月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
遂に彼との会話です。
烏瑠様、えりのる様、香坂美幸希様、誤字報告ありがとうございました!
遊星side
「……ジャン?」
もう一度名前を呼んでしまった。しかも完全に素の声で。予想もしていなかった出会いに、朝日としての声を作る必要があることも忘れてしまっていた。
「あっははは、何か懐かしいなその反応。どんな反応をするのかと思っていたら、まるっきり同じ反応なんだもんなあ」
「ど、どうしてここに……ジャンが?」
「おいおい。どうしてじゃないだろう? 俺はフィリア学院の創設者として明日から行なわれる日本のフィリア・クリスマス・コレクションの審査員にって、現日本校の理事長に呼ばれて来たんだぜ。まあ、創設者って言っても今じゃ俺は本校や分校を含めて無関係なんだけどなあ」
耳に届く軽快な口ぶりに、胸がじんとして熱く何かが込みあげて来る。
「それで最後の打ち合わせも終えて、懐かしき日本校の校内を歩いていたら、これまた懐かしい顔を見つけて声を掛けて見たって訳……衣遠から話には聞いていたし、写真も見せて貰っていたけど、正直こうして会うまでは半信半疑だったんだぜ。でも、実際に会えて確信した。ほんと夢みたいな話だけどな。あっ、ところでそんな諸々はおいておいて。久しぶり、いや、初めましての方が良いのか? 取り敢えず、元気だった、遊星」
最後の名前を呼ぶところは配慮してくれて小声だったけど、確かに僕の名前を呼んでくれた。憧れの人。ジャンが確かに僕の名前を。
「……うぅ……うぁ……っ……ジャ…ン……」
涙が零れるのを抑えられなかった。嬉しさからなのかは分からない。色々な感情が混ざり合って、涙が流れていく。
「おいおい。いきなり泣き出すなよ。ってか。あー……これマズいよな。明らかに俺が泣かせたわけだし。幾らもう学院に余り人がいないからって……取り敢えず何処か別の場所で話そうぜ」
小さな声で嗚咽を漏らしながら、僕は何とか頷いて同意した。
「で、落ち着いた?」
「うん……いきなり泣いたりしてごめん」
サロンに移動した僕はハンカチで涙を拭き終えると、改めて懐かしい顔を見つめた。
年齢を重ねても変わらない眩しさ、それに反した気安い雰囲気。本当に僕は憧れの人であるジャンと一緒にいるんだって実感した。
「しっかし、本当に懐かしい顔だ。で、衣遠から聞かされたけど、そっちだと追い出されたんだっけ?」
「うん。そうだけど……ジャ……え~と、ス、スタンレーさんって呼んだ方が良いのかな?」
「おいおい。そんな他人行儀みたいな呼び方をするなよ。ジャンって呼んでくれて良いぜ」
「ありがとう、ジャン」
良かった。此方でも名前で呼んで良いみたいだ。嬉しさで胸が一杯になりそうだ。
「話は戻すけど、僕の事は衣遠お父様から……」
「ハハハハハッ! ほんとにイオンの事を父親って呼んでるんだな? マジでウケる!」
「笑わないで。誰が何と言っても、僕にとってあの人はお父様なんだから」
「いや、だって。あのイオンが父親だぜ? しかもその養子の相手が君だなんて、驚く以外にないだろう?」
そう言われると、確かに言葉を返せなかった。
ジャンはお父様とは親友だし。きっと知った時は心の底から驚いたに違いない。僕の事も含めて。
「お父様からは僕の事を聞いたんだよね?」
「そうそう。久々に会ったと思ったら、いきなり『養子を取った。相手はこの写真の相手だ』なんて言われて、開いた口が塞がらなかったさ。しかもその写真に写っていたのが、メイド服を着た君だったんだから尚更にな」
「うぐっ……」
もしかして、ジャンが見たのも今はルナ様が持っている僕が写っている写真なんじゃ。
後でお父様に何枚コピーしたのか聞かないと。そして出来れば全部処分して貰いたい……無理だろうけど。
「まあ、写真に写っていた時の姿は、正直言葉も無かったな……ボーヌでの一夜を思わず思い出したからさ」
「心配を掛けたみたいでごめん。でも、僕はもう大丈夫だから。前を向いて歩くってもう決めたから」
「何だ。良い顔出来るじゃないか。こりゃ俺が来る必要はなかったかな?」
「ううん。来てくれて本当に嬉しいよ!」
本当にジャンが来てくれて嬉しかった!
僕の目標の事もあるけど、それよりも何よりも彼に会えたことが何よりも嬉しくて仕方がない!
「喜んでくれて何より。ってか、実を言えば結構最初は悩んだぜ。審査を引き受けるかどうかをさ」
「それは……もしかしてラフォーレさんの事もあるから?」
「ああ、まあな……あいつが学院長を務めている場所で審査員を俺がやるなんてなったら。あいつ……絶対に俺好みのショーにしようとするだろう? 一応俺もフィリアを開校した創設者だからさ。俺だけが楽しめるショーなんてやられたら不味いと思っていたわけ」
ジャンの危惧は間違っていないと思う。
実際、ラフォーレさんは最初に学院の生徒に説明する時、ジャンの事は話したけれど、他の審査員の瑞穂さん、ユーシェさん、湊の事を話さなかった。
後から説明してくれたけど、それは僕と話したから。もしかしたら後でりそなが話すつもりだったかも知れないが、ジャンの危惧が当たりそうになったのは事実だ。
「だけど、俺の予想と違ってラフォーレの奴はちゃんと他の審査員の事も話したんだろう? しかも確認した時に、俺を驚かせるフィリア・クリスマス・コレクションにして見せるなんて言われて、その場で驚かされた。アレ、君が何か言ったんだろう?」
「う、うん。ちょっと話す機会があってね。その前にフィリア・クリスマス・コレクションの説明がされた時に、他の皆の名前が言われなかったから、差し出がましいかもしれないけどラフォーレさんに言ってみたんだよ」
「やっぱりか。ラフォーレの奴。随分と君のことが気に入っているようだぜ。話題に出るぐらいだしな」
「うぅっ……ちょっと恥ずかしいよ」
どんな風にラフォーレさんは僕の事をジャンに話したんだろうか? 聞くのが怖いから聞かない事にしよう、うん。
「それで見学がてら今日のリハーサルの会場を覗いて見たら……」
ドキッと胸が高鳴った。
ま、まさか。僕が舞台上をあるいているところを……見られた?
恐る恐るジャンの顔を見てみると……意地悪そうに見ていた。
「俺が言ったとおりだったろう? 『将来かなりの美人になる』って。まさにその通りだったな」
うわぁぁぁぁぁぁーーー!!! やっぱり見られてた!!
「因みに一緒に見学していた君の知り合いの皆さんも絶賛してたぜ。特に黒髪の女性は恍惚とした様子だったな」
しかも瑞穂さん、ユーシェさん、湊にも!?
うぅ……は、恥ずかしい。夏にも見られているけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいよ。
……ちょっと待った。ジャンや皆が見たのは僕だけなのかな? 今日のリハーサルには僕以外にも……。
ジャンの顔を改めて見てみると、彼は楽しそうに笑っていた。
「君の他にも綺麗な子がいたよな。金髪の子や君と同じ黒髪の子もだし。特に銀髪の紅い目の子なんて昔を思い出すよ」
「き、気づいてるよね?」
ジャンの笑みが意地悪そうになった。間違いなく気付かれてる。
「親子3人が揃って舞台に立つとか夢があって良いと思うよ」
「親子じゃないからね。アトレさんと……さ、才華さんは僕の子供じゃないよ」
バレてしまっている以上、素直に認めるしかない。ジャンに僕程度の誤魔化しが通用するとは思えないしね。
「ははっ、じゃあ、あの2人はやっぱ遊星の子供か。イオンから話には聞いてたけど、父親と母親に似て綺麗だったな」
「そ、そう言えばジャンは才華さんとアトレさんとは会った事が無いんだよね?」
出来る事ならジャンに女装の件は話して貰いたくない。なので、少し無理やり話を逸らせて貰う。
「まあな。俺は色々と忙しいし。遊星の方も遊星で色々と忙しかったから、会う機会がなかったんだよなあ。ああ、でも子供が産まれたって知った時はちゃんと会いに行ったぜ」
会ってたんだ。でも、産まれてすぐじゃ才華さんとアトレさんが覚えてるわけないか。
「会ったのが赤ん坊の頃なのに、良く分かるね?」
「いや、アレは分かるだろう。2人とも父親と母親にソックリなんだからさ。それに……甥姪コンの伯父馬鹿に話は良く聞かされていたからな」
お父様……。
うん。普通に想像出来た。最近は落ち着いたようだけど、以前のお父様は重度の甥姪コンだったからね。
八千代さんが言っていた世界に五十台しかない高級車とか。桜の園とかを考えれば……うん。ジャンの評価は間違っていない。
因みにその他にも様々な物をお父様は才華さんとアトレさんにプレゼントしていたらしいけど、僕はその内容を一切知らない。寧ろ聞いたら恐怖で震えてしまいそうだ。
本当にその件に関しては羨ましいと思えないよ。
「まあ、その伯父馬鹿の提案に乗ったおかげで面白い光景も見られた。やっぱり美人の子供は美人だね」
それ? ルナ様の事だよね。桜小路遊星様の事じゃないよね?
「出来ればその話題は止めて。僕も遊星さんもショックで泣いたから」
「ああ、やっぱり。まあ、流石に親子二代でだもんなあ。でー? 2人とも工事してんの?」
「だから、やめて。僕も才華さんもしてないよ。する予定も無いから」
事情を知らない人に知られたら、モロッコに送るってお父様には言われてるけどね。冗談と思いたいけど……お父様だから冗談では済まなさそう。
「それで遊星。顔色が良いので何となく分かってるけど、一応確認な。
脳裏にあのボーヌでの一夜が浮かび上がった。
僕と彼だけで地下室を過ごした一夜での出来事。目の前の彼は僕が知っているジャンとは別人だけど、それでも質問の意味は分かった。だから、素直に今の気持ちを答えよう。
「うん。生きたい。戻れるとか戻れないとかはもう関係ない。僕は此処で生きたいと思えてる。あの書いてくれた遺書の言葉通りになれるかは分からない。でも、それに近い人生を歩みたいと今は思えるようになれた」
「うん、イイじゃない」
彼は笑ってくれた。もう心配事はないというように心から。
「じゃあ、頑張れよ、新しき友人。あっ、それでどっちの方で名前はこれから呼んだ方が良い? 一応朝日の方も本名みたいになってるんだろう?」
うん。成ってるよ。お父様は女性戸籍にして、朝日も本名になってしまったからね。
「えーと……取り敢えず朝日の方でお願い。遊星さんと一緒だと混乱するし」
「分かった。2人きりの時だけは遊星で呼んで、他の時は朝日で呼ぶ事にするよ」
うう。ジャンの優しさが嬉しい!
それに改めて彼と友人の関係になれた! 嬉しくて涙が零れてしまいそう!
「おいおい、泣かないでくれよな。幾ら人が来ないからって、俺が戻って来ない事に焦れたラフォーレの奴が探しに来るかも知れないんだからよ」
「あっ。うん、そうだよね」
危ないところだった。そうだった。
校内に殆ど人は残ってないと思うけど、ラフォーレさんは確かに残ってジャンを探しそう。
「ああ、ラフォーレで思い出した。朝日、ラフォーレの事、ありがとうな?」
「えっ? 何でジャンが僕にお礼を?」
「いや、まあ、そのな……イオンから聞いてるだろう? ラフォーレの奴が何を目標にしてるのかって?」
「う、うん……ラフォーレさんが人生をかけて新しいジャンを作ろうとしてることは」
「俺を作るってなんだよって話だけどさ。あいつ本気でそれを目指してるから笑えないよなあ」
「ジャンは止められなかったんだね?」
質問してみると、落ち込んだ顔をしながらジャンは頷いた。
「俺があいつに『お前じゃ俺のデザインは無理だ』なんて言ったら心が折れるだろう」
確かにキツイよね。ラフォーレさんの人生の目標と言えるジャンにそれを言われたら。
「だけど、あいつが久々に自分のデザインを描き始めたんだよ。驚きで固まったけど、それ以上に嬉しくてさ。何で急に自分のデザインを描き始めたんだって聞いて見たら、『俺自身のデザインを見たいと言われたので』。なんて事を言って来たんだよ。ラフォーレに言ったの、君だろう?」
「お父様が認めてるラフォーレさんのデザインを見て見たかったから。見せて貰った時は、本当に感動したよ。大切に保管してあるんだ」
「そっか……ラフォーレもこのまま自分のデザインを描いてくれたら良いんだけどなあ」
「会社を辞めて欲しい訳じゃないよね?」
「寧ろいてくれなきゃ困る。忙しさで目が回りそうになるのが目に見えているから……だけど、あいつが独立したいって言ってきたら喜ぶさ。だって、それがあいつの意志なんだから」
「ジャン……」
『自分がこうだと思う意思。意思が希望を生んで、希望が夢を育てて、夢が世界を変えるんだ』
一番大好きな言葉が脳裏に自然と浮かんで来た。
やっぱりジャンは僕が一番憧れている人だ。そんな人にまた友人と認めて貰えて本当に嬉しい!
「ところで遊星。このままフィリア学院に通い続けるの?」
「ううん。僕が通うのは冬休みまでだよ。その後は学院を辞めて、りそなのお店で見習いとして働かせて貰うつもり」
「なんだ、辞めちゃうのか?」
「僕が通えてるのは理事長のりそながいるおかげだから。そのりそなが理事長を辞めたら、もう通えないよ。性別がバレるのは怖いし」
さっきだってジャンに肩を掴まれた時は、本当に怖かった。普通に通えてるけど、やっぱり性別が事情を知らない人にバレたりしたら今度こそ立ち直れないよ。
僕の話を聞いたジャンは、何か考え込むような顔をしている。何で?
疑問に思ったけど、すぐに彼は何時もの飄々とした顔に戻った。
「じゃあ、俺そろそろ行くわ。これ以上戻るのが遅れたら探しに来られそうだから」
「うん。僕も帰るよ」
「服飾部門の審査を楽しみにしてるぜ。ラフォーレに見せて貰った雑誌の衣装に負けない衣装が出て来るのさあ」
「大丈夫だよ。ジャンの期待に応えられるような衣装が沢山出て来ると思うから」
「おっ。言い切ったな。じゃあ、明後日を
懐かしさを感じるような軽いノリでジャンはサロンから出て行った。
そのまま僕はまたサロンのソファーに座り込んでしまった。ジャンに会えた。
しかも友人と認められた。嬉しくて仕方がなくて落ち着かない。
「……うん?
何か最後ジャンは変な事を言わなかっただろうか?
普通だったら、『楽しみにしている』だよね? なのに、
「もしかして……ジャンが連れて来るっていうラフォーレさんの代わりの審査員の人が関係してるのかな?」
未だに理事長であるりそなも知らない、ジャンが連れて来る予定の誰か?
さっきの言い回しだと、僕が知っている誰かなのかな?
次回も遊星sideで。
あの2人に出て貰う予定です。
今回、ジャンと会話しましたが、既に悩みが殆ど解決していますのでこのルートでは一先ずこんな形になりました。
悩みが解決していなかったら、ジャンのカウンセリングを受ける事になっていたでしょう。つまり、他のルートではあり得ます。