月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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お待たせしました。
漸く、漸くフィリア・クリスマス・コレクション開催です!

烏瑠様、えりのる様、秋ウサギ様、誤字報告ありがとうございました!


十二月下旬20

side遊星

 

 2日目のフィリア・クリスマス・コレクション開催日。

 今日は待ちに待った服飾部門のショーが開催される。今頃ショーが開催される会場には、今日を楽しみにしていた人達やショーに参加しない生徒達が来場しているだろうけど、僕は参加する他の服飾科の生徒達が待機している控え室とは別の一室で、衣装に着替えるりそなの手伝いをしていた。

 それと言うのも……。

 

『学生達が衣装を着替えている控え室の中で、衣装に着替える勇気は流石に私にはありません』

 

 と言われたので、こうして僕が衣装を着る手伝いをし、メイクに関してはこの1年近くでかなりの腕前になった(そうなった理由は考えない)カリンさんがしてくれている。

 

「もうすぐだね」

 

「ええ、もうすぐです」

 

 この日の為に製作した衣装に着替えを終えたりそなは、鏡に映る自分の姿を見ながら返事を返してくれた。

 メイクも終わり、用意していたアクセサリーを身に付け、製作した華やかな衣装を着ているりそなは、とても綺麗で美しかった。

 その姿を一足先に見られたことが嬉しかったし、メイクを手伝ってくれたカリンさんも感嘆の眼差しをりそなに向けてくれている。

 もうすぐこの綺麗なりそなが、僕が目指していたフィリア・クリスマス・コレクションの舞台に立つ。興奮と嬉しさで胸が張り裂けそうだ。

 

「もうすぐ開演の時間ですね」

 

「うん、そうだね」

 

 この控室にいるのは僕とりそなに事情を知っているカリンさんだけだから、素の声で返事を返した。

 椅子に座るりそなの背後から手を回す。鏡に映るりそなが驚いたように目を見開いたけど、すぐに目を閉じて受け入れてくれた。

 

「僕は会場の方からりそなを見るから」

 

 これは事前に決めていた事だ。

 舞台袖からでも会場の反応を見る事は出来る。でも、我が儘かもしれないけど舞台袖じゃなくて正面から会場にいる人達がりそなの姿を見た時の光景を見たかった。

 この事は事前にりそなにも説明していたので頷いてくれた。

 数分だけ互いの体温を感じあった後、僕がソッと離れるとりそなも座っていた椅子から立ち上がった。

 

「遊星さん。会場の方で待っていて下さい」

 

「うん……カリンさん。後をお願いします」

 

「お任せ下さい、遊星様」

 

 僕の代わりにカリンさんが付き添いでりそなについてくれる。

 彼女なら安心して任せられるので、僕は二人と別れて会場に急ぐ。

 昨日の盛り上がりの影響もあるのか、今日も来場者で学院は一杯だ。もしかしたら昨日よりも多く来場して来ているかもしれない。

 廊下を歩く人達にぶつからないようにしながら、僕は会場であるホールへと向かって行った。

 

 

 

 

 服飾部門の会場に来てみれば、既に席は殆ど座られていた。

 空いている席があっても立ち見している人達が居るところを見ると、昨日の僕のように誰かが座れるように荷物が置かれたりしているのかも知れない。

 お父様達は既に会場入りしているから席に関しては問題ない筈。それに僕が座るなら昨日と違って生徒席の方に行くべきだ。

 あっ。ルミネさんと八日堂さんがいた。仲良く話をしている。

 他にも山県さんが音楽部門の人達と一緒に並んで座っていた。クラスの皆の時間があるから、開催式を直接見る為に会場にいるみたいだ。楽しそうに笑ってる。

 

「……」

 

 だけど、僕は不思議と生徒席じゃなくて此処で良いと思えた。

 ううん、此処が()()()()。今僕が居る場所は舞台から一番遠く離れた場所。

 でも、此処なら僕の大切な人が舞台で歩いている姿を見た観客の人達の反応を見ることが出来る。だから此処で良い。

 

「やっぱり此処で見るんだね」

 

 声を掛けられた。誰なのかはすぐに分かった。

 

「はい。此処が一番会場の人達の様子が分かりますから」

 

 顔を向けて見れば其処にはやっぱり遊星さんがいた。

 昨日は何か用があって学院には来なかったそうだけど、今日は来ない筈がない

 

「此処舞台からは遠く離れているけど、良い場所だよね」

 

「ええ、良い場所です」

 

 会場の全てが見渡せる最高の場所。

 舞台に立った大切な人の姿を見た観客の反応がすぐに分かる場所だ。

 僕と遊星さんは並んで会場の方を見つめる。

 

「君の方の準備は?」

 

「終わりました。付き添いの方はカリンさんに任せて、私は先に会場に居てくれと言われたので」

 

「うん。そっか……僕も最初にルナの舞台を見た時はこの場所だったんだ」

 

 少し驚いた。でも、すぐに納得出来た。

 余り詳しくは聞いてないけど、当時遊星さんは一度お父様に学院を辞めさせられて連れ戻されている。

 そうなると当然、学院に戻り辛い。それに遊星として来ていたとしても、同級生なら髪型や服装が変わっても気づかれるかも知れない。

 『小倉朝日』が実は男性だったなんて知られたら大変だ。それだったらこの場所で見ていたのも納得出来た。

 あれ? そう言えば?

 

「ル、ルナさ……んはどちらに? 八千代さんと一緒にもう会場の席に座っているんですか?」

 

 遊星さんが来ているなら当然ルナ様も会場に来ている筈。まだ、始まるまでには時間が少しあるから挨拶ぐらいはして来た方が良い。

 ……心情的にはキツいけど、さん付けで頑張れば呼べると思う。うん、頑張れば……呼べるかなぁ?

 

「え~と、ルナは……その……会場にはまだ来ていないよ」

 

 えっ? ルナ様が来ていない?

 遊星さんが会場にいるのに? そういえば昨日も何か用があって学院には来なかった。もしかして……。

 

「あの、もしかしてルナ様は御加減が悪いんですか?」

 

 ルナ様も日傘を差さないと日の下を歩けないお方だ。

 この前桜屋敷でお会いした時はお元気そうだったけど、アメリカから日本に帰国された影響が出たのかも知れない。

 思わず心配になって遊星さんに質問してしまう。

 

「いや、そう言う意味じゃないんだ。とにかくもう少しだけ待って。ちゃんとルナも会場に()()から」

 

「?」

 

 遊星さんの言葉に不可解なものを感じたけど、とにかくルナ様は間違いなく会場に来られるようだ。

 だから、僕は彼と一緒に待った。服飾部門のフィリア・クリスマス・コレクションが開催されるその時を。

 

 

 

 

side才華

 

 遂にこの日が。僕が子供の頃からずっと憧れていた舞台。

 フィリア・クリスマス・コレクションが開催されるこの日が来た。

 正直言えば、まだ舞台に立ってもいないのに、今日此処に辿り着くまでの日々を思い浮かべるだけで涙が浮かびそうになる。

 でも、泣くのはまだ早い。これから僕は大切な人と一緒に夢に見た舞台を自分達が製作した衣装を着て歩くんだから。

 

「朝陽。準備は終わった」

 

「はい、お嬢様」

 

 微かに開いたサロンの扉の向こう側から聞こえて来たエストの声に僕は返事を返した。

 当たり前だが、僕は他の参加者達も着替える控室で衣装を着れる訳がない。なので、紅葉からこうして許可を貰ってサロンで衣装に着替えている。

 教室はもしかしたらクラスの誰かが急に来る可能性もある。だから、念には念を入れて本来ならば文化祭の時と同じように使用できないサロンで着替えさせて貰った。

 最後の最後まで油断はしない。

 此処で男性だったなんて知られたら、僕だけじゃなくてエストにも大変な迷惑が掛かるんだから。

 それだけは絶対出来ないと気を張りながら、サロンから出る。

 

「お待たせいたしました、お嬢様」

 

「っ!?」

 

 サロンから出ると外で待っていたエストが僕を見て目を見開いた。

 そしてすぐに僕を見つめて頬を赤くした。うん、その反応だけで君が今僕に抱いている感情は分かるけど、久々にSっ気が疼いたので少し髪を靡かせながら質問した。

 

「どうされました、お嬢様?」

 

「……その……衣装を着た朝陽が……とっても綺麗で……見惚れてたの」

 

 大変気分が良い!!

 此処最近エストに負け続けていたから、尚更に嬉しさを感じた。同時にエストへの深い感謝も抱く。

 

「ありがとうございます、お嬢様。このような素敵な衣装を製作して頂き、本当に感謝しています」

 

 元は確かに僕が描いたデザインだ。

 でも、この衣装を一から製作してくれて、こうして完成させてくれたのはエストだ。

 本当に感謝しかない。不思議と着ているだけで心が弾む。この衣装を着れた事が嬉しかった。

 なるほど。改めてお父様の言葉を実感出来た。何となくだけど世界が広がったように今は感じる。

 

「次は、お嬢様が私の製作した衣装を着た姿を見せてくれる番ですね」

 

 エストはまだ衣装を着ていない制服姿だ。

 と言うのも僕らが舞台に立つ番は後半の方なので、衣装を着るのは開催式が終わった後でも問題は無い。

 僕が先に衣装を着たのは、性別を隠す事情があったからだ。

 

「そう言って貰えてとても嬉しい。私も朝陽が製作してくれた衣装を着るのが楽しみ!」

 

 きっとその衣装を着た時は驚くよ。

 最後の作業である刺繍に使った細工は、エストにも秘密にしておいた。

 刺繍を入れるのは2人で決めた事だけど、エストはその刺繍を入れる糸をパリで買って来た糸だと思っている筈だ。

 当初はそのつもりで僕が求める色の糸を購入して貰った。だけど、実物を見て納得出来なかったので、少し、いやかなり悩まされた。

 本当に八日堂朔莉とジュニア氏には感謝だ。2人の何気ない会話から糸口が見つけられたんだから。

 

「では、お嬢様。そろそろ開催式が始まる時間が近いですから控え室に行きましょう」

 

「あっ、そうだよね。控え室に行かないと開催式が見れなくなっちゃう」

 

 控え室には会場の様子が見られるようにモニターが設置されている。

 別に会場の方に行っても良いかも知れないけど、こうして衣装に着替えてしまったし、もしかしたらもう会場の方は観客や参加しない生徒達で席が埋まっているかもしれない。

 例年と違って今年は昨日の僕らのように他の部門からも生徒達が来ていて、席が足らなくなっているんだから。部門の生徒だからと言って必ずしも席に座れるとは限らない。

 何よりもこの衣装を着た姿を観客に見せるのなら、やっぱり舞台にしたい。

 そう思ってエストと一緒に控室に向かっていたら……。

 

「うわあっ! 凄い美人! それに衣装も綺麗!」

 

「もしかして舞台に立つ生徒。いや、モデルの人かな?」

 

「あんな綺麗な衣装を着て、舞台に立てるなんて素敵ね!」

 

「早く会場に行こう! 席が空いていると良いんだが」

 

 また大変気分が良い!!

 控え室に着くまでの間、衣装を着ている姿を見た来場者の方々の反応。思い出すだけで気分が晴れやかになって心が弾む。

 しかもこの後にはジュニア氏がメイクも行なってくれるし、まだアクセサリーの類は身に付けていない。今僕の姿を見て見惚れている人達は更に驚くだろう。

 更に綺麗になって舞台に立つ僕の姿を見て。

 

「うぅ……こうなるんだったら、私も衣装に着替えればよかった」

 

 今廊下を歩いている人達に見惚れられているだけに、エストの気持ちは分かる。

 分かるんだけど……エストの事だからきっと。

 

「因みにお嬢様。衣装が汚れない時の配慮はどうされるおつもりなのですか」

 

「えっ? それは勿論衣装を脱いで下むぐぅっ!」

 

「それ以上仰らなくて大変結構です、ウフフッ」

 

 これ以上迂闊な言葉を言われないように笑顔でエストの口に手を押し付けて黙らせた。

 もうすぐ開催式が始まるから、人通りが少なくなって来て良かったぁ。

 厳しく指導したいところだけど、此方も衣装を着ている手前、汚れるような行動は出来ない。今日のフィリア・クリスマス・コレクションが終わったら覚えておけよ。

 

「オオ、ハニー……素敵過ぎて言葉がないぜ」

 

 控え室に入ると其処には僕のメイク担当者であるジュニア氏が、衣装を着た僕の姿を見て感動で打ち震えてくれた。

 

「メイクの準備の為に先に控え室に来ていて良かったよ。これから今のハニーを俺がメイクして更に仕上げると思うだけで手の震えが止まらないぜ。これは落ち着くのに暫く掛かるかもなHAHAHAHA。いや、今回ばかりはアメリカンジョークじゃなくてマジでだ」

 

「どうか本日は宜しくお願いします」

 

 彼の腕前なら衣装を着た僕を完璧にメイクアップしてくれる。

 最優秀賞とか関係なく、エストの隣に並び立って歩く為にも出来る限りの事はしなければ。

 

「へぇ~、やっぱりやるね、エストンと白い子」

 

「お姉様。とてもお綺麗です」

 

 今度はジャスティーヌ嬢とアトレが話しかけて来た。後2人の背後にカトリーヌさんと九千代もいる。

 どうやら4人とも僕らと同じように控え室のモニターで開催式を見るようだ。

 しかし、2人が衣装を着た僕に向けている視線の中には、確かな対抗心が宿っていた。明確なライバルとしてジャスティーヌ嬢もアトレも僕を見ている。

 特にアトレの対抗心が宿った目を見ていると、嬉しさのようなものを感じた。これが入学当初だったら、今のような言葉じゃなくて、きっと……。

 

『おっ、おおおおねぇざまぁぁぁぁぁぁぁーーーっっ! うつっ、うつっつっつつっつっ、美しゃああああああっ! もう負けです! ジャス子さんには申し訳ありませんが、お姉様の美しさの前には誰人も勝てません! 天上界に喧伝しなければならないほどの美しさ! 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたやありがたや』

 

 こんな感じで演技とは思えない行動に出て僕を拝んでいたと思う。

 だけど、今アトレは明確に僕を今日のライバルとして見て、衣装を製作してくれた友人であるジャスティーヌ嬢の想いに応えようとしている。

 妹の成長に涙が出てしまいそうなほどに嬉しさを感じずにはいられない。不審に思われると不味いので泣かないけどね。

 ……でも、ちょっと驚いた。

 

「アレ? ジャスティーヌさんやアトレさんはご家族の方と開催式を見ると思っていたのだけど」

 

 エストも僕と同じ疑問を持っていたようだ。

 ジャスティーヌ嬢が伯母様であるリリアーヌさんの事が大好きなのは、これまでの事で分かっている。現に文化祭や昨日はずっとリリアーヌさんと一緒に過ごしていたしね。

 アトレも開催式ぐらいはお母様とお父様と一緒にいると思っていた。

 現に他のクラスの皆はまだ控え室に来ていない。きっと家族か開催式の舞台を直接見る為に会場の方にまだいるのだろう。

 疑問に思う僕らにジャスティーヌ嬢が口を開く。

 

「流石に今日は黒い子が製作した衣装を着る子がいると思って、此処に来たんだけどね」

 

「私もそう思い、ジャス子さんと一足早く控え室に来たのですが」

 

 なるほど。納得出来た。

 ジャスティーヌ嬢とアトレは、ずっと小倉さんが製作した衣装を着るモデルが誰なのか気になっていた。

 リハーサルの時にさえ姿を見せなかった謎の人物。僕だって気にならない訳じゃない。

 流石に開催当日となれば、その姿を始まる前に見る事が出来る筈だ。

 

「どんな人だったの!? 小倉さんが選んだ人は!?」

 

 エストも気になっていたのか、少し興奮しながら控え室の中を見回している。

 控え室の中では前半に舞台に立つ人達が衣装に着替えたり、メイクしたりしている。でも、流石にこの中にはもういないと思う。

 小倉さんの衣装を着た人が舞台に立つのは、開催式の中で行なわれる事になったショーの流れの説明の時。

 もう間もなく開催式が始まるんだから、もうこの場に居るはずがない。今頃はステージの裾で待機している筈だ。そうなると僕らの前から控え室に居た4人はその姿を見たと思ったんだけど……。

 

「この控え室には居なかったよ」

 

「控え室にいた先生に確認したところ、どうやら別室で小倉お姉様が製作された衣装に着替えられて、舞台袖の方に行かれたようです」

 

 本当に小倉さんが選んだ人は誰なんだろう?

 せっかくのリハーサルにも参加しなかったし、更にはわざわざ別室で着替えまでしている。

 

「やっぱり小倉さん。外部の人を雇ったのかな? ほら、私達と違って小倉さんの衣装は審査されない説明用の衣装なんだから、特別に外部の人を雇っても良いとかありそうでしょう?」

 

「……それは小倉お嬢様では考え難いのですが」

 

 これが他の人ならばもしかしたらと思えるけど、小倉さんが外部の人。つまりプロのモデルを雇ったとは考え難い。

 小倉さんは称賛とか欲しくて、プロのデザイナーである総裁殿のデザインが使われるイベントに応募したわけじゃない。ただ総裁殿が描いたデザインから衣装を製作したい。

 その気持ちで応募して製作権を得た人だ。

 なのに最後の最後で外部のプロのモデルを雇ったとは思えない。きっとアトレの時のように誰かの為の衣装を製作したと思う。

 

「私もお姉様と同じ気持ちです。小倉お姉様はきっと私の時のように誰かの為に衣装を製作したと思います」

 

「先に誰なのか分からなかったのは残念だけど、どうせ此処まで来たらもうすぐ分かるからね」

 

 ジャスティーヌ嬢の言う通りだ。だって、そろそろ……。

 

「あっ、皆さま。どうやら開催式が始まる時間が来たようですよ」

 

 九千代の言葉に周囲を見回してみると、控え室に居た人達が移動を始めていた。

 開催式が終わった後、すぐにショーに出る人達は外に。

 出ない人達は設置されているモニターの方に移動していた。僕らも急いで行かないと前の方で見れない。

 幸いにもメイク担当者以外の人達は大半が外に出たので、僕らは問題なくモニターが見える位置に立てた。

 モニターには開演時間が来た事で静まり返っているホール内の様子が映し出されていた。

 壇上に先ず上がったのは、やっぱり総学院長であるラフォーレ氏だった。

 

『ご来場の皆さま、一日目に続きこうして二日目のフィリア・クリスマス・コレクションに来演してくれた事を心から感謝いたします。さて、これより服飾部門のショーが開催される訳ですが、前日に来られなかった方々の為に、改めて今年のフィリア・クリスマス・コレクションにおける特別な審査員達をご紹介しましょう』

 

 彼がそう告げると共に暗くなっていた壇上に光が差し、先ずは昨日と色合いが違うが、それでも見事な着物を着こなした瑞穂さんが照らされた。

 

『まず1人目は彼女。着物デザイナーである『花乃宮瑞穂』です』

 

『皆さん、こんにちは。ご紹介に預かった『花乃宮瑞穂』です。一日目に続き、今日も宜しくお願いします』

 

 予想はしていたけど、やっぱり日にちごとに着物を用意していたみたいだ。

 着物好きになったジャスティーヌ嬢は、目を輝かせてモニターに映っている瑞穂さんを見ているよ。

 モニター越しからでも会場から感嘆の声が聞こえているし、この時点でも盛り上がって来ているのが分かる。

 

『続きまして2人目は欧州方面で活躍しているデザイナー。『ユルシュール・フルール・ジャンメール』』

 

『皆様、ごきげんよう。紹介された『ユルシュール・フルール・ジャンメール』ですわ。本日は私にとっても懐かしく、感慨深い母校であるフィリア学院の服飾部門の審査員として参加できたことを嬉しく思います』

 

 此方も流石だ。ユルシュールさんも昨日とは違う見事なドレスを着こなしている。

 立ち振る舞いも見事だし、デザイナーとしてだけじゃなくてモデル映えも凄いなあ、ユルシュールさんは。

 

『続きましてデザイナーとしてではなく、アメリカで話題のブランドの営業部長を務めている『柳ヶ瀬湊』の紹介です』

 

『皆! こんにちは! 今日もよろしくね! 柳ヶ瀬湊だよ!』

 

 改めてこの3人が出て来る順番も見事だ。

 最初に日本人に馴染みがある着物を着た瑞穂さん。それに続くのは外国人でその辺のモデルの人よりも綺麗でドレスを身に纏ったユルシュールさん。

 そして最後に続くのは一般の人が着てみたいと思えるような服を着た湊さん。

 総合部門でファッションショーをやるだけに演出に関しては八日堂朔莉頼りとは言え、僕も少しは意見を出したりしただけに演出に関しては考えさせられた。

 其処から考えると下手に紹介の順番を変えるよりも、今の順番が良いかも知れない。

 まあ、総学院長からすれば彼の紹介は絶対に最後にしたいんだろうけど。

 

『そして次にご紹介するのは、私の親友であり、君達が通うフィリア学院の創設者にして、現在の服飾界でのトップデザイナー。『ジャン・ピエール・スタンレー』!』

 

 やっぱり『狂信者』である彼らしく、前の3人よりも力の籠もった紹介と共に壇上で照らされたのは、お父様の憧れの人で、僕らが目指しているプロの世界の頂点に立つ人。ジャン・ピエール・スタンレーだった。

 

『こんにちは、皆。昨日に続き審査させて貰うよ。いやぁ、1日目は中々良かったよ。思っていた以上に面白くて、審査も忘れそうになったよ』

 

 演劇部門の人達は頑張ったそうだからね。

 八日堂朔莉も『出来ればあの雰囲気で演劇をやりたい』なんて言ってたし。

 

『それでだ。昨日参加していなかった人は知らないと思うけど、実は今年の審査には総学院長であるラフォーレが審査員として参加しないんだよね』

 

 モニター越しに観客席の方から騒めきのような声が聞こえた。

 どうやら今日来演した人達も会場には居るみたいだ。まあ、事情を知らなければ仮にも学院の総学院長で、直接担当をしている部門の審査員を参加しないなんて考えられないよね。

 

『で、その代わりの審査員だけどさ。実は俺が選んだんだよね』

 

 えっ?

 思わず驚いてしまった。総学院長である彼が審査しない事は知っていたけど、代わりの審査員を選んだのがジャン・ピエール・スタンレーだとは知らなかった。

 だってスタンレーはもう学院とは……ああ、総学院長である彼の狂信を知っているだけにすぐに納得出来た。

 スタンレーに頼まれたら2つ返事で了承しそうだ。

 

『これからその審査員を紹介するんだけどさ。その前に今この場にいる俺以外の3人の審査員って、実は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ドクンっと心臓が強く鼓動したように感じた。

 

『あの時のチームの人数は確か4人、いや5人だったかな? とにかくさ、こうしてせっかく初年度フィリア・クリスマス・コレクション最優秀賞を受賞したチームのメンバーが3人も参加してるのに、その中のリーダーがいないのって寂しいだろう?』

 

 心臓の音が鳴りやまずに早鐘を打つ音が耳に聞こえてくる。

 僕は知っている。ジャン・ピエール・スタンレーがしている説明の話を。そしてそのリーダーが誰だったのかを。

 

「朝陽? どうしたの?」

 

 エストが心配そうに僕に声を掛けて来た。

 従者としてすぐに返事を返さないといけないと頭で分かってる。でも、分かっていても返事を返せない。

 

『だからさ。審査員として参加しないかって誘ってみたら、その相手は了承してくれたんだよね。ああ、一般人とかじゃないよ。ちゃんと服飾業界で活躍してるからさ。了承貰った後にラフォーレにも確認して問題なしって言われたから審査員としては大丈夫。んじゃ、紹介しようか』

 

 スタンレーが手を挙げると同時に壇上がライトに寄って照らされた。

 その人は其処に立っていた。堂々と。誇り高く。

 僕が理想とする立ち姿で、会場にいる人達の前に。

 受け継いだ誇りに思っている僕と同じ銀色の髪を靡かせ、まるで夢を抱く切っ掛けになったあの写真の姿のように。

 その人は自らを輝かせる衣装を身に纏って、壇上に姿を現した。

 

『紹介するぜ。アメリカでブランドをやっている有名デザイナー。『桜小路ルナ』だ』

 

『スタンレー氏のご紹介に預かりました、『桜小路ルナ』です。本日は審査員の1人としてこうして懐かしき母校に訪れました。会場の皆さん。並びに生徒の方々。今日は宜しくお願いします』

 

 何処までも堂々と、怯える事など何一つ無いと言うように強い眼差しをしながら自身の名乗りを上げた。

 それと共に上がったのは歓声と熱狂だった。開催式の真っ最中だと言うのに、会場で誰ともなく上げてしまったのだろう。

 歓声は喝采と成り、万雷の拍手が鳴っている。

 まるで僕が夢を抱く切っ掛けとなったあの写真に写っていたように、衣装を着たお母様が僕の目の前に立ち塞がる大き過ぎる壁のように現れた。




遂にラスボス『桜小路ルナ』の登場です。
因みに最後に歓声と拍手が上がったのは、審査員達全員への評価であってルナ様個人への称賛ではありません。
勿論、起爆剤となってしまったのはルナ様自身ですが。才華の前に大き過ぎる壁として立ち塞がりました。
此処まで来るのは長かったですが、漸く辿り着けました。

次回は朝日のこれまでの集大成が出ます。

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