月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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漸く二日目の終わりが見えて来ましたけど、それでも後数話行きそうです。
ルートが確定するまでの七月に辿り着くまで、何話になる事か。

秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!!

選択肢
【銀条さんに協力を持ちかける】←決定!
【お父様の課題を優先する】


四月上旬(遊星side)16

side遊星

 

「よし次は算数だ。7-3。とっても簡単な引き算だ。答えは?」

 

「4でございます」

 

「そう4。ようし。此処までは良く出来た。これで縫製の出来る日数は残り四日しかない事が、充分に理解出来たと思う。そんでお前は今日まで何やってた? 今夜やる今夜やるっつって、まだ仮縫いすら終わってないよな?」

 

「すません。すません」

 

「すませんじゃ済ません。もう口酸っぱくなり過ぎて自分でもなに言っているか良く分かんないけど、このお客さん、届いた次の日のライブにこの服着てく気マンマンだからな? マジでどうすんだ。どうすんだってゆか、今日中に仕上げろとしか言いようがないけど、ほんとにマジどうすんだ。お前マジ私に謝れ」

 

「すません。すません」

 

「今日私が部屋に行こうか? それとも自力で何とか出来んのか?」

 

「今日中に仮縫いを済ませて、あしたとあさってで死ぬ気で縫い上げます」

 

「作業時間が一日分減ってるのに、昨日と言ってる事が変わってない……あの人が言ったら反省したのに」

 

「流石にあの人の言葉は無視できませんので!」

 

「それってあたしの言葉は通じないって事か! よし、今夜行くから覚悟しとけ、一睡もさせないつもりで行く」

 

「うひぃ」

 

 かなり揉めているようだ。

 聞こえて来る内容から考えると服飾関係みたいだ。休憩時間は残り少ないけど、声を掛けてみようかな?

 隣に居る才華様に目を向ける。

 

「銀条さんに、一丸さん」

 

 やっぱり気になっているのか、才華様は身体をウズウズと動かしていた。

 ……そう言えば才華様は学院内で気兼ねなく話せる相手がいない。クラス内で慕ってくれているお嬢様達に対しても、付き人の立場にいるので敬語を使って話すしかない。

 クラスの方々の付き人も才華様よりも年齢が上だ。

 僕の時は気にはならなかったけれど、それは湊や瑞穂様が立場を超えて話しかけてくれていたからかも知れない。そうなると、此処で銀条さんと一丸さんに話しかけても良いと思う。

 何よりも僕も二人の会話の内容は気になる。

 

「こんにちは銀条さん、一丸さん」

 

「あっ!」

 

「ん? どした?」

 

 銀条さんは気がついてくれたけれど、一丸さんは気がついてくれなかった。かなり怒って、周りに気がついてないようだ。

 

「ちがうちがう! 黒髪の人とメイドさんに、後会った事がない金髪のメイドさん! メイドさん、黒髪の人、パル子でーす! た、た、たすけてぇー!」

 

「助けてってゆか、パル子がさぼって寝とったんでしょーがッ!」

 

「ほんとすみません!」

 

「すみません、お二人のお話し中に声を掛けてしまって」

 

「え、あれ。ほんとに黒髪の人にメイドさんと……誰?」

 

「初めまして、小倉朝日お嬢様の付き人の『カリン・ボニリン・クロンメリン』です」

 

「うわっ、またメイドの知り合いが増えた」

 

「この学院には彼女の他にもメイドがいるので、出来れば朝陽と名前で呼んで下さい」

 

「私の事は小倉で構いません」

 

 銀条さんと一丸さんは、才華様の事を『メイドさん』と呼んでいた。

 一般クラスの彼女達からすれば、本物のメイドなんて目にする機会自体ないと思う。僕も特別編成クラスの話を聞いた時は、訳が分からないと思ったから。

 ……そのシステムを利用して、ルナ様の付き人になってフィリア女学院に通っていた事は置いておくとして。

 

「じゃあ私の事もパル子って呼んでくれたら朝陽さんで呼びます。あっ、黒髪の人も呼んでくれて良いですよ!」

 

「私も……マルキューって呼んでくれたら朝陽さんで呼びます。黒髪の人は……ちょっと抵抗を覚えますけれど」

 

 何故僕だけ抵抗を覚えるんですか、マルキューさん。何かしてしまっただろうか?

 ……やっぱり、初対面の時に注意したのがいけなかったのかな?

 

「分かりました、パル子さん、マルキューさん」

 

「これから宜しくお願いしますね、パル子さんにマルキューさん」

 

 才華様と僕の言葉にパル子さんとマルキューさんは微笑んでくれた。

 カリンさんは我関せずと言う様子で、二人を窺っている。この人は僕や才華様と違って、付き人というよりも調査員としての方に意識を置いているから仕方がない。

 必要ならば仲良くするが、相手に対して深く踏み込まない人なので、僕のように長期的に関わる関係でもない限り、付き人としての立ち位置を崩さないだろう。

 

「あれ? そう言えば昨日も会った偉い人は一緒じゃないんですか?」

 

「偉い人と申しますか、エストお嬢様は貴族ですが、個人の付き合いにまで公的な立場を持ち込まない方です。ある程度気軽に接して下さい」

 

「あ、はい……じゃあその時は」

 

「そのお嬢様ですが、本日は体調を崩して授業を休んでいるんです。本音を言えば心配で、側についていたいのですが、お嬢様が欠席された授業の内容を伝えるのも私の仕事なので、やむを得ず登校しています」

 

「休みですか。それは大変そうですね……お大事にって伝えて下さい」

 

 ……余り歓迎されていない気配だ。マルキューさんの機嫌はかなり低調なようだ。

 失敗すると状況を悪化させて、パル子さんに迷惑をかけかねない。となれば。

 

「朝陽さん。そろそろ休憩時間も終わりそうですから」

 

「そうですね。教室に戻りましょう。お話の邪魔をして……」

 

「体調を崩したって何があったんですかあと5分で良いので話を聞かせて下さい!」

 

 去ろうとしたら、パル子さんが必死の形相で迫って来た。

 ……これ以上お説教を受けたくないという気配を感じた。でも、余り意味がないどころかこういう時だと逆効果になると思う。

 

「今話を逸らしたところで、後から叱るし結果かわんないよ?」

 

「どぅーん」

 

 あっさりパル子さんの目論見は潰えた。

 

「あっ、そうだ。小倉さん」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「ちょっと話を聞いて、感想を言ってくれますか?」

 

「構いませんが、ソレに何か意味があるんでしょうか?」

 

「いや、この子。貴女に注意されてから、急にいなくなったりする事がなくなったんですよ。それで助かっていて、今から話す事も聞いて思った事で注意して欲しいんです」

 

「……ご期待に添えるか分かりませんが、一先ず話を聞かせて下さい」

 

「それじゃあですね」

 

 聞いて僕と才華様は驚いた。

 パル子さんとマルキューさんは、学生の立場に居ながら二人だけでネット上ではあるが服の販売ショップを開いていた。二人だけのお店なので規模自体は小さいが、それでも二人の年齢を考えれば驚く事だ。

 店を始めた経緯としては、先ずパル子さんの趣味だった自分好みに服を改造。これに関してはセンスがかなり必要な作業だ。下手な改造をしたらせっかくの綺麗な服のバランスが崩れてしまう。

 ……そう言えばパル子さんの制服は、胸のリボンが違っている。でも、これは悪い事では無い。

 服飾科の生徒という事で、先生の許可があれば制服の改造は許されている。ただ余りにも奇抜な、原形を留めていないような改造は駄目だ。その点で言えばパル子さんの制服はリボンが変わっているだけなのに、印象が違う。

 この点だけでも彼女のセンスの高さが伺える。入学式で新入生代表に選ばれた事から見て、彼女は間違いなく天才だ。

 それで以前の学院で被服科を専攻した結果、遂にパル子さんは改造だけじゃなくて一から服を製作出来るようになった。

 

「で、その頃、この子は原宿とか表参道なんかで声かけられてて、雑誌のスナップに良く載ってたんですよ」

 

「あ、昨日も雑誌に載ると言っていましたね」

 

「そうそう。そういう時って、着てる服がどこのお店とかも載るんですけど、この子の場合は『自作』なんで。自分で作る服って一点ものじゃないですか。目立ちたい子からすれば羨ましいんですよね。絶対被んないし、お願いすれば自分のテイストも入れられるから」

 

 これは最早ショップじゃない。ブランドだ!

 凄い! この二人は学生の身でありながら、服飾の世界に足を踏み入れている。尊敬の念が湧いて来た。

 更に詳しく話を聞くと、マルキューさんは服の製作を頼まれ続けるパル子さんとお客さんとの間に入って、交渉を引き受けるようになったらしい。

 幸いにもマルキューさんには対外交渉とマネジメントの才能が在って、二人は順調に進んでいた。

 

「きゅうたろうは本当に凄いのです。次々に増えて行く依頼を私のペースに合わせて調整してくれたのです。私の服が口コミで広まって、見知らぬ人たちからの依頼が来るようになった時も、めーるふぉーむを作って、受付から返信まで全てしてくれるようになったのです」

 

「そんな才能まで、本当に素晴らしい友人ですね」

 

「ええ、本当に凄いです、マルキューさん。尊敬してしまいます」

 

「ど、ども」

 

 マルキューさんが顔を赤くしながら照れている。

 もしかしたら誉められた経験が無いのかも知れない。僕も誉められた事が少ないから良く分かる。

 でも、本当にマルキューさんは凄い人だ。お父様が知ったら、取り込もうとするかもしれない。『才能至上主義』のお父様なら、マルキューさんとパル子さんを見逃すとは思えない。

 今は落ち着いているけれど、僕が知っているお兄様だった頃なら、二人の才能を見抜いて引き抜こうとする光景が目に浮かぶ。

 アレ? でも、だったら何故ラフォーレさんはパル子さんに目を向けていないのだろう?

 今年の新入生代表という事なら、試験でデザインを描かされたと思う。そのデザインを総学院長と言う立場に居て、才能を求めている彼が目にしていないとは思えない。なのに何故?

 

「因みにお二人のショップの名前は何でしょうか?」

 

「『ぱるぱるしるばー』です! これでぇす!」

 

 カリンさんの質問にパル子さんがぐぃっとカーディガンを開くと、ブランドロゴがあった。

 だけど、カリンさんはロゴに目を向けずに携帯を操作している。

 パル子さんは目を向けられなかった事にちょっと悲しそうにしていた。ごめんなさい。その方は自分のペースを崩さない人なんです。りそな曰く『偏屈な人』なので。

 個人的にはそのロゴは可愛いと思うけれど。

 やがて探し物を見つけたのか、僕と才華様に携帯の画面を見せた。

 其処にはパル子さんが言うマルキューさんが製作したホームページが映っていて、商品の衣装の画像も載っていた。

 ……なるほど。何故ラフォーレさんがパル子さんに余り興味を抱いていないのかが分かった。

 パル子さんの衣装と彼が求めているデザインの才能の方向性が合わないのだ。パル子さんの衣装は芸術性と言うよりも、いわゆるストリート系の衣装。ジャンのコレクションなどに出す衣装とは方向性が違う。

 しかも此処までのものになっていると、今更方向性を戻すのは無理だ。だから、ラフォーレさんはパル子さんに興味が薄いんだ。だけど、この衣装は良い。今僕はりそなのパタンナーを目指しているから、ゴスロリ方面系の衣装への理解を深めようと頑張っている。

 だから、パル子さんの衣装の素晴らしさが分かった。彼女は間違いなく天才だ。

 そしてそれを支えようとしているマルキューさんも凄い。

 画面の中に映っている『ぱるぱるしるばー』のホームページは、見事に作られている。

 このホームページだけでも、マルキューさんの熱意を感じる。

 ただ。

 

「ですが、マルキューさん。今の話だと二人でお店を開いているんですよね? 製作はパル子さん一人と考えて良いのでしょうか。だとすれば、余り厳しく責めるのは気の毒ではないでしょうか?」

 

 才華様も気がついたようだ。

 確かに学生の身分でブランドを開いているのは凄いけれど、衣装の製作には時間が掛かる。

 デザイナーが服飾において一番必要な人材なのは間違いないけれど、『進行管理』を執り行っている人物には逆らえない。

 僕の知っている人物で、この役をやっているのは湊だ。ルナ様の会社で進行管理を執り行っている彼女は、ルナ様に意見出来る人物という事で部下の人達から七愛さんを始めとして皆に慕われているらしい。時には桜小路遊星様も湊に協力するようだ。

 因みに僕が居た時に、写真を取られて一時期落ち込んでいたルナ様にやる気を戻させたのも湊だ。

 夏頃はコレクションで忙しい時期だから、その時期に日本に来る為に頑張っていると湊からメールが送られて来た。

 ただメールで……『ルナをやる気にさせる為に、例の衣装を着た時に写真を撮らせてね』と言うメールが着た時は、凄く落ち込んだ。女装の写真なんて残したくない。

 アメリカにある『小倉朝日』の写真と、お父様が渡した例の写真、それに瑞穂様が撮る予定の写真はもう例外だという事にしよう。だから、これ以上写真なんて残すつもりはない。

 その旨はメールした筈なんだけど、何故か返事が返って来ない。湊の事は信用したいんだけど……今の湊はルナ様の会社の営業部長だから、使えるものは何でも使いそうなんだよね。

 

「パル子さんは謝っているみたいですし、許してあげてはいかがでしょう」

 

 才華様は庇う側に回るようだ。デザイナー側だから、庇いたい気持ちになったのだろう。

 

「でもこの子、先週から殆ど進めてないんですよ。昨日も、入学式は午前中で終わったのに、仮縫いがまるで進んでないし」

 

 一週間も作業が進んでいないのは、流石に酷い。

 

「それもお客さんとの約束は来週なんです。でも今夜仮縫いに一日使って、発送の日数も考えたら、縫製に使える時間って後三日しかないんです。ものはワンピースですよ」

 

 ……これは流石にマルキューさんが言っている事が正しい。今から仮縫いをするという事は、時間的に丁寧に縫い切れるか分からない。

 

「と言う訳でお願いします」

 

「パル子さん」

 

「うひぃ!」

 

 何故か脅えられた。理由は分からないけれど、取り敢えず言われた通り思った事を注意しよう。

 

「私はパル子さんとマルキューさんのやっているブランドの関係者ではないので、強く何かを言う事は出来ません。ですけど、パル子さんも自分が着たいと思った衣装を頼んだのに、それが期日に届かないとなったら悲しくなりますよね?」

 

「はい」

 

「モチベーションの維持とかの問題はあるのかも知れませんが、依頼された物を疎かにする行為はいけない事だと思います。きっと依頼してくれた方は、パル子さんの衣装を着られるのを楽しみにしていると思います。もしかしたら着てくれて、衣装の自慢をしてくれるかも知れません。その時の事を思い浮かべるだけで、嬉しくなりますよね?」

 

「はい! 私もそれが嬉しくって服飾をやっています!」

 

「でしたら、今回の件のような事をしたらいけません。事前に何度もマルキューさんが注意していたのですから」

 

「……はい」

 

 僕の言葉にパル子さんは、深く項垂れた。

 これで良かったのだろうか?

 

「うん。やっぱり私が言うより通じてる」

 

「あのコレは何でしょうか?」

 

「いや、何かパル子の奴。あの人に注意されると本当に気を付けるようになるみたいで。前に地下で会った時も、勝手な行動していたのを私が注意していたでしょう?」

 

「はい、覚えています」

 

「それがあの人に注意されてからはやらなくなったんです。こっちが何度も言っても直らなかったのに、あの人に言われてから勝手にいなくなることが無くなって」

 

「そうなんですか」

 

 才華様とマルキューさんが何かやり取りをしている。

 気になるけれど、今はパル子さんの方を。

 

「分かりました」

 

 パル子さんは何かを悟ったかのような雰囲気を纏った。

 

「そう。期日を守れなかった私が悪いのです。きゅうたろうや貴女が仰る通り、時間は守らなければいけない大切なものです。私は時間の他に友情や義理人情も大切だと思いますが、期日までに納品を間に合わせられなかった私に発言権などないのです。どうしようもない女です」

 

「其処まで言う事はないと思いますけれど」

 

 ……でも、このままやって間に合うのだろうか?

 マルキューさんに確認すると。

 

「授業があるのは辛いけど、今までにも似たような事はあったし、私も寝ないで手伝って。二日もあればなんとかですね。三日目で点検して悪いとこ直して、まあギリで」

 

 本当にギリギリだ。それに加えて運送会社の方でトラブルがあったりしたら、商品が間に合わないかも知れない。

 ……この話を聞いたら流石に放っておく気にはならない。縫製なら今の僕でも手を貸す事が出来る。

 

「つかぬことをお聞きしますが、お二人の住まいは学院から近いのでしょうか?」

 

「えっ? あはい、そうですね。学院まで歩いて行けるとこに住んでますえへん。近いです」

 

 僕の場合は車で約15分だ。今日はりそなも帰りが遅いから時間は空いている。

 ……お父様の課題に関しては、今日は中断しよう。何よりもパル子さんのデザインや服飾の技術には興味がある。彼女の作品にはりそなの作品に通じる部分も少なからずある。それ以外に、一般クラスの話が彼女達から聞ける。

 未だに会えない。僕がフィリア女学院に通っていた頃の同級生で、今はフィリア学院の教師になっている人。

 その人の話も聞けるかもしれない。

 才華様も協力しようか悩んでいるだろうけれど、恐らくルミネさんの件もあってそっちだけでは済まない。それに言い忘れていた事があった。

 

「今日、お父様から夜に電話があります」

 

「ッ!? わ、分かりました」

 

 側に近寄って僕が告げた言葉に、才華様は退いてくれた。

 今日から手伝いを申し出たら、いきなり約束を破る事になる。

 

「そうだ。ご迷惑でなければ、製作を手伝いましょうか? 縫製の腕には自信がありますから」

 

「おおっ!」

 

 パル子さんは太陽のように顔が明るくなった。やっぱり、猫の手でも借りたいほどだったんだ。

 

「黒髪の人はやっぱり凄く優しい人だね! よかったねぇ、きゅうたろう」

 

「ん、まあ……手が欲しいのは確かだけど。でもほら、無償で手伝って貰う訳にはいかないでしょ? お手伝い代出せる余裕もないし」

 

「いえ、そういうのは気にしません。寧ろブランドを経営している現場を見られる機会自体が、充分に報酬になりますから」

 

「今のうちら達、子猫の手も借りたいくらいギリギリだぜ」

 

「んー、でもほら、パル子の部屋6畳でしょ。三人は狭すぎね? 今回はうちらだけでがんばろう。な?」

 

 ……マルキューさんには余り歓迎されていないようだ。

 どうしてと一瞬考えたけど、すぐに分かった。マルキューさんは僕の服飾の腕を見てない。迂闊に手を借りて、作業が遅れるのも心配しているのかも知れない。

 それ以外にも事情が、あるかも知れない。マルキューさんは、僕が協力の提案を告げてから目を合わせないようにしている。となるとこれ以上踏み込むのは、マルキューさんに迷惑になる。

 

「分かりました。もし別の機会があれば、その時はお手伝いさせて下さい」

 

「あ、いや、ほんとすみません。無償で手伝いますとまで言ってくれたのに、邪険にしてしまって。この埋め合わせは今度します」

 

「埋め合わせっても、うちらに出来る事って、シャーペンの芯が無い時に与える事ぐらいだよなー。後はあたしのデザインを……」

 

「是非見せて下さい!」

 

「あっ、はい」

 

 思わず目を輝かせてパル子さんの手を握ってしまった。

 パル子さんのデザイン。凄く興味深いです! 同時に次の授業の予鈴が鳴った。

 

「お、昼休み終わる。戻らないとヤバ気だ」

 

 マルキューさんの声を聞いたパル子さんは、何処か安心したように息を吐いた。

 お叱りを受けるのが終わったと思っているに違いない。

 

「経営科の次の授業、外出だよ。準備を急がないと」

 

「それは急いだ方が良いですね。あっ、そうだ。パル子さん」

 

「なんすかー?」

 

「パル子さんの通っているクラスの担任は誰でしょうか?」

 

「ああ、ケメ子先生の事ですね。優しくて良い先生ですよぉー」

 

 ケメ子……あああっ! 成富ホールディングスのケメ子さんだ!?

 確かにフィリア女学院に通っていて、ルナ様に良く話しかけていた。あの人が一般クラスの担任だったなんて。

 時の流れを感じる。とは言え、これは会いに行かないと行けない。あの人は『小倉朝日』を知っている人だ。

 一緒に学んだ期間は数ヵ月だったらしいけれど、『小倉朝日』の事は覚えているかも知れない。ルナ様とはずっと学んでいただろうから、言うまでもない。

 

「じゃあね、小倉さん、メイドさん!」

 

「どーもです、小倉さん、メイドさん!」

 

 アレ? 僕の事は名前で呼んでくれたけれど、才華様の事は『メイドさん』呼びだ。

 才華様は止めてくれと言っていたのに。と言うよりも。

 

「あの朝陽さん。あの二人と会った時の服装はまさか?」

 

「は、はい……メイド服でした」

 

 一度付いたイメージは中々拭えない。

 もしかしたらこの先才華様は、『メイドさん』呼びが二人の中で確定してしまっているのかも知れない。

 ……それにしてもパル子さんとマルキューさんの関係には憧れる。

 デザイナー兼製作を務めるパル子さんが主役で、マルキューさんはその影。理想的な関係だ。

 ジャンにとってのラフォーレさんを含めた『伝説の七人』。ルナ様にとっては湊と、そして桜小路遊星様。

 ……僕はそうなれなかった。その事実が心に重くのしかかろうとしたところで。

 

「小倉様」

 

「……何でしょうか?」

 

 カリンさんが前を歩く才華様に気づかれないように声を掛けて来た。どうしたんだろうか?

 

「先ほどの彼女達に気を付けていて下さい……標的にされる恐れがあります」

 

「ッ!? ……分かりました」

 

 一般クラスに所属しながら、小規模ながらブランドを開いているパル子さんとマルキューさん。

 確かに特別編成クラスの上級生にとって目障りになるかも知れない。ジャンを含めたユルシュール様達の件で、其方に気を回して欲しいけれど。

 だけど、その考えはすぐに覆されることになった。

 教室に戻ってみると、教室内の同級生達の目が僕と才華様に向いた。

 才華様は食堂で説明したようだけれど、僕に関してはあまり詳しく説明できなかったようだ。

 クラス内から好奇の視線が向けられて緊張して来る。余り向けられ続けると、性別がバレたのではないかと不安になるから、質問するなら早くして貰いたいな。

 やがて、代表として梅宮さんが僕に近づいて来た。

 

「小倉さん。食堂で総学院長と話していたけど、面識があるの?」

 

「いえ、お会いするのは初めてですけど、私のお父様が総学院長と学生時代に一緒に学んでいたそうなので」

 

「小倉さんのお父様って、あの大蔵衣遠だよね! そうだったんだ」

 

「はい。だから、気になって挨拶に来てくれたんです」

 

「そうなんだ」

 

 どうにも梅宮さんは、似たような言葉を繰り返す癖のようなものがあるようだ。

 

「あ、ところで、小倉さん。朝陽さんと一緒に総学院長と話が終わった後に、エントランスの方に行ったんだよね?」

 

 ん? 何故その事を梅宮さんが知っているのだろうか?

 

「はい、行きましたけど、それがどうされたのでしょうか?」

 

「……その時に一般クラスの子と話してなかった?」

 

「はい、銀条さんと一丸さんと言う方と話していました。入学以前にお会いした方達だったので、少しだけ話しましたがそれがどうされました?」

 

「えっ、そうなの?」

 

「はい、そうですけれど」

 

「そうだったんだ。入学前からの知り合いか……それだったら大丈夫かな」

 

「何がでしょうか?」

 

「うん。小倉さんは知っているかどうか分からないけれど、私の実家と繋がりのある人に、デザイナー科を卒業した先輩がいるんだけれど、色々教えて貰ったんだ」

 

 いきなり関係のない話になったように思うが、調査員としては気になる話だ。

 卒業したデザイナー科の意見。充分に気になる。

 カリンさんも気になるのか、興味なさそうに顔を逸らしながらも聞き耳を立てていた。

 

「一般クラスの人と仲良くして一緒にでかけたりすると、すぐに奢って貰おうとするんだって。それもだんだんと図々しくなっていくって。それに食堂もそう。やたら一緒に行きたがるって。先輩も、最初は友達だからと思ってたけど、彼女達は特別編成クラスの食堂が無料だからついてくるみたい。一般の子達の食堂は、お金も掛かるし、味も断然落ちるみたい。でも私達と一緒じゃないと入れないから、何とか仲良くして、お昼代を浮かそうとするんだって聞いたよ」

 

 ……思っていた以上に興味深い話だ。

 特別編成クラス側から見た一般クラスの話が、こんな形で聞けるなんて思っても見なかった。

 ただ、ソレを入学してから二日目の梅宮さんが言うのは、どうにも違和感を感じざるを得ない。

 そう思っていると、他の同級生の人達も話しかけて来た。

 

「別の先輩からだけど、私もすこぶる聞いた。その先輩は、一般クラスの子達と衣装制作したんだって。その一般の生徒の子達は、後半になって、生地や必要なアイテムが足りなくなったりすると、先輩にお金を出して貰えないか聞いて来たんだって!」

 

「ひどーい! 生地代なんて全員で出すものだよね?」

 

「それだけじゃないよ。ミシンや道具だって、先輩が良いものを持っているからって部屋へ入り浸って……其処まで世話になっておきながら、入賞した時は自分達が賞状を受け取ったり。それが嫌で、二年の時は別の班に別れたら……」

 

 二年の時? つまり、彼女に話したのは三年の先輩という事か。

 

「今度は『一緒の班になりたかったけど、別れたからには負けないよ』なんて言って来たんだって。無神経にもほどがあるよ」

 

「恐らく『裏切った』と陰で言ってそう。そんな女の子いるよね」

 

 そうだろうか? 個人的には、ライバル関係になったから宣戦布告に近い形で言ったと思う。

 ルナ様達だって、一年生の時には一緒の班だったけど、二年、三年では互いにライバルとなって競い合ったという話だったし。いや、これはあくまでルナ様達だからかも知れないけれど。

 ただ今の話で受けた印象だと、話してくれた彼女達の目線はやや悪意寄りに歪んでいる印象を受けた。

 その一般クラスの生徒と一緒に製作を行なった先輩の方は、どうして仲良くしていたのだろうか?

 でも、在り得ない話ではないと思う。実際に一般クラスの食堂と特別編成クラスの食堂では差がある。現実に『都合の良い』と考えた一般クラスの生徒がいた可能性もある。

 中には考えたくはないが、本当に悪意を込めて近づいて来た生徒が居たのかも知れない。

 この判断は難しい。ただ、一つ言えるのは。

 

「私と朝陽さんがお話しした二人は、以前からの私の知り合いです。そのような事をする二人ではありません」

 

「う、うん。そうだよね。以前から知っているんじゃ大丈夫だよね」

 

 納得し切れないという様子を見せながらも、梅宮さんは下がってくれた。

 他の同級生達も取り敢えずという様子で離れてくれた。彼女達の視線には悪意はない。善意から僕達を心配してくれたのだろう。

 だからこそ、この問題は質が悪く根深いと感じる。彼女達の心情を言えばきっとこういう事だろう。

 

『私達の好きな小倉さんと朝陽さんが、悪い噂を聞く一般生徒に利用されかけている。守らなくてはいけない』

 

 というところなのだろう。

 今回は僕の以前の知り合いという事で、深刻に考えていないようだ。寧ろピアノ科の生徒達の方が、悪意があったように思える。

 彼女達は才華様を呼ばなければ、『デザイナー科の先輩から嫌がらせを受ける』と言ったそうではないか。

 ラフォーレさんは上手いやり方をしたと思う。

 特別編成クラスでイニシアチブを取るのは、実家の力がある生徒。そして実家に力がある生徒は、同じような立場に居た卒業生と繋がっている。梅宮さんがその例だ。

 家に力があって財産のある家は、同程度に裕福な家と繋がりを探す。過保護な親ほど、娘の為、知人の関係者に卒業生が居ないか探すだろう。

 フィリア学院の卒業生となれば、それだけでそれなりの価値を持っているのだから。

 だけど、その結果、卒業した後も負の連鎖が続いてしまう。

 最早ラフォーレさんが何かしなくても、特別編成クラスでは、外から一般生徒の悪い噂が持ち込まれる仕組みが出来てしまった。

 ……制御出来ている間は問題なかったかもしれない。だけど、僕が感じる範囲では、かなり不味い。

 既に悪意の芽はラフォーレさんが考えている以上に育ってしまっている。何時爆発しても可笑しくないと感じた。

 

「難儀ですね」

 

「はい、難儀です」

 

 カリンさんも感じたようだ。

 

「授業を始めますよ!」

 

 樅山先生がやって来た。

 悪意の事は気になるけれど、今は授業だ。

 服飾の勉強に集中しよう。そう思いながら、僕はノートを開いた。




次回は恐らく才華sideのみになりそうです。
漸く才華はルミネのやらかした事を知ります。
後、朝陽倶楽部の設立は原作より遅くなります。初日で才華が気絶した件で憧れ度が下がっているのと、アトレが朝日に気を取られているので。
朝日倶楽部の方は、既に三名のクラブ員が影で動いています。
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