、パリの殆どのお店から無くなっていたんです」

 

「えっ?」

 

 パリで、そんなことがあり得るのだろうか?

 服飾に力を入れている国だから、日本と違って沢山の生地屋がある。幾ら珍しい糸でも、何軒か周れば必ず置かれている筈だ。それなのに殆どのお店になかったって事は……誰かが意図的に買い占めた以外にあり得ない。

 

「もしかして買い占めたのは……」

 

「ええ、ラグランジェ家でした。本気であの時は困りましたよ。大蔵家の力を使おうにも、場所は異国のパリですし」

 

「地元のラグランジェ家の方を優先するよね」

 

 世界に名立たる大蔵家でも、パリで旧伯爵家ラグランジェ家を相手にするのは難しい。でも、パリでりそなが成功を収めたと言う事は……。

 

「でも、糸は手に入ったんだよね?」

 

「入りましたよ。ほら、パリに居た時に下の兄に案内したお店。あそこの捻くれていて気難しい店長が、戸棚に仕舞ってくれていたんです。おかげで何とか説得して買わせて貰いました」

 

「ああ、それでりそなはあのお店は信頼出来るって言ってたんだね」

 

 そんな経験があったのなら、確かに信頼出来るお店だ。

 

「他にも私のロッカーに瞬間接着剤を使って開けられなくされたりしました。まあ、そんな場外乱闘を続けていたのが彼女の敗因でした」

 

「敗因?」

 

 またもや不穏な言葉まで聞こえてしまった。えっ?

 もしかしてお父様が話してくれた以外にも、パリで何か起きていたんだろうか?

 

「え~と……敗因って? まさか、競い合ってたの? そのジャスティーヌさんの伯母さんと?」

 

 いや、最優秀賞を目指していたんだったらおかしな話じゃない。だけど、今のりそなの声からすると、明確にジャスティーヌさんの伯母である人と争いあっていたように聞こえた。一体どうして?

 

「実は彼女は私がアメリカの下の兄から贈られたマフラーだけじゃなくて、当時一緒の班員だったメリルさんの衣装にも手を出していたんですよ。あっ、因みに言い忘れましたが、私が参加したパリコレの衣装は2着製作することになっていまして、片方の衣装のデザインを真心の人が。もう1着をメリルさんが描いたデザインで製作していました」

 

「……2着」

 

 メリルさんの衣装に手を出したと言う話も聞き逃せないけど……2着の衣装を桜小路遊星様が製作したと言う話も個人的に聞き逃せない。

 僕は1着しか出来ないのに……桜小路遊星様は2着も製作を……今は心の内に秘めておこう。フィリア学院を辞めたら、りそなのブランドで働くんだから今は我慢。うぅ……でも、やっぱり悔しいかも。

 

「そ、それで……メリルさんの衣装に手を出したって、どんな風に手を出したの?」

 

「……燃やされました」

 

「っ!?」

 

 僕の予想を遥かに超える悲惨な出来事に言葉を失った。

 燃やされた? メリルさんが製作していた衣装が? それは怒りを覚えずにはいられない。

 その出来事が起きたのは、もう十数年前。もう終わった事だってことは分かってる。それでも、僕を家族として受け入れてくれてパリで一緒に過ごしたメリルさんに襲い掛かった理不尽な出来事を思うと、怒りを感じてしまう。

 

「そんな事もあって彼女とは対立し、アメリカの下の兄もやる気を出してくれました」

 

「なるほど」

 

 どうやら桜小路遊星様も怒ったようだ。きっとこうして話を聞かされている僕よりも、当事者である彼の方が感じた怒りは強い筈。

 

「私も流石にこの件ではキレましてね。もう本気でデザインに取り組んで、上の兄も認めてくれるデザインを完成させました」

 

「お父様に認められるデザインを……凄いね」

 

 うん、本当に凄い事だ。僕は何枚描いても……今も認められないどころか諦められているからね。デザインに関しては、自分でも諦めてるけどちょっと今度は悲しくなった。アレでも、2着製作しないといけないんだよね?

 

「デザインを2枚描いたの?」

 

「実はアメリカの下の兄と一から製作していたのは、私の衣装の方でして、もう1着の方はコツコツと私が製作していた衣装です」

 

 うぅ……かなり桜小路遊星様が羨ましい。男性物なのは間違いないよね。

 僕の方も瑞穂さんが心を込めて製作していた衣装があるけど……朝日用の衣装だから素直に喜べない。

 

「……ジャスティーヌさんの伯母さんと争う切っ掛けになったのは分かったよ。でも、敗因って言うのはどういう意味なの?」

 

「敗因と言うのはですね。実はメリルさんの衣装を燃やしたのが、当時彼女の従者を務めていた女性でして、パタンナーとしての才能は上の兄も認めるほどでして、ブランドを閉めるまでの間雇う程の腕前です。因みに現在はパリの私の店の本店に出す服のパタンナーを務めています」

 

 つまり、将来的な僕のライバルとなる人。

 次にパリに訪れた時は必ず会わせて貰わないと。

 

「衣装の製作途中で担当していたパタンナーがいなくなってしまったんです」

 

「それは……確かに敗因だね」

 

 製作を担当していた司令塔がいなくなってしまう。

 後から別の人が担当したとしても、製作途中で止まっている衣装を担当するのは無理だ。それが出来るとしたら、最初から製作を見ていて優秀な人じゃないと。

 でも、りそなが参加したパリコレは信じられない規模だけど、学生のイベント。特別編成クラスでお嬢様に付けるメイドは1人だけだから……どうやっても無理だよね、それは。

 

「本当に色々あったんだね」

 

 そう言うしか僕には出来ない。過去の事だけど、色々な事が在ったから今があるんだと思い知る。

 だからこそ、過去じゃなくて今のフィリア・クリスマス・コレクションに向けて僕は頑張らないと!

 

「ああ、それでなんですが、真心の人は遊星さんに会いたがっていましてね」

 

「えっ? どうして?」

 

 昔は色々会ったみたいだけど、今は関係も修復されているのはりそなから聞いている。でも、どうして僕にその人が会いたがっているんだろうか?

 

「ほら、遊星さんは事情を知らない人には、『小倉朝日』の娘って事になっているじゃないですか」

 

「そ、そうだね……なってるんだよね、娘って事になってるんだよね」

 

「実は真心の人はパリコレの件での謝罪を、『小倉朝日』にだけはしてないんですよ。それで娘と言う事になっている遊星さんと話がしたいそうです。本当は文化祭の時に会うつもりだったと、後で掛かってきた電話で教えてくれました」

 

「……凄く複雑なんだけど」

 

 娘として会うのは、もう仕方ない。これまでも、そうして来たんだから。

 でも、昔は色々あったみたいだけど、今はりそなと良好な関係で、ジャスティーヌさんの伯母さんに嘘をついて会うのは罪悪感を感じる。かと言って、桜小路遊星様が『小倉朝日』になって親子として一緒に並ぶのはもっと嫌だ。

 ジャスティーヌさんの伯母さんに会った時は、ボロが出ないように気をつけよう。

 気分転換にしては少し長話をしてしまった。そろそろ作業に戻ろう。

 

「じゃあ、また製作に戻るね」

 

「睡眠時間だけは出来るだけ削らないようにして下さいね。ただでさえ12月になってから、徹夜が多くなっていますよ。此処まで来て性別がバレたなんて事になったら、シャレになりませんから」

 

「分かった。気を付けるよ」

 

 此処まで来て、僕の性別までバレたなんてことは絶対に起きないようにしないといけない。いや、それよりもバレた瞬間にやっぱりモロッコに行けなんて事になったら嫌だ。

 そんな気持ちもあって製作を進めていたら、気が付けばもうすぐ深夜の2時になろうとしていた。

 

「…………」

 

 時間には気を付けていた筈なのに。

 これで徹夜の記録を更新してしまった。とにかく急いでお風呂に入って寝ないと、明日の朝食の準備が遅れてしまう。幸いにも着替える必要はない。

 此処最近、自分の中でも一区切りみたいなものが付いたのか、桜屋敷のメイド服を着ないでも作業に集中できるようになってきた。少し寂しさも感じるけど、何時までもあの服に頼っていたらいけない。

 これからは朝日としてじゃなくて、遊星としてりそなを支えていくんだから。

 急いでアトリエから出てリビングの方に移動する。

 

「すぅ~」

 

 寝息が聞こえた。もしかしてと思ってソファーの方を見てみると、りそなが座りながら眠っていた。

 どうやら、僕がアトリエから出るのを待っている内に眠ってしまったみたいだ。申し訳ないと思う反面、嬉しい気持ちも覚えた。

 だけど、暖房が効いていると言え、今はもう冬だ。此処で眠って風邪なんて引かれたら大変だ。起こさないように気を付けながら、僕はりそなを抱き抱えて寝室に移動する。

 

「ん~……遊星さん……」

 

 ベッドに乗せたら名前が呼ばれたので起きたのかと思ったけど、寝言だったみたいだ。

 

「……りそなも頑張っているんだよね」

 

 お爺様の事だけじゃなくて、大蔵家当主としての仕事や自分のブランドの衣装のデザイン。他にもフィリア学院の理事長としての引継ぎ。

 りそなが本当に頑張っている事は分かってる。その頑張りの1つでも僕は支えられているんだろうか?

 もしかしたら、迷惑を掛けているだけなんじゃないかと不安な気持ちも感じている。だからこそ、りそなを支えられるような人間になろう。

 桜小路遊星様がルナ様を支えているように、僕は必ずりそなを支えられるようになる。

 優しくりそなの頭を一度撫でて、僕はそのままお風呂に入る為に部屋を出た。




次回は遂にあの方が日本に帰国します。
そして久々のあとかぎでの話です!

『桜小路家のメイド長の帰国』

「では、奥様、旦那様。先に日本に帰国して皆様のお出迎えの準備をして参ります」

「い、いや、八千代……そのやはり私と夫と一緒に帰国しないか?」

「そ、そうですよ、八千代さん。日本にはいよいよと九千代もいるんですから」

 遂に訪れてしまった時に、桜小路夫妻は出来れば一緒に帰国する事を山吹八千代に頼んだ。だが……。

「いけません。奥様も旦那様も桜屋敷の広さはご承知の筈です。僅か数日で気心が知れた方々とは言え、だからこそ丁重にお出迎えしなければならないのです……それに奥様は私や旦那様に内緒にしてあることがあるのではありませんか」

「うっ!」

「えっ? あるの、ルナ?」

「そ、そんな事はないぞ、夫。うん、内緒にしている事など無い」

「でしたら、問題はありませんね。では、帰国の準備をして来ます」

 言い終えると八千代は部屋の外に出て行った。
 残された2人は頭を抱えた。

「……どうしよう、ルナ?」

「……どうする事も出来ない。八千代の言い分は正しいのだから、此処は諦めるしかない。寧ろ下手にこれ以上引き留めれば返って怪しまれるぞ、夫」

「だよね」

 2人に出来るのは、最早日本にいる者達の安全を願う事だけだった。
 同時に自分達が日本に帰国した時に待っている八千代の怒りを考えて、思わず2人は身体を震わせるのだった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。