月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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一月編はこれにて終了です。
才華とエストの出会いは二月から。でも、その前に遊星sideをやります。

エーテルはりねずみ様、Layer様、三角関数様、烏瑠様、めさじぇ様、誤字報告ありがとうございました!


一月中旬(才華side)10(終)

side才華

 

 時刻は夜になり、僕とルミねえは夜のデートに出た。女装してだけど。

 尤も僕の着ている服装は予定通り女装。ただ、一つミスをしてしまった。

 ずっと屋敷の中でしか女装していなかったので、厚着の女装の用意をしていなかった。

 おかげでこの寒空の下の中、僕がコートの下に着ているのは、薄着。寒くて仕方が無い。

 

「……少し寒いですね」

 

「そんなに寒いんだったら、この辺りで終わりにしない?」

 

 僕の横を歩いているルミねえが心配そうに声を掛けてくれた。

 

「いえ、まだ始めたばかりですから止めるわけにはいきません」

 

「う~ん。慣れって本当に怖い。才……朝陽さんの話し方が完全に女の子なのに、違和感がないんだもの」

 

 屋敷から出てから、僕は出来るだけ女性を意識して口調を変えている。

 昔から声は高いと言われて来た。お父様も男性なのに声が高い方なので、きっと遺伝したに違いない。

 だけど、初対面の人が違和感を覚えるなら駄目だ。それを確かめる為にも、人が多い場所に行きたい。

 ルミねえと相談して向かう場所は渋谷と決め、明るい場所へと出て人混みの中に紛れ込む。

 

「今のところあからさまな反応はないね」

 

「視線は感じますけど、皆、私の髪ばかり見ている気がします」

 

 この髪を感嘆で見られるのは、大変気分が良い!

 世界で一番美しいお母様から譲り受けた僕の髪だから。

 蔑みや侮蔑で見られるどころか、ほう、と感心した息遣いまで聞こえて来るのは、僕の気分を良くしてくれる。

 思わず、周りのスペースが広がっている場所で、僕は手を髪に差し込み広げた。

 

「全然普通に歩けるね」

 

 交番の前も通り過ぎたが、何かを言われる事はなかった。

 確かに歩いている分には問題はないようだ。

 だけど。

 

「まだ声を出して、人と話していません」

 

 重要なのは男性と気がつかれずに、女性と思われて過ごせるかどうかだ。

 その為にも会話出来るかどうかは確かめなければならない。

 僕は周囲を見回して、遠慮のなさそうな相手がいないか確かめる。

 ……いた。道端に座り込んで、ガハハと笑っているギャルっぽい女の子の集団が。彼女達なら、僕が男だと分かってもネタだと思ってくれそうで、確認するには打って付けだ。

 

「行って来ます」

 

「えっ? 行って来るって? あの子達と話すって事? ま、待って!」

 

「やる気マンゴスチンです」

 

 緊張を解きほぐすつもりで、たまにお父様が言っている言葉が出た。

 何せこれからの会話が、『小倉朝陽』としての第一声になる。

 ……落ち着いて。気品を忘れず。凛々しい女性に僕はなる!

 アメリカにいるお父様、お母様。たとえ女装をしていても、僕は二人の子供である誇りを忘れません!

 

「こんにちは、お話し中にすいません。少々道をお尋ねしてもよろしいですか?」

 

「うわー。なにコレ? なんかスッゲ美人に話しかけられちった」

 

「目ぇ浄められ過ぎて視力回復したんすけど。え、あのどこウッド女優の人すか?」

 

 僕に向けられた視線は侮蔑だとは遠いものだった。

 寧ろ憧れにも似た視線が向けられている。僕はあの美しい両親の子供だから当然なのだけれど、こうして褒められるのは大変気分が良い!

 当たり障りなく会話を続けて、取り敢えずレディースショップの場所を彼女達から聞く。

 愛嬌がある顔の女性が教えてくれて、僕は彼女達から離れてルミねえの下に戻って行く。

 

「うわ、あっちも美人!」

 

「こんな美人を二人も見られる日が来るなんて!」

 

 背後からルミねえも称賛してくれる声が聞こえて来る。

 その声に更に気分が良くなり、思わず彼女達に合ったデザインが頭の中に浮かんで来てしまう。

 今まで僕の引き出しになかったデザインまで浮かんで来て、この創造の機会を与えてくれた彼女達に感謝した。

 

「勇気あるね。私、一人で彼女達に話しかけるのはちょっと怖い」

 

「もちろん正体を見破られる怖さはありました。ですが私は外へ出て、人と会話する機会そのものが少なかったので、興味の方が強いのです」

 

 アメリカの学校での同級生達との会話とは、また違う刺激を感じられた。

 おかげで新しいデザインの発想が浮かんで来た。

 世界の全ての物事は、新しい創造に繋がると心から感じた。

 

「先ほどの表情を浮かべていた彼女に似合う衣装は、今この瞬間に会話する事でしか出会えませんでした。ですから私は世界中の人が好きですし、世界中の誰からも愛されたいと思います」

 

「そんな大げさな話じゃなくて、相手を怒らせたらどうするのって話」

 

「怒った時の彼女に似合う服のデザインを創造します」

 

「ふぅ~ん……じゃあ、才華さんを叱った時の小倉さんに合う服のデザインも創造できるんだ」

 

 グサッと僕の胸に鋭く尖った刃が突き刺さった。

 ……そ、それだけは想像も出来ない。寧ろ忘れたくて仕方が無い出来事だ。

 あの件だけは正直謝っても許して貰えるかどうか分からない。許されなかったらどうしようと悩んでしまっている。

 

「……も、申し訳ありません。少々迂闊でした」

 

「分かれば宜しい。うん。今度から朝陽さんが勝手な事をしたら、小倉さんの件を持ち出そうかな」

 

 満足そうにルミねえが頷いている。

 ……どうかそれだけは許して下さい。

 罪悪感で胸が苦しくなりそうです。

 

「世の中には言葉が通じない人もいるんだから、気を付ける事」

 

「はい……あ、ところでさっきの人達、性別については何も聞かれませんでした」

 

「あれ……本当だ」

 

 明るい街灯の下で、正面から顔を突き合わせて会話したのに、僕の性別には触れられる事はなかった。

 まだ、100%安心は出来ないが、一先ずは第一関門は突破したと思って良いだろう。

 

「流石は私。あの両親の娘です。何の問題もありませんでした」

 

「そこは残念さも覚えようよ」

 

 ルミねえの声には呆れが混じっていたが、安心してくれてもいた。

 

「では、もう何人か会話したら、先ほどの彼女達から教わったレディースショップに入って、店員さんと話してみようと思います」

 

 第二関門に人と会話する機会が多そうな人が望ましい。徐々にレベルを上げて行こう。

 

「ジャジャン! こんにちは、貴女の運命の僕でぇーす! 今から結婚前夜を迎えませんか!」

 

 僕らが歩き出そうとした途端、男の人の方から声を掛けられた。

 

「ほら面倒な事になった……この人との出会いでも新しいデザインが浮かんだ、なんて言える?」

 

「はい。彼は今、私の頭の中でコレクションのランウェイを歩いています。与えてくれた創造に感謝します。ですが他に用事があるのでご一緒に行動は出来ません。ごめんなさい」

 

「いやいやいや俺はしつこいよ? セックスしてくれるまで此処は通さないぜ! ギャハハ!」

 

「はっ!?」

 

 思わずの素の声が出てしまった。それだけびっくりした。

 驚いているのは僕だけじゃない。ルミねえも、周りの人達も、声を掛けて来た人も、たまたま通りかかった警察官の人も全員びっくりしている。

 

「あ、今の内。すいません。絡まれているので対応お願いします! 才か……じゃなくて、朝陽さん、行こう!」

 

 固まっている僕に代わり、ルミねえは男の人を警察官の人に預けて、僕の腕を抱えて歩き出した。

 半ば引っ張られながら僕は続いて行くが、それどころではなかった。

 ……だって、僕が? セックスしようって言われた?

 ある程度離れると、ルミねえは腕を離してくれたけど、僕は呆然自失していた。

 

「朝陽さん? 大丈夫?」

 

「……う、うん。ちょっと驚いただけ」

 

「ちょっと? その割には珍しく迫力のある顔していたけど、怖い目にあって少し目が覚めた?」

 

「怖い目に遭ってない。ただ……」

 

「ただ?」

 

「今の男の人は、僕を恋愛対象として見ていた?」

 

 僕の言葉に、ルミねえはからかうような顔から真顔になって僕を見つめた。

 

「恋愛対象って言うか……何処から見てもナンパだったね。想定してなかった?」

 

 全くしてなかった。

 男の人が僕に視線を向けて来るのは、この美しい髪とお父様とお母様に似た顔が綺麗だからだと思っていた。

 僕自身が恋愛対象として見られるなんて、想定外過ぎた。

 

「美人だと思ったら、中には声をかけて来る男の人もいるんじゃない?」

 

「恋愛対象として見られるのは困るな。まるで想定してなかったし、男性から向けられる恋愛感情は、僕のデザインには結びつかない」

 

 かと言って、女性から恋愛感情を向けられても僕が応えられるとは思えないけど。

 僕は女性に対して美を感じられないから。

 ……でも、もしも小倉さんが僕に恋愛感情を向けてくれたら。

 

「あ、また小倉さんの事を考えてる」

 

「えっ?」

 

「気がついていないの? 才か……じゃなくて朝陽さん。貴方、小倉さんの事を考えている時、顔が赤くなっているよ」

 

「ッ!?」

 

 指摘されて思わず、僕は両頬を手で押さえてしまった。

 え? 嘘。ずっとそうだったの!?

 

「まぁ、その反応から見て朝陽さんがノーマルなのは間違いないから、さっきの出来事でショックを受けるのも当然。但し自分の気持ちに気がつけていない未熟者には違いないから、判決、串刺し刑」

 

 ルミねえは判決を言い渡すと共に、僕の手を頬から退かせて人差し指を刺して来た。

 割と強めで、頬が押されている。

 

「ル、ルミネお嬢様止めて下さい!」

 

「フフ、何か今の朝陽さん可愛い。今度は両頬で」

 

 ルミねえは今度は左右の頬を指で突き刺して来た。

 自然と頬が窄められて、唇がヒヨコみたいにルミねえに向かって突き出された。

 

「あれ? この表情でこの距離って、まるで」

 

「ああああああああああああぁああああああ!!!」

 

 賑やかな雑踏に、突然大音量の大声が響き渡り、僕の耳を右から左へ串刺しにした。

 誰もが響き渡った大音量に固まっている。ルミねえも、楽しく雑談していた通行人の人達も。

 ただの奇声だったなら、すぐに皆我を取り戻していたかも知れない。だけど、声の主の方を見て、僕も含めて全員が固まってしまう。

 着ぐるみが僕の背後に立っていた。周囲の人達が着ぐるみを見て、『おがっしー?』と言う囁きが聞こえて来る。

 それで分かった。確かに日本では多数のマスコットキャラクターが多数制作されている。

 僕の視界の先にいる人形もその類なのだろう。

 

「綺麗だあああああああああAHHHHHHHHHっ!!!」

 

 僕が振り返ると絶叫された。

 この状況を何と言えば良いんだろう? 奇声を上げられて着ぐるみに綺麗だと言われる僕。

 ……シュールだ。

 ルミねえも呆然としている。だけど、目の前の着ぐるみが発した単語は『綺麗』。敵対的なものではない。

 

「私ですか?」

 

「うん! はい! すごっく綺麗ですね!」

 

「ありがとうございます。髪の毛を褒められるのが一番嬉しい」

 

「……いや、それは違うんじゃ」

 

 何だかルミねえが呆れたようにしている。

 着ぐるみの方は、僕の微笑みに腕を高速回転させてじたばたと踊った。その動きは着ぐるみを着ているとは思えないほどに軽快な動きで、お世辞抜きで感心した。

 

「貴女の踊りを見ていると、明るい気持ちになれます」

 

 僕が褒めると、着ぐるみがぶんぶんと頷き始めた。

 それでも手の高速回転は止めていない。面白い人だ。中の人がどんな表情をしているのか、気になって来る。

 好意を僕に持ってくれているようだし、楽しい会話が出来るかも知れない。

 そんな期待が生まれたと同時に、目の前の着ぐるみの首が背後から刈り取られた。

 

「でゅふっ!」

 

「キャラクターになりきってる間は喋っちゃダメって言われッたしょが!」

 

 着ぐるみの首を刈ったのは、先ほど僕が会話していた人達よりも抑えめだけど、金髪のギャルっぽい子だった。

 

「けほけほ。痛いです」

 

「今バイト中で移動中で街ン中だから。あーもー、とりあえず急いで戻るし、今から一言も喋んない、おけ?」

 

「うん分かった喋んないの巻」

 

「いや喋んないでって」

 

「てかね喋んなくなる前にひとつだけお願いなんだけどね」

 

「一つだけお願いする前に、一つだけ私のお願い聞いてよ。喋んないでよ」

 

「喉かわいたから其処でお茶買ってほしいのとね、あともう一つ。でゅふふふ」

 

「やりたい放題だなお前」

 

「そのひと、あ、その方を引き止めちゃったから私の代わりに謝って欲しいです」

 

「その人?」

 

 ギャルっぽい人が、漸く僕らに視線を向けてくれた。

 

「こんばんは。この着ぐるみのキャラクターが喋れないものだと知らず、会話に応じてしまいました。まだ日本に戻って間もないので、ご容赦下さい」

 

「え? あ、海外の人? モデル? いや、声をかけたのはこっち側なら、返事するのは普通じゃないですか。ていうか、だと思います」

 

 ギャルっぽい人は声の調子も変えずに答えてくれた。人と話すのに慣れた印象を感じる。

 状況から考えて、この人は目の前の着ぐるみのマネージャー的な存在なのだろう。面倒事や人との対話に慣れているに違いない。

 

「この子がご迷惑をおかけしました」

 

「ごめんなさい」

 

「いや喋んないでよ。私、何の為に謝るの代わったの?」

 

「ごめんなさい」

 

「楽しかったです。この後も、お仕事頑張って下さい」

 

「はい。感激しました」

 

「感激?」

 

 どういう意味だろうか?

 何か感激するような事があったのだろうか?

 だけど、その疑問の答えが出る前に、ギャルっぽい人が着ぐるみの首を腕に引っ掛ける。

 

「あ、ごめんなさい。ほんともう時間がなくて」

 

「はい、お嬢さん! ありがとうございましたーー!」

 

 間違いなく人生で初めて会話したゆるっぽいキャラクターは、着ぐるみ姿でもありながら丁寧に頭を下げてギャルっぽい人と一緒に去って行った。

 着ぐるみが去ると同時に、野次馬的な気持ちで見ていただろう通行人の人達も去り、残されたのは僕と目をぱちくりさせているルミねえだけだった。

 

「今のは何だったの?」

 

「私も同じ質問をしようとしていました。今のキャラクターは有名なのではありませんか?」

 

「知らない。私がそういう存在を知らないのもあるけど、全国に数千体くらいいるらしいから」

 

「私もアメリカにいたのでその辺りは詳しくありません。ですが、着ぐるみの中の人には好感を持てました」

 

「何処が? 私だったら、風評被害も込めて裁判沙汰にする」

 

「私の髪を褒めてくれました。おかげでまた一つ自信の源が生まれました。彼女の事が大好きになりました。大変に気分が良いです」

 

「感謝と自信って大げさな」

 

「それに女性扱いもしてくれました」

 

 これは何よりも重要な事だ。

 女装姿の僕が女性として見られるかどうかが目的だったんだから。

 あの声の様子からして、着ぐるみの中に入っているだろう女性には感謝するしかない。

 

「ん、まあ……外を歩く試験としては成功だね。面接するまでには、もう何度か確認したいけど」

 

「あと何回かルミネお嬢様とデートが出来るんですね。楽しみです。その時にはお礼として、ルミネお嬢様にご馳走します」

 

「本当? じゃあ才華さんの手料理が食べたい」

 

「最高の料理をご馳走します」

 

 僕らは笑い合いながら、桜屋敷の帰路へとついた。

 ルミねえに手料理を振る舞う時は、何を作ろうかな?

 

 

 

 

「さて、桜屋敷に戻る前に……才華さん。話がある」

 

 もう少しで桜屋敷が見えて来る時になって、ルミねえが真剣な顔を僕に向けて来た。

 

「どうしたの? もうすぐで屋敷に着くけど? 話があるんだったら、屋敷でしない?」

 

 コートを羽織っているけど、下が薄着なだけに、早く屋敷に戻りたい。

 だけど、ルミねえは僕の意見に首を横に振る。

 

「ごめん。だけど、あの屋敷には八十島さんがいるから。才華さんと二人だけで話したいの」

 

「壱与に聞かれたくないの?」

 

「うん……率直に聞くけど、才華さん。『晩餐会』での出来事をどう思った?」

 

「どう思ったって? ……正直驚かされたけど、伯父様は凄いと思ったよ。ひい祖父様や大蔵家の方々を相手に、小倉さんの養子入りを納得させたんだから」

 

「そう……納得した。癖の強い大蔵一族の大半が、父親が(・・・)誰なのか不明のまま小倉さんの養子入りを」

 

 ……えっ?

 

「可笑しいと思わない? 私は衣遠さんから小倉さんの養子入りの話を聞いた時、『晩餐会』で父親の所業も追及すると思った。それだけの事をしていて、大蔵家の名を名乗るなんて許される筈が無い。小倉さんの養子入りと共に、小倉さんの父親を糾弾して二度と大蔵の名を名乗らせないまでに追い込むと思った。衣遠さんならそれぐらいはやると思う」

 

 ルミねえの言う通りだ。

 伯父様は僕やアトレには甘い人だが、本質は苛烈な人だ。

 家族思いのあの人なら、家族を蔑ろにする所業をした相手を追及して責め立てただろう。

 でも、あの『晩餐会』では、ただ小倉さんの養子入りを納得させるだけで終わった。

 確かに総裁殿を慌てさせたりしたが、それだけだ。

 

「他にも可笑しい事がある。駿我さんが言っていた言葉もおかしかった。『質の悪い冗談だったら潰すぞ』。可笑しいよね? 小倉さんの写真を見て出る言葉がそれって……普通だったら、『本当にこの子なのか?』じゃない?」

 

 そうだ。思えばあの『晩餐会』に出た大半の人が、小倉さんの写真を見て動揺していた。

 お父様とお母様を含めて。特にお母様は僕が見た事がないほどに怒りを抱いていた。

 その怒りの対象は……伯父様だった!

 何で伯父様に怒りをお母様は向けていたんだろう?

 

「私は、最初、才華さんには悪いけれど、小倉さんの父親は……遊星さんじゃないのかなって思った。だって、あの二人。正直似すぎているもの」

 

「そ、それはないよ、ルミねえ。僕は小倉さんに会ったその日の夜に確認した。小倉さんに実はお父様の隠し子じゃないかって。だけど、小倉さんはその話を聞いたら顔を真っ赤にして怒って否定したんだよ。アレが演技だったとはとても思えない」

 

 あの時の小倉さんが演技していたとは、僕には思えない。

 確かに二人は良く似ている。だけど、それで親子だという証拠はない。

 

「似てるって言うなら、ルミねえにだって小倉さんは似ているよ。総裁殿にも似てるし、お父様が本当に父親だったら、絶対に小倉さんが酷い生活を送るようにしないよ」

 

 これだけはハッキリと断言出来る。

 僕は確かにお父様に対して複雑な気持ちを抱いて、反抗期になっているけど、お母様を悲しませる事だけはあの人は絶対にしない。

 だけど、ルミねえは納得出来ないのか、話を続ける。

 

「『晩餐会』の場で、一番小倉さんの姿に動揺していたのは、才華さんのお父様である遊星さんと総裁で妹のりそなさん。もしも……もしもだよ。これはあくまで私の考え。小倉さんの実の父親は遊星さん。そして母親が……妹のりそなさんだったらどう?」

 

「それって……近親相姦を二人がしたって事? 幾らルミねえでも流石に僕も怒るよ。第一、僕はお母様に聞いた。十数年前に確かに桜屋敷に『小倉朝日』さん。つまり、小倉さんの母親が実在していた事を。これを話してくれた時のお母様は本当に嬉しそうにしていたんだ。嘘をついているとは思えない。『小倉朝日』さんは確かにいた」

 

「そう……なら、私の考えは間違っていた。安心した。だけど、また最初に話は戻すね。小倉さんの父親は誰?」

 

「それは……」

 

 僕にも分からない。

 子供が居るなら確実に親となる人が二人必要。小倉さんの母親が、『小倉朝日』さんだとすれば、父親は大蔵家の誰かなのは間違いない。

 でも、その父親は不明。不明のまま小倉さんは伯父様の養子となって、名乗る事は許されて無いけど、大蔵家の一員となった。なってしまった。

 謎を残したまま小倉さんは伯父様の養子となり、娘として大蔵家に認められた。

 

「多分、衣遠さんはそれを狙っていたんだと思う。小倉さんの存在を明らかにする前に、総裁殿を使って場を乱し、どんな形でも良いから総裁殿に小倉さんの養子入りを認めさせる。これさえ上手く行けば、お父様でも簡単には覆せない。だって、お父様は既に一線から引退した方なんだから」

 

 其処まで考えて伯父様は動いていた。

 ルミねえの説明には納得出来る。だとすれば、伯父様は小倉さんの存在が大蔵家に衝撃を与える事を知っていたんだろう。

 いや、知っていたに違いない。総裁殿が探していたのが小倉さんだとすれば、ずっと前から、それこそ捜索を開始した頃から既に小倉さんの事を把握して隠していた。

 総裁殿に小倉さんの事を早期に知られるのは、何か伯父様にとって不都合な事があった。だから、『晩餐会』の時までずっと伯父様は小倉さんを隠し……いや、護っていた。

 

「……ルミねえの言う通り、小倉さんには謎が多いのは分かった。だけど、それでルミねえはどうしたいの? 今から小倉さんの養子入りをやっぱり取り消したいの?」

 

「衣遠さんは確かに隠し事をしているけれど、少なくとも規則を破っている訳じゃないから、私には文句はない。隠し事に関しても大蔵家にとって不利益になるかも知れないから、敢えて隠しているのかもしれないし」

 

「だったら、何でこんな話を僕に?」

 

「私が心配なのは……小倉さんがこれからどうするのか? それが心配」

 

「どうするって? 伯父様の娘として過ごすんじゃないかな?」

 

「……才華さん。幸せな家庭生活を送っているから分からないかも知れないけど、小倉さんの境遇は世間一般からしたら酷い家庭環境なんだよ。望まれずに生まれた子供が、どれだけ迫害を受けるのか。その迫害の中で育った子が、どんな気持ちを抱いてしまうのか……正直に言う、私は小倉さんは元気になったら、大蔵家に復讐をしないか心配してる」

 

「そんなこと、小倉さんがする筈ない!」

 

 僕は声を荒げてルミねえの考えを否定した。

 あの人が、小倉さんが復讐なんて考えを抱くなんて絶対にありえない!

 だって、あの人は、桜屋敷に来る前に追い出された屋敷に対しての怒りや不満なんて一度も口にしていなかった。

 どれだけ自分が悲しんで、苦しんでいても追い出された屋敷を語っていた小倉さんは嬉しそうだった。寧ろ自分のした事が大切な主人の人生に傷をつけてしまっていたかも知れない事実を、心の底から悔やんでいた。

 そんな誰かの為に優しさを抱ける人が、復讐に走るなんて僕には考えられない!

 

「ルミねえは小倉さんとちょっとしか話してないから分からないんだ! ルミねえに小倉さんが挨拶した時も、大蔵家と分かって驚いていただけじゃないか。もしも本当に小倉さんが復讐なんて考えていたら、もっと違う反応を見せていたと僕は思う」

 

「うん。私は小倉さんの事を良く知らない。だから、一般的な考えからで言う。迫害に等しい生活を送っていた人が、それを送らせていた人達を赦すとは思えない。もしも赦せる人がいたら、どれだけ純粋な人なの? 正直いたら会ってみたい」

 

「……それは」

 

 僕はルミねえの言葉に何も返せなかった。

 小倉さんの事を信じたい。だけど、ルミねえの言う通り一般的に考えれば、迫害を受けた相手が迫害を行なった相手に良い印象を持つとは思えない。

 寧ろ考えれば考えるほどに、ルミねえの言う方が正しいように思えてくる。

 ……違う! 僕は何を考えているんだ!

 小倉さんが復讐なんて考えを持つ筈が無い! だって、あの人は僕を叱った時も暴力は振るわなかった!

 自分の心の傷を踏み躙られても、暴力に訴えない心の強さが小倉さんにはある!

 

「ルミねえが何と言おうと、僕は小倉さんを信じる。あの人はどれだけ追い込まれても、絶対に他人に怒りをぶつけない人だって僕は信じる」

 

「……分かった。才華さんが其処まで言うなら、もう何も言わない。だけど、私はあの人を警戒する……もしもあの人が才華さんを傷つけたりしたら、絶対に赦さない」

 

「……ルミねえ」

 

 どうしてルミねえがこんな話をして来たのか、漸く分かった。

 目の前にいる僕の大好きな幼馴染は、僕の事を心配してくれていたんだ。

 僕があの人に……お父様以外に初めて心が惹かれている小倉さんに裏切られてしまうかも知れない事を。

 

「……ありがとう、ルミねえ。大好きだよ」

 

「その言葉……できれば女装の時じゃない時に聞きたかった」

 

「ハハハッ、ごめん。だけど、ルミねえも小倉さんとちゃんと向き合えば、きっとあの人の優しさが分かるよ。もしかしたら惚れちゃったりするかもね」

 

「ない。私はノーマルだから」

 

「僕もだよ。さっきのちょっとした仕返し。さ、もう屋敷に帰ろう。壱与が夕飯を作っていてくれている筈だから」

 

「うん。分かった」




今回ルミネがちょっと嫌な役をやりましたが、あくまで朝日の事を良く知らない故に行動です。
ルミネも会社の社長をやっているだけに、りそなほどではないにしても人の汚さは見ているでしょうから。
まさか、自分にやられた事が全部自分の糧になっていると考えて、母親と死別させた元凶とも何時か和解して仲良くなりたいと考える何処の聖人だよと言える思考を朝日が持っているとは夢にも思ってません。
元気になって一番最初にやった事が、ファッション雑誌で買って服飾に意欲を燃やしたと聞いたら、目が点になるでしょう。

漸く次回からは二月編。そしてルナ様との出会いです!
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