月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
遂に次回から合流となる四月になります。果たして才華はこの難関を乗り越えられるのか?
Nekuron様、dist様、lukoa様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
「皆様の元に制服は届きましたか?」
今、僕の目の前にはメイドの九千代を除いて、四人の女性がそれぞれ席に座っている。
青紫の色が特徴の女性は、フィリア学院演劇部門女優科一般クラスに進学する八日堂朔莉。
一番の背の高く僕が大好きな黒髪の女性は、フィリア学院音楽部門ピアノ科一般クラスに進学する大蔵ルミネ。
同じく黒髪で和風ロリの衣装に身を包んでいる僕の妹で、フィリア学院調理部門パティシエ科特別編成クラス桜小路アトレ。
そして僕の主人であり、アイルランド共和国のアーノッツ子爵家の四女であるブロンドの髪の女性は、僕と同じくフィリア学院服飾部門デザイナー科特別編成クラスに進学する。
全員進学する科の違う四人が並ぶ中、僕が選んだお茶会の話題はこれだった。
何故こんな従者として模範的な質問を口にしたのか。
この場には各分野の実力者達が揃っているのだから、お互いの芸術に発展を与えるような専門的な会話がしたかった。
だけどルミねえと八日堂朔莉の相性は、予想を遥かに超えて悪かった。
社交的な挨拶を交わし、お互いの家の事も軽く話したところまでは良かった。特に波風も立たず、八日堂朔莉も変態性を見せなかった。
だけど、八日堂朔莉が僕に絡んだ時点で風向きが変わった。
その向きが変わったのは、僕と八日堂朔莉の何気ないやり取りだった。
「今日はどの茶葉をお入れしましょう。朔莉お嬢様はどんな紅茶がお好きですか?」
「ウフフ貴女の髪で入れたお茶」
「相手が使用人とは言え、他人の身体的特徴を含んだ冗談は悪趣味だと思います」
ルミねえが八日堂朔莉を真顔で見つめながら、表情をピクリとも動かさずに言った。
その注意を聞いて、微笑んでいた八日堂朔莉も真顔になった。
「ごめんなさい、私、ご指摘通り悪趣味だから」
「不快ですから止めて下さい」
「そう。ところで私、このお茶会に朝陽さんから誘われたのだけど、それは私が悪趣味な人間だと知っていての事だと思ってる。それで、貴女はどうしてこの場にいるの?」
「私も朝陽さんから誘われたので」
「ふうん。それなら朝陽さんは、貴女が私の悪趣味を受け入れると考えて誘った事にならない? そうだとすれば、私が普段通りに発言しても非はないと言う事。期待に応えられなかったのは貴女なのだし、私の発言がご不快なら、この場を去れば良いんじゃない?」
ルミねえの顳顬に、ビシリと血管が走る音がした。
これは不味いかも知れない。八日堂朔莉の発言の中に、僕の身体に関わる事が含まれていたから本気で怒ったようだ。
普通ならこんな発言が出た時点で、ルミねえは席を立ち、二度と八日堂朔莉に関わらないだろう。だけど、今のルミねえは八日堂朔莉を危険人物だと認識している以上、この場に僕がいる限り去ったりはしない。
「お姉様に手ずから入れて頂ける紅茶を口に出来る……何て素敵なお茶会でしょう。私、何時までもこの空間に居たい」
女装姿の僕に憧れているアトレは、今にも爆発しそうな気配に気づいていないし。
「皆さん、待って下さい! このタルトは私と朝陽さんで皆さんの為に選んだものですが、苺タルトだけは私以外の誰にも譲る事が出来ません。宜しいですね?」
僕の主人であるエストは貴族にあるまじき我欲を晒すし。
……この悪い空気が振り払えたら、やっぱり三日間甘い物抜きの刑に処そう。彼女にはどうやら反省が必要なようだ。
「この会に参加し続けるという事は、大蔵さんは私の悪趣味を受け入れて頂けるという事? 朝陽さん、紅茶なのだけど、アッサムのミルクティーなんてどう? 大蔵さんの胸からミルクを搾って」
「今の一度は見逃しますが、次に私を対象にして性的な冗談を口にした場合、私の持てる財力を駆使していかなる手段を用いても法的に訴えますが宜しいですね?」
このまま放置していたらますます険悪に二人はなるだけだ。仲直りなんて絶対に出来ない。
九千代は今にも泣きそうな顔をしているし。他の二人も無理。
やはり、この場は招いた僕がやるしかない。
「朔莉お嬢様」
「私の愛しの朝陽さん。なぁに?」
「触りますか」
彼女が何よりも求めている僕の美しい白い髪を握り束にして、差し出した。
八日堂朔莉の目は凝血して、一気に赤く染まった。
「ほぶっ、ほん、ほんっ……ほん、ほん、ほっ……おほぉおおおっ! んぐっ!? ぐぐぐっ、み、水! んぐ、んぐぐっ! ぷはっ……ほ、ほんほんほんホンホんっ! 本気!?」
「『ルミネお嬢様と仲良く』して頂けるのであれば」
「『もう下ネタ止めます……私が誓ったのはこの瞬間でした』。自叙伝を書く時の為にメモをしておかないと」
「朝陽さん? 身体を使って説得するなんて、部位が違うだけで売春と同じ。それは私が許さない」
「ですが、このお茶会に二人をお誘いしたのは私です。私にとって大切な二人が争うくらいなら、自分の身体を差し出した方がマシです。どうかご理解ください、ルミネお嬢様。『お願い』いたします」
「うっ」
僕のお願いを断れないルミねえには悪いけど、僕は八日堂朔莉とルミねえの二人と仲良くしたい。
弱みに付け込むみたいで酷いけど、どうか僕の願いを聞いて欲しい。
「どうかお願いいたします」
「う、ううっ……」
正面から見える僕の真顔に、ルミねえは弱々しい声を上げた。
そのまま諦めたようにルミねえは項垂れた。
「わ、分かった……それなら私が八日堂朔莉さんの悪趣味を受け入れれば、朝陽さんが身体を差し出さなくても良いんでしょう」
「はい。そういう事になります」
「え゛っ!?」
「分かった、我慢する。我慢すると言うより、それくらい受け流せるようになる」
「ちょ、待っ、待って! それじゃあ朝陽さんの髪に触れられないって事? 大蔵さん、諦めないで! セクハラなんかに負けちゃ駄目! さっきまで同様、私に対して不快だとか不愉快だとか胸を揉ませないとか言って!?」
「もういい。気にしない。好きなように言えば」
「朝陽さん、紅茶ではなくて皆でジュースを飲みましょう! 大蔵さんの秘所から溢れるラブジュース。それを彼女の黄金水で割るの!」
「ラブジュース? と、黄金水って何?」
「やだこの人、想像以上に純粋培養! 素、素なの? 私が演技を見抜けないという事は素なの? ……それなら胸のミルクを搾らせてと言ったらどうするの? 耐えられるの?」
「くっ……途轍もなく不快だけど……耐えればいいんでしょ。私の大切な朝陽さんの為だもの!」
「はっ! どさくさに紛れてルミねえ様ったら、お姉様を大切なもの宣言!? たとえお世話になった人でも、負けたくない! アトレは負けられません! ナウマクサンマンダ・ボダナン! アビラウンケン!」
不味い。ルミねえの発言で、アトレの敵愾心がルミねえにまで向きかけている。
目線で九千代に指示を出す。九千代は頷き、アトレの背後に移動して何かを行なおうとしたら、止める構えを見せた。
……うん。最近、アトレへの対処がスムーズになってきたね。
少し嘆きを僕が覚えている間に、ルミねえと八日堂朔莉の話も進んでいた。
「止めて! 大蔵さん! 耐えなくて良いの! でないと、せっかくの朝陽さんの白髪に好きなだけ触れられる機会を逃してしまう……そんなのいやああ! 嫌なの! 大蔵ルミネの胸に搾乳器つけて大蔵ルミミルクどぴゅーん!! ほら怒って!?」
「んぐぐぐっ! ……し、搾れば良いじゃない! どうせ搾ったってミルクなんて出ないんだから! ええ、好きなように揉めば!? 好きなだけ搾れば!? 力の限り精一杯掴めば!? 特別に貴女に許可してあげるから! さあどうぞ!?」
「……ごめんなさい」
自分の胸を両手で押し上げて、今にも羞恥で逃げ出したい表情をしたルミねえに迫られながら、力尽きた八日堂朔莉は悲し気に目を伏せた。
「なりふり構わなくなった貴女を見ていると、泣かせてみたいS心は疼くんだけど……幾ら両性愛者の私でも、黒髪が目に映るだけでドン萎え。性欲がまるで湧かない……鏡を見て自慰でもしていた方がマシ」
「じーって何?」
「やだ、本気でこの人純粋培養過ぎ……良い、今日の夜に朝陽さんの名前を思い浮かべながらするから」
止めろ。本気でそれだけは止めてくれ。
「何だか分からないけど……不快な事をしそうなのは分かった。だから、そんな貴女に残念なお知らせをする」
「何かしら? この私に残念なお知らせって」
「私の知り合いに、黒髪の『小倉朝日』さんって人がいる」
「はぁっ!?」
八日堂朔莉は大口を開けて目を見開いた。
ルミねえ、一体何を?
「その人は朝陽さんと同じ名前で長い黒髪をしているの」
「止めて止めて! 私の中の朝陽さんのイメージに別の人が被っちゃう! 出鱈目を言っても!」
「あっ、出鱈目じゃありませんよ。私も会いましたから」
「嘘!?」
エストの無自覚の追撃に、八日堂朔莉はこの世の終わりが来たと言わんばかりに顔が項垂れた。
「うぅっ……黒髪のコクラアサヒ……何で朝陽さんと同じ名字で同じ名前の人が、こんなすぐ近くにいるの? 私の楽しみが」
それはあの人の名前を戒めの代わりに使わせて貰っているから。
……戒めになっていないどころか僕はやらかしてしまったので、この名前を使っている事が小倉さんだけじゃなくてお母様に知られたらかなり危ない。
どうにもお母様は、『小倉朝日』さんを心から大切に思っているようだ。娘である小倉さんもかなり気にかけているし。その名前を侮辱するような事が知れたら……怖い。あのお母様が本気で怒ったら、お父様では止められないかも知れない。
何だか、どんどん僕は無事に艱難を逃れてもフィリア・クリスマス・コレクション後に無事でいられるのか分からなくなってきた。
「ごめんなさい、耐え切れずにタルトを二つ食べてしまいました……これでは一人は食べられなくなる計算だから、争いの火蓋が切られる事に」
そしてエスト。君は一体何をしているんだ
壱与に連絡して、追加のタルトを買ってきて貰おう。勿論一人二個になるようにして、エストは僕達が食べるのを指を咥えて見てると良い。あと、やっぱり君はお菓子三日抜きの刑に処す。
そんな事があって静寂に空間は満ちた。
流石に先ほどの事があるから、話題を出せる空気じゃない。
だから、僕は考えた末に思いついた共通の話題を出した。
「皆様の元に制服は届きましたか?」
無難な話題だが、これぐらいしか喧嘩にならなさそうな話題が思いつかなかった。
「私とエストお嬢様の手元には制服が届きました」
特別編成クラスにお嬢様と共に入る付き人は、制服と使用人服のどちらでも着る事が出来る。
僕が選んだのは制服の方だ。お母様が嘗て着ていた制服で、僕もフィリア学院に通いたいんだ。
「一週間後に控えた入学式を想像しつつ、制服を着て鏡の前に立つと身が引き締まります」
鏡の前で制服を着た自分を見た時は、その美しさに見惚れた。学生時代のお母様は、この素晴らしい制服を着て勉学に励んだと思うと震えたほどだ。
「エストさんと朝陽さんが並べば、入学式でも一際目立つのは分かりきってる。式をするホールが部門ごとに別だなんて残念」
表情から悲しみが抜けきっていないものの、八日堂朔莉は僕の話題転換に応えてくれた。
「知名度で言えば」
憔悴し切りながらも、ルミねえも乗ってくれたのか八日堂朔莉に視線を向けつつ話題を繋げてくれた。
まだぎこちなさがあるけど、二人が仲良くしてくれて、大変気分が良い。
「知名度なら、在校生を含めても、学院の中で朔莉さんが一番だと思うけど。週に一度はテレビで見かけるし、入学式の日から、出演してるドラマが始まるんでしょ?」
「ルミネさんがテレビドラマをチェックしてるなんて意外」
「私の会社の関連企業に番組制作会社もあるの。だから来クールにどんな放送があるのか程度の情報はね」
ルミねえだけじゃなくて八日堂朔莉も、下の名前で名を呼ぶようになった。
それにルミねえも不快な顔せずに話せている。このまま争う事無く話が進めば嬉しい。
「資産で言えばルミねえ様のご実家が学院随一だと思います。どの科でも、特別編成クラスに入る生徒なら、ルミねえ様を知らない人間はいない筈です。もしもいたとすれば、逆にそれほどのお家ではないのでしょう。ですが、学年一の美人はお姉様で違いありません! ああ、お姉様に群がる女子達の姿が目に浮かぶ! 私も服飾部門の入学式へ参加出来ないのが悔しい! 初登校するお姉様のお姿を見たい!」
……逆に言ってしまえば、入学式の時から既に僕の周囲には味方がいないという事だ。
途中まで一緒に行く事は可能だけど、其処まで甘えるのは駄目だ。ルミねえやアトレは構わないと言うだろうけど、これは僕の意地だ。
入学式に現れるだろう総裁殿が送り込んだ調査員を見つけて、僕は説得する。これだけは自分の力だけでやり遂げるしかないんだから。
「学年一の美人と資産家の集まりなんて素敵ね」
「お嬢様は学年一の成績を収めましょう。フィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞に輝けば、誰もが認めるその年の学年で一番です」
正確には学年で一番のグループになりましょう。僕と組んで栄光を分かちあおう。
……その栄光の喜びの後に待っている僕にとっての命運を思うと、かなりへこんでしまう。正直言ってもうエストに赦して貰える自信がないから。せめて彼女にはフィリア・クリスマス・コレクションの最優秀賞の栄光を捧げたい。
いや、お母様を超える事が目的の僕も必ず狙うけどね。
「ま、そうだね。入学式で顔を覚えられて、卒業式で名前を忘れられてたら、何の為に学院に入ったんだか分からないもんね」
「その点、実力も確かで周囲に認められている八日堂さんは安泰?」
「いつか話したけど、映画と舞台は別物。それなのに一緒くたで考える人もいるから、イトウ・サクリとして有名なのは寧ろ厄介。私は一から学ぶつもりでいる。練習と研究と本番が必要。それでいて本業も疎かに出来ない。自分で思っているより大変かもね。だけど、舞台女優として、映画女優の自分と同じほどの実力を付けてみせる。そして誰からも認められて最上級生に進級した年のコレクションで、自分のやりたい劇をやるの。初恋の心残りを消して、私は未練なく映画界に復帰する」
涼やかではあるものの、何時の間にか八日堂朔莉が語る言葉は、入学への決意だけじゃなくてフィリア学院に対する想いも込められていた。
その声に火を点けられた訳ではないのだろうけど、続けてルミねえが口を開いた。
「映画女優としての朔莉さんのように、学院生の自分とは別の肩書きが邪魔になる気持ちは少しだけ分かる。私の場合は企業家としての顔。お父様だって今は好きにやらせてくれているけど、きっと本当に求めているのは、演奏家ではなく企業家の私。卒業までに結果を出せなければ、ピアノを弾けるのは、この学院にいる間が最後かもしれない。だから『大蔵家の私』に負けない演奏をしたい。フィリコレの舞台でソロの演奏が出来るピアノ科の生徒は三人。外部の演奏会にも積極的に参加していくけど、先ず今年の目標は学院内で選ばれる三人の中へ入る事」
普段は僕を応援してばかりだから、ルミねえ自身が目標を声に出すのは新鮮に感じた。
そうか。ルミねえの目標は、ピアノ科のフィリア・クリスマス・コレクションでソロ演奏に選ばれる三人の中に入ることだったんだ。ルミねえのピアノの腕なら大丈夫だと思うけど、在校生の中にも実力者が居る筈だ。
特に山県大瑛。直接会った事は無いけど、大蔵家の血を引くあの人はきっとピアノの才能を持っているに違いない。他にも在校生の中に実力者達はいるだろうから、ルミねえの目標は僕よりも難関かも知れない。
何せソロ演奏に参加出来るのは僅か三名だ。衣装を作って個人でも参加出来る服飾部門のファッションショーよりも、難易度はルミねえの方が上なのは決まってる。
……しかし、今まで夢を僕に語ってくれなかったという事は、僕は夢を語る相手として不足だと思われていたのだろうか? ちょっと悲しい。ぐすん。
「疲れた時は私に声を掛けて下さい。運が良ければ、授業で作ったスイーツをお出し出来るかもしれません。私のパティシエ科は年末のショーと関わりがないので、皆様と争う事無くこの分野でトップを狙います」
誰も弱気にならず、自分が最も輝く事を信じて未来を否定しない。
名声や入学時のスタート地点よりも、自分の才能を信じている。傲岸とも不遜とも取れる自信を全員が抱えている事が、この場の奇跡だ。
エストと八日堂朔莉がいるから目標語りに参加出来ないけれど、僕が目指しているのは言うまでもなく自分の失ってしまった輝きを取り戻す事。それも今年のフィリア・クリスマス・コレクションの一回だけのチャンス。
多分、来年僕はこの場には居ない。いや、日本にもいないと思う。
たとえ輝きを取り戻せたとしても、その結末だけはきっと変わらない。僕は既にそれだけの事をしてしまった。
だけど、どうしてもフィリア・クリスマス・コレクションだけには参加したいんだ。
自分の想像する最も輝いている己の姿をフィリア・クリスマス・コレクションで実現させて、僕のデザインに欠けているものを手に入れる。それはきっと幼い頃の劣等感を打ち消し、自信を与えてくれる筈なんだ。
あ、でもエストは?
それぞれが目標を語る中で、エストだけは周りに合わせて頷いているだけだった。彼女だけ自分の目標を話さない。
『ショーで最優秀賞を取る』とは言っていたけど、それ以外に彼女の学院での目標は聞いた事が無い。
ショーに照準を合わせて、今年は其処へ全力を注ぐつもりなのかな?
出来る事ならエストの語りも、ルミねえと同じくその内聞いてみたい。何時か……そう、彼女が無事に学院を過ごせるようになって尋ねられるタイミングがあれば、彼女の夢みたいなものを教えて貰いたい。
あ、と言うか、此処にいる人間が力を一つに合わせれば、総合部門での最優秀賞が現実として近くなるんじゃ?
「ルミネさんさえ良ければ、私の舞台の音楽に使う生のピアノの音として参加させて上げる」
「私はピアノ科の代表に選ばれてソロの演奏をするから、別のグループには協力できない。ごめんね。他に有力な生徒が居たら紹介してあげる」
いや駄目だ。此処にいる人間同士は相性が悪過ぎる。
もしも協力するとしたら、この中の一人。だけど、協力する事さえ出来れば一年目から総合部門で最優秀賞を狙えるとは思う。だから、非常に残念だ。
お茶会が終わり部屋に戻った僕は、一人の空間の中で電気も付けずに顔を覆った。
誰かといれば紛らわす事が出来ている緊張と不安。入学式が終われば、この『桜の園』という味方が沢山いる安全圏から離れて、もっと大勢の人々と接する事になる。
もしも僕の正体が露見すれば、全て終わりだ。伯父様が偽の診断書で誤魔化してくれるだろうけど、あくまでその診断書は桜小路家と大蔵家を護るものに過ぎない。
僕の安全は考慮されていないと見て間違いない。何よりもエストだ。
男である僕を雇っていた事がクラスメイトにバレれば、クラス内での彼女の評価や印象は地に落ちる。彼女にはどうか輝かしい日々を過ごして欲しい。
その為にも先ずは調査員の説得。これだけは必ず成し遂げなければならない。
……そうだ、メール。
ずっとエストから送られてきたメールに返信をしていなかった事を思い出した。
パソコンを起動させて、メールの内容を改めて読んでみる。
……読み返しても酷い内容だ。罵詈荘厳の数々だけは、彼女の口から音声として出させる訳にはいかない。
でも、これだけの罵詈荘厳が書かれるのは当たり前なので、何も言い返す事が出来ない。
エストの言うとおり、桜小路才華は最低な事をしてしまっているんだから。
だけど、何時までも返信しないのは不誠実だ。
『こんにちは、エスト・ギャラッハ・アーノッツさん。君の言い分は尤もだ。何を言っても僕の言葉は届かないだろうけど、謝罪だけはさせて欲しい。本当にすまない。君の誠意を裏切った事に対して弁解の余地もない。僕は最低な行いをしていた。ただどうか……彼女を……朝陽を頼みたい。君からすれば勝手な言い分だと思うかも知れないけど、朝陽は劣等感を内心で抱えている。その劣等感を僕は晴らしてあげる事が出来なかった。彼女が探している人も見つけられなかった。僕は最低だ。たとえ僕が新たに描いたデザインを見ても、君が評価してくれるとは思えない。だけど、もしも……桜小路才華の作品を見て評価してくれたら、その時はライバルとして見て貰える事を願う』
これが今、僕がエストに書けるメールだ。
送信のボタンを押して、メールをエストに送った。二度と友情は回復しないかも知れないけど、気持ちだけは送りたかった。
もう寝よう。これ以上起きていたら不安と緊張で、押しつぶされてしまいそうだ。
ベッドの中に入り込み、目を瞑る。良い夢が見られる事を願いたい。
……そう言えば、あの人は今、どうしているんだろうか?
入学式まで後一週間。その間に来て欲しいけど、いまだにそんな気配は無い。
……正直、僕は一つだけあの人に羨ましいという感情を抱いている。
僕が認められたいと思っているお母様に、あの人は、小倉さんは認められている。壱与の話では小倉さんが服飾から離れて一年以上経っているらしい。それだけ離れてしまい、且つ本気で服飾を捨てるつもりだった小倉さんがお母様に認められている。
それが『小倉朝日』さんの娘だからなのか、それとも小倉さんの自身の実力なのかは分からない。だけど、よくよく考えてみれば小倉さんを養子にした伯父様は『才能至上主義』だ。
あの伯父様が才能のない相手を、自分が破滅するかも知れないのに養子にするとは考えられない。波風を立てずにいれば、伯父様は何れ大蔵家の総裁の座に就ける人なんだから。
なのに危険を冒してまで小倉さんを養子にしたという事は、それだけの才能を小倉さんが秘めているからに違いない。
あの人にした事を考えれば最低だけど、尊敬するお母様と伯父様に認められている事に嫉妬を覚える。
だから会いたい。会ってあの人に謝りたい。そしてお母様と伯父様が認めるあの人の服飾の才能を、この目で見たい。成長すれば、お父様に匹敵するとまで言われたあの人の実力を知りたい。
日本には確実にいる。だけど、その居場所が分からない。ルミねえに総裁殿の新しい住居の場所を聞いてみたけど、総裁殿は僕に会いたくないのか、新しい住居の場所をルミねえにも教えていなかった。
本気であの人は怒っている。僕の顔なんて見たくもないという意思がヒシヒシと伝わってきた。
……確実に最初の難関を乗り越えても、フィリア学院内で何かしてくるとは思う。
その事も不安だけど、今は目の前に迫る入学式だ。
小倉さんの事も総裁殿の事も、今は考えずに調査員の方に集中しよう。
そして約束の時まで、大切な主人であるエストや、協力してくれているルミねえ達と共に輝かしい日々を歩んでみせる。
お父様、お母様……どうか待っていて下さい。必ず僕は最優秀賞の栄光を掴んでみせます。
……おやすみなさい。
四月編に次回から突入。
才華の最初の難関、アルティメット朝日の魅力を乗り越えれ無事に入学式を終えられるのかどうかご期待ください。
此処まで応援して下さった皆様、ありがとうございました。
次の更新は……23日です。