月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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くららん様、kcal様、エーテルはりねずみ様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!


一月中旬(才華side)9

side才華

 

「ぅ、寒。こんにちは、才華さんはいますか」

 

「あら、ルミネお嬢様? いらっしゃいませ、いまお出迎えします」

 

「お邪魔します。と、それよりも先に八十島さんにはあけましておめでとうございます」

 

「はい、本年も当家と……それに若と良いお付き合いをお願いします。お嬢様が本日お越しになったのはもしや?」

 

「えぇ、『晩餐会』の時に伝えられなかった才華さんの雇用主の話です」

 

「やはり、そうでしたか。その連絡が届くのを若はずっと待っていました。さ、玄関は寒いですから中にお入りください」

 

「ええ、今日は一段と。雪が降りそうなほど寒いですね」

 

「その寒さの中、歩いて来たのですか? お車ではないようですが」

 

「運転手の何気ない一言で、頻繁に桜屋敷へ通っているのが、お父様に伝わる事もあるかなと思ったんです。才華さんやアトレさんと仲良くすること自体には何も言わないでしょうけど、あんまり多過ぎると何を言われるかわかりませんからね。私も一応受験生ですし」

 

「若やお嬢様の事を気遣ってくださったのですね。それといまご自分でおっしゃられたように、ルミネお嬢様も受験を控えているのに。こうして何度も若の為に当家に訪れてくれて……」

 

「協力するって約束しちゃいましたからね。中途半端は嫌なんです。あ、それで才華さんは?」

 

「若ならもう少し時間がかかると思うので、お嬢様は応接室でお待ちを……」

 

「ルミねえ! おはよう! 来てくれるのを待っていたよ!!」

 

「……」

 

 食堂から姿を見せた僕を、ルミねえは怪訝そうな顔で僕の全身を数十秒見つめた。

 仕方がないかも知れない。何せ今の僕は女物の服を着ている。つまり、女装している。

 ルミねえの前で女性の恰好を見せたのは、今回が初めてだ。でも、そんなに違和感はない筈だ。

 

「『晩餐会』からずっと何時ルミねえが来てくれるのかと思うと、待ちきれなかったよ」

 

「私は今、そんな恰好で平然としている才華さんに驚いている」

 

「聞いてルミねえ。伯父様から連絡があって、一か月ぐらいは仕事で忙しくて連絡も取れないんだって。総裁殿が『晩餐会』の件でお怒りになって、一か月の長期休暇に入ったらしいんだよ。しかも行先はパリ。良いな。僕も芸術の都と呼ばれるパリに行ってみたいよ」

 

「最大のツッコミどころを無視したまま話を進められて困惑している。どうして女性の服? 趣味? え?」

 

「これ? ルミねえから雇用主の話を聞いたから、何時でも面接を受けられるように特訓。女性の生活に慣れておこうと思ったんだ」

 

 ルミねえが漸く雇用主候補を見つけて来てくれたんだ。

 面接に失敗しない為にも、女装の腕を磨く為に『晩餐会』が終わってからは殆ど女装で過ごしている。

 

「若、このプリンはもう少しカラメルが苦いと味が上品に……あ、ルミネお嬢様。ようこそ、いらっしゃいませ」

 

 僕と一緒にキッチンでプリン作りをやっていた九千代が、ルミねえに挨拶をした。

 九千代はもう慣れたのか、僕の女装姿に何も言う事は無かった。

 

「お邪魔してます。そして、山吹さんもこの格好の才華さんに普通に対応していて驚きます」

 

「いいえ、この山吹、お屋敷の中ではお止め下さいと、何度も申しています」

 

「でも九千代は流されやすいから、今ではすっかり馴染んでくれたよ」

 

「馴染んだって事は、少なくとも二回以上はしているって事かな」

 

「『晩餐会』が終わってから、毎日だよ」

 

「……」

 

 絶句するルミねえの顔を、僕は楽し気に見つめた。

 ゆっくりとルミねえは額に手をやって頭が痛そうに押さえる。

 

「……せめて会う前に警告して欲しかった」

 

「変かな?」

 

「それがね、変じゃない。なんだか自然に受け入れていて、それどころか、綺麗な女の子だなって感心している自分に少し戸惑いを覚えてる。自己判決、一晩反省」

 

「それは今後の生活を始めるにあたって、実に心強い反応だよ。ありがとう、ルミねえ。良かったらこのプリン食べる?」

 

「頂きます。あ、美味しい」

 

 僕が作ったプリンは、ルミねえの舌に良くあったみたいだ。

 真顔でルミねえはプリンを試食していた。

 

 

 

 

「さっきのプリン、もう無いの?」

 

 どうやら先ほどの僕のプリンがお気に召したらしい。

 コートを脱いで、応接室にある椅子に座るなり尋ねられた。

 

「ルミねえが自分からお菓子を求めるなんて珍しいね」

 

「親戚なら良いかなと思って。さっきのプリン美味しかった」

 

「ありがとう、お菓子作りには自信があるんだ。アトレの作ったものほどじゃないけどね。この子のお菓子を作る技術は、今すぐプロの世界に入っても通用するんじゃないかって思ってる」

 

 ルミねえと対面するように座っていたアトレを僕は称賛した。

 アトレは僕の言葉に嬉しそうに微笑む。

 

「お兄様のお役に立てるのであれば、いつでも御作りいたします」

 

「ふうん」

 

 ルミねえがそわそわしている。

 お菓子に惹かれるのは、年頃の女の子らしいと思うよ。

 

「じゃあ、さっきお菓子を作っていたのはアトレさんの受験勉強の手伝い? 確かアトレさんは、フィリア学院のパティシエ科を受験するって聞いたけど?」

 

「違うよ、これは僕の受験勉強。メイドとして雇って貰わないと、学院へ通う事すら出来ないからね。何よりも『小倉朝陽』の名前に恥じない働きが出来るようにならないとね。だから、デザインの時間を4時間減らして、壱与と九千代に見て貰いながら、午前中は家事の勉強をしている。今日は、たまたまそれがお菓子作りだったんだ」

 

「4時間も減らしたの!?」

 

 ルミねえは僕の報告に驚いた。

 そう、僕はデザインする時間をかなり減らしている。『晩餐会』前は家事に当てていた時間は、3時間だったけど、お母様の話を聞いた今では、更に1時間家事の勉強時間を増やした。

 デザインの時間を減らす事に関しては悩んだ。だけど、『小倉朝陽』の名を名乗るなら、妥協する事は許されないと思った。

 その分、屋敷の中で女装をする事で僕自身の感性を研ぎ澄ませる事にした。結果、隠していた時よりもデザインするのが楽しくなった。

 そんな僕の事情を知らないルミねえは、心配そうにしながら詰め寄って来た。

 

「……家事はしなくて良い事になってるよね?」

 

「それでも使用人として一日過ごす知識と、最低限の経験は身に付けておかないと、雇って貰えないかも知れない。選択肢なんてないに等しいからね」

 

「手を見せて」

 

 ルミねえは僕の手を取り、裏、表の肌を注意深く確かめた。

 無理やり捻られてちょっと痛いが、ルミねえが本当に僕を心配してくれている気持ちが伝わって来て嬉しい。

 でも、二、三か月かそこらで、肌は目に見えて荒れないと思う。

 

「何度も言っているけど、他の人よりも肌が弱いんだから、身体は大切にしてね。過剰に反応する私は面倒な人間かも知れないけれど、何かあってからじゃ遅いから」

 

「ありがとう、ルミねえを面倒だと思った事なんて一度も無いよ」

 

 だけど少しは照れるから、そんなに強く手を握らないで欲しい。

 真剣に心配してくれている、ルミねえには言えないけれど。

 

「若は何を任せても、私から教える事がないほど丁寧、また上手に家事をこなすので、驚きました」

 

「アメリカにいた頃は目にした事は積極的に学びたがるので、私と旦那様で、手取り足取りお教えいたしました。それも優秀にこなすので、若は家事全般からあらゆる教養までを高いレベルで身に付けています」

 

「そうなの? もしかして、アメリカでは自分で全部やっていたの?」

 

「使用人を雇っている以上、其処まではしないよ。だけど、お父様は何事も全部自分で出来る人だったから、僕も男として、いざと言う時は自分でできるようになりたかっただけだよ」

 

 真実を言えばお父様への対抗心。

 あの人が身に付けている事は、自分でも出来るようになりたかった。

 

「それに九千代は褒めてくれるけれど、お父様と比べれば、文字通りお子様程度にしか何事も出来ないけどね」

 

「倍の年齢差があるのですからしかたありません。それに若とお父様を比べる必要はありません。あの方もまた、特別な環境下で育った人ですから」

 

 ありがとう壱与。でも、理解できても、抱えた劣等感が納得してくれないんだ。

 何よりも今は、もう一人比較対象が出来てしまっている。

 

「それに……正直小倉さんにも僕は負けているしね」

 

「えっ? 小倉さん?」

 

「うん。この二、三か月で分かったんだけど、小倉さんはメイドとして一流だよ。最初はあの人の代わりをやってみせるなんて思っていたんだけど。小倉さんのスペックはお父様並み。九千代もそう思っただろう?」

 

「はい。同じメイドとして悔しいですけど、私も小倉さんには勝てないと思いました」

 

「あの方はあの方で事情があります。特にこの屋敷に来てからの働きぶりは、『小倉先輩』以上でしたので比較対象には入れない方がよろしいと思います」

 

「ふうん……まぁ、小倉さんは子供の頃から使用人の教育だけは受けていたみたいだし、仕方が無いかも。そう言えば……その小倉さんを才華さんとアトレさんのお母様とお父様が探しに行ったんだよね? その後はどうなったの?」

 

 ……出来るだけ考えないようにしていた事を思い出してしまった僕は、顔を下に俯けてしまう。

 

「って、どうしたの?」

 

「お母様から連絡があったんですけど、後一歩のところでイギリス国外に逃げられてしまって捕まえられなかったそうです」

 

「あ、逃げられちゃったんだ」

 

「……今度は行先も本当に分からないみたい」

 

 お母様とお父様なら小倉さんを捕まえられると思っていたけど、相手の背後には伯父様がいた。

 どうやら『晩餐会』が終わった翌日には、別の国に移動する手筈が整っていたらしく、小倉さんを発見出来たものの逃げられてしまったらしい。

 もしかしたら会えるかも知れないと思っていただけに、報告を聞いた時はショックだった。

 後、壱与が電話でお母様に叱られたみたいだけど、詳しい事は聞けなかった。

 

「……壱与」

 

「若。すみませんが、小倉さんに関して私が語れる事はありません。これは私自身の意思でもありますが、奥様からも言いつけられてしまいましたので」

 

 縋るような眼で見ても、壱与はやっぱり小倉さんに関しては何も教えてくれない。

 しかも今度はお母様からの口止めまである。

 ……本当にあの人は何者なのだろう?

 お父様に匹敵するスペックに、大蔵家の血を引いている。

 癖のある大蔵家の方々が、写真に写る姿を見ただけで養子入りに納得。

 僕が苦手としている総裁殿の豹変。そしてお母様も小倉さんの存在を知ったら豹変した。

 しかも養子に取ったのは、僕の大好きな伯父様。

 小倉さんの正体がどうしても気になる。

 その為の近道は、やはり伯父様が提示したフィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を取るしかない。

 

「小倉さんの正体を知る為にも、もっと頑張らないと!」

 

「意気込むのは分かるけど、家事の練習をするのにまで、女性の恰好をする必要はないと思うよ。と言うよりも、まともな感性の女性だったら、今の才華さんを見て引くと思うな」

 

「泣いてましたもんね、小倉さん。アレって、思えば自分が仕えるかも知れない主が、女装で過ごす事に泣いていたのかも知れませんね」

 

 ……ルミねえと九千代が酷い。

 

「い、違和感なく暮らす為の練習は必要だよ。その為に最近は来客の予定が無い日は、女性として過ごすように心がけている」

 

「私も女装している間はお姉様と呼ぶようにしています。何だか少し物足りなくて、もどかしい気持ちなのですが、お化粧すればより美しく……」

 

「わあ」

 

「私も若ではなく、お嬢様と呼んでいます」

 

「うわあ……小倉さん。帰って来てくれないかな」

 

 ルミねえのアトレと九千代を見る視線が、人外を見るような視線になっている気がする。

 と言うよりも九千代。完全に流されているよ。

 

「全く違和感が生まれず、いよいよ桜屋敷は平和です」

 

「これで平和? ……私が可笑しいの?」

 

 遂にルミねえが思い悩んで考え込み出した。

 此処で更に追撃を、僕が加えよう。

 

「だけど身内だけじゃ正しい反応が見えてこないから、そろそろ外出を試みる段階だと思ってる」

 

「才華さんが女の子の恰好で外を歩く……聞いているこっちがドキドキして来た」

 

「うん。ちょうど話にも出たし、日が落ちたら買い物に出かけよう」

 

「え、えぇぇ、本当に? 怖くないの?」

 

「流石に少しだけ緊張する」

 

 アメリカで女装する時は部屋に籠って一人っきりでやっていた。

 日本に来てからは屋敷内にステップアップしたけど。多くの人に見られるのは初めてだ。

 僕はスリルで快感を覚えるタイプではない。でも、フィリア学院に通う事が出来れば多くの女性に見られる事になるのだから、今の内に慣れておかなければならない。

 土壇場になって失敗を犯す訳には行かないんだから。

 

「若、お待ち下さい。お一人で出かけるのは、万が一の事を考えた場合危険かと。私が同行したいのですが、今晩はアトレお嬢様と、全日本ショコラティエ選手権を見学する予定です。出かけるのならば明日にされてはいかがでしょうか?」

 

「明日なら私もご一緒出来ます」

 

 九千代とアトレが心強い事を言ってくれた。

 この二人と一緒ならば心強い。明日二人にはお願いするとしよう。

 でも、今日は今日で同行者になってくれそうな人がいる。

 

「ルミねえは?」

 

「えっ? 私?」

 

「受験の準備で忙しい中で申し訳ないけど、もし時間があるなら買い物に付き合って貰いたい」

 

「今晩……予定はないかな。ただ、ピアノの練習を最低8時間義務付けているから、この屋敷のピアノを貸して貰えるなら」

 

「ルミねえが一緒だったら心強い。夜までピアノの練習をするなら、食堂のものを使って」

 

「朝に3時間は弾いて来たし、これから夕方まで5時間は取れそう。遅くならなければ、帰ってからも弾ける。うん、才華さんの事は心配だし、別に良いかな」

 

「やった! 実はルミねえと二人でデートしたい気持ちもあったんだ!」

 

「それなら男の恰好で出掛ける時に誘おうよ」

 

 ルミねえは少し呆れた口調ではあるけれど、軽く口元を微笑ませながら、僕の誘いに応じてくれた。

 ……これで後の予定も決まった。そろそろ例の件に移るべきだ。

 

「それで……ルミねえ。『晩餐会』で言っていた僕の雇用主候補って?」

 

 背水の陣で挑むべきだ。

 家事を任せずに、服飾のみのサポートで、更に僕の外見を認めてくれるお金持ちの服飾生なんて、厳しい条件なんだ。

 この面接に失敗は許されない。

 

「うん。アイルランドの貴族、アーノッツ子爵の四女エストさん」

 

 ……背水の陣は一瞬で大失敗に終わった。

 そんな僕の心情を知らないルミねえは話を続ける。

 

「聞き覚えのない家の名前だから調べてみたけれど、子爵だけあってそれなりに長く続いている家で、桜小路家と比べても歴史の面では劣ってなさそう。九千代さんも納得してくれると思う」

 

 ……うん。確かに家柄の問題はないね。

 九千代を説得する時の条件に、桜小路家の家柄に劣らない事が条件の一つだったから。

 

「没落しかけた時期もあるみたいだけど、ここ数代で傾いていた台所事情を建て直して、今では貴族なりの裕福な暮らしをしているみたい。データを表面上で見る限り、こっちの用意した部屋に娘を住まわせるくらいできそう……って、どうしたの?」

 

 暗い顔をしている僕らに、漸くルミねえは気がついた。

 何故僕らは暗くなったのか。その説明をアトレがする。

 

「せっかく候補を見つけて頂いたのに申し訳ないのですが、アーノッツ家のエスト嬢はお兄様の知り合いです」

 

「えっ?」

 

「昨年、お兄様はアメリカのファッション誌で最優秀賞を取りましたが、その雑誌の賞で準優秀賞を取ったのがエスト嬢なんです。その前の年に、お兄様は別の賞で準優秀賞に選ばれた事がありましたが、その賞で最優秀賞に選ばれたのはエスト嬢です」

 

 次から次へと知らされる事実に、ルミねえがぽかんと口を開けた。

 お嬢様育ちのルミねえが、こんな顔をするのはレアだが喜べる訳が無い。

 

「アメリカでは同時期に生まれた若き二人の天才と表されていますが、お兄様とエスト嬢は実力を認めあいつつ、お互いに悔しい思いをさせられた間柄です。犬猿の仲と称しても過言ではありません」

 

「本当なの?」

 

「犬猿の仲じゃなくて竜虎相打つ間柄と言って欲しい。どちらが竜かって尋ねられたら、僕だとは思うけどね」

 

「本当だ。才華さんがムキになっている」

 

「ムキムキさでは若にだって負けないわよ! 筋骨隆々、ドン!」

 

 暗い雰囲気を吹き飛ばすつもりなのか、壱与がダジャレを飛ばしてくれた。

 僕は思わず笑ってしまう。壱与のダジャレは、僕と笑いのセンスが合うので大好きだ。

 ……だけど、実際のところ、エストとは仲が悪い訳では無く、なれ合いをしたくないだけだ。

 僕も、恐らく向こうも互いのデザインの才能を認めている。でも、僕も彼女もプライドが高い。同世代では一番だと思っている。だから常にお互いにファイティングポーズを構えてしまう。

 

「デザインに関して意欲的で、実績もあるって話だったから期待していたけど……もう繋がりがあったんだ、それじゃ駄目ね」

 

「それと実家について、良くない噂を耳にしました。どの家にも多かれ少なかれ苦難の時期はあるので、他家の在り方に非難するつもりはないのですが、現代のアーノッツ子爵が裕福なのは裏社会との繋がりに依るところが大きいです」

 

「裏社会……私の主義に真っ向から反する人達だ」

 

 裏社会と言うのは、言葉だけで胡散臭い気がするけど、実際に存在しているしなあ。

 

「アーノッツ家は表向き健全な貴族を振る舞っていますが、その実ロンドンを始め、ヨーロッパ各地のマフィアと癒着しています。正確に言えば癒着と言うよりも一員に近いですね」

 

「若! この家は駄目です!! 若の計画だと、フィリア・クリスマス・コレクション後にはエスト嬢に真実を話さなければいけません! もしもエスト嬢が若の行いに怒りを抱いたら、腕を折られるだけじゃ済まないかも知れません!」

 

 九千代の言う通りだ。

 相手は裏社会と繋がっている家の娘。僕の行いは明確な犯罪行為に分類される。

 真実を知った時に怒りを抱けば、容赦はしないだろう。

 ……だけど、これ以上待っていて面接相手が見つかるかどうかも微妙だ。既に二か月近くも、ルミねえとアトレが候補を探していてくれたのに、漸く見つかったのはエスト嬢のみ。

 なら危険はかなり大きいけれど、面接だけでも受けてみる価値はある。

 

「元々騙している側はこっちだ。その覚悟は出来ていたよ」

 

「若!?」

 

「九千代の心配は尤もだけど、これ以上時間を掛けても面接相手が見つかる可能性は低いよ。奇跡が起きて、付き人が誰もついていないご令嬢が、いきなりフィリア学院の特別編成クラスに入学するなんて事態でもない限り」

 

「それはないね。特別編成クラスにも募集期間はあるし」

 

「ルミねえの言う通り、特別編成クラスの募集期間はもう過ぎてる。大体の相手には当たってくれただろうし、その中で可能性があったのは唯一エスト嬢だけ。なら、彼女に賭けてみるしかない」

 

 竜虎相打つ間柄だけど、彼女しか可能性が無いなら受け入れるしかない。

 

「問題は、『小倉朝陽』が桜小路才華だと彼女が気付くか気づかないか。アトレの言う通り、僕達はお互いを意識していて、僕は彼女の作品が雑誌に載ればチェックをしていた。向こうも多分していると思う。メールでのやり取りも何度かした。だけど、僕は彼女の顔を知らない。向こうも僕の顔を知らない。それなら僕の顔を見て何か反応が無いか、面接の時点で確かめた方が良いよ」

 

 エスト嬢がフィリア学院に通うのならば、僕は上手く入学出来れば学院内で会ってしまう。

 なら、面接の時点で僕の正体がバレないかどうかだけでも確認しておいた方が良い。

 

「若。やっぱりもう止めましょう。このまま危ない橋を進んだら、本当に若の身が危険です」

 

「じゃあ何度も叩いて橋を渡ろう。そう、顔よりも寧ろ僕の描いたデザイン画の方が、桜小路才華だと言う証拠になると思う。彼女とはデザインの駄目出ししあったからね。僕のデザイン画を見れば、きっとすぐに見破られる」

 

「私が作るお菓子も、自分ではお父様の味に近づけたつもりでも、お兄様やお母様の舌に掛かれば利き分けられてしまいますもんね」

 

「私がピアノの練習をしている時も、総裁殿や衣遠さんが聴くと、誰が弾いているのか分かるみたい」

 

「その道に親しんでいる人、それも何度も目にしていると、ちょっと誤魔化した程度では見破られてしまいますもんね……デザインとなれば尚更に。若のデザインは若だけのものですし」

 

 意見を変える気が無いと悟った九千代は諦めた。

 それで即座に考えを切り替える速さには感謝したい。

 

「だから『小倉朝陽』は、アメリカで桜小路才華のゴーストだった事にしようと思う」

 

「えっ?」

 

「彼女が入学する時点で、どの道何処かで僕のデザインを見られるのは間違いない。なら、早い内に彼女に『小倉朝陽』の存在を知らせて納得して貰った方が良い。学院生活を安心して暮らせるようにする為にもね」

 

「待って下さい、お兄様。それではお兄様の名誉に傷がつきます」

 

「名誉の傷なんてこの際しょうがないよ。面接に受かれば、結局のところフィリア・クリスマス・コレクション後に全部彼女に話すんだから。まぁ、印象を良くする為に面接の時には、この姿では表に出られない『小倉朝陽』の作品を世に出そうとしてくれた美談として話すよ。その上で『小倉朝陽』の意思として頼めば、世間には公表しないでくれると思う」

 

「はい。疑問。その流れで進んだとしても、どうしていきなり桜小路才華から離れて急に行動したのかって、質問が来ないかな?」

 

「ルミねえの言う通り、来るかも知れないね。その時は、どうしても知りたい相手の人がいて、その人の事を知る為にフィリア学院に入学したいって言うよ」

 

 嘘ではない。

 僕にとってフィリア・クリスマス・コレクションに参加するのは絶対の目標。

 だけど、同時に今は小倉さんの事を知る唯一の手段でもある。

 

「どちらにしても、デザイナーとしてエスト・ギャラッハ・アーノッツが認める。桜小路才華の評価は二度と修復できないものになるだろうね。それでも僕は入学してショーの舞台に立ちたい」

 

「評価だけで済めばいいけど」

 

 ルミねえの言う通りだ。

 入学出来てフィリア・クリスマス・コレクション後には、エスト嬢に全てを話す。

 その時に何が起きるのか僕には分からない。彼女と信頼関係を結べなければ、僕のデザイナーとしての人生は終わってしまうだろう。

 失敗すれば、人生までも。

 

「自分が認めるライバルに軽蔑されても良いの?」

 

「やめて、言わないで。とにかくルミねえ。面接のセッティングをお願い」

 

「才華さんが苦しんでる。軽蔑されるけど? 辛くない?」

 

「お願いですプリンを作るから、面接のセッティングをして下さい」

 

「うん、ごめん。少し生意気ぎみに育ったから意地悪言った。分かった。面接の連絡はしておくよ」

 

 プリン一つで許してくれるなんてルミねえは簡た……。

 

「やった! 好きな時にプリンを食べられる権利を得た!」

 

「えっ? 回数の上限なし?」

 

 どうやらルミねえは、思ったよりも強かな人に育ったらしい。

 先の苦労を考えて僕は落ち込み、ルミねえは上機嫌になった。

 

「そう言えば、ルミねえ様?」

 

「何? アトレさん」

 

「ご両親にエスト嬢の件は知られていないのですか?」

 

「う~ん。多分大丈夫だと思う。彼女の事を調べたのは『晩餐会』前だったから。今まで何も言って来ない所からみて、気づいていないよ」

 

「それは良かったよ」

 

 もしもひい祖父様に、ルミねえが裏社会と関わりがある家の娘と会う約束などしている事がバレたら大変な事になっていた。

 正直、『晩餐会』で僕はひい祖父様の恐ろしさを知ってから、あの人を頼るのは止めようと思っていた。

 本気であの人は衣遠伯父様を潰すつもりだったに違いない。その相手と真っ向から戦って勝った伯父様には、更なる尊敬を抱いたけど。

 

「それじゃ才華さん。食堂のピアノを借りるから」

 

「うん。僕は家事の練習の続きをやって、時間が来るまでデザインを描いているよ」

 

 ルミねえとのデートが楽しみだな。

 ……僕は女装しているけど。




予定では後一、二話で一月は終わりです。
因みに前話で書いた通り、ルミネの行動は両親にバレています。
ただ、余り構い過ぎると娘に嫌われるかも知れないので自重しているだけです。
巡り巡ってそれが朝日を呼ぶ事になるとは夢にも思ってないでしょうけど。
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