月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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更新遅れて申し訳ありません。
今回で予定通り中旬は終わりです。

獅子満月様、えりのる様、烏瑠様、秋ウサギ様、誤字報告ありがとうございました!


十二月中旬(才華side)8

side才華

 

「それではお嬢様。着替えてから其方に向かわせて頂きます」

 

「うん、待ってるからね」

 

 地下から桜の園の2階のエレベーターに乗って降りた僕は、エストに挨拶をして別れた。

 別に制服からメイド服に着替えなくても良いかも知れないけど、気分を入れ替える意味もある。

 それにしても、小倉さん、カリン、総裁殿、そしてルミねえには感謝しかないよ。昼休みに登校してきた小倉さんが遠回しに教えてくれたおかげで、一先ず八千代が僕の行ないに関して待ってくれることが分かった。

 本当だったら喜ぶべき事だけど、僕は喜びよりも自分の力の無さと情けなさを強く感じた。

 

 だって、八千代の説得は他の誰でもない、僕自身で行なわないといけない事だ。

 

 小倉さんと八千代が一緒にいた時間なんて、産まれた時から一緒に桜屋敷で過ごしていた僕と比べる事なんて出来ない。

 だからこそ、今回の事態を招いてしまった僕が八千代を説得してフィリア・クリスマス・コレクションが終わるまで待って貰わないといけないのに、状況を説明する事さえも出来なかった。

 

「はぁっ……」

 

 重い溜め息が零れる。

 気分を変えないといけないのに、気分を変えられそうにない。不味い事だと分かってる。

 こんな気分で総学院長が認めてくれるような衣装が出来るだろうか?

 憂鬱な気持ちで仕事着であるメイド服に、僕は着替える。

 

「ん?」

 

 丁度着替えを終えたところで、来客を告げるインターホンが鳴った。

 誰だろう? エストは部屋で待っている筈だし。もしかしてルミねえか八日堂朔莉だろうか?

 ルミねえは今総裁殿と小倉さんが暮らしているマンションで暮らしていて、一緒に食事を取っているそうだから……今日の八千代の説明会に参加していてもおかしくない。

 八日堂朔莉は今日の朝の1件もあるから、心配で様子を見に来てくれたのかも。

 或いはアトレか九千代かなと考えながら、応待する為に部屋の入口を開けてみた。

 

「こんばんは、『小倉朝陽』さん」

 

「やっ!? ………や、山吹メイド長?」

 

 扉を開けたら其処には八千代が立っていた。

 思わず呼び捨てで名前を呼んでしまいそうになったけど、何とか堪えた。

 僕が暮らしている桜の園の2階は、他にも暮らしている住人がいる。余り親しい付き合いはしていないが、挨拶ぐらいはする。

 幾ら話をしたい八千代でも、通路では迂闊に才華として対応する訳にはいかない。

 

「一先ずは安心しても良いみたいですね」

 

 やっぱり試されたみたいだ。急な状況でも才華として反応してしまわないかどうかを八千代は確かめたに違いない。

 

「……朝陽さんが製作でお忙しいのは分かっています。ですが、1時間だけお時間を頂いても宜しいでしょうか?」

 

「……先ずは主人であるエストお嬢様に確認してみます」

 

 すぐさま八千代の提案に頷きそうになってしまいそうな自分を堪えながら、僕は質問した。

 こうして着替える時間はエストから許可を貰っているけど、本当だったら僕はまだ業務時間中だ。主人の許可を貰ってから出ないと八千代の提案に頷く事は出来ない。

 僕の質問に対して八千代は厳しい視線を向けながらも頷いてくれた。それに従って僕は一度部屋の中に戻る。

 

「はぁっ、メイド服……もう確定ですね……奥様、旦那様。日本に帰国された時は、覚悟しておいて下さいね」

 

 何だか不穏な声が微かに聞こえたけど、今は何よりもエストに連絡しないと。

 内線を使ってエストに連絡を入れる。

 

『そう。例のメイド長さんが訪ねに』

 

「はい。つきましては申し訳ありませんが、1時間ほど時間を頂いても宜しいでしょうか?」

 

『うん、良いよ。このまま悩んで作業するよりも、短くても話をした方がお互いの為に良いと思うから』

 

 エストの優しさに心から感謝したい。ありがとう、エスト。

 やっぱり君は誇り高くて優しい貴族だよ。

 

『あっ! でも、私も行った方が良いかな? 挨拶もしたいんだけど』

 

「いえ、其方は大丈夫です。メイド長も私と2人だけで話をしたいようですから」

 

 そうじゃなかったら、アトレと九千代も呼んでいるし。狭い僕の部屋じゃなくて、広いアトレの部屋の方で話をする筈だ。

 でも、部屋の外にいたのは八千代だけ。つまり、八千代は僕と2人だけで話がしたいに違いない。

 それは僕も望むところだ。

 

「お嬢様から許可を頂きました。どうぞ部屋にお上がり下さい」

 

「では、失礼させて貰います」

 

 部屋に八千代を入れて、僕は鍵を掛けた。

 桜の園の防音は完璧だけど、急な来客が来られるのは不味い。この部屋の合鍵はエストとフロントにしかない。

 ……緊急時にはこの前のようにカリンも開けられるみたいだけど、アレはあくまで緊急の案件だったから例外だ。

 来客用の椅子に八千代は座り、僕も対面するように座った。

 

「先ずは此方を渡しておきます」

 

 テーブルの上に八千代が差し出して来たのは……飛行機の予約チケットだった。

 日付を見てみると、フィリア・クリスマス・コレクションが終わって終業式の次の日に指定されていた。

 

「本日中に壱与に命じてチケットを取らせて頂きました。才華様にはアメリカで年を越して頂きますので、そのつもりで準備をして貰います」

 

「……ありがとう、八千代」

 

「お礼を言われるような事ではありません。本当でしたら、私個人としては今すぐにでもアメリカに連れ帰りたいと思っています。大蔵家の現総裁である大蔵りそな様が桜小路家に累を及ぼさないとご説明して下さったので、一先ずは猶予を与えたに過ぎません……それに才華様がフィリア・クリスマス・コレクション前にいなくなってしまったら、それはそれで問題になると聞かせて貰いましたから」

 

 エストにも言われたけど、本当に僕は狡いやり方をしてしまった。

 勿論、こんな事になってしまうなんて総合部門の企画を考えた時は夢にも思ってなかった。でもそれは僕の事情に過ぎない。

 桜小路家の安全を考えれば、八千代の言う通り今すぐに女装して学院に通うなんて行為を止めてアメリカに戻るべきだ。そうしないのは僕の我儘に過ぎない。

 

「八千代……その……なんて言ったら良いのか……」

 

「はぁっ、聞きたくはありませんが聞かせて頂きます。何故才華様はこのような大それた行ないを()()()()()のですか?」

 

「それはフィリア学院の特別編成クラスの制度を調べて……」

 

「才華様」

 

 こ、怖い。

 感情が籠もっていない八千代の声に、身体の震えが止まらない。

 これは間違いない。八千代は……僕が皆にも内緒にしている事に気付いている。こんな大それた行ないに協力して貰いながらも、話す事が出来なかったあの事。

 

 ……僕がアメリカに居た頃から隠れて女装をしていた事に、八千代は気付いているに違いない。

 

 正確に言えば疑いのレベルかも知れないけど……どちらにしても、もう隠し続ける事は無理だ。八千代の目から偽りはこれ以上許さないって言う意志が伝わって来ているんだから。

 深呼吸を一度して、僕は協力してくれている皆にも話せなかった事を話す為に口を開く。

 

「……皆にも内緒にしていた事だけど……実は、僕は……アメリカに居た頃から自分のアトリエの中で……女装をしていたんだよ」

 

「っ……やっぱりですか。はぁっ」

 

 出来る事なら外れていて欲しかったと言うような、苦悩に満ちた顔をしながら八千代は溜め息を溢した。

 

「……聞きたくはありませんが……才華様が……その……女装を始める切っ掛けになった出来事はあるんですか? 例えばユルシュール様と一緒に遊びに来られたサーシャさんを見たからでしょうか?」

 

「えっ?」

 

 一瞬八千代の問いの意味が分からなかった。

 サーシャさんの事はちゃんと覚えてる。ユルシュールさんと一緒にアメリカの屋敷に何度か遊びに来て、僕も会っているから。

 えっ? もしかしてあの人って!?

 

「サーシャさんって男の人だったの!?」

 

「? 気付いていなかったんですか?」

 

「うん。あの人と会う時は、何時も女性物の服を着ていたから」

 

 まさか、知り合いに本職の人がいるなんて思っても……アレ?

 サーシャさんがそっちの人と言う事は……もしかして……。

 

「え~と、まさかと思うけど昔フィリア学院に通っていたって言うグレーゾーンの人って」

 

「それはサーシャさんの事です」

 

 ……世間って本当に狭い。

 

「一応申しておきますが、才華様とサーシャさんでは立場が違います。サーシャさんは国の方で女性として認められた方です。それとフィリア学院の創設者が当時の学院長である大蔵君に口添えもしてなど、事前に許可があったから問題無いと判断されたのです……対して才華様は性別を偽っての入学」

 

 完全に僕は真っ黒だ。叩いたら埃が出るどころの騒ぎじゃない。

 

「それで才華様が女装を始める切っ掛けは、一体何なのですか?」

 

「………………見てしまって」

 

「何をですか?」

 

「その……まだアメリカに渡る前に桜屋敷で暮らしていた頃……夜中に心細くなってお父様とお母様の寝室に行ったら……女装したお父様を見て」

 

「ああ……」

 

 重要な部分は口にしなかったけど、効果は覿面だったのか八千代は重い溜め息を吐きながら肩を落とした。

 

「勿論当時は見間違いだと思ったよ。次の日の朝に会ったお父様は何時もと変わらなかったから。だけど、アメリカに渡ってから新しく雇われたメイドのナイチンゲールに、『女の子みたい』って言われたのが僕の女装の始まり」

 

 正確に言えば女装したお父様とお母様の情事を目撃して、性癖も歪んでしまった。

 ……最近はエストに対してかなりドキッとするようになったから少しはマシになったけど……女装を止める事は僕には出来ない。だって……。

 

「それで女装を止められるか八千代は聞きたいと思うけど……答えは無理」

 

「な、何故ですか? 普通に男性としてデザインを描けば良い筈では?」

 

「僕にはそれが出来ないんだよ。アメリカに居た頃に賞を取ったデザインから今日まで描いたデザインは、全部女装して描いたものなんだ……僕は女装しないと良いデザインが描けないんだよ」

 

「あああ………」

 

 聞きたくなかったと言わんばかりに八千代は両手で顔を覆って俯いた。

 だけど、こればかりはどうやっても無理だ。今日まで描いたデザインは全部女装しながら描いた物。それはお父様の教えを心から受け入れてから描いた物を含めてだ。今更男性としてデザインを描いても、今のデザインに及ばない。

 ただデザイナーとしてこれから僕が頑張っていけるかは分からない。総裁殿が言うようにパタンナーとしての道を進むしかなくなってしまうかも知れないから。

 エストは僕にデザイナーとしても頑張って貰いたい見たいだけど、今の現状でそれが叶うのはかなり難しい。

 

「……奥様……旦那様……()()()はともかく、本当に帰国されたら……覚悟しておいて下さいね」

 

 何か八千代が俯きながら呟いているけど、声が小さすぎてよく聞こえなかった。いや、怖くて聞けないんだけどね。

 やがて落ち着いたのか八千代は顔を上げて僕を見て来た。

 

「才華様の女装に関する事情は分かりました。本当に頭が痛くてどうにかなりそうですが、元凶である奥様と旦那様が日本に帰国されてフィリア・クリスマス・コレクションが終わってから、改めてこの件に関してはお話しましょう」

 

「う、うん」

 

 途轍もなく重い家族会議が開かれそうだ。

 いや、家族会議では済まないかも。何せ色々な事情が積み重なって、僕が女装してフィリア学院に通っている事は沢山の人に知られてしまっているから。

 

「それと選りにも選ってあの男に関わっているようですね」

 

 あの男? 一瞬誰の事か分からなかったけど、すぐに思い出した。

 以前小倉さんと九千代が教えてくれた八千代が警戒している人物で、僕が関わっている男性となれば一人しかいない。

 僕が交渉を挑もうとしている相手であるフィリア学院の総学院長『ラフォーレ・ハンデルスバンケン』の事だ。

 詳しい事は知らないけど、九千代の話によれば八千代は名前を聞くのも嫌になる程に彼の事が苦手らしい。小倉さんも同じ事を言っていたから、この話は間違いない。

 現に僕の目の前にいる八千代は、口にするのも嫌だと言わんばかりの顔をしている。

 

「本当に1年以上前の私の選択を後悔しています。あの男が近くにいるとしても、いっしょに目付け役として帰国していればと本気で後悔しかありません」

 

 本当にごめん、八千代。

 

「あの男との交渉に関しては小倉さんとりそな様から聞いています。部外者である私が口を挟む事も出来ない事も」

 

「今の僕を八千代が信用してくれないのは分かってる。でも、彼に関しては任せて欲しい。僕がフィリア・クリスマス・コレクションで行なわれる服飾部門のショーに向けて製作している衣装の点検を彼がしてくれているんだけど、結構好評なんだ」

 

「好評ですか? ……才華様。好評では駄目だと言う事は分かっていますよね?」

 

 うん、分かってるよ。

 これまでの点検で、彼は僕やエストが製作した衣装に対して高評価をくれている。だけど、それは彼が望む新しいジャン・ピエール・スタンレーに成れる逸材かどうかの確認の意味合いが含まれてしまっている。

 確かに最初に出会った頃に比べて、彼の妄信的な部分は薄れている。でも、根本的な部分ではまだ彼は新しいジャン・ピエール・スタンレーを造り上げるという目標を失っていない。

 八千代の言う通り、好評じゃ駄目なんだ。好評で終わってしまったら……これ以上に無いほどの弱みを握られている僕は彼に逆らえなくなってしまう。

 

「気付いているようですね。学院の部外者である私には口を出す事は出来ません。今の才華様の実力も知らぬ身です……それでも大丈夫だと言えますか?」

 

 質問に対して僕はすぐに答えられなかった。

 以前の僕なら、今の僕の衣装なら大丈夫だって胸を張って言えた。でも、今は無理だ。

 例えば文化祭で僕が自信を持ってルミねえの為に製作した衣装。あの衣装の型紙は小倉さんに引いて貰った。言うなれば、僕と小倉さんの合作だったのに……ひいお祖父様には心の底から認めて貰う事が出来なかった。

 今、僕がエストの為に製作している衣装は、文化祭の時の衣装よりも素晴らしい出来だけど……彼を心から変えられる衣装かと聞かれたら自信はない。それだけハードルが高いんだ。

 

「……ごめん。分からない」

 

 叱られると分かってる。でも、僕は偽りなく答えた。

 どんな言葉が八千代の口から出て来るのかと内心で戦々恐々としながら僕は待つ。取り返しがつかないほどに失望されたかなと覚悟もしていたら……。

 

「どうやらりそな様がおっしゃった通り、良いにしても悪いにしても、以前と変わられたみたいですね、才華様」

 

 一瞬だけ八千代の目にアメリカに居た頃に向けられた優しさが宿った。

 だけど、それは本当に一瞬だった。次の瞬間には、その優しさは消えて厳しさしかもう八千代の瞳には残っていなかった。

 

「時間ですのでこれで失礼します。桜小路家に雇われていたメイドを名乗っている以上、相手の方に失礼が無いように」

 

 ソファーから立ち上がると、八千代は玄関に向かって行く。

 見送りしたいけど、極度の緊張からか僕は椅子から立ち上がる事が出来ない。

 

「フィリア・クリスマス・コレクションには私も観客として見に行きますので。では、失礼します」

 

 玄関の扉が閉まる音が響いた。

 

「……プハァー!」

 

 恥も外聞もなく安堵の息を吐きだした。

 こ、怖かったよ! 何時八千代が僕をやっぱりアメリカに連れ戻すとか意見を変えてしまいそうで! 本当に怖かった!

 伯父様の豹変も怖いけど、それとは違った恐ろしさが八千代にはある。

 

「でも、これで何とかフィリア・クリスマス・コレクションが終わるまでの時間は出来た」

 

 テーブルの上に置かれている航空機のチケットを手に持って、伯父様が用意してくれていた偽の診断書がある場所に保管しておく。

 チケットに書かれていた日時を見て、曖昧だった残された時間が明白になった。八千代の事だから総裁殿にも連絡している筈だし、こうして僕に渡したと言う事は許可も出たという事だ。

 ……正直言えば日本に残って、このままエストと一緒に学院生活を続けたいという気持ちはある。

 でも、それは無理だ。何の後ろ盾もない現状で、それを叶え続けるのは無理だと僕はもう分かってる。

 

「……そろそろエストのところに行かないと」

 

 最後に身支度を整え直して、僕は主人が待つ65階に向かった。




八千代は朝日達の説得もあって、このまま才華達をフィリア・クリスマス・コレクションが終わるまで日本に残す事にしました。
勿論、今回の話で僅かでも才華が甘えるような行動をしていたら即座にエストの下に行き、才華をアメリカに連れ戻していました。これまでの成長の成果です。

次回より下旬。つまりフィリア・クリスマス・コレクション編となります。
漸く……漸く彼が朝日の前に現れます。その前につり乙キャラ達の再登場ですが。
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