月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
次回で中旬も終わり遂に最後のイベント、フィリア・クリスマス・コレクションが始まります。
烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!
side遊星
「と言う訳で……八千代さんから樅山さんにも例の件に関して話があることを伝えて欲しいと言われまして……フィリア・クリスマス・コレクションが終わった後に時間を空けておくようにとの事でした」
昼休み。学院にやって来た僕とカリンさんは、八千代さんからの伝言を伝える為に樅山さんに連絡してサロンに来て貰った。
サロンにやって来た樅山さんの顔色はとても悪く、八千代さんからの伝言を伝える事に申し訳なさを感じたけど……僕には伝えないと言う選択肢は取れない。
「……もう終わりなんですね」
聞き終えた樅山さんはソファーに座って、この世の終わりが来たと言わんばかりに項垂れてた。
気持ちは痛いほど分かる。僕だって、八千代さんから連絡が来た時は目の前が真っ暗になりかけたから。
「難儀ですが、自業自得なのでフォローは無理ですね。実際学院の入学者の名簿に手を出して、外部の人間である桜小路家の方々と大蔵ルミネ様に見せているのですから…」
うっ! 確かにそれもあった。
カリンさんはりそなが認めたと言う事で注意するだけで済ませてくれたけど……僕とカリンさん以外の事情を知らない調査員の人が入学していたらアウトだったかも知れない。
調べれば誰が入学するのかは分かる事だけど……学院の人間が外部にと言うのはやっぱり問題だから。
あっ! でも!
「樅山さん。樅山さんが才華さん達に協力したのは、状況を聞いたからですよね? だったら、八千代さんも赦してくれると思います」
うん。八千代さんなら事情を説明すればきっと赦してくれると……多分思う。だけど、樅山さんは俯きながら首を横に振った。えっ? なんで?
「……こんな状況にならなくても……私はきっと若達の頼みだからと思って協力していたと思います。山吹メイド長がその事に気付かない筈がありません……学院の教師が何をしているんだって……怒られるのは仕方ないんです」
「………」
「難儀ですね」
八千代さんは優しい人だけど、それと同じくらい厳しい人なのは指導を受けた僕も知ってる。
僕よりも長く一緒に桜屋敷で働いていた樅山さんも、その事は分かってる。いや……もしかしたら僕よりも八千代さんの恐ろしさを知っているかも知れない。
八千代さんは仕事に関しては、本当に公私混同はしない人だから……脳裏にフィリア女学院で身体のサイズを測る必要があった時に、嬉々としてルナ様のサイズを測っていた八千代さんの姿が浮かんだけど、アレはいなくなったサーシャさんの代わりを僕が務める事になったせいだから仕方がない事だ。
とにかく八千代さんは仕事に関しては公私混同は控える人だから、気休めの慰めは出来ない。
「……もう大丈夫です。どの道、私も山吹メイド長に会わないといけない事に変わりはないんですから。ただ……」
「な、何でしょうか?」
急に樅山さんが黙った。何だろう?
まだ、何か不安になるような事があるんだろうか?
「フィリア・クリスマス・コレクションには奥様や旦那様に、審査員として皆様が来られますよね? ……幾ら総学院長が苦手だと言われていても……山吹メイド長も来ますよね?」
……不安になる事があった。
「そ、そうですね……その辺りは確認していませんでしたけど……ルナ様と桜小路遊星様が来られるのですから……八千代さんもフィリア・クリスマス・コレクションには来ると思います」
いや、桜小路遊星様だけじゃなくてルナ様も来られるんだから、八千代さんはフィリア学院に一緒に来ると思った方が間違いない。
八千代さんはラフォーレさんの事が凄く苦手みたいだけど、ルナ様が来られるとなれば話は変わるだろうから。我慢して来るに違いない。
「山吹メイド長に私の仕事ぶりも見られると思うと……服飾部門のショーの時には私が司会進行役ですし」
「が、頑張って下さい」
「難儀ですが、頑張る事をお勧めします」
僕とカリンさんには樅山さんを応援する事しか出来なかった。ショーが行なわれるホールは広いけど、確かりそなが舞台が良く見える席を桜小路遊星様達に用意したそうだから、司会役を担っている樅山さんも見える。
勿論、八千代さんの席も用意された筈。流石にずっと樅山さんを見ているなんて事は無いと思う。
……才華様が女装姿で舞台に立つ時、八千代さんはどんな反応するんだろう?
気になるけど、それと同じぐらい八千代さんの反応が怖い。
「それじゃあ、私は職員室に戻ります。小倉さんも午後からの授業を頑張って下さい」
「はい」
そうだ。八千代さんの方も大切な事だけど、僕には服飾の勉強やフィリア・クリスマス・コレクションでのりそなの衣装の製作がある。
製作は順調に進んでいる。でも、気を緩める余裕は無い。これまでの日々への想いと大切な人であるりそなへの気持ちを込めて製作を打ち込まないといけないんだ。
気持ちを切り替えながら、僕はカリンさんと一緒に教室に向かった。
「あっ、黒い子」
「お、おはようございます、小倉お嬢様! カリンさん!」
教室に入ると、自分の席でカトリーヌさんと一緒に衣装を製作していたジャスティーヌさんに声を掛けられた。
2人以外には教室に誰もいない。最近のジャスティーヌさんは昼食を食堂で食べ終えるとすぐに教室に戻って来て、衣装製作を行なっている。才華さんとエストさんもだけど、今日はジャスティーヌさん達の方が早かったみたいだ。
梅宮さんは他のクラスの皆との会話があるみたいで教室に戻って来るのが遅れるけど、その後は製作作業に専念しているみたいだ。
「おはようございます、ジャスティーヌさん、カトリーヌさん」
「今日は遅れたみたいだけど、衣装の製作の方は大丈夫なの?」
「はい、其方に関しては順調に進んでいます」
「ふーん。そう……私、結構黒い子の製作している衣装気になっているから、フィリア・クリスマス・コレクションを楽しみにしているね」
「ありがとうございます。ジャスティーヌさんもカトリーヌさんと衣装製作ですか?」
「そうだよ。今は服飾部門のショーの方の衣装を製作しているの」
「ジャスティーヌ様。本当に頑張ってます」
カトリーヌさんの言葉に頷きながら、僕も席に座る。
「そう言えば、総合部門の衣装の方は大丈夫なんですか?」
「そっちの方は大丈夫。私とカトリーヌだけじゃなくて全員で製作作業に当たってるから、もう後は一番遅れていた白い子とエストンの衣装の微調整を行なうだけだよ」
フィリア・クリスマス・コレクションまでに完成するか分からなかった15着の衣装が、殆ど完成しているなんて……流石と言うしかない。
「まあ、ぶっちゃけ。パル子達のおかげが大きいけどね。あの子達、小さいけどブランドやっているだけの事はあるよ。私も結構助けられたから」
此処まで素直にジャスティーヌさんが誰かを誉めるなんて珍しい。この様子だと本当に助けられたことに感謝しているみたいだ。
「問題はこっちの服飾部門の衣装の方」
眉根を寄せながらジャスティーヌさんは自分の衣装を見つめている。何か不満に思うところがあるんだろうか?
「何か問題でもあるんですか?」
「この衣装のデザインは、今まで私が描いてきた中でも最高のデザインだったの。だけど……型紙の方で少し不満があって」
確かジャスティーヌさんの型紙の成績は……余り良くなかった。
僕の時と違って、今の服飾部門のフィリア・クリスマス・コレクションでのショーは個人参加が主だ。才華さんとエストさんのようにグループで参加する人の方が稀。そして個人である以上、衣装製作は1人で行なわないといけない。
特別編成クラスの生徒にはメイドが製作に手を貸しても問題ないけど、ジャスティーヌさんはカトリーヌさんに意見を聞く事はあっても衣装に直接手を加えさせたりはしないようにしている。
……あっ! そう言えばカトリーヌさんは昔メリルさんが開いていたブランドに勤めていた時期があったそうだから、直接手を貸すのは違反になってしまうよね。手を借りないのは当たり前だ。
だから、苦手な型紙も頑張って引いたみたいだけど、その型紙で不満に思うところがあったようだ。
「頑張って型紙を引いたけどね。やっぱり黒い子がクワルツ賞で引いてくれた型紙に全然届いてないの。黒い子が型紙を引いてくれたら、不満に思う気持ちなんてなかったのに」
「過分な評価をありがとうございます。ですが、どうしても私は今の目標を頑張りたいと思っていましたから」
「分かってる。だから、型紙以外の縫製で頑張るようにしてるよ。大変だけど、同じぐらい今は充実した気持ちで製作を行なえてるし。モデルをやってくれるアトレに最高の衣装を着て舞台に立って貰いたいと思えてる」
その気持ちがあれば、きっと素敵な衣装が出来ます、ジャスティーヌさん。
「……でもショーが両方とも成功したら、私とカトリーヌはパリに戻るかもしれないけどね」
「えっ? ど、どうしてですか?」
「私が日本の学院に通う事になった理由。伯母様に言われてた自分に足りないものが何なのかはもう分かったの。後はそれを実践出来れば、日本にいるよりも、ファッションの最先端のパリで勉強した方が自分の為になるから。この前、パリから来た先生の授業を受けて尚更そう思ってる」
……ジャスティーヌさんの考えは間違っていないと思う。
樅山さん授業は初心者でも経験者でも分かりやすくて、一から学び直そうとしている僕も助かってる。対してケス先生の授業は、本当に職人を育成する為の授業。ついていけない生徒は置いてかれてしまう。
でも、本当に狭い服飾の道を進もうとするなら、ケス先生のような授業を受けた方が良いのは事実だ。
何よりもジャスティーヌさんは最初から日本に来たのは、自分に足りないものを学ぶ為だと宣言していたんだから、必要なものを得た以上、日本に残る理由はない。
「今私達が頑張ってるフィリア・クリスマス・コレクションにしても、今年はともかく、来年はまた通常通りになると思うしね。ジャン・ピエール・スタンレーや他の審査員達だって、毎年来れる訳じゃないんだからさ」
「そ、そうですね。ジャスティーヌさんの仰る通り、来年も審査員をするのは私も無理だと思います」
創設者でもジャンは既にフィリア学院系列からは手を引いているそうだし、瑞穂さん、ユーシェさん、そして湊だって自分達の仕事があるから来年は来れない。
「まぁ、服飾部門で最優秀賞を取れたらだけどね。日本を離れる前の結果が、残念だったらムカつくし。最高の結果を持って帰った方が伯母様に胸が張れるから」
「頑張って下さい、ジャスティーヌさん。応援しています」
才華さんの事もあるから心からとは言えないけど、それでもジャスティーヌさんには頑張って貰いたい。
「あっ。そうだ。審査員で思い出したけど、黒い子って着物デザイナーの『ミズホ』と知り合いなんだよね」
「友人です」
脳裏に目を輝かせている瑞穂さんの姿が浮かんだ。その瑞穂さんがどうしたんだろう?
確か……夏休みの終わり頃に皆で集まった時に、ジャスティーヌさんは瑞穂さんの着物を誉めていたけど。
「じゃあ、フィリア・クリスマス・コレクションが終わった後で良いから紹介して貰って良い?」
「それは構いませんよ。瑞穂さんもきっとジャスティーヌさんの衣装を見て、会ってみたいと思ってくれると思いますから」
その上、ジャスティーヌさんの衣装を着るのはアトレさんだ。
アトレさんが着ている衣装を製作した相手の事を、瑞穂さんが気にならない筈がない。加えて言えば、瑞穂さんもクアルツ賞の件は知っているし。ユーシェさんと湊も聞いてくると思う。
紹介するぐらいは何の問題もない。
「ありがとう。私、夏が終わってからも日本の着物の雑誌とかに目を通してるの。どの着物も良かったけど、やっぱり『ミズホ』の着物が一番好きだから、直接会って話がしたいと思ってね」
「瑞穂さんが聞いたらきっと大喜びします。分かりました。瑞穂さんとは個人的にも会う約束がありますから、その時にジャスティーヌさんの事を話しておきます」
「お願いね。あっ、それと伯母様が黒い子に会いたいって言ってるんだけど」
「ジャスティーヌさんの伯母様が私にですか?」
「『リリアーヌ・セリア・ラグランジェ』。私の伯母様で。文化祭の時にも黒い子に会いたがっていたの」
りそなも同じような事を言っていた。この話がジャスティーヌさんから出るって事は……。
「もしかしてジャスティーヌさんの伯母様もフィリア・クリスマス・コレクションに来られるのですか?」
「らしいよ。最初は文化祭の時だけのつもりみたいだったけど、良い衣装が見られたからフィリア・クリスマス・コレクションにも来るんだって。他にもプランケット家の当主も来るって言ってたよ」
プランケット家? 確かその家の名前……誰かから聞いたような?
『エッテはプランケット家の長女なんです』
あっ! メリルさんだ!
それにりそなも『エッテ』って人の名前を呼んでいた……と言う事は、もしかしなくてもその人が来る理由の1つは、僕に会う為なのかも。
だって、りそなが名前を口にしたのはセシルさんの件が出た時だったから。うぅっ……その人達のいる時は、絶対に桜小路遊星様に『小倉朝日』にならないようにして貰わないと。
女装姿の桜小路遊星様と一緒に並ぶのだけは拒否する。罷り間違って桜小路遊星様を『お母様』なんて呼ぶ事になったら……僕はマンチェスターで安らかに眠っているお母様のお墓に土下座するしかないよ! そしてそのまま日本にとんぼ返りして富士の樹海に行こう、うん。
「初日に私が文化祭の時と同じように案内する予定だから」
「今のところ初日には予定はないので時間は空いています」
「じゃあ、伯母様にそう伝えておくから」
言い終えるとジャスティーヌさんは作業に戻った。
僕も自分の席に座って作業の準備を始めていると……。
「あっ! 小倉さん!」
「こ、小倉お嬢様!?」
エストさんと才華さんが教室に戻って来た。顔を上げて2人の方を向く。
「こんにちは、エストさん、朝陽さん」
2人は一瞬僕に申し訳なさそうな顔を向けたけど、すぐに顔を戻してくれた。
ジャスティーヌさんとカトリーヌさんが教室にいる以上、八千代さんの話は出来ない。
「本日は遅れたみたいですけど、大丈夫なのでしょうか?」
「はい。取り敢えず遅れた理由の方は解決しましたので、これからは作業に専念出来ます」
正確には先に延ばして貰ったんだけど……一先ず八千代さんが才華さんをアメリカに強制的に連れ帰ることはなくなった。
僕の言葉の意味を察してくれたのか、エストさんと才華さんは安堵の息を吐く。
「じゃあ、朝陽。私達も作業に戻ろう」
「はい、お嬢様。小倉お嬢様も作業を頑張って下さい」
「お2人もフィリア・クリスマス・コレクションを頑張って下さい」
2人は僕に頭を下げると、そのまま自分達の席に戻って行った。
これで残るは本当にフィリア・クリスマス・コレクションだけだ。僕にとっても最後の学院でのイベント。
必ず成功させて、りそなを誰よりも輝かせて見せる! 誓いを固めながら、僕は糸と針を手に持って衣装に手を伸ばした。
次回は才華sideとなります。
そして久々の後書き話です。
『メイド長から桜小路夫妻への連絡』
『ルナ様、遊星様。連絡が遅れて申し訳ありません。ええ、日本はとても大変な事になっていたのですね、フフッ。流石に私も聞かされた時は一瞬意識を失いました』
「や、八千代……その」
「や、八千代さん。落ち着いて下さい」
『旦那様。何を言っているのですか? 私はこれ以上に無いほどに冷静ですよ。ええ、怒りと言うのは一定のレベルを超えると逆に冷静になるものだと、この歳になって実感しました』
電話越しに聞こえて来る声に、ルナと遊星は身体を震わせた。
『ご安心下さい。電話で済ませられる話でないと言う事は、これ以上に無いほど理解しています。お話はお2人が日本に帰国して、フィリア・クリスマス・コレクションが終わった後にじっくりしましょう……才華様が女装に目覚められる事になった元凶に関しては、特に詳しく聞きたいと思います』
((バ、バレてる!?))
『ああ、それとルナ様。小倉さんからメイド服を没収しましたので、ルナ様と小倉さんの約束は無効となりました』
「っ!? ま、待て八千代! それは朝日と私の約束だ! や、八千代が口を出せる事では!?」
『メイド服姿なら其方に居られる『小倉』さんでも構いませんよね? 遊星様』
「や、八千代さん……それはその」
『フフッ、アレだけルナ様が卒業される時に女装を辞める辞めないで騒いで、女装を辞めた遊星様の姿に私がどれだけ安堵していたか、分かりますか? 桜小路家の旦那様が女装。世間体の問題も解決し、産まれるご子息にも悪影響が起きないと心から私は安堵していました。なのに……』
「ほ、本当に申し訳ありませんでした!」
『謝って済む事は過ぎています! はぁ、ルナ様、旦那様……フィリア・クリスマス・コレクションが終わった後は覚悟しておいて下さい。小倉さんとりそな様は最悪の事態を回避してくれようとしてくれていましたが、大蔵君も含めて詳しい話を聞かせて貰いますので……それとルナ様。桜屋敷にあるメイド服は全て私の部屋に移しておきましたから、内緒で小倉さんにメイド服を着させようとしても無理ですからね』
「ま、待て八千代!」
『出迎えに関してはフィリア学院の制服姿ではしてくれます。それで我慢して下さい。では失礼します』
通話が切れる音が響き、ルナは執務机に身体を倒し、桜小路遊星は床に力なく座り込んだ。
「……ルナ……八千代さん、やっぱり凄く怒ってるよね」
「……これ以上に無いほどにだ。あそこまで怒ってる八千代の声を聞くのは、何十年ぶりだろうか……いや、それよりも……朝日のメイド服姿……見たかった」
「さ、流石は八千代さん……一番ルナにダメージが行くことが分かってる」