月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
果たして才華達は説得出来るのか?
獅子満月様、ゼロ(レプリロイド)様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
「山吹メイド長。桜屋敷にご到着しました」
「ご苦労様。本当に昔のままと変わっていない。とても懐かしく感じる。壱与、改めてお礼を言います。奥様達がアメリカに渡り、屋敷に勤めていた皆が離れても、ずっと桜屋敷を護ってくれてありがとう」
「いいえ、自分で選んだ事ですのでお気になさらないで下さい。さっ、中にどうぞ。若やアトレお嬢様、それに九千代さんも山吹メイド長がお帰りになられるのを待っていますので」
「今年は留年している才華様はともかく、アトレお嬢様も? 例の大蔵君が渡してしまった高層マンションにいると思っていましたけど」
「山吹メイド長が帰国されると言う事で、桜屋敷に戻られております」
「そうですか。では、中に」
入口の扉が開く音が聞こえた。
微かに話し声も聞こえたから、遂に八千代が帰って来たに違いない。
「お兄様」
「若」
呼ばれて顔を向けてみると、アトレと九千代が揃って不安そうにしていた。
不思議と安堵感や新鮮さのようなものを感じる。以前のアトレなら、こんな風に僕に不安そうな姿なんて見せようとしなかった。
今から思えば僕が不安にならないように、不安になる事などないと言うように冷静な姿を装っていたのかも知れない。そんな妹の気遣いに気付けなかった過去の自分に思うところはあるけど、今は何よりも八千代の方が重大だ。
僕らは今応接室に居て、後数分と掛からずに壱与が八千代を案内して来る。
因みに今の僕の服装は、女性物じゃなくてちゃんとした男性物だ。
事前に話を聞かされていたお父様と違って、八千代は本当に僕らの現状を知らない。いきなり女装姿を見せて、そのまま気絶なんて事もあり得る。
「大丈夫。先ずは再会を喜ぼう」
何だかんで八千代と会うのは、今年の1月にあった大蔵家の晩餐会以来だ。しかも、あの時は小倉さんを探す為にすぐにお父様とお母様と一緒に外国に行ってしまった。電話では少し話したりはしたけどね。
そんな事を考えていたら、応接室の扉を叩く音が聞こえて来た。
「若、アトレお嬢様。山吹メイド長がお戻りになられました」
遂に来た!
ドクンと心臓が跳ね上がるような音が聞こえた気がした。
「は、入って貰って構わないよ」
ちょっと自分が情けなく感じた。
覚悟していた筈なのに、声が上擦るのを抑えられない。横を見てみれば、アトレも緊張しているのか膝の上に置いてある両手を強く握っている。九千代に至っては、身体の震えが抑えられてないよ。
ごめんよ、九千代。出来るだけフォローはするから。
緊張してしまっている僕らの前で扉が開き、壱与と共に八千代が応接室に入って来た。
「才華様、アトレお嬢様、それに九千代。皆、お元気そうで何よりです。山吹八千代、只今アメリカから桜屋敷に戻って参りました」
「ひ、久しぶり八千代」
「や、八千代が来るのを待っていました」
「お、お、おおお、久しぶりですうううっ、お、おおお、伯母さままああああっ」
九千代! 気持ちは痛いほど分かるけど落ち着いて!
「九千代」
「はっ、はいぃぃぃっ!!」
「後で日本に帰国してからの貴女の行動に関して話がありますから。時間は空けておくように」
こわっ!?
口元は優しそうに笑ってるのに、八千代の目が全く笑ってないよ!
言われた九千代なんて顔色が蒼白になって、今にも卒倒しそうになっている。此処は僕が頑張ってフォローをしないと!
「や、八千代。その……」
「才華様とアトレお嬢様にも少しお話があります」
『……はい』
ごめん、九千代。
フォローしてあげられそうにないよ。改めて八千代の怖さを感じる。
ゆっくりと僕らの前に置いてあった椅子に八千代は座り、壱与が用意して来る紅茶を待ちます。
「3人とも元気そうで何よりです。お身体の調子が悪いとかはありませんか?」
「う、うん。最近は大丈夫だよ」
一時期は本当に危なかったけどね。でも、今は皆と1つの目標を目指しているおかげなのか製作作業での疲れこそあっても、心は充実している。
これまでにないほどに、今僕は充実して作業が出来ていると言って良い。だからこそ、八千代の説得を頑張らないと!
「アトレお嬢様も文化祭で1年生ながら調理部門で準優秀賞を得たと旦那様から聞いています。改めておめでとうございます」
「いえ、八千代。私はそれで満足するつもりはありません。これからは日本のパティシェコンクールに応募して、お母様が認めてくれるまで頑張るつもりでいます。全てはお母様に小倉お姉様との仲を認めてもらうために!」
「そんな日が来ない事を私は願います……それに小倉さんにはもう……」
ん? 何か今途轍もなく重要な言葉が八千代の口から洩れた気がする。
最後の方は小声だったから良く聞こえなかったけど……僕の気のせいかな? 野望に燃えているアトレと八千代に対して申し訳なさから固まっている九千代も聞こえなかったみたいだし。
一応聞いて見ようかな? そう思って口を開こうとしたら……。
「飲み物をお持ちしました。皆様どうぞ」
壱与が人数分の紅茶を持って戻って来た。
タイミングを逃してしまったので諦めよう。何よりも八千代を除いた事情を知っている屋敷にいる全員が集まった。
これ以上、時間を伸ばす事は出来ない。僕もアトレも明日学院に行かないと行けないんだから。
良し! 此処は会話の主導権を得る為に僕から話を……。
「ところで才華様」
切り出す前に八千代から切り出されてしまった。
「な、何かな八千代?」
「旦那様からお聞きしましたが、奥様のご友人達が集まるフィリア・クリスマス・コレクションが終わった後に、才華様もアメリカにお戻りになられるそうですね?」
「う、うん。そうだよ」
「それはつまりフィリア学院への入学は諦めたと言う事で宜しいでしょうか?」
ごめん、八千代。諦めきれずに今女装して通っているよ。
「勿論、私としてはそれを嬉しく思います。旦那様の実家とは言え大蔵家のゴタゴタに巻き込まれるのは怖くて仕方ありませんから」
だよね。僕も大蔵家の恐ろしさを実感してるよ。
優しくしてくれていた伯父様が遠い日の出来事に、今は思える。
「アトレお嬢様は日本に残られるとの事ですが、此方に関しては私も同意しています」
八千代もアトレの問題に関しては、以前のような先延ばしじゃなくて本格的な解決を目指しているようだ。
まあ、ひいお祖父様に嫌われてるのは僕だけで、アトレの方は嫌っているなんて様子はこれまでなかったから大丈夫だと思う。それにルミねえが僕を庇うのは問題になるけど、アトレを庇うのは問題にはならないと思うし。
……自分のひいお祖父様だけど、あの人は本当に複雑な人だなあ。
「才華様も既に実感しているでしょうが、大蔵家は本当に複雑なお家なのです。大蔵君は信じられないほどに才華様とアトレお嬢様に目を掛けてくれていますが、それにこれ以上甘えて貰っては困ります」
「分かってる。僕も最近は伯父様には怖い面があるって実感したから」
「そうですか………ん? 大蔵君の怖い面を才華様が実感した? それはつまり、大蔵君がそのような面を見せるほどの何かがあったと言う事なのでは?」
此処しかない。瞬時に僕は事情を知っている全員に目配せを行なった。
全員が頷くのを確認すると、僕は1度深呼吸をしてから口を開く。
「八千代。実は話さないといけない事があるんだ」
「何でしょうか? ……何かとても嫌な予感を感じますけど」
うん。その予感は当たってるよ。
「実はその……僕は今日本の学院に通っているんだよ?」
「……はっ? どういう事でしょうか? 私が聞いた話では、才華様は今年は留年すると言う話だった筈です。奥様や旦那様にもそう説明されたとお聞きしていましたが」
「お父様やお母様には内緒にしていたから知らないのは本当だよ」
ただお母様には夏休みの終わり頃に。お父様は文化祭の時に知った。その辺りの説明は後にして、ちゃんと僕らの現状を話さないと。
「……学院に通っているとして、それはどちらの学院でしょうか? 日本にあるフィリア学院に並ぶ他の学院だとは思いますが、そうだとして何故隠していたのですか?」
「……僕が通っているのはフィリア学院だよ。しかも服飾部門のデザイナー科に通っているんだ」
「……才華様。ご冗談は止めて下さい。それとも私をからかっているんですか? 今年からフィリア学院の男子部門は廃止された筈です。そのせいで去年の10月に事情を知らない奥様と旦那様が、現フィリア学院の理事長であるりそな様と揉めたことは私も存じ上げています。なのにフィリア学院のデザイナー科に通っていると言う話はおかしい事です」
「八千代の言う通りだよ。普通だったら僕がフィリア学院に通う事なんて無理だ……だから、普通じゃない方法で通っている」
「普通じゃない方法……っ!? ま、まさか!?」
八千代の目が大きく見開いたと思うと、すぐにその顔は壁際に立っていた壱与に向けられた。
無言で壱与が頷くと、八千代の顔色がどんどん青褪めていく。八千代は紅葉と同じようにフィリア学院の講師をしていた時期があったそうだから、フィリア学院の規則は知っている筈だ。
もしかしたら僕が、フィリア学院に通える手段に気が付いたのかも知れない。
「僕は今ある女性の付き人としてフィリア学院に通っているんだ……そ、その……じょ、女性として」
僕の発言を聞いた八千代は目を白黒させ、やがて……。
「……やっぱり………子」
ドサッと大きな音を立てながら八千代は座っていた椅子から床に落ちて倒れ伏した。
『八千代!?』
「伯母様!?」
「山吹メイド長!?」
慌てて僕らは八千代を介抱する。本当にごめん、八千代!
「ああああっ……何故こんな事に……桜小路家の跡継ぎであるご子息が、選りにも選って女装して学院に通っているなんて……一体何時になったら私の心労は終わるんですか」
何とか意識が回復した八千代は、頭を抱えている。やっぱりこうなるよね。
「……壱与、九千代。貴女達は才華様を止めなかったのですか!? もし公になったらどれだけの大事になると!」
「申し訳ありません、山吹メイド長」
「伯母様! 本当に申し訳ありません!」
「謝って済む事ではありません! 才華様とアトレお嬢様もご自分達がどれほど大変な事を仕出かしたか分かっているんですか!?」
「本当にごめん。言い訳は出来ないほどの事を僕はやってしまったから」
「謝って済む事ではないと分かっています……八千代、本当に申し訳ありません!」
僕達は揃って床に正座をして、椅子に座っている八千代に頭を下げた。
家の立場とかはもう本当に関係ない。八千代の言い分は正しいんだから。
「……それで他にこの件について知っているのは誰ですか? 日本での保護者となっている大蔵君は当然知っていますよね?」
「八千代の言う通り、伯父様は勿論知ってるよ。他には紅葉とルミねえに……」
「待って下さい、才華様。今、途轍もなく不穏なお方の名前が聞こえたのですが……まさかと思いますが、このような大それた行ないにご親戚とは言え、他家のお嬢様である大蔵ルミネお嬢様を巻き込んだりはしていませんよね?」
「……ごめん。ルミねえを巻き込んだよ」
ぶふっ! と八千代が息を噴いた。しかも表情も固まってしまってる。
動揺するしかないよね。あの頃は何とも思ってなかったけど、今なら八千代の気持ちが分かる。僕はとんでもない事に大切な姉のように思っている、ルミねえを巻き込んでしまった。
「後知ってるのは、小倉さんと総裁殿」
「小倉さんも知っているんですか!?」
「うん。小倉さんは八千代やお父様、お母様に僕を叱った理由は、ルミねえと結婚して大蔵家当主になろうなんて言った事だって説明したみたいだけど、本当は違うんだ」
「では、ルミネお嬢様にご結婚話を申し出たのは小倉さんの嘘だったと?」
「いや、それも言っていたよ……女装して学院に通うって提案をする前の冗談のつもりで」
聞かなければ良かったと言うように、八千代は顔を暗くさせながら俯いた。
「頭が……頭がどうにかなりそうです……こんな話を聞かされることになるんだったら、
そうなっていたら、僕がフィリア学院に通うなんて事は無かった。
もう目に見えて八千代は断固反対していた事が分かるよ。
「話は戻すけど、当時の僕は本気で事態を軽く考えていたんだ。伯父様とルミねえを説得出来れば、大蔵家の力を借りる事が出来る。だから、仕える相手の事も軽く考えていた」
「………」
こ、怖い。八千代の目からどんどん僕に対する暖かみが消えて行く。
長年桜小路家に仕えるどころか、人生を捧げているような八千代からすればあの頃の僕の考えなんて赦せる事じゃないよね。
「話は大体読めました。つまり、小倉さんが本当に叱った内容は、才華様の仕える主を軽んじる発言に対してだったのですね」
「う、うん……そうだよ」
「……因みに小倉さんは泣いたりしていませんでしたか?」
「うん。何でか知らないけど、僕が女装の話をした時点で泣き始めてたよ」
未だにその辺りの理由が分からないんだよね。
泣きながら小倉さんが僕を叱った理由は、もう痛いほどに痛感したけど……何で女装して通う話の辺りから小倉さんは泣き出したんだろう?
疑問に僕は思ったけど、八千代は当然だと言わんばかりに軽く頷いている。もしかして小倉さんが泣いた理由に八千代は心当たりがあるんだろうか?
「選りにも選って一番危ない時期に、目の前でそんな話をされるなんて……同情すべきなのか、そもそもの原因を考えると……判断に困りますね」
何だか凄く八千代が思い悩んでいる。
この様子だと八千代は小倉さんの事情を深く知っているのかも知れない。だからと言って、今の僕の立場だと聞けないよね。
「……色々と言いたい事は多々ありますが、大蔵家の総裁であるりそな様も知っていると言う事は、才華様が女装してフィリア学院に通っている事を許可したと言う事でしょうか?」
「いやその……違うんだよ。総裁殿は僕がフィリア学院に通う事を許可したんじゃなくて、
「許可ではなく黙認ですか?」
「うん、そう。最初にこの提案をした時には、当然だけど僕らは総裁殿に内緒で話を進める事にしていた。あの人に知られたら確実に邪魔をされると思っていたから。だけど、実は僕らの行動は一番最初から難関に差し掛かったんだよ。フィリア学院の特別編成クラスに従者として入り込むつもりだったのに、肝心の主人になってくれる人が見つからなくて」
「当たり前です。事情がない限り、急に雇った相手を大切なお嬢様の傍に置いて任せる家はありません。奥様の時は友人であったりそな様の紹介と言う事と、私自身が面接した結果で選びました」
「今思えば僕もその通りだと思う。学院で一緒のクラスメイトの従者の人達は、皆その家の関係者だったから」
服飾の実力よりも長年培った信用や信頼の方が、大切な娘の従者を任せられる要因だと言う事を今は実感しているよ。
「……しかし、今才華様はフィリア学院に……言いたくはありませんが……女性として通われているのですよね? それはつまり主人となる方を見つけられたのですよね?」
「うん……ルミねえが見つけて来てくれた」
「……他家の御令嬢である、ルミネお嬢様まで本当に巻き込んでしまったんですね」
眩暈がすると言うように、八千代は額に右手を当てた。
ごめん。寧ろ此処からが話の本番なんだ。
「僕がお願いしてルミねえが、主人となってくれる人を見つけてくれた……その相手の名前は、『エスト・ギャラッハ・アーノッツ』」
「っ!? エ、エスト・ギャラッハ・アーノッツ!? お待ち下さい、才華様!? アーノッツ家と言えば!?」
「アメリカに居た頃の僕のデザイナーとしてのライバル。そして……そのアーノッツ家には裏社会と繋がりがある黒い噂が流れている。でも、ルミねえはデータ上でしかアーノッツ家の事を知らなかったから、黒い噂については僕らが話すまで知らなかった」
「……何て事を仕出かしてしまったんですか……ルミネお嬢様に裏社会と繋がりのある家の娘を紹介して貰ったなんて……もしそんな事がルミネお嬢様の父親に知られでもしたら」
「………ごめん、八千代。僕らは……いや、僕は失敗したんだよ」
「……はっ? し、失敗した? な、何をでしょうか? 御冗談は止めて下さい、才華様。今までの話からすると、この件には大蔵君も関わっているのですね? 彼が協力していて失敗する事なんて在る筈が……」
「僕が主人であるエスト・ギャラッハ・アーノッツとの面接するのを決めたのは、大蔵家の晩餐会が終わった後……八千代ならその時期に伯父様がどうしていたのか知ってるよね?」
「……その時期は小倉さんの療養の為にりそな様が長期間休みを取っていたはず……まさか」
「うん。伯父様からも暫く連絡が取れないって僕らの方にも連絡が来てた。だから……ルミねえがアーノッツ家の令嬢であるエスト・ギャラッハ・アーノッツに接触した事を……ひいお祖父様に隠せなかった」
「……才華様、アトレお嬢様、九千代、壱与。申し訳ありませんが、すぐに応接室から出て行って下さい」
これ以上に無いほどに八千代の声には温かみが無かった。これまでずっと物心ついた時から今日この瞬間まで、こんな八千代の声は耳にした事がない。
「い、いや、あの八千代」
「や、八千代。その、お兄様の話はまだ途中で」
「聞こえませんでしたか? 私は応接室から出て行って下さいと言ったのですが?」
「お、伯母様……どうか若達の話を」
「いいから出てけっっ!!!」
凄まじい八千代の剣幕に、僕らは慌てて立ち上がって応接室から飛び出した。
「あっ、小倉さんですか? ええ、たった今、才華様達から非常に頭の痛い話を聞かされました。私が聞いていた話と大きく違うんですけど………分かりました。いえ、私も今は冷静に話が聞けそうにないので、明日話を聞かせて貰います。ただ1つだけ確認しますが、桜小路家の安全は……それを聞いて少し安心しました」
応接室の扉の向こうから、微かに誰かと話をしている八千代の声が聞こえる。
相手はお母様かお父様、或いは伯父様……いや、小倉さんの名前を出した以上、一番可能性が高そうなのは小倉さんだ。
それに小倉さんの傍には総裁殿とルミねえがいる。今八千代が一番得たい安心感を与えられるのは小倉さんしかいないか。
……また、小倉さんに迷惑を掛けてしまった事に罪悪感で胸が苦しいよ。
「わ、若。ど、どうしましょう!? 伯母様は本気で怒られています」
「ええ、九千代さんの言う通り、今の山吹メイド長の怒りは相当なものです。正直申しまして覚悟はしていましたが、このまま私達の話で説得するのは難しいかも知れません」
「……僕もそう思うよ」
やらかしてしまった僕らの話を今の八千代が聞いてくれるとは、先ほどの様子から見ても無理だとしか言えない。
かと言って、このまま小倉さんにまた任せると言う事も出来ない。こうなったら八千代が応接室から出て来るのを待って……。
「あら、電話……って!? 山吹メイド長!?」
電話の相手が八千代だと気づいた壱与が、慌てて電話に出た。
「はい! 私ですが……はい、分かりました。そのようにお伝えします」
本当に用件だけしか話さなかったのか、すぐに電話は切れてしまったみたいだ。携帯をポケットに仕舞い終えた壱与が、僕らに顔を向ける。
「壱与。八千代はなんて?」
「はい、山吹メイド長は今日は若達には桜の園の方にご帰宅されるようにとの話です。若達は明日も学院がありますし。加えて若には、『仕えている主人の方に恥をかかせない』ようにとの事でした」
これは……もしかして試されているのかな?
さっき僕は八千代に仕える相手である主人を軽んじるような事を口にした。今もそうなのかと試されているのかも知れない。それに……エストの事を引き合いに出されると、今の僕は弱い。どうするべきなのか悩んでいる。
以前だったら此処でアトレが何か言ってくれたけど、今は静かに僕の言葉を待ってくれている。
悩んだ末に僕は……。
「……桜の園に帰ろう」
黙ってアトレは頷いてくれた。
だけど、帰る前に伝えないといけない事がある。応接室の扉の前に僕は立って口を開く。
「八千代。長年ずっと桜小路家に……お母様やお父様に仕えてきた八千代が僕に怒るのは当然だと思う……だけど、後少しだけ……フィリア・クリスマス・コレクションが終わるまでは待っていて貰いたい。その後なら幾らでも僕を叱っても、罵っても構わないから」
分かり切っていた事だけど、返事は無かった。
幼少の頃からずっと家族のように過ごしていた八千代。もしかしたら八千代とは、もう家族としての関係は続けられないかも知れない。
その事に言いようのない悲しさを感じながら、僕は壱与が乗る車に乗ってアトレ達と一緒に桜の園に戻った。
と言う訳で残念ながら最初の八千代の説得は失敗に終わりました。
しかも、まだまだ話さないといけない事は沢山あります。ゴーストの件とか、ラフォーレに狙われているとか、実は桜小路夫妻が夜な夜ななど……真面目に山吹八千代にとって悪夢です。
次回は遊星sideとなります。
後、因みに朝日は八千代から電話が掛かってきた瞬間に、携帯をハンズフリーして土下座の体勢を取って、りそなとルミネに冷や汗をかかせていました。