月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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明けましておめでとうございます!
昨年は沢山のお気に入り、評価、感想を頂き、本当に皆様に感謝しています。
本年も宜しくお願いします。
アンケートの結果は『続、りそなの日記(四月上旬)まで 』になりました。
と言う訳で投稿いたします。

獅子満月様、えりのる様、秋ウサギ様、はしき様、障子から見ているメアリー様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


続・りそなの日記

『続・■■りそなの日記』

 

【一月下旬】

 夢の中で下の兄が拉致された。まあ、拉致した犯人はすぐに分かったので慌てて起きることは無かった。

 隣で眠っていたミナトンと京都の人が、嬉し涙を流しながら起きていた。二人とも、夢の中でとは言え、漸く下の兄の元気な姿を見れた事が心から嬉しかったようだ。

 私も下の兄の元気に頑張っている姿が見られて、寂しさと嬉しさを感じている。

 因みに今、下の兄が使っていた部屋には、以前よりも大きなベッドが置かれている。以前のベッドは最大で二人ぐらいしか眠れなかったが、今のベッドは三人は眠れる。

 このベッドの指示はルナちょむが出した。

 

『これからは夢でとは言え、朝日の姿を見られる機会が増えるのは間違いない。その機会を眠るところが無いという下らない理由で逃したくはない』

 

 というルナちょむの言葉に、ミナトン、京都の人、スイスの人も同意し、メイド長も他家のお嬢様を床で何て眠らせられないと言って今のベットになった。

 おかげで以前よりも部屋が狭く感じるが、そんな事は下の兄の姿を見られるなら些細な事だ。

 朝食で見た夢を話したら、ルナちょむは大変嬉しそうにしていた。

 何せ二月の中旬頃から、下の兄は彼方のルナちょむの下に行く。

 漸く夢でと言え、下の兄の姿を見られるのが嬉しいんだろう。ただ、スイスの人は不機嫌そうにしていた。いまだに自分だけが下の兄と会話していない事が、心から不満のようだ。

 それと朝食の席で、夢の中で起きた話題を話していたら、彼方の京都の人が描いたという下の兄をモデルにしたデザインについての話が出て来た。

 だけど……此方の京都の人は、『自分は朝日をモデルに考えたデザインを描いていない』と言った。

 この点だけでも、彼方と此方では流れが違うという事が分かる。まあ、これは仕方ないと私は思う。

 だって、彼方の方は夏を越えて下の兄が桜屋敷で過ごしていたが、此方では夏に入ってすぐに追い出されてしまった。

 桜屋敷から下の兄がいなくなった後、京都の人は付き人のポゥの人に下の兄の捜索を依頼したとはいえ、心配で気が気ではなかったそうだから、デザインを描いている余裕が無いのは当たり前だ。

 因みに、京都の人は……。

 

『これから彼方の私が日本に帰国するまで、毎日あの部屋で寝かせて貰うわね』

 

 有無を言わせない迫力の籠もった声に、ルナちょむも頷くしかなかった。代わりに下の兄が、二月に彼方のルナちょむの下に着いたら自分がと言っていたけど。

 ……その背後で一緒に眠る事になりそうで、憔悴し切ったメイド長の姿を私は見ていない。

 それと……考えた末に、私はフィリア女学院に入学することに決めた。

 何をして来るか分からなかった上の兄がいなくなった今、桜屋敷に引き篭もっている事に意味は無い。夏に試すかは一先ずおいておくとして、先ずは服飾を学ぶべきだ。

 幸いと言うべきか私個人でも服飾学院に通えるだけの貯金はあるので、通うのには問題は無い。

 警戒するなら上の従兄弟だが、上の兄とは離れたし、事前に協力もしないと告げていたので何かをして来る事はないと思う。

 さて……そろそろあの部屋で寝よう。二月からまた彼方の私と離れてしまう。

 そうなったら下の兄の姿が見れなくなってしまう。京都の人ではないが、私も下の兄の姿を確認出来るのは心から安堵出来るから。

 

 

【二月上旬】

 今日は、スイスの人が朝から付き人のオカマの人に向かって騒いでいた。

 まあ、それは仕方がない。夢の中で、漸く彼方のスイスの人が下の兄と出会えたが、どうやら連絡した京都の人は彼方のスイスの人は既に下の兄の事を知っているものだと思っていたようだ。

 と言うのも、下の兄が上の兄の指示でロンドンで過ごしていた時、彼方の下の兄の実のお母様のお墓参りに行った時の護衛をしたのが、何とオカマの人だった。

 明らかにスイスの人を驚かせるために隠していたのだろう。現に夢の中で驚いて騒ぐスイスの人を楽しそうに彼方のオカマの人が見ているのを私は見た。

 それだけだったら此方のオカマの人に、スイスの人が騒ぐ理由は無いのだが、オカマの人がその場面を見られなくて残念そうにしていたのが騒ぐきっかけだ。

 スイスの人は面白い人だ。ルナちょむから間違った日本語を教えられて、時々驚くような行動をしてくれるから私も楽しい。

 因みにルナちょむは少々機嫌が悪かった。自分のメイド(既に桜屋敷から解雇済み)なのに、下の兄の姿を確認するのが一番最後なのが不満のようだ。

 まあ、気持ちは分からないでもない。だけど、それ以外に予想外の話が私の下にやって来た。

 上の従兄弟が、私と話をしたいと桜屋敷に連絡して来たのだ。

 居場所がバレているのは可笑しくない。上の兄が私の居場所を把握していたんだから、上の従兄弟が把握していて当然だ。

 一体何の話だろうか? まさか、フィリア女学院に通うのを止めろと言うつもりなのだろうか?

 桜屋敷の主である、ルナちょむに『どうするのか?』と聞かれたが……とりあえず私は会ってみるつもりだ。

 この屋敷の皆には迷惑をかけたくない。

 

 

【二月上旬】

 上の従兄弟が桜屋敷にやって来た。

 随分と早い来訪だが、欧州の方で上の兄とやり合わないといけないんだから早く来るのは当然だ。

 久々に会った上の従兄弟は、社交辞令なのか『元気そうで良かったよ』と先ず言ってから話を始めた。

 その内容は……大蔵家の近況だった。遂にお爺様が上の従兄弟を次の当主に任命したらしい。

 上の兄を始め、真星一家が総出で『晩餐会』に出席しなくなった事にお爺様は激怒し、上の従兄弟こそ次の大蔵家を担う者として相応しいと宣言したそうだ。

 任命された時は、笑いを堪えるのが大変だったと、上の従兄弟は笑いながら私に話した。

 恐らく……大蔵家内で上の従兄弟の最終目的を知っているのは私だけだ。実の父親である富士夫叔父様も、弟であるト兄様も知らないに違いない。

 そして……私もこの話を誰かにするつもりはない。潰れてしまえ、大蔵家。

 他にも、約束の先払いだと言って、私の名字が『小倉』になった事も話してくれた。良く、お父様やあの女が許してくれたと思ったが、驚いたことにあの女は上の兄が独立する為に動き出した時点で、精神病院に入ったらしい。

 不義の事がバレ、しかも上の兄がどうやっても大蔵家当主になれない事で精神の均衡が崩れたのだろうと上の従兄弟は言っていた。その介護の為なのか、マンチェスターの屋敷に籠っていたお父様は今、日本の屋敷で過ごしているそうだ。

 とは言っても、上の兄から殆ど一家の権力を奪われていたお父様が出来る事は何も無い。

 残された財産の殆どを私に渡すことと、安全を保障する契約を上の従兄弟は交わしたそうだ。大蔵の名字を早めに私に捨てさせたのは、下手に『大蔵里想奈』が出て来るのは困るかららしい。

 何だったら在学中の学費も支払っても構わないと上の従兄弟は言ってくれたが、丁重にお断りした。あの蜘蛛に借りを作るのは宜しくない。

 話はそれで終わり、上の従兄弟は去って行った。

 ……きっとあの上の従兄弟は、夢で見ている上の従兄弟のように成れないだろう。

 あと、善意でお爺様の周囲には気を付けるように言っておいた。特に女性関係を。

 何を馬鹿なという顔をされた。私だってあり得ないと思っているけど……夢の中で大蔵ルミネという存在を見ているだけに、絶対にあり得ないと言い切れない。

 私の忠告を聞くか聞かないかは上の従兄弟しだいだ。どちらにしても、新しい叔母が出来たとしても……私がその叔母に会う事はない。

 私は……『小倉里想奈』だからだ。

 

 

【二月中旬】

 早朝、どうなったと思いながら食堂に行ってみると……ルナちょむがテーブルに突っ伏していた。

 ミナトンは事情が分かっているのか苦笑いを浮かべ……メイド長は顔を暗く俯かせながら立っていた。

 どうしたのかと食堂にやって来た全員が思った。だって、メイド長はともかく、ルナちょむは昨晩寝る前に漸く下の兄を見られると喜びながら、あの部屋に入っていった。

 何があったのかと、メイド長に聞いたら……桜小路家存続が危ぶまれる危険を才華がやっていた事を教えられた。

 なんでも、彼方のフィリア学院男子部存続の為に、お爺様の娘である大蔵ルミネとの結婚話を持ちだしていたそうだ。

 聞いた時は……『アホですか!』と心から叫んでしまった。いや、だって。あのお爺様だ。

 自分の娘に、下らない理由で結婚話が出されたと知ったら、怒り心頭で本気で何をするか分からない。

 たとえ彼方の下の兄が婿入りした桜小路家とは言え、例外ではない。現にとある出来事で真星お父様と富士夫叔父様は、次期当主候補から外され、いまだにその件をお爺様は許していないからだ。

 その件でルナちょむも落ち込んでいるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 

『人とは恋をすれば本気で変わるものなんだな……まさか、この私があんなにまで変わってしまうとは夢にも思っていなかった……とりあえず、朝日が無事に日本に帰れる事を願う……まあ、メイド服姿の朝日を見たい気持ちは少し分かる』

 

 っと、不穏な言葉を言って沈黙した。

 何やら良からぬ事を彼方のルナちょむは企んでいるようだ。

 下の兄……どうか無事に日本に辿り着いて、彼方の私の下へ辿り着いて下さい。

 

 

【二月下旬】

 フィリア女学院の入学試験を終えた。私は考えた末に、一般クラスの方を受験する事にした。

 特別編成クラスに通えるだけのお金はあるが、下手にお嬢様クラスである特別編成クラスに入って、『大蔵里想奈』だと気がつかれるのは不味い。

 一般クラスなら私の顔を知っている相手はいないだろうし、何の憂いもなく『小倉里想奈』と入学出来る。

 勉強の方は桜屋敷に引き篭もっている間にやっていたので問題は無い。自己採点でも問題は無かった。デザインの方も、ルナちょむ達に中々のものだと言われているから大丈夫な筈だ。

 もうすぐ引き篭もり生活も終わる。その事に少し感慨深いものを感じながら、私は下の兄が無事に日本に帰国出来る事を願った。

 

 

【二月下旬】

 遂に彼方のルナちょむがやらかしたようだ。

 その証拠に、今日も朝からルナちょむはテーブルに突っ伏していた。一応何があったか尋ねたが、自分の恥部は語りたくないのか、顔を真っ赤にして首を横に振って沈黙した。

 一緒に寝ているメイド長は……。

 

『良かった! 良かった! 小倉さんが無事で! 危うく彼方のルナ様にとんでもない目にあわされるところでした! 彼方の私! 良くやりました! ……でも、私も恋愛したい』

 

 ……追い出した張本人の筈なのに、下の兄の無事を心から喜んでいた。最後の方は落ち込んでいたが。

 本当に何があったのだろうか? メイド長も主人の恥部は語りたくないのか、具体的な話は教えてくれなかった。

 因みに私も昨日は眠らせて貰った。事情を知った彼方の私が、日本にいる彼方の下の兄の息子達に何をしたのか知る為だ。

 どうやら彼方の私は、上の兄を通して現状を下の兄の息子に知らせたようだ。これで少しは反省……いや、かなり反省しただろう。彼方ではどうやら信じられないぐらいに、上の兄はこれまで甥と姪を甘やかして来たそうだから。

 恥ずかしさで話せないルナちょむの代わりに、メイド長が話してくれたところ、なんと建てたばかりの高層マンションをあっさりと与えたり、世界に50台しかない車を卒業祝いだと言ってプレゼントしたらしい。

 ……聞いた時は、呆然としながら口を大きく開けてしまう程に驚いた。人は変われば変わるものなのだと心から思った。

 因みに私はその話を聞いても全く羨ましくなかった。寧ろ其処まで期待されていながら、期待に応えられなかった時の上の兄の怒りを考えると身体が恐怖で震えてしまう。今すぐにベッドに入り込んで、毛布を被って芋虫になってしまう程に……怖い。

 ……だからと言って、下の兄の心の傷を抉って泣かせた事を赦すつもりはないが。それとルナちょむからは落ち着いたら何があったのか聞き出すつもりだ。私達の時には根掘り葉掘り詳しく下の兄の話を聞いて来た。

 今度は私達が聞く番だと全員が思っている。これはあくまで下の兄の現状を聞く為だ。

 決して、これまで散々弄ってくれた仕返しではない。

 

 

【三月上旬】

 今日は夕方に帰って来たメイド長とオカマの人は、まるで死刑執行前の罪人のように暗い雰囲気を発していた。

 新しいフィリア女学院の学院長が決まったらしい。その人物を大層二人は苦手としているらしく、『関わりたくない』と呪文のように呟き続けていた。

 流石のルナちょむも、二人の様子にからかうことも出来ず、部屋に戻って休めと優しく言葉を掛けていた。

 直後に、私とスイスの人はルナちょむの声音に引いたが。

 いやだって、あのルナちょむが本気で優しい声を掛けていた。性格を知っている者なら、誰だって引きそうだ。現にミナトンと京都の人も、引くまではいかなくても苦笑いをしていたし。あ、でも、下の兄なら『お優しいルナ様!』とか言いそうだ。

 後、学院から合格通知が届いた。驚いたことに結果は、首席合格だった。

 ……だてに引き篭もりながら服飾の勉強を続けていた訳では無いという事だ。

 だけど、ルナちょむが告げた事実に絶望した。

 

『おめでとう、りそな。フィリア女学院では入学試験を首席で合格すると、新入生代表としてスピーチを入学式ですることになっている。私も首席で合格したが、特別編成クラスと言う事で辞退する事が出来た。だが、君は一般クラスでの首席合格だから断る事は出来ない。入学式では君がスピーチする姿を楽しみにしているよ。因みに辞退する事は認めない。後、壱与に入学式をビデオで撮っておくように命じておいた』

 

 ……年単位で引き篭もっていた私にはキツ過ぎる!

 何とか辞退したいが、一般クラスで入学して、大蔵の一員じゃなくなった私には辞退する事は出来ない!

 下の兄! 妹はピンチです! 助けて下さい!

 

 

【三月中旬】

 漸く下の兄が日本に帰国した。ルナちょむは下の兄を見ることが出来なくなった事に残念そうにしながら、同時に羞恥心から解放される事に安堵しているという変な心理状態になっていた。

 ……後から教えて貰ったところ、彼方のルナちょむは彼方の下の兄の『小倉朝日』としての女装姿の写真や、当時着ていたメイド服を後生大事に宝物として隠し持っていたそうだ。

 えーっと、ドン引きしてしまった。提案してやらせた私が言えた事では無いが、流石に女装姿の写真を後生大事に隠し持っていたりはしない。私が下の兄をからかう為に撮っていた写真も、大蔵家を出る時に処分したし。

 因みにその事を話したら、ルナちょむと京都の人に怒られた。此方では唯一かも知れない朝日としての下の兄の写真が失われた事に、腹を立てたようだ。

 何とか復元できないかと相談する二人の姿には、やはり引いた。幾ら似合っていたとしても、女装姿の写真を大切にするのはどうかと心から思った。

 ……彼方にはその写真が大量にあるのだと思うと、彼方の二人の下の兄の心労が心配だ。

 どうか二人とも頑張って耐えて下さい。

 

 

【三月中旬】

 彼方の私が下の兄と再会した。直後、下の兄の姿を見て私も彼方の私も言葉が出なかった。

 ……凄く綺麗になっていた。正体を知らなければ、本当に男だとは思えないほどに下の兄は美人になっていた。

 えっ? 何故と思ったが、下の兄が言うには勝手な行動をした事に腹を立てた彼方の上の兄が、学院に通う為に就く事になった付き人の女性に命じて本格的なメイクをされたそうだ。

 ……そういえば、下の兄は女装しても薄いメイクしかしていなかった。本人が頑なに拒否していたし、私も流石に本格的なメイクをするまでもないと思っていたからだ。

 ……薄いメイクだけで充分に下の兄は女性に見えたからだ。

 この話を朝食の席でしたら京都の人が目を輝かせていた。どうやら、本格的なメイクの姿をした下の兄を想像して、どうしても見たいと思ったようだ。とは言っても、下の兄が京都の人に再び会えるとしたら夏頃だから、見られるとしてもかなり先の話だ。

 しかし……下の兄はちゃんと男性に戻れるのだろうか? どんどん戻れない状況になっていくことに、妹は一抹の不安を感じます。

 

 

【三月下旬】

 いよいよフィリア女学院への入学式の日が迫って来ている。つまり……私の入学式の新入生代表の挨拶の時が。

 ルナちょむ達は口々に楽しみだと言っている。人の気も知らないで。

 年単位で引き篭もっていた私には、ハードルが高すぎる! この心の痛みは、下の兄の姿を夢で見る事で何とか耐えている。

 ただ……最近、どうにも夢の調子が可笑しくなる時がある。今までは夢で見た内容は、全て覚えていたのに、所々朧気になってしまう時が少なからずあった。これは私だけじゃなくて、他の皆もだ。

 まさか……彼方との繋がりが薄れてきている? 何故?

 この不可思議な現象が何時か消えてしまう事は考えていた。そしてそれを恐れていた。

 だって、そうだ。この夢という形でしか、私は、私達と下の兄との繋がりはない。下の兄を見るまでは、悪夢としか思えない夢だったが、今では唯一の繋がりだ。

 何か理由が在るはずだ。その理由を見つけられれば、夢として下の兄を見られるし……もしかしたら彼方に行く手段を見つけられるかも知れない。

 その為にも、まだ夢としての形だけでも繋がりが欲しい。下の兄、妹はやっぱり貴方に会いたいです。

 

 

【四月上旬】

 遂にフィリア女学院入学式の日が明日に迫って来た。

 明日を思うと、朝から憂鬱で元気なんて殆ど出ない。対してルナちょむは、朝から大変気分が良さそうだった。

 そんなに私の新入生代表の挨拶が楽しみなのか? 楽しみに決まっている。こっちからすれば本当にキツイのに。

 こんな事なら入学試験の時に、もうちょっと手を抜いておくべきだったと後悔する。

 ……明日なんて来なければ良いのに。

 

 

【四月上旬】

 いっそ恥ずかしさで消えてなくなりたい。

 入学式だから、午前中しか今日は授業がなかったのが本当に助かった。疲弊しながら帰って来て、即座に着替えてあの下の兄の使っていた部屋に置かれているベッドに倒れ伏した。

 とりあえずメイドが呼びに来るまで、眠らせて貰おう。彼方でも入学式の筈だ。

 ……果たして、あの下の兄は無事にフィリア学院に入学する事が出来たのだろうか?

 

 

【四月上旬】

 ……やらかしてくれた。やらかしてくれた! 彼方の下の兄とルナちょむの娘であるアトレが!

 下の兄に対して一番言ってはならない事を言ってくれた!

 余りの怒りに勢いよく起きてしまった。まだ、駄目なのだ。下の兄が自分が犯した罪と、向き合う為には精神の回復が必要だったのに、あのアトレという娘は回復し切れていない下の兄に罪を突き付けてしまった!

 巨人のメイドが夕食が出来たと呼びに来てくれたが、私の怒っている姿に驚かれた。

 この怒りはそう簡単に治まりそうにない。だって、そうだ。ルナちょむにしてしまった事に対して、一番後悔しているのは他ならない下の兄だ。

 何よりも部外者でしかないアトレという娘が指摘して良い事じゃないのに!

 食堂に先に居たルナちょむ達は、私の怒り様に動揺したが。事情を説明すると食堂に居る全員が不機嫌になった。

 特にルナちょむは。

 

『どうやら彼方の私と朝日は、自分の子供だからと言って随分と甘やかして育てたようだな。まさか、自分達のミスを棚に上げて、その責任を朝日に突き付けるとは……何よりも私の大切なメイドを傷つけたのは許さん』

 

 ミナトンとスイスの人は下の兄を心配し、京都の人はルナちょむ同様に怒っていた。

 元々京都の人は、下の兄と違って女性を軽んじるような発言をしていた才華に対して不快感を持っていた。

 夢で見る限り、才華の方は反省しているようだが、アトレの方はまだ甘えている部分があったようだ。どうやら彼方の私は、才華の方には愛憎に近い感情を抱いているが、アトレの方は少々甘やかしていたようだ。

 だが、今回は彼方の私もアトレに対して甘さを見せなかった。当然だ。

 事は桜小路家だけじゃなくて、才華が仕えている主人の家の存亡も関わっている。彼方の下の兄の幸せな生活を壊そうとした才華達に対して、彼方の私は甘さを捨てた。

 それでも心の何処かでアトレは何とかなると思ったのだろう。だから、下の兄がしてしまった事を指摘した。

 腹立たしくてならない。下の兄は彼方の私にとっても、大切な相手で家族だ。家族を傷つけられて許せる筈が無い。

 現に下の兄が止めていなかったら、アトレの事を彼方の私は叩いていた。

 だが、今はそんな事よりも下の兄の精神状態だ。漸く回復して来たのに、アトレの発言で間違いなくマイナスの方に戻ってしまった。

 下の兄なら大丈夫だなんて思えない。だって、本気であの下の兄が服飾を捨てようとしていたんだから。

 ルナちょむも、不機嫌そうにしていて、今日はあの部屋で眠ると言っていた。

 彼方の自分に報告が行くかどうかが気になったようだ。

 私は……今日はもう遠慮させて貰った。夢の中で下の兄が泣いている姿を見たりしたら、私はアトレを憎んでしまうかも知れないからだ。

 だけど、願う。どうか、下の兄が立ち上がってくれる事を。

 貴方の罪はもう、赦されているんです。下の兄に起きた酷い理不尽な奇跡。

 奇跡なら、下の兄が幸せになれるような奇跡が起きて欲しい。叶わないと分かっているのに、私はそれを願う。

 

 

【四月上旬】

 ………起きた。奇跡は起きた。

 私が望んでいるような奇跡じゃない。でも、小さな。本当に小さな奇跡が、私達の下に届いた。




今回は此処までになります。
最後に書かれた奇跡の部分は本編にも関わって来ます。
因みに朝日世界の桜屋敷の皆は、ルナ様を始めとして才華達の評価は余り高くありません。
特に瑞穂は、親友の朝日を傷つけて泣かせたり、女性を軽んじるような発言を才華がしてしまった事で、男性不信が悪化しています。後、言うまでもなく朝日世界の瑞穂の朝日の性別は、『朝日』と認識しています。
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