月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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漸く二月が終わりです。
三月はサクサクと進ませないと考えています。

kcal様、烏瑠様、(ry様、禍霊夢様、誤字報告ありがとうございました。

選択肢
【メイド服を着る】
【メイド服を着ない】←決定!


二月下旬(遊星side)10(終)

side遊星

 

 心は決まった。

 僕はこの桜小路家のメイド服を。

 

「着ないでしまおう」

 

 よく思えば、このメイド服は大切に扱われていた服だ。

 手触りで分かる。古い服なのに、解れとかも無い。

 こんなに大切に扱われていた服を、僕が勝手に着るなんて駄目だ。

 

「八千代さんに連絡をして……」

 

「朝日! それだけは止めてくれ!」

 

「えっ?」

 

 背後から聞こえて来た声に、僕は振り返る。

 其処には試着室のカーテンを開けて慌てて出て来るルナ様がいた。

 

「ルナ様!? 何でそんなところにおられるのですか!?」

 

「い、いや、そのだな……」

 

 質問に対してルナ様は視線を彷徨わせた。

 それで分かった。このメイド服を用意したのが一体誰なのかが。

 

「……このメイド服。ルナ様がご用意されたのですね? 私に着せたくて?」

 

「……その通りだ。私から着るように頼むのは、夫と八千代が怒るから……朝日が自主的に着てくれるならと思って……用意したんだ」

 

「お気持ちは嬉しいのですが、このメイド服は大切な物だと一目で分かるほどに扱われています。そのようなメイド服を着る事は出来ません」

 

「い、いや待て。そのメイド服は君が、朝日が着ても良いんだ。何せそれは……」

 

 急にルナ様は口を閉ざして、僕から視線を逸らした。

 僕が着ても良いメイド服? そんなのがある筈がない。初日の時に八千代さんが僕にはメイド服を貸し出さないと言っていた。

 元々僕が所持していたメイド服はりそなに持っていかれて、今は日本にある。だから僕が着て良いメイド服なんて……待った。もしかしてこのメイド服は!

 改めてメイド服を広げて見てみる。

 ……間違いない。

 

「分かりました。確かにこのメイド服は、『小倉朝日』が着るのに問題はないようです」

 

「その通りだ。だから、朝日。そのメイド服を着て……」

 

「申し訳ありませんが、『小倉朝日』は着れても、私が着る訳には参りません。このメイド服は、もう役目を終えているのですから」

 

 もう迷わずに僕は丁寧にメイド服を入っていたトランクに戻した。

 そのままトランクの蓋を閉めて鍵もかける。

 

「ああっ!」

 

 メイド服が仕舞われた事に、ルナ様は絶望の声を上げて膝を突いた。

 僕はそんなルナ様の前に正座をして、話をする態勢をとる。

 

「ルナ様。少々お話をしましょう」

 

「……分かった」

 

 僕の提案をルナ様は聞いてくれた。

 ゆっくりと立ち上がり、アトリエの中に置かれている椅子に座った。

 僕はそのまま床に正座を続け、真剣な顔でルナ様を見つめる。

 

「先ず最初に申しておきますが、私はルナ様への恋愛感情はありません」

 

「……改めて聞くと、朝日から言われるのはショックだ」

 

「りそなから聞きました。ルナ様は最初に朝日としての桜小路遊星様を好きになられたそうですね?」

 

「その通りだ。私は朝日の内面に惹かれて……気がつけば好きになってしまっていた。正体が分かってからも、その気持ちは変わらない。勿論夫も好きだが」

 

「それは大変に喜ばしい事です。私にもそのような未来があったのかと思うと嬉しく思います。ですが、だからこそ小倉朝日はもう桜小路家には必要は無いとも思います。元々ルナ様との主従関係も三年の間と取り決めがあった筈です。そして『小倉朝日』は、その役割を最初の形とは違いますけど終えた筈です」

 

「夫と同じ事を言うな君は……卒業式の前の一月の冬休みの最後の日だ。あの日に、恋人として朝日に言われたのはショックだった。その前には愛しい時間を過ごしていたのに」

 

 ……このまま話を続けても良いのだろうか?

 桜小路遊星様とルナ様の過去の恋愛話を聞いてしまいそうで、申し訳ない気持ちが湧いて来た。

 でも、止める訳にはいかない。此処で止めたら、今後の僕の行動に支障を来たす。

 日本にいる才華様達の方に集中したいのに、アメリカの方でルナ様に動かれたら、僕の許容範囲を超える事態になってしまう。だから、申し訳ないけど話を続けよう。

 

「お二人の仲が良いのは良く分かりました。でしたら、尚の事、私がお二人の間に入る訳にはいきません」

 

「いや、朝日なら私は構わない。君の内面は、確かに私が好きになった朝日と同じだ。君が自分の事を誰にも教えなかったのも、迷惑をかけたくはなかったからだろう?」

 

「仰る通りです。私は自分の存在を知られて、誰かの迷惑になるのを脅えていました。特に私の容姿は、桜小路遊星様の若かりし頃と同じです。もしも事情を知らない者が見れば、間違いなく桜小路遊星様の不貞が疑われます」

 

「そのような事はこの私が許さない。夫が愛しているのは私だけだ」

 

「でしたら、ルナ様に恋愛感情を持たない私に対して、恋愛感情を向けるのはお止め下さい」

 

「それは無理だ。先ほども言ったが、私は朝日の内面が好きになったんだ。その同じ内面を持つ君に惹かれずにはいられない。私はもし世界に朝日が二人いたら、片方だけでは満足できない。両方を手に入れたいと常々思っていた」

 

 ……どうやら僕はこの世界のルナ様の朝日への想いを、甘く見ていたのかも知れない。

 確かに嬉しい気持ちはある。今一度ルナ様の下で働きたいという気持ちがないかと聞かれれば……ある。

 僕にとってルナ様は、やはり敬愛する御方なのだから。だけど、それに縋り続けるのはやっぱり駄目だ。

 初日の時に伝えた意思は変わりない事を伝えよう。

 それとこの一週間の間に芽生えた不安も伝えなければいけない。本当はルナ様も気がついているんだろうけど。

 

「ありがとうございます。其処までルナ様に想われている事を大変嬉しく思います。ですが、何度も言いますが、私にはそのお気持ちにお応えする事が出来ません……それにルナ様。本当は気がついているのでしょう?」

 

「……」

 

「やはりお気づきなのですね。私が此処に、桜小路家にいて桜小路遊星様や山吹メイド長から服飾を学んで行けば、恐らく数か月で私の失われた技術は取り戻せるでしょう」

 

「……その通りだ。正直な話、提案した私自身も驚いている。初日に見せて貰った君の服飾の腕と、今の君の服飾の腕は一週間という短期間で学んだとは思えないほどに上がっている。だが……」

 

「このまま行けば、私は桜小路遊星様のコピーになりかねない」

 

 ルナ様は苦渋に滲んだ顔で頷いた。

 ……やっぱり、ルナ様も僕と同じ事を危惧していた。多分、八千代さんも。そして桜小路遊星様も気がついているに違いない。

 正直言って、自分の完成形を傍で見る事が此処まで効果があるとは思っても見なかった。今の僕の服飾の腕を、パリで一緒に勉強していた皆が見れば目を見開いて驚くだろう。

 それほどルナ様が提案してくれた桜小路家での勉強会は効果があった。だけど、同時に危機感も僕は感じていた。確かに効果は凄く、このままいけば間違いなく僕は服飾の技術を短期間で取り戻せる。でも、同時に桜小路遊星様のコピーにしかなれないという危険性を秘めていた。

 本質的に同一人物だから、桜小路遊星様の型紙や立体裁断、そして縫製のやり方は僕に合う。

 これ以上に無いと言うほどに僕に合う。でも、彼と僕はやっぱり違う。

 型紙をやっている時も、立体裁断を行なっている時も、丁寧に縫製を行なっている時も、其処に込められている意思や想いの差を僕は感じていた。

 このまま桜小路家で学び、桜小路遊星様と同等の技術を得たとしても……僕は彼には勝てない。

 『劣化した桜小路遊星』とプロの服飾の人達は評価するに違いない。

 

「ルナ様……お願いです。どうか私に桜小路遊星様へ挑ませて下さい……でなければ、私は……服飾を捨てるしかないんです」

 

 僕の言葉にルナ様は打ちひしがれた顔をした。

 ……そんな顔をさせてしまった事に、申し訳なさを抱いてしまう。

 でも、これが僕の本心だ。りそなのおかげで服飾への意欲を僕は取り戻せた。

 その根幹となったのは、桜小路遊星様へ挑むこと。この世界では、僕がやりたかった事が全て終わっている。

 衣遠お兄様に認められる事。

 大蔵家の一員として認められて、家族となる事。

 りそなの実母である金子奥様と和解する事。

 そして……ルナ様、湊、瑞穂様、ユルシュール様とフィリア・クリスマス・コレクションに挑む事。

 僕がしたいと思っていた全てが叶ってしまっている。だから、僕にはやりたいと思える事が何もなかった。

 そんな僕がこの世界で初めてやり遂げたいと思ったのは、桜小路遊星様に服飾で挑んで超える事だ。

 この想いが叶えられなくなったら……本当に服飾に戻ろうという気持ちさえも失ってしまう。

 僕と桜小路遊星様は一緒には歩めない。それは、妻であるルナ様とも歩めないという意味だ。

 

「……この想いだけは失いたくないのです。ですから、ルナ様。どうか私の事は諦めて下さい」

 

「……分かった。君を巡って大蔵家と争わないと約束しよう」

 

「ルナ様!」

 

「だが、朝日……やはり、私は君を諦めきれない。君が確固たる自信を得た時、改めて私は君を勧誘する。悪いが私は絶対に諦めないから、その時は覚悟しておいてくれ」

 

「……分かりました。私が自分に本当に納得出来るだけの自信を持った時に、改めてルナ様への返事をいたします」

 

 これが今言える僕の精一杯の返事だ。

 それでもルナ様は笑ってくれた。

 ……胸の奥にある罪悪感が疼くのを感じた。ルナ様や八千代さん、そして皆に対する罪悪感は消えた訳じゃない。

 きっと……僕は一生この罪悪感を抱えていくだろう。

 この世界の皆が許してくれても、僕自身があのルナ様にした事を赦せないから。

 

「さて、これで君の今後に関しては不本意ながら私は認めた。その代わり……」

 

 椅子から立ち上がったルナ様は、片づけたトランクケースに近づいた。

 そのまま鍵を開けて、ルナ様は仕舞ったメイド服を取り出して……え?

 

「頼む、朝日! やっぱり、このメイド服を着てくれ!」

 

「何でそうなるんですか!?」

 

 拒否しましたよね!

 ちゃんと理由を説明して拒否したのに、何でメイド服を取り出して僕に差し出して来るんですか!?

 

「やはり若い朝日のメイド姿をこの目でみたい。湊達は見られたのに、私だけ見られないなんて酷いぞ」

 

「ひ、酷いと言われましても……何故其処まで私のメイド姿に興味がおありなのですか? 正直申しまして、男性の私がメイド服を着るのは……へ、変態の行為ですよ」

 

 ……そうだ。

 改めて考えてみると、メイド服を喜んで着る僕は変態だ。

 ……自信は無いけど、日本に戻ってりそなからメイド服を返されても、着るのは控えよう。

 ……自信が本当にないけど。

 

「いや、正直言って正体を知っているにも関わらず、私には君が女性にしか見えない。夫も、君の事は自分よりも朝日として完成していると言っていたぞ」

 

「……聞きたくありませんでした」

 

「夫の朝日も素晴らしかった。清廉な可愛らしさの中へ、開きかけた桜の蕾のような色気が自然と溶けこみ、女性として風格が漂っていた。当時の桜屋敷内の皆も、色気が増して美人に育っていたと評判だった」

 

 ……凄く聞きたくない。

 男としての尊厳がガリガリと削られて行くのを感じます、ルナ様。

 

「私は夫以上の朝日はいないと思っていた。だが、今此処に、あの朝日を上回る朝日がいる。清廉な可愛らしさの中に、今にも消え入りそうな儚さが加わり、ウィッグとは違う天然の黒髪の美しさ。更には思わず手を出したくなると思ってしまうほどの色気。きっと、今の君が街を歩けば、世の男どもは声を掛けずにはいられないだろう」

 

 はい。イギリスにいた時に、初日にナンパをされ続けて外に出るのが怖くなりました。

 

「そんな君が朝日の魅力を最も出せるメイド服を着た姿が、どうしても私は見たい! だから頼む!」

 

「……絶対に着ません」

 

 流石にメイド服を着たいという気持ちがなくなった。

 とりあえず八千代さんに連絡をしよう。ルナ様が持っているメイド服を回収して貰って、僕がいる間は返さないでいて貰うように頼まないと。

 内線をかける為に僕は立ち上がろうとする。

 

「……あれ?」

 

「朝日?」

 

 立ち上がろうとしたのに、思うように足が動かない。

 ……そ、そう言えば、暫らく正座なんてしていなかった。痺れて足に力が入らない。

 僕が立ち上がれない事にルナ様は気がつき、笑みを浮かべてメイド服を持ちながら近づいて来る。

 

「どうやら動けないようだな、朝日」

 

「ル、ルナ様……ま、まさか」

 

「悪いとは思う。だが、私は何度も君と二人っきりになれるチャンスがあるとは思えない。だから、無理にでも着て貰う」

 

「……それは無理だと思います」

 

「ええ、無理ですね」

 

 僕の言葉に同意するように、第三者の声がアトリエの中に響いた。

 声を聞いたルナ様は固まり、油が切れた機械のようにギリギリと音が聞こえて来そうな遅さで背後を振り向く。

 その先には笑みを浮かべているけど、顳顬をひくつかせている八千代さんが立っていた。

 

「ルナ様。何故此処に居られるのでしょうか? しかもメイド服を持って立ち上がれない小倉さんに迫るようにしながら?」

 

「や、八千代……どうして此処に?」

 

「どうにも心配でルナ様のお部屋に行ってみれば、部屋にお姿が無く、まさかと思って急いで来てみれば……ルナ様、流石にお戯れが過ぎますよ」

 

「ま、待て、八千代! 話せば分かる!」

 

「分かりません! 大人しくしていると思ったら、こんな事を企んでいたのですね! しかも何処かからメイド服まで持ち出して来て!」

 

 笑みから一転して八千代さんは怒りに満ちた顔を浮かべた。

 ……あの顔……間違いなく、僕を追い出した時の八千代さんの顔だ。

 身体が震える。でも、八千代さんの怒りは僕ではなくルナ様に降り掛かった。

 

「これは没収します!」

 

「返してくれ、八千代! それは大切な思い出の品だ!」

 

「もういい歳なんですから、いい加減に小倉さん病を治して下さい! 旦那様がアメリカに来た時に、無くなっていると言っていましたけど、まさか、ルナ様が隠していたなんて」

 

 ルナ様から取り上げたメイド服を見た八千代さんは、メイド服の出所をすぐに察したようだ。

 

「どうやら、ルナ様にはお仕置きが必要なようですね」

 

「な、何をするつもりだ?」

 

「屋敷のメイド全員に命じて、屋敷の何処かに隠してある小倉さんの写真を見つけて取り上げます!」

 

「なっ!? ま、待て、そんな事をしたら夫の過去が!」

 

「今丁度此処に小倉さんがいますから、写真の件は誤魔化せます」

 

 あっ! 確かに八千代さんの言う通り、誤魔化す事ができる。

 このアメリカの桜小路家のメイドの方々は、桜小路遊星様の過去や僕の正体を知らない。

 だから、表立って桜小路遊星様が『小倉朝日』だった時の写真を探す訳にはいかなかった。写真が見つかって、女装していたなんてバレたら、最悪だ。

 でも、僕の写真というか、母親である『小倉朝日』の写真として誤魔化せば、写真を探すのに問題は無くなる。

 桜小路家のメイドの方々には、八千代さんが説明をしたとも聞いていた。

 僕が昔ルナ様が日本にいる時に仕えていたメイドの『小倉朝日』の娘で、母親の面影を強く残している僕をルナ様が大変気に入っているという形で説明したらしい。

 ……色々と思うところはあるけれど、今はそれが幸運となった。

 

「頭が痛くなりますけど、旦那様の昔の写真を取り上げたらルナ様のデザインに支障が出ると思い我慢をしていました」

 

「そ、そうだ。アレを取り上げられたら、私は泣くぞ」

 

「ですが、その甘さが危うく大変な事態を引き起こすところでした。ですので、写真は取り上げます!」

 

「八千代! 止めてくれ! アレを取り上げられたら、わ、私は!」

 

「いいえ。少なくとも小倉さんが日本に帰国するまでは預からせて貰います……それでは小倉さん」

 

「は、はい!」

 

「ごゆっくりしていて下さいね」

 

 八千代さんは笑みを浮かべながら、暴れるルナ様を抱えてアトリエから出て行った。

 残された僕は、呆然と床にへたり込む。

 

「……八千代さんだけは絶対に二度と怒らせないようにしよう」

 

 

 

 

「……それは……危なかったね」

 

 桜小路家での夕食の時間。

 昼間の顛末を聞いた駿我さんは、僅かに冷や汗を流していた。

 仕事から帰って来た桜小路遊星様も汗を流し、テーブルの上に置かれている八千代さんが発見した『小倉朝日』の写真の数々が収められているアルバムと、『小倉朝日』のメイド服を見ている。

 

「奥様はとりあえず部屋で休まれております」

 

 笑顔の八千代さんに、僕ら三人は何も言えなかった。

 ……これは相当にルナ様は叱られたようだ。

 

「それにしても……こんなに写真を撮っていたとは……正直言って油断し過ぎじゃないかな、遊星君」

 

「返す言葉もないです」

 

 アルバムに収められている『小倉朝日』の写真を眺めている駿我さんの言葉に、桜小路遊星様は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 僕も見た時は驚いた。寝顔から始まり、桜屋敷の中で仕事をしている『小倉朝日』の写真。

 ……その全てが笑顔を浮かべていた。本当に幸せな日々を過ごしていたんだと感じられる写真だった。

 

「その……ごめん」

 

「……大丈夫です。本当に幸せな毎日だったんですね」

 

 自分とは違う道を歩んだ『小倉朝日』の思い出。

 こんな形で知るとは思ってなかったけど……嫉妬などの醜い感情は抱かなかった。

 駿我さんが捲るページ一枚一枚を見つめる。

 ……何も感じない訳じゃない。羨ましいという気持ちは、やっぱりある。

 ……フィリア学院に通えば、もしかしたら僕も『小倉朝日』のような日々を送れるのだろうか?

 勿論優先するのはりそなからの頼みと才華様のフォローだ。だけど、それ以外にもちょっとだけもう一度だけ、学生として過ごしたいという気持ちが湧いて来た。

 

「遊星君や小倉さんとしては、無い方が良いんだろうけど、このアルバムを処分する訳にはいかないだろうね」

 

「はい。正直言って旦那様の醜聞に繋がる物なので処分したいという気持ちはありますけど、処分したら奥様の仕事に支障が出ますから」

 

「此方としても処分するよりも、人質と言えば……良いのかな? とりあえず小倉さんが帰国するまでは預かっておくよ。メイド服の方は山吹さんが預かっていてくれ」

 

「分かりました」

 

「遊星君も悪いけれど、このアルバムは俺の方で預からせて貰うよ。君が持っていたら、桜小路さんに返してしまいそうだから」

 

「そ、そうですね……確かに泣きつかれたら返してしまうと思います」

 

 本気でルナ様に縋られたら、桜小路遊星様も僕も助けてしまうと思う。

 女装姿の写真の数々が収められたアルバムを駿我さんが持っているのは複雑だけど、この屋敷の中に置いておいたらルナ様に回収されてしまいそうだ。

 メイド服に関しては、回収されても僕が着なければ問題は無いので、八千代さんが持っていても構わない。

 

「それにしても……無くなったと思っていたのにルナが持っていたなんて。てっきり桜屋敷に置いてきたと思ってたよ」

 

 懐かしそうに桜小路遊星様は、『小倉朝日』のメイド服を見つめる。

 彼にとっても、やっぱり大切な思い出が詰まった服なのだろう。

 うっかり、着なくて良かった。もしも着ていたら、彼の思い出を穢してしまっていたかも知れない。

 

「小倉さん。今回の事で分かったと思いますけど、奥様の小倉さんに対する想いは、正直言って……重いです」

 

「はい。充分に感じましたし、ちょっと甘く見ていたと思い知らされました」

 

 本当に『小倉朝日』とルナ様の間に、何があったのだろう?

 知りたいという気持ちはある。だけど、知ったところでそれはもう過去の話だ。

 今後もルナ様や桜小路遊星様と深く関わるならともかく、僕は二人と一緒には歩めない。深く聞いてはいけない。

 一緒に歩めるなら別だけど……僕がやりたい事を考えれば、答えは決まっている。

 

「今後はこの屋敷内では小倉さんを一人にしない方が良いだろうね。今日みたいに遊星君に急な用事が入った時は、一人ではいない方が良いと思う」

 

「そうですね。そう言えば、旦那様。急な用事は本当だったんですか?」

 

「うん。ルナが手を回した訳じゃないよ。湊にも確認したけど、本当に急に必要な仕事だったから、僕も安心したし」

 

「桜小路さんはその機会を待っていたんだろう。本当に急な用事だったら、俺達も疑う事が出来ない。一度あるか無いかどうかのチャンスを狙っていたと見て間違いない」

 

「もしも小倉さんがメイド服を着てしまっていたら……襲われていたかも知れません」

 

「あ、あの……僕男なんですけど? それが襲われるって……どういう意味ですか?」

 

 普通は襲われるのは、逆では無いのだろうか?

 いや、ルナ様を襲うなんて僕には絶対に出来ないけど。

 何だろう? 急に桜小路遊星様が、純真なものを見るような目で僕を見て来た。

 

「うん。間違っていないよ。そう、間違っていないから安心して」

 

「な、何があったんですか?」

 

「……お願い。聞かないでくれると本当に嬉しい」

 

 な、何が彼にあったんだろうか?

 何だか、目がちょっと虚ろになっているように感じられる。

 ……聞かないでおこう。知らない方が良い事もある。何故かこの話題は、その類なのだと感じられた。

 

「でも、ルナ様も養子の件は認めてくれましたから」

 

「ええ、その件は良い報告です。認めなければ、来年の『晩餐会』の時に小倉さんを攫ってしまいそうでしたから」

 

 攫うって何!?

 僕、男ですよ! いや、女装をして女子にしか見えないようだけど。

 

「ルナならやりそう」

 

 ……怖い事を不安そうな顔で言わないで下さい、桜小路遊星様。

 貴方の奥さんですよ、ルナ様は。

 脳裏に思わず浮かんでしまう。『晩餐会』で大蔵家の方々(いまだに僕は全員の顔を知らない)の前で小倉朝日としての僕を、連れ出そうと手を引っ張るルナ様のお姿。

 ……うん。何か激しく間違っているよね。普通逆だよね。男の僕がルナ様を連れ去るなら納得できるけど、何で僕がルナ様に連れ去られるの?

 ……ちょっと心がときめいたのは気のせいだ。うん。

 

「その件は安心してくれ。衣遠の奴も警戒しているが、俺自身の方でも護衛役を何人か雇っておくから」

 

 そして駿我さんも普通に警戒しているんですね。

 もしかして……警戒心が薄かったのは僕だけ? りそなが言うようにもうちょっと警戒心を持とう。

 

「それじゃあ、小倉さん。もう遅くなるから……」

 

「あっ、ちょっと時間良いですか?」

 

 桜小路遊星様が、帰ろうとした僕と駿我さんを止めた。

 どうしたんだろう?

 

「……少しだけ二人だけで話がしたいんだけど、良いかな?」

 

「……はい」

 

 僕は頷き、八千代さんと駿我さんに謝って応接室から出た。

 

 

 

 

 案内された場所はアトリエだった。

 この場所なら確かに二人だけで話せる。

 ……そう言えば、桜小路遊星様と二人だけで話すのは今日が初めてだ。服飾の勉強の時には無駄話なんてせずに集中してやっているし、その他の時にはルナ様か八千代さんが一緒にいた。

 今日はルナ様は部屋で反省しているから、二人だけで話すのには良い機会だ。

 

「それで、どのような御用なのでしょうか?」

 

「うん。君は日本に戻ったらりそなと暮らすんだよね?」

 

「はい。りそなと暮らす予定です。部屋も用意したと連絡がきました」

 

「そう……」

 

 何だろう?

 もしかしてりそなに余り近づかないでくれと言われるのだろうか?

 それは流石に桜小路遊星様に悪いけれど、要求されても受け入れる事が出来ない。確かに彼に比べたら、僕は情けない兄だ。夢の為に手を貸してくれた妹に、何の恩も返せず、逆に慰めて貰った。

 それだけじゃなくて、どんな形にしても服飾の勉強ができる環境を整えてくれた。

 ……女子しかいない学院に女装して入る事は今は忘れよう。

 どんな言葉を言われるのか覚悟して待っていると、彼は質問して来た。

 

「もしも……もしもだよ。才華とりそなが争う事になったら、君はどっちの味方をする?」

 

「……先ずはそうならないように尽力します。それでも争いになりそうだったら間に入って止めます」

 

「それでも喧嘩になったら?」

 

「……僕はりそなに味方すると思います」

 

 桜小路遊星様は知らないだろうけど、今日本ではそうなっていると思う。

 僕の説得でりそなは折れてくれたけど、きっと内心では今も才華様がした事を許してはいない筈だ。そしてもしも最悪の事態に発展してしまった時……僕はりそなに味方をする。

 たとえ才華様が桜小路遊星様とルナ様のご子息だとしても、僕はりそなの味方だ。

 勿論、二人が仲良くなれるように全力で努力はする。でも、最終的に味方をするとしたら……りそなの味方で僕はいたい。

 この答えに不快な想いを抱いていないかと不安になるが、桜小路遊星様は笑みを浮かべた。

 

「良かった」

 

「えっ?」

 

「……本当の事を言うけど、僕は才華とりそなが喧嘩したら……才華の方を味方すると思う。現に今回のフィリア学院の男子部が廃止される決定が出た時、僕は最初りそなを説得して何とか存続出来ないかって考えたんだ。後から調べて、どれだけりそなが一人で男子部の存続を頑張っていたのかも知らずにね」

 

「それは……」

 

 アメリカと日本の距離を考えれば仕方が無い。

 僕自身最初に話を聞いた時は、ちょっとやり過ぎじゃないかなと思ったぐらいだ。

 

「りそなは僕に男子部廃止の件を伝えてくれなかった。きっと僕が残念がると思ったから、一人で頑張っていたんだ。それに僕は気が付けなかった」

 

「……」

 

「君と同じように僕もりそなには返し切れない恩がある。でも、僕は……身内で争う事になった時、りそなの味方じゃいられない。どうしてもルナ、才華、アトレを、僕の今の家族を優先すると思うんだ」

 

 ……それは間違っているとは思えない。

 家族という全体的な枠組みで言えば、きっとりそなも桜小路遊星様の中に入っている。

 でも、どうしても優先度が出て来てしまう。それが実の子だとすれば、当然だ。

 特に才華様に対しては、桜小路遊星様は過保護だ。

 僕と違って、りそなよりも才華様を優先してしまうのは仕方が無い。

 

「君にも君の人生があるだろうけど……ほんの少しで良いんだ。りそなを支えて欲しい」

 

 桜小路遊星様は僕に向かって頭を下げた。

 ……りそなの事も心配なのだろう。でも、今の彼の立場は桜小路家の婿だ。

 立場的にも心情的にも味方でいられる自信が無いのだろう。

 なら、僕が出せる答えは……。

 

「頭を上げて下さい。僕は貴方と違って、何も成し遂げられなかった。それどころか、落ち込んでいたのを慰められた情けない兄です……でも、りそなの味方……家族として過ごします」

 

 僕には何の力もない。

 確かに大蔵衣遠の子供という立場にはなったけど、その立場を悪用する訳には絶対にいかない。

 それどころか、昔のりそなのように学院に通えば、きっと好奇な視線を向けられると思う。好意的な視線ばかりじゃない。悪意という類の視線もきっと向けられるだろう。

 でも、りそなの家族として過ごしたいという気持ちだけは変わらない。

 これから先がどうなるのかは分からない。もしかしたら桜小路遊星様のように、僕もりそなから離れてしまうかも知れない。その時が来るとしても僕はりそなの味方でずっといたいと思っている。

 答えを聞いた桜小路遊星様は頭を上げて、僕の目を見て来た。

 

「ありがとう」

 

「お礼は良いです。ただりそなは僕の味方をするそうですから……何時か二人で貴方とルナ様の作品に挑むかも知れません。その時は」

 

「負けないよ。あんまり勝ち負けとかには興味は無いけど、それでも僕は自分の最高の作品を出すから」

 

「怖いですけど……それでこそって気持ちもありますから……こっちも最高の作品を出せるように頑張ります!」

 

 僕は意気込みながら言葉を口にし、二人で笑いあった。

 ……此処に、桜小路家に来れて良かった。そう思える事に嬉しさを感じながら、明日への意欲を僕は燃やしていた。




漸く二月は終了。
此処まで応援してくれていた方々、本当にありがとうございました!
三月はサクサクと進ませて、入学式に行きます。

IFルート
『もしもメイド服を着ると選択したら』

【メイド服を着る】
 ……待って、果たしてこの選択肢は正しいのだろうか?
 もう少し良く考えよう。

【メイド服を必ず着る】
 アレだけりそなからも注意されたのに、着てしまうのは問題にならないだろうか?

【どんな結果になってもメイド服を着る】
 本当にそれで良いのかな? 着た瞬間に、何か大変な事が起きないだろうか?
 部屋の中を見回す。誰もいない。
 だったら、良いよね?

「良し。着てしまおう。ごめんなさい」

 大切にされているメイド服を勝手に着るのは、心苦しいけど、もう本気で我慢が出来ない。
 いそいそと着ている服を脱いで、僕はメイド服に袖を通した。

「わあ~~!」

 何だか気分が軽くなったような気がする。
 アトリエの中に置かれている姿見で、全身を映す。

「サイズもピッタリだ! 良し服飾をやらないと」

「いや、その前に私と話をしよう、朝日」

「……えっ?」

 背後から聞こえて来た声に、振り返ろうとするけど、その前に誰かに背後から抱き締められた。

「ル、ルナ様!」

 抱き締められた僕は慌てて背中越しに相手を確認して、ルナ様だと気がついた。

「ああ、朝日だ! 若かりし頃の朝日が帰って来た!」

「お、お止め下さい、ルナ様! 一体何を為されているのですか!?」

 メイド服越しにルナ様は僕の身体を触って来る。
 あっ! だ、駄目です! 其処は!?

「お、お止め下さい! そんなところを触っては行けません!」

「フフッ、やっぱり可愛いな、朝日。大丈夫だ。君を感じさせる方法は、夫で熟知している」

「感じさせるって! 本当にお止め下さい!」

「君の事だ。私の裸を見ても、神聖化して何も反応しないだろう。だが、そんな君が私に対して唯一反応する方法は、メイド服を着て恥ずかしい気持ちによる反応だ。夫もそうだったからな」

「えっ!? 今何か大変な事をおっしゃられませんでしたか!」

 聞きたくもなかった事実に、僕は驚いた。
 えっ? まさか、本当にそれが桜小路遊星様の初体験なの!?
 信じたくないけど、徐々にメイド服の下で僕の大切な場所が反応しているのを感じる。

「ほら」

「やぁっ」

 ルナ様のお手が大切な場所をメイド服越しに掴んだ。
 その感触にうっかり、女性らしい悲鳴が出てしまった。

「お、お戯れはお止め下さい」

「戯れじゃない。私は本気だ」

「尚更行けません!」

 強く否定するけど、ルナ様を振り解く事なんて出来ない。
 もしも振り解いて怪我でもされたら、僕は一生後悔する。

「ル、ルナ様……」

「すまないとは思う。だが、私はやっぱり君を諦め切れない。絶対に朝日を誰にも渡したくは無いんだ!」

 力強く宣言されると共に、大切な場所を掴んでいる手を動かされ、初めての快感に僕は身悶えするしかなかった。

R-18ルートに突入。
『初めての快感』

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