月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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予定通り才華sideです。
後一、二話で下旬に入ります。

秋ウサギ様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


十二月中旬(才華side)6

side才華

 

 目覚ましが鳴ると共に止めながら起きる。

 朝が弱い僕がこんなにあっさりと起きられる事は本来なら喜ぶべき事なんだけど、全然嬉しい気持ちが湧いてこない。

 寧ろ起きた事で、昨夜の出来事による憂鬱さを改めて感じて、大変気分が悪い。起きられたのだって熟睡出来ずに、浅い眠りだったからだ。

 

「はぁっ……」

 

 昨夜、僕らは家族同然に過ごして来た相手である八千代に事情を説明しようとした。

 だけど、その結果は失敗。いや、失敗どころか事情説明の最初の段階で話も聞いてくれない程に激怒されてしまった。

 気分が上がらないままパソコンを起動させてみると、お父様とお母様からメールが来ていた。

 内容は予想通り、八千代に関してだ。

 

『八千代さんの説得はどうなったの?』

 

『八千代を説得できたか?』

 

 2人ともそれぞれ僕に確認して来ている。

 何時もならお父様だけのメールなのに、お母様まで送って来るなんて2人とも相当心配なようだ。

 この様子だとアトレの方にもメールを送っているかも知れない。

 ごめんなさい、お父様、お母様。お2人が安心できるような結果ではありません。

 メールで昨日の顛末を書き終えて、2人にそれぞれ返信を送り終えた後、学院に行く為に着替えをする。出来る事なら、壱与に頼んで桜屋敷に戻りたいけど、昨日の八千代の言葉があるから諦めるしかない。

 エストに一緒に行って貰う訳にもいかないし。

 

「おはっ……うわぁ、朝からテンション低いわね」

 

 何時ものように八日堂朔莉が待ってくれていたけど、挨拶を終える前に心配されてしまった。

 

「その様子だともしかしなくても」

 

「はい……説得どころか事情説明の最初の段階で追い出されました」

 

「やだ泣きそうな朝陽さんの姿に興奮する筈なのに、全然興奮出来ない。寧ろ私まで暗くなってしまいそう」

 

 八日堂朔莉の変態性さえも引くほどに、今の僕は酷いようだ。

 

「覚悟はしていたつもりでしたが……こうして訪れてしまうと、遥かにショックな出来事でした」

 

「家族同然に過ごしていた相手が、もしかしたら絶縁に近い関係になる訳だからね。私も、もしも畠山さんとそんな事になったら引き篭もってしまいそう」

 

「引き篭もる訳には行きませんから、何とか頑張ってみます」

 

 だけど、僕の言葉で八千代が安心出来るとは思えない。やらかしてしまった張本人な訳だし。

 それに八千代も僕らを応接室から追い出した後に何処かに電話を掛けていた。お父様とお母様からのメールでは八千代が電話をして来た事は書かれていなかったから……やっぱり小倉さんかな?

 うぅ、小倉さんにまたも頼ってしまう事になる事に不甲斐なさを覚えて仕方がないよ。

 それから八日堂朔莉に改めて身嗜みを整えるように注意され、何とか許可を貰えた僕は主人が待つ65階に向かった。

 

「か、顔色悪いけど、大丈夫?」

 

 部屋に訪れた直後に心配されてしまった。八日堂朔莉には許可を貰えたけど、どうやらエストの目は誤魔化せなかったみたいだ。

 従者の身で主人に心配をかけさせてしまった事に、申し訳なさを感じて仕方がない。大丈夫だと答えながら、僕はエストと対面するように椅子に座った。

 

「それで……その様子だと聞くまでもないかも知れないけど……昨日帰国して来た桜小路家のメイド長さんとの話は……その……どうだったの?」

 

「事情説明の最初の段階で部屋から追い出されてしまいました」

 

「うわっ……ち、因みにどのあたりで?」

 

「大蔵家前当主様が娘である、ルミネお嬢様とお嬢様が接触した辺りで激怒されてしまいました」

 

「全然最初の頃だよね」

 

 うん。最初の頃だよ。その最初の頃のやらかしが致命寸前なんだけどね。

 

「そう言えば、以前から思っていたんだけど、才華さんにとって大蔵家の人達ってどんな人達だったの? お父さんが大蔵家の総裁であるりそなさんの兄だって言うのは教えて貰ったけど」

 

 そう言えば、エストには僕と大蔵家の親類の関係に関して詳しく話していなかった。

 あんまり大蔵家の内情に関して話すのは良くないが、僕を中心とした親類関係ぐらいまでは良いかな?

 ちょっと悩んだけど、気分転換の意味も込めて話そう。

 

「先ず僕の父親は、ルミねえの兄妹である大蔵真星お爺様の次男なんだ」

 

「ル、ルミネさんの兄妹が……才華さんのお爺様」

 

 説明した僕が思ったらいけない事だけど、ルミねえの家族系統は余り深く考えない方が良いよ。本人もかなり悩まされている事だから。

 

「……話を続けて」

 

 悩んだ末に以前と同じように深く考えないようにしてくれたみたいだ、ありがとう、エスト。

 

「とは言っても、お父様は兄である衣遠伯父様や現大蔵家総裁である大蔵りそな叔母様と違って殆ど名が知られていない人なんだ」

 

「私も大蔵衣遠さんや理事長の事は知っているけど、才華さんのお父さんの事は聞いた事がないよ。どんな事をしている人なの?」

 

「お母様のブランドでパタンナーを務めてるよ」

 

「パタンナーを……だったら知られるのは難しいよね」

 

 納得したようにエストは頷いた。

 服飾の花形はデザイナー。それを陰で支えるパタンナーにまで目を向ける人は、殆どいないからお父様は有名じゃない。

 何せ、現大蔵家の総裁の兄だと知っている桜小路家の本家の関係者も軽んじているぐらいだからね。

 

「でも、才華さんのお母様のパタンナーを長年務めているんでしょう?」

 

「うん。それこそお母様がブランドを開いた時からずっとね。確かに有名じゃないけど、お父様は僕よりもずっと凄い人だよ」

 

 去年まではそれを素直に認められなかったけど、今は素直に認められる。うん、お父様は僕にとって誇りに思える人だ。

 

「それでエストも会った総裁殿と僕の関係から話すと……昔からあの人は僕を目の敵と言うか、無理難題を押し付けて来るような人だと思っていたんだ。だから、前にも言ったけど今回のフィリア学院の入学に関しては嫌がらせだと最初は思っていた」

 

「でも、実際は違ったんでしょう?」

 

「うん……本当にあの頃の自分が恥ずかしいよ」

 

 本当……あの頃の僕の馬鹿。日本に帰国する前にちゃんとフィリア学院の現状を調べていたらと後悔しかない。

 

「そしてお父様の兄である大蔵衣遠伯父様は、僕やアトレにとても良くしてくれていたんだ。実際伯父様が今回の件に協力してくれたおかげで、この桜の園って言う高層マンションに住めるしね」

 

「なるほど……大蔵衣遠さんも協力者なんだよね?」

 

「そう……ただどうしても一月ほど僕らに協力出来ない時期が出来てしまったんだ。伯父様の方にも事情がある事を、もっと考えておくべきだったんだよ」

 

 まさか伯父様が小倉さんを養子にしようとしていたなんて思っても見なかった。ただ伯父様からはちゃんと『晩餐会』の後に暫く連絡が取れないって言われてたのに、僕はそれを甘く見ていた。

 伯父様ならどんなに忙しくても僕らの動向も把握しているに違いないなんて思い込んでいたのが、そもそもの間違い。

 

「丁度、その時期とエストとの面接の時期が重なってしまったんだよ。だからと言ったって、伯父様が悪いなんて微塵も思ってないよ。ちゃんと注意もされていたのに」

 

「それは確かに何も言えないね。あっ、そうだ。大蔵で思い出したけど、山県先輩とジュニアさんは才華さんの事を……」

 

「知らないよ。と言うよりも、2人の事を知ったのは入学するほんの少し前だったから。桜小路才華としても会った事がないよ」

 

「えっ? 親戚なのに知らなかったの? 会った事が無いのは、2人の様子から分かっていたけど」

 

 この容姿だから会った事があれば、すぐに気づかれる。女性と男性の違いがあるとしても、他人の空似で誤魔化せる訳がない。

 

「親戚と言っても山県先輩は家庭の事情で、大蔵家とは本来なら関係ない立ち位置に居る人だから」

 

 音楽部門で大蔵家の親類だって知られている方が本来ならおかしいからね。

 

「ジュニア氏にしても、正式に認知されたのは2年前ぐらいで、彼も大蔵家とは距離を置いているんだよ」

 

「……凄く複雑な家庭環境なんだね、大蔵家って」

 

 その通りだよ、エスト。

 人の事は僕も言えないけど、本当に大蔵家の内情を考えてると複雑過ぎるよね。以前は伯父様以外には大蔵家で僕の味方はルミねえだけだなんて思っていたけど、それは大きな間違いだった。

 距離を置かれているからこそ、僕を嫌っているひいお祖父様の目を向けられずに済んでいた。これが伯父様のように他の大蔵家の親類と深い交流があったから……きっとひいお祖父様は良い顔をしなかったに違いない。

 

「八千代はそんな複雑な大蔵家の事を、きっと僕よりも知っているんだと思う……だから、僕がしてしまった事を赦してくれるか分からない」

 

「私もね。この前、小倉さんとクロンメリンさんと話した時に、大蔵家を当てにしないでくれと言われたの」

 

 あっ、やっぱり言われてたんだ。

 

「……説得しないといけない人が……更に1人」

 

 ん? 何だかやけに深刻そうな顔をエストがしているようなあ?

 いや、確かに深刻な事態には違いない。昨日の件から考えて、八千代が僕の言葉を聞いてくれるかは分からない。それはアトレ、九千代、壱与も同じだ。

 協力者の紅葉も……八千代なら家とはもう無関係の紅葉を巻き込んだ事に怒るかも。

 グレーゾーンな事にも手を貸して貰ったし……うぅ、自分のせいだけど悪い事ばかりが頭に浮かぶ。

 

「でも、才華さん。山吹さんって言う人の事も大事かもしれないけど、衣装製作だって疎かに出来ないよ」

 

「……分かってる」

 

 エストの言う通り、八千代の方も大事だけど、皆と製作している総合部門と衣装と、僕とエストの服飾部門の衣装製作だって大事だ。

 フィリア・クリスマス・コレクションまで残り僅か。総合部門の衣装製作は、皆で一緒に製作作業をしているから後少しで全ての衣装が完成する。

 問題は服飾部門の衣装。此方も今のところ順調に製作は進んでいる。だけど、順調に進んでいても完成は本当にギリギリになってしまう。昨日のように八千代に会いに行く時間的余裕は僕にはもう無い。

 

「八千代には申し訳ないけど、フィリア・クリスマス・コレクションが終わるまでは待って貰うよ」

 

 本当にそうするしかない。

 昨日別れる時にアトレからも、『今回ばかりは仕方ありませんので、私と九千代に任せて下さい』と言われてしまった。

 2人には本当に申し訳ない。特にアトレには頼ったら不味いのに、頼ってしまう事になりそうなんて……。

 

「……取り敢えず学院に行きましょう。教室で少しでも製作を頑張らないといけませんから」

 

「うん、そうだね」

 

 僕とエストは揃って学院に向かった。出来る事なら、これ以上僕の事で誰かに迷惑が掛からないで欲しい。

 

 

 

 

「ご本人から連絡があって、小倉さんとクロンメリンさんは学院に遅れて来るそうです」

 

 早速迷惑を掛けてしまった!

 何時まで経っても教室に姿を見せない小倉さんとカリンに嫌な予感を感じてたけど、ホームルームが始まると共に紅葉から聞かされた話でその予感は当たっていた事を僕は悟った。

 うわあああああっ!! このタイミングで小倉さんとカリンが遅れてくるとか! どう考えても八千代関連じゃないか!?

 

「ね、ねえ、朝陽」

 

「……聞かないで下さい、お嬢様」

 

「……うん、そうするね」

 

 エストの優しさが身に染みる。また、小倉さんとカリンに迷惑を掛けてしまった。それに……もう1人。

 

「……先生。何だか顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」

 

「そ、そうかな! 先生は大丈夫だよ。うん、元気……12月に参加するつもりだった男性声優のイベント……もう2度と参加出来ないかもね」

 

「先生!? 本当にどうしたんですか!?」

 

 厳しくても何時も明るい紅葉の変わり果てた様子に、クラスメイトの皆が心配そうに声を掛けている。

 あの様子だと壱与辺りから既に連絡が届いているようだ。本当にごめん、紅葉!

 頼りになるか分からないけど、八千代の説得には出来るだけ力になるから!?

 その後、クラスの皆の励ましの言葉で気を持ち直したのか、紅葉は改めてフィリア・クリスマス・コレクションに関する説明をしてくれた。

 

「皆には一度説明したけど、改めて説明しておくね。先ずは毎年行われているように、今年も開催される前にフィリア・クリスマス・コレクションの流れを理解して貰うのもあって、簡単なリハーサルが行われます。ただその時には製作した衣装じゃなくて制服で良いからね」

 

 予行演習が行なわれるのは助かる。

 総合部門の練習の時に八日堂朔莉の厳しい指導を受けているとは言え、服飾部門のステージの流れとかは良く分からない。その時に流れをちゃんと覚えて、エストと一緒に部屋で練習しよう。

 何せ僕とエストだけの舞台じゃない。他の参加者もいるんだから気を付けて行動しないと。

 もし前の人や、僕らの後に続く人の邪魔をしたりしたら減点されてしまう。

 衣装やウォーキングだけじゃなくて、流れを妨げたりするのも審査対象なんだから気を付けて行動しないと。

 時間にすれば僅か1分ほど……その1分でどれだけ輝けるのかが重要だ。

 

「はい、質問」

 

「何でしょうか、ジャスティーヌさん?」

 

「私、別の部門の子にモデルを依頼したんだけど、リハーサルの時にその子を呼んで良いの?」

 

 あっ。確かにこれは大事な質問だ。

 このクラスで別の部門の生徒にモデルを依頼しているのは、ジャスティーヌ嬢だけだけど。舞台に立って歩くのが別の人物なんだから、ジャスティーヌ嬢がリハーサルに参加する必要性は無い。

 何よりもジャスティーヌ嬢がモデルを依頼したのはアトレだ。妹の為に大事な質問だと僕も思い、紅葉の返答を待つ。

 

「勿論大丈夫ですよ。ただ事前に先生に伝えて下さいね。別の部門の先生に事情を説明しないといけませんから」

 

 調理部門はフィリア・クリスマス・コレクションでイベントは無いけど、その辺りの事はちゃんとしておかないと。

 まあ、アトレならちゃんと連絡はする筈だから、問題なんて起きないか。

 

「夏休み前にも説明したけど、今年のフィリア・クリスマス・コレクションは去年までと違って、3日間で行なわれます。服飾部門は2日目に開催されます。1日目は自由行動だから、皆気になる他の部門があったら見に行ってみてね」

 

 確か1日目には演劇部門と音楽部門が行なわれる筈だ。

 でも……演劇部門で応援したいと思っている八日堂朔莉は今年は裏方を勉強する為に舞台には立たない。となると応援しに行くとしたら音楽部門かな?

 ルミねえは参加しないけど、総合部門で協力してくれている山県先輩が音楽部門で行なわれるピアノの演奏会に今年は参加者として選ばれている。

 うん。状況次第だけど、エストを誘って見に行こう。

 

「そして3日目には1日がかりで総合部門が行なわれます。このクラスにも参加者がいるから、皆で応援しようね!」

 

「梅宮さん達が参加するのよね」

 

「おそらく上位に組み込めると私は思うの。だって、梅宮さん達が製作している衣装。凄くレベルが高かったから」

 

「1年目から総合部門なんて輝かしい舞台に立たれるなんて」

 

「流石はお姉様! 私達コクラアサヒ倶楽部のメンバーも応援しています!」

 

 ありがとう!

 応援してくれるのは心から嬉しいよ! だけど、総合部門での最優秀賞の壁は大きい。

 弱気になるつもりはないけど、当日は全力で皆と頑張ろう!

 

「それじゃあホームルームは終わりね……先生はこうして毎日皆と授業できて、本当に嬉しかったからね!」

 

「えっ、あの? 先生!?」

 

 不穏な言葉を残して教室から去っていく紅葉に、事情を知らないクラスメイトの皆は困惑して顔を見合わせている。

 ごめん、紅葉。何とか八千代の怒りは僕だけに向くように頑張るから!




次回は才華と遊星両方が出て来ます。

原作ではアフターで八千代はルナと遊星のおかげで説得出来たとなっていましたが、本作では無理です。
八千代、本気で頭を抱えていますので。寧ろ才華の提案の原因は間違いなくあの二人だと確信しています。ルナの小倉病の深刻さを実感しているので。
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