月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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長らくお待たせいたしました。
色々とあって更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

とれぱちーの様、烏瑠様、秋ウサギ様、えりのる様、遅ればせながら誤字報告ありがとうございました!


十二月下旬(才華side)18

side才華

 

「色々あったけど、やっぱり今日は楽しかったよね」

 

「ええ。本日のフィリア・クリスマス・コレクションは、明日にも期待が持たれるような素晴らしい初日でした」

 

 エストの部屋で、僕とエストは今日一日を振り返っていた。

 少々……いや、多分に精神的に重く感じたこともあったけど、それを抜きにしても楽しかった。

 開催式での瑞穂さん達の衣装。服飾を目指す者としては刺激になったし、そうでない他の部門の人達からすれば見栄えの良い開催式になった。もしかしたら、今頃は瑞穂さん、ユルシュールさん、湊さんに興味を覚えて調べている人もいるかも知れない。

 特に湊さんは宣伝もしていたしね。

 

「でも、朔莉さんのクラスで、問題が起きてたのは驚いたよね」

 

「ええ、ルミネお嬢様からその話を聞いた時は驚かされました」

 

 僕らが行くのを見合わせた演劇部門では、どうやら八日堂朔莉のクラスで問題が起きたらしい。

 何でも演劇の主役を務める予定だった男子生徒が、学院に来てなくて直前になるまで連絡が取れなかったらしい。言うまでもなく大問題だ。

 裏方なら他の人でフォロー出来るが、舞台に出てしかも主役を務める人物となれば話は違うどころの騒ぎじゃない。これが例年の演劇部門なら問題はあっても大きな話にならなかったかも知れないが……今年は違う。

 これは事前に八日堂朔莉から聞いていた話だけど、文化祭で彼女が主役を務めた例の僕の印象では『この脚本は、この世で最もいらないもの』としか思えない台本の演劇で2、3年生達が本気になったらしい。

 幾ら不人気の部門とは言え、八日堂朔莉のように演劇にやる気を持っていた生徒達はいた。

 そんな人達からすれば、文化祭で八日堂朔莉だけに負けてしまった事に悔しさを覚えずにいられなかったようだ。加えて言えば、ジャン・ピエール・スタンレーが審査するという通達もあったから、演劇部門の2、3年生は本気で取り組んだ。

 結果、演劇部門は例年と比べものにならない程に盛り上がっていたそうだ。

 演劇部門を見に行った梅宮伊瀬也と大津賀かぐやに屋上で会った時に、演劇部門は凄かったと誉めていた。出来る事なら僕もエストと一緒に見に行きたかったけど……梅宮の伯父様がいる以上諦めるしかない。

 言うまでもなく、八日堂朔莉のクラスは文化祭の時と違って最優秀賞を取る事は出来ず、3年生のクラスが受賞したらしい。

 まあ、文化祭での時と違って八日堂朔莉本人は今回の演劇では裏方に回っていたし、代役の人も突然の事で慌てていたそうだから仕方がない。

 

「新しい朔莉お嬢様のクラスの担任の方は、相当呆れたそうですね」

 

「らしいよね……でも、今は私もその気持ちが少し分かるよ」

 

 僕もだ。

 夏休みの課題で、僕とエストはグループ作業で大きなミスを犯してしまった。そして今は沢山の人達に助けられて、総合部門に参加することが出来た。

 それだけに今回の八日堂朔莉のクラスメイトが行なった行為が、どれだけ酷いのか良く分かる。その生徒、今後役を担任から貰えるんだろうか?

 いや、僕に顔も知らない演劇部門の生徒を心配している余裕は無い。

 明日、遂に夢に見ていたフィリア・クリスマス・コレクションの舞台にエストと一緒に立つんだから。

 

「……いよいよ明日だね」

 

「はい、お嬢様」

 

 神妙な顔をしながら呟くエストに、僕も同意しながら頷いた。

 

「……その……最優秀賞を二つ取れなかったら……やっぱり……」

 

「理事長である大蔵りそな様と私は絶縁関係になります」

 

 もしかしたら総裁殿は僕を僅かでも成長したと認めてくれているのかも知れないけど、入学式の夜に出された条件に関しては何も言われていないところから見て赦してくれる条件は変わっていない筈だ。

 ……正直言えばかなりショックだ。

 以前は総裁殿の事を会う度に無理難題を言って来る意地悪な叔母だと思っていたけど、もうそんな印象は無くなっている。確かに意地悪な気持ちはあったかも知れないけど、総裁殿は総裁殿で僕の事を考えてくれていた事が今なら分かる。

 実際、僕自身、沢山の人達に甘え過ぎていた事は嫌という程に思い知った。

 総裁殿が、僕を『甘ったれ』なんて呼んでいたのは当然だった。

 

「……取れるかな?」

 

「……分かりません」

 

 一年前の僕なら最優秀賞を2つぐらい取るのなんて簡単だって言えたけど、今はハッキリと取れるなんて口に出来ない。

 勿論、最優秀賞を取れる自信は服飾部門も総合部門もある。だけど、それは僕以外の真剣に賞を望んでいる人達が誰もが思う事だから確実じゃない。

 だからこそ……。

 

「最後の最後まで気を抜かずに挑むつもりです」

 

 僕とエストが服飾部門に挑む為に製作した衣装は、これまでの衣装で最高の出来だ。総合部門の衣装だって、皆と一緒に製作した最高の衣装。

 残るはショーの出来だ。うっかり最後の最後でウォーキングでミスなんて目も当てられない。それに……多分、いや間違いなく……。

 

「お嬢様はともかく、私はジャン・ピエール・スタンレーと未だ誰なのか分からない最後の審査員の方を除いた御三方からはより厳しい審査の目を向けられるでしょうから」

 

「あっ……確かにそれはあり得るね」

 

 寧ろそうなるのが当然だ。

 元々僕はフィリア・クリスマス・コレクションには女性として参加するつもりだった。男性だとバレなければ大丈夫だと考えていたけど……既に審査員である瑞穂さん、ユルシュールさん、湊さんに僕が女装してフィリア学院に通っていることは知られてるし、その経緯も3人とも知っている。

 当たり前だけど3人とも大層僕に対してご立腹になられている。普通だったら審査も受けさせて貰えなかったに違いない。それを説得してくれた小倉さんには、もう頭が本当に上がらないよ。

 とにかく小倉さんのおかげで瑞穂さん達は、僕が女装してフィリア・クリスマス・コレクションに挑む事は認めてくれた。その分、審査に対しての厳しさは他の人よりも上に違いない。

 ……男性的な動きがあったらアウトとかは普通にありそうだ。

 

「巻き込んでしまったお嬢様には大変申し訳なく思います」

 

「別に良いよ。正体を知る前に一緒に参加しようって言ったのは私だし……それに厳しい審査を向けられるって分かっていて、それで最優秀賞を受賞出来たら自信に繋がるから」

 

 なるほど、そう言う考えもあるか。これは主人に恥をかかせない為にも尚更明日と明後日は頑張らないと。

 

「それでね……明日と明後日の為にも……才華さんにどうしても聞きたい事があるの」

 

 ……嫌な予感。しまった。最近は忙しくて油断してたけど、エストは結構話の流れを変えたり、自分の望む方向に持って行ったりするのが上手い。

 そして残念ながら僕はそのエストのやり方に勝てた事がない。これが何らかの兆候のようなものがあれば、はぐらかせるんだけど、エストは自然に相手の機先を制することができるから対処が難しい。

 恐らくあの姉と一緒に過ごしている内にエストが自然と身に付けた処世術に違いない。経験から来るものだとすれば、そう言った経験がない僕が勝てるはずがない。少し悔しい。

 何とか流れを僕側にしたくても、明日と明後日の為と言われてしまった以上、はぐらかすような事は無理だ。

 

「な、何かな?」

 

 出来れば答えやすい質問を願いたいが、何故かエストの頬は赤く染まって来てるし、何処か目も泳いでいる。もうこの時点でどんな質問が来るのか分かり切っている気がする。

 それでも出来れば違っている事を僕は内心で願うが……。

 

「改めて聞きたいの……その……朝陽が……才華さんが私に対してどういった感情を持っているのか……ハッキリと」

 

 うっ! ……エストの様子から予想出来ていたけど、やっぱりその質問が来た!

 雰囲気的にも来るんじゃないかと考えたけど、案の定質問が来てしまった。

 

「ま、前に僕の君に対する気持ちはハッキリと口にしたよね」

 

 うん。確かエストが姉であるエステル・グリアン・アーノッツと僕は気が合うんじゃないかって聞かれた時に、改めて僕のエストに対する気持ちは口にしたはずだ。

 今更口にする必要はない筈だ。というよりも、あの時気持ちを言えたのは雰囲気に流されたのもあったけど、エストに誤解されたくないのもあったからだ。だけど、今は素直に自分の気持ちを言うのが恥ずかしい

 ただでさえ僕は肌の事で赤くなると分かりやすいんだから、きっともう赤くなっているはずだ。

 それで察して欲しい。でも、僕の主人であり最愛の人は……

 

「貴方の気持ちを聞きたいの。それとどうしてそんな気持ちを抱くようになったのか詳しく聞かせて」

 

 ……どうやら直接僕の口から聞きたいようだ。しかも要求が増えてる。

 これは早い内に言わないと、要求が更に増えそうなので素直に答えるしかない。

 

「僕は……エストの事が好きだよ」

 

 うわっ! すごく恥ずかしい!

 きっと今の僕の顔は真っ赤になってるはずだ!

 

「才華さんは本当の事を言うと顔が紅潮するから、分かりやすくて素敵……うん、とっても嬉しい」

 

 そう言う君も頬が赤く染まってるよ。しかし、そういう癖がバレてるなら、もう隠す気にもなれないよ。

 

「それで何時頃から私の事を好きになったの? もしかして出会ってすぐにとかじゃ……」

 

「それは違うよ。最初の頃はそんな気持ちを抱く余裕なんてほんとになかったから」

 

 少しエストが落ち込んだ。でも、流石に出会った頃にエストに対して恋愛感情を抱く余裕なんて本当に無かった。

 あの頃は小倉さんへの罪悪感とか、その後に伯父様から教えて貰った現状に対する不安やエストを巻き込んでしまった事への申し訳なさとか色々と圧し掛かっていて恋愛感情を持つなんて余裕は本当になかった。

 

「じゃあ、もしかしてその……私が才華さんの事を気になり出してしまったプールでキスした時から?」

 

「それも違うよ」

 

 かなりエストが落ち込んだ。

 

「うぅ……私はあの時にキスされたから朝陽の事を意識するようにもなったのに、才華さんも朝陽もなんとも思っていなかったなんて」

 

「いや、流石に何とも思わない訳じゃなかったけど、それ以上にあの時はエストが無事だったことが嬉しかったから、恋愛的な感情なんて抱く余裕はなかったよ」

 

 それにずっと探していた答えを掴めたのもあったし、他にも色々と考えないといけない事が多かったから。

 僕の言葉にエストは一先ずの納得を得てくれたのか頷いてくれた。

 

「それじゃあ、切っ掛けはやっぱり文化祭での出来事?」

 

「いや、それよりも前……君が夏休みに梅宮伊瀬也の実家に旅行に行っている時にかなり荒唐無稽な部分もある話を伯父様から聞かされたのが意識し始める切っ掛けだった」

 

「どんな話をされたの?」

 

「うん。先ず最初に言うけど、僕の父方の祖母はアイルランド人なんだ。そして祖母の出身地が君の家であるアーノッツ家と深い関わりがある村だったんだ」

 

 僕が伯父様から聞かされた話をすると、エストも相当驚いたみたいだ。

 

「アーノッツは歴史だけは古いから、過去にどんな枝分かれをしていてもおかしくないかもしれないね」

 

「あくまでの可能性の話だけどね」

 

 何処まで力を入れたのか分からないけど、伯父様が調べても確かな情報や証拠が出てこなかったのだから、僕らが調べてもよほど運が良くなければ、真実に辿り着く事は出来ない。

 それに伯父様の話はあくまできっかけだ。

 

「でも、どうしてその話が才華さんが私に対して恋愛的な切っ掛けになったの?」

 

「それはその……」

 

 君の中に僅かでもお父様の影があるかも知れないからなんて言ったら、かなり引かれるに決まってる。

 ……でも、此処まで来たら隠す意味もないし。八千代にも話したんだからエストにも話してしまおう。

 僕はエストに語った。今は大分薄れたけど長いお父様への反抗期の切っ掛けになったトラウマの出来事を。

 

「まごうことなき変態だと思うの!」

 

 だよね。流石に犯されていたことまでは話さなかったけど、お父様の女装姿を見て性に目覚め、それ以来女装しないと芸術性が発揮出来なくて良いデザインが描けなくなった訳だから……エストの言う通り変態だ。

 

「あっ、でも今の話だと……デザインを描く時とかは朝陽でいないと行けないんだよね」

 

 何で君は嬉しそうなのかな? いや、朝陽としての僕の方にも好意を持っているのは知っているけど。

 

「そうだね」

 

 八千代にも言ったけど、僕がデザイナーを続けるなら女装はどうしても必須だ。

 

「朝陽と一緒にいる為にも……やっぱりデザイナーを続けられるようにしないと」

 

 何故かエストのやる気が増したように見えた。

 

「芸術性に関しては確かに色々とあると思うから女装に関しては問題ないと思うの。でも、お父さんに恋愛的な気持ちを抱くのは流石に……そんなに綺麗だったの?」

 

「うん、まあね」

 

「才華さんのお父さんは確か大蔵家の出だから……ルミネさんやアトレさんに似てるの?」

 

「え~と、一番似てるのは……小倉さんかな」

 

 うわぁっ! 何だか一気にエストが暗くなった。

 

「無理! 小倉さんがライバルとか!? 本当に勝てない! あっ! そう言えば入学式の日に小倉さんと出会った時に気絶したのは、もしかして!?」

 

 その話は思い出さないで欲しい! 僕の人生の中でもかなり恥ずかしい思い出だから!

 

「大丈夫だから、安心して! 小倉さんの事は尊敬はしてるけど、恋愛的な感情は本当に持ってないから!」

 

「本当なの!? 今思い返してみると貴方はかなり小倉さんを意識していたと思うの。入学式の日に小倉さんと会った瞬間に気絶したり」

 

 だからその出来事は言わないで欲しい! 思い出すだけで顔が真っ赤になるよ!

 

「小倉さんに微笑まれたら顔を赤く染めた事も何度もあったし。お礼として服を製作している時に、何だか急に嬉しそうに微笑んだりもして!」

 

 えっ!? 自分では自覚してなかったけど、そうだったの!?

 

「他にも微笑まれた時に私の後ろに隠れた時もあったよね。これだけあって小倉さんの事を意識してないなんて言えるの!?」

 

 ……何だかお父様の女装姿に関する事から、何時の間にか僕の小倉さんへの想いに関して糾弾されるような形になってるような?

 いや、エストからすれば確認したい事には違いない。自惚れじゃないけど、エストは間違いなく僕に真摯な想いを向けてくれている。その対象である僕が他の女性にも想いを向けているのでは嫌な気持ちになるのは仕方がない。相手が小倉さんなら尚更に。

 そうなると……言葉でエストを納得させるのは無理だ。

 必要なのは行動。エストの想いに僕も自分の想いを示すんだ。

 

「僕は……君だけが好きだよ」

 

「……っ!」

 

 彼女の両肩に手を置いて僕は口づけをした。

 以前のプールでの時の無我夢中になってした時の口づけじゃない。本当にエストに僕の純情を全て捧げる意思を込めて、柔らかな彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 これが本当の僕らの初めてのキスだ。

 

「……っ」

 

 触れただけの唇を少しだけ離すと、エストは綺麗な瞳を大きく開かせていた。

 まさか、僕がこんな大胆な行動をするとは思ってなかったんだろう。だけど、エストが僕への気持ちを抑えられないように僕だってエストへの気持ちを抑えられないんだ。

 

「もう一度……今度は朝陽としての君への気持ちを示すから」

 

 囁くような僕の声にエストは驚いている。

 此処まで僕が積極的な行動に出るとは思ってなかったんだろう。

 残念。弱みを握られている僕が言葉でエストに勝てる筈がないのはもう分かってる。なら、積極的な行動に出て主導権を握るしかない。

 エストの綺麗な瞳が目蓋に覆われた。そして上下の目蓋が重なると同時に、二つの唇が重なり合った。

 今度は強めに押しつける。そうするとエストの方からも押しているのが分かった。

 何時の間にかエストの両手も僕の背に回っていた。

 今、僕は心から敬愛していた相手と唇を重ねている。自分でも分かる程に心臓が強く鼓動しているのが聞こえる。幸せな気持ちで一杯だった。

 やがてどちらともなく、僕らは唇を離した。

 

「これが僕の気持ちだよ」

 

「うん……幸せ」

 

 僕もエストも顔が真っ赤だった。でも、構わない。

 だって、僕はもうエストに夢中なんだから。でも、此処までだ。

 女性が初めてを終えた後は、次の日に影響が出るそうだから、明日のショーの事を考えれば流石にこれ以上の事は出来ない。

 でも、この抱きあっていることまでは赦して貰いたい。

 

「明日ランウェイを一緒に歩く時なんだけどね」

 

「うん」

 

「私、貴方と一緒に草原を歩くイメージで歩こうと思ってるの」

 

「草原?」

 

「そう。アイルランドの草原。私の好きな白詰草一杯の草原。その草原を一緒に歩くイメージで歩けば、とても軽くて楽しそうな気持ちになれると思う」

 

「……うん。とても楽しそうだね」

 

 本当に楽しい気持ちになった。エストと一緒に綺麗な草原を歩く。

 それは何て素晴らしい光景なんだろうか。出来れば、それを……イメージじゃなくて現実にしたい。

 そんな気持ちを抱きながら僕とエストは明日を想って抱き合った。




小一時間ほど抱き合っているだけで、其処から先は流石にしていません。
原作ではルナが何事もなく歩いていますが、アレはルナだからこそ出来た事だと思うので、エストでは次の日の影響を考えでしない事にしました。
まだ、以前のように更新は出来ませんが、次回は遊星sideでの逢引きです。
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