月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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短めですが、才華sideの更新です。
今回でショーに関しては大体終わりで、後は結果発表となります。

えりのる様、秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


十二月下旬(才華side)22

side才華

 

「……お母様」

 

「おおおおっ、奥さまぁぁぁ!?」

 

 呆然と目を見開きながらアトレが発した声と驚愕の余り声が上擦っている九千代の悲鳴が、すぐ近くの筈なのに何処か遠くに聞こえた。

 

「この人が、さ……アトレさんのお母さん?」

 

 エストの声も何処か遠くから聞こえる。

 でも、言葉の意味は分かる。そう、モニターの中でジャン・ピエール・スタンレーが紹介した女性は、紛れもなく僕とアトレの母親、『桜小路ルナ』だ。

 

「ふぅ~ん、この人がアトレのお母さんなんだ」

 

「とっても綺麗ます」

 

「おいおいマジかよ……モニター越しでも分かるぜ。あの女性の髪は、ハニーに勝るとも劣らない美しい髪だぜ」

 

 ジュニア氏の評価は間違っていない。

 僕自身、お母様の髪は世界で一番美しく綺麗な髪だと思っているから。

 

「あっ! ジュ、ジュニアさんは既にご存知でしょうが、お、お姉様は大蔵家側の親戚で。お母様とは似た容姿の縁から当家で働いていたんです」

 

「なるほど……って事は親父に頼めば会えるかもな。ハニーに腕を捧げた俺だが、一度くらいは是非とも彼女の髪を整えさせて貰いたいもんだ」

 

「わ、私からも聞いてみます」

 

「サンキューベイビー」

 

 アトレとジュニア氏が何かを話し合っている。

 大事な事のような気がする。僕もすぐにアトレの話に合わせないといけないけど……僕はモニターに映るお母様の姿から目を離せなかった。

 

「……朝陽。少し出ましょう」

 

 エストが手を引いてくれた。従者の身ならすぐに返事を返さないといけない。

 でも……口が震えて言葉が出せなかった。それでも優しい主人は何も言わずに、控え室から僕を連れ出してくれた。

 控え室の扉が閉まるまで僕は、モニターに映るお母様を。僕が誇りに思っているあの美しい髪を輝かせる衣装を着たお母様を見ていた。

 

 

 

 

「大丈夫、才華さん?」

 

 エストに連れて来られたのは、僕が衣装に着替えたサロンだった。

 フィリア・クリスマス・コレクションの最中は原則としてサロンの使用を禁じられている。僕は紅葉から許可を貰っているから、使用には問題が無い。

 ……問題が無い? そんな筈がない。

 だって、お母様が……僕が誰よりも尊敬し信仰に近い敬愛を抱いているお母様が今、会場にいる。

 僕の前に立ちはだかる大きな壁として、お母様はお父様が製作されたに違いない衣装を身に纏ってフィリア・クリスマス・コレクションの会場にいる。

 モニター越しにお母様が映し出された時は、まるで子供の頃から憧れていたあの写真。

 学生時代のお母様が、衣装を身に纏って現れたような衝撃を感じてしまった。

 これまで、学生時代から決して表舞台に立たなかったお母様が、幾らジャン・ピエール・スタンレーに誘われたとは言え、懐かしき母校のフィリア・クリスマス・コレクションの舞台に立った理由なんて1つしかない。

 

『お前達の行動で誰かが追い込まれて、取り返しのつかない事態になった時は、親子であろうと関係ない。相応の覚悟はしておけ』

 

 無意識の内に僕はまた甘えていたと自覚させられた。

 お父様が叱ったから、お母様が動くのは八千代と同じように全部が終わった後だと思い込んでいたんだ。

 でも、違った。お母様は僕に思い知らせて来た。

 モニター越しからでも、お母様の無言のメッセージが確かに僕に届いていた。

 

『私とこの衣装を前にしてお前は舞台に立てるのか?』

 

 ……無理だ。お母様が立った後の舞台になんて僕が立てるわけがない。

 あの衣装だってそうだ。お母様が着ていた衣装は、瑞穂さん、ユルシュールさん、湊さんが着ている衣装に大きく勝っている訳じゃない。

 だけど……。

 

 僕にはお母様がとても輝いて見えた。

 

 あの衣装を誰が製作したのかなんて考えるまでもない。お父様だ。

 最高の衣装を製作して誰かを輝かせる事なら……僕も出来る。でも、あの衣装のように一定のレベルの中でお母様を輝かせる衣装のみを製作するなんて……無理だ。

 僕は見せつけられてしまった。お母様が輝く衣装とその技量を。

 

「……少し待っていて。すぐに戻って来るから」

 

 エストがサロンから出て行った。

 幾ら声を掛けても、返事を返さない僕に嫌気が差したのかも知れない。

 顔を上げて引き留めたいと思っても、出来なかった。

 衣装を着たお母様が居る舞台に立つなんて、僕に出来る筈がない。いっそのこと、今からでも誰か服飾の先生にお願いして棄権しよう。

 僕と一緒に参加なんてしたら、瑞穂さん達からも、そしてお母様も厳しい目を向けられてしまう。

 エスト1人で参加した方がきっと、僕と一緒に評価されるに違いない。

 そう思って今着ている衣装に僕は手を掛ける。

 

「………っ」

 

 衣装を脱ごうとして僕の手は止まった。

 気が付いたからだ。この衣装のデザインは確かに僕が描いたものだ。

 でも、衣装を製作してくれたのはエストだ。縫い目、細工、そして刺繍。

 この衣装にはエストの想いが込められている。改めて、一つ一つ箇所を確認しているとそれを実感した。

 この箇所の縫製をしている時は、どんな気持ちでしてくれていたのかな?

 このパーツを縫い合わせる時は、どんな気持ちで縫い合わせてくれたのか?

 刺繍を入れる時は? 着ている衣装を確認する度に、勇気が湧いて来るようだ。

 歩きたいと心から思った。たとえお母様が輝いた舞台だとしても、僕はこの衣装を着てエストとフィリア・クリスマス・コレクションの舞台を歩きたい。

 

「お待たせ」

 

 サロンの扉が開く音とエストの声が聞こえた。

 戻って来るのが早い気もするけど、悩んだり考えたりしている間に、結構時間が経っていたのだろうか?

 それでも今はエストの顔が見たくて、上がらなかった筈の顔が自然と上がった。

 そして見た。僕がエストの為に製作した衣装を着た彼女を。

 

「控え室に居たアトレさん達にも協力して貰って急いで衣装だけ着たの。衣装を広げた時は驚いたよ。こんな綺麗な刺繍を入れてくれていたなんて、思ってもいなかったから」

 

 僕が製作した衣装を着て、エストは嬉しそうに微笑んでくれていた。

 最後の最後。総学院長が確認する事が出来なかった僕がエストに入れた刺繍。

 その刺繍の色は、僕が誇りに思うお母様から受け継いだ髪の色と同じ物だった。

 

「一応確認するけど、貴方のその髪はウィッグとかじゃないよね? ジュニアさんから教えて貰ったの。貴方が自分の髪と同じウィッグを注文したって」

 

「……違うよ。ウィッグの髪の方を使ったのは、衣装の方さ」

 

 椅子から立ち上がってエストと向き合う。

 

「最初はパリで頼んだ糸を使って刺繍を入れるつもりだった。でも、正体が知られた後からずっと、もっと思い出になるような衣装を製作したい。着ただけで君の世界が変わるような衣装を製作したいと思っていたんだ」

 

『着る服一つで世界が変わる』

 

 お父様の言葉を僕は実践し、その衣装を着て貰いたいと願って衣装を製作した。

 フィリア・クリスマス・コレクションが終わって、学院が終業式を迎えればエストと僕は離れ離れになる。

 それはもう決まっている事だ。僕も覚悟している。

 だから、尚更に思い出として残る衣装を。彼女が見ただけで着たくなって、思わず誰かに見せてしまいたくなるような衣装をずっと製作しようと考えていた。

 

「そんな風に思うようになってから、刺繍に使う予定の糸が納得出来なかったんだ」

 

 手間をかけてエストに頼んでパリで注文して貰った糸。

 でも、実物が手元に届いた時、もっと別の何か。衣装を着た彼女に相応しい糸がある筈だと探し続けた。

 中々なピッタリと一致する物は見つけられなかった。当然だ。

 僕が求める基準に達する糸なんて、早々に見つけられる筈が無かった。

 

「そんな時に八日堂朔莉が、ジュニア氏が僕の髪を参考にしてウィッグを作ったって話を聞いた。実物も見せて貰って、すぐに彼にウィッグを注文したよ」

 

 本来の用途とは違う使い方をするかもしれないと彼には言ったけど、笑って許してくれた。

 そして送られて来たウィッグは、僕が望む最高の物だった。万が一の時は、そのウィッグを被って参加する事も視野に入れていたけど、充分に僕が求めている基準に達していた。後は一本一本刺繍として衣装に縫い付けた。

 エストが喜んでくれることを願いながら。

 

「ずるい……こ、こんな素敵な事をしてくれていたなんて……嬉しくて……涙が止まらない……落ち着くまで結構かかりそう。これから一緒に……ショーに出るのに、どうしてくれるの?」

 

 嬉し涙を流すエストに僕は手を差し出した。

 さっきまで落ち込んでいた自分が馬鹿らしい。何を落ち込む事があったんだ。

 お母様にお父様と言う最高のパートナーがいるように、僕もいるじゃないか。

 エスト・ギャラッハ・アーノッツ。僕の最高のパートナーで、誇り高き主人が。

 

「一緒にショーに出てくれますか、お嬢様?」

 

「喜んで、私の恋人で、最高の従者」

 

 差し出した僕の手をエストは握ってくれた。

 ありがとう、エスト。一緒に最高のショーにしよう。

 

 

 

 

 大きな歓声が上がるのが聞こえた。

 

「順番的にアトレさんだよね」

 

 僕は頷いた。

 歓声と万雷の拍手が上がるのは当然だ。僕らは、一足早く控え室でジャスティーヌ嬢が今日の為に製作した衣装に着替えたアトレを見ている。

 衣装を着て着飾ったアトレは、兄としての贔屓目じゃなくてとても綺麗だった。

 その衣装を製作したジャスティーヌ嬢の努力がどれほどだったのかは、衣装の完成度を見れば分かった。

 ジャスティーヌ嬢の型紙の成績は知っている。余り成績は良くない。

 それでもカトリーヌさんが口を出せるギリギリの範囲まで全面的に協力し、アトレは最高の衣装を着て僕よりも一足早く憧れのフィリア・クリスマス・コレクションの舞台を歩いた。

 きっと今頃はお母様とお父様も驚いているだろう。

 僕が参加する事は知っていても、まさかアトレまでモデルとして参加するとは思っても居なかった筈だから。

 舞台袖で順番が来るまで待機していないといけないから、その様子を見れないのが残念だ。

 

「パル子さんの時にも歓声が上がったようですね」

 

 他にも二、三年生の先輩方の時にも歓声は上がっていた。

 今年の服飾部門のフィリア・クリスマス・コレクションは、大盛り上がりだ。

 これから僕らもその盛り上がりに参加する。きっと観客達は驚くはずだ。

 

「だけど、ちょっと残念。小倉さんの衣装が見れなかったから」

 

「その件に関しては、本当に申し訳ありません」

 

 うん、この件に関しては謝罪するしかない。

 ずっと気になっていた小倉さんの衣装とそのモデル。僕らが一度控え室に出た後にモニターに映ったらしく、控え室に残っていた誰もが素晴らしかったと評価していた。

 小倉さんの事が好きなアトレなんて大騒ぎしたらしく、ジャスティーヌ嬢はやっぱり一緒に組めなかった事を悔しがったそうだ。

 そして僕らはと言えば、残念ながら控え室に戻った時にはもう前半のグループがショーを行なっていたので見れなかった。

 せめてモデルが誰だったのかぐらいはと思ったけど、聞いたら聞いたで気になって仕方がなくなりそうだったので一先ず諦めた。

 ただアトレ曰く、『モデルの方を見れば、お姉様はきっと目を見開かんばかりに驚かれますよ』だそうなので、どうやらモデルは僕が知っている人だという事までは分かった。後で動画で絶対に確認しよう。

 

「ねえ、朝陽」

 

「何でしょうか、お嬢様?」

 

「昨日の夜にランウェイを歩く時の事を覚えてる?」

 

「はい、勿論です」

 

 彼女の故郷であるアイルランドの草原。彼女が好きだと言っていた白詰草一杯の草原。

 それをイメージしながら舞台を歩くと、エストは言っていた。

 

「一緒に歩いてくれる?」

 

 頷いた。僕はエストが言うアイルランドの草原を知らない。

 でも、彼女に手を引かれればきっと歩ける。いや、草原じゃなくても良いんだ。

 彼女と共に歩めれば、それだけで僕は胸一杯の幸せを抱いて歩ける。

 今、ショーを審査しているお母様や会場にいる筈のお父様に知らせよう。

 僕にも大切なパートナーが出来た事を。まだまだ僕らは未熟で、大好きで尊敬している貴方達には遠く及ばないかも知れません。

 それでも僕らは互いに誇れる、そして着れるのが嬉しくてしかたがない衣装を製作しました。

 この衣装ならばどんな結果が出されても、僕には悔いはありません。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 僕らの順番が来た。

 デザインを自分で描いてお互いで製作した衣装を身に纏い、僕らは憧れの舞台を笑顔で歩いた。

 いつかこの道を歩き、今日再び舞台に立ったお母様に負けないぐらいに。

 僕らは衣装を軽やかに翻して、2人で歩いて行く。

 不思議と歩いていたら、周りが草原のように思えて来た。恋人であり、主人であるエストと華やかで煌びやかな衣装を身に纏って歩くのは楽しくて仕方がなかった。

 会場中の視線が僕らに集まっている。大きな歓声と拍手が鳴り響くのが聞こえる。

 そんな中、僕とエストはランウェイを歩く。もう昔のように怯える事なんてない。

 だって、僕の隣にはエストが居てくれるんだから。

 そして僕らは最後まで誇り高く、そして楽しくランウェイを歩き終えた。

 こうして僕らのフィリア・クリスマス・コレクション服飾部門のショーは、万雷の拍手と歓声を浴びながら終わった。




因みにエストが一緒に参加するから立ち上がれましたが、1人で全部才華がやっていたら此処で終わりました。

次回は遂に結果発表。
才華とエストがどうなるのか。そして朝日の評価は?となります
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