月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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連続更新2日目です。

Nekuron様、獅子満月様、響提督様、エーテルはりねずみ様、秋ウサギ様、にょんギツネ様、烏瑠様、Layer様、誤字報告ありがとうございました!


三月中旬(才華side)5

side才華

 

「若、お久しぶりです。正月にご挨拶に伺って以来ですね。特別編成クラスの担任へ内定があったので報告に来ました。これで余程の事がない限り、私が若のクラスを受けもつ事になります」

 

「ありがとう、紅葉。初めて担任を受けもつだなんて喜ばしい昇進の筈なのに、其処へ僕の都合を差し込んでしまうことを許して貰いたい。だけどそれが出来たのも、紅葉の実力とこれまでの実績があってのことだ。だから胸を張って欲しい」

 

「はい。総学院長からも期待していると言っていただけました。若の都合を差し込まれただなんて思っていません。それと、私もいよいよと同じように、心の奥底には桜屋敷のメイドとしての意識があります。生まれた時から知っている若を助けるためなら尚更です。協力は惜しみません」

 

「君達が桜屋敷に勤めていてくれた事に感謝する」

 

 今夜、僕がエストへの仕事を終えた後、アトレの部屋に懐かしい人が訪れてくれた。

 『樅山紅葉(もみやまもみじ)』。僕の幼少期の世話をしてくれた桜屋敷の元メイド。

 彼女は『小倉朝日』がお母様の付き人を辞めた後の後釜としてフィリア学院へお母様付きのメイドとして通い、お母様が収めた優秀な成績に大きく貢献している。年末のショーではお父様の協力があったようだけど、普段の提出物をサポートしていたのは、紅葉だ。

 その優秀さは、卒業後にフィリア学院服飾部門の講師となった事からも分かる。元々は広島にある実家の縫製工場を継ぐつもりだったけど、そっちは親戚が引き取った為に紅葉は東京に残った。

 お母様は自社にスカウトしたけれど、彼女は日本を離れるほどの勇気は持てなかったらしい。

 僕は子供の頃に、彼女から服飾の勉強を教わった事がある。恩師の一人と言っていい。優しくて、明るくて、魅力的な女性だ。

 ただ、紅葉には一つだけ欠点がある。その為に長年フィリア学院に勤めているのに今年まで担任は任されず、副担任の位置に甘んじていた。

 

「樅山さん、久しぶり……それにしても相変わらず、見た目が変わりませんね」

 

「ありがとうございます、ルミネお嬢様。だけどもう三十代後半なので、若く見られなくても気にしません」

 

「嘘だと言って……」

 

 紅葉の外見は二十代、いや、背の低さも合わせると十代に見えてしまうんだ。

 これまで担任になれなかったのも、この外見が原因だ。実力はあれど、十代にしか見えない見た目では生徒に舐められると学院側に判断されて副担任の地位に長く甘んじるしかなかったと事情通の伯父様が言っていた。

 もはや医学の領域に踏み込んだ問題に、ルミねえは軽く頭を抱えている。

 僕は周りも年齢よりも若く見られる人は多いから、余り気にしてないけど、紅葉はその中でも特に若く見える。

 

「もみもみ。久しぶりにメイド服を着てみたらどう? まだまだもみもみにはお似合いよ」

 

 因みに壱与と紅葉は同期で、今でも良く二人で会って話したりするらしい。とても二人は仲が良い。

 ……ただ、壱与から事前に小倉さんの事は紅葉には内緒にして欲しいと言われた。理由は教えて貰えなかったけど、小倉さんは紅葉が壱与を訪ねに桜屋敷にやって来たときは、隠れていたようだ。

 何故なのかと壱与に質問したけど、悲し気な顔を浮かべるだけで何も言ってはくれなかった。

 

「私もう三十代だよ? メイド服は似合わないよ」

 

「似合うよ」

 

「似合います」

 

「みんなして酷い! 私もう三十代です!」

 

 背伸びして年齢を主張する身長145㎝。何処から見ても紅葉は学生だった。

 だけど見た目以上に頼り甲斐がある事は確かだ。これで授業中は何かと便宜を図って貰えるだろうけど、それに甘んじる訳には行かない。

 総裁殿が派遣する調査員に、紅葉が僕に協力している事を知られたら、彼女の人生まで終わってしまうかも知れない。紅葉は授業で優遇なんてしないけど、この件に関わっているだけで本当は大問題だ。

 

「そのもみもみの協力と私の調査、そしてルミねえ様が事前に調べていた服飾部門への入学希望者のリストのおかげで、在校生及び特別編成クラスの新入生の名簿がある程度完成しました」

 

 紅葉に頼んだのは生徒の正確な人数のみ。調べれば誰でも分かる事だし、情報のリークの定義には当て嵌まらないと思いたい。

 もしも調査員が、当て嵌める側だったら危ないけど、今何よりも僕らが欲しいのは情報だ。危険だと伝えたけど、紅葉は協力してくれた。感謝するしかない。

 

「それで紅葉? 本当に調査員の話は教師の間にも流れていないの?」

 

「はい。私も若に教えて貰って驚きました」

 

「教師にまで隠しているという事は……なるほど、今回の調査対象には教師も含まれているということか」

 

「だとしたら、調査員の力は学院の中では総学院長に匹敵するね」

 

「それ以上かも。何せその調査員の背後には総裁殿が控えている。連絡されて、その日の内に解雇なんて事はありそう」

 

「どうかまともな人である事を願います。でないと、桜小路家が!! 奥様と旦那様、それに叔母になんて言ったら良いのか!?」

 

 あっ、九千代が頭を抱えた。

 当然だけどね。僕も皆に相談出来ているから調子は取り戻せているけど、今も不安を常に感じている。

 一歩下がったら崖に落ちて、そのまま終わりだ。

 ……無意識にお腹を擦ってしまう。

 

「で、名簿をルミねえ様に見て貰いつつ、素性に関しても可能な限り調べたのですが、やはり限界がありました。全員分どころか半分も確認出来ていません。これだともしも調査員が名簿の中に名前がある人物だった場合、発見は困難になると思われます」

 

「でも、逆に言えば名簿に名前が無い人物が特別編成クラスに入って来たら、その人物が調査員って事になる」

 

「楽観視しない。これだって限りなくグレーに近い行為。もしも調査員が黒側に見たら、その時点で情報を流した樅山さんは教師を辞めさせられるかも知れないよ」

 

 胸にルミねえの懸念が突き刺さった。

 そうだ。楽観視は出来ない。寧ろそれこそが罠だと考えて行動しなければ、ならないのかも知れない。

 安易な接触をすれば、その時点で終わるかも知れない罠。

 だけど、今は何よりも僕がすべきなのは。

 

「紅葉。本当にごめん」

 

「わ、若! 頭を上げて下さい!」

 

 急に頭を下げた僕に紅葉は慌てた。

 でも、僕は頭を上げずに話しかける。

 

「今、僕が紅葉に示せる誠意はこれだけなんだ。僕の我儘で紅葉には迷惑をかけている。そしてそれが分かっていても、僕はもう止める事は出来ない」

 

 止めたら、その時点で全てが終わってしまう状況だ。

 ……最近思う。僕は人に愛を与えたかった。でも、今の僕は真逆な事をしている。

 沢山の人達に迷惑をかけてしまった。これで愛を与える側と言えるのだろうか?

 寧ろ今僕は皆に支えられている。不安で折れそうな心を、皆が支えてくれているから、立って前を見る事が出来る。

 ……そんな僕が皆に出来る事はあるのだろうか? 不安で押し潰されそうだけど、何かが、そう何かがもう少しで掴めそうな気もしていた。勘違いかも知れない。でも、それを掴む事が出来れば、僕は今よりも成長出来るような気がする。

 だから、逃げ出したいという気持ちはなかった。

 

「最近、才華さん。ちょっと変わった」

 

「そう?」

 

「うん。我儘を言っているのは変わってないけど、その我儘が引き起こす事をちゃんと理解して向き合おうとしている」

 

「怖い伯父様に注意されたからね」

 

「えっ? 衣遠様が若を注意したんですか?」

 

 紅葉は驚いている。

 桜屋敷に居た頃から、伯父様の甥姪コンは凄かったから、その反応は当然かもしれない。

 その伯父様が、僕に本気で注意して来たんだよ。その件を説明すると、紅葉は顔を引き攣らせた。

 壱与と共に急に僕らから離れると、何かを小声で話し出した。

 

「いよいよ。一体何があったの? あの衣遠さんがまるで昔に戻っているみたいになってる」

 

「もみもみ。その件に関しては後で話すから。ただ、戻るだけの事になっている事は分かるでしょう?」

 

「それはそうだけど。旦那様が知ったら、すぐに日本に戻って来るよ」

 

「そうね。昔の衣遠様の怖さは旦那様も分かってるから。でも、戻って来て若がしている事を知ったら…」

 

「気絶じゃ済まないよね」

 

「ええ、済まないわ。特に今は小倉さんの件で傷心を抱えているでしょうし」

 

「えっ? 小倉さん?」

 

「あっ!」

 

 うん? 急に壱与が大声を上げた。

 どうしたんだろう? 紅葉と何か内緒話をしていたんじゃなかったのだろうか?

 

「いよいよ、小倉さんって、若の事だよね? えっ、もしかして旦那様はこの件を!」

 

「知らないから安心してもみもみ。とにかく、後で話をするから今は会議を続けましょう」

 

 戻って来た。

 一体何の内緒話をしていたんだろうか?

 気にはなるけど、今は会議を続けないと。明日もエストの付き人としての仕事があるから。

 

「それでアトレ。気になる相手はいたの?」

 

「はい。大半が桜小路家とは繋がりあっても微々たるもので、脅威となる人はいないと思っていましたが、一人だけ脅威となり得るかもしれない相手がいます」

 

「その一人と言うのは?」

 

「此方の『梅宮伊瀬也(うめみやいせや)』さんです」

 

「梅宮」

 

 名字で理解した。ルミねえもすぐに察したらしい。

 

「梅宮って、二人のお母様のお姉様……伯母に当たる人の家?」

 

「うん。別の家へ嫁いだ親戚。僕もアトレも、一度もお会いした事はないけどね」

 

 それだけで異常と分かる僕の家の事情に、ルミねえは少しだけ眉を歪めた。

 彼女も『家庭内の政争』というものを他人事ではなく知っている人だ。現に最近まで僕も理解していなかったけど、昔の伯父様の話を聞いて、昔の大蔵家内の『家庭内の政争』は酷いものだったと少し理解出来た。

 あくまで少しだ。僕やルミねえは、今の家族を大事にする大蔵家しか知らない。昔の大蔵家、お父様の世代の時に何があったのかは知らないんだ。

 だからルミねえは真顔へ戻り、物怖じせずに尋ねて来た。

 

「私も衣遠さんから聞いて、大体の事は把握しているつもり。だけど、才華さんの目から見たご両親と桜小路本家の関係を聞かせて」

 

「いいよ。ただ、ルミねえは僕に優しいから、僕の話だけを聞いて判断しないで欲しい。正義や悪と言った話ではないんだ」

 

 そして僕は桜小路家本家と、僕らとの関係を話した。

 率直に言えば、本家と分家という立場でありながら、家同士の仲は非常に悪い。

 その原因は、桜小路家本家のお祖父様とお祖母様が、お母様を良く思っていない事から始まった。

 僕が誇りに思っている白い髪、白い肌のお母様を見て、お祖母様は酷くショックを受けた。その後にお母様は自力で富を築き、本家から独立して分家を立てた。

 当然本家の方のお祖父様はお怒りになり、度々何らかの干渉を行なって来た。その状況が打開出来たのは、本家が伯父様の影響下に入り、更には伯父様の弟であるお父様が分家の婿に入った。

 おかげで表面上は和解したけど、強制みたいな形だったらしく、本家の方はお父様の婿入りにさえ反対していたようだ。

 それでも一年に一度は挨拶を交わし、一家の行事があれば参加していたと聞いている。

 ……僕が生まれるまでは。

 お母様と同じ白い髪に白い肌を持って生まれた僕の存在を知り、お祖父様は誰を相手にする訳でも無く本気で怒ったと聞いている。

 『普通とは違う』事に恐れを感じていたお祖父様とお祖母様を否定する事は出来ない。仕方が無かった事だと思っている。

 それにお父様とお母様は、僕が生まれた事を祝福してくれていた。毎年の誕生日にお父様はケーキを焼いてくれて、お母様のデザインした服を僕に贈ってくれる。他にもお母様の友人の方々は、屋敷のメイドの皆は僕を受け入れてくれていたから。

 

「僕達は楽しく今を暮らせている。だから、それで良いんだ」

 

「そう、ごめんなさい、そんな話をさせて、だけど今の歴史を聞いて、私も才華さんが生まれたことを祝福出来る」

 

「ありがとう。でも、本当に、お祖父様とお祖母様に対して否定の気持ちは無いし、全く残念に思っていないんだ。とは言え、僕の現状がバレたら鬼の首を取ったかのように、何かの干渉をして来る危険性は在ると思う」

 

 いずれ僕が結果を出せばと思わなくもないけど……良く考えてみるとお母様の素晴らしい姿を見ても考えを変えなかった人達だ。難しいと思って行動した方が良い。

 まぁ、あっちは今の僕の姿を知らないから、簡単にはバレないと思いたい。

 

「それにルミねえ。本家の人間の全員と和解出来てない訳じゃなくて、お母様のお兄様……桜小路家の伯父様とはわりと仲良くしてる」

 

 唯一桜小路本家でまともに親戚付き合いが出来たのが、桜小路家の伯父様だ。

 とは言っても、この人もお祖父様と対立してまでお母様を助ける事はしなかった人だけど。桜小路家本家ではお母様の外見に抵抗がない人だ。

 で、梅宮の伯母様の方はと言うと……。

 

「梅宮の伯母様は、その伯父様とは逆で、お祖父様のやり方、考え方に何一つ疑問を持たない人みたい」

 

 何せ本当に会った事がないので、人聞きで性格を判断するしかない人だ。

 それと言うのもお母様が生まれた時に、お祖母様がショックを受けて体調を崩してしまった。

 梅宮の伯母様は、その一件もあってお母様がお祖母様を傷つけた加害者と思っている。

 しかも大蔵家を味方につけてお祖父様を虐めているのも、僕が生まれた為にお祖父様が衣遠伯父様に謝罪した事も、みんなみんな梅宮の伯母様の中ではお母様が悪い事になっているみたい。

 

「自業自得じゃないですか」

 

「ええ、全く。あの当時にお屋敷にいたメイドの先輩の方々も言っていました」

 

 紅葉と壱与が怒りに滲んだ声で桜小路本家を批判した。

 この二人は僕が生まれる前から、桜小路家本家との関係を見ているから良く知っているんだろう。

 現に壱与は強く拳を握り締めている。こんな彼女を見るのは初めてだ。

 

「その伯母様のいる梅宮家だっけ? 潰していい? 判決、木っ端微塵の刑?」

 

 ルミねえも怒った。この人、普段はクールで過保護だから、僕が関わる事で本気で怒ったら、子供じみた真似も辞さない性格だ。

 しかも世界に名だたる大富豪の大蔵家の中で、特別な発言力を持っているから冗談では済まないから困る。政財界を巻き込んだ経済封鎖が、梅宮家に襲い掛かるだろう。

 

「ルミねえ。それだと伯母様の言う『大蔵家を頼って虐める』をする事になるよ。僕もお母様もそんな事は望んでいない。僕達はもう、離れた土地で楽しく暮らしている。だから、良いんだ」

 

「うん、そうだったね。でも私、才華さんも桜小路のお母様の事も好きだから。ムキになってごめんね」

 

「……いよいよ。あの当時は旦那様の方が苦労していたよね」

 

「ええ、旦那様が桜小路本家に訪れる度に嫌味を言われて帰って来た事が知られて、『よし、潰そう』と笑顔で言う奥様に、怒り心頭の総裁殿を全力で御止めになられていなければ、今頃桜小路本家はこの世から無くなっていたでしょう。あのお怒りになられたお二人を御止めした旦那様には、尊敬の念しかないわね、もみもみ」

 

 また、紅葉と壱与が内緒話をしている。

 この二人は当時の頃を知っているから仕方がないかも知れないけど。

 

「で、伯母様の話に戻るけれど……これまた気の強い人らしくて、本家と分家が一応の和解した時も、絶対反対の立場をとって、お母様の参加する行事や集まりには一切近づかなかったんだって。だから僕も、アトレも、お父様も、もしかするとお母様ですら、今の梅宮の伯母様の顔も分からない。恐らく向こうもそう。その娘さんが僕の従姉妹にあたる『伊瀬也』さん」

 

「平気なの、それ?」

 

「今話した通り、相手は僕とアトレの顔すら知らない。それにお母様との関係を除けば、梅宮の伯母様だって姉御肌の良い人らしいよ。地元では。だから、伊瀬也さん本人は、桜小路の関係者を相手にしなければ、とても良い人かもしれない。こればかりは会ってみないと分からない」

 

 ただ、一つ言えるのは伊瀬也さんは調査員ではない。

 総裁殿は確か桜小路本家を嫌っていた筈だ。基本的にあの人は好きや嫌いで人材を選ぶ人ではないけど、桜小路家本家だけはその例外にあるとしか思えないほどに嫌っている。それがお母様との友情からなのか分からないけど、其処まで嫌っている家の関係者からわざわざ調査員を選ぶとは思えない。

 それだけは救いだ。もしも僕のやっている事が知れたら、桜小路本家が何をして来るか、本当にわかったもんじゃないんだから。

 

「お兄様。彼女の入居の予定は入学式の一週間前です。お兄様は会っておきますか?」

 

「……伯母様さえ同行していなければ、小倉朝陽として会った方が良いだろうね。相手側は僕の特徴だけは知っているから、似た容姿の小倉朝陽で反応を先ずは確かめたい」

 

「では私も一緒の時の方が良いでしょうか。出迎える予定なので、その時にエストさんと一緒にエントランスに居ていただければ」

 

「挨拶? 仲が悪いんじゃないの?」

 

「どうも大家が衣遠伯父様だった頃から話がついているみたいで、現所有者が私という事も知らないんじゃないでしょうか。管理会社の方から連絡がいっている筈なのですが。でも、私が大家なら絶対に入居させないでしょうし、連絡そのものを見ていないか、手紙を受け取ったのが梅宮の伯母様ではなく旦那様で、流し読みしたのかのどちらかでしょう。で、後から揉めるのも嫌なので、一番初めに挨拶をしておこうと思います」

 

「お嬢様の懐の広さに、この山吹、感動しました。ご立派です」

 

「あらかじめ梅宮の家に連絡しておいた方が良いのではありませんか?」

 

「一応、通知は出している訳で……向こうも承知の上で入居するのが前提ですからね。重ねて確認すると『こちらは了承しているのに、何か思うところがあるのか』と本家も交えて難癖を付けられないとも限りません」

 

 そしてお父様が日本へ来る事態になると僕が困る。其処まで考えてくれている頭の良い妹を持てたのは、僕にとって最大の幸運だ。

 ……駄目だ。また甘えかけている自分がいる。甘え過ぎたらいけないんだ。

 自分が出来る事を必死に考えて、状況を打破出来るようにしないといけない。

 

「まあ、事前に確認出来るなら良いか……何せもう私達には後がないから」

 

 はい、その通りです。

 エストと巡り合えたのは、僕にとって幸運だったけど、彼女にとっては不運になるかも知れない状況だ。

 たとえ争いになるかも知れなくても、梅宮伊瀬也とは会わなければならない。

 

「たださっきも言ったけど、小倉朝陽として会って、髪の毛の色で毛嫌いされる可能性はあると思う。僕のお母様は、それで拒否された訳だから」

 

「お姉様が侮辱されたら討ちます」

 

 入学する前に揉めたくないから、アトレに釘を刺した。

 頭は良いんだけど、最近の僕の妹は本当に怖い。九千代に頼んで、常に購入している物の中に、刃物がないか確認して貰っているぐらいだ。

 前みたいにサバイバルナイフを購入されたりしたら、本当に危ないから。

 

「じゃあ梅宮さんは一度会ってみるまでは判決は保留。アトレさんの懸念事項が他になければ、次は私から。在校生と新入生に大蔵家の関係者が二名ほど」

 

「大蔵家の関係者? 僕達と同い年の親戚? ……もしかして一人はアンソニーさんの」

 

「正解。名前は『大蔵アンソニーJr(ジュニア)』」

 

 随分ズバリな名前だけど、やっぱりそうだったか。

 『晩餐会』の時にアンソニーさんがお父様とそんな話をしていたから覚えている。

 でも、事情が分からない紅葉が手を上げた。

 

「すみません。良く分からないので、どんな方なんですか?」

 

「それがややこしい事情があって、一言で表すなら愛人の子で、父親の大蔵次男家の次男のアンソニーさんが二年前まで存在を知らなかったと言うか」

 

「最低だよね、大蔵家」

 

 小倉さんの事と言い、またしても愛人の子で二年前で存在を知らなかったとか。本当に最低だ。

 ……いや、小倉さんの心の傷を踏み躙った僕も最低だけど。

 

「待って、アンソニーさんにも事情があるの。ジュニアさんの母親はアメリカのスーパーモデル、故ビッチーノ・バッチコイーノという女性で」

 

「ええええビッチーノは誰でも知ってるよ! だってモデルをランク付けするなら、上から数えた方が早いほどの世界的モデルだった人だよね?」

 

「そう」

 

「あ、でもビッチーノは『生涯独身宣言』を掲げて、数ヵ月に一度は有名人の誰かしらと噂が立っていたような……」

 

「だから一夜の出来事で妊娠した時も、身籠った事を父親であるアンソニーさんに伝えないままでいたみたい。彼女は仕事と恋愛を次々とこなしながら子育てをして、二年前に亡くなって遺書が見つかるまで、息子のジュニアさんも父親の事を知らなかったんだって。まあアンソニーさんは独身だし、ジュニアさんを一族として認知したの。だけどジュニアさん本人は大蔵家には興味がないみたいで、父親の顔さえ見られれば後は自由に生きるって言って、まだ一度も一族として認められているのに『晩餐会』に参加した事がないくらい」

 

 道理で日本に戻って来てから、大蔵家に訪れた事は何度も会ったけど顔を見た事がない筈だ。

 『晩餐会』にも出席していないんだから、仕方が無いかも知れないけど。

 

「世界的大富豪を相手に興味無し。その気になれば利用する事も出来るのに、男気のある人だね」

 

 親に甘えずに独立しているところも好感が持てる。親戚ではあるし、いずれ卒業したら桜小路才華として話してみたい。

 

「それでもう一人は?」

 

「こっちは更にややこしい……妾の子で、しかも父親に認知もされていない」

 

「やっぱり、最低だよね。大蔵家」

 

 話を聞く度に評価が下がって行く大蔵家。

 と言うよりも、僕らの世代で小倉さんを含めれば三人も妾の子がいるという事になる。

 どんな家だと頭が痛くなりそうだけど、これが僕らが見ていなかった大蔵家なのかも知れない。

 本当に綺麗な部分しか見ていなかったんだと、反省する。

 

「それで父親は分かってるの?」

 

「才華さん。ちょっと目が据わってる」

 

「ごめん」

 

「まあ、気持ちは分かるけどね。私も改めて知って頭が痛くなりそうだったから。父親は分かってるよ、富士夫お兄様」

 

 僕とアトレは微妙な顔をしつつも安堵した。

 富士夫さんは僕達の大蔵家側のお祖父様の弟に当たる人で、ちょっと髪の生え際が危険な領域に差し掛かってきた、大叔父様だ。

 そして『晩餐会』の場で唯一大蔵次男家の中で、小倉さんの養子入りに最後まで反対の姿勢をとっていた人だ。

 何でかなと思っていたけど、自分も似たような事をしていたから、小倉さんが大蔵家に正式に認められると、立場が悪くなるからだったんだ。

 しかももう高齢の域に達しているのに、いまだにお盛んだったとは。そう言えば、駿我さんが『晩餐会』の場で嘆いていたのを思い出した。

 

「それでその人の名前は?」

 

「『山県大瑛(やまがただいえい)』さん。私と同じピアノ科に所属していて、二年生の先輩」

 

「聞いた事がない」

 

「一族として認められていないから知らないのも無理はない。ただ演奏会で見た事はあるから顔は知っている」

 

「才能がある人なんだ。流石は大蔵の血筋。じゃあ山県って言うのは母方の姓?」

 

「そうなんだけど、その母親も育児を半ば放棄して遊び回っている有り様で。山県先輩は駿我さんの援助を受けて、一人暮らしをしているみたい」

 

「駿我さんの」

 

 そう言えば、先月桜屋敷に訪ねに来た事を思い出した。僕らは『桜の園』の方にいて会えなかったけど。

 あの人が育てたんなら、山県さんはそれなりに立派な人なのだろうと確信が持てる。

 でも、それだったらアメリカで僕らは山県さんに会っても可笑しくないのに? 面識さえなかったどころか、今ルミねえに教えて貰うまで存在さえ知らなかった。

 何か理由でもあるのかな? でも確かめる事は出来ない。僕らがやっている事を駿我さんが知って、どう反応するのか分からないからだ。最悪の場合、問題が増える危険性が高い。

 ……それにしても。

 

「妾の子ばかり。大蔵次男家って駿我さんを除いて最低だね」

 

「ですね。私も大蔵次男家は駿我さんを除いて最低だと思います」

 

「二人とも、随分と駿我さんの肩は持つね?」

 

「当然だよ、ルミねえ。だって、駿我さんが今も独身なのは、十数年前に出会った女性の事が忘れられないからだから」

 

「えっ? そうなの?」

 

「はい。私とお兄様は『晩餐会』の席でその話を聞きました。今もその女性の事が忘れられず、一生独身でいると発言もしていましたから」

 

「あの駿我さんに、そんな一面が在ったなんて」

 

 ルミねえも驚いている。

 僕も聞いた時は驚いたから、当然だけど。

 

「ねぇ、いよいよ。その女性ってまさか?」

 

「あの時期だとすると……可能性はあるわね」

 

「そ、そう言えば、あの方が訪ねに来た時に旦那様が確か」

 

「此処では黙っていましょう。知らない方が幸せな類の話だから」

 

「そ、そうだね」

 

 何だかまた紅葉と壱与が内緒話をしている。

 もしかしたら駿我さんが好きな相手を知っているのかも知れない。でも、聞くのは流石に不味い。

 敵はこれ以上作りたくはないからね。

 

「情報提供ありがとう、ルミねえ。充分に気を付けようと思う。だけど今の話からすると、山県さんにしてもジュニアさんにしても、僕とは殆ど繋がりがないね。二人とも調査員に選ばれそうにないし。ジュニアさんに至っては、ルミねえも顔を知らない程じゃない?」

 

「いや、流石に顔くらいは写真でね。でも直接会った事はないよ」

 

「初対面同然なら問題ないよ。寧ろ山県先輩と同じピアノ科のルミねえの方が人間関係で苦労しそう」

 

「向こうが意識すれば、そういうのも多少はあるかもね。私は何とも思っていないよ」

 

 違うよルミねえ。こういう場合に面倒なのは、得てして周りの人間だよ。

 ただそれも、名字が違えば誰も気づく事は無いかな。ジュニアさんの方はともかく、山県先輩は大蔵の人間とは学院では知られていないようだし。

 と言うよりも、僕は心配していられる立場じゃない。僕の方が色々と危機的状況にいるんだから。

 

「山県さんとジュニアさんの顔だけは知っておくべきだね。問題は無いかも知れないけど、接触は出来るだけ避けたい。アトレ、調査をお願い」

 

「承りました」

 

「後は来週に梅宮伊瀬也と接触すれば、一通りの入学前の問題は解決かな」

 

 寧ろ入学してからが僕の本番だ。

 正直言って不安だらけだ。事前の準備なんて殆ど意味が無いほどの困難だと思って良い。

 だけど、それ以外にも問題が出てしまった。

 

「現状で最大の問題と言えば、大蔵一族やその関係者じゃなくてやっぱり八日堂朔莉かな」

 

「え、何かあったの?」

 

 八日堂朔莉の初恋の相手が僕だと発覚した一連の流れを説明すると、話が進むに連れてルミねえの顔が真夏の日光に当てられた動物園の白熊のようになって行った。

 最後には生きるのに疲れきった目になっていたけど。

 

「……来週になったら私も八日堂朔莉さんに挨拶する」

 

「うん。お願い。それじゃ今日はかいさ……」

 

 解散宣言をしようとしたところで、部屋に置かれている電話が鳴り響いた。

 こんな時間に誰だろう?

 九千代が近寄り、電話を取る。

 

「はい。此方桜小路……奥様!?」

 

「えっ? お母様!?」

 

 突然のお母様からの電話に僕は驚いた。

 他の皆も驚いて電話の対応をしている九千代を見つめる。

 

「は、はい。若ならいます! ……分かりました。すぐに代わります。若、奥様からお電話です」

 

「わ、分かった」

 

 緊張しながら、僕は電話を受け取り、耳に当てる。

 

『才華か?』

 

「はい。お母様お久しぶりです!」

 

『……そうだな』

 

 ん? 何だか歯切れが悪いような?

 何時ものお母様なら要件はさっさと言うのに?

 

『才華……そのだな。お前は確か朝日に謝りたがっていたな』

 

「は、はい! もしかして小倉さんが見つかったんですか!?」

 

 遂に小倉さんをお母様が見つけてくれた!

 この電話はその報告に違いない! 僕は嬉しい気持ちになって、お母様の言葉を待つ。

 

『……』

 

 アレ?

 

「お、お母様。どうされました?」

 

『すまない』

 

「な、何がでしょうか?」

 

『お前が朝日に謝りたがっているのを忘れていた。朝日は、そのだな……昨日まで家に居た』

 

「家?」

 

『そうだ。朝日は一か月ほどアメリカの桜小路家にいた。で、今は日本に帰国した』

 

「ええええええっ!?」




人物紹介

名称:樅山紅葉(もみやまもみじ)
詳細:『小倉朝日』がフィリア女学院で桜小路ルナの付き人を辞めてから、後釜になった桜小路家の元メイド。現在はフィリア学院の講師であり、服飾部門デザイナー科特別編成クラスの担任。愛称は『もみもみ』。桜小路ルナが一家総出でアメリカに移住する時に、会社に誘われたが、日本を出る勇気が持てずに誘いを断った。既に30代後半なのだが、背が小さくて童顔であるため、未だ10代に見られるのが悩み。
八十島壱与とは同期で、今でも仲良くしているが、朝日の存在は教えて貰えてなかった。もしも知られていたら、幻の紅葉ルートが発生していたかも知れない。
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